時巡り | ナノ



いつかはって、ずっと思っていたんだ

そう…

いつかは。









「…なんと言いますか…あれですかね?奇跡ってこうも立て続けに起こるものなんですか」
「さぁな。」
『少なくとも私たちの場合は異例なんじゃないかな』
「って言うか…私もついてきちゃって良かったの?」
「いいんじゃねぇの?ユキだって話は知ってんだし」
「そうだけど…なんか場違いじゃないかなって」
「ユキが帰るなら僕も帰ります」
「なんでそーなる!」
『ユキはいいの。ちゃんと紹介もしたいし』

辿りついた高層マンション。
乗り込んだエレベーターはとても広くて、いったい何人入るんだろうと思う程
持ち合わせた料理片手に教えられた階へと降りれば、長く続く廊下と等間隔に並ぶ扉
再奥だと言われたとおりに歩みを進めれば微かにあの子の声が聞こえてくる
…なんだか未だに不思議だな
会いたいと願った存在が強い繋がりを得ていたことも、こうして今…
あの頃と変わりなく集うことが出来る事実に

「良かったね、六花」
『ん』
「ちゃんと出逢えたじゃん」
『やっぱり1度は神社に御参りするべきかな』
「あははっ。それだったらいっそ全員で行く?」
『ありがとうございましたって?』
「そ。今はとっても幸せですって自慢するの」
『なるほど』

インターホンを押す。間髪入れずに聞こえてきた元気な声
天蓬が懐かしむかのようにそっと瞳を細めていた
見つけられたよ。
あの日…あなたを囮にしてまで繋いだ小さな命を
笑っていてくれたんだよ…もう一つの、太陽と共に

ユキが気付いて見上げれば、ふわりと小さく笑うから
私も捲簾と視線を合わせて笑いあったんだ

「いらっしゃい!六花姉ぇっ、捲兄ぃ!」
「おー。待たせたな悟空」
『たくさん料理作ってきたよ』
「すっげえ量!!しかもちょー美味そう!!」
『どうもありがとう』
「残さず食えよ?俺らの愛情たっぷり詰め込んだからな」
「もっちろん!残さず食べるって」
「相変わらず、食べることが大好きなんですねぇ…悟空は」
「この子が悟空…確かに可愛いかも」
『でしょ?』
「? お兄ちゃんたちも俺のこと知ってんの?」
「ええ。知っていますよ…とてもね」
「私ははじめましてかな。でも、六花たちから話はいっぱい聞いてたよ」
「へへっ、そっか!とりあえずさっ、みんな入って入って!中で金蝉が待ってるよっ」
「おー。邪魔するぜ」
「なんだか緊張しますねぇ」
「お前が緊張するタマかっての」
「おや。僕だって緊張の一つや二つしますってば」
「へーへー」
『…』
「あ、六花が嬉しそう」
『わかる?』
「そりゃあ分かりますって。目がすっごく優しい色してるもん」
『そうかな』
「そーだって」

迎え入れられた先。
嬉々とした悟空が開け放った扉の向こうに広がる景色の中に、見慣れた太陽が佇んでいた

「…本当に、変わらないんですね」
「フン。そんなもんはお前も同じだろうが」
「あはは…ええ、そうでした。お久しぶりです」
「…ああ」
「元気そうでなによりです」
「お互いに、な」
「この2人も俺のこと知ってるんだって!」
「あ、悟空。僕のことは天ちゃんって呼んでくださいね」
「分かった!天ちゃんなっ」
「じゃあ私はユキ姉ぇがいいなぁ。六花と一緒」
「ユキ姉ぇ!」
「あははっ、なんか新鮮かも」
「ユキは1人っ子ですもんね」
「意外だよなぁ。てっきり長女かと思ってたぜ」
「あ、それはよく言われる。でも六花も意外だよね、弟妹とかいそうなのに」
『そうかな』
「こいつは完全な1人っ子タイプだろ」
『金蝉に言われたくないなぁ』

並べた料理、囲む食卓。
うるせえと苦笑混じりの金蝉が用意してくれたのは、少し高そうなお酒の数々で。
一目散に席についた悟空に倣って私たちもそれぞれが腰を落ち着ける。なんだか不思議
時空を超えて、想いを繋いで
私たちが今ここに在ることの幸せ

「そういえば、きちんと御挨拶しといた方がいいよね。私だけ一方的に知ってるわけだし」
「六花のダチだったのか、お前は」
「神代雪。あなたの言う通り、六花とは幼馴染なの。大学も他の2人と同じだし」
「ほぉ」
「知ってるんですよ、僕らのことも…六花から聞いていたようなんです」
「!…話したのか」
『ユキは特別。信じて、支えてくれた人』
「…そうか」
「それが今じゃ天蓬と付き合ってるってんだから、面白え繋がり方もあるってもんだよな」
「…天蓬とだと?」
「あ、なんかすごい失礼な顔されてるんですけど」
「天蓬のイメージが丸わかりな表情だよね」
『悟空、肉じゃが食べる?』
「食べる!ってか、六花姉ぇもちゃんと食べなきゃダメだよ!」
「おーおー。悟空、それもっと言ってやれ。六花はほっとくとなんも食わねぇから」
『ちゃんと食べてるつもりなんだけどな』
「六花姉ぇほっそいもんなぁ」

飛び交う言の葉、咲いた笑顔
懐かしい存在に加わった新しい光は、これからの私たちを繋ぐ大切な道標になるのだろう
美味しそうに頬張る悟空を、頬杖ついてそっと眺める
気付いた彼が良かったなって優しく頭を撫でてくれるから、うっかり油断すると想いが溢れ落ちそうだ

縁を繋いで未来を紡ぐ
あの頃には決して広げることの出来なかったそれだけれど、終わりを見据えない今の私たちならばきっとそれが出来るから

「ほらほらっ、ユキ姉ぇも金蝉も!話してばっかじゃせっかくの料理が冷めちゃうよ!」
「それは言えてる。そーだ悟空!六花の作った煮物食べた?すんごい美味しいから!」
「肉じゃが食べた!すんげー美味かった!」
「ほんとだ…いつの間にかカラになってる」
「悟空の食いっぷりは健在、ってことですねぇ。うかうかしてると食いっぱぐれそうです」
「それを見越して大量に作ってきてあっから、お前らも遠慮ぜずガンガン食え」
『金蝉この日本酒美味しいね。飲みやすい』
「ああ、ババァが東北に行った時の土産らしい。つうか、お前日本酒なんが飲むのか」
『大好物。』
「とんだザルになりそうだな…」
「六花姉ぇーっ、コレなあに!?」
『あ、それは油淋鶏。捲簾の得意料理』
「捲簾兄ぃ料理上手!」
「お褒めに預かり光栄です、ってな」
「油淋鶏とか初めて食べるかも。これって中華だよね?」
『ん。私は割と和食よりになるけど、捲簾は中華が得意なんだよね』
「これでフレンチ料理があれば最高なんですけどねぇ」
「自分じゃ料理しないんだろどうせ」
「あれ。バレました?」
「…天蓬に作らせると見た目も味もバイオレンスになる」
「そんなことないですよぉ」
「そのうち毒殺とかやりそうだよなコイツ」
「やめてよね。想像出来ちゃう辺りが恐ろしいわ!」

グラスを空けて、ボトルも瓶も空いていく。
もくもくと美味しそうに平らげていく悟空をユキが微笑ましそうに見つめていて。
落ち着いて食えって金蝉が呆れ顔をするけど、やっぱりその瞳はあったかい色
いつもよりもお酒が進む捲簾も天蓬も、どこか懐かしむかのように微笑っていた
懐かしいね、愛おしいねって

言葉にしなくても伝わるこの想いは…いつだって心の中に在るものだ

「!、このハンバーグめっちゃ柔らかいっ」
「そりゃあ豆腐を混ぜ込んで作ってあるからな。普通のものよかヘルシー且つ、多少冷えたとしてもかたくなんねぇのよ」
「えっ、コレ豆腐入ってんの!?全然気づかなかった」
「愛情のひと手間ってヤツだな」
「この餃子の中身もしっかり下味ついてるね」
『お肉の中に4種類の野菜をみじん切りにして混ぜ込んであるの。後は塩コショウと、刻みニンニクとおろし生姜で味を調えるんだよ』
「いつ聞いてもあなたたちの料理は手の込んだものですね。感心します」
「金蝉の料理も美味いけど2人の料理もめちゃくちゃ美味い!」
「金蝉も料理得意なの?」
「人並みに出来るだけだ。ここまで手の込んだもんは作らねぇよ」
「ええー、それじゃあ料理出来ないの僕だけじゃないですか」
「どうせならユキに教わりゃいいんじゃね?」
「じゃあ私は六花に教わろうかな」
『ユキだって料理上手いでしょ』
「六花ほどじゃございません」
「大丈夫だって天ちゃん!俺も料理出来ねえから」
「あははは。悟空はそうやって美味しそうに食べてくれるだけで良いんですよ」

言われてみれば、まえも天蓬か何かを作っていた姿というのは見たことがないような気がする。変なモノを見つけてくるのがうまかったから、さも実験か何かのように食材を混ぜ合わせていたのは知っていたけど
捲簾は自分でも言っていたように家庭的だったから、お酒のツマミとか作るの好きだったね
魚料理が好きなのは今でも変わらないんだ
金蝉が料理を覚えたのは悟空のためかな。


全てはそう…まるでこの日の為だけに存在していたかのように


グラスに注いだ純度の高いそれを飲み干して、咲く笑顔に私も微笑んだ。









『金蝉、お風呂ありがとう』
「ああ。お前で最後か」
『そうだね』
「って…おーい六花、ちゃんと髪の毛乾かせよ?風引くぞ」
『別にそこまでやわな身体はしてないよ』
「そーいう問題じゃねえっつーの。ほれ、コッチ来い」
「懐かしいですねぇこの会話」
「…聞き飽きるほど散々聞かされたな」
『髪の毛なんてほっといても乾くのに』
「とか言っても、貴女も毎度律儀に捲簾の言う通りにしますよね?」
『…捲簾が過保護なだけ』
「六花に関しちゃ自覚済み、ってな」
「阿呆らしい…勝手にやってろ」
『そういえば悟空とユキは?』
「ああ。あの二人でしたらそっちの部屋でゲームをやっていますよ。なんでも新作なんだとか」
『そうなんだ。悟空もゲームとかやるんだね』
「格闘ゲームだかRPGだか知らんが、最近ずっとやりっ放しだ。ただでさえ脳ミソ足りてねえのに目まで悪くなったらどうする気なんだか」
「相変わらず、お父さんは大変そーだな」
「誰がお父さんだ」

隣の部屋から聞こえてくるのは楽しげな笑い声
賑やかそうな雰囲気に知らずと口許が緩んだ。
首にかけてあったタオルで拭われていく水分に頭を動かして見上げれば、ん?見下ろしてくる捲簾。一度瞳を閉じて横を向けばそこにはコーヒー片手に頬杖ついてユキを眺める天蓬と、なんとなくであろうテレビのチャンネルを回していた金蝉
私の視線に気付いたのか。二人の瞳と重なった

「…どうかしたのか」
『なんでもないよ』
「それにしては嬉しそうですね」
『ふふ。そうかな』
「ニヤけた面して何言ってんだか」
『そんなに緩んでるの?』
「ま、俺らに分かる程度にはな」

拭き終わったぞって。数度撫でられた頭に礼を述べて、私も彼らと向き合った
嬉しいだけなんだ。ただ、それだけ
この耳に届くのは心地よい雑音と大切な命のオト
怪訝そうに見つめられればそれもまた愛しくて、勝手に目元が緩んでしまうよ
柔らかく笑う捲簾には、きっとこの思考が手に取るように分かるんだろうね。
瞳を細めて微笑んだ

『素敵なオトだなって』
「意味が分からん」
『平和だなってこと』
「ここは専属翻訳人の出番ですか?」
『おいおい、なんだよそれ』
「六花のことならなんでもこい、じゃないですか」
「ま、そこは否定しねえけどな」
「コイツが解りにくいのは今に始まった事でもねえだろ」
『分かってて傍にいるのは物好き』
「あはは。それこそ、"今更"ですよ」

音、おと、オト。
例えばそれは…大切な人の声
微笑う空気が震えるそれも、呆れたように苦笑うそれも
どれも等しく優しく奏でられる私たちのオト
それを肌で感じ取れることの喜びを、どう言葉で伝えればいいのだろう
目には見えない何かを伝えるのは…どこの世界でもとても難しいことなのに
言葉は時に無力だから。
いつだったか…大好きな曲の歌詞の中にそんな言葉を聞いた気がした

「なんなんだこいつは」
「くくく…そんな分かりにくい反応でもねえだろ?」
「そう思っているのは恐らくあなただけですよ、捲廉」
「そうか?」
「そもそも六花の思考を読むこと事態が至難の業じゃねえか。このしまりのない表情はいったい何なんだ」
「…オトが嬉しいんだろ」
「音、ですか?」
「ああ。今までになかった自分を包む音が…今の六花は嬉しくてしょうがねえんだよ」
「…」

二つの視線が向けられる。
それに小さく微笑い返せば、金蝉が苦笑う。
果たせなかった大きな"約束"
それを背負う私たちだからこそ分かるその意味は、とても大きな悲しみを含んでいるけれど
それでも、そう。
今はそれを繋げることができる、叶えることが出来る
それを証明するかのように広がるすべての音に…私は今までにない未来を夢看るよ

これから先…長く続いていくであろう未来を、そしてその最果てを

全員で笑って迎える事が出来るようにと

願って、信じて、祈り続けるんだ


『…意味のない音はね、この世には存在しないんだよ』
「実に貴女らしい感性ですね」
『そうかな』
「音にそこまで意味を持たせるやつなんかそうそういねえだろうな」
「六花らしいだろ?」
「ええ、とても」

波紋のように広がるのは、彼らが奏でる新しいオト
それは…"あの頃"には決して聞くことが出来なかった未来を紡ぐオトと似ている
私が求めた大好きなそれと同じく、彼らもまた求めてやまないのだ
あの時突きつけられた絶望の中に託した希望と、それを繋ぐために与えられた今という命の意味。なんら変わることなく咲き続けていてくれた大切な一輪の花は、今もなお、輝きに満ちた眼で照らしてくれるから

『嬉しいね』
「…そうだな」
『懐かしいよね』
「そうですねぇ」
『愛おしいんだよね』
「それはもう」

視線を重ねて、想いを重ねて…全員で、微笑んだ。

新たなる光と希望の種を携えて、私たちは"これから"を生きる

「うわーっ、結局ユキ姉ぇに勝てなかった!!」
「ふっふっふ。これはかなりやり込んだからね!そう簡単には負けませんよーだ」
「ユキ姉ぇむちゃくちゃ強い!」
「悟空だって十分強いよ。あとは応用をきかせたらいいんだと思う」
「随分と盛り上がっていましたね、二人とも」
「うん!すっげー楽しかった!」
「ユキがゲーム得意ってのもなんか意外だよな」
「そー?私は子供の頃から色んなのやり込んでたよね」
『ん。一時期、家中ゲームだらけだった』
「お前はやらなかったのか」
『私はこういうのは苦手。機械とかボタンとか良く分からないから』
「なんか六花姉ぇっぽいかも」
『そう?』
「六花姉ぇはなんか、実戦派って感じ!」
「ヘンなとこで不器用なんだよ、六花は」
『捲簾と天蓬は機械いじりとか得意だもんね』
「やるならとことん精神ですからねぇ。あ、改造してあげましょうか?六花でもやりやすいように」
「ゲームの意味ないからねそれ!?ってか、改造とか出来るんかい!」
「ええ。ちょろっといじれば大抵のものは」
「輝かしい笑顔で言い切る言葉じゃないよね絶対」

呆れかえったユキが長く吐き出したため息。
苦笑する金蝉と羨望の眼差しの悟空をみて、彼は笑っていた
ああ…眩しい。
光の世界にいるような、そんな感覚
強いね、眩しいね…そして、あったかいんだね

彼らが創るものはいつだって変わらないんだ


『…つづくといいな』


これから先も、ずっと、ずーっと。

それだけしか望まないから…どうか

もう二度と…散ることなどないように、全員で育てる命の花

私も、捲簾も、天蓬も、ユキも、金蝉も…悟空も

それぞれが奏でて彩って…笑って生けるように


「っと、もうこんな時間ですね。そろそろ寝るとしましょうか」
「えっもう寝ちゃうの!?」
「0時過ぎてるからね、一応。明日もたくさん遊べるんだし、今日はこの辺にしよう?」
「…ん。」
「散々遊んでもらったんだろ。夜更かししてると今以上にバカになるぞ」
「俺バカじゃねーもんっ」
『私たちも寝るから、悟空。また明日遊ぼう』
「…六花姉ぇも寝る?」
『うん。私も寝るよ』
「ホントに?何処にもいかない?」
『…』

記憶には、遺されてなどいなくても。
いま…まるで懇願するかのような眼差しで見つめて来る金晴眼に、
胸の奥が少しだけ痛んだ。
無意識なのだとしても、覚えてなんかいなくても。
同じ魂だというのであれば

『…うん。大丈夫、何処にも行かないよ』
「そっか…!」

ほっとしたように微笑うキミは、変わらない。
あの時から、ずっと。
見守るユキが、笑った

「よっし!今夜はリビングで雑魚寝だね!」
「あ?」
「どうしたんですかユキ」
「悟空が安心して寝れるように、皆で一緒に寝るの!」
「ああ…なるほど」
『いいね、それ』
「でしょ?だから、悟空は六花の隣ね」
「んじゃ、テーブルの位置ズラさねえとな」
「はぁ…ったく、甘やかす人物が1人増えやがった」
「そーんなこと言わないでさっ!可愛い弟が喜ぶんだから、お兄ちゃんだって嬉しいでしょ?」
「気色悪いこと言うな」
「金蝉はツンデレですからねぇ」
「殴られたいのか貴様は」
「いえいえ、とんでもない」

キラキラと嬉しそうに瞳を輝かせて。
捲簾と共にテーブルを持ち上げる姿に目を閉じた
いつも、ずっと一緒にって願ってたキミだから。
少しでも不安に思うのであれば…私は、私たちは

それを拭い去る義務がある

『…もう、絶対。離れたりなんかしないから』


全員で横になって、微睡む意識にまた明日と笑ってあげた。













宵の口に誘うは、1羽の金翅鳥。



「…やはり起きていたか」
『そういう金蝉だって起きてるじゃない。お互い様』
「フン」

広く大きなベランダには、これまた驚くことに真っ黒なテーブルとイスが2つ並んでいて。聞けばたまにここでご飯を食べるらしい。悟空と2人で。なにそれ羨ましい
漆野原にぽっかりと空いた黄金
…かつてのキミは、月を見て太陽だと勘違いしていたんだっけ

ああ懐かしい。

『太陽みたいだ』
「…」
『…あの子が、そして貴方が…互いをそう表現していたね』
「話した覚えはねえがな」
『知ってるよ。…最期のあの瞬間まで、すべて』
「…」
『金蝉は柔らかくなったね』
「それを言うならお前も同じだろ」
『そう?』
「ピーピー泣き喚いたのはどこの誰だ」
『私も人間になれたってことだよ』
「そりゃ良かったな」
『うん』

吸い込んだ煙を、吐き出した。
夏特有の籠るような夜の熱気、何処からともなく聞こえてくるセミの声
じっとりと張り付く胸元の髪を掻き上げれば、珍しい色をした視線に瞳を細める
黒い椅子に座る私の正面に座った金蝉の掌が「ん。」と差し出されたのだ

『…珍しい』
「お前らが散々吸ってるのを見てたから、な」
『これで金蝉も肺癌だね』
「勝手に殺すな」
『私のでいいの?』
「ああ」
『じゃあ、どーぞ。私の火は高いよ』
「フン。悟空に逢えたんだ、チャラだろ」
『それは…お釣りがくるね』

火をつけて、一拍置いて吐き出された二つ目の白。
明日は槍でも降るのかなとぼやけば小突かれた
あなたが煙草を吸うなんて言い出すからじゃない。
捲簾や天蓬が見たら絶対驚くと思うんだよね
月明かりを背負う彼が、少しだけ微笑んだ

「…変わらんな」
『え?』
「お前はずっと…」
『…そうかな』
「人間らしくなったとこ以外は、あの頃のままだ」
『…金蝉だって、変わらないよ』

だからそんな風に見つめないで欲しい。どうしたって、切なくなるんだから

果てしなく遠い時を経たんだと思う…今に辿り着くまでは、きっと

そんな途方もない時の中でも違えることなく続いた約束に…想いに、胸が詰まる

「"約束"…忘れたとは言わせねえぞ」
『う、ん…ちゃんと、覚えてるよ』

最後の最期に、あなたに光を託したあの瞬間から

ずっと、ずっとって

いつかはきっとって…願っていたんだ


「肺癌でもなって死ねばいい」
『…っ、とっても、素敵な死因』

最後の言葉が蘇る。最期の景色と共に、怖いくらい鮮明に
ごめんね、ごめんね。
最期の最期で託してしまって
でもね金蝉…あの時の判断は、間違っていなかったでしょう?
あなたはこうして今も…あの子の傍で生き続けてくれていたのだから
見つけて、手を伸ばして…守り続けてくれたのだから

『…』
「これじゃ、俺が泣かせてるみたいじゃねえか」
『ふ、ふ…捲簾にチクらなきゃだね』
「やめろ。まえよりめんどうな事にしかならんだろ」
『そうかな』
「お前はアイツの心の狭さを自覚しろ」
『…私には、寛大なんだけどなぁ』

俯いて流れ落ちた雫。
呆れたように言葉を放つくせに、浮かべるその笑みはいつだって優しいからタチが悪い
緩みっぱなしの涙腺は、私が"人"になれた証なのだろうか。
ぽんぽんって頭まで撫でられたら止めることなんて出来ないのに

月が見下ろす、照らされる影は2つ

伸びきった灰が落ちる頃に伸びてきた大きな掌が、伝う雫を拭うかのようにこの頬を滑る
何度も、何度も。
まるで慈しむかのような手つきに…
ああ、やっぱりあの人の血を引いているんだと思わされる

仕方なしに視線を持ち上げれば、そこにはやっぱり優しい瞳
たとえそこに宿る色が違ったとしても、灯る想いは同じだから

「悟空の食費で勘弁してやるよ」
『…?』
「"約束"」
『!…ふふ…金蝉の欲しいものじゃないんだ』
「あのバカ猿の食いっぷりはマジで脅威だからな」
『いいお兄ちゃんだね』
「言ってろ」

2つ目の灰が落ちる。
月はもう天頂に近い位置
火種を消し潰す姿を滲んだままの視界で見つめていれば、ほらって差し出された優しい手。
光を背負う金蝉はなんだかあの頃のように尊い気がして
捲簾や天蓬とはまた違った光で私を照らし続けてくれるから

『…金蝉はズルいよね』
「意味が分からんな。日本語喋れ」
『無意識だから余計にタチが悪い。その優しさは私には勿体なかったよ、ずっと』
「フン。それはお前の許容量が少なすぎるからだろ…六花」
『…っ』
「さっさと掴め、寝るぞ。どのみち、明日も悟空の遊びに付き合わされるんだ。寝不足でボサッとしてたらアイツが泣くぞ」
『それは、嫌だなぁ』


握りしめた手、握り返された私の手。
引き寄せられて立ち上がれば満足そうに微笑うから
つられて私も…笑ってしまったよ


笑ってて
笑おうね
笑ってください
笑っとけ
笑えって…


あなた達がそう望んでくれるから、私は。

今も変わらず、生きていけるんだよ




『…おやすみ、また…あした』
「ああ…また明日、な」






それは、未来を紡ぐ魔法の言葉―――…















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