無秩序な世界 | ナノ


コンドハソバニイテクレルヨネ


いつかの、森の中で。

聞こえたような気がした、誰かの声が。

今になって脳裏によみがえる



「あっ、結香姉ぇ戻ってきた!!」
「これはまた随分と…貴女にしては乱暴な牽制ですね」
『やっぱりバレてる』
「あんな大気震わせといて良く言うぜ。お前ホントに人間かっての!」
『今世では一応人間の部類に入ると思うよ』
「今世では…と言いますと?」
『昔は神と人間の混血児だったから』
「うっそ…マジ!?」
「…、なんか…聞けば聞くほど驚くよーな事実ばっかりだな」
「同感です。」

すっかり夜も更けた、夜半過ぎ。
ちょうど金色の光が天頂にさしかかろうとする時間帯
黙り込んだままの三蔵は、きっと、ずっと
思い出そうとしている
恐らくあの男の存在の特性上記憶に残りにくいものなのかもしれない
全てを無に返すという…無天経文
存在すらなかったことにできてしまうのだから、いやはや。
恐ろしいものだ

そんなもの持たせておけば悪い結果にしかならないような気がするのも、きっと私だけじゃないはずだ

「なあなあ、結香姉ぇ」
『なあに、悟空』
「いっこだけ…聞いてもいい?」
『私に答えられることならどうぞ』
「昔の結香姉ぇって、どんな感じだったの?」
『…それは、異世界で生きていた頃の話かな』
「ううん。この世界で…天界で、生きてた時の話し!」
『突然どうしたの悟空』
「ん。俺の気のせいかもなんだけどさ…前に一度だけ、結香姉ぇの髪の毛がスッゲー綺麗な銀色に見えたことがあったんだ」
『―――…っ』

外にさえでなければ、彼の視界にさらされることもない。
ひいてはあの力によってキミが傷つくこともないかもしれない
そんなことを考えながら口に銜えたノアールだったけど、不意打ちすぎる衝撃的爆弾を投下されて思わず唇から離れ落ちてしまった
なんだ。それは。いつの話だ
今の悟空に過去の記憶があるかと聞かれれば否と即答できる
故に私たちとの記憶は未だ封じられたままのハズなのに

この、私を見て。
銀色と口にしたんだ、この子は。

「おっと。…ってことは、恐らくこりゃ間違いじゃねえってことか」
「ん?」
「悟浄もでしたか。僕もね、一度だけ結香の髪の色が銀色に見えたことがあったんですよ。なんとなく懐かしいと感じていました」
「全員が同じ現象を目にするのはそうある事でもねえだろ」
「えっ、え?三蔵も?」
「ああ」
『…、…?…?』
「珍しいですねぇ。結香が思い切り困惑してますよ、今」
「思考止まってンだろうな、多分」
「殴り飛ばせば戻るだろ」
「ブン殴るぞエセ坊主」
「結香姉ぇ、結香姉ぇー?」

なにを言っているんだ、彼らまで。
どこをどうしたらその事実が彼らの中に残されるのか
確かに違うけれど同じだとは言った
言ったけれども、記憶までは残っていないはずだ
じゃあなんだ
魂が同じであれば例え器が違ったとしても遺されるものが在るとでもいいたいのか
悟空ならばいざ知れず…500年も前の記憶だぞ

ああ。本当に…嬉しいのか哀しいのか、よく分からなくなるよ。

『銀色、に』
「あ?」
『見えたことがあるの…みんなも』
「おう。俺だけかとも思ってたんだがな」
「この場に居る全員の一致と言うことは…事実としてとらえてもいいんですかね」
「コイツの反応を見れば一目瞭然だろうが」
『…驚いた』
「みてぇだな」
『確かに、私は銀色の髪をしていたよ』
「そっか!すっげーキレイだった!」
『うん…ありがとう』
「もちろん、今の黒い髪も結香姉ぇの色だから好きだけど!」
『…』

黒、という色の意味を…改めて考える。

天乙貴人の娘…天一として生きてきた数千年の刻

人間との交わりが切っ掛けで異端として扱われた当時の真黒き瞳

記憶を取り戻したあの日に、キミが言ってくれた言葉。

黒は私の色なのだと

彼らの体に遺された勾玉の痣から立ち昇った、それぞれの色

それがすべて合わさって生まれた色…それが漆のような綺麗な黒


そう、まるで…この夜のように深い色を宿す漆のような、色


闇の色と同じ色をしている私の存在は…もしかすると近しい者なのかもしれない


当時私たちが対峙した、私の半身。

今その猛威を振るわんとする、あの男の存在と



『―――…!』



同じ闇だというのなら




「結香…? おい、結香!」
『繋がっているんだとしたら』
「え…?」
『あの時聞こえた声が正しいのだとしたら…』
「どういう意味だ」
「結香姉ぇカオ真っ青!!」


私たちが繋がっていたように、繋がっていたのかもしれない

底知れない闇の一部が、あの時息絶えたと思っていた存在の一部と


森の中で見つけた小さな闇…そしてその中から聞こえたような気がした微かな声

あの時はそれに気を取られて結果的に川に身投げすることになったけど

もしもあの声が予想と合致しているのだとすれば

一瞬で底冷えした体内に微かに震えた指先が、直感だと警告する

その、刹那。




キャ――――――





「「「「『ッ!?』」」」」

静寂のなかに、突如として鳴り響く悲痛な叫び声。
そして大地を揺らすほどの大きな衝撃と爆音
窓を開け放った悟浄と悟空が、目の前の光景に息を呑んだ

「街が…っ!!」
「オイオイオイッ、火の手まで上がってんじゃねーかよッ」
「妖怪の仕業でしょうねっ、一発で僕らを狙ってこないところを見ると刺客ではなさそうですが!」
「〜〜〜どーすんだよ!!」
「っ、結香!」
『…本当にっ…最悪』
「てめぇが決めろ。」
『!、三蔵…』
「分岐点は今夜だと言ったな。これを変えるためにお前は今まで夢を追い続けてきたのだと」
『っ』
「だったら、結香。自分自身で選びやがれ。…その結果がどこに繋がろうとも、俺たちは誰一人てめぇを責めやしねえよ」

木霊する悲鳴、増え続ける妖気。
壊れる音と消えていく音
そして、向けられるのは色違いの4つの瞳たち

迷ってる時間なんて初めから無かったんだ。
守りたいだけなのに。
変えたいと強く望む時ほど変えられない現実に唇を噛みしめる
誰一人として欠けることなく終えたいだけなのに

『〜〜〜っ、なるべく単独行動は避けて!なにか妙な気配を感じたらすぐに私に知らせてっ』
「おうっ!!」
「怪我人を最優先に!」
「行くぞ」
「悟空は結香から離れんなよッ」
「分かってるッ」

高さはそれなり。
それでも全員が同じように窓からその身を投げ落とす
ああ…こんな事でも似ているね
あの日の夜も、みんなで彼の部屋の窓から飛び降りたんだ
追手から逃げ切って、逃げ続けて、足止めした
最期はみんな…バラバラになってしまった

ああ嫌だ。

重ねてしまうよ。不確かな未来を垣間見た今は、余計に

大地に着地した時点で、火の手は大分街を包み込んでいた

でもおかしい。記憶ではこんな火の手は上がらないはずなのに

悟空の隣に身を寄せれば気づいたキミが笑う。
大丈夫だからって。
それに一度だけ小さく頷いて、3人と視線を交えた

「出来るだけ団体行動、な」
「手加減なしで薙ぎ払っていけば、すべてを片付けるのもそう時間はかかりませんしね」
「コイツらが二人分働けば問題はねえだろ」
「ちったァテメェで動きやがれってンだよッ」
「ほらほら、奴さんが見えてきましたよ」
「如意棒ーーーッ!!」
『この先は確か広場だね。そこで暴れて引き寄せよう』

風のように駆け抜ける悟空が妖怪を薙ぎ払う
錫月杖の刃が宙を舞えば、舞い散るのは見慣れた色
耳を劈く発砲音が後方から聞こえれば眼前に頽れる体躯
視界の隅を走る光に灰と化す者

『こんなことしてる場合じゃないのにっ』

狙いを定めて放った無数の毒針。
近距離で狙ってくる敵は蹴り飛ばして銀花を振り下ろした
武器を片手に突っ込んでくる初撃を半歩身をよじってかわせば、待っていたかのようにその場所にいた別の妖怪が応戦してくる追撃を銀花で受け流してその手に持つ武器を高らかに蹴り上げてやった
驚いて瞠目した追撃の男。
袈裟斬りに地に伏せれば初撃を繰り出した男が勢いよくその剣を突き刺してきた
軽く地を蹴り上げて飛び上がる。
宙返りのまま地上を見下ろせば狙いは定めやすい

思い切り広げた銀花。
残った針すべてを使って一帯にいる邪魔な奴らを亡骸へと変えていく

再び大地に足をつけた頃には、彼らも終えていた

『被害が酷いのはどっち』
「声の方からして西ですね」
「瓦礫ばかりで足元がめちゃくちゃじゃねえか」
「奴らは西側からやってきたってことか…」
「早くみんな助けてやんねーとっ」
『そうだね、急ごう』

走り抜けざまに仕込む新たな針。
悟浄の言う通り崩れ落ちた瓦礫が邪魔で走りにくくなる西側には、なぜか。
妙な痕跡が残されていたんだ
まるで何かを引きずったかのような…壁や道に残されている黒い謎の跡
なんだろう。妙な胸騒ぎがする
隣を走り抜ける悟浄の視線に首を振れば八戒も訝しむ
数歩遅れて走る三蔵が辺りに視線を飛ばした、そう

時間にするならきっと、3秒以内だったはずだ

私たちの視線がほんの少しだけその痕跡に向けられていた、僅かな瞬間



ソレは突如として目の前に躍り出ていた。



「全員ストップッ!!」
「ッ!? なんだってのいきなり!!」
「悟空!?」
『っ!?』

両手を広げて、立ち止った悟空にとめられて
私と悟浄が歩みを止める
ついで止まった八戒の驚く声に瞠目した三蔵


待って…まさか、本当にこんなこと


「だって…アレ…なんだよ…!」
「!?」

全員が足を止めたのは、目の前に現れた一つの存在のせいで。
その距離、恐らく10m弱


知っている…この感覚は、あの時のものと全く同じものだった


闇そのものを纏うかのように佇むそれは、見た目は悟空より少しだけ大人びたもの
黒い髪にギョロリとした黒い眼と…色白の肌に血のように赤い唇。
幼さが抜けたその姿は…この、纏まりつくように重たい殺気は

冷や汗なんて可愛いもんじゃない。
握りしめた銀花を持つ手が知らずと震える
ソレが居る辺りの空間だけが、まるで黒く塗りつぶされているようだった


「…なんだ、あれは…」
「妖怪…には、見えませんね」
「でもアイツ…なんかすげぇヤバそうっ」
『…』
「結香?」
『逃げて』
「あ?」
『悟空を連れて今すぐ逃げてッ!!』



知っているんだ。私は。
あの日対峙したモノと同じだというのなら
この、絡みつく殺気も重たい闇の正体も
そしてやっぱり。
あの時聞いた声は間違いじゃなかったんだと

喉が渇いてうまく言葉が出てこない
押し潰されそうな闇の重圧がここまで伸びてきている

必至に動かした手で掴んだ悟浄の袖
あの時と違うのは傍に居るのが悟空だけじゃないって事だけ


ああ…そうか。


光が繋がっていたように、闇も繋がっていたのか。


『あれは…っ、今のみんなじゃ適わないッ』
「ちょっと待て!そりゃどういう意味だ!っつか、ありゃ一体何者なんだよっ」
『説明してたら殺されるでしょ!!早く…、早くこの場から悟空を連れて逃げて!!』
「待ってよ結香姉ぇ!!じゃあ結香姉ぇはどうすんの!?」
『…っ』
「情報が少なすぎますっ、一度体制を整えた方が良いですよ!」
「オイ悟空!コイツを担いで走れッ」
「う、うん!」

当時の私が勝てたのは僅かな違いがあったからに過ぎない。
闇そのものを操るあの存在に、人間が適うハズもないんだ
俯いていたその表情が、持ち上がる
月明かりに照らされたそれは記憶にあるものと差異はなくて
ニィッと持ち上がった口角と共に妖気が一気に膨れ上がったんだ
伸びてきた悟空の腕。
早くって見つめられた瞳にはあの時とは違うけれど
それでもね。重なってしまうんだよ


『アレは私の半身なんだ。ごめんね、ケガしないで』
「え…?」


すり抜けて走り出せば飛んでくるみんなの声
そして―――…





「やっとまた…ミツケタ…ずっと探していたんだよ、キミの存在を」
『―――鵺ッ』





目が合った瞬間に生み出された衝撃破に、大地が波打ちながら破壊されていく

飛び散る大きな大地の破片を銀花で必死に打ち砕いた

猛スピードで突っ込んでくる鵺に、銀花を握りしめて駆け出しながら




遠くの方で、名前を叫ぶ声がしたけれど


目の前で切り結んだ故に飛び散った火花に、ごめんね。


返事をするだけの余裕はなかったよ





繰り返すとでも言いたいのか

あの日の…悲劇を






状況は、ちょっと良く分かってない

でも確実に言えることが…一つだけある


それは…結香姉ぇを守らなくちゃってこと


ただただ、それだけ。






「ガハッ…!、げほっげほっ」

目には見えたんだ。黒い衝撃波みたいなヤツ。
波紋みたいにすっげぇ速さで向かってくると思ったら、
俺たちの体は勢い良く吹っ飛ばされていた
瓦礫に突っ込んで沈んだ体をなんとか持ち上げる
慌てて周りを見渡せば、遠くの方に俺と同じように吹っ飛ばされた三蔵たち

鳴り響く金属音は目じゃ捉えきれないほど速くて。

結香姉ぇが叫んだ、鵺って名前。

息もつけないくらい速い斬撃を、結香姉ぇが必死に受け止めて反撃している

でも、このままじゃ…!!


「くっそ…! どーなってやがんだ一体ッ」
「はぁはぁ…分かりません…ただ、結香は知っているみたいですね」
「悟浄!八戒!大丈夫かっ!?」
「なんとかなッ、それより結香を助けねえと!」
「俺たちが知りえねえ存在ってことは…恐らく天界繋がりだろうな」
「三蔵!」
「お互いボロボロですね」
「…あんなバカでかい妖気は…初めてだ」
「結香…ッ」

見えない剣筋、かわせているのかも分からない攻防戦
まるで…闘ったことがあるかのような結香姉ぇの動きが、必死に敵に食らいつこうとしているように見えたんだ

この距離じゃ会話だって聞こえない。
結香姉ぇの強さは知ってるよ。
すっごく強いってこと、知ってるよ。
でも…今までの敵とは何かが違うアイツは…結香姉ぇを惑わせている

「…ッ…?」

ふと脳裏を掠めたのは、黒くて太い線が乱雑に入り乱れた映像で

それが誰なのかも…何を話しているのかも、分からない

でも、どうしてだろう


とてもとても…懐かしいと思ってしまったんだ―――…



「悟浄!どこに行くんですかっ」
「決まってンだろ!!結香を助けにいくんだよッ!!悟空っ、お前も来い!!」
「お、おう!」


知らない筈なのに、知っているような感覚。
鵺って言葉が頭の中をぐるぐると回り続けていた






どうして、とか
なんでここに、とか。

矢継ぎ早に浮かんでは消えていく疑問は、鋭く襲いかかる剣撃に言葉に成ることはなくて
目の前の存在を受け入れられずにいる

「キミ…こんなに弱かったっけ」
『…っうるさい』
「ああ…”今”は生身のニンゲンだからかな」
『そういうあなたは随分と様変わりしたようだけどっ』
「キミにはそう見えるんだね」
『?!』

大きく伸びた、鋭利な爪。
まるで大剣かのように太くいソレは、”相変わらず”厄介だ
切り裂かれた場所に生まれた裂傷の数々
純粋な殺気だけの攻撃は甘くない
修復を繰り返すこの身は確かにあの時とは違うけど
それでも。宿す記憶は同じものだ。

…悟浄たちは無事だろうか
巻き込んでしまった。私の過去に。
どうか眠る悟空の記憶に引き金を与えないで
忘れているんだよ、今は、まだ
悲しみも喜びも…優しさも、愛しささえも

「変わらないんだね」
『!』

大きく振り下ろされた重たい一撃。悪寒が背筋を走る刹那に大きく飛び退けば、直撃した大地がまるで皿のように粉砕されていて

『…どうして』
「…」
『あなたの存在まで、この世に現れた』
「キミは知っているハズだよ」
『…』
「繋がっていたんだろう?あの時から、今世へ」
『同じだとでも言いたいの』
「不公平だからね!”僕たち”だけが繋がっていないのは」

両手を広げて、無邪気に笑うその姿は。
子供ゆえの純粋な残虐さを滲み出す

希望の種を…託して散った。
またいつか、花開いてくれることを信じて

繋ぐことの意味を、そして大切さを
私たちは全身全霊を賭して知ったから

『光が繋がっていたように、闇もまた繋がっていたと』
「答えを求めて何になるの」
『…』
「ボクとキミは答えなんかには一生辿り着けない存在なのに」
『なまじ知識が増えて小難しい正論までたたき出すようになったね』
「ボクの成長スピードはキミとリンクしているのさ」

ああ嫌だ。
いつまでも、いつになっても。
光と闇は断ち切れないのだから
500年の時を経て…半身が蘇る
あの頃とは比べ物にならないほど大きくて深い闇を持て余しながら

『まったく嬉しくない情報どうもありがとう』
「喜べばいいのに」
『誰が』
「どうせボクとキミは、繋がっているんだから」
『…』
「だからこそ…ボクは此処にいるんだよ」

姿形は違えども、宿すものは同じだから。
天一として行きたあの頃…産み落とされた私と対なる存在
母神の力を受け継いだ私と人の力を受け継いだ鵺
…そして、今を生きる私は…人間だ。

同じだと言うのなら。

「殺しても死なない存在が欲しかったんだ」
『…』
「あの頃のボクは」
『…そうだったね』
「でも今は違う」

揺れる、揺れる、大きな闇
底知れない大きな歪みはすべてを呑み込もうとするから
刺し殺す勢いで伸びてきた2本の太い爪
それらが狙うのは十中八九、心臓と頭部の二つで
殺しても死なない存在が欲しかった、あの日のキミ

「もっと単純なことだったんだ」
『…どういう意味』
「簡単だよ。要は、”殺してもいい存在”を見つければいいんだ」
『随分とシンプルな答えだね』

あの日に埋もれたままの慟哭。


狙いが私なら、それでいい
彼らにその切っ先を向けなければそれで


…って、思ってたのに。


「こンのクソガキッ!人の女に手ェ出してんじゃねえよっ!!」
『!』
「結香姉ぇに触んなッ!!」
『悟浄、悟空!』

吹き抜ける風のように眼前に滑り込んで来た、見慣れた2つの大切な色。
それぞれの武器で防いだ重い一撃に、鵺の眼が僅かに見開かれる。
まるで、意外だとでも言うように
飛び散った火花と立ちはだかる2つの背中

違うんだ。あの時とは。


そうしたらさっ、―――のことも俺が守ってあげるな!


記憶の中のキミは、そう言って笑ってくれていた

当たり前のように思い描いていたその未来に、私の存在も描いてくれていたね


「3人とも!よけて下さいっ!!」


離れた場所から飛んだ叫び声。
理解する前に反応する私たちが、それぞれ大きく飛び退いた視線の先。
放たれた強い光は八戒が放ったもので
並大抵の妖怪なら一瞬で消し炭になるものだけど、なんというか。
そこはさすが鵺というべきだろう

いとも簡単に片手で防ぐけど、予想していた三蔵の銃撃が更に襲いかかる

「ああ…そっか」
「!」
「”今は”キミが銃なんだね」
「…どういう意味だ」
「本人に聞いてごらん」
「やっぱり銃も効きませんか」
「お前の気功も意味ねえみたいだし?」
「困りましたねぇ。どうします?」
「ブッ飛ばァーす!!結香姉ぇ襲うなんて許さない」
「ドーカン。綺麗な刺身にしてやるよ」
「その前に蜂の巣だろ」

いつの間にか、集う光。
向けられる4つの背中は、鵺と私を遮るかのようで
懐かしいねなんてその眼を細めるから、睨みつけてやった
もう一度銀花を握り締めて対峙する
殺してもいい存在を、求めているのなら
向けられる憎悪は私だけでいいのに

彼らとは違う存在だったんだ。私たちは、ずっと。

「んで?」
『…ん』
「あのクソガキは結香の知り合いかなんかかよ」
『出来ればあんな我が儘な身内は御免被りたい』
「躾のし直しが必要そうですもんねぇ、彼」
「俺のほーがよっぽど利口だよな!」
「ハッ!そりゃどうだかな」
「なんだとうっ!」
『悟空の方がいい子だよ…昔から、ね』
「ってーことは。やっぱ天界絡みか」
「結香姉ぇ、さっき言ってたよな。アイツは結香姉ぇの半身なんだって」
『…』
「姉弟…ということですか?」
『厳密にいえばそうなるのかもね』
「うざってぇからハッキリしやがれ。今さら下手に隠すとお前から蜂の巣にするぞ」
『横暴。』

この世に存在するすべてのモノは、どんなものでも対となって成り立っている

光と闇、太陽と月、愛情と憎悪…そして、再生と破壊

もっとたくさん、あるんだろうけど。

私と鵺は確実に対なる存在だ

神とも妖ともつかない鵺と、私は。

力がどちらの方へ向いていたのかが違うだけで、混血児であることには変わりはなかったのだから。

『…アレは、鵺』
「ぬえ…ですか?」
『そう。当時の私が再生を司る者だとして、鵺は破壊を司る者』
「鵺…」
『……悟空のことも、知ってるよ』
「え?」
『でも、ごめんね。私からはまだ…何も言えないんだ』
「結香姉ぇ…」
「問題はアイツの目的がなんなのかだ」
『それは…多分、私』
「でしょうね。初めから結香狙いでしたから」
『出来ればもう相手はしたくなかったけどね』
「昔闘ったことあったのか」
『…』
「だから結香姉ぇ、コイツの攻撃が分かったんだ」

繋がっているのだと言っていた。
私と鵺は、まだ
その言葉が指す意味は宿す魂が同じだということで
六花として生きてきたあの頃のモノが、人の身として生まれた私に宿っているのだと

「作戦会議はおしまい?」
「おーおー。てめぇなんかにゃ作戦なんざ通用しねえだろどうせ」
「さあ?それはやってみなくちゃ分からないよ」
「か弱い女性を狙うのは感心しませんね」
「…ソレがか弱い部類に入るとは思えないけど」
『なんか性格まで変わっている気がして腹立つね』
「勝手にやってろ」
「お前…なんでココにいるんだよっ」
「気配は感じていたからね。ここで暴れれば会えると思ったんだ」
『そんな理由で街を破壊していたの』
「立派な理由だよ」
「腐ってンな…なんの罪もねぇ人間襲って立派な理由だと?」
「人間が妖怪を襲うのも、妖怪が人間を襲うのも…対して変わりはないと思うけど。ねぇ?天一」
『―――…その名前で呼ばないで』
「守りたいものは変わっていないんだね」
『…?』
「知ってるよ。その子供」
「…俺のこと?」
「やっぱりあの時に殺しておけば良かった」
『うるさい』

黙れ、黙れ。
何も知りはしなくせに
この子の笑顔がどれほど尊いものなのか
思い描いていた未來が…どれほど光り輝いた優しいものだったのかも
奪う事だけしか頭にない連中に奪われた大切な未来
出来れば叶えてあげたかったと願った、私たちの想いでさえ

右手が向けられる。
構える彼らは、分からない。
そこから放たれるものの衝撃を

腹立たしい。本当に。
出来れば今すぐにでもその存在を消したいって思うのに
上手く事が運ばないのはいつだって同じなんだと


「キミの周りには、いつだって光しか集わない」
『大切なことがなんなのかを知っているから』
「じゃあその大切な人が死んだら…今度はどうなるのかな?」
『そんなことになるなら、あなたを道連れに地獄にでも落ちようか』
「オイコラ」
『…、真面目な話してるのに小突かないでよ』
「バカなことぬかすからだろ。だァれが死なせるかっつーの」
『…』
「5人もいれば、どうにかなりますよ」
「これ以上暴れられても迷惑なんだよ。姉弟喧嘩はよそでやれってんだ」
『あんな手のかかる弟は遠慮する』
「結香姉ぇの弟は俺だけでジューブン!」
『ほんとだよ。悟空の方が絶対可愛い』

右手に創られる暗い色をした大きな球体
放たれるだろうソレが齎す被害は絶大
避ける気も逃げる気もない彼らはなにを考えているのやら
街一つ消えたっておかしくないんじゃないか、アレ
本当に…厄介で面倒だ
あれがすべて人が宿す負の存在だとは思いたくないけれど

人は感情を持つ分、他の生き物とは異なるから。
…妖怪もそれは同じだけれど

『逃げないの』
「逆に聞くが、逃げてどうにかなんのか」
『命だけは助かるかもしれないよ』
「それなら全員で逃げてみます?」
「それこそ今さらだろ。敵はヤル気満々だぜ?」
「結香姉ぇが逃げないなら、俺たちだって逃げたりしないよ」
『…まるで一蓮托生』
「言っただろ。記憶が戻った後でも、前でも…お前の傍に居ンのは"俺ら"だってな」
『―――…懐かしいね』
「ああほら、とうとう放たれちゃいましたよ。あの大きな衝撃波」
「すっげえ!デケェ!!」
『呑気だなぁ』
「人の事言えんだろ」

ジャラリと音を響かせて広げたのは、500年も前から続く曰くつきの代物で。
確かあの時も…コレで防いでいたんだっけ
まだ幼かった命を守ろうとしてくれた、大切な人たちを。
その大きさは約1m
同じように防げるなんて保証はどこにもない
でも、それでも
誰一人として逃げることをしなかった今は…やっぱり

あの時と同じなんだなぁって思ってしまうんだよ。



『ケガしても知らないからね』
「任しとけって。しっかり支えてやるよ」



対峙するのは、500年前の過去

守りたい者も傍に居てくれる存在も変わらない、今の私は

叶えることが出来なかったあの日の未來を守るために





「少しくらい楽しませてね」




嘲笑うかのように細められた眼に、握る銀花に力を込めた









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