時巡り | ナノ



幾星霜…変わらずにに在り続けるそれは

すべての始まりの日からずっと、

この世界を包み込んでいたのかもしれない








「あー、次はどっちだ?」
『ん、と…右だって。突き当たりの信号を右2つ行くと入口があるって』
「りょーかい」
『間に合うかな?』
「早めに出てはみたが…ああも道が混んでるとは思わなかったぜ」
『同感。けど極大時間までは一応あと30分はある』
「んじゃなんとかなんだろ」

射干玉の闇が広がるその世界の中。
身を包む寒さも徐々にその強さを増していくこの時期は、代わりに広大な空が澄み渡る時期でもある
学部の課題もあって有名な観測場所へと車を走らせているのだけれど…
彼の言う通り思いの外時間がかかってしまった

山頂までは車で行けると書いてあったから、恐らく間に合うとは思いたい

『あ…』
「どうした?」
『いま看板あった。ここから車で10分ちょいみたい』
「暗いのに良く見えたな」
『ちゃんと街灯に照らされてたから』
「なあるほど。あと、足元にはちゃんと気をつけろよ?鳥目なんだしな」
『うん。機材持って転んだりはしないよ』
「別に双眼鏡や望遠鏡が壊れようがどうにでもなるが、六花にケガさせたら俺が再起不能になるぞ」
『…、いや…2つとも高いんだからそっちを気にしようよ』
「機械よりも六花優先。」
『…転ばないように善処します』
「そーしてそーして」
『でもほんと暗いねこの辺』
「時期も時期だからな。加えて今夜は朔の日なんだろ?余計なんじゃねーの」
『うん。天体観測には打って付けだけどね』

月が完全に隠れる日と極大日が重なったのは、運がいいとしか言えない。
今回の対象は有名な流星群の一つ
毎年見事な活動を見せるこの星たちは、観測しやすいのもあって初心者でも肉眼でも多くの流星を見ることが出来る

『光害が少ないといいね』
「市街地と反対側に来てっから大丈夫だろ。それより六花」
『どうしたの』
「今夜はくにと冷え込むらしいからな、ちゃんとあったかくして外出ろよ?」
『うん。ちゃんとマフラーも手袋も持ってきた』
「よし」
『温かいお茶も水筒に入れて持ってきてあるから、後で飲もうね』
「準備万端だな」
『勿論。折角の観測チャンスだもん』
「明日が休みで良かったよなぁ」
『ユキたちも休みだったら一緒に来れたのにね』
「天蓬がレポートの期限守ってりゃわざわざ出なくても良かったんだろ」
『変わらないよね』
「変わんねえだろ、あいつのアレは…お、着いたぞ六花」
『わ…広場になってる』

辿りついた山頂。
平日の真夜中という事もあってか、私たち以外の人影は未だ見付からない
観測地としても穴場であろうここは背後に鬱蒼と生い茂る森が広がっている
正面に見えるのは市街地へと繋がる大きな川で
遠くの方で、風の音が響いていた

「うし。降りてみっか」
『カバン置いたままでいい?』
「しっかり鍵閉めとくから問題ねえよ」
『ん。じゃあ、えっと…お茶と…懐中電灯と…あ、カイロもあるから使ってね』
「…」
『あとは…一応スマホも持っていこうかな…うん、おっけい』
「ちょっと待て」
『…?』
「そんな"どうしたの"みたいなカオしてっけど、お前はそんな薄着のまま出るつもりか」
『あ…』
「マフラーと手袋と上着を装備しないと冒険には連れていかねーぞー」
『ふふ…そうでした。ちゃんと持ちます』
「それでよし。」
『機材は後だっけ』
「おー、トランクの中に突っ込んである」
『じゃあ出てもいい?』
「足元気を付けろよ」
『わかった』

ドアを開けて車内の灯りで足元を確認する。
転ぶことはしないけど、それでも過保護な彼はいつだって私の身を案じてくれるから。余計な心配はかけないに越したことは無い
砂利道になっているここは、中央に屋根のある休憩場が設けられていて
柵に対して正面に置かれた多数の木製の長椅子もある
見上げた視界も広く光害もほぼないとくれば…本当に観測地としては文句ない場所だ。

『…すごい…本当に星しか見えない…』
「こうも肉眼でハッキリと見えると圧巻だな…」
『手を伸ばせば掴めそう、なんて揶揄があるけど、ほんとそんな感じ』
「何等星まで見えてんだろーな」
『分からないけど…目が良い人だと6等星くらいまで見えそうな勢い』
「んじゃ、鳥目な六花の為に機材でも出すとしますか」
『あ、私も手伝う』
「六花は荷物持ってるだろ。それなりに重いから俺がやるから任せとけって」
『ありがとう、じゃあ三脚立てやすいように大きな石をどけとくね』
「サーンキュ」
『天頂があそこだから…うん、きっとこの辺』

凡その位置も確認して邪魔な石を退かしていく。
荷物は一旦置いた方がいいよね
人の気配はしないから盗まれる心配もないだろう
吐き出す息が白くなる。間もなくすればこの辺りは白で覆われる
私の季節が、やってくる
唯一無二だと笑ってくれた一度目の奇跡
両親に今世の名前の由来を尋ねたとき、同じ答えが返ってきた二度目の奇跡

澄んだ香りを空中へと広がせながら、その足音を響かせているのだ。
静かに、包み込むように、大きな優しさを齎して。

「どーかしたか?」
『ん。息が白いなって』
「寒いか?」
『完全防備だから寒くはないよ。むしろ捲簾の方が寒そう』
「俺は寒さに強いからいーんだよ。女は身体冷やすなって言うだろ」
『それにしたってマフラーも手袋もしないのは寒そう。一応ちゃんと持ってきてるけど』
「寒くなったら六花で暖取るから問題ナシ」
『…、私の方が体温低いよ』
「そこは心の問題」
『…なるほど』
「ほれ、三脚置くぞ」
『イエッサー』
「位置は…この辺でいいか」
『うん。だいたい合ってると思う』
「あとどんくらいだ?」
『…間もなくだよ。いま、ジャスト』
「いよいよだな」

特別なんだ、私にとって。
桜の咲くあの季節はすべてが眠りについた季節
そして…止まった時間が再び巡り会った季節

私たちの象徴とも呼べるあの花がさく春も、勿論特別

だけど―――…

『!、あ…流れはじめた…!!』
「こりゃすげぇ…マジで掴めるかもな」
『星が降ってきそう…』
「同感。」

見るもの全てを魅了する不思議な力は、ああそうね。
同じなのかもしれない。
遥か遠き天よりこの地上を目指して降りしきるものと、私たちの目の前を通過していくあの光も

幾星霜の時が経とうとも変わらずに在り続けた一つのカタチなのだから。

『でも…、見とれ過ぎて目的を見失いそうになる』
「こんだけ見事なモンが見れりゃ…忘れちまっても当然だろ…」
『星の大合唱』
「…とりあえず口は閉じような六花。のど乾くぞ」
『ん…、そうだ観測しなきゃ』
「目ぇ離すのが勿体ねえよな。けどやんなきゃ単位一つ落っこっちまう」
『それだけは何としてでも避けたいところ』
「それならさっさと終らせて思いきりガン見しようぜ」
『うん。そうする』

目的の星や星座、そして惑星や流星の一つ一つ観測してその日のデータを収集していく。広大なこの空の遥か先には、それこそ人には決して立ち入ることの出来ない絶対領域が広がっているのだ
今の世の中では確かに人も宇宙へとお邪魔することは可能だが、そのものの本質を捉えることは酷く難しい

それ故にだろうか。
古来より星や天体が人類にとって憧れの的となっているのは

『…できた』
「すげぇよな」
『?、なにが』
「地球が惑星として機能し始めるずっと前から、こうして宇宙には星やら惑星やら銀河やらが存在してたんだろ?」
『そういう事になるね。宇宙は何かしらの切欠で起きた大爆発から生まれたって諸説あるし』
「じゃあその大爆発が起こる前はなんだったんだろな」
『…それが神秘なんじゃない。凡そ簡単とは思えないその難解に、人類は挑んでいるわけだから』
「神の領域だったりして」
『…』

書き込んでいた手元から、視線を上げた。
射干玉の宙、煌めく命
永い永い間ずっとそこに在り続けたモノ
それは…いつかの、誰かに似ている

見下ろす為ではなく、看届けるために存在するかのように

『…宇宙人とか絶対いると思う』
「ははッ、そりゃ御対面できたら楽しそうだな。天蓬なんか食いついて離さねえぞ絶対」
『ユキも人見知りしないから順応するの早そうだしね』
「侵略側だったら全面戦争だな」
『すごい大事になりそう。対抗策考えなくちゃ』
「海に沈めるとかどーよ」
『泳ぎが得意な宇宙人だったらどうするの』
「海のド真ん中に落としゃ流石に体力尽きるだろ」
『空飛べたりして』
「いよいよ人外だな」
『なんたって宇宙人。人間の常識なんて一切通用しなさそう』
「お説ごもっとも」

椅子に座って、双眼鏡から覗く景色。

数分おきに流れ落ちる糸は昔…だれだっか

泣いているみたいだと言っていた

人が流せない涙の代わりに、宙が泣いているんだよと

『お願い事考えなくちゃ』
「考えなきゃ浮かばねえ時点で六花らしいな」
『だって…もう充分過ぎるくらい大切なものが揃ってるんだよ。後はみんなの無病息災長寿祈願でもと』
「ぶはっ…くくく…どこのバーさんだよお前は」
『これが一番重要だと思うの。』
「六花の願いはどこいったよ」
『それは…』
「ん?」
『遠く先にある触れられない星に頼むより、捲簾が居てくれるだけで私の願いは全部叶うものだから』
「…、」
『わざわざ祈らなくても、それだけでいい』
「…コレで無意識なんだから…ほんとタチ悪ィよな」
『何の話』
「六花が可愛すぎるって話」
『…意味が分かりません』
「そりゃ残念」
『!、ん…っ』

視界が陰る。それこそ、真っ暗。
触れ合った唇は柔らかくて、男の人なのにずるいなぁとかぼんやりと思う
至近距離で見上げれば嬉しそうに笑う彼
よく分からないけど捲簾が嬉しそうだからまあいいか

…私もつくづく単純だなとは思うけど。

『…満足したの』
「今んところは一応」
『ふふ…なあにそれ』
「なんだろうなあ?」
『なんでしょう』
「俺は一応あるんだな。願い事」
『それは気になるね』
「多分六花も同じだと思うぜ」
『わたしも?』
「そ。出来ることならってな」
『なんだろう…』

意味ありげに笑うその視線の意味に微かに首を傾げる。
出来ることならということは、私自身無意識に願っていることなんだろう
彼は私の"そういうところ"を掬い上げるのがとてもうまいから。

考えて、また見上げた先
先程となんら変わらず流れる涙に願うこと
なんだろう。これ以上私が欲張ることって

「まだ、出会ってねぇもんな」
『―――…ぁ』
「俺らが最期まで自分の意思を貫き通せたのは、あいつらのおかげだ」
『…西方軍第一小隊』
「あそこであいつらが足止めしてくんなきゃ俺らは前に進めなかった」
『……う、ん…うん…そうだったね』
「元気にしてっかなァ…」

呟くように落とされたその言葉に、やっぱりね
頬を伝う雫を止めることなんて出来なくて。
思い出さなかった訳では決してなかったんだよ。
私も、捲簾も、天蓬も
あの日あの時…もし彼らが駆けつけてくれていなかったら、私たちの誰かはあの場所で息絶えていたかもしれないんだ
あなた達だけでも逃げて欲しいって…折角あの時金蝉に言伝を頼んだのにね。
まさか全員がそれを無視してくるとは思わなかったよ

あの頃の私たちにとって仲間であり、部下であり、そして…家族でもあった第一小隊。たくさんの思い出が詰め込まれたまま置いてきてしまったね

『…願い事、私も決めた』
「おう。」
『もし…彼らが私たちと同じようにこの世界に生まれ落ちていてくれるのであれば…今度は、今度こそは…』
「…」
『全員が笑って幸せだと感じれる人生でありますように』
「んじゃ、俺はそんなあいつらといつかまた出会えますよーにって願うかな」
『そうなったら素敵だね』

両手を合わせて、心から願うよ。
私たちの命を繋ぐために立ちはだかってくれた、彼らだから。
今の私に出来る事はとても小さなことだけど
それでもいつかって…信じて、願うんだ



「そん時は焼肉だな」
『とびっきり高級なお肉食べさせてあげたい』
「天蓬とユキも呼ぶか」
『賑やかそうだよね』
「また合言葉でも伝授してやるかな」
『妙に耳に残るテンポだから困る』
「ははっ」










この願い叶え給へと白すことを聞し召せと

畏み畏みも白す―――…

















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