時巡り | ナノ



嬉しいねって、楽しいねって。

隣を歩く彼を見上げて笑えば、彼もまた笑ってくれたんだ





「さァて。これからどーすっかな」
『もう2限だって始まっちゃってるね』
「だよなぁ…今から授業受ける気にもなんねえし」
『二人してサボっちゃった』
「六花が出るってんなら俺も出るけど?」
『ふふふ。もうどっちでもいいよ、捲簾の傍に居られればどこでも』
「相変わらず…無欲だよなぁお前って」
『そうなの?』
「そーなの。もっと我儘言ったってバチなんか当たらねえのに」
『…随分と我儘だと思うけどなぁ』
「どのへんがよ」
『捲簾の傍にずっと居たいなとか、離れたくないなとか?』
「…、あのな、それは我儘でもなんでもねーよ」

分かってねえなって。苦笑する捲簾がわしゃわしゃと頭を撫でて来る
欲しいと想ったものはもうこの手の中に在るのだ
これ以上何を求めればいいのか、そっちの方が分からないよ
大切な人が傍で笑ってくれる…傍で、愛してくれる
それだけだって人は言うかもしれないけれど…
私にとってはそれだけで何もかもが救われたんだ
これ以上望めって言う方がそれこそ罰当たりな気がするの

それでも、手を繋いで歩く彼はまだ足りないって言うから。
我儘の一つや二つちゃんと言えっていつも言うから
必死になって考える。彼がいうとこの"我儘"を
並んで歩く長い静かな廊下
窓から見上げた空は朝にみた鉛色じゃなくて、綺麗な浅葱色
…お昼寝できたら、気持ちよさそうだね
ぽかぽかと春特有の陽だまりの中に二人で寝転んで、他愛のない会話が出来たらそれだけで幸せだって思える程に

『…じゃあ、お昼寝』
「ん?」
『屋上で捲簾とお昼寝がしたい』
「…」
『気温もあったかいから風邪をひく心配もないと思うの。お昼寝したいけど、授業もあるでしょ?でもわたし、捲簾とお昼寝がしたい』
「くくく…それがお前の精一杯の"我儘"か?」
『ん。一生懸命考えた』
「考えなきゃ浮かんでこねえ時点で我儘でもねえよ。それは俺にとっても嬉しい"願い"だ」
『…難しいね、我儘も』
「そりゃ六花だけだよ」
『もっと凄いのが良かった?』
「そりゃあ六花が望むんならなんでも。」
『じゃあ…今度のお休みには車でドライブがしたいなとか』
「それなら新しく出来るっつうショッピングモールにでも行くか?」
『ん。その日は捲簾の手料理が食べたいから、お家まで押しかけることにする』
「くくく…押しかけられんのか」
『押しかけられるんです』
「そりゃあ腕によりをかけてもてなしてやんねえとな」
『でもほっとかれても寂しいから、私も一緒に作るね』
「もういっそ俺ん家住んじまえばよくね?」
『そうなったら完全に堕落しそうだ』
「めちゃくちゃ大歓迎」

辿り着いた屋上。
ぽつりぽつりと浮かぶ真っ白な雲
風も気温も良好で、柔らかく降り注ぐ陽射しに腕を翳して瞳を細めた
ああ。似ている。
あの日…私が彼の銘柄の意味を思い出した場所と
名前を呼ばれて、振り向いたら。
給水タンクの梯子を親指で指す捲簾が悪戯っ子のように笑うから
つられて私も、笑ってしまった

「眺めも見晴らしもサイコー。穴場だなココ」
『すごい…遠くの山までくっきり見えるよ』
「天気も良くなったしな、余計だろ…ほれ、掴まれ六花」
『ん…っ』
「そォら!」
『!、わっ』

先に上まで辿り着いた捲簾が伸ばしてくれた手。
梯子を掴んでいた右手を離して掴みとれば、勢いよくぐんって持ち上げられたこの身が…
一瞬にして捲簾を見下ろすような体制になっていた。
地に着かない両足と、腕のしたで私の体重を支える捲簾の両手。
たかいたかい状態のまま私は慌てて彼の腕に掴まった
捲簾、自分がどれほど規格外なのか絶対に分かってない
眼下で嬉しそうに笑う彼はあろうことかそのままくるくると回り始めたんだ

『ま、待って捲簾…!』
「安心しろ。落としゃしねえよ」
『そこは別に心配してないけど…でも、恥ずかしいから下ろして』
「つーかお前まァた痩せただろ」
『…そんなことは、ないと思う』
「いいやゼッテー痩せたね。抱き上げても重さなんか感じねえぞ」
『それはない。絶対にない』
「そんくらい軽いってこと。吹っ飛びそうじゃねえか」

くるり くるり くるり

踊るように回る捲簾に抱き上げられて、私も踊る

…裾の長いスカートで良かった。

ひらひらと舞い踊る裾が視界の隅に映り込む

ゆっくりと景色が回転を止めれば太ももの裏で支えられた体重。

楽し気に笑う彼はどうやら下ろしてくれそうもないので

それに微苦笑で返して、大人しく彼の広い肩に手を添えて見下ろしてみた

なんだか私が捲簾を見下ろすのってすごく貴重な体験。

『…景色、綺麗だね』
「だな。ほとんど見渡せんじゃね?」
『でも捲簾って高所恐怖症じゃなかったっけ』
「そりゃいつの誰の話だ」
『いつかの何処かで、私を愛してくれた人のお話です』
「ははッ、そーかい」
『今はもう平気なんだね』
「おー。観覧車だろーが木登りだろーが別にちっとも」
『ふふ…あの頃は…ずっと、ずっと…下を目指していたのにね』
「…そうだな」
『高い場所に登ってみたくなった今の気持ちと…きっと、たいして変わりはなかったんだと思う』
「…」
『懐かしいね』

切ないね、愛しいね、寂しいね。
今の私たちは…"あの日"の私たちではないけれど。
宿す記憶は、繋がっていたから
ゆっくりと下ろされる体が地面に足を着けさせる
見下ろされて見上げれば、切なそうに微笑む彼
ぎゅっと力の限りに抱き付けばそれ以上の力で包んでくれるから
泣かないように我慢しても…捲簾の前だと意味がないんだよね、絶対
こういう時、眼鏡が邪魔だなあなんてどうでもいいことで気を紛らわせる。
でも外したらダメって捲簾に言われたから、押し潰しちゃわないように加減するの。思い切り抱き付きたいときは、ちゃんと外すようにして。

「…もっとも陽のあたる場所」
『ん…』
「お前が俺に教えてくれた意味」
『あの時と違うのは…私も其処に、包まれていること』
「嫌だっつっても離してやんねえぞ」
『離れるほうが嫌だよ』
「お。言うようになったじゃねえか」
『大好きな人だから』
「そっか。愛されてんなー俺」
『それ以上に愛されてる自覚はある』
「そりゃあめいいっぱい注いでっからな」
『まだ足りないかな、私の』
「俺が貪欲なだけ」
『?』
「六花はいっつも溢れ出てるだろ。透明なソレと一緒に」
『あ…』

指先で拭われた透明は、いつだって彼を想って溢れるから。
与えてくれる想いや記憶が愛おしくて…いつもいつも、心が飽和状態になる
いつだって愛しくて切なくて、幸せで苦しいんだ
抱きしめられたまま、彼がゆっくりと腰を下ろすから
足の間に収まるようにすっぽりと抱きしめられた
正面を向いて、背中に回された捲簾の腕。
至近距離で見つめあえば…ほら、ね
記憶が重なった。

『…ねぇ、捲簾』
「どーした」
『…捲簾、私の名前、呼んで』
「!、…六花」
『ん。もう一度』
「六花…六花」
『ずっと好き"だった"よ、あなたのこと』
「ああ…っ、そうだよな…俺だって、好きだったよ」

あの日の夜に交わした言葉。
終わりを目指して駆け抜けた
散ることを知ってて抗った
…それは、いつだって
守りたいものがあったからなんだ

私たちが二人で過ごす未來よりも、私はもっと大きな"夢"を看てしまったから

『今でもね…やっぱり好きだったよ』
「…ホント、お前ってイイ女」
『泣きながらこんなこと言われたのは二回目かな』
「ああそうだよ…だからこそ必死こいて探し回ったんだッ」
『ん。逃げ出してごめんね』
「優しすぎんのも問題だよな」
『それ、捲簾に言われたくないよ。あなただって十分優しすぎる』
「俺のは六花限定なんだよ。でもお前のそれは違うだろ」
『…そこで拗ねないで欲しいよ』
「隠すつもりもねえからな」
『捲簾が子供みたい』
「俺もまだまだガキなんでね」

繰り返される、言葉遊び。

けれどもあの日と違うのは…私たちの未來は、続いていくってこと

絶たれることなく、離れることなく…これから先も、ずっと。

『キセキ、きせき…奇跡。』
「六花?」
『私が居て、捲簾が居て、天蓬が居て、ユキがいる…すっごく、奇跡』
「…あぁ」
『今はまだ見つけられないあの光にも、いつかきっと出逢えるって信じているよ』
「見つかるだろ。俺らが見つけられたんだ…ぜってー、傍に在る」
『ん…』
「俺としちゃ、お前の傍に"ユキ"が居た事がケッコー驚きだった」
『私もすっごく驚いた』
「やっぱ…あのユキなのか?」
『うん。ぜったい…絶対、ユキだよ』
「…そっか」
『あの祠で出会った真っ白な霊鳥…スパルナ』
「美しい翼を持つもの、だったけか」
『うん。とても懐いてくれていたから…』
「そんでもって神代雪か…名前もお前と同じだもんな」
『捲簾がくれた名前は、ずっと私のものだもん』
「気に入って貰えてなにより」

きっとね、きっと。
あの綺麗で美しい翼をめいいっぱい羽ばたかせて、私を…私たちを、探しに来てくれたの
何も言わずに置いてきてしまったのに、それでもまだ。
私たちの傍にいたいと思ってくれたの
だからね。ユキなんだと思うんだよ
神の代わりに舞い降りた白。

ユキ、ユキ。
想いは通じましたか?
大切な大切な友人たちは、笑ってくれているだろうか。

『…』
「眠かったら寝てもいいぞ」
『捲簾も、一緒?』
「ああ。俺も一緒…抱きしめててやっから、目が覚めた時も傍にいてやっから…安心して寝とけ」
『…ん』

溶けていく、意識。
離さないでって掴んだ彼の洋服。
ぽんぽんと宥めるように、あやすように。
ゆっくりと背中を撫でられてしまえば…安堵に勝てるはずもない睡魔が遠くの方からやってくる

まどろむ意識の何処かで…捲簾が何かを言っていたような気がしたんだ…




「―――…寝た、か」

抱きしめた腕の中。変わらない寝顔に思わず浮かんだ小さな笑み
しっかりと握りしめられた服は離れそうもなくて
っつっても、離す気なんかこれっぽっちもねえけどな
そのままごろりと2人して寝転がる。見上げた空は…あの日、俺たちが憧れていたもの

気まぐれ美人だと、嘗ての自分が例えたように
空は様々な表情を見せてくれる
…まるで、この腕に抱えた彼女のように
よく笑ってくれるようになった、泣くようにもなった
それはあの頃には決して出来ることのなかったことだ
もっと素直に生きて欲しいと…切に願ったこの想いは、どうやら叶えて貰えたようで

「噛みしめるしかねえよなァ…」

奇跡なのだと言っていた。俺たちが再び巡り逢えたこと。
約束だってした、想いだって交わした
…それでも六花は…今ある現実が奇跡なのだと笑うから
震えるような愛しさが止まらなくなる
何百年、何千年。
あの日からどれほどの時が流れたのかも定かじゃないのに
同じようにこの世界に産み落とされた事実
こりゃあ確かに、1度くらいなら神でも仏でも、感謝してやらなくもねえな
だとするのなら。自分たちは観世音菩薩にだろうか。
今ではもう…声を聞くことも存在を感じる事も出来なくなってしまったけど

愛して、愛されて。当たり前のことだと人は言うけれど、俺らにとっちゃそれが何よりの奇跡なんだ

「お前を見つけられたことも、天蓬に会えたことも…それが当たり前だと思っちゃいけねえんだよな」

噛みしめて、抱きしめて。
今ある現実を決して手放す事などないように
もう二度と…彼女の傍から離れることなどないように
眠る横顔にひとつ、想いを寄せる
穏やかに吹き抜ける風が潤う黒を靡かせた
覗く柔らかな首筋と、仄かに香る甘い匂い
…完全にガキだなこりゃ。
思わず苦笑してみても止められないのは、自分の中で育った六花への想いが大きすぎるから
襟元を軽く引っ張ってそこへと口付ける

「…」

エゴなんだ。こんなものは。
分かっていても…示しておきたい
彼女は…六花は、俺のものなのだという証を
白い肌に浮かぶ鬱血痕
見えるか見えないかのギリギリのラインに浮かぶその花は…
暫くは消えることなく咲き続けるだろう
気付いた時の六花の反応が目に浮かぶ。

「…悪ィな」

細い体が痛くならないように、自分の体の上へと抱き寄せる。安心しきったような寝息と穏やかな寝顔に、やっぱり笑ってしまうんだ
心地よい重みに目を閉じれば…今は散ったはずの桜の花びらが見えた気がした







黄昏時、誰そ彼どき。

「六花ーっ?けーんれーん?」
「何処にも居ませんねぇ、あの二人」
「放課後に図書館でねって言ってたのに、ちっとも来なかったもんね」
「もうすっかり夕方です」

誰もいない静まり返った廊下に響く、私たちの声。
電話をしても二人ともでないところをみると…まぁ、十中八九どこかで寝てるんだと思う
捲簾の車はまだあるんですよって、さっき見に行った天蓬が言ってたから

「ほんとに…二人揃って何処に行ったんだか」
「てっきり教室にでもいるのかと思ってました」
「ね。それが中庭にも食堂にもいないんだもん。神隠し?」
「むしろ捲簾が六花を何処かに隠してしまったんじゃないですか」
「えー、そんな事されたら飛び蹴りだけじゃ済まないよ」
「…顔が真剣ですよ、ユキ」
「当たり前でしょ。冗談じゃないんだから」
「…」
「仕方ないから捲簾に大事な六花を譲ったけど!全部あげるとは言ってないもん」
「ふふふ…捲簾も大変ですねぇ」
「あ、ちょっと、それどーいう意味!」
「なんでもないですよ」

クスクスと肩を揺らして笑う彼を半眼で横目に見上げる。
並んで歩く、私たち。
窓から覗く空は綺麗なオレンジ色をしていた
ぽわって色づくこの時間帯が、実は結構好きだったりするんだ
よく六花と二人で見上げたなぁなんて

「あ、そうだ」
「んー?」
「ねぇユキ、手を繋ぎましょう」
「…、どこでどうなってそうなったの」
「いやね、夕空を見上げるユキの横顔がキレイだったので、つい」
「……ストレートにそんな恥ずかしげもなく言わないでよ」
「遠まわしに言っても伝わらないでしょう?」
「うっ…」
「だからね。これからは素直に伝えようと決めたんです」
「まっぶしい笑顔でまぁ…心臓に悪いってば、」
「そうやってすぐに真っ赤になるところも可愛いですよ?」
「〜〜〜っ、からかって遊んでるでしょ!?」
「そんなことありません」
「じゃあその満面の笑みはなにっ」
「なんでしょうかねぇ」

ずるい。やっぱり天蓬はずるい。
どうしてそんなに嬉しそうに笑ってるの。
そんな表情なんか見せられたら、文句の一つでも言ってやろうと思ってたのに…あなたが笑ってくれるならまあいっかって。どうでもよくなっちゃったよ

「もう…天蓬のバカ」
「はい。ユキが傍に居てくれるならそれでいいです」
「…その代り右手だからね」
「なんでですか?」
「なんでってあのねー、一応左腕ケガしてるんだからね?小さな刺激とはいえあまり揺らさない方がいいでしょ」
「ダメですよ」
「…、天蓬?」
「ユキは、道路側にならない限りは僕の左側です」
「…」
「なので左手でいいんですよ。手を繋いだくらいで痛みません」
「…それは」
「はい?」
「……それは、天蓬が"刀"だったから?」

六花が言っていた。あなたは凄腕の剣士で、捲簾は射撃の名手だったって
右手で抜刀するから、私と歩くときは常に右側だったよねって
…言われて気づいたことだけど、二人とも無意識だよねって言ってたのに
もしかしなくても、これって意図的だったりするのかな?
そう思って…見上げてみれば。
目元を和らげて笑った彼が応えをくれた

ああ、もう。
そんな風に優しく笑わないで欲しい。
なんでか知らないけど、胸の奥がすっごく苦しくなるんだから

「六花から聞いたんですね」
「…ん。」
「その理由も?」
「右手で抜刀するから、いつでも守れるようにじゃないか…って」
「あはは。見事に見破られていますねぇ。ま、今の世の中…下手な理由がない限りじゃ命を狙われるなんてことはありませんけど」
「…そうだね」
「それでも、なんででしょうね。クセなんですよきっと」

そう言って笑うあなたはきっと

守りたい存在の右側に…常に立って来たんだね

「でも捲簾だって人の事言えないと思いますよ」
「捲簾も?」
「ええ。あの人が六花と並ぶ時、必ず左側に立っているの知ってます?」
「うっそ…ぜんぜん気づいてなかった」
「たぶん六花も意識してはないでしょうね。それが二人の"当たり前"だったんですから」
「でも、捲簾だって右利きだよね?まえは銃だって言ってたし…条件としては天蓬と同じなんじゃないの?」
「ええ…僕と捲簾の違いと言えば、守り方にあったんですよ」
「まもりかた…?」
「後は六花の性格を良く知っていた捲簾だからこそ、左に立てたんだと思うんです」

ある意味凄いですよねぇなんて笑うけど、私にはちっとも分かんないよ。
どういう意味だろう。視線で訴えてみるけれど、彼はどうせだから本人に聞いてみたらどうです?なんて言ってくる。
なにそれ、すっごく気になるんだけど。
伸びてきた天蓬の左手をゆっくりと揺らさないように握りしめれば
ちょっとびっくりするくらいの力で握り返された。
そんなに力入れなくたって何処にも行かないのにね

「…そうだ」
「どうしたの?」
「もしかしたらあの二人、屋上に居るんじゃないでしょうか」
「え、屋上?あんな時間から今まで?」
「はい。どうせ昼寝でもしてるのかと」
「確かに…寝てるんじゃないかなとは思ったけど、でもなんで屋上なの?」
「…」
「天蓬…?」
「きっとね…"同じ"なんですよ、あの時と」

ぽつり、ぽつりと。
彼らと出逢って語られるのは、3人が持つ共通な記憶
分かるハズもない私がその話を聞いてもちっとも嫌な気持ちになんてならないのは、きっとこの3人のことが大好きだからなんだと思うんだ。
私が知らない天蓬や捲簾のことを知っている六花も
私が知らない六花のことを知っている天蓬と捲簾も

ぜんぶ、ぜんぶ。

私の中に、優しく降り積もるから。

「…下界を目指していた時と、ってことかな」
「流石ですねユキは。僕の言いたいこと良く分かってます」
「分かりやすいよ、天蓬はまだ」
「そうなんですか?」
「うん。感情を顔に出してくれるだけ全然マシ!」
「あー…なるほど。」
「六花の表情の変化を読み取るのにはホント苦労したんだから」
「あまり笑いませんでしたからね、まえも」
「でしょうねー。んで、だから屋上だって?」
「はい。人ってなんだか高い場所に登りたがるじゃないですか」
「まあ煙となんとかは高いところが好きって言うくらいだしね!」
「あははっ、そういうことですよ」

そこから見える景色はどんなものなんだろう。
あの場所からは、一体なにがみえるんだろうって。
理由なんて特にないんだ。でも、ふとした瞬間によぎるその思いだけで、小さかった私も高い場所を求めていたような気がする
見てみたくて、ただただ一心に。
木登りや公園の遊具の天辺までひたすら…

ああ、そうだね。

そこから見えた風景は…確かに

心を動かすには大きすぎるほどの威力をもっていたんだよ

「屋上かぁ…今なら夕陽も綺麗に見えそうだね」
「はい。行ってみましょうか、恐らく呑気に眠っているであろう二人の所まで」
「さんせーい!」

笑いあって、階段を登る。
あなた達が繋げてくれた想いと一緒に。






宵の明星が、輝く空に
柄にもなく願いなんて飛ばしたら…笑われてしまいそうですね

「…居た」
「いましたねぇ」
「…しかもなんで給水タンクの上なの」
「それは恐らく捲簾が巻き込んだんですよ」
「…二人ともすっごい爆睡してんだけど」
「鼻でも摘まんでみます?」
「そんな漫画みたいなことはしませーん」
「それは残念です」
「…やるんなら捲簾だけにしてよねっ」
「当然ですよ。六花になんて絶対しません」

まぁそれでも、捲簾が起きれば何故かその上で眠る六花も必然的に起きてしまいそうな気もしますけど。
気持ちよさそうに、そして安心しきったように眠るその表情は…
まえにも一度だけ、見たことがあったけど。
再びこうして眺めてみれば…心にじんわりと広がるあたたかな想い
ユキに抱くそれとは違うけれど…それでもやっぱり、違った愛しさを抱かせる存在。
ゆっくりと上下する小さな背中に回された二つの腕
離すもんかと物語るようなソレは、見ていてとても賛同出来ると思ったから

「折角ですし、夕日でも見てましょうか」
「確かにここすっごく綺麗に見えるもんね。2人も爆睡してるし」
「穴場なんでしょうねぇ。遠くの山もくっきりと見えますよ」
「へへ…なんだか得した気分だね!」
「同感です」

寝転がる2人の隣へと腰を下ろす。仕方ないですねぇ、眩しくないように僕らが影になってあげます。夕日に正面を向くように座れば、嬉しそうな横顔が夕陽に照らされてキラキラと輝いて見えた
握ったままの小さな手。
色んな習い事をしていただけあって、ところどころ皮膚が少しだけ硬かった

「たそがれどき」
「ユキ?」
「今の時間帯をそう呼ぶんだよって六花が昔教えてくれたの」
「ああ…語源は"誰そ彼"と書くことから生まれたんですよ」
「へー?」
「暗闇に紛れて道行く人の顔がよく分からなくなる時間帯…それで、誰そ彼。彼はいったい誰なんだっていうね」
「なるほど…それで黄昏時になったんだ」
「はい。別名逢魔ヶ刻とも言いますけど」
「あ、それは聞いたことある。あの世とこの世の境が曖昧になるってやつだ」
「正解です。なので、昔の人はあまり好んでなかったんじゃないでしょうか」
「まぁ…これからやって来るのは夜だもんねぇ」
「闇に通じていると考えたんですよ、きっと」
「天蓬も博識だ」
「ユキだって知ってるじゃないですか」
「私のは六花の受け売りだもーん。そういう"隠された事実"を掬い上げるの、六花は大切にしてるから」
「…なるほど」

文系ってのもあるんだろうけどねって。
笑う彼女に同意した

隠された事実…目には見えないそれは、嘗ての僕達が遺したものと似ている

ああ…なんだか、

「…寂しいの?」
「え…?」
「なんとなく。天蓬のその顔…寂しそうに見えたから」
「……ユキがそう想うってことは、きっとそういうことなんでしょうね」
「…意味深」
「あははっ、僕よりも僕のこと知ってそうじゃないですか」
「そりゃあ…まぁ…うん。短い時間だけどずっと見てきたからね」
「時間は関係ありませんよ。その人を知りたいという強い想いが成せることです」

その事実を僕は、後ろで呑気に寝ているであろう友人に教えて貰ったんですから

「ユキのことだって、僕の方がユキ自身よりも知っていますよ」
「うわあ…それはそれで恥ずかしいねなんか」
「あと知らないことと言えば、スリーサイズくらいでしょうか」
「っ、いきなり変態発言しないのっ」
「あはは。冗談ですよ」
「…天蓬が言うとなんでか冗談に聞こえないんですけど」
「気にしすぎです」
「もう…」

陽が、没む。
だんだんと色濃くなる空にそろそろ2人を起こそうかと思っていれば、背後から聞こえた笑い声にやっぱりな苦笑した

「くくく…変態だとよ」
「やっぱり起きてたんですね」
「!、えっ、捲簾!?」
『途中から気付いてたんでしょ、どうせ』
「六花まで…もー、起きてたなら声かけてよね!図書館で待っててもいっこうに来ないから探し回ったのにっ」
『ん。ごめん、寝てたみたい』
「すんごい爆睡だったよ2人とも。なんだって捲簾を布団にして寝てるのさ」
『それは私もすっごく不思議。おかしいな…隣で寝てたはずなんだけど』
「こーんな骨と皮しかなさそうな体でコンクリの上で寝たら、身体痛くするだろ」
『それは大袈裟』
「まぁ何はともあれ、おはようございます、2人とも」
『うん。おはよう、ユキ、天蓬』
「はよ。どーやら上手く事は運んだみてえだな」
「ハイハイ、お陰様で」
『良かったね、ユキ』
「六花には今度和菓子プレゼントするね」
『あれ、さっきは悪戯してやるって言ってたのに』
「それはそれ、これはこれ。悪戯はするよ。さっき助け舟出してくれなかったしっ」
『あの場で出したら意味がないと思うの』
「なんの話ですか?」
「…コッチの話ですよ」

むくれたようにため息をついて、ジトリと六花を見下ろしたユキ
素知らぬ顔で受け流す六花がその身に絡まるぬくもりを見つめていた
いつまでそうしてるつもりですか、2人とも。
離してと伝える六花の言葉に嫌そうに眉根を寄せる捲簾に、我が儘だなあとユキが笑う
そんな3人を眺めた天蓬が…空でひときわ輝く光を見上げて唱える言の葉

聞き届けと祈ったそれは、きっと

"当たり前"の奇跡を感謝したからなのだろう


夜空を翔けた、一つの黄金の涙


「あ、そういえば。そこで六花を離そうとしない捲簾さんやい」
「おー。なんだよ、天蓬とくっついてイロイロ吹っ切れたみてえのユキさん」
「…その一言は余計だっ」
「ははッ、間違っちゃいねえだろ?」
「うるさーーいっ」
「んで?どーしたよ」
「…天蓬から聞いたんだけど、捲簾は六花と並んで歩く時にいつも左側にいるのはなんで?」
「は?」
「まさかあなた、本当に無意識だったんですか?」
『…?』
「ちょっと待った六花もだこれ」
「人のことには敏感なくせして…当の本人達は揃って無自覚ですか」
「俺が六花の左側にいるって?」
『…そうなんだ?』
「…あー、どうもそうらしいな」
『気にしたことなかった』
「ん。俺も」

仕方なしとでも言うようにしぶしぶと離れた二つのぬくもり。
そっと身体を起こして座った場所は…うん、確かに。捲簾の右隣だ
…ほんとうに無意識なんだなぁ
事実にひとつ、瞬いて。頭の下で腕を組んだまま寝転がる彼と視線を合わせた
体痛くないのかな。いくら軽いと捲簾が言っても、人一人分の重さを乗せて数時間も固いコンクリートの上で寝ていたら絶対骨とか痛いと思うんだよね
彼だって細身だ。確かに鍛えられてはいるけれど…
そんな私の心配を他所に、捲簾は笑いながら言葉を放つ

「ま、当たり前だったからな」
「当たり前とは?」
「まえに使ってた六花の得物については聞いてるか?」
「何となくだけど…なんだっけな、銀花?とかいう近距離と遠距離の合体版みたいなヤツ」
「そーそ。元々はデケェ鉄扇なんだけどよ、閉じりゃ刀の代わりで広げて薙ぎ払えば仕込んだ鉄針が飛び出す仕組み」
「器用に使い分けてましたよねぇほんと」
『確かに使い勝手は良かったよ』
「それとなんか関係あるの?」
「おうよ。あとは六花の性格だな」
「六花の性格…」
『そこで私をガン見しても私も分からないよ』
「ヒントその1。当時の六花はズバ抜けて戦闘能力が高かった」
「戦闘能力…強かったってことね」
「そりゃあもう呆気にとられるぐれぇには」
「んー…」
「んじゃ、ヒントその2。守られるよりか守る側だったんだよ」
「戦闘能力が高くて守る側…六花の性格……、あ」
「分かったか?」
「猪突猛進タイプ!」
「ははッ、正解」
『…なんか腑に落ちないんだけど』
「間違ってはいないと思いますよ?貴女の性格上、常に矢面に立つようなタイプでしたから」
「それが戦闘時にも出てたんだよ。敵なんざ見つけようモンなら一目散に飛び出しちまいやがるし」
「切り込み隊長だったわけだ。じゃあ捲簾はその援護役だったってことね」
「そーゆーこった。 」
「でもそれじゃあ余計に右側に居た方が都合良くないかい」
「あー、後はアレだ。感覚的なトコもあったんだよ」
「ほうほう」
「どうしたって利き手側に在る対象の方が叩きやすいだろ」

律儀にちゃんと説明しているあたり、彼は完全に無意識ではなかったみたい。
興味津々といった表情のユキに天蓬が笑っていた
思い起こしてみれば…なんとなく。
確かに彼は私の左側にいた事の方が多かった気がしなくもない。記憶が曖昧なのは私自身強く意識したことがなかったからなんだろう
傍にいることが当たり前だった
隣にいることが当然だった

自分の半身のような存在。

『…左側にいた理由…』
「六花も思い浮かびませんか?」
『…逆に天蓬には分かるの』
「ええまあ。あなた達のこと、よく見ていましたからね」
『…』
「そんな難しいコトでもねえよ。単なる俺のエゴだ」
「例えそうでもかっこよく思えちゃうのが捲簾マジックだよね」
「ははッ、なんじゃそりゃ」
「そしてそのかっこいいエゴとはなんでしょな」
「随分と気にしてますねぇ、ユキ」
「だってさ、嬉しいんだもん。私が知らない3人の事を聞けるのは」
『そういうものなんだね』
「そういうものなんですよ」
「聞いたところで面白くもなんともねえぞ?」
『でも私も知りたいかも。無意識だったし』
「まぁ、なんつーか…標準が常にお前視点だったってコトだ」
「標準?」
「別に左手側を疎かにしてたってワケでもねえが、六花は割と利き手側に集中するクセがあったんだよ。だから、六花の動きを読んでその視線から何処を狙うのかを考える。そうなった時、左側は俺に任せてきやがるから、俺は六花が"敢えて"狙わねえ場所を考えて狙うってこと」
「…」
「だぁから言っただろ、感覚的なモンだってな」
「つまり、六花の視点でこの子がどう動くのか、何処を狙って動くのかを予測して捲簾は動いてたってこと?」
「おう。そうなるとより視点を近づける為に同じ立ち位置に居た方が考えやすかったんだよ」
「…だ、そうですよ」
『……私、そこまで考えて動いたことなんて無かった』
「ええ。それでもやっぱりあなた達の動きは見ていてとても気持ちがいいくらい息の合ったものでしたけどね」
「逆に俺が突っ走る時は六花が援護してくれたしな」
『そう、だっけ…』
「無自覚なところが六花らしいよね」
「だろ?」

けらけらと笑われて、首を傾げる。
思い出すのは下界への討伐遠征のこと
二人が率いた第一小隊。その隊長を任されていた当時の私
考えて動くことは苦手っていうか、嫌いだったんだよね
あれこれ考えて動くのってめんどうだし
それでも立場上考えて動かないとダメだったから、捲簾や天蓬の動きやクセを無意識に理解して動いていたのかもしれない
でも、捲簾がこれほどまでに私の動きに合わせていてくれたのは初耳だ
…なんだか今さらだけど申し訳なくなってきた
本当に今更だけど。

伸ばされた大きな手のひらが頬を包んでくれた。
その先を見下ろせばなんだか嬉しそうに笑っている

「うん。なんかただの惚気だって事は理解できた」
「でしょう?」
「でも、なんかいいね」
「はい。それが変わらない二人の在り方なんですよ」
「とんでもなく素敵なことだそれ」
「ユキがそうやって笑ってくれるから、僕もそう思います」
『なんかすっごく愛されてたなって再実感した』
「そりゃあ何より。安心しろ、それと同じくらい俺も愛されてた自信あるから」
『ちゃんと愛せていましたか』
「それはもー泣きたくなるくらいには」
「このバカップルなんとかならないの」
「あはははは。無理じゃないですか?それこそ今さらですよ」

仕方ないなあなんて笑ってるけど、あなた達だって似たようなものだと思う
頬を包んでけれる手に手を添えれば瞳を細めて笑ってくれるから
愛しいねって、何度想ったかも分からない気持ちを乗せるんだ
風に靡くのは…今は同じ色のそれ
起き上がる捲簾が「ん。」って両手を広げてくれるから、溢れる想いと一緒にその腕の中へと飛び込んだ

「…平和だねぇ」
「平和ですねぇ」
「バカップルはほっといて帰りましょうか天蓬さん」
「もうすっかり陽も暮れたことですし。そうしましょうか」
「いっとくがお前らも人の事言えねえからな」
「えー」
『みんなで帰りにご飯食べて帰ろうよ』
「あ、それはいいかも。私オムレツ食べたい!」
「それでしたら大通りに専門店ありませんでしたっけ?」
「つーか、お前さんその腕で運転出来んのかよ」
「ユキが泣かなければできますよ」
「出来れば運転して欲しくないけど…車を置いていくわけにもいかないし…こういう時、私も免許あれば代わりに運転出来たのにね」
「ユキはダメです」
「なんでよー、二人ともあった方が便利だと思うよ?」
「危ないからダメです。絶対。」
「…?」
『ふふ…』
「六花?」
『今朝ね、私も捲簾から同じこと言われたの。きっと、理由も同じだよ』

立ち上がる。みんなで。
最後にって見下ろした風景は、あの頃に見たいと思っていた景色とさほど変わりはない
それぞれが繋いだ大切なぬくもり。
似てるよねって見上げれば、苦笑されてしまった

大切な誰かを想う心の在り方は…うん。

どれほどの時が流れようとも、変わることはなかったよって


いつの間にか浮かび上がった光に、そっと笑いかけたんだ








奏でる旋律は愛の唄

それぞれが響かせる、未来を繋ぐ前奏曲―――…











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