時巡り | ナノ




変わったねって言えば、見たことないような表情をするから

なんだか可笑しくて…少しだけ微笑ってしまったんだ。






「…」
「…」
「…」
「……、オイ六花っ!いい加減コイツをどうにかしろ!」
『どうにかって言われても…』

時刻は朝の7時過ぎ。
悟空はまだ夢の中だけど、起き出した私たちは各自のんびりと暇を持て余す
簡単な身支度だけしか済ませてないから全員寝間着のままだけど。
机に頬杖ついたユキが笑っていた

「いいじゃん別に。微笑ましかったよ?」
「はあ…お前みたくサラッと流せりゃこんな面倒にはならんだろうな」
「あはは。そこはほら、もう諦めましょうよ。なんたってまえとは大分違いますからねえ…この人は」
「…」
『…捲簾』
「…」
「六花の呼びかけにも反応なし!うわっ、大分拗ねてるよこの人!」

椅子に座る捲簾に羽交い締めにされたまま大人しくその腕の中に収まる。
若干いつもよりその力が強いのは、恐らく気のせいではないんだろうなって苦笑しながら。
相手が金蝉なだけに直接言葉で意を唱える事はしないけど、それでもやっぱり不満なようで
ああ言われてみれば。
確かにあの頃と比べれば、大分自分の感情をストレートに表現するようにはなったなぁ
常に冷静で物事をみる目は変わらないけれど、そこにプラスされたのはいい意味での素直さなのだろう

『捲簾』
「…なに」
『ごめんね』
「…」
『怒ってる?』
「別に…怒っちゃいねえよ。ただ、なんだって金蝉と一緒に寝てたんだよ」
『深夜に2人で話をしてたの。だからそのまま寝ちゃった』
「…」

抱きしめられたまま首だけひねって見上げれば、そこには苦虫を噛み潰したような顔で見下ろしているから。金蝉のため息と2人の笑い声が聞こえてきた
なんとなくそのぬくもりが嬉しくて…ついそのまま同じ布団で寝てしまったのだ
金蝉も嫌がる素振りもなかったから、本当になにも考えていなかったんだけれど…
彼はそれが物凄くご不満だったらしい。困った。


「捲簾は貴女が金蝉に抱きしめられたまま寝ていたのが、とっても不満なんですよ」
「だからってそんなに拗ねなくてもいいのにねー」
「でも僕でもきっと同じ反応したでしょうねぇ」
「え。」
「…はぁ」
「相手が金蝉じゃなけりゃ今頃大事件だぞ」
『大丈夫。金蝉と天蓬以外とはしないから』
「そこは俺以外って言って欲しいところだけどな」
『でも、2人は特別だよ…?』
「性別は男だろ」
『ん…』
「嫌ですねぇ。僕の大事な六花を独り占めだなんて」
「お前にはユキがいるだろーがッ」
「もちろんユキは特別ですよ?でも六花はまた違った特別なんです」
「…いいのか、あんなんで」
「うん。だって私も同じだもん。六花が一番大事!でも、同じくらい天蓬も大切。で、捲簾も金蝉も悟空も特別」
「範囲広すぎるだろ、それ」
「あははっ。そんなのどうせ金蝉だって同じくせに」
「…」

金蝉を見つめれば小さく苦笑していた。
あれは肯定しているのと同じだ
私だってそうなのだから、きっとこの場にいる全員がこの繋がりを特別に想っている
愛した人、愛された人、守りたかった人、守られた人
大切な人の…そのまた大切な人
そうやって人との縁は繋がり広がりゆくのだろう
折り重なる縁が織りなす大きなそれは…きっと仕合わせと呼ぶのかもしれない


『うん。ほら、みんな特別』
「つーか!コイツら以外とだなんざ大乱闘にしかならねえよっ」
『大乱闘…新聞に載るね?』
「おーおー、載るだろうなぁ大々的に」
『そうなったら捲簾は有名人だね』
「…お前ね、真面目に聞いてねーだろ」
『そんなことない。すっごく真面目に聞いてる』
「んじゃ、俺が何を言いたいのか当ててみ」
『…金蝉や天蓬以外とは寝ちゃダメってこと?』
「正しくは俺以外の野郎と寝るの禁止」
『二人ともダメなんだ』
「当たり前だろ!コイツらも一応男なんだぞ!」
「一応じゃなくても男ですよ、失礼ですねぇ」
「外野は黙っとけ。いいか六花、そりゃあ俺だってこいつらがお前に何かするとは微塵も思っちゃいねぇよ」
『ん。』
「けどな…言っただろ。"選ぶなら俺だけにしろ"…ってな」
『!』
「それに行きつく過程だって、同じだろ」

拗ねたように、眉間に皺を寄せて。
あの日…"私"を受け入れてくれた時に落とされた言の葉が、
今もまた優しく降り積もる。
覚えていてくれたことが嬉しくて、永い時を経た今も同じように愛してくれることが嬉しくて
同じ色を宿す双眸を見上げれば映り込んだ私の姿
切なくて、愛しくて。
伸ばした腕を首に回して抱き付けば耳元で笑う気配
ああ…そうだ、彼はいつだって。

私を手放そうと思えば彼はいつだって出来たハズなのに
それをしないで最後の最期まで付き合ってくれた。まるで当たり前だとでも言うように
そんな彼が唯一求める存在が私なのだから
男と女である以上…あの頃と違う以上。

『…捲簾以外とはもう寝ないね』
「おう。そーしてくれるとありがたい」
「…捲簾ってこんなに独占欲の塊だったの?」
「いいえ。まえはまだ大人しい方でしたよ、今よりかは」
「ほうほう。でもそんだけ六花が好きってことだよね!」
「なんでお前が嬉しそうなんだ」
「えー、だってこの二人と再会するまで、ずっと六花を見てきたのは私だよ。六花があんなに嬉しそうにしてるのに、私が嬉しくないわけないじゃん」
「ああ…そうか」
「うん。だから一つだけ決めてることがあるの」
「決めてることですか?」
「例え捲簾でも、私の大事な六花を一度でも泣かせたら…飛び蹴りかました後半年は絶対に六花に逢わせてやんない」
「…、」
「……それ、本人に言ってみました?」
「もちろん伝えたよ。…嬉し泣きも入るのかっていうから、それは別って言っといたけどね」
「つまり、それ以外で泣かせるつもりは毛頭ない、と」
「うん。そうみたい」
『当の本人蚊帳の外で、話が盛り上がってる』
「だって六花が捲簾に捕まったままなんだもん」
「一瞬でも手放すと、すーぐ誰かサンがひっつくからな」
「えーっ、私にまで嫉妬しないでよね!」
「さあ、どーだか」

体制は再び羽交い締め。
私の頭の上に顎を乗せる彼の声音からするに、絶対半眼だ。
ユキは同性なんだけどなぁ
天蓬も私に嫉妬してたりするのかな
二人で出かけることもそう少なくはないのも確かだから
回された腕が少しだけ強まったのは気のせいじゃないよね、絶対

…本当に。まえと比べると、あなたはたくさんの感情を見せてくれるようになったね

押し殺さなきゃならない事の方が多かったあの頃

きっと、きっと。

お互いに伝えたい言葉だってたくさんあったんだ


「どーすんのよ六花」
『ん?』
「聞く限りじゃ、なんかまえよりも我儘になったみたいだけど?」
『ふふ…それは私も同じだから』
「はあー…幸せそうに微笑っちゃってまあ」
「ただめんどくさくなっただけなんですけどねぇ?」
「オイコラ。お前だって人のこと言えねーだろ」
「おや、そうですか」
「…俺からすればどっちもどっちだ」
『金蝉はまえより雰囲気が柔らかくなった』
「フッ。それをお前が言うのか」
『お互いに、さ』
「確かにみんなに会う前と比べても、六花は雰囲気柔らかくなったね」
『ユキが言うんじゃそうなのかも』
「うんうん。それに、六花はすんごく綺麗になった!恋は人を変えるってほんとだね」
「そりゃあ六花はモトがいいからな」
「ハイハイ。惚気んならあっちでドーゾ」
「完全にあてつけですねぇ」
「ほっとけー」


いつかきっとって、託した願いは…想いは

大丈夫、ちゃんと届いていたよ


『…』


言葉にしなくちゃ伝わらないこと、言葉にしなくても伝わること

どっちも同じだけ大切なものだから。


穏やかな時が流れる朝のひとときに、回されたそのぬくもりに

六花がそっと微笑んでいた

「ところで。悟空はいつ起こすの?」
「もう8時ですもんねぇ…遊ぶ約束しちゃってますし?」
「遊ぶっつったって、この辺なんかあんのか?」
「全員疑問符つけてんじゃねえよ」
『この辺りだと…特に遊べるような施設はないもんね』
「完全に住宅街だもんなあ」
「折角のお天気なんだし、海にでも行きたい!」
「あれ、ユキは泳げるんですか?」
「水泳は得意だよー!競泳なら負けない自信ある」
『ユキは昔から得意だったよね』
「お前は泳げるのか?」
『泳げると思う?』
「六花を海に投げ落としたら10秒で溺死確定だね」
「おや…それは、また…」
「…今でも泳げないのねお前」
『息継ぎ出来る人の意味がわからないくらいには。』
「逆に息継ぎ出来ねえヤツの方が不思議だな」
『金蝉は泳げるんだ』
「人並み程度には、な」

苦笑2つとため息1つ
仕方ないじゃないか。そもそも人間は水中で生きるようになってないんだ
泳げなくたって道理だと思うわけで
懐かしいですねって天蓬が可笑しそうに微笑うから、まえを思い出して肩を竦めた

あの時は確か…私よりも何故か捲簾が驚いてたっけ

「懐かしい、って…なに?まえになんかあったの?」
「初めて3人で出掛けた時、大きな川に釣りをしに行った事があったんですよ」
「それは初めて聞くな」
「ええ。捲簾が魚を食べたいだなんて言い出したので、どうせならって暇潰しがてらに行ったんです」
「ちょっと待て。確かまえの世界って不殺生が原則だったんじゃないの?」
「細かいこと気にしてるとハゲるぞー」
「女性より男性の方がハゲ率高いって知ってた?」
「こんにゃろう」
『川をね、その時初めて見たんだよ』
「まあそりゃそうだろうな」
『ん。』
「まあずっと永い間監禁状態だったって言ってたもんね」
「ええ。だから僕たちがもっと気を付けてなくちゃいけなかったんですけど…」
『あれは私の不注意だよ、二人は悪くない』
「なんだ、まさかとは思うが…その川に落ちたとか言うんじゃねえだろうな」
「ご名答。」
「…、」
「あん時はマジでビビった」
『私もびっくりした』

滑りやすいから気を付けろって、再三二人に言われてたハズなんだけどね。
流れは然程激しくもなかったその川は、それでも深さはそれなりで
慣れた足取りで身軽に石から石へと飛び移る二人を追いかけていたら、たまたまその石にコケが生えていたのか。物凄く滑りやすい場所に右足を着けたのが運の尽き
声を出すよりも早くに傾いた体が冷たいそこへと導かれていたんだ

「六花が泳げねえと自覚したのはそん時だったな」
『そうだね。でも水が冷たくて気持ちよかった』
「また呑気な感想を…」
『川の中じゃ息は出来ないんだよね』
「当たり前でしょーがっ!魚じゃあるまいし」
『びっくりして口開けたらすごく苦しかったのを覚えてる』
「ピクリとも動かずに沈んでいきやがるから、コッチは心臓止まるかと思ったっての」
『ん。でも捲簾が助けてくれるかなって思ってたから、驚きはしたけど怖くはなかったよ』
「そういえば…上がって来た時、貴女珍しく笑ってましたもんねぇ」
『川がどんなものなのか知れたからね。楽しかった』
「…お前のその呑気さはあのババァとは似ても似つかねぇな」
「じゃあほら、当時の六花を生んでくれたっていう母神に似たんじゃない?」
「なるほど…」
「でもおばさんと六花って似てないよね」
「そうなのか?」
「うん。なんて言うか…色々凄い。」
「…ああ…」
『私から見ても、あの人はいろんな意味で理解に苦しむ』
「似てないってことですか?」
『多分、何もかも真逆なんじゃないかな』
「けど今のお前があんのは…愛されて育った証拠だろ。」
『…そう、かもね』

回された腕が、強くなる。
親の愛情というものを…私は今までの人生で溢れそうな程に注いでもらってきた。性格は真逆な気もするけれど、それでも向けられる微笑みはずっと変わらないものだったから

「…六花は見た目は絶対おばさん似だよね。でも考え方は割とおじさんに似てるのかなぁ」
「六花は…なんの支障もなく過ごせていましたか?」
「うん。あんまり笑う子じゃないから、誤解される事も多かったけど」
『遠巻きに見られる事の方が多かった気がする』
「それは一部の男子から高嶺の花扱いされてただけでしょ」
「ほォ…?」
「因みに捲簾さんやい。それは中学の頃の話だから、時効です」
「どーだかな。今だって対して変わらねぇだろ」
「嫉妬深い男は嫌われますよー」
「ええっ!?」
「…何でそこで天蓬がビックリするの」
「だってそれじゃあ、僕も嫌われちゃうじゃないですか」
「こっちもかい!」
『捲簾のことは何があっても嫌いになんてならないよ』
「おー。そこは確信してるから問題なし」
「はあ…勝手にやってろ」
「ちょっと金蝉!見捨てないで!」
「知るか。お前の男だろ」
『悟空、起こさないとね』
「そーいやすっかり忘れてたな。話が脱線し過ぎた」

穏やかな寝息をたてる傍に歩み寄れば、これまた穏やかな寝顔が出迎えてくれて。
むにゃむにゃと寝言をいっている様子は贔屓目なしにしても愛らしいもの
…またキミの寝顔を見ることが出来て、本当に良かった

あの頃と変わらずに、どうかこれからも。

健やかに生き続けて欲しい

キミが歩むミチはこの先…今度こそ

私たちが絶対に見守っていくから

『…かわいい』
「歳のわりにはガキっぽいカオしてるよな、悟空って」
『贔屓目なしでも可愛い』
「こりゃあ女がほっとかねぇな」
『いつか大切な人が出来るといいね』
「そーなったらパパが嫉妬するんじゃね?」
「…何でそこで俺を見る」
「なんでってそりゃあお前がパパだからだろ」
「こんなバカ猿、お断りだ」
「心にもねぇこと言うなって」
「張り倒されたいのか貴様は」
「金蝉がお父さんなら、お母さんは六花かな」
「じゃあユキはお姉さんになるんですかねぇ」
「だぁれがお母さんだって?」
「出た。独占欲剥き出し捲簾」

すぐ近くで賑やかに笑う彼らを横目に、その頬へと手を伸ばす。
ああ本当に…今でもたまに、信じられない
目の前に広がる奇跡を…この、ぬくもりを
再び手にする事が出来たことに。

キミが願った願いは…幾億もの時を超えて実を結んだよ

流れてきた時の中、きっと。

私たちには知りえない出来事が存在していたのだろうけれど

『悟空、悟空…起きて』
「ん…んん〜…もうおなかいっぱい…」
『うん。でもほら、朝ごはんあるよ』
「ッ、メシッ!?」
「うわっ、反応はやっ!」
「あはははは。流石は悟空ですね」
「やっと起きやがったか…寝すぎてそれ以上バカになるなよ」
「…あれ?メシは?」
『朝ごはんはまだ。悟空が起きてからにしようって』
「やあっと起きたか?悟空」
「あっ六花姉ぇ、捲兄ぃ!」
『おはよう』
「おはよーさん」
「うんっ、みんなおはよう!」

真夏に輝く太陽のように、そして

真っ直ぐに天へと咲き誇るあの花のように

眩しいほどの笑顔を携えて、キミは同じ言葉を繰り返すんだ


『…おはよう、悟空』


眠りから目覚めたキミへ

何度でも、なんどでも。

"今"が事実なんだと教えるよ









嬉しそうに笑うキミを、抱きしめた。










← | →
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -