時巡り | ナノ




自宅のマンションから、歩いて30分ほどの距離。

天気も良く気温も高めなこんな日は

たまにはお散歩もいいねって

ベランダから眺める景色を見て笑っていた







「そーいや、引っ越してからちゃんと来たこと無かったよな」
『うん。地元に在るこう言うのは大切にした方がいいんだって、確か前にテレビで言ってた気がする』
「なるほどな。」
『信仰するしないは別にしても、挨拶くらいはしておかなくちゃ』
「観音と繋がりでもしてたら祟られそーだよな」
『うわ…それは避けたい』

小さな路地裏を左へと曲がれば、閑静な住宅街に入る

その先をまっすぐ道なりに進んだ所にそれは静かに鎮座していた

周りは緑豊な木々に囲まれていて、南側にある入り口には見事な石鳥居

「へえ。意外と立派なモンだな」
『この辺りではそれなりに有名な神社みたいだよ』
「何を祀ってんだ?」
『宇迦之御魂神。穀物の神様で、稲荷大社の主祭神なんだって』
「稲荷っつうことは、狐か」
『ん』
「この鳥居をくぐりゃあいいのか?」
『そうなんだけど…ちょっと待って』

何を思ったのか。六花は徐に石鳥居の左側に立ち、その小さな手を胸元で合わせ目を閉じる
彼女のことだ。何かしら意味があるんだろうと思い俺も同じように隣で手を合わせれば、聞こえてきたのは聞きなれない言葉だった


神の在座鳥居に 伊礼ば

此身より 日月の宮と 安らげくす


『―――…ん。』
「なんだ?今の聞き慣れねぇ言葉」
『鳥居の祝詞と呼ばれてる言の葉なんだけど、鳥居から先は神様の神域になるんだって』
「あー、じゃあなんだ。今の言葉はおじゃしますっつう意味か」
『さすが捲簾。よく分かったね』
「六花がやりそーなコトだしな」
『まぁ一応氏神様になるからね。何となくだけど、やっておいて損は無いかなって』
「くくく…天界にいた俺らがやんのも、何か変な感じだな」
『それは同感。』

もとより武道に長けている彼女は礼儀や礼節を重んじる傾向があった。
まえと比べりゃそこも変わった一つの変化だ
本人曰く、信仰心とは別に相手を敬う気持ちは捨てちゃダメなのだと
…六花らしいっちゃあらしいよな

『左足から、鳥居を潜る』
「左右を結ぶ線を踏まねえように、ってか」
『そう。鳥居は神域の玄関に値するんだって。』
「ほぉ。じゃあここはもう神域っつつワケか」
『そうなるね。次は手水舎で御清め』
「あー、これならよくテレビとかでも見かけるよな。両手と口をすすぐんだろ?」
『当たり。』
「柄杓でやんのか」
『そう。まずはこう右手で掴杓を持って左手に水をかける』
「水は神聖なもんだしな」
『そういう事。次に左手に持ち替えたら同じように右手も清めて、左手に水を少し残して口をすすぐの』

一般的な礼儀作法としては間違ってはいないだろう。
近年、様々な場所がパワースポットとしてテレビでも大きく取り上げられている。昔の人間なんかは今の時代に生きる俺らよりも、もっと神ってやつとは繋がりが深かったハズだ。それが時代を経ると共に失われ始めている
俺も今まで生きてきた中で神なんざ信じたことも無かったが…
天蓬や六花と邂逅を果たせた今なら

ほんの少しくらいなら、その存在を信じてみてもイイんじゃねえかって

思うようになったのも事実だ。


観音の存在も、また然り。


『ん。じゃあ、行こうか』
「そこまで広くはなさそうだが…建物はしっかりしてるよな、此処」
『そうだね。ちゃんと社もいくつかあるみたいだし…神楽殿もある』
「神楽殿って、舞を舞ったりするあれか?」
『そう。実際には私も見た事ないけど、神社とかでよくお祭りとかやってるね』
「みてぇだな。どうもここは秋に収穫祭でやってるみてぇだぞ」
『本当だ…一度見て見たい気もする』
「六花なら巫女装束とか似合いそうだもんな」
『それなら学生の頃にユキとやったことあるよ。神社の巫女さんのお仕事』
「へえ。写真ねえの?」
『確かユキが持ってる』
「んじゃ後で送ってもらうとするか」
『…それは何か恥ずかしい』
「いまさらだろー」
『捲簾も何かないの』
「あー…ハロウィンの時に着た仮装のヤツなら」
『みたいっ』
「んじゃソレと交換ってコトで」
『…。』

短い参道を抜ける手前には、参道を挟むように佇む大きな二本の銀杏の樹。
注連縄で繋がれたこの樹々は樹齢350年を超えるという
この神社はどうやらこの銀杏が御神木とされているらしい
由緒書きに記されている名は「夫婦銀杏」
夫婦円満や夫婦和合、子授けの象徴とされているんだとか
…そーいや、ここ安産がどうのとか書いてあったな

いつか迎えるその時には

彼女も生まれて来る子供も無事にいて欲しいから。


「…」
『捲簾?』
「この御神木、夫婦銀杏って呼ばれてンだと」
『へえ…確かに、一本の樹の方が少し低いね』
「夫婦和合に子授けにご利益あるらしーぞー」
『ふふ…いつか私も経験することが出来るかな』
「そん時はぜってー六花似の女だな」
『私に似たら無愛想な子になりそう』
「いんやぜってー可愛い。」
『捲簾は男の子でも女の子でも、絶対子煩悩になるね』
「そこは自信あるわ」

御神木の前で、その大きな銀杏を仰ぎ見る。
左手で触れた樹は高い方の銀杏
そしていま、少し離れた場所でその幹を右手で触れる六花
どんな想いで触れているのか、なんて
柔らかく細められた双眸を見れば考えなくても分かる事

その時はよろしく頼むぜなんて。
心の中で呟いてそっと手を離す

絶たれる事なく続くこのミチの先に、それが在ることを信じて。


「うし。次はなんだ?」
『本殿にお参りかな。その後は七福神めぐりしてみたい』
「そーいや、さっきんとこに小さな鳥居があったな」
『うん。その先で全部の七福神を見れるんだって』
「随分サービスいいなこの神社」
『参拝客も多そうだからじゃないかな』
「なるほどね」

賛同を抜けて進んでいけば、金箔が施された大きな本殿が見えてくる。
流石にここまでくると何となく空気が違うのが俺でも分かるほどで
賽銭箱に投げ込み、これも作法じゃ有名な二拝二拍手一拝

『知ってる捲簾』
「んー?」
『神様にお願い事をする時、住所と名前を言わないとダメなんだって』
「くくく…なんじゃそりゃ」
『やおろずの神様もこれだけ人間がいると、分からなくなるのかな』
「それで住所と名前か。なんかそこだけえらい現実的だな」
『ね。それ知ったとき私も同じこと思った』
「んじゃ、仕方ねえから名乗ってやるか」
『私も名乗っておく』
「因みに六花は何を願うんだ?」
『みんなの無病息災』
「六花自身の願い」
『ん…んー…』
「ハイ時間切れ。お前は周りばっか気にし過ぎ」
『だって…これ以上望んだら絶対に罰当たりな気がする』
「無欲の塊がなあに言ってんだよ」
『だって私の願いは捲簾がいつも叶えてくれるでしょう。だからわざわざお願いする必要、ないと思うの』
「…、」
『私が望むものは、捲簾がくれる。だからそれだけでいい』

両手を合わせて瞳を閉じた姿を見下ろす事数秒間。
平然とこういう事を言ってのけるところは変わっちゃいんえよな、ホント。
六花は変なところで男らしいから心臓に悪い。マジで。
にやける口元を隠すことなんてせず、両手を合わせる
無垢で無欲な彼女が俺らの事を願うと口にするのなら

そうだな。


彼女の身におこること全ては、俺が叶えてやりたいと思う。

あの日―――

すべてを託して散った俺の想いと共に



せめて今生では

看届ける側でありたいと強く想うから。





そっと唱えたこの願いは、

叶えるのは俺自身。


それでも。


眼前に鎮座する目には視えないその存在に、

誓いを込めてみるのもまた一興…ってな。











いつか迎えた最期の日―――

どうか六花が、生きててよかったと


笑ってその瞳を閉じていけるように






その過程を生み出すこの手を、強く合わせて心に誓う。















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