時巡り | ナノ



今までとは違う景色、色、想い。

見る側の都合でこうも鮮やかに広がる日々に、やっぱりね。

私は割と単純だったんだなって改めて思うんだよ







「おーーい!ペンキこっち足りないぞ!」
「誰か大きな布資材どこにやったかしらない!?」
「あっ、やべえ買い出しまだ行ってねえぞあいつら!」

ざわざと響き渡る様々な声。
季節は既に肌寒さを感じるようになった、秋。
空の高さも日に日に増していく今の時期は私たちが通う大学も、一つの大きな宴に向けての準備が急ピッチで進められていた。
特別期間だと設けられた14日間のあいだ、各学部に分かれてそれぞれが掲げたテーマをもとに完成を目指すのだ
それも今日で最終日。
午後から始まる催しは、近隣の人も含めてかなりの訪問者が訪れるのだろう

「しっかし文化祭、ねぇ。そーいや真面目に参加したことなんざ無かったな」
『私はユキに連れられて何度かあるよ。毎度実行委員会になりたがるからね』
「ホント真面目だよなぁユキは。六花、ソッチ持てるか?」
『ユキは何に対しても手を抜くことしないから。うん、この布天井に吊るすんだよね?』
「そーそ、天幕にするんだと」
『…思うんだけど、この部屋天井高すぎる』

その賑やかさの一部にて。
私や捲簾も周囲に溶け込むかのように作業に追われていた
天文学部の私たちが掲げたテーマは色とりどりの星空というもので
簡単なプラネタリウムを創ろうと決まったそれに意を唱える者は当然いなくて
イメージや構成を練ってくれたリーダーに従って忠実に再現を試みる
…なんだかとても新鮮な気持ちになるんだ
今まで生きてきたなかで私の中にかすりもしなかったこの行事も、いま。
目の前で大きな布と天井を見比べる彼がいるだけで、驚くほど自然に染み込んでくる

興味も無かった周囲の声や、いつもとは違う空気。
どこからともなく聞こえてくる楽し気な会話ですらも、優しい音となりこの身へと流れ込んでくるから

「まぁ、六花には無理だろうな」
『捲簾はそろそろ自分が規格外だってこと、本気で自覚するべきだと思うの』
「女は小さい方が良いんだって前にも言ったろ。その方がイロイロ都合いいんだよ、俺が」
『…その不気味な笑みはしまおうか』
「俺の得意技、ってな」
『今夜は梅干しのオンパレードかな』
「じゃあデザートは六花って事で」
『そんなものはありませんっ』
「安心しろ、勝手に喰うから」
『言葉の使い方間違ってるからね、それ。…それより、どうするの。確か両端を天井に括りつけるんだよね』
「あー…そうだな。俺はたぶん机にでも乗れば届くだろうけど」
『じゃあ私は机の上に踏み台でも乗せるよ』
「待て待て待て。かなりの高さになんぞそれ!危ねえから却下」
『バランス崩して落ちる程、運動神経鈍くないよ』
「そんなんは百も承知だが万が一ってのもあるだろ。ケガでもされたら自慢じゃねえがあの時のユキより酷いぞ俺は」
『想像に難くないね。でも同時にやった方が効率もいいでしょ。まだまだやること残ってるんだし』
「…」
『すごい仏頂面』

広げた布はいったい何メートルあるんだろう。
それくらいに大きなそれは綺麗な濃紺色
そこに取り付けたのは淡い光を放つ小さな五芒星の数々で
この時期に有名な星座をモチーフに形よく配置されたそれを、暗闇の中で光らせるというもの。
それに纏わるエピソードも解説するんだとか
それともう一つ。ちょっとしたカフェを開くらしいのでそのスウィーツや料理の構成や最終的な買い出しもまだ残っている
他の人たちが役割を分担して進めるなか、車を持っている彼に買い出しのお願いがきたのはつい先日の事だ
私からすれば、彼と二人で居られる時間が増えるのは正直嬉しいから特に異論なんて無かった。

「絶っ対に気を付けろよ?机だって踏み台だってそれなにり高さがあるんだ」
『ん。ちゃんとグラつかないモノを乗せた』
「ちょっと待て俺も確認する」
『…ね、大丈夫でしょ』
「…危ないと思ったら布なんざ放り捨てていいからな。頼むから落ちてケガだけはするんじゃねぇぞ」
『過保護さは健在だね。もしそうなったら綺麗な着地を見せてあげる』
「あのな…お前になんかあってみろ、俺は再起不能になるうえにアイツらに半殺しされんのだって必須だぞ」
『ふふ。それは一大事だね』
「そー思うんなら俺を助けると思って辞退してくれるとありがたい」
『ほら、早く付けちゃおう』
「…。」
『午後から始まっちゃうんだから』

講義用の机は高校の頃のモノよりも高さも広さもそれなりで。
その上に安定する踏み台を乗せれば、恐らく背が低い私でも届くだろう
万が一を懸念する彼を悲しませることもしたくないから、きちんと滑り止めのシートも敷いてある。
…何をしてもきっと心配するのだろうけれど

でもね捲簾、考えてもみて。
まえに生きて居た時の方が、この類の危険なんて小さなことだったでしょう
そう。それぞれが命をかけて地上を駆け抜けていた…あの頃と比べれば

『ん…っ、と』
「落ちるなよ?頼むから落ちるなよ六花」
『落ちません。でもちゃんとズボン履いてきて良かったなとは思う』
「スカートだったら問答無用で退場だな」
『動きやすいんだよ、あれ。ワンピースだと一枚で済むから楽でいい』
「似合ってるから問題ねえけど、時と場合があんだろ」
『そこは否定しない。…このフックにかければいいんだよね』
「おー。届くか?」
『大丈夫、ギリギリ届きそう』
「…背伸びすんなよ」
『手が止まってますよ捲簾さん』
「どっかの誰かさんが気になって手元見てる余裕ねえの」
『同時にやる意味ないからね、それ』

眉間に皺まで寄せて、不満顔。
それに小さく肩を揺らして視線を上げれば見える小さな器具。
背筋を伸ばしてバランスを取れば不安定に揺らぐことはないのに
…地震でもくれば話は変わってくるんだろうけど
一つ一つズレないように布を取り付けていけば、後方の廊下から聞き慣れた声が響いてくる。
ああ彼女たちも準備に追われているんだろうか
ほっとくと参加なんて絶対にしないだろう天蓬を、きっとユキは宥めながら連れているんだろうなって
容易に想像出来てしまう光景に思わず口元が緩んでしまう

「六花差し入れ持って来たよー!って、二人してなにやってんの!?」
『夜空の作成中』
「これはまた…結構な高さまで登りましたね。落ちないでくださいよ六花」
「ちょーどいい天蓬!お前そのまま両手広げて待機しとけ!」
「ええ任せてください。もしもの時はちゃんと受け止めます」
『そんなに運動神経鈍いと思われてるの私』
「いや、この二人の過保護さに今さら何言ってもムダでしょ」
『…正論』
「それにしても随分大きな布買ったねー。天文学部はプラネタリウムとカフェだっけ?」
『そ。倫理学部は占い屋だっけ』
「当たり。タロットや数秘術とかそんな感じのやつ」
『へえ』
「一応前世占いとかもあるよ」
『それは…楽しそうだね。』
「まあ六花たちには意味なんてないけど!」
『ユキも、だよ』
「ふふふ…私もか」

どれ程の時を跨いで生まれた奇跡なんだろう。
あの時に止まってしまった、私たちの時間
眠ってしまった、から。
半永久的な命を約束された、あの小さくも愛しかった世界で。

『…』

もし記憶を持つ私たちが占いをしたとしたら、同じ結果は得られるのかな。

「あの、六花?僕らまだ居ますからちゃんと足元確認してください?ちょっとずつ動いてるの知ってますからね!」
「六花!」
『少しは移動しないと4つ着けるの難しいの、背伸びしちゃダメっていうから』
「だからって足元見ずに動くなっての!マジで落ちたらどうすんだ!」
『大丈夫その時は天蓬に丸投げする』
「何があっても受け止めますが、僕らの寿命縮めないで下さい」
「あははっ、私も居るしちゃーんと受け止めるから大丈夫だって。まあ六花が落ちるなんか思っちゃいないけどねー」
「もしもを考えろもしもを!」
「六花の運動神経ナメちゃダメだよ捲簾!」
「そーいう問題じゃねえってのっ」
「ハイハイそれより手が止まったままだよ捲簾さんやい。六花なんてもう終わるよー」
「心配でそれどころじゃないんですよ、きっと」
『捲簾』
「…」
『私は大丈夫。ほら、ちゃんと降りれたから』
「…、はあー…ホント…そのうちマジで寿命縮まりそうだな」
『じゃあその時は私のも一緒に縮めてね』
「「「却下!!!」」」

一足先に床へと足をつければ異口同音に否定された事に、思わず苦笑する。
さてこれからだ。
やる事はまだまだ残ってるから
差し入れだと渡されたのはユキが作ってくれたアップルパイ
上手いんだよね、お菓子作り

「さっき調理室借りて作ったから、まだ温かいよ」
『ありがとう。ユキのアップルパイは美味しいから好きだよ』
「そーやって六花が微笑ってくれるからいつも作りすぎちゃうんだよねー。天蓬にも太鼓判押されたから、捲簾も食べてね」
「サーンキュ。ちょうどこれから買出しに行かなきゃなんねえから、小腹満たすにゃ最適だな」
「本当に美味しかったですよ、ユキはお菓子作り上手ですから」
『シュークリームも食べたいなぁ』
「あははっ、今度作るよ。私はまた六花のお赤飯が食べたい!」
「お赤飯まで手作りなんですか?」
「おーよ。ちゃんと蒸かし器使って豆もこしてな。手が混んでる分めちゃくちゃ美味ぇぞ」
「それは楽しみです」
『ありがとう。私も作るよ、みんなの分』
「お互い準備が終わったらみんなで集まろうね!」
『うん』
「それでは、僕らも戻ります」
「おー、またあとでな」
「ええ。またあとで」
『…』
「またあとで会おうね六花!」
『…うん、またあとで会おう』

笑顔が咲いている…もう、ずっとまえから。

同じ言葉を繰り返している

様々な想いを込めて

届けてくれる、から。


幸せな時間を…奇跡を、今度こそって続ける為に。















『捲簾、小麦粉足りないって』
「それならソッチの籠に入ってるぜ。あとは延長コードがねえんだと」
『それなら私のカバンに入れてあるよ。えっと…飲み物も足しといた方がいいかな』
「あったあった。つか、意外と人気じゃね?俺らの店」
『うん。さっき予想外だったって笑ってたよ』
「まさか買い込んだ材料が足りなくなるなんか思っちゃいなかったしな」
『結構買ったもんね』
「売り上げは上場ってか」
『かもしれないね』

バタバタと駆け回る足音や飛び交う楽しげな声
大きなトラブルもなく順調に進んでいるようで、このままいけば利益を得ることも可能なんだろう
星というテーマは老若男女問わずに興味を惹く対象だったらしい
当たりだなと楽しげに笑う彼に頷いた

「あ!御巫さーん!」
『どうかしたの』
「買出しありがとうね!おかげで不測の事態は免れたよ。もうそろそろ交代の時間だし、後は2人で楽しんでおいで」
「結構繁盛してるみてぇだけど、今の人数で回んのか?」
「ああ大丈夫。俺も手伝うつもりだし、なんとかなるよ」
『人が足りないようなら連絡して。手伝う事は出来るから』
「ありがとう!」
「んじゃ、頼まれてたコレあいつらに届けてやって」
「おっけー!じゃあ行くな。2人ともありがとう!」
『どういたしまして』
「…」
『……その意味あり気な視線はなんでしょう』
「いやあ。お前の人見知りもだいぶ良くなってきたなぁと」
『ああ…』
「俺ら以外のヤツと普通に会話してんのが、結構新鮮だったりする」
『2人に出逢う前まではずっとユキしか興味なかったからね。捲簾と天蓬に逢えてからも特に変わらない予定だった』
「それが今じゃこうだもんなぁ。成長したよーでなにより」
『だって、捲簾や天蓬って気付くと囲まれてるでしょう。2人とも人当たりいいし』
「そーか?」
『広げてみようかなって…思えたんだよ』
「人間関係をか」
『そう。あの頃とはもう違うから』
「そりゃあ…願ったりな変化だな。余計なムシが付かなきゃ俺は大賛成」
『捲簾しか興味無いよ』
「確信はあるんでその辺は問題ナシ」
『さいですか』
「さいなんです」
『じゃあ問題ないね』
「六花の魅力に他の野郎共が気付かねえ限りは、な」
『私を好きになるなんて捲簾くらいだよ絶対』
「お前はもう少し自分の魅力に注意するべきだと俺は思うワケですよ」
『それは難しい要求ですね』
「どこがだー」

呆れたように笑うのも、そうやって、いま。
肩を竦めてこの頭を撫ででくれるのも
ずっとまえにも…同じことがあったよね

変わらないでいてくれたのは、私が変わらないでいられたからなのかな。
もしそうだとするのであれば…それは、きっと

「んで?」
『ん。』
「仕事も済んだことだし、折角だから回ってみるか?」
『賛成。他の学部がなにをやっているのか知らないし』
「天蓬んとこは占いだっつったか」
『そう。数秘術とかタロットとか』
「そりゃまた…女が好きそうなヤツだな」
『前世占いもあるんだって』
「ほー…前世、ねぇ」
『私たちには意味ないよねって、さっきユキが笑ってた』
「…」
『だからユキもだよって言ったけど』
「なぁ、六花」
『なあに、捲簾』
「ずっと気にはなっていたんだが…ユキは覚えてねえんだな?俺たちのこと」

その言葉に、頷いた。
あの頃に生きた私たちの傍に寄り添うように居てくれた、スパルナと呼ばれる霊獣。
人の姿を持つことはなかったけれど、でも
彼女は絶対あの子だと言い切れるほどに

確信しか抱けずにいたから、私は泣き止む事が出来なかったんだよ。

あの日…怖いくらい真っ白な花弁が舞い落ちる雪の日に

どうしたのと声をかけてくれたから

『覚えてなんかいなくてもいい。ただずっと…私の傍に変わらずに居てくれた。それだけでいいの』
「…だな。もしユキにも記憶が残ってたら面白いことになりそうだと思っただけだ」
『面白いこと?』
「天蓬とはあの頃は会わせたことなかったろ」
『そうだね。祠からあまり離れようとしなかったから』
「もし会わせていたとして、尚且つ記憶があったとしたら」
『うん』
「2人はどんな反応したんだろーなってな」
『ああ…それは確かに興味深いかも』
「だろ?」

並んで歩くのは中庭へと続く長い廊下。
その途中でも様々なお店が立ち並んでいて、あちらこちらから楽し気な声が聞こえてくる。
心地よい喧騒に耳を澄ませていれば隣の彼も笑っていた
定番なものからちょっと特殊なものまでが広がる風景は、いつものそれとかけ離れていて。
新鮮さや好奇心を抱かせるには充分だ

「お。六花、ちょっとコッチ来てみ」
『? どうしたの』
「あーゆーの、お前得意そう」
『ああ…射的ね。でもそれを言うならあれは捲簾のおはこじゃない』
「まーな。けど今世では六花も得意だろ、弓道やってるくらいなんだからよ」
『感覚的なものは確かに似通ってるとは思う』
「よしやるか」
『捲簾目が子供みたいだよ』
「男はいつになってもこういうモンに惹かれンだよ」
『分からなくもない』

例えるなら、新しいオモチャを見つけた子供のそれ
楽し気にその瞳を輝かせるから見ていて笑ってしまいたくなる。
2人分の料金を払ったところで始まった射撃ゲーム
様々な景品が並べられている中で、彼はなにか欲しいものでもあったのかな
モデルガンを使用したこれはよく許可が降りたなってちょっとだけ思う
実弾ではないにしろ、使われている弾は少し重ためのもの
…お祭りで使うような子供向けとは違うのか

「へえ…ちゃんと改造してあんのかコレ」
「うわっ、バレた!ずげーなあんた、素人にゃバレねえように細工してあんのに」
「悪ィな。いろいろあって詳しいんだわ俺、こういうの」
「そーかい、んじゃまあお手柔らかにってことで」
「善処はしてやるよ」
『何か欲しい物でもあったの』
「んにゃ?けど面白そうだろ、こーゆーのは」
『懐かしくなったの』
「…ま、それもあるな」

真っ直ぐに構えて、放つ先。

寸分違えず撃ち落とす腕前は流石としか言えなくて。

構えた時の横顔があの時と重なった

…懐かしい、ね。本当に。

『狙いはどれに絞ろうか』
「六花はねえの?欲しいモン」
『ん。出来ればあの1番大きな箱が欲しい』
「花瓶か…花でも飾るにはちょうどイイな」
「難易度たっけぇの選ぶなぁお二人さん。けど難しいぞコイツは」
『そういうもの程やりがいがあるんだよ』
「なあるほど。もし仮に撃ち落としても後ろにゃクッションあるから、割れる心配はしなくていいぞー」
「んじゃ心置きなく撃ち落とせんな」
『同感。』
「やる気満々だな」
「物欲のねぇ六花が欲しがるんでね。悪ぃが貰うぜその花瓶」

撃ち落とせるもんならなと笑う言葉に私もそれを構える
それなりに大きなものだから、上下の要所を的確に狙わないとビクともしないだろう。一番高い場所に鎮座されているそれを眺めていればいくぞとかかる声
視線を合わさずに頷けば、狙いを定めた銃口が2つ鳴いた

私が狙ったのは右下の角
そして捲簾が狙ったのは…左上の上部。
バシンと音てて見事に落ちたそれに、驚いた生徒は笑っていた

「うおっ!?マジで落とした!!」
「よーし。狙い通り」
『私は若干左にズレたかな。やっぱり弓道とは多少違うね』
「まあ距離的なもんもあるしな。弓道はもっと遠距離だろ?」
『けどその距離感をものともしないのは、さすが捲簾だと思う』
「なんせ本職でしたから」
『言えてる』
「ほらよ、景品。こうもあっさり目玉が無くなるとはねー、ビックリだわ」
『ありがとう。大事にする』
「けどあんたらすげえな」
「ん?」
「だって2人とも撃つ瞬間だってどっちが何処狙うか言ってなかっただろ?それなのに良く被らずピンポイントで的中させたよなって」
「あー、まあな。クセなんだよ」
「クセ?」
「互いの思考を読むのが。息をすんのと同じくらいのレベルで」
「よしただのノロケだって事は理解したぞ」
「ははッ、反論出来ねえな」
『私たちにはそれが当たり前だもんね』

呆れたような笑みに手渡された箱の中身を覗いてみる。
透き通るような蒼を基調とした花瓶は、光に照らすと透き通った輝きを放っていて。色とりどりの装飾が施されているのは…ひょっとするとそれなりに高価なものなのではないだろうか

『…捲簾、帰りにお花屋さん寄りたい』
「おー。家の近くにあるしな、帰りに寄るか」
『なにがいいかな』
「六花の好きな花」
『たくさんあり過ぎて絞れません』
「今の時期だとネリネとかどーよ」
「ネリネ?」
『彼岸花に似てる花ね。ダイヤモンドリリーとか言われる花のこと』
「そーそ。太陽の光に当たるとキラキラして見えんだよ。だからそっから名前がついたってわけ」
「へえ…やけに詳しいな」
「実家が昔花屋だったからなー、知らずの内に知識として残ってんだよ」
『だから一等が花瓶だったの』
「そ。七宝焼のすんげー高価なヤツ」
『やっぱり…、そんな高価なものをこんな景品にしちゃって良かったの』
「俺は花を活ける趣味はねえからなぁ。使われずにずっと放置されるよりかは、使ってくれる人んとこに行ったほうが花瓶も幸せだろ?」
「確かにそれは言えてるな…けど本当にイイのか?」
「おー。彼女花好きみたいだし、花瓶も本望だろ」

気さくな人だなと思う。
笑った顔が無邪気というか…裏表のない性格なのだろう。
ありがとうと改めて礼を伝えればまた笑ってくれた
たくさん使ってやってくれって、手を振りながら

物の本懐は使われてこそ意味をなすものだ。
人も、そしてものも。

「良かったな」
『ん。まさかこんな場所で手に入るとは思ってなかったけど』
「回ってみるもんだよな。景品もバカになんねえってことか」
『うちの大学の自由度がなんとなく分かった』
「ちゃんと許可取ってんのかは定かじゃねえけどな」
『次、どうするの』
「夜には祭りあるんだろ、それまで適当に時間潰すか」
『ああ…確か仮面舞踏会』
「そーそ。面白そうだろ?」
『出るつもりなの、捲簾』
「そりゃあな。踊る相手も決まってるし」
『私ダンスなんてやったことないよ』
「俺だってねえから安心しろ。形式ばったモンじゃねえし、お遊びだからどうとでもなんだろ」
『大丈夫かな…』
「何事も経験、ってな」

仮面舞踏会なんて見たこともましてや知識があるわけでもないけれど。
それでも確かに楽しそうだなとは思う。
夜になればキャンプファイヤーも行われるようで、実行委員が着々と準備を進めていたのも知っている
…天蓬やユキも参加するのかな

「六花」
『なあに』
「とりあえずそれ、車に置いてくるか?ずっと持って歩くのも面倒だろ」
『そうだね。一度置いてこようかな』
「んじゃ先ずは駐車場な」
『ユキたちは何処にいるんだろう』
「あいつらの事だ、どうせ適当に回ったら図書館にでも籠城してんじゃね?」
『それはありえるね。でもユキは回りたがりそう』
「そーすっとアイツもついて回ってンな」
『ユキ一人にしないもんね』
「まーな。…っと、着いた着いた。ほれ、後ろの座席に置いとけよ」
『うん…どうせだったら煙草吸いたい』
「それ名案。」
『でしょ?』

乗り込んだ助手席。
同じように乗り込んだ彼が取り出した、ハイライト
少しだけ窓を開ければ涼やかな風が滑り込んでくる
カチッとした音に取り出したそれを唇へと挟めば、近づいてきた香りに身を近づける。なんとなくで始まったこれは、当時は天蓬たちにからかわれる対象だったけれど

『…シガレットキス、だっけ』
「ん?」
『私たちがやってるこれ』
「へえ。そんなシャレた名前なんかあんのか」
『うん、確かそうだった気がする。』

吸い込んで、微かに花の香り。
外に向けて吐き出した白は風に運ばれて飛んでいく
…昇るその先が同じであるように、と
かつての私は願っていたけれど
どうやらその願いは聞き入れて貰えたようだ

同じように吐き出したそれを見上げているから、なんとなくその横顔を見つめてみた
視線に気づいた彼が「ん?」と笑う
首を振って、なんでもないよと微笑めば笑ってくれる

『つくづく思うんだよね』
「なーにがよ」
『平和だなぁって』
「…」
『重ねている訳ではないけれど、こうも180度違う世界に生きて居るとそう思わずにはいられない』
「…そーだな。平和過ぎてボケそうなくらいには平和だよな、今世は」
『その頃あんなに必死になって求めた"自由"をさ、いざ手にしてみるとどうしたらいいか分からなかった』
「それはガキの頃の話か?」
『ん。捲簾はいつ自分がまえの記憶を持っていると自覚したの』
「俺は…そうだな。ガキの頃当時つるんでたヤツと広場で野球してた時だな」
『…』
「そこにデッケェ桜の樹が一本だけあったんだ。」

呼ばれた気がしたんだよ、って。
吐き出された白と言の葉
片足を座席に乗せて窓の外を見上げる
視線は、合わない。
少しだけ広げた外との境界、さっきよりも少しだけ強く吹き抜ける風が、攫う

呼んでいたのは…きっと私だ

逢いたい想いはずっとあったのに、矛盾を抱えたままだった頃の私

「六花はいつよ」
『私は…6歳の頃だったかな。その年の冬ね、けっこう雪が降ったんだよ』
「…」
『空から舞い落ちるそれを見上げた時…ふと頭の中に浮かんだの。今を生きる私と同じ名前…けれど最初にそれをくれたのは捲簾だったから』
「…マジで愛されてんなァ俺は」
『そこからかな。日を追うごとに記憶が湧き出てきたのは。面白いよね。それまでは記憶の一つも無かったはずなのに』
「そんなモンだろ…同じだけど違うんだからな」
『…ん。そうだね』

押し潰して、消えた灯。
外と繋がる境界を閉ざせば彼もまた閉ざしていて
泣くことしか出来なかった私をみて、親はとても慌てていたけれど。
この思いを、記憶を…話したことは一度もない
親という存在を知らずにいた私が手にしていた一つ目の大きな奇跡
それは私と言う存在を無条件で愛してくれる存在がいたということで

いったいどれほどの奇跡を与えられて生を貰ったのだろう。

「六花」
『…なあに』
「お前に泣かれると俺まで泣きたくなるんだが…泣き顔も可愛いなんて思っちまうんだよなぁ」
『……物好き』
「なんとでも。後ろの座席全部倒すから寝るぞ」
『…、どうしたの藪から棒に』
「今度は"2人"で夢を看るんだよ」
『…』
「夜までに時間はあんだろ。これからは…何をすんのも何かを看るのも、2人一緒にってな」
『…これ以上泣かせてどうするつもりなの』
「めいっぱい泣かせた後に咲く笑顔を期待してる」
『…』
「笑っとけって、言っただろ?」

そうだね、もうずっとまえから…同じ言葉を繰り返し貰ってきたよ。

あなたに初めて言われたあの日から

私はそれを頼りに生きてきたんだ



「笑ったカオが一番好きなんだよ、俺は」


二人で移動した先。
広々としたそこへと身を委ねれば、伸びてきた腕に包まれる

泣きたくなる程愛おしいぬくもりに抱かれて、涙が出ないはずなんてないの



『…捲簾は私を泣かせるのが上手いよね』
「それが笑うための近道だって確信あるんでな。けどユキには言うなよ?バレたら飛び蹴りだけじゃ済まねえ」
『ふふ…っ、そう、だね』
「…笑うために生きるんだよ、俺たちは」
『ん』
「あの時に果たせなかった夢を叶えるために」
『今度こそ一緒に、ね…?』
「ああ…何があったって離してやんねえ」
『二人で看るそれは優しいものだといいな』
「お前が笑ってたらなんでもいいよ」


記憶の始まりを思い出して、目を閉じる。

ゆっくりと宥めるようにこの背を叩く…優しい想いに縋りながら




記憶の始まり…それは、

私が抱えた願いと矛盾を掴み留めた日。














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