時巡り | ナノ




宗教混合と称されるこの国では、

結構色んな事に関して良いとこどりな部分が多い。

所詮は楽しんだ者勝ちなのだと

そう笑っていた彼の笑顔を思い出した








『ん…鼻が難しい…目と口はこの位置だから…もう少し下、かな…?』

目の前には少し大きめのカボチャが1つ。

下書を済ませたまでは、うん。我ながら上出来だとは思う

後はその線に沿って彫り込みをすれば完成するんだけれど…なかなかに。

その作業が思った以上に難関で、眉間に皺が寄ってしまう

『…存外。カボチャって…っ、結構…固いんだね』

慎重に慎重を重ねて手に取った彫刻刀で刻んでいくのは、2つの瞳

特徴的な瞳は可愛らしさというよりも、あの独特な雰囲気を大事にしなくちゃいけないから。
色々な資料の中から選んだ瞳
きっと彼が見たら怖くねぇななんて笑うんだろうけど

『…ん、よし…次は、鼻…これは簡単に出来そう、かな』

デザインはシンプルなものでも、如何せん
力のいれ具合が中々難しいのだ
彫刻刀なんて持ったの…小学生以来だよね
昔から工作系は苦手だったのもあり、極力こういうものは避けて通ってきたのだけど…
せっかく彼と過ごす初めてのハロウィン
何か一つ…いつもとは違う事に挑戦してみたかったのも事実で。

『…っ、あと…少し…!……出来た』

もともとは秋の収穫を祝う祭典として、各国の村で伝承されていたらしい

夏の終わりと冬の始まりを意味するこの日は、死者の御霊を迎い入れるもの

あの世とこの世の境が曖昧になる夜に…人々はどんな想いを馳せていたのだろうか

『…うん。怖くはない、けど…一応完成』


願ったりも、したんだろうか。

大切な人を亡くした、彼の人々たちは

帰りたいと望んだんだろうか。

大切な人を…残してきた人々たちは


様々な霊や精霊、そして悪しきものが跋扈するその日の夜に。


『捲簾がみたらなんていうかな』

悪避けの意味を持つこの提灯も、今夜はきっと守ってくれるはず。
様々な願いと祈りが入り乱れる季節の節目
出来ることならこの温かな灯に導かれて出逢えたらいい
残された人も、残してきてしまった人も

例えそれが…儚き夢幻のなかであったとしても。

くりぬいたかぼちゃの中、灯したのは一本のキャンドル

あたたかな光りが揺れる様を見つめながら、ふと瞳を細めては思い出したんだ

いつかの"私たち"にもあったから。

『…もうすぐで帰ってくるんだよ』

今はただ、一緒に居られる時間がある事だけがとても嬉しい。

頬杖ついて見つめた先、そっと指先でなぞりながら語りかければ

"それは良かったですね"と

歪なかぼちゃが笑ったきがした





「んで、その悪避けってヤツがこれか?」
『そう。結構頑張った』
「ははッ、悪避けにしちゃあ随分と可愛らしいのが出来たもんだな」
『言うと思った』
「そもそもハロウィンてなんだ?」
『元を辿ると秋の収穫をお祝いする祭典なんだって。あとは日本でいうとこのお盆みたいな意味合いもあるみたい』
「へえ。それが今じゃ仮装パーティーの代名詞だもんなぁ」
『この国でもかなり定着したよね、そう考えると』
「かくいう俺らも肖ってるわけなんだが」
『言えてる。』
「ところでお嬢さん」
『なんでしょう』

時刻は18時を少し過ぎた頃。
予定通り帰宅した彼は、テーブルに上に鎮座するソレを見て笑っていた。
怖くねえな、なんて
予想通りの感想を述べながらでも楽しそうに視線を落とすから
私もそっと目元を緩めて見つめたんだ

「今夜はどんな御馳走が出てくるんでしょう」
『名付けて秋の大運動会』
「こりゃフル出場だな」
『賑やかでいいでしょ』
「ああ。競技の勝敗はどうやって決まる?」
『お腹を空かせて帰って来てくれた捲簾の口にダイブ出来たら勝ち』
「勝負のカギは俺の采配次第ってヤツか」
『どれが一等賞を取るのか見ものだね』

興味津々といった様子で背後から回された優しい檻に包まれて、菜箸を回す。
今夜は秋の食材をたくさん使った色とりどりの料理
彼の好みに合わせて作っていたら、気づけば量もそれなりになっていて
…二人で食べきれるかなぁこれ
はりきりすぎたと零せば足りねえよって満足そうな声
主役は何といっても今夜の目玉でもあるかぼちゃだけど

それ以外にも煮物や炒め物、スープや副菜に至るまで今が旬なものばかり

「お。こっちはさつまいもか」
『うん。煮物にしようか悩んだけど、今日は野菜と炒めたの。甘さ控えめ』
「六花が作るモンはなんでもウマい」
『…それは贔屓目』
「問題ナシ。それに、自分の女贔屓してもバチは当たらねえから安心しろ」
『…、』
「とりあえず腹が減ってんだけど?」
『…支度します』
「なんか手伝うぞー」
『ん。じゃあ、捲簾はスープついで』
「イエッサー」

意を唱えても無意味だという事は既に経験済み。
そもそも満足そうな笑顔に勝てるなんて最初から思ってはいない。
…甘やかされてるなって、心底思う
それを言えば私だって同じなのだと彼は言うけれど
無自覚ってこういう事なんだろうか。

「いただきます、と」
『いただきます。』
「毎度思うが、お前の料理ってホント手抜きないよな」
『それは捲簾がいつも美味しいって言ってくれるから』
「すんげー愛されてんな俺」
『そう感じて貰えてるならなにより、だね』
「にしても珍しいよな」
『ん。』
「六花がこういうイベントに興味持つの」
『たまにはね。…それに、何となく気になったのもある』
「ハロウィンがか?」
『それに纏わる想いの方』
「?」
『言ったでしょ。日本でいうお盆の意味合いもあるんだって』
「あぁ…なるほど、な」

あの頃と同じ魂なのかは誰にも分からないけれど
それでも。
遺された人、遺してきてしまった人
彼らが抱くその想いは…きっと"あの時"の私たちと同じなんだと思うから
還りたいと切に願う気持ちと、帰ってきて欲しいと祈る気持ち。
2つの想いが交錯するその日には、賑やかに、そして楽しげに人々は準備をするのだろう

『…何となくね。迎いいれてあげたくなったの』
「…」
『あの時の、私たちのこと』
「…そうだな」
『還ってこれたのは"私たち"だけど、きっと全てが同じモノだとは思わないから』
「六花らしいっちゃらしいよなァ」
『へん?』
「いんや。考えた事無かったってだけの話だ。割と今が幸せなモンでな、ぶっちゃけあんま気にしたことねえんだわ」

六花が傍に居るしな、って。
箸の手を止めて頬杖つく彼は穏やかにそう微笑う
私だって今がとても幸せなんだって思うよ。けれどもこの幸せに辿り着くまでに、本当にたくさんの時が巡り続けていたんだと思うのも事実。
私たちが生きた歴史と知る事も叶わない数々の歴史
流れ続けたその歴史の向かう先に、今が在るんだって痛いほどよく分かるから

あの時に散った想いも体もすべて。
完全に同じモノではないかもしれないけど、少なくとも遺された記憶がある限り
結びつく過程の最中でかたどられた御霊は大切にしたいなって
そんなことをね、思ってしまうんだ。
今がとても幸せだから

「迷子になってなきゃいいな」
『捲簾が傍に居そうだから大丈夫だと思う』
「ははッ、そりゃ正論。どんな姿形してよーが、絶対ぇ見つけられる自信あるもんなァ俺」
『凄いよね、本当に。なんの目印も手がかりも一切ないのに』
「愛の賜物ってやつだろ」
『同感。』
「けど正直今世に関しちゃケッコー焦ったな」
『…そうなの』
「当たり前だろ。あの頃と違って便利な連絡手段もあるってのに、相手の情報が一切無けりゃ意味なんざねえし」
『それは、確かに』
「それに世界だって広いだろ。国が違けりゃ探すのも出逢うのも至難の業だ…どこかで絶対生きてるっつう確信はずっとあったが…何処で出逢えんのか迄は俺らにも分からなかった」
『…』
「それがまァ…同じ大学選んでたってんだから…泣きたくなっても無理ねえよな」
『…うん』
「欲を言えばもっと早くに見つけ出してやりたかった。人生の4分の一はムダにしたろ、絶対え」
『捲簾は100歳まで生きそう』
「バケモンかっての。つか、そこに六花が居なきゃ意味ねえんだぞ」
『ん。大丈夫、きっと私も"また"永く生き続けるよ』
「…」
『今度はちゃんと…意味のある生き方が出来るから』
「…そっか」
『だからしわくちゃなおばあちゃんになっても許してね』
「安心しろ。最期の時まで傍で笑っててやるよ」
『捲簾より長生きしたいなぁ』
「そりゃ諦めろ」
『どうして』
「今度は…今度こそは…俺が後だって決めてんだよ」
『…』

それは…きっと。

置いてきてしまったのだと、彼が唯一後悔したと零していたから。

でもね、捲簾

『…あんな想いはさせたくないなぁ』
「お前はもう経験済みだろ。今回は俺に譲れ」
『じゃあどっちが勝つか勝負しなくちゃだね』
「言っとくが負けるつもりはねえぞ」
『私だってないよ』

旅の終りが、少しだけ楽しくなる。
健康には気をつけないとね、お互いに。
負けるのは性に合わないんだ。昔から。
それは彼だって同じことなんだけど


それでも、もし…いつかまた

その時がきたとしても

"決めていた"のだと言って笑っていた貴方のように

私もね。

『……真似してみようと思ったんだよ』
「ん?」
『なんでもない。それにしても、相変わらず食べるの早いね』
「なんたって愛情たっぷり詰まってっからな」
『一等賞は決まったかな』
「美味かった。ごちそーさん」
『お粗末さまでした』
「デザートは夜まで待つとするか」
『…、そんなものはありません』
「さァ。そりゃどーだかな」

優しいオトが鳴り響くこの眩しい程の世界の中で

終わりを目指して駆け抜けた。
散ると知ってて抗った。

あの頃の、私たちに。


今度は今の私たちが伝えてあげたい。







無駄なんかじゃ、なかったんだよって。











知ってたよ、そんなこと。










どこかで、誰かが

そう微笑っていたような気がした。
















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