無秩序な世界 | ナノ



お前の知るその物語が

いったい誰の視点で描かれたものなのか…


考えたことがあるか?




そういって、目の前で不遜に笑うその人は私にそう問うた








〜hanamatiduki〜






「結香姉ぇーーっ!!」
『ハイ、ハイ。そんな大声で叫ばなくたってココに居るから』
「だって、さっきから呼んでたのにぜんっぜん声がしないからっ」
『ああごめん。考え事してた…、って。泣かないでよ悟空』
「だって…っ、だってぇ〜〜!」
『よしよし。泣かない泣かない』

大きく綺麗な金眼から惜しみ無くボロボロと落とされる透明な雫に苦笑して、目線を合わせるようにしゃがみこんではその小さな体を抱き締めた
独りになることを殊の外嫌うこの幼子は、500年という永い時の牢獄をたった一人で生きてきたカコをもつ

故に、自分を救い出してくれた三蔵や、ひょんな縁から関わるようになった悟浄や八戒をとても大切に思うようになっているのだ。その"大切"な者の中に、いつのまにか自分まで含まれている事実に笑ってしまうけど

ぎゅうぎゅうとその体格にしては強すぎる力で縋るように抱きつかれてしまえば、幹に凭れるように思考を巡らせる事も儘ならない。泣かせてしまうのは本意な事では無いのだから

えぐえぐと呼吸を乱す悟空の小さな背中を撫でて空を見上げる。…空の青さはどこの世界でも同じなんだと知った時、柄にもなく泣いてしまったことはまだ記憶に新しい

「結香姉ぇ…?」
『ん?どうしたの』
「どっか痛いの?」
『いきなりだね』
「だって、なんだか泣きそうな顔してるから…」
『泣いてるのは悟空でしょ。何でもないよ』
「…」
『それよりもほら、三蔵たちにあげる花冠作るんでしょ』
「そう、だけど…」
『今度はちゃんと傍にいるから』
「…ん。わかった」

何度かそのキレイな金眼を瞬かせながらもしぶしぶといった様子で目の前に咲き乱れる花畑を目指してとぼとぼと歩いていく。さっきまで元気いっぱいに花を摘んでいたっていうのに、急にどうしたんだろう。終いには変なことまで聞いてくるし
再び幹に背中を預けて立てた両足を支えに頬杖をつく

暇だからと上着のポケットから取り出したのはつい最近近くの煙草屋で見つけた、現世で愛用していたノアール。こっちにまで売っているとは思ってもいなかったから、ついつい懐かしくて買ってしまった

『…もう一ヶ月経ったのか、そういえば』

火を燈して最初の煙を吐き出せば、胸に広がった爽快感。
まさかコレが安定剤に近い役割を果たしてくれるようになるまで依存してしまうなんて自分でも予想外だったけど、こんな非現実的な状況で正気を保てって方がムリなんだ。そうなれば何かにすがりつきたくなる気持ちも分かっていただきたい

ぼんやりと花畑に埋もれて一生懸命に手元を動かす悟空を見つめる。私がこの世界にいきなり連れて来られたのは、悟空の為なんだと。天界の本堂で観世音菩薩は言っていた。もちろん私には彼らのカコも未来も、本で読んでいるから知っていた

最遊記ともなれば私の世界で有名な漫画の一つだ。
500年前に天界で起きた大事件。そして三蔵と悟浄、八戒のカコと悟空の罪

全てを識っている私が、どうしていきなり二次元にトリップしなくちゃいけなかったのか。多くを語ろうとしないあの人は混乱する私を見ても"変わらないな"なんていって懐かしそうに眸を細めて呟いていて

…なにが変わらないのかちっとも分からない。

肩にまで伸びた髪が視界で揺れる。私の彼らへの紹介は混乱を招かないようにとの配慮で、彼らには事前に"異世界からの使者"だと告げていたらしい
斜陽殿に三仏神を通して下界に送られた私の前には、既に三蔵をはじめとする一行が不思議そうに自分を見つめていたのだから

悟空の為に連れてきたのだという言葉は私自身にも理解し難いものだけど、彼らは特に深く考えるような事もなかったらしい。悟空の為なら傍にいればいいんじゃね?なんて笑った悟浄の言葉に、私は特に異論もなかったしもうこの際どうにでもなれとかいう気持ちもあってそれを承諾

それ以降、何故かめっちゃ懐いてくる悟空を面倒みているうちに芽生えてきた不思議な感情に最近では首を傾げていたということだ。

『はあー…やんなってきた』

ちなみに、私が彼らのカコを知っているということは、告げてはいない。
そもそもある日に突然やってきた謎の人物が自分のカコを事細かに知っているなんて言われたら気持ち悪いじゃないか。私だったらなんだコイツと軽蔑するかもしれない。
いや、絶対にする
プライバシーも個人情報もあったもんじゃないから。
…単に自分が嫌われたくないから言えないっていうのもあるんだけど

私だってこんな世界にいきなり一人で放り込まれて動揺しないほど強い精神を持っているワケじゃないんだ。たいていの事は物怖じしない性格だけどもさ。だからってこんな、二次元トリップなんて非現実的すぎる…ってか、あの観世音菩薩が唯我独尊すぎて笑えない

そりゃ本を読んで識っていたけどさ。
実際に会って会話をするとその凄まじさを痛感するっていうか…なんていうか。
ヤバイ、考えてたら頭痛くなってきた。

「出来たーっ!」

嬉しそうに響いた悟空の声。
吐き出した煙を追うように駆け戻ってきた小さな両手には5つの花冠…って、5つ?両足を広げたまま頬杖つく私のその足の間にすっぽりと収まるように座りながら、なにがそんなに嬉しいにか分からないほど嬉しそうに破顔して見上げてくる
…子供好きな私からすれば悟空の行動はとても母性本能をくすぐられる。
見た目は10歳ほどの幼子でも中身はもっと幼く感じてしまうので、余計にだ。

こっちはもう成人を迎えて二年が過ぎる。
中身だけを考えるなら産んでいてもおかしくないだろう。いや、流石にそれはないかもしれないけど

『上手に出来たね。けど悟空、そこにいると危ないよ』
「たばこでしょ?俺だいじょーぶ!さんぞーで慣れてるから」
『火がね、灰がね』
「それより見てよコレ!」
『だから火が…って、聞いてないし』
「ほらほらっ、これだけ色が違うんだよ」
『あ、コラ!急に立ち上がるなってば、火傷したらどうするの』

膝立ちになる悟空から慌てて口に銜えたままの煙草を遠ざける。
思い立ったが吉日なこの子はほんと見ていて危なっかしい。
けれど人間の赤子となんら変わらない、愛おしさを抱かせる大切な子
キラキラと光りを反射して煌く双眸に苦笑すれば、ふと感じた頭上への重み。
何事かと下がり気味だったメガネを指先で押し上げれば見えたのは満面の笑み


ああ…やっぱり、懐かしい。


溢れんばかりのこの笑顔を、酷く懐かしく思うようになったのは…つい最近のことだ。
悟空が悲しんでいると自分も胸が苦しくなる。
笑っているとこっちまで嬉しくなる

悲しませたくない、独りにしたくない。
もう…傷ついてほしくない


塞き止められていた水が勢い良く押し寄せるかのように湧き出るこの感情が、最近になってとても強くなっているのだ。
"私"がこの子に懐かさしを感じるなんてこと、絶対にありえるハズもないのに

むしろ懐かしさを覚えるのであれば三蔵たちだろう。彼らは500年も前に、この幼子を下界へ逃がそうと文字通り全てをかけて戦い抜いたのだから。
そして…再び巡り会えることを信じて散っていった


金蝉、捲簾、天蓬。


悟空が忘れてしまった悲しい記憶。
それでも決して悲しさだけではなかったんだよと、言えるものなら教えてあげたい。
彼らに深く、そして大切に愛されていたということも

私にはそれが出来ないけれど。
カコを識っていると知れてしまえば、彼らをきっとイヤな気持ちにさせてしまうから

できればあまり関わらないようにしようと決めたのも、そのせいだ。
深く縁を結んでしまえばいつかきっとバレてしまう
そうなれば築いてきた関係が壊れたとき、辛い思いをする。
拒絶されるのが怖いから言わない。関わらない。なにも言わない。

ぜんぶ、全部…自分のためだ



こんなに自己防衛の強いヤツだったけ、私って



ズルいよなぁ。心で嘲笑っても、言葉になんて出来なかった




「結香姉ぇは優しいから、絶対そんなことにはならないでしょ?」
『…随分とキッパリ言うねぇ』
「うん!だって俺、結香姉ぇが俺のこと好きって知ってるもん!」
『あはは、バレてましたか』
「バレバレ!」
『おチビちゃんは鋭いね』
「結香姉ぇだけトクベツだから!ちゃんとピンクで作ったんだよ?」
『…花冠』
「うん!こすもす?だっけ。この花あまり咲いてなくってさ、いーっぱい探した!」
『…だからこんなに泥だらけなの』
「さんぞーに怒られてもいいもん。最近結香姉ぇの元気がないってみんな言ってたから…俺、ちょっとでも元気になってもらいたくて」
『…』
「結香姉ぇが元気ないの、おれ、ヤだよ…だってすごく胸んとこが苦しくなるんだ…すごく、泣きたくなる…っ」

だから泣かないで、泣かないで。

そんな悟空の優しい想いが、見つめてくる双眸から流れ込んでくるような気がした
…まさか、こんな幼子にまで伝わってしまうほど覇気のない顔をしてたんだろうか。
そう思うとなんだかひどく情けなくて、私は思わずため息をつくしかなかった

「結香姉…?」
『ああ、違う、違う。うん、ありがとうね悟空』
「…悲しくない?元気でた?」
『でたでた。悟空はイイ子だね、偉いよ』
「…おれ、抱きついてもいい?」
『どーぞ』

ぎゅうって。
それはそれはとても強く抱きついてくる悟空を抱きしめて、危ないからって煙草を地面で揉み消した。ふわふわと風に揺れる褐色色をした短な髪を撫でるように手を滑らせれば、なんでか鼻をぐずつかせる音
肩口に埋められたカオは、きっと間違いなく歪められているんだろうなぁ

どうして泣いてるの。そう聞くことはできない
だってこの子は私が元気ないって知っているから泣いているんだ
困ったなぁどうしようか
ポンポンと宥めるように小さな背中をリズムよく叩きながら、地面に仲良く置かれた4つの花冠を見下ろす

白詰草で作られたそれは真っ白でとても綺麗だ。
この花言葉の意味を知っている故に、余計切なく感じてしまうけれど…

『泣き止んだ?』
「…結香姉ぇはズルい」
『これまたどーしたの』
「だって!!」
『ん?』
「だって…俺らの前じゃ、一度だって泣いたことねえもんっ」
『!』
「八戒が言ってたっ…結香姉ぇは遠い遠い世界からたった独りで俺に会いに来てくれたんだって…」

八戒め悟空に教えたな。
なんとなく言ったらこうなると思ったから言わないでおいたのに。
首に回された細い腕に力がこもる
ああもう…どうしてキミが泣いちゃうの。
泣かせたくなんてないのに

終いにはしゃくりあげながら必死に言葉を紡ごうとする悟空を、私はただひたすら宥めるように抱きしめ続けるしかなくて。
ちょっと、三蔵たちいつになったら帰ってくるのよ。悟空が泣き止まないよ
大事な用があるから悟空の子守を任されて、三人はそのまま街へと行ってしまった。
それを見送ったのは午前中
そして今はもう夕暮れ時に近い時間帯。また何かしでかしているのだろうと踏んではいるものの、一向に泣き止まない幼子にどうしたものかと嘆息した

「独りでなんて寂しいハズなのにっ…結香姉ぇは何も言わないからっ」
『そんなことないよ。悟空がこうして傍にいてくれるじゃないの』
「でも笑ってくれないもんっ!いっつもいっつも、どこか寂しそうな顔で微笑うんだもんっ」
『んー…困ったなこりゃ』

さみしい…とは、また違うんだよ。
切ないだけなんだ。キミと…彼らといると。

カコを知ってしまっている以上、未来を知ってしまっている以上。
深く関わることは良しとしない方が互いの為なのに
そう思って一線を引いて適度に関わっているから、きっと悟空にはそう見えてしまうのだろう。子供は大人が放つ雰囲気を敏感に感じ取ってしまうから

『悟空』
「ヤダッ」
『…まだ何も行ってないけど』
「だってまたっ、だってまた言うじゃんか!」
『なんて?』
「寂しくないよって!!」
『……早く三蔵たち帰ってこないかねー』
「結香姉ぇ!」
『ゴメンナサイ』

真っ赤に泣き腫らした金眼で見つめられて呆気無く降参。
だめだ。悟空の涙には絶対に勝てる気がしない。むしろ逆らえない
仕方がないじゃないか。深く関われば絶対にボロが出てしまうだろうし
最後まで嘘を貫き通せるほど器用な人間じゃないのなんて、自分が一番知っているんだし
だからと言って、ここで誤魔化し続ければ悟空は納得しないだろう
絶対にくっついたまま離れなくなっていつの間にか探しにきた三蔵たちにどうしたんだと理由を聞かれるに決まってる
そうなったらいよいよ誤魔化せなくなりそうで怖い

あーだのうーだの一通り唸ってから諦めたように空を仰ぎ見た


暖かな色が広がるそこは、何一つ変わらない。


『悟空』
「聞こえないッ」
『悟空聞いて、私の話し』
「…」
『悟空はもう、寂しくない?』
「え…?」
『もう、泣きたくならない?』
「なんで、俺なの…?」
『私の一番が悟空だから』
「だって、それ、結香姉ぇのことじゃないよ」
『ううん。違うの、悟空は違うの』
「よく、わかんないよ」
『今は寂しいって思うとき、ある?ずーっと独りで生きてきて、三蔵に見つけて貰って、もう寂しくない?』
「!?」

驚いたように見開かれた金眼を真っ直ぐに見つめて、微笑う。
なんでその話を知ってるの、と。
隠し事が苦手な悟空の顔にハッキリとかかれていて笑えてしまう
識ってるよ。キミが体験してきたカコも、全部。

「…さみしい、よ」
『どうして』
「結香姉ぇが寂しそうな顔してると、俺だって寂しいよ…っ」
『悟空には三蔵たちがいるよ』
「結香姉ぇも一緒に居てくれなきゃ、おれ、ヤダよ」
『じゃあ私も傍にいるよ。ちゃんと悟空の傍にいるよ』
「でも…結香姉ぇは寂しそう」
『(堂々巡りかコレは)…そう見えるの』
「見える。だっていつも、俺たちのこと…離れた場所から見つめてるの俺知ってるもん」
『…悟空は将来探偵になれそうだね』
「たんてい…?」
『そ。小さな事件も大きな事件も解決しちゃう人』
「…?」
『子供の観察眼は侮れないってことかぁ』
「結香姉ぇ…?」

抱きしめたまま、俯いた。ってことはなんだ。こんな子供にまで筒抜けだということは他の三人にもそうだということか。笑えない。今じゃ私が最年長だってのに
ああほんと。調子狂うなぁ…こんなことなら何一つ識らない世界にトリップした方がまだラクだったんじゃないかって思うほどに

愛しさと切なさが溢れて仕方がない。
ぎゅっと今度は私が力の限りに抱きしめれば、高い温度を宿す悟空の体なんてすっぽり収まってしまう。

『…カコも未来も、いらなかったんだけどな』
「どう、したの」
『悟空は私のこと、キライにならないでね』
「ならないよ!!」
『おお即答』
「当たり前じゃんっ、だって、だって俺結香姉ぇが一番好きだもんっ」
『三蔵が聞いたら妬きそうなセリフだね』
「さんぞーも好き、ごじょーもはっかいも好き。でも結香姉ぇが一番好きっ」
『熱烈な告白ありがとう』
「…」
『おや不服そうな。じゃあ悟空は私にどうして欲しいの』
「寂しいなら寂しいって言えばいいの!」
『寂しくないときは?』
「寂しくないよって笑えばいいの!」
『…成る程』

子供故に応えはいつだってシンプルだ
要するに、この子は私に素直になれと言いたいのだろう。自分のように、もっと素直に感情をぶつけてしまえばいいのだと
ゴシゴシと涙をふいて、力強い金眼で見上げてくる

ほんと、太陽みたいだよキミの眸は。
ねえ金蝉。貴方が命をかけて託した命は、今もこうして輝いているよ

『…そうだね。素直に、ね』
「さんぞーも俺も、みんな結香姉ぇ大好きだよ!キライになんかなるもんかっ!そんなこといったら、俺がぶっ飛ばしてやるもん」
『いや、それはどうなの悟空くん』
「結香姉ぇをキライになるヤツなんて俺だってキライだもんっ」
『…』

悟空はいいね。眩しいくらいに素直なキミのそんなところが、とても愛しく思えて仕方がないのに。分かった分かったと頭を撫でて、立ち上がるように促す。
素直に立ち上がったのを見届けてから夕暮れを背に佇む小さな彼に言葉を紡ぐ

…きっと、とても驚くであろう事実を、少しだけ

『私は、キミがどうしてあの場所に閉じ込められていたのか…その理由を識っているよ』

どうして、悟空と名付けられたのかも。


予想通り。大きく見開かれた金眼が、表情が


なんで―――…?



そう物語っていた。









悟空――

目には見えない、空を悟る者だと。


大好きな人がくれた、大切な意味…


きっとキミは覚えていないんだろうけれど。









シロツメクサの花言葉はね、

『約束』なんだよ…












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