時巡り | ナノ




目の前に広がった一つの大きな事実

願った現実に出逢えた心が、打ち震えるのを…

ただ黙って、見つめていたんだ






「え…どうして、俺の名前…?」
『…っ』

ぶつかった先。
その大きな瞳を不思議そうに瞬かせて首を傾げる姿に、さすがの俺も声も出せずに唖然とするばかりで。いつかきっと出逢えるとは信じちゃいたが…奇跡ってのはどうやら突然降ってくるものらしい
ああこれで、4つ目だ
天蓬、六花、ユキ、そして…

抱き留めた痩躯が震えだす。
見えねえけど、きっとまた泣いているんだろう
危ねえからってそっと後ろから眼鏡を抜き取ってやれば、振り仰いだ六花の瞳から溢れる想いに苦笑しながら頷いてやった

「ど、どっか痛い!?俺、勢いよくぶつかっちゃったから…っ」
「あー…違う違う。けどまァ、諦めろ」
「え?」
「泣くなって方が無理なんだよな。お前に出逢っちまえば」
「…兄ちゃん、なに言ってんだ?」
「捲兄」
「?」
「お前はずっと、そう呼んでたんだよ。なァ?悟空」
「…俺の事知ってんの?」
「そりゃあもう。」

ずっと一緒に居たいからって、それだけでいいと強く望んだあの時の幼子

守りたくて、傍にいたくて…願うその未來を叶えてやりたいと切に思ったんだ

…随分とデカくなったよな

面影はそのままに。

輝かんばかりのその瞳はいつだってキラキラと輝き続けている

幾億の歳月が経とうとも…


『ごくう、ごくう…っ』
「う、うん…?」
『ごめんね、ごめん…』
「…なんで謝るの?」
『…っ』

力いっぱいに抱き付いた六花を、無意識に抱きしめ返している。
宿す魂が同じだというのであれば…お前の中にも、遺されているんだろう
守り、守られ…そして、愛されたという確かな事実が
眦を下げて困り果てたように見つめる瞳でも、決して彼女を離そうとはしないのが何よりの証拠だよなあなんて
思わず浮かんだ笑みの先。あたふたと必死にその背を撫で続ける太陽を、ゆるく瞳を細めては見つめてみる
変わらないでいてくれた。例え記憶がなかったとしても、覚えてなんかいなくても
そこの在る命の本質は同じなのだ
それだけで…たったそれだけで、救われる

「え、っと…どうしよう…」
「とりあえず泣き止むまでそーしてやって」
「ん…」
「どーしたよ」
「だって…なんか、ヘンなんだ」
「ヘン?」
「うん…この人が泣いてると…なんか、俺まで泣きたくなる」
「…」
「胸の奥が、ぎゅっと苦しくなるんだ」
『…っ』
「! な、泣かないでよ…!」

狼狽える様子は確かにやや泣きそうなまでに不安定。
揺れる金無垢は己を抱きしめて離さない彼女にずっと向けられていて、震え続ける痩躯を必死に宥めようとするから
暫くは泣き止みそうもねえな
飾らないその言葉が、きっと何よりも愛おしいのだろうから
どうしようと見上げて来るから、仕方ねえなって笑って二人ごと纏めて抱きしめてやった
この世で一番愛おしい存在が、いつも願っていた太陽の笑顔を咲かせるために

驚いたように見上げて来る濡れた漆と意味が分からず瞬く金無垢。

感謝しても足りないほどの奇跡に震えるこの感情は、きっと

言葉で表すにはとてもじゃないけど足りないから

だから今は敢えて、なにも言わない

音にするには気持ちが大きすぎて…きっと伝わりはしないんだと思ったからだ

気持ちを伝えるための手段なのに、言葉はそう…ときにあまりにも無力なのだと

「…すげぇよなァ」
「え…?」
『…』
「悟空、お前がいまここに居ることも、俺らがここにいることも」
「…よく分かんねえケド、でも…」
「ん?」
「どうして俺の事知ってるのとか、あんた達は誰なのとか…色々あるけどさ」
「おうよ」
「とりあえずこの人が泣く姿は…あんまし見たくない」
「ははッ、そーかい」
「ん。ねえ…どうしたら、笑ってくれる?」
「名前呼んでみ」
「名前?」
「そ。こいつの名前。…六花って言うんだよ」

いつもいつも、会うたびに離れなかった幼子は。
心底彼女を慕っていたから。
姉として、そしてきっと…母として。
全身全霊で好きなんだと物語っていた小さな命
最期までずっと一緒にって願っていただろう
そんなお前が…彼女の大好きな笑顔と共に呼んでいた名前だ

声を大にして呼んでやれ

ついでにその太陽みてぇな笑顔で呼んでやれ

お前にだったら…泣かせられても許してやっから

「…六花、姉ぇ…?」
『―――…っ』
「!?」
「ははッ、やっぱしな」
「ちょっ、コレ余計泣かせてるって!!涙止まってねえじゃんっ」
「そりゃそーだ」
「いやいやいやっ、どうすんの!?」
「もーいっぺん呼んでやったら?」
「コレ以上泣かれたら俺まで泣きそう!」
「そーなったら六花も泣くぞ」
「じゃあどーすりゃいいんだよっ」
「どうして欲しいよ」
「!、」
『…っ』
「コレ以上泣かれるとコイツも泣きだすみてぇだけど?」
『…それだけはダメ』
「じゃあどーするよ」
『…』

抱きしめていた腕を離して、まるで叱られた子犬のようにしゅんと眦下げる悟空を見つめる。ゴシゴシと必死に袖口で流れる涙を拭ってやる悟空は…本当に。その本質さえも変わっちゃいないんだなって
おかしくなって、こっそりと笑ったんだ
そんな悟空の両手を握りしめて、六花が唇を噛みしめる
きっと気を抜いたら再び流れ出るであろう、想いを呑み込んで

『…悟空』
「ん」
『あなた、は…悟空…っ』
「そうだよ。俺は、悟空」

ありったけの想いと、愛おしさと、感謝を

大切な意味のある名を持ち続けた…かけがえのない命に向けて

『ただいまって、言いたかった』
「…俺に?」
『ん。それと、ごめんね…ありがとう』
「…」
『やっとまた…還って来られたよ』

泣き笑いにも似たその表情でも、やっと

どこかホッとしたように笑い返した悟空の笑顔に…こりゃァ確かに

太陽みてぇだなって、思えたんだ




六花のとはまた違った愛しさを抱かせるような、そんな…

俺たちを繋いだ、力強い大切な光―――…





一つ目の太陽が昇れば、同じように浮かんだ…もう一つの太陽



「オイ悟空!人の話聞いてんのか…ッ!」
『!?』

ぶつかった曲がり角。
私と悟空を纏めて抱きしめていた捲簾が、次いで現れた光に口笛を鳴らす
共に在ればいいと思った。笑っていてくれたらいいと願った。
視界の隅で舞ったのは、いつかの私が憧れた綺麗な黄金
タレ気味なその瞳が…とても大きく見開かれてはピタリと止まった全ての動き
くつくつと最早笑うしかねえなと喉を鳴らした捲簾は、とても嬉しそうで
最後の言葉を放ったままのカタチで、口がポカンと開かれたまま
さながらガン見状態の彼に私も瞠目したまま見上げていた

気付いた悟空が、その名を紡ぐ

「あっ、金蝉!」
「…」
「よう。」
「……お前、ら…」

途切れる言葉。ああほら、重なっていく
くるりくるりと…巡り廻る時空がやっと、カチャリと愛しい音を奏でながら。
勝手に溢れ出る想いは止めるなんて不可能だ
気付いた悟空が再び袖口で拭ってはくれるけれど、ごめんね
あの頃よりも大分人間じみた今の私は、この感情をコントロールするだけの強さは持っていないみたい
離れた捲簾の腕。でも離れない悟空の腕。
どうしようと困り果てた声音で問うその声に、彼は笑うだけ

ゆるく片手を上げて応える彼の視線は柔らかい
目の前でフリーズしている金蝉は…そんな私たちを見つめて堪えるかのようにその瞳を細めては唇を僅かに噛みしめていて
ツカツカと足早に歩み寄ってくる姿を、止まらない想いのままに見つめていたんだ

「その様子だと、お前にも在るみてぇだな」
「悟空、代われ」
「え?」
「おいコラ。人の女抱きしめる前に許可を取れっつーの」
「うるさい」

ベリッと音がするほど勢いよく剥がされて瞠目する悟空に構わず、半眼で睨む彼の言葉すらも一蹴して
伸びてきた二つの腕が…この身を包み込んでいた

…聞こえるのは、あの日止まってしまった命の音

ああ…あなたもほら、震えているね

胸に押し当てられた耳で聴く、大切な音

抱きしめて、抱きしめ返されて…重なった、オト


こんなにも愛おしい



「最期の最期で…勝手に託して逝きやがって…っ」
『う、ん…っ、うん…』
「…どいつもこいつも、散々振り回しやがって」
『ん…っ』
「本当に…腹立つったらありゃしねえ」
『…っ』
「このバカ女」
『こん、ぜん…っ』

キツクキツク、解けないように。
苦し気に落とされた言葉たち
広い背に回した手で、必死に繋いでおくよ
もう二度と…あなた達と離れてしまわないように
そしてもう一度、みんなで始められるように


ごめんね、ありがとう、ただいま、おかえり。


言葉には出来ないこの気持ち…ねぇ、伝わってますか?


この世界で出逢えた5つ目の奇跡

離れて、途切れて、それでも朽ちることなく繋がったこの縁は

いつかまたって願ったあの頃の夢

その続きを…これからはあなた達と共に看ていける


『やっと…やっとまた会えた…っ』
「…フン。漸くまともに泣けるようになったか」
『泣いてばかりだよ…みんなと、会えてから』
「そりゃ良かったな」
『繋がってたよ…この、空の下で』
「当たり前だ」
『金蝉』
「ああ…なんだ、六花」
『…っ』
「約束、忘れたとは言わせねえからな」
『う、ん…うん…っ』
「よし」

お願いだからそんなふうに微笑わないで欲しいよ。
ただでさえ声を上げて泣きたくなるのに
優しく微笑うあなたは、いつだって同じ光を宿しているから
ポンポンと背を叩かれてしまえば私はあなたの服を濡らすことしか出来ない
苦笑う彼の声が聞こえるまで、ずっと。

「おーい。いい加減にしねえと妬いちまうぞ?」
「…お前は相変わらずだな、捲簾」
「そういうお前は随分と丸くなったみてぇだな、金蝉」
「余計なお世話だ。」
「相変わらず可愛げのねえヤツ」
「やめろ気色悪い」
「なぁなぁ、金蝉も知ってんの?この人たちのこと」
「ああ。嫌って程な」
「俺も会ったことあるんだ?」
「…」
「…お前がガキだった頃に、少しだけな」
「ふーん。だから俺のこと知ってたんだ」
『…』

ぬくもりを離して、振り返れば。
頭の後ろで腕を組んで笑うキミが、どことなく嬉しそうだから。
3人で、そっと笑いあったんだよ
覚えていなくたって構わない…深い悲しみも、切なさも、愛しさも、喜びも。
忘れたままだっていいから。
だからどうか、笑ってて
叶えてあげることが出来ずに泣かせてしまったから
今世では…せめて、その太陽のような笑みが曇ってしまわぬよう

私は、私たちは…全力でキミを愛し続けるから。

離れる音も、壊れる音も、散り逝く音でさえも

もう絶対に…聞かせはしないと約束するよ



なにがあっても私たちの事が大好きだと言ってくれた、あの日のキミへ



遅くなってしまったけど、それでもまた…出逢えたよ

共鳴した、6つの音が響き渡るこの世界で

無限の力を感じたのは、きっと私だけじゃないから

あなた達となら…大切な"何か"を遺せて生けるのだろう


無邪気に笑う太陽に、静かな太陽が笑う。

この世にたった2つしかない…私が愛した光たち


優しさも、あたたかさも、眩しさも


全てを照らす、その強い光も


『ずっと知ってたよ』
「六花姉ぇ?」
『悟空のこと…ずっとずっと、知っていたんだよ』
「ん…そっか」
『嘘をつくのが苦手なことも、仲間思いなことも、たくさんたくさん食べることも…金蝉が大好きだってこともね』
「へへっ。でも、ちょっとズルいや」
『?』
「俺はガキだったから、六花姉ぇたちのことなーんも覚えてねえんだもん」
「そー思うんなら、これから知ってきゃいいんじゃね?」
「うん。俺だけ知らないのはちょっとヤだ。捲兄ぃのことも六花姉ぇのことも、ちゃんと知りたいもんな」
『…私たちの事で良ければ、なんでも伝えるよ』
「やった!それにあの女嫌いの金蝉が抱きしめるほどだもんな。きっとすっげー大切な人なんだと思うし」
「余計なことベラベラと喋ってんじゃねえよこの猿」
「えー、だってホントの事じゃんか!金蝉だってキレーな顔してんのに、女の人に興味ねえんだもん」
「その辺はまえと変わっちゃいねえみてえだな。つーか、お前たちってどんな関係なのよ」
「あー、やっぱしあんま似てねえ?」
『ということは…』
「うん。いちおー兄弟なんだけどさ、なんだっけ…腹違い?とかだから似てないんだよなー」
「俺と真ん中は同じ母親だが、悟空は再婚相手との子供だからな」
「ほー。確かに髪の色からして違うもんなお前ら」
『でも兄弟であることには変わりないよ。金蝉と悟空は兄弟。』
「うん。だから別に似てなくてもいいかなって思うしな!」
「兄貴とは呼んでやんねえのか?」
「んー、なんだろ、金蝉はなんか金蝉って感じ」
『うん。それでいいともう。悟空が金蝉をお兄ちゃんって呼んでたらものすごく違和感』
「他人事だと思いやがって」

呆れたように嘆息してるけど、あなただって実際にお兄ちゃんなんて言われたら違和感しかないと思うんだよね。考えてごらん。因みに私は違和感しか抱けないだろうから、名前で呼ぶことを絶対勧めてると思うの
きっと捲簾だって天蓬だって同じだよ
そんな意味も込めて見上げれば苦笑するから、少なからず金蝉の中にもこのままでいいって気持ちはあるみたいだしね
変わらないんだから、同じなんだ。
だからこそ…みんながみんな、此処に在る

「ところで、だ。話もひと段落ついたみてえだし?」
『どうしたの』
「場所、変えねえ?」
「…確かにな」
「なんで?」
「さっきから周りの好奇な視線がハンパねえんだわ」
『……、周りが見えなくなるこの欠点…いい加減にどうにかしようっていま割と本気で思った』
「安心しろ。俺も同じだ」
「あ、じゃあさじゃあさ!俺たちん家来ればいいじゃん!」
「いいのか、金蝉」
「はぁ…今夜は誰も帰って来ねえからな」
「やったあ!」
『話が思わぬ方向に転がってった』
「みてえだな。どーするよ」
『私が行かないって言うと思うの』
「これっぽっちも思わねえ」
『ふふ…そういうことです』
「んじゃ、一度ウチに戻って支度だけ済ませるか」
「支度ってなんの支度?」
「お前が好きそうなモン、作って持ってってやるよ」
「マジか!!」
『ついでに会わせたい人も連れてくね』
「…やはり出会っていたか」
『うん。きっとね、驚くと思うんだ』
「……だろうな」

懐かしむかのように瞳を伏せる金蝉に、同じだねって笑う。
楽しみだなぁって笑う笑顔に笑い返して、私たちは帰路へと踵を返すんだ。
金蝉から簡単な地図を貰ってから連絡先を交換する。
泊まることを前提に話が進めば、車で向かっても問題ねえなって捲簾が言うから
意外だとでも言うように彼を凝視する金蝉だけど、金蝉が免許を持ってても同じように私からすれば意外なんだけどな
聞けばどうやら金蝉も免許を持っているようで。
同じ大学一年となれば持っていない方が少ないらしい

「んじゃ、準備出来次第向かうわ」
「ああ。道が分からなくなったら六花に電話させろ。近くまで出てやる」
「サンキュー」
『楽しみにしててね。たくさん作っていくから』
「六花姉ぇと捲兄ぃの手作りとかゼッテー美味しそう!!」
「お。そこまで言うんなら、期待に応えてやんねえとな」
『嫌いなものとかある?』
「俺はとくにないけど、金蝉はピーマンが苦手」
「ピーマンって…ガキかよ」
「…うるせぇ」
『そういう捲簾だってタマネギは嫌いだよね』
「…。」
「タマネギもピーマンも美味いのにな?」
『うん。私はナスがダメだけど、その二つは食べられる』
「俺ナスもへーき!」
『好き嫌いが無くて偉いね、悟空は』
「へへっ」
『じゃあ、そろそろ行こう捲簾』
「おー。」

手を振りあって、約束をする。

途切れることなく続いていくこの未来を、一つずつ噛みしめながら

ゆっくりと歩きだすんだ。


「二人ともっ!!」

喧噪に紛れ始めても背後から飛んできたのは、聞き違えることのない大切な声

なんだろうと振り返れば…咲いていた大輪の花


「またあとでなーっ!!」
『…』
「ああ…また、あとでな」

ブンブンと大きく振られた両手。

投げかけられたその言葉に…泣きそうになったよ

誤魔化すように私も片手を振って応えれば、ポツリと呟いた捲簾が瞳を細めるから

金蝉が、思いを馳せるように瞳を閉じる。

背を向けて歩きだした彼が、ヒラヒラと後ろ手に応えを飛ばしたんだ





またあとで




それは…叶うことの無かった、けれども違えることも無く在り続けた約束の言葉だった







一つ目の奇跡に出逢ったあの日を、今も鮮明に覚えている。


「なあ金蝉!六花姉ぇと捲兄ぃのグラスこれでいい?」
「ああ。そこのテーブルに並べておけ」
「おっけ!」

時刻は、19時を少し過ぎた頃。
風呂上りで髪も濡れたままはしゃぐ姿に苦笑した
…まさかこんなにも早くに出逢えるとはな
同じ記憶を持つということは、悲しみも、愛しさも…楽しさも。
すべて持ち合わせているということで
あの日の最期を…アイツは宿しているのだろう

食器棚の扉を閉めて、反射する己の姿を見つめた

「…」

あの頃と何も変わらない自分の容姿。そして同じように変わらないまま再会した2人。
恐らく天蓬だって変わらないのだろう
最期に願ったたった一つの強い願いは…全員、叶えることが出来たのだろうか

「金蝉?そんなとこでボサッとして、どーしたんだよ?」
「…なんでもねぇよ」
「? そうゆーわりには、嬉しそうじゃん」
「フン。お前に言われたくねえな」
「へへっ、だって六花姉ぇと捲兄ぃが美味いメシ作ってきてくれるって言ってたし!」
「相変わらず食い意地のはった猿だ」
「サルじゃねえってば!それにっ」
「?」
「…自分でもよく分かんねーけど、六花姉ぇを見た瞬間…なんかすげぇ、胸の中があったかくなったんだ」
「…」
「んで。六花姉ぇが泣きだしたら…胸の奥がギュッて痛くなった…」
「…そうか」

服の上から、胸元を握りしめて眦を下げる。
ああ本当に…お前は昔っからアイツに懐いていた
記憶なんざなくたって…覚えてなんかいなくたって
本質は…変わらないんだな。
なんでだろ?なんて困惑顔のまま呟く姿にさあなとだけ返して、
取り出したシルバーを並べていく

なんでもいいさ。お前が…笑っていてくれるのなら

まえと変わらず…俺の傍にいるのであれば

なんだって

「お前が生きてりゃアイツも泣かずに済む話だ」
「金蝉?」
「ない頭でごちゃごちゃ考えてねえで、いいからお前は笑っとけ」
「…」
「泣いて怒って笑ってりゃ…六花も安心だろ」
「どういうコト?」
「要するに、"自由"に生きてりゃ泣かせずに済むってことだ」
「それって…俺が?」
「ああ」
「…ふーん…?」

あいつらだって、きっと。

それを望んでいるはずだから

たった一つの幼い命を…繋いで、繋いで…託し続けてきたのだから

「よく分かんねえけど、それで六花姉ぇが泣かなくて済むなら、なんでもいいや」
「フ…だろうな。お前はそういうヤツだよ」

全身全霊で慕っていたんだ。姉のように、そして…母のように。
よくもまぁあれだけ懐かれてもあの男が妬かなかったなとも思うが、ガキに嫉妬するほどガキじゃなかったということなんだろう
…今世ではどうか知らねえがな

やっとまた逢えたと。
涙を流していた彼女は…あの頃と比べると表情がとても柔らかくなっていた
変わらない中でも変わっていた、一つの大きな変化
自由に生きろと望んだ願いは…どうやら通じていてくれたらしい

「六花姉ぇたち、早く来ないかなあ」
「もう暫くすりゃ嫌でも会えるだろ。…今度は、な」
「? 金蝉、なんか言った?」
「なんでもねえよ」

長く、長く。
続いていくであろう人生の中で出逢えた、大切な奇跡
噛みしめながら抱きかかえて生きていけるこの喜びを…
いったい誰に感謝すりゃあいいんだろうな。
この後にも起こるだろう4つ目の奇跡を思い浮かべては、そっと微笑んでみたんだ








一つ目の奇跡と出逢えたあの日…

病室の窓から舞い込んだのは

ただ一本だけ咲き誇る、遅咲きの桜だったんだ



それは、春に眠った俺たちを繋げるかのように…春に目覚めた希望の光―――…











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