時巡り | ナノ



季節は巡り、日々の私たちを見下ろす空が

とんでもなく眩しいくらいの笑顔で笑った気さえしたんだ―――…






「六花、掃除機どこ置くよ」
『あ、それは寝室の押入れでいいよ』
「イエッサー」
『キッチンのセッティングは出来たし…ん、食器類はこれで最後かな…』
「夢中になるのはいいが、ちゃんと適度に休めよ。水分とったか?」
『さっき蜂蜜レモンと一緒にポカリ飲んだよ』
「ならよし。変に熱も籠ってねえな…コレならまだ大丈夫か」
『もう暑さで倒れるなんてことはしないから、大丈夫』
「そうしてくれるとマジで有難い。心臓止まるかと思ったぜ…」

夏の暑さが本格的になり始めた時期。
俺たちが居るのは一月ほど前に見つけたマンションの一室で
再会を果たしてから一緒に住むことしか考えていなかった俺だが、同棲してしまえば甘えてばかりになるからダメだって苦笑していた六花
あれからもう早いことに数か月が過ぎた
めでたくくっついた天蓬とユキはあのケガが切っ掛けで早々に同棲し始めやがったしな
もともと手放す気なんざこれっぽっちもなかったから、半ば強引に引っ越し手続きを強行したことは記憶に新しい

ダンボールに詰められたそれぞれの荷物と、新しく買い求めた二人の生活品。
…なんだか未だに信じらんねえよなぁ
こうして彼女と再び共に暮らしていけるという事実が
リビングに置いたローテーブルとソファが一つ。
テレビとの間に座る彼女は小物の整理に追われていた
耳を澄ませば聞こえてくる、命を叫ぶセミの声
短いその生涯を精一杯生き抜く姿は…まるでこの世の桜と同じようで
終わりを知っているからこそ与えられたその場所で生き抜くんだ
…守り散る事を選んだ、嘗ての俺たちのように

「…」
『掃除機片手に立ち尽くして…どうかしたの?』
「いや、夏だなってな」
『熱中症には気を付けないといけない時期だね』
「お。今のはおねだりか?」
『…嬉しそうに笑いながら言わないで』
「いっとき流行ったよな、ソレ」
『うん。誰が考え付いたのかは知らないけど』
「ねっ、ちゅーしょー」
『…捲簾』
「残念ながら俺はいま両手がふさがってんだな。これがまた」
『………拒否権はないんですか』
「あげてもいいが、今夜のその身と引きかえでいいんなら」
『…。』
「夏休みで良かっただろ?」
『…今ほど夏休みを恨んだことは無いよ』
「ははッ、それはなにより」

見下ろせば色づいた頬が見れた。
空になったダンボールがあちこちに散らばったままの部屋。
ちょうどよく効いたクーラーだが、どうやらその熱までは拭えなかったみてぇだな。わざとらしく首を僅かに傾ければ意図を汲み取った六花がゆっくりと立ち上がる
色んな表情を見せてくれるようになった。
笑った顔、拗ねた顔、照れた顔。
…あんまし見たくはねえケド、泣いた顔もその一つ。まるであの空のようにころころと変わるそれは、飽きることなく見続けていたいと願うものだ
気紛れ美人だと例えたあの時の言葉
それでも、彼女に当てはめてしまえばすべてが輝いて見えるんだから…俺も大概に単純思考だよなと実感する

『…ほっぺただからね』
「六花からしてくれんならどこでも大歓迎」
『どうしてそんな恥ずかしげもなく言えるの。ずるい。』
「そりゃあ愛してるからじゃね?」
『…羞恥心はどこにあるんですか』
「言っただろ。俺は貪欲なんだってな」

レンズの奥で朱色く染まる目元が伏せられる。
暑いからと一つに纏められた髪が覗かせる首筋に噛みつきたくなった
卑怯だよな。こうも無防備に晒されたんじゃ耐えろって方が拷問だ
からかい半分で始めた俺の言葉遊びに律儀に従っちまう彼女の、なんと素直なことか
背伸びして近づいた距離。ふわりと広がる甘い香りに眩暈がしそうだ
柔らかく降れたぬくもりは夏だというのにややひんやりとしていて
すぐに離れてしまったが、いま
目の前で耳まで赤く染めた六花が両手で顔を覆ったまま俯いている
なんだこの可愛い生き物は。
喰っていいか、マジで

握りしめた掃除機に意識があったらきっと痛いとか文句でもいうのだろう。それほどまでに力が入ったのは、胸の内に広がる甘い衝動を抑え込むためで
自分で言っといてアレだが…これは軽はずみに要求するコトじゃねえな
理性を保てって方が拷問だった。自業自得か。

「…、」
『恥ずかしいからなにか言って。耐えられない』
「とりあえず可愛いから安心しろ」
『いみがわからないっ』
「んでもっていま絶賛揺れる理性と格闘中だから、とりあえず掃除機しまってくるわ」
『…ん。』
「負けたら六花責任とれよ?」
『ちょっと待ってわたし悪くないよね今回…っ』
「お前が可愛い時点で罪」
『理不尽…!』
「お説ごもっとも、ってな」

リビングを抜けた左側。
襖を開けた先に設けたのは広めの和室
床の間を置いたのは彼女が好きな花を活けられるようにだ
和を好む六花が一つだけ要求したのは、寝室は和室がいいとその一言だけ
デザインや小物なんかはすべて六花に一任した
洋を基本とした家だが、ここだけはまるで異空間のように違う世界が広がっていて
どこで見つけたのか雪洞まで置いてあった
彼女らしいというかなんというか。
行灯や文机がなんとも馴染んでいる

「押入れ…お、ここか。収納スペースにしちゃあ上等な広さだよな」

荷物やら布団やらが綺麗に畳まれて鎮座するそこへ、買ったばかりの新人をしまい込む。
二段式のそこは奥行もそれなりで、これなら俺でも入れちまう程だ
パタンと占めて襖の柄を見つめればそこにも彼女らしい拘りを見つけた
この部屋一体の壁紙が黒に近い濃紺と言う事もあってか、襖の色もそれに合わせるように落ち着きのある色味だ
描かれているのはやっぱり桜の樹で。
二枚あるそれには片方に桜の樹、そしてもう片方には小さなため池。
水面に浮かぶ桜の花びらと揺れる描写を描いたそこに映るのは同じように揺らぐ月
ああ…懐かしいな。

「こだわってんなァ…六花らしいっちゃあらしいか」

襖を閉めればまるで一つの風景かのように馴染むその景色は…俺たちが愛した世界の一部だ
なんとなくそれをジッと見つめていれば隣から聞こえてきた声に意識を引き戻す。まるでなにかと奮闘しているかのような声に踵を返して顔を覗かせれば、そこにはダンボールと必死に格闘している彼女の背中があった
…引っ越し用のダンボールは造りがしっかりしすぎているから、その細腕では崩しにくいのだろう

「荷解きは終わったか?」
『あ、うん。もうこれで最後だよ』
「ご苦労サン」
『捲簾もね。なんだかんだって買い込みすぎたかな』
「別にいいんじゃね?二人のモンなんだしよ」
『お揃いのもの、たくさん増えたね?』
「おーよ。意図的に増やしたからな」
『どこにいても捲簾を感じ取れてうれしい』
「お前ね…そういうこと言ってるから夜に後悔すんだぞ」
『もうこの際なにを言っても結果は変わらないと思います』
「ははッ、そりゃそーだ」
『これからどうしよっか』
「あー、ちょうど昼時だしな。散策がてらに飯でも食いにいくか?」
『お散歩日和。』
「ちゃんと日傘を差すことが条件だけどな」
『日傘…えっと、どこしまったっけ』
「向こうの部屋じゃね?さっきまとめてダンボール運んだだろ」
『あ、たぶんそうだ。ちょっと待ってとってくるっ』
「走って転ぶなよー」
『家の中で転ぶほど鈍くないよ』
「くくく。あーそうかい」

窓から見えるのは高く澄んだ青空で。
雲一つないそこは見ていてとても気持ちがいい
…ま、その分気温もとんでもなく高いんだろうけどな
暑さに弱い彼女は体温調節がうまく効かないから。
ほっとくと熱が体内に籠って一発でアウトだ
だからといって室内に閉じ込めっぱなしなのも自由がねえみてえでしたくねえからな
ポケットにねじ込んだ財布とスマホ。車のカギは…まあ一応持っとくか
パタパタと軽い足音と共に戻ってきた花が笑う

「見つかったか?」
『うん。大きめのやつ買ったから、捲簾も入れるよ』
「んじゃ、二人で相合傘としゃれ込むか」
『雨が降ってないのに出来るって得した気分だね』
「同感」
『お昼ご飯何たべたい?』
「六花はなにが食いたいんだよ」
『ん…あついから、あまりこってりしたものはパス、かな』
「考えてること当ててやろうか」
『思考が読まれてる』
「息を吸うのと同じなもんでね」
『それって結構すごいよね、ぜんぶ筒抜けだ』
「六花は違うのかよ」
『まさか』

ゆうるりとその瞳を細めて、微笑うその顔が。

たまらなく愛しいのだと伝えれば…お前はやっぱり、笑うだろうか

並んで歩く廊下の先。

目指す"出口"はいつだって同じだから

『息をはくのと同じですよ』
「さいですか」
『さいなんです』

吸うのも吐き出すのも、俺らはいつだって同じ場所、同じ時。

昇る煙が辿るミチですらも…きっと。

「あっちィなー」
『なんたって夏だからね。これで寒かったら大事件』
「ここまで暑いとアレだろ、冷製パスタ」
『息を吸いましたか』
「おー、そりゃもう深く思いっきり」
『じゃあ今度は私の番だね?』
「出来りゃ長く細く吐き出して欲しいモンだな」
『じゃあ、ご期待に添えるよう頑張らなくちゃ』
「そーしてそーして」
『野菜たっぷりのしらすおろしがいいよねぇ』
「息を吐き出しましたか。しかもドンピシャとは恐れ入るぜ」
『捲簾のこと考えながらだと息切れしません』
「そりゃ止まる事もねえからなァ」

悪戯に交わす、言葉遊び

吸うのも吐き出すのも俺たちには等しく簡単なことだ

繋いだぬくもりの先に互いがあればそれだけで、もう

切れることも止まることもなく続いていく一つの事実なのだから

『たしか大通りにお店あったよね?』
「ああ。こないだ雑誌に載ってたあの店だろ、サラダ食べ放題なトコ」
『ポテトサラダもあるかなぁ』
「俺はナスが食いてえ」
『みぞれ煮サラダ…今度作ってみようかな』
「大根おろしなら六花でも食えそうじゃね?」
『ん。ナスのあの苦みが苦手なんだよね…食べれるかな』
「んじゃ今からテストってことで」
『克服できたら近いうち食卓に並ぶ予定です』
「期待して待つとすっかな」

顔を見合わせて、笑いあう。新たに始まった日常の中に埋もれる小さな幸せは…幾度なくこの胸を満たしてくれるのだろう
大きく開け放った玄関、一層近くなる命の叫び声
爽やかな風が一陣…俺たちの間をすり抜けるように駆け抜けていった




煌めく夏、咲き誇る強き光り



手を伸ばして掴みとった光は…もうすぐそこ。




「結構混んでたな」
『時間帯が時間帯だったもんね、人気みたいだしあのお店』
「けど味は上々。」
『お店の雰囲気も外国風でおしゃれだった!』
「リピートは決定だな」
『今度は夜に行ってみたいね、ディナーメニューもあるみたいだし』
「それなら次はあいつらも誘っていくか」
『あっ、それ楽しそう』
「決まり。」

賑やかな大通りを並んで歩く。
所狭しと左右には色んな店が立ち並んでいて、見ているだけでも女なら楽しめるレベルだろう。ちょうど真上に位置する太陽の光がアスファルトに反射して照りかえる
土とは違ってこの照り返しが厄介なんだよな
店で涼んだはいいがこれじゃ歩き続ければ彼女の体力も奪われる一方だろう
ちらりと見下ろせば立ち並ぶ店が気になるのか、きょろきょろと楽し気に視線が動き回っている。こりゃ暑さなんかこれっぽっちも意識してねえな。
ほっといたら貧血でまた倒れるだろう
気温のピークが過ぎるまでは屋内で過ごすのが無難か…
腹は脹れたしな、いっそ大きなデパートにでも入っちまうか

なるべく陽が当たらないよう傘の柄を傾ければそういうことに限って目敏く見抜いちまう双眸がくるりと見上げてきた

『捲簾』
「俺はいーんだよ、誰かさんと違って夏に強いから」
『それでも暑いのは一緒っ』
「俺の寿命縮めたくなかったら大人しくしとけって」
『…』
「むくれてもカワイーだけだぞー」
『屋内に行こう。そうすれば捲簾も涼しいよ』
「お。六花にしちゃ冷静な判断」
『なあにそれ』
「てっきりその辺の店を見て回りたいって言うモンだと」
『当たってるけど…捲簾に心配かけるのは嫌だから』
「14時を過ぎりゃ気温も落ち着いてくるだろ。そうしたら夕涼みがてら回ればいいさ」
『付き合ってくれる?』
「逆に聞くが、俺が断ると思うか?」
『ううん。思わない』
「くくく…答えが出てんじゃねえか」
『だって捲簾は私に甘いから。甘すぎるくらい。』
「惚れた女甘やかすのも男の役目なんだよ」
『じゃあ惚れた男性を癒すのは女の役目だね』
「安心しろ、すんげー毎日癒されてる」
『マイナスイオンより癒されるかな』
「森林浴より効果絶大だよ」
『森に勝てるとは予想外でした』
「なんたって俺の唯一の光なんで」
『光合成だね?』
「すんげー立派な太い樹になりそうだな」
『それじゃあ毎日ちゃんと愛情注いで育ててあげなくちゃ』
「そーしてやって。一日でも欠かしたら一瞬で枯れる自信あるぞ」
『花も咲くかなぁ』
「愛で方よっちゃあ咲くかもな?」

それは楽しみだねって肩を揺らす姿に笑ってやった。
適当にくぐった大きな自動ドア
差していた日傘を畳めばそれなりに熱を持っていて
これのお蔭で大分直射日光は避けられたらしい。ありがたい話だ。
ひんやりと包み込む冷気に細い肩が無意識に撫で下ろされたのを見てやっぱり屋内を選んで正解だったと悟る。言わねえからな、本当に。人の体調の変化には驚くほど聡いクセして、自分のこととなると無頓着っつうか…なんつーか。悟らせないスキルが無駄に高くて困る
手の甲で首筋に触れれば僅かにだが籠る熱
不思議そうに見上げて来る瞳に苦笑してから、彼女のバッグに入っているだろうそれを探り当てた

『捲簾?』
「六花、とりあえずいったん此処で座って待っとけ」
『…どこいくの』
「すぐ戻るからそんなカオすんなって。濡らしてくるだけだ」
『ハンカチを?』
「そーそ」
『…ねつ、籠ってる?』
「若干な。けどそれほど熱くはねえから、少し休めば大丈夫だろ」
『なんだか私自身よりも捲簾の方が詳しいよね』
「愛の賜物ってな。いいから、イイ子で待ってろよ?」
『ん。』

入口近くに設けられた給水場。その前に在る長椅子に座らせれば、パタパタと手で扇ぐ仕草に扇子でも買ってやろうと決めた
数回撫でて中へと入る。一度その体内に籠った熱は簡単には引いてくれねえのが厄介なんだ
少しずつ少しずつ、ゆっくりと内側から冷やしてやんねえとな
適度に水分を含ませた薄手のハンカチ。こんなもんかと外に出れば行き交う人々を見つめる横顔が、なんだか嬉しそうに見えたから。隣に座って手渡せばありがとうと瞳が笑う

「ちゃんと冷やしとけよ」
『うん。脈のところでしょ』
「ぬるくなったらまた濡らしてきてやっから」
『大丈夫だよ、歩けない程じゃない』
「そー言って大学でぶっ倒れたのはどこの誰だっけか」
『…あの日は、たまたま』
「今日の気温だって似たよーなもんだろ」
『心配症だね』
「六花に関しちゃ自覚済み」
『愛されてるなって実感する』
「そー思うんなら言うこと聞いて」
『言うこと聞きます。』
「どうせだから扇子でも買っとくか」
『あ、じゃあお揃いのがいいな』
「とーぜん」

ゆっくりと押し当てて、引いた熱。

もう一度手の甲で首筋に触れれば、そこには籠るような熱は感じ取れなかった

よし。ちゃんと冷やせたな。

顔色を確認してもこれといって悪いワケでもなさそうだ

「六花、ちょっとコッチ向け」
『はい、どうぞ』
「…よし。貧血でもねえな」
『した瞼を引っ張るだけでわかるの?』
「貧血気味だと皮膚にまで血液が巡らなくなるんだよ。だから目が白くなる。一番手っ取り早い確認方法だな」
『そうなんだ…初めて知った』
「体調おかしいなって思ったら目ぇ見てみ。そうすりゃ一発で分かるぞ」
『捲簾って意外と物知りだよね』
「その一言は余計だっての。…まあ六花のことだからな。聞いたり調べたりしてんの」
『至れり尽くせりだ』
「その分全身全霊で甘やかされてるからな俺は」
『…絶対に捲簾の方が甘やかしてる』
「表面上は、な」
『?』

女は強かな生き物だ。いつの時代でも。
逆に表立って強かそうに見える男の方が、いざと言う時に限って動揺しやすいらしい
それは納得。
内面的なモンを考えたって、どう頑張っても俺は六花に酷く甘やかされている
…依存、とでも言えば伝わるだろうか。深く…深く、精神的な世界を繋ぐように
掴んで絡めて離せないのは…きっと俺の方だ

そっと苦笑して、ごまかすように小さな頭を撫で回す。
腑に落ちないとでもいうようなカオの六花になんでもねぇよと答えても、聡い彼女のことだ。鵜呑みになんかしてはくれないんだろう

『…捲簾のこと、ちゃんと好きだよ?』
「無自覚でソレだからタチ悪ィんだよな、お前って」
『外れたかな』
「いんや。それで合ってるよ」
『じゃあもう一回。好きだよ、捲簾が。だから"ぜんぶ"…離さないでね』
「…」
『心も身体も、想いも繋がりも。ひとつ残らず、掴んでいてね』
「…時々マジで思うんだが」
『ん』
「六花はエスパーかなんかか」
『…、ふふ…真面目な顔して何を言うのかと思えば…そうだね、きっと、捲簾だけに効く魔法でも使ったのかな』
「適うはずねえよなぁ…」
『捲簾の愛には負けるよ』
「いんやすっげー愛されてるだろ、俺」
『すっごい愛してますね』
「はは…ッ、そいつはすげぇ」

繋がって、結ばれて、一度は途切れた赤い糸。

けれどもほつれたソレは朽ちることなく…細く脆くも、再び伸びては繋がったんだ

途中で見つけた、たくさんの出会いを引き連れて。

『…扇子、買わなくちゃね』
「……もうこの際女物でもいいぞ」
『ふふ…じゃあすっごい可愛らしい柄にしようかな』
「その先にお前が在るなら、なんでもいいよ」
『ほらね。やっぱり捲簾は私に甘いよ』
「それは…愛の恩返しってヤツじゃね?」
『じゃあ手を繋ぎましょう』
「ちっこいよなぁ相変わらず」
『捲簾の手が大きいんだよ。私のは標準』
「どこもかしこもヤワっこいし指なんか折れそうだし」
『マメができて硬くなってる』
「んなことねえよ。ただの綺麗な、女の手だ」


行き交う人波。

元気よくはしゃぐ子供の声

心地よい喧騒の中…俺は、今日も彼女と共に生きる


与えてくれる、大きな愛を吸い込んで。



『んー…どっちがいいかな』

目の前いっぱいに広がった扇子コーナー。
サンプルとして並べられたそれはどれも可愛いくて目移りしてしまうほど。
捲簾とお揃いのにするから、あまり派手な柄は却下。
かといってシンプル過ぎても面白くないから…無地も、却下。
いくつか選んだ候補は私も彼も好む色合い
問題は描かれているものなんだよね

『んー…月と蛍にするか…月と川にするか…』
「まーだ悩んでんのか?」
『だって…どっちも捨てがたい』
「それなら両方買えばいいだろ」
『でもそれだとお揃いにならないよ。色は同じでも柄が違っちゃう』
「ん。だから、両方とも2つずつ」
『…扇子、4つになっちゃうよ…?』
「その時の気分でどっちを使うか選べるだろ?敢えてバラバラのを使ってもいいしな」
『…。』
「欲しいもんは迷ったら買いだぜ、六花」
『…欲張りにならないかな』
「六花なら大歓迎っつったろ?」
『じゃあ、2つとも欲しいなぁ』
「よしきた。」

一つ返事で受け入れられる願いは、いつだって叶えてくれるのは捲簾ただ一人

向ける想いも抱く祈りも、その先に在るのはいつだって大切な存在だから

レジを済ませて手渡された袋。これでまた1つ彼とお揃いが増えた

『…嬉しいね』
「ん?」
『こうやって、一つ一つ捲簾とお揃いが増えていくのって』
「俺は六花がそうやって笑ってくれるから余計に嬉しいけどな」
『笑ってますよ。…今でも変わらず、あなたが好きだと言ってくれるから』
「女の一番の武器は笑顔なんだよ。つーか六花の笑顔に勝るもんはナシ、ってな」
『それが通用するの…捲簾だけじゃないかなぁ』
「俺にだけ通用しときゃ他はどうでもいいんじゃね?」
『うん。それはそうなんだけど』
「あー、あとは天蓬にも通用すんな。…それと」
『…』
「あいつらにも、な」
『…うん』

子供達のはしゃぎ声が、遠くの方で聞こえていた。
楽しそうに設けられた遊び場で元気いっぱいに走り回る、小さな幼子
…きっと、年齢も然程変わらないだろう。
私たちが愛した…あの命と

いつもいつも、寄り添うように共にいた。
太陽みたいだと口説かれた彼は、憎まれ口を叩きながらも最期までその手を離そうとはしなかったんだ
最期の最期で、託してしまったけど。
彼はきちんとあの幼子の命を繋いでくれた…

『…』

いまはどこで、何をしているのだろう

私たちがこの世に再び生を受けたのと同じように、彼ともまた…再び巡り逢うことが出来るだろうか

あの幼子の瞳に映る自分が、恥じるものではないようにと

そう、強く望んだ友人は―――…

「…前見て歩かねえとぶつかるぞ」
『捲簾が隣に居てくれるから大丈夫かなって』
「ま、それもそうだな」
『…また会える、かな』
「会えるだろ。俺たちがこうして出逢えたんだ…アイツだけ此処にいないってのもおかしな話だろ?」
『うん。また会えたらいいな…約束、果たさなきゃ』
「約束?」
『彼とね、最期に一つだけ約束をしたんだ』
「…そーいや、お前たちの最期は…俺も知らねえからなァ」
『話したことなかったよね』
「知りたいような、知りたくねえような…複雑な心境だなこりゃ」
『そうだろうね』
「…六花は、全員知ってんだよな」
『…知ってるよ』
「そっか」

あてもなく歩きだす。繋いだ手はそのままに。
視線は、合わない
きっと私たちが見つめているのは…
目の前に広がる景色を飛び越えた、遠い過去

あなたを置いて進んでいった

天蓬を囮にして進んでいった

そして最後は…

そう、最期は。

金蝉…キミに託して散ることを選んだ

『―――…』

死に際に流れ込んできたのは、そんな彼らの最期の瞬間。

看た夢はとても大きくて…それでいて、とても眩しかったんだ

いつかきっと何処かで、またキミたちに出会えるのかな

『笑っていて、くれるかな』
「ん…?」
『あの二人が…あの頃と同じように笑ってくれていたらいいなって』
「…そうだな」
『この世界にもし生まれてきてたらさ…もっと近い存在だったら嬉しいね』
「兄弟とかピッタリなんじゃね?」
『それは…なんだか楽しそう。なんだかんだって金蝉は面倒見がいいから』
「兄バカになりそうだよな」
『ふふ、簡単に想像できちゃうあたりが凄いよねもう』

もしいつか…巡り会うことが出来たのならば。

その時は、そのときはね。


「オイこの猿ッ!!むやみやたらと走るなっつただろうが!!」
「だって早くしねえと売り切れちゃうじゃんか!!」
『!、っ』
「六花っ」
「うわっ!」

曲がり角、突然この耳に届いた声に反応するよりも速く
ぶつかった衝撃に僅かに傾いた身体が、繋がれたぬくもりに抱き寄せられて支えられた。
弾みで数歩後ずさった影は、私よりも少しだけ大きなもので

『―――…っ』

息を呑む気配がする

支えてくれた手が、ぴくりと反応する


目の前に、広がったのは…


「ごっごめん!俺、ちゃんと前見てなくて…っ」


輝かんばかりの…金色の花


褐色の髪、金の瞳
それはあの頃となにも変わってはいなくて…
あたふたと謝る様子に声も出せずに体が固まる
ああ…本当に、この世に奇跡があるのなら

震えるほどのこの愛おしさを、想いを、願いを…

人はきっと奇跡と呼ぶんだろう。




また逢えることを願った、あの日のキミへ



必ず還ると約束したから




『―――…ご、くう…っ』






溢れる涙が、止まらない。












← | →
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -