時巡り | ナノ



どうしてって言われたら、なんとなく。

当たり前を当たり前として思わない私たちだから

受け入れてくれたのが…"あなた達"だったから


そう、本当に…それだけだったんだよ。











「ううう〜〜〜っ」
『どうしたのユキ』
「どーしたもこーしたもないわ!寒すぎでしょ今日!なんなの!?」
『冬が暑かったら大事件』
「そーだけど!そーなんだけども!!凍死する!!」
『ユキは北の国には行けないね。数分たたずに凍ってそう』
「当たり前!ってか、末端冷え性なくせに六花って寒いの強いよね」
『ん。別にとくに気になったことないよ』

季節は冬本番に差し掛かろうとしていた。
キンと耳鳴りがするほどの厳しい寒波がやってくると、今朝のニュースで言ってたっけ。ユキは昔からさむがりだから。名前に似合わず、ね。
鉛色の空を見上げて吐き出した白
…これじゃタバコの煙みたいだ。

今日は久しぶりにユキと2人で出かける日
最近では殆ど機会がなかったから、不満に唇を尖らせた彼女をからの提案で。残された彼らは仕方ないと言ったふうに笑っていたっけ。私もユキも捲簾や天蓬と過ごすことの方が多いから

『それより』
「ううーさっむ」
『ねぇユキ』
「あー、目的地ね。大丈夫、もうちょいで着くはずだから!じゃないと私が凍死する」
『…私のマフラー貸そうか』
「六花から奪ったらもれなく捲簾に絶対零度の笑みで見下ろされる。却下。」
『バレないと思うけど』
「六花だって冷え性なんだから!自覚しなさい!」
『私よりもユキの方が寒そうだよ』
「私のはただの寒がりなだーけ。現に体温は六花より高いからねこれでも」
『…確かに』

平日の昼間となれば行き交う人も疎らになる
休憩中のサラリーマンやらOLとか、あとは買い物に勤しむ主婦だったり。
一週間のうち唯一空いた時間が重なるこの日は、私もユキも1限で終わり
視線を飛ばせばイルミネーションが目に入る
もうそんな時期なのか。商品展開では既に年明けの物まで売り出している
時が経つのがあっという間だった。特に彼らと過ごすようになってからはまさに光陰矢の如しだ

「あっ、見つけた見つけた!」
『…、ここって…』
「そ!ちょっと前までけっこー騒がれてたんだよね。行列の出来る和菓子屋さん。喫茶店も兼ねてるから中でも食べれるし」
『珍しいね』
「まあねー。たまたまテレビで特集やってて、六花が好きそうだなぁって思った」
『それでわざわざ連れてきてくれたの。ユキ和菓子苦手なのに』
「ちゃーんと下心つきなんで」
『ふふ…そうだろうと思った。大方、レポートに行き詰った故の気分転換でしょ』
「さっすが六花!やっぱり伊達に長く一緒に居ないね」
『そういう事』
「でもたまにはいいじゃん?最近剣道も弓道もぜんっぜんやってないし!体鈍りそう」
『それは正論』

空気が変わる。
知らずのうちに強ばっていた身体が弛緩したのは、暖かな風が巡る店内へと足を踏み入れたらからで。すごい、本当に和の世界。壁紙や天井、小物や流れる音ですらも完全に統一されている
年若い着物姿の女性に案内されたのは、掘り炬燵のある畳の個室
小さな縁側や床の間まであるここはどうやら予約専用のようで。
閉された格子窓からは小さな庭が眺めることが出来る

『…すごいね。こんなお店初めて来た』
「ふっふっふー、そうでしょそうでしょ!私もテレビで見て雰囲気いいなぁって思ったの」
『甘味だけじゃなくて色々あるね』
「そ。これなら私も食べれるものあるし。和食は好きだしさ」
『うん。でもこれだけあると悩むよね…どうしよう』
「あははっ、それは言えてる」
『とりあえず抹茶小豆餅』
「ほんとブレないよね六花」
『ん。』
「じゃあ私は白玉杏仁豆腐」
『良く食べれるね』
「私からすれば、六花が唯一苦手とする甘味が杏仁豆腐とか意外」
『味がダメなんだよね、どうしても』
「美味しいんだけどなー」

注文して、鹿威しの音に耳を傾ける。畳の香りが肺を満たせば、この国に生まれてよかったとまで思えてしまう程で。
頬杖ついたユキが笑っていた。どうしたの、なんて。聞くだけムダだ
きっと少しだけいつもと違う私を眺めるのが楽しいのだろうから

「ほんと、こういうの好きだよねー」
『そんなに変わるの、表情』
「多分私達にしか分からない程の変化ではあるけどね。嬉しそうなのは分かるよ」
『こんな家に住みたい。』
「あははっ、じゃあ将来は捲簾に頑張って貰わなきゃだね」
『私も働くよ。ユキもきっとそう』
「まぁ確かに…私らってガッツリ専業主婦ってガラじゃないもんなぁ」
『でもまだまだ先の話だろうけどね』
「確定事項になってることについては触れないのね」
『覆す気でもあるの、ユキ』
「まさか。」
『ほらね』

タイミングよく届いたそれに二人で手を合わせる。
口の中で程よく広がる甘味と苦みは絶妙
人気店だと言われる所以が分かる程に洗練された味に知らず笑みが浮かぶ
家でも作れたらいいのだけど、それが出来る程簡単ではないことも知っている
和の世界は本当に色んな意味で奥が深いものだから

「そーいえばさ」
『なあに』
「今月クリスマスじゃん?なんか考えた?」
『…ん、まだ完全には固まってない』
「だよねぇ…私もなんだけどさ。どうしようかなぁ」
『初めてだよね、一緒に過ごさないの』
「そりゃそうでしょ。なんたって私に関しては恋人とかほんと興味なかったし」
『恋愛とか意識する暇もなかったしね』
「六花は捲簾一色だったし?」
『…それは今も変わってないなぁ』
「ハイハイごちそーまさでした」
『ユキだって今は天蓬の事で頭いっぱいだよね』
「大丈夫六花の事もちゃんと入ってるから。捲簾に譲りはしたけど、全部あげるとは言ってないもん」
『たまにこうして貸し出してくれるから、私も嬉しい』
「ちょっと、私物じゃないですよ」
『うん。でも現実に天蓬のモノではあるよね』
「ぐぬぬ…」

子供らしさを、見せるようになったって。
変わりつつある時に彼はそう言って可笑しそうに笑っていた
掴みどころのなさは健在だけど、それに一層磨きがかかった今世は天蓬が持つもう一つの本性も顕著にそのカオを覗かせているから
私たちがみてきたものとはまた違った表情が、結構新鮮だったりする
…それをいったら捲簾も同じなんだけど。
良くも悪くも彼は自分の感情にストレートになったから

『きっと何をしても二人なら喜んでくれそう』
「実はそこが一番の問題だったりするんだなぁ、これがまた」
『そう。無条件になんの躊躇いもなく喜ぶ。絶対。』
「極端な話、手料理だけでも喜ぶよ」
『でもそれじゃいつもと変わらない…』
「コッチとしてはいつもと違う事で喜ばせてあげたいんだけどねー…」
『プレゼントは渡すの』
「それは勿論。でも、何を渡すのかはまだ決まってない」
『うん。』

世間一般で王道とされているものだとしても、彼らは確実に喜んでくれるのも知っている。けれどもそれだけじゃ納得いかないのは…恋愛というものを知った女の性なのだろう。自分にしか出来ないことで喜ばせてあげたい、なんて。欲をかきすぎているんだろうか
同じように頬杖ついて飛ばした視線の先。
一羽の小鳥が鹿威しへと舞い降りる
彼はよく私に欲がないと笑うけど、私からすれば彼だってそうだ
何を欲しがる訳でもなくただ日々を共に過ごせるだけでいいのだと
事あるごとにそう述べるから

当たり前の幸せを奇跡と捉える私たちだから、
きっと当然と言えばそうなのだけど

『…』

私に出来ること、私にしか出来ないこと。

何を探すかは勿論私次第で

無条件で受け入れて喜んでくれる、あの優しい彼に…

「ていうかさ」
『ん。』
「何気に初めてだよね。私たちだけであの二人の話をするのって」
『あぁ…言われてみればそうかもしれない』
「どんだけ一緒に居たんだって話だー、六花と二人だけで出かけるのだって随分久しぶりだし」
『二人と出逢ってからは一度もなかった気がする』
「4人で過ごすことも多かったからあんま気にしたことなかったのも事実。」
『そうだね。』
「正直あの捲簾がよくOKだしてくれたよね。てっきり一緒についてくるのかと思ってたもん」
『それは私も天蓬に同じこと思ってた。離れたがらないでしょ、ユキから』
「そりゃそうだけど、相手は六花だよ。たまには女子トークもしたいんですって言ったら苦笑いされた」
『今度天蓬にお礼言わなくちゃ』
「ってことは、私は捲簾にお礼言わなきゃって事ね。独占欲の塊なのに貸し出してくれてありがとうって」
『へんな所で子供っぽくなってる気がする』
「ねえね、まえの二人ってそういえばどんな感じだったの?」
『…まえの二人?』
「うん。そういえばちゃんと聞いたことなかったじゃん。誰かさんがすぐ泣き出すから」
『…、それは失礼しました。』
「いいえー。私としても無駄に泣かせることはしたくなかったしね、あの頃は特に」

食べ終えて、一呼吸。
用意されていた熱いお茶に手を伸ばせば楽し気にその双眸が輝いていた
改めて、想いを馳せる
それこそ気が遠くなるような遥か遠き霞の向こうまで

忘れることなくこの御霊に刻まれたソレは…
痛みも悲しみも、愛おしさも喜びもすべてが刻まれているから。

昔は耐え切ることが出来ずに想いが溢れ出てしまっていたけれど

いまは…今だから、こそ。

『…天蓬は今以上に掴みどころのない人だったよ。自由奔放でマイペースなところは変わってないけど、それでも歯止めがなかった分酷かった』
「あははっ、やっぱそうなんだ。今でも十分掴みどころないけどねー。捲簾が言うには良くお風呂で死にかけてたって」
『そう。ほっとくといつまでも完徹繰り返しては部屋で気絶してるから、お風呂に入るのも忘れてた』
「あー、それでそのまま溺死未遂に繋がるんだ?」
『一度入るといつまでたっても出てこない。捲簾が見に行くといつも溺れかけてるって、当時何度も嘆いてたね』
「天蓬らしーい。」
『今でもあるの、溺死未遂』
「私は見た事ないかなぁ…いつも天蓬が後に入るから、その間に夕飯の支度しちゃうし。だからかは分からないけど、ちゃんと自分で出てくるよ?」
『…』
「…、うん。六花の驚く顔ってほんとレアだよね。記念に写真撮ったから後で捲簾に送っとくね」
『どうしてそういう事だけ素早いの』
「六花愛好家連盟の副会長だから?」
『…なに、それ』
「あ、言わずもがな会長は捲簾ね。たまにだけど、六花の写真送ってくれるし」
『盗撮っていうんじゃないのそれ』
「細かいこと気にしてると生きていけないよ」
『…。』
「ほらほら、もっと聞かせて?私が知らない二人のこと!」

スマホを握りしめながら嬉々として身を乗り出す彼女に苦笑する。
今度は私もユキの写真送ってみようかな
恐らく、私も、そしてユキも
二人の前に見せる表情とはまた違ったものをみせているのだろうから
私が知ってるユキの顔と、ユキが知ってる私の顔
それを彼らが知るのはきっととても新鮮なのだろう

私も聞いてみた気がするから。
私が知らない天蓬がもつ、その表情というものを

『じゃあ逆に聞くけど、何が知りたいのユキは』
「前にいってた天蓬のステータスについて」
『…あぁ。ユキは天蓬と一緒にいるようになってから、本の山の下敷きになったこと、あるの』
「はいっ?」
『例えば…足の踏み場もないほど床一面に本や巻物が散乱してたり、上半身まで本に埋もれながら掻き分けて進んだり』
「ちょ、ちょっとストップ!」
『ん。』
「え、なに?足の踏み場がない?本の下敷き?ってか、掻き分けて進むって何事!?」
『そのままの意味。分かりやすく言うと、酷い時は捲簾の胸元辺りの高さまであったよ』
「…、…それって確実に六花埋もれるよね…?」
『まえは私も今より上背はあったけど、それでも三分の二は埋もれた』
「…」
『天蓬は本当に本が好きだったから、良く仕事ほったらかして下界に遊びに出かけてたよ。そのたびに色んな本を買ってくるから、部屋中凄いことになってたの』
「いやいやいやっ、限度ってもんがあるでしょ!そんな漫画みたいな出来事体験したことないわっ!」
『それは良かったね』
「…なんてーか…うん。ステータスにするのはハイレベル過ぎる…」
『それをいつも私と捲簾が片付けをしてたの。恒例行事だったよ』

毎度文句をいいながら叱り飛ばす捲簾と、半ば諦めを抱いたまま苦笑交じりに手を付けていた私も。
もう二度と訪れないのだと悟ったあの日の夜…寂しさにも似た感情を抱いたのも事実だったけれど
あんぐりと口を開けたまま瞬くユキに笑う
その様子だと今では想像する事も出来ないって事なんだろうね
片付けるということをどうやら学んだらしい。
きっとそれには梅雨時期に起きたあの事件も関係しているんだろう

「…よく付き合ってたね、2人とも」
『毎度のことだから、慣れもあった。』
「いやいや、慣れる意味!出したらしまう!子供でも出来る!」
『まあね。それはそうなんだけど。今ではそんな大惨事になることはないと思う』
「なったらビックリだわ!私なんて確実に雪崩被害者だからねそれ!?」
『うん、だからだと思うよ。ユキがいるから天蓬もしないんだと思う』
「…独り暮らししてた時を想像したらアウトだね」
『正論。』
「うわぁー…想像を遥かに超えてるわ、天蓬のステータス恐るべし…」
『仕事どころの騒ぎじゃなかったから、その後書類整理に付き合わなくちゃだった』
「あ。それは聞いたことある。天蓬って偉い人だったんでしょ?報告書を溜め込むクセがあったから、レポート期限は私が管理しとけって前に捲簾に言われた」
『そう…本当に期限を守らなかった』
「あははっ、六花すんごい遠い目してるー。私の前だとそういうの顕著に出すよね。二人の前でもそれでいればいいのに」
『…なんだろうね。別に意識してる訳じゃないけど、ユキの前だと良くも悪くも何も考えずに済むからかな』
「?」

なんだか、ヘンな気分。
まえの出来事を誰かに話せる、なんて。
両親にすら話したことがないこの記憶の数々は、目の前で楽しそうに笑っている彼女にしか話したことは無かったから
なんの疑いもなく受け入れてくれた
なんの見返りもなく傍に居続けてくれた、から

私が"私"でいられた最大の理由。
変わらす生きてこられたのは、きっと
あの日から片時も離れずに支えてくれた彼女がいたからだ
だから、なんだと思う。
ユキが言うように私が"そのまま"でいられるのは。

『言ったよね。ユキは特別だって』
「うん。すんごい熱烈な告白された」
『だからかもしれない。ユキはいい意味でそのままでいてくれたから、私も"合わせる"ことをしなくてすむから』
「…六花ってたまに難しいこと言うよね。理解に苦しむので噛み砕いてくださーい」
『…別に責めてるつもりはないから、それを前提に聞いてくれるなら』
「私が六花を責める時は理由もなく私の傍から居なくなった時だけね」
『それは…きっと一生ないかなぁ』
「じゃあ変な心配しないで話しなさい」
『…ユキは私たちのように同じ記憶を持ってはいないから。』
「ああ、まえの世界にいたもう一人の私のこと?なんだっけ、スパルナだっけ」
『そう。もし、あの子が人の姿をとることが出来たとしたら…きっと今のユキなんだと思う』
「んー、それで?どうしてさっきの言葉に繋がるの?」
『捲簾も、天蓬も…そして金蝉も。知ってしまってるから。まえの私のことを』
「…」

何が好きだったのか、なにを想って生きてきたのか。
どんな理由を経て自分という存在を受け入れたのかも
当時の私が自分の存在を認識し始めた日から、金蝉も天蓬も傍にいてくれた。
理由も知った上で選んでくれた捲簾も…私のすべてを受け入れて愛してくれたから。まえの私が表情の変化に乏しかったのは、私が持つ出生が大きな理由の一つだった
そして巡り廻って生を与えられた今世。
違う存在でも同じものだと言う事実がいつも頭にあったから
変わらなかったんじゃなく…"変われなかった"部分があったのも事実なんだよ

与えられた愛を拒む真似はせずに生きてこられた。
この優しい音が広がる世界では、等しく注がれるものだと分かったから
向けられる大切な思いには同等のもので返してこれた。
今の私にもその資格があるのだと…そう理解することが出来たから。

それでも、それでもね。

記憶を持つが故に根底に根付いたモノは…消すことが出来なかった

良くも悪くも彼らの内に存在する"私"はあの世界で出逢った私だ。

私が私でいられる最大の理由が彼らなのと同じように、

私が私でいたいと思う理由も、彼らなのだ

「……だから、変われないの?」
『違うよユキ。変わらないの。』
「…」
『私がそのままの私でいたいだけ。記憶の中に在るあの頃の私を否定したくないから』
「でも、それじゃ…」
『貴女が言うようにユキの前だといつもと違う私でいれるのは、"ソレ"がないから出来ること』
「…難しいよ…結局、記憶に縛られてるだけに聞こえる」
『縛られるというよりも、縋ってるの方が正解』
「…?」
『この世界に生まれるよりもまえに…私は大切なものを手にし過ぎたから。それをしまい込んでまで…新しい自分になる事に抵抗があるだけなんだ』
「…だから、まえの記憶を持たない私の前ではなにも考えないで済むってこと?」
『結果を言えばそう。ユキは今の私しか知らないから、人として生きる私だけを見て受け入れてくれた。だから私も人としての私で居ることが出来るんだ』
「…確かにこんな饒舌な六花は、あの二人の前では見た事ないけどさ…」
『ソレが二人のとっての"私"だから。ユキが居てくれたから、私も彼らの前では変わらない"私"でいられるんだよ』

記憶を持っている事に、後悔したことなんて一度もなかった。

それ故に生まれた私の在り方が確立されたとしても、

受け入れてくれた人たちがいるだけでそんな事気にもならない

人よりも多くたくさんもモノを抱えて生きる今世も、自信もって幸せだと言い切れる

例えばそれが、悲しみや痛みの方が大きかったとしてもだ。


『…』


私にはいつだって身に余るほどの優しい音が降り注ぐ。
それはふわりふわりと静かに降り積もるあの花のように
いつだって受け入れて包み込んでくれるから
目の前で難しい顔のまま黙り込んでしまった大切な友人
きっと優しい彼女のこと
私が返答に困るような要求は絶対にしないって分かってる
…それを知ってて話す私は、狡いのだろう
それでも絶対。ユキはそんな私の狡さもお見通しなんだろうね

優しい人ばかりが集まるこの世界で、どうやら私は自分が思っている以上に我儘で傲慢になってしまったらしい
ごめんね。ありがとう。
その言葉を呑み込めば、もどかしさ全開とでも言いたげな叫び声に瞠目した

「…あーーーーもうっ!!」
『?』
「なんとなくぼんやり朧げに言いたいことは理解した!私は"ソレ"を否定も賛同もしないけどっ、でも一つだけ物申す!!」
『なんでしょう。』
「知ってると思うけど私は六花が大好きなの!どんな六花だって受け入れられる自信あるし友情だって捨ててやんないしむしろ死ぬまで関わり続けてやるくらいの勢いだけどさ!?」
『うん。私も同じ気持ち』
「それに二人が知らない六花を独り占めできるって優越感もたっぷりでどーだ羨ましいだろって自慢したくもなるけどさ!?」
『そいう素直なとこも好きだよ、私。』
「それでも!それでもさ…っ、いつか六花が…もし、本当にもし…"ソレ"に疲れちゃったら…」
『ん。』
「その時は…その時はさ…あなたがくれた"私の六花"を…あの人たちにあげてもいいんだからね…っ」
『―――…』
「絶対否定なんかしないのは百も承知だと思うけど、"怖い"と感じる気持ちに負けてたら私が絶っ対傍で背中押してあげるからっ!だから…だから、例えその時が来ても逃げちゃダメなんだからねっ」
『―――――…ユキは凄いよ、本当に』

ぽろぽろと透明な想いは何を、そして誰を想って溢れているのかなんて
分かり切ったことを言葉にするつもりなんてない。
それこそとてつもなく不毛だ。
私ですら気が付いたのは最近だったのに、奥底のしまいこんだ暗闇の中で自覚した感情を一発で言い当てられて思わず苦笑する
本当に…彼とは別の意味で私の事をすべて知っているんだね
知っていて、くれたんだね。

両手を伸ばして拭い取った温かな想いに、私まで泣きたくなるよ。

ありがとう、ありがとうユキ

私の傍に変わらず居続けてくれた存在


あなたはきっと、優しい霊長だったのね。

何も言わずに置いてきてしまった私のことを、その美しい翼をめいいっぱい羽ばたかせて

幾億もの気が遠くなる程の永い年月を懸けてまで、時空や世界を超えてまで

諦めることなくこの存在を探し出してくれた。


『泣かないでユキ。天蓬に怒られる』
「六花が泣かないからでしょうがっ、もうっ!ほんとうにこの子はっ、もう!」


あなたの存在は…この世でとても意味の在る大切な命となったよ

神の代わりに、この世に舞い降りた白。


『ありがとう』
「お礼言うくらいならこの後私に付き合って」
『うん。弓道でも剣道でも、空手でもなんでも付き合うよ』
「私がいいっていうまで帰してやんないからねっ」
『うん。気が済むまで一緒にいるよ』
「六花のばか。意味わかんない。そんなこと思いながら生きてきたならもっと早くに自白して」
『私もいろいろ考えることが増えたんだよ。怖いくらい今が幸せだから』
「もう絶対死ぬまで離れてやんないんだから」
『ユキがいなくなったら私、人でいられないね』
「私だって六花がいなくなったら笑えないよっ!」
『捲簾や天蓬とは違うベクトルで依存してる自覚はある』
「もぉーーっ、大好きだちくしょー!!」
『はいはい。ほら、おいでユキ』
「普通立場逆だよねこれ!!分かってるけどもうこの際なんでもいいわっ」

歩み寄って、広げた両手。
涙で濡れたまま半ばヤケにそう叫ぶユキを抱きしめた
ねえ、伝わってますか。
言葉にするにはあまりにも大きくて、伝えきれないほどのこの気持ちが
ユキのように素直になれない私の分まで、貴女は流してくれるから
慰めているように見えるかもしれないけれど。本当はね。
私が慰めてもらってるんだって、気づいているのかな
力いっぱいに抱き付くユキに見えないように笑う

今まで生きてきた私を掬い上げてくれた貴女だけは

この先、何があっても。

その変わらない優しさのまま幸せになって欲しいと切に願うよ。

悟空とはまた違った意味で守り続けると誓ったから


『ユキが知らない捲簾の話も聞く?』
「…やめとく」
『ふふ…そっか』
「捲簾のことは、全部。六花だけが知ってていいよ」
『私ばっかり色んなみんなのこと知ってて、狡いね』
「…自覚があるならその笑み引っ込めて」
『見てないのに良く分かるね』
「どんだけ一緒にいると思ってんの」
『そうだね…長いよね、本当に。』
「一生纏わりついてあげるから覚悟しなさいよ」
『どうせならみんな同じお墓に入ろうよ』
「そこまでぶっ飛んだ話はしてません」
『でも反対はしなんだね』
「うるさいですよそこの自称狡い人」
『ユキが優しすぎるんだよ』
「…」
『いつだって勿体なかったよ。…みんなの優しさが』
「うるさいわ薄幸美人めっ」
『言いえて妙ねそれ。ほら、そろそろ行くよ。どうせ体育館だって予約してあるんでしょ』
「とーぜんっ。今回は絶対負かしてやるんだから!」
『…お手柔らかにお願いします』
「!」






今度はちゃんと、一瞬だけね。

スマホに手を伸ばす暇なんてないくらいの刹那。

"私の六花"だと…そういってくれたように

貴女にだけ向けたこの笑みは、どうやら。

大切な貴女を泣き止ませることに成功したようだ










どうかいつまでも。

変わらないでいて欲しいと願うよ



大切な、大切な貴女だからこそ―――…。
















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