時巡り | ナノ



最近になって、よく。

物思いにふける横顔を見るようになった







「そんな所でなあにやってんだ?別嬪さん」
『…驚いた。今日は早いんだね、色男さん』
「まァな。思いの外早く課題が終わったんだよ」
『私も早く進めなくちゃ』
「つっても、六花だってあとは清書するだけだったろ?」
『うん』
「休みだってのに家に帰ったら居ねえし、電話しても出てくんねえし?」
『そういえば…充電切れてたんだっけ』
「おーい、持ち歩く意味あんのか、ソレ」
『その割りにはよく居場所が分かったよね』
「発信機つけてるもんで」
『…』
「冗談だからそんなビックリしたカオすんなって」
『…捲簾ならやりそう』
「プライバシーは守ります、ってな」

家の近所の河川敷。
土手に広がる草むらの上で佇む姿は、俺と同じ色で照らされている
正面に夕陽が沈む様を眺められるこの場所は、どうやら彼女にとってお気に入りの場所らしい

「ここじゃタバコは吸えねえな」
『路上喫煙は罰金だからね』
「世知辛い世の中だぜ全く」
『喫煙者の肩身は狭いね』
「今じゃそこらじゅう禁煙だぞ」
『確かに』
「んで?」
『なあに』
「今度はなにを"看て"たんだよ」

薄らと微笑う、その表情で。
彼女にとって"良くないモノ"ではないことは解る
憂いているのでもなく悼んでいるのでもなく…
そう。まるで慈しむかのようにその瞳は揺れていた
…"重ねてる"訳じゃねえならいいんだけどな。

なにと、だれと、なんて。

それこそ野暮な話だ

『夕陽が好きなの』
「ああ、知ってるよ」
『キレイだよね、今度はオレンジ色してる』
「真っ赤な夕陽もあるぞ」
『うん。でも…今はもう、血の色にはみえないよ』
「…そりゃあなにより」
『また彼処に行きたいなぁ』
「んじゃ、今度の週末で行くか」
『紫色アイス食べなくちゃ』
「そーいや…あったなそんなもん。よくあんな甘ったるいの食えるよな」
『アイスが辛かったら大事件だよ』
「!、ははッ…そりゃそーか」

同じ言の葉を、繰り返す。
あの時とは違った想いを抱きながら。
それでも。
向ける気持ちは何一つ変わっちゃいねえ
俺も…六花も

橙に染まる空を見上げればそこには雀の群れ。
おそらく帰るべき宿り木に羽ばたいているのだろう

「…俺らにも、ちゃんと帰る場所があんだよなぁ」
『贅沢、だよねぇそれって』
「安心しろ。今じゃこれが"当たり前"だ」
『うん』
「夕陽が沈んでも明日にはまた太陽が昇るだろ」
『照らすために昇りますね』
「今度こそ…俺らも同じだ」
『ふふ…本当に贅沢な幸せ』
「相変わらず欲がねえよな六花って」
『そう?随分欲深くなった気がするけど』
「元々の基準値がマイナス過ぎるんだよ、お前の場合」
『そうかな』
「そーだろ」

言葉なく繋いだ小さな手。
微笑ってくれんならなんだっていい
今ある現実がとても幸せんだと、夜と同じ色の瞳が揺れている
望めばいくらでも手に入るこの世の中で、彼女が願うのはとても小さくて…
それでも、まえは焦がれても手を伸ばしても届く事が無かったものだ

…無欲なところはホント変わんねえよなァ

けれどもそんなところもまた愛おしくて感じでしたしまうのだから…俺も大概なんだろう。
仕方ねえんだ、こればっかりは
散々恋焦がれて探し求めた大切な存在
こうして手を伸ばせば届く距離に在るコトがとてつもなく嬉しく思う

「…今度は天蓬とユキも誘うか」
『いいね、それ。4人で紅葉狩り』
「ユキは花より団子な気もすっけどな」
『ああ…それは言えてる』
「連絡してみ」
『いま?』
「ちょうど明日は代休だったろ、あいつらも。平日の方が空いてていいんじゃね?」
『なるほど。』

課題が終わらないと嘆いていたユキだが、まあ。
天蓬がついてるからなんとかなるだろう
提出期限なんざ頭にもねえヤツだが頭脳は高いからな、昔から。
あのものぐささえなきゃかなり高いレベルまでの事は大抵こなしちまうハズなんだ。本人にその気がこれっぽっちもねえだけでな

『…あ、2人も明日は暇してるみたい』
「うっし。んじゃ決まりだな」
『ユキが誰の車で行くの?って』
「そこは勿論俺のだろ」
『ん。』
「どーせアイツの事だ、寝不足で運転なんざする気ねえよ」
『今夜は早く寝かし付けてもらわなきゃだね』
「そこんとこユキによぉーく言っとけ六花」
『イエッサー』
「…、懐かしいなソレ」
『鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してる』
「だあれのせいだ、誰の」
『…結構気に入ってたんだよ。この掛け声も、あの変な掛け声も』
「変なとは失礼だな」
『気を付けよう、酒と女と網交換…なんて叫びながら戦うの…絶対私たちだけだったと思うの』

みんなノリノリだったよね、なんて。
色濃さを増していく橙に瞳を細めながら…懐かしむ、から
遥か遠き情景が浮かび上がる
懐かしさと切なさと、愛しさが入り交じるその記憶は…

その、想いは。

「天蓬が酔った勢いで発案したんだよアレ」
『うん。だろうね』
「流石に今じゃ言わねえか」
『言ったら面白い。ユキの反応も見てみたいな』
「完全に呆れ顔すんだろーけどな」
『ふふ。かもね』
「そろそろ帰るか。日が沈むと一気に寒くなるからなぁココ」
『あ、今夜はすき焼きにしてみた。食べたいって言ってたから』
「まーじでか。さすが俺の嫁さん。気が利く」
『…、まだなってないよ』
「どーせ結果は同じだろ?早いか遅いかの違い」
『う、ん』
「おーいそこの別嬪さん。変わらない"クセ"が出てんぞー」
『うるさいですよ色男さん』

幾億の時が流れ去ろうとも、カタチとして遺るモノだ。

1度抱いたそれぞれの想いも、抱えた痛みと同じように

これから先もずっと…存在し続ける。

「帰るか。明日の準備もしねえとな」
『お弁当持ってく?』
「六花の手料理かぁ…すんげえ食いてえけど天蓬に食わせんのは勿体ねえな」
『ふふ、なにそれ』
「剥き出しの独占欲」
『それはそれは。愛されてるね』
「そりゃあもう最大限にな」
『還元しなくちゃ』
「んじゃ、今夜は期待するとすっかな」
『…あした、はやいから』
「加減はしてやるよ。多分な」
『ソレ…絶対あてになんないやつだ』
「ははッ」


目元まで赤らんだその表情に、愛しさが降り積もった秋の夕暮れ。











「毎回思うんだけど、捲簾も天蓬も意外と安全運転だよねぇ」
「なんだよその意外とって」
「いやあ。だってさ?2人とも速度制限とか平然とぶっちぎりそうな顔してるじゃん」
「失礼ですねぇ。捲簾はともかく、僕はいつだって安全運転ですよ?」
「完徹したまま運転するヤツのセリフとは思えねえな。マジで気をつけろよユキ、そのうち事故んぞコイツ」
「うん。限界超えたら奥の手使うから大丈夫、任せて」
『奥の手?』
「そ。眠らないワガママっ子には一ヶ月のお触り禁止令をね」
『ああ…それは効果絶大っぽいね』
「六花もやってみなよ…って、捲簾は完徹しなさそうだけど」
「おーよ。むしろ眠りたがんねえのは六花の方だな」
「相変わらずなんですねえそこは」
『眠りが浅いだけだと思う』
「それも正論だけど、夜は寝ようね」
『ん。』

約束通り、捲簾の運転でやってきた観光地。
彼の言うとおり土日に比べると人もまばらで、のんびりするには最適。
気温もそこまで低くはなくて、柔らかな秋特有の陽射しが紅を照らしていた

『捲簾、次の信号右だって』
「あいよ」
「すごい…六花が地図読めてる」
「音声案内がありますからねぇ今の時代」
『これなら私にも分かるよ』
「万年マリモな六花が成長してる!すごい!」
『褒められてる気がしないのは気の所為なの、これ』
「気の所為じゃね?」
『…笑いながら言われても説得力皆無だよね』
「六花の迷子グセには手を焼きましたからねぇ、僕らも」
「ほっとくと気付いたら居なくなってるもんね、六花」
『ユキは目敏く見つけるよねいつも』
「まーね!発信機着けてるから」
『…捲簾と同じこと言ってる』
「うわっ。思考回路同じかっ」
「なんだそのうわってのは」
「はいはーい、ミラー見てないで前見てください運転手さん!」
「こんにゃろう」

右折した先、見えた駐車場。
植えられている紅葉の樹がとても綺麗に色付いていて
秋らしさに思わず見とれてしまうほど鮮やかだった

『…』

紅、赤、アカ。
まえの私たちにはとても身近だった、モノ。
それがいまではこんなにも心和むものに変わるだなんて…
当時では考えられなかったのにね

「六花ー?なにまたトリップしてんのよ」
『ちゃんとここにいるよ』
「体はね。心がどっかいってるって話し」
『相変わらず目敏いね』
「何年一緒に居ると思ってんの?」
『確かに』
「今度はなにを思ってたんですか、六花」
『ん。綺麗な赤だなって』
「ああ…なるほど。」
「そう思えるようになったんだ。しっかり堪能しとけ」
『うん。眩しいよ、今は』

あなた達がいてくれるから。
ずっと身近にあったモノは不快でしかなかったのに
…生きる時代が変われば印象も変わるものなのか
見上げた先、薄桃色のあの花とは違う色
目を奪うという意味では同じだけれど、このこはまた違った引き寄せ方をするのだ

『…赤といえば』
「んー、私はりんご!」
「思いっきり花より団子だよなユキは」
「だって今が旬だよ?美味しいんだから食べなきゃ損!」
「そういう問題か」
「いいじゃないですか、りんごでも。ユキが作るアップルパイは美味しいですからね」
『お菓子作り得意だもんねユキは』
「捲簾には作ってあげません。」
「おいそこ、除け者にすんな」
「天蓬は?赤といえば!」
「…聞いてねえなコイツ」
『私の分けてあげる』
「そうですねぇ…赤といえば…ああ、ポスト」
「うわ、面白くねえ」
「あなたも本当に失礼な人ですね捲簾」
「真っ直ぐな変わり者の代名詞がなんだってまたありきたりな答えなんだよ」
「ちょうどこの前、締切過ぎた論文を郵送しましたから」
「あんなに大きくカレンダーにしるし付けといてあげたのにね…」
『天蓬はそういう人。』
「毎朝念仏のように唱えるしかないか」

車を止めて、そこから降りて。
遠くの方で微かな喧騒
さあ。目的地はもう直ぐそこだ

心地よく澄んだ空気が山から流れて来る
土の香り、樹の香り、風の香り。
どれをとってもあたたかい

「ではみなさん気合を入れて!そして荷物は必要最低限に!」
「…なんか、偉く気合入ってんな」
「こういうの大好きですからねぇ、ユキは」
『体育会系だし。体動かすのは昔から得意だよ』
「それは六花もでしょー。ほらほら!入口ここ!」
『ふふ。そんなに急がなくても山は逃げないよ』
「ハイキングしようとは聞いたが、こんな上級者コースだなんざ聞いてねえぞー」
「所要時間2時間だって!楽しみ!」
「嬉嬉として看板指さすなっての」
「あはは。ついていけますかねぇ僕ら」
『天蓬も捲簾も体力あるから大丈夫だと思うよ。それに上級者コースッて言っても、確かそこまでキツクない筈』
「六花は登ったことあるんですか?」
『うん。まえに、捲簾と』
「ああ…二人揃って夕方の訓練すっぽかした時ですか」
「訓練よか優先すべきモンがあったもんで」
「あ、六花のことでしょ」
「他になんかあるか?」
「でっすよねー。ホント、脳内六花尽くしだよね」
「当然。」
「真顔で言い切りましたね」
『私も似たようなものだから何も言えない』
「このバカップル!」
「人の事言えんのかそこー」

私たちよりマシだと言うユキだけど、絶対似たようなものだと思うんだよね。
現に天蓬は笑ってるだけだし
…自覚が無いのは本人だけみたい

辿りついた入口。
奥に見える道はまだ緩やかなものだけれど
確か途中から多少なりとも急になっていくものだった気がする
まあある程度の難易度なら超えられるものだろう
体力は常人よりもある私たちならば

「この山の頂上から紅葉の樹林が見渡せるんだってー!」
「そこそこ標高も高そうですもんねぇ。高所恐怖症だった人は大丈夫なんですか」
「いつの!誰の!話をしてんだよお前はっ」
「へえ?捲簾高い所ダメだったんだ」
『飛び降りれる高さなら大丈夫だったんだけどね。それ以上だとダメだった』
「なんか意外だね。そういうの平気そうなのに」
「こんな図体で高所恐怖症とか、可愛いでしょう?」
「図体は関係ねーだろ!」
『でも私も意外だった』
「人間何かしら弱点あった方がいーんだよ」
「でも今は平気なんだ?」
「おう。観覧車だろーが木登りだろーが、ちっとも」
「残念ですねえ。山頂から怖がる捲簾をからかえると思ったのに」
「お前ってほんとイイ根性してるよな」

緩やかな坂道を登り出す。
ハイキングコースと書かれた小さな看板には、現地点から山頂までの距離と凡その所要時間が書かれている
…これは、真面目にやらないと明日筋肉痛になりそうだ。
左右に立ち並ぶ大樹は色とりどりの葉を着飾りながら佇んていて
吹き抜ける風がなんとも秋っぽい

「…ハイキングコースってかよ」
「おや」
「コレ、どっちかってーと山登りの方が正しいんじゃね?」
『ここから先は転落注意…だって』
「舗装された道がなくなったねー!あ、でもほら!踏み固められたミチがあるっ」
「これは…かなり体力消耗しそうですよ?」
『まあいいんじゃない。足腰強化にはもってこいだと思う』
「どんだけポジティブなのよお前」
『何事も楽しんだ者勝ち』
「なるほど」
「よーし!登るぞーっ」
「落ちないでくださいね、ユキ」
「そこまで運動神経鈍くありませーん!」
「六花、お前も大丈夫だとは思うが気をつけろよ」
『転落注意って書いてあったもんね』
「骨折とか笑えねえよな」

険しくなりだしたミチは、舗装されていないだけあって足場も悪い
出っ張った木の根や様々な形をした石
確かにこれは両手が塞がっていたら登るのは困難だろう
ちょっとした軽装と最低限な荷物だけを持つ私たちは、各自足場に注意しながら目的地を目指し出す

意気揚々と先陣きって登るユキを、天蓬が楽しげに見つめていた

「そーいえばさ六花」
『なあに』
「私たちが小さかった頃、よく近所の山に登りに行ってたじゃない?」
『ああ…私がユキに捜索願い出されそうになった山ね』
「そーそ。うさぎ追いかけてはぐれた六花が見つからなくなった話」
「ちょっと待てなんだその話」
「ホントあの時は怖かったんだよ!後ろに居るって思ってたのに、振り向いたらいないんだもん!」
「しかも理由がうさぎを追いかけて、ですか…」
『すごい綺麗な真っ白い毛並みをしたうさぎだったの。野ウサギなんて珍しいよね』
「つーか、その前にいつの話よソレ」
「んーと…私たちが小学校の頃?」
『確か4年とかそのへん』
「…女がする遊びじゃねえだろ、絶対」
『変わり者だったのは自覚ある』
「でもおかげで体力ついたよねー。あの時の山に似てるよ、ここも」
「こんな急な場所を登ってたんですか…」
「うん。今よりも小さかったから、ほんとよじ登るって感じだった」
『毎日泥だらけだったもんね、あの頃』
「お前ら変わり者にも程があンだろ…」
「人の事言えるのかい」
「お前らよかまともだったな」
「えー、嘘っぽい!」
「ケンカなら買うぞー」

懐かしいな。木の棒見つけては竹刀代わりに手合わせしたり、落ち葉を集めて焚き火をしたり。
木登りで眺めた町並みがとても綺麗だったのを覚えている。
登ってみたくなるんだ、高い場所まで。
意味も無く、理由もなく

きっと"あの頃"と変わらない…そんな想いだけで。

「ユキと六花が昔からお転婆だったという事は分かりました」
『まあ確かに、普通の女の子らしさってものは皆無だっただろうね』
「らしいっちゃあらしいけどな。習い事も色んなのやってたんだろ?」
『うん。剣道も弓道も好きだったよ』
「六花はどっちも器用にこなしてたもんね、そーいえば」

普通の女の子だったら絶対にやらないようなことしか、当時の私たちは興味なかった気がする
なんとなく人として行きて来た昔を思い出していれば、
すぐ隣からはなんだか嬉しそうな声
見上げた先、浮かんでたその笑みに首を傾げた
なんだろ。捲簾が凄く嬉しそう。

ちょっとだけ急な斜面。
突き出た石に右足をかけて掴んだのは、生い茂る葉から伸びる太い蔓で
それを掴んで登っていれば伸びてきた大きな手
左手で握れば一気に引き上げられた

『ありがとう。そしてその笑みの理由を是非とも聞いてみたい』
「いやあ。俺らの知らない六花の話しってのも、なんか新鮮だってな」
『…なるほど』
「今世では僕らよりユキの方が先輩ですもんねぇ」
『なにについてよ』
「もちろん六花についてですよ」
「そこは負けない自信あるなぁ」
「目指せ打倒ユキ、ってやつだな」
「返り討ちにしてあげるね」
「だぁれが負けるかっての」
『勝ち負けに意味あるの、それ』
「六花をどれだけ好きかを競うものだからね!」
「それで言うなら、僕は六花に勝負を挑むことになりますね」
『…そこは負けない』
「あははっ、同じじゃないそれ」
「熾烈な争いだなきっと」
『金蝉が聞いたら呆れるね絶対』
「ズリィよな。あいつはまえも今も1人勝ちじゃねえか」
「悟空を一番理解しているのは彼ですもんねぇ。羨ましい限りですよ」

あの2人の絆は、ある意味私たちのそれよりも深いものなのかもしれない。
…そういえば、三兄弟みたいなこと言ってたよね
今世ではあの子に2人の兄がいるのか
愛されて育ってくれているならばそれでいい
辛い思いは、もう。
絶対にさせたくはないから

"あの時"が最後だからって

みんなで願って、誓うんだ

「あっ、ほら!やっと中腹地点!」
「おや。案外あっという間ですね」
「この調子で後半分ってことか」
「頂上ついたらヤッホーって叫びたい」
「ヤマビコですね」
「そ!すんごい気持ちいいんだよね、大声出すと」
「それならカラオケでも行きゃいいんじゃね?」
「ソレとコレとはなんか違うのー」
『確かに気分転換にはいいよね、あれ』
「「え」」
『…ん?』
「まさか…六花もやったことあるんですか!?」
『ユキに誘われて1度だけだけど、あるよ』
「マジでか」
『2人してどうしたの。鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔してる』
「いやいやいやっ、お前が大声出すなんざ俺らだって数えるほどしか見たことねえぞ!?」
「しかもその大半は任務中のものでしたからね。避けろとか逃げろとか、寄るなとかそういう」
『…ああ…うん、そうだね』
「六花がどんなキャラだったか丸わかりな反応だよね、この2人」
『あまり声を上げるのは好きじゃなかったし、必要もなかったし』
「因みにユキさんやい」
「なんでしょ捲簾さんやい」
「六花はなんて叫んだんだ?」
『…』
「あー、ふふ。何でしょうねぇ?」
「なんですか?その笑みは」
『ユキうるさい』
「まだ何も言ってないよ!」
『顔がうるさい』
「親友に向かって失礼な!」
「あ、コラ六花!足場悪ィのに先1人で行くなっての!」
『こんな場所で転ばないよ』
「…」
「恥ずかしがり屋なんだよ、六花は」
「みたいですねぇ。変わってませんね、そんなところも」

背後から聞こえる声に振り向かずに進めば楽しげな笑い声。
何を想って、誰を想って。
あの時の私が叫んだのかなんて…
恥ずかしくて言えるはずない

それでもきっと…彼らは笑うだろう。

私の大好きな、あの笑顔で

「お前ね、歩くの早すぎ」
『捲簾たちが遅いだけ』
「クセは変わんねえのな」
『いつの、誰の話しでしょう』
「俺が唯一愛した不器用な女の話だな」
『それは物好きだね』
「はっ。今更だろーが、そんなもん」
『…』
「今も昔も変わっちゃいねえよ。俺が惚れた女の特徴なんかな」
『…うん』
「なので是非とも聞いてみたい」
『却下。』
「つれねえなあ」

開けた小さな広場。
休憩所にもなっているのだろうそこは、一つの自販機と小さな物売り場にもなっていて。
ハラハラと舞い落ちたのはちょうど4枚の紅
役目を果たしたそれは、鮮やかに彩られていた
土へと還る…優しい色

『…』

宿す色は違うのに、どうして。

こんなにも愛しく感じてしまうのか

物悲しさと少しの切なさが、あの花と重なるのは

きっと。

『…喉乾いた』
「おー、少し休むか。ちょうど自販機もあるしな」
『ん。』
「あ、なになに?休憩ー?」
「姫さんが喉乾いたんだと」
「それは大変ですねぇ。ついでにそこの田楽でも買います?」
「天蓬お腹すいたの?」
「なんとなく小腹がすいたような気もします」
「まあこれだけ運動すればねー。六花も食べようよ、美味しそう!」
『胡麻ダレあるかな』
「良かったな、あるみてえだぞ」
『じゃあそれで。』
「私は味噌ダレかなあ」
「じゃあそれを2本ずつにしましょう」

宿す記憶も重なる想いも、同じだからなんだろう。

「おっ。意外と旨いな」
「捲簾て時々物凄く失礼だよね絶対」
「そうは言ってもよ、こういう辺鄙なトコにあんのって、あんま期待出来なくね?」
「美味しいからいいじゃないですか。観光地は違うんですよ、きっと」
「なーるほどな」
「六花胡麻ダレ美味しい?」
『ん。』
「もくもくと食べてるもんね」
『あまり田楽って食べる機会ないから』
「言われてみれば。」
「これでタバコが吸えりゃ文句ナシなんだけどな」
「さっき散々車で吸ってた人が何を言うか!」
「空気がうまい場所で吸った方が旨く感じるんだよ」
「大気汚染でーす」
「喫煙者は肩身が狭いですからねぇ、この世の中」
『世間の目も厳しくなってきてるから、余計だと思う』
「てか、今でも六花が喫煙者だなんて信じられない」
『その説はどうも失礼しました』
「そんなに意外かァ?」
「意外過ぎて親に速攻報告したくらいには」
『ユキの親は吸うもんね』
「うん。驚いてたよ、2人とも」
『…、想像に難くないよ』
「僕らにとっては"当たり前"でしたからねぇ。隠しとおしていたんです、驚くのも無理はありませんよ」
「どっかの誰かさんが盛大にバラしちまったけどな」
「おや。誰でしょう。」
「誰だろうなあ?」

食べ終えて、再び登り始めた山道。
あの時は私もちょっと驚いた
彼らからしたら確かに当たり前のことだったから、私も敢えて何も言わなかったんだけど
ユキの驚き具合は確かに凄かった気もする
…辞めるつもりはないんだけどね

私たちを繋ぐ、もう一つのカタチだから

「ノアール、ハイライト、アークロイヤル」
『ん』
「銘柄には意味があるんだって最近知ったよ」
「懐かしいな」
「そんな話をまえにもした事がありましたねそういえば」
「なんだっけ…黒と、もっとも陽の当たる場所と、方舟?だっけ」
「僕のはさして意味はないように思います」
「でも天蓬なら方舟だろうとなんだろうと運転できそう」
「あはは、なんですかそれ」
『…』
「同じこと言ってんなぁ」
「え?」
「俺らもそれ、話したことあったんだよ」
『ユキもそう思うってことは、多分外れて無いね』
「だろうな」
「どんな解釈ですか、二人とも」
『改造とかなんかして乗りこなしそうって話』
「うーん。では、いざとなったらやってみましょうか」
「あははっ、じゃあその時は楽しみにしとくー」

持ち続けたソレは、大切な意味があったから。
あの日…目を反らしたくなるほどの光に包まれていた彼と、添うように佇んだ"私"は…安堵と居心地の悪さに矛盾した気持ちを抱えていたけれど。
懐かしいね。
そんな意味も込めて見上げれば、同じように降る視線と出逢って
それだけなのに、どうしてこうも愛おしいんだろう

どうして、こんなにも

切なくて仕方がないんだろう

『…ああ、ほら。見えてきたよ』
「!、山頂!!叫ばなきゃっ」
「あっユキ!そんなに走ったら危ないですよっ」
「アイツ…俺のことは過保護だなんざ散々言ってんのに、無自覚なんだよな」
『天蓬も捲簾も、私から言わせればどっちも過保護』
「それについては六花の猪突猛進な性格が絡んでんな」
『…ん。否定はしない。でも、良かった』
「なにがよ」
『天蓬とユキが寄り添ってくれて』
「…」
『ユキは特別、天蓬も特別。そんな二人が今の関係を築いてくれたこと、すっごく奇跡だと思う』
「まーな。むしろ…俺らの存在はそのものが奇跡に近いんだろ」
『…』
「感謝すんなら観音のバァさん、か」
『そうかもしれないね。一度はお礼参りに行かなきゃ祟られそう』
「…、おっかねぇ想像させんなよ」
「おーーーい、そこのバカップル!遅いよっ」
「ユキに言われたくねーよこの無自覚バカップル」
「失礼ですねぇ。自覚がないのはユキだけです」
『天蓬は確信犯』
「ええ勿論」
『相変わらず清々しい笑みで何より』
「うっさいぞそこのお二人さんっ」
「お。照れてら」
「落ち葉投げつけるよ」

短いままの襟足が、風に吹かれて揺れた先。
僅かに色づく頬は見上げた色と同じで
本当にね、嬉しいんだよ
大好きな空がぐずつく季節に結ばれたもう一つの絆は、私にとって大きな光になってくれたから。
こうして4人で過ごせること。
大切な人が大切な人と出逢えたこと
それを育むことも、続けることも出来る今は…

絶たれることなく繋げていけるから

『…』

ああ、なんだか、とても。

「「!」」
「あっ!?ちょっ、待ってストップ六花そのままっ」
「急げよユキ…こりゃ今までで一番のチャンスだぜ」
「一眼レフを持ってこなかった自分を殴りたい気分です、ものすごく」

幸せなのだと、言い切れる。

「撮れたっ!!撮れたよ二人とも!!ベストショット!!」
「よし後で送れ。ぜってー送れよ今のやつ」
「永久保存版ですね。額縁にでもして飾りましょう」
『…、なに騒いでるの』
「見て見なさいほらコレッ」
『……、盗撮って言うんじゃない、これ』
「滅多に微笑わない六花の貴重な笑顔を逃すほど!私の愛は軽くありません!!すっごい優しい顔してすっごく穏やかなこんな笑い顔っ、私だって見たことない!!」
『ユキが物凄く興奮してるって事は理解出来た』
「山頂から見える絶景よりも価値の高いものです。」
『…、お願いだからそんな真剣な顔して言わないで。恥ずかしくてしにそう』
「むしろ六花よりもソコで片手で顔覆ったまま立ち尽くす捲簾の方がしにそうだからね!?」
『…捲簾』
「…」
『けんれん』
「―――…」
「六花の声にも応答がないのは重症ですね」
「分かる、分かるよ捲簾。大丈夫ちゃんと保存してあるからね!?生きて!頑張って!!」
『もうヤダこの二人』
「照れる貴女も可愛いですよ」
『追い打ちかけないで天蓬っ』

自分で言うのもヘンな話だけど、うん。
確かに余り表情を変えることはしないから
無意識だったんだろうソレは、どうやら彼らからしたら一大事だったようで。
手元の画面をガン見しながらはしゃぐユキと、その隣で真顔のままカメラがどうとか呟く天蓬
そして、いま。
片手で顔を覆ったまま微動だにせず立ち尽くしたままの彼は、ちゃんと呼吸をしてくれているだろうか。

笑えって。

いつかのどこかで、何度も。

あなたはそう言い続けてくれたから

溢れる気持ちが止まらない時ほど、勝手に浮かび上がるようになったんだ。

『…いきて、る…?』
「抱きしめていいか」
『え…?』
「いまめっちゃ力いっぱい抱きしめてぇ」
『…、』
「拒否権ねえけどなっ」
『!、わ…っ』
「あっずるい捲簾!」
「どーしてくれんだ心臓張り裂けんぞこのままじゃ」
『え…、それ、は…困る』
「じゃあ頼むから不意打ちはやめてくれ…いや、良いことなんだけどな。なんつーか、俺がもたねえ」
『…』
「ナチュラルにスルーされたよ天蓬」
「仕方ありませんよ。今は捲簾の方が重症者ですからね」
「…、その広げた両手はなんでしょう」
「順番待ちです」
「待って私が先!」

息が詰まるくらいの力で、強く捕らわれたこの身は…すっぽりと彼の腕の中に納まってしまう。
まって、確か今日って山頂からの景色を見るためにここまで来たんだよね。
紅葉狩りするためにあの急な山道登ってきたんだよね
誰一人としてそっちのけな現状に、紅がはらりはらりと舞い落ちる

「…笑えてんなら、それでいいと思ってた」
『ん…っ』
「またお前の傍にいれんならそれだけでいいとも思ってた」
『う、ん』
「でも…あんな見た事ねぇような顔は出来れば俺の前だけにしてもらいたい」
『それ、は…難しい要求だね』
「嬉しい気持ちと見せたくねえ気持ちがただいま戦争中」
『それは大波乱』
「責任とって」
『その前に捲簾、そこで二人がものすごく大きく両手広げてるの』
「却下。だぁれが渡すか」
「「独り占め禁止!!」」
「六花は俺のだ諦めろ」
「捲簾が理不尽だ!」
「独占欲の塊は嫌われますよ!」
「なんとでも言えっ」

ぎゃあぎゃあと始まった小さな論戦。
囲まれた檻のなか、広い背中に回したこの手は…とても、とても大切なものばかりを掴めるようになっていたんだ
返してとかくださいとか不満たっぷりな声から逃げるように回る

おかしくて、また。

笑ってしまったんだ


大好きだよって、愛してるよって。


声を大にして叫びたくなる気持ちを、精一杯抑え込みながら





『一世一代のあの声は…どうやら随分と遠くまで聞こえていたんだね』






逢いたいよ、って。

たった一度だけと決めて…吐き出したあの時の気持ち。

聞し召せとたくさんの記憶と想いを乗せて、あの人に叫んだんだ








ったく、いつまで経ってもうるせぇヤツらだよ






『―――…!』










それは、届くことのない音なき聲。












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