無秩序な世界 | ナノ



交わったミチが、目には見えない緩慢な動きで捻じ曲がる

捉える事のできない流れは

いったい…何処へと辿り着くのだろうか。







「結香姉ぇー、ソッチあった?」
『食べられそうな実はいくつかね。悟空はどう?』
「ん。なんか見たことあるよーなモンならあった!」
『…食べられるものにしてね』

あれからまた、山を走り続けた。
見渡す限り濃い色を宿す葉が生い茂る森の中、私と悟空は食料を見つける為に散策中だ
木の実や果物を見つければそれを採って後方を探す悟空を振り返る。その手には明らかに食材には適さぬであろう色合いをしたキノコが握られていて。食えるかな?と首を傾げるから慌てて止めておいた
…お腹を壊すどころの騒ぎじゃなくなるよ
悟空が集めてきた摩訶不思議な食物を選別して、食べられそうなものだけ彼らの元へと持ち帰る

飲水を探しに出かけた悟浄と八戒は、もう戻ってきてるだろうか。山に入ってだいぶ経つが、そろそろ次の村に着いてくれないと悟空が餓死してしまう。
今ですら盛大な音を鳴らして腹へったと訴えているのだから

『…早く次の村に着くといいね』
「俺…もうマジで餓死しそう」
『果物たくさん採れたから後で食べよう』
「久しぶりに肉が食いたい…」
『 食べ盛りだもんね』
「結香姉ぇ腹すかねぇの?」
『果物や木の実も食べてたし…うん、そんなに空いてはいないかな』
「ホント…結香姉ぇ低燃費すぎ」
『世の中の女性の大半はこんなものだよ』
「いやいわ、それ、絶対違うって」
「おや。戻ってきましたね」
「なんか食いモンあったかー?」
『果物と木の実ならいくつか見つけたよ』
「猪でもいりゃいいんだがな」
「肉食いてぇよなあ…」
「捌けるのなんて三蔵くらいですよ。アレは流石に驚きましたけど」
『意外とサバイバルに慣れてるよね』
「どー頑張っても坊主には見えねえよなコイツ」

それは同感。
初対面で一体何人の人々が三蔵を見て坊主だと答えるのか。
まぁ…経文を持ってる時点で分かることなんだけど。
私が生きてきた世界のとはまるで違う
坊主のイメージを根本から覆すような男なのだ、三蔵は
加えてサバイバルに長けているとなれば…最早どこからつっこんだら良いのかも分からない

ギャアギャアといつものように始まる赤と紫の口論。そんな二人など気にもせずに採ってきた木の実にかぶりつく悟空は八戒と一緒に食事中。
…ほんと、自由だよなぁ、なんて。
胸元から取り出したノアールに火を灯して吐きだすけど、いつも通りかと内心で笑った

そうだ。これが彼らの”らしさ”なのだ。
心地良く感じている私もまた…然り

『喧嘩するのはいいけど、大概にしないと悟空に全部食料食べられるよ』
「あっ、こンのバカ猿!!一人で食い尽くしてんじゃねーよッ!!」
「悟浄が食わねえのが悪いんだろ!結香姉ぇだって八戒だって、ちゃんと食ってるっての!」
「正論ですねぇ。くだらない争いに時間かけるよりも、空腹を満たすことの方が先決ですよ」
「チッ…コイツに構ってるとロクなことがねぇ」
『よく毎回飽きないよね』
「ライター借せ」
『…人の話聞いてない 』
「…、フ―――…そんなもんお前も大して変わらんだろ」
『……まぁ、そうなんだけどさ』
「つか、お前ちゃんと食ったのかよ」
『悟浄が喧嘩してる間に食べてた』
「とはいっても…木の実だけじゃ物足りませんよねぇ、やっぱり」
「肉食いてぇよ肉!!」
「次の村までどのくらいかかるんだ」
「さぁ…なんとも言えませんが、それ程遠くはないはずですよ?この地図が合ってればの話ですけど」
「いい加減山ばっかりなのも飽きたしな。なんつってもケツが痛くてしょーがねぇ」
「景色も緑ばっかだしなー…肉が食べたい…」
「文句ばっか言ってんじゃねえよ動物コンビ」

ふわり、ふわり。
3本の白が昇る様を見つめながら、考える…思い出す
私が知る残り僅かなこの先を。
何があっても防ぎたいと願う、あの日…あの瞬間の風景
…鴉の好きにはさせてやらない
鋭く襲い来る嘴など、へし折ってやる勢いで。

『そろそろ出ようか。じゃないと、また野宿になりそうだ』
「ですね。一応空腹も満たしたことですし?」
「木の実じゃ腹いっぱいになんねぇよなぁ…」
「今にも泣き出しそうな猿が一匹、ってか」
『悟空の為にも今日中には到着したい』
「今にも餓死しそうだもんなコイツ」
「うるせえからそのまま放っておけ」
「え…それだと余計に悪化しますよ」

走り出したジープが風を切る。
色とりどりの糸が舞う中で、昇る白煙が三つ
辿り着く先…流れゆく場所
朧げな記憶が意味するものとは一体何なのか
霞がかるように不透明なそれでも彼らはいいのだと笑う
座席に頭を乗せて、嘗ての彼が気紛れ美人と例えたそれを見上げた
あの頃には見ることのない色合いをした広大な空
雲一つない快晴は長距離を走るにはうってつけで

吐き出した紫煙が一瞬で風に掻き消される。
人生は煙草の煙と同じだと…あの人が言っていた言葉が、どうしてか。

今になってふと脳裏を掠めていったんだ。

「おーい。」
『ん?』
「生きてんのかよ」
『一応これでも心臓は動いてるよ』
「んじゃ、いい加減意識もコッチに戻せっつーの」
『…そんなにボーっとしてたの』
「隣見てみ」
『…?』
「……」
『…、どうして悟空がそんなカオしてるの』
「だって…結香姉ぇ、またなんか考え込んでんだもん」
『…』
「結香姉ぇが"そーゆうカオ"する時って絶対俺らのことじゃん」
『だんだん鋭くなるね、悟空は』
「はぐらかすの禁止!」
『ちゃんと答えたよ』

ムスッと小さな頬を膨らませる様子に少しだけ微笑ってから、視線を上げた。
ミラー越しに映るのは苦笑する緑と不服そうな紫
当然、彼も似たような反応をするのでなんだか可笑しくて笑いたくなる
隠しているつもりは、もう、ない。
夢の終わりが近いこと…キミたちには話したよね

それでも。

記憶に焼き付いたあの瞬間のこと

それから辿る彼らの道は…伝えることは出来ないけれど。

看届けると決めたあの日の想いも、救いたいと願ったことも


嘘ではない、偽りでもない。


「まだなんかあるのか」
『さあね。いつの記憶かも分からないんじゃ、答えようがないよ』
「んなこと言って、どうせ結香の事だ。ある程度は理解出来てンだろ、どーせ」
『ふふ…そんなに不貞腐れないで欲しいな』
「否定はしない、と」
『敏感になりすぎるのも問題だね』
「そう思うんでしたら、きちんと教えてくださいね」
『その時がきたら伝えるよ。…きっともう、長くはもたないだろうから』
「結香姉ぇがケガさえしなけりゃ他はどーでもいいよっ」
「てめェにケガされちゃいい迷惑だ」
『はいはい、気を付けるよ』

片手を振って、苦笑する。
納得はしなくても分かっているから。
彼らもそれ以上は追及してこない
…優しすぎるよね、本当に。
嘘を重ね続けた私をまだ…守ろうとしてくれるなんて

守りたいと思えば思うほど、守られているような気がしてならないのに。

変わり続けた過去が未来にどう影響するかは分からない

この先で起きる出来事が記憶と重なるのかも…もう、定かではないのだから


「ああほら、話してる間に見えてきましたよ」
「メシッ!!」
「切り替え早すぎンだろ。なんなのコイツ」
『いいじゃない。お腹空いてるんだから』
「…」
『村に入ってみないと、私にも分からないよ』

向けられた紅に肩を竦めれば長く嘆息されて。
わしゃわしゃと乱雑に髪を撫でまわすもんだから、余計にぐしゃぐしゃだ。せめて撫でるだけにしてくれればいいのに
それでも、これが彼なりの妥協だと分かるから意を唱えることなんてしないけれど
靡く綺麗な深紅を見つめては、そっと眼を閉じる
いつか来るであろう、その時を思いながら…







嘘ではないよと、静かに瞳を閉じるその様が。


「久々のまともなメシーッ!!!」
「あはは。やっぱり野宿続きだと栄養も取りにくいですからねぇ」
「そんなことより、生一つ追加だ」
「んじゃ、俺も」

辿りついた村はそれなりに活気づいていて。
一直線に飯屋までダッシュした猿に呆れ顔のままついてくれば、彼女は途中見付けた銭湯に寄ってから行くと言い出して。
店の場所だけ教えて今に至る訳なんだが…この村でまた何かがあるのだろう。俺たちには見えない何かの影
夢の続きが終わりに近いのだと、まるで悔やむように教えてくれた時の表情が脳裏を過ぎた

傷つけたくないといつも思うのに、どうしたってうまくいかねえンだよな

「タバコの灰」
「あ?」
「また考え事に夢中になって…落として火傷しても知りませんよ」
「…玄人を舐めんなっつーの」
「そんな事で玄人発言されましてもねぇ」
「コンニャロ」
「考えるだけムダだろうが。アイツの場合は特にな」
「分かってンだよそんなこたぁ…それでも、考えちまうじゃねえか」
「…フン」
「こういうのを、歯痒いと言うんでしょうか」
「…」
「知っているようで知らない事、僕たちはまだまだ多いですからね」

もくもくとメシを運ぶ悟空の眦が、下がり気味になる。
肌で感じ取る部分が多いコイツは何を想うのか

そこからの続きは、悟空と一緒に看ようか

そう言われた、コイツは。





『あ、いた』
「結香姉ぇ!」
「随分と早ぇじゃねーの」
『あんまり待たせると後が怖そうだからね』
「ゆっくり出来ましたか?」
『お蔭様で。ほぼ貸し切り状態だったよ』
「すみません、このところずっと野宿続きで」
『八戒のせいじゃないし、私ももう慣れてるからいいよ』

しっとりと濡れたままの髪を無造作に流したままの様子に苦笑する。コイツ、風邪引くからちゃんと乾かせつった俺の言葉忘れてンだろ、絶対
嬉しそうな笑みの悟空に袖を掴まれて席についたところで、首にかけたままのタオルを引き抜いてやった
そうすれば当たり前のように背を向けてくるモンだからまた笑う
自分でやるつもりねえな

「お前ね、髪の毛ぐらい乾かせっつっただろーが」
『これでも急いで来たんだよ。だから大目に見て欲しい』
「風邪引いても知らねえぞ」
『そこまでヤワじゃないよ』
「ガキじゃねえんだ。テメェのことぐらいテメェで出来ねえのか」
「おや。毎朝起きてくる度に僕にお茶の催促する人のセリフとは思えませんね?」
「…」
「俺らの中だと、絶対結香姉ぇが一番しっかりしてると思う」
「そこは否めません」
『これでも大分甘えてると思うんだけど』
「ま、結香ならいつでも大歓迎だけどな。ほらよ、こんなもんでいいだろ」
『ありがとう』
「後でちゃんと乾かせよ」
『ほっといてもこの長さならすぐに乾くよ』
「お前ね、俺の話し聞いてた?」
『悟浄は過保護』

向き直って、苦笑する。
さっそく注文した料理をズラリと結香の前に並べる悟空は、どれも少量のものを用意していて。抜かりねえなといつも思う
結香も悟空に言われりゃある程度は食うようになったしな
揃ったところで食事を再開すれば、自然と話題に上がるのはこれからのこと
何かが起きるであろうこの町で…彼女の愁いが少しでも少なくなればいいのに

賑わいを増していく店内。次々と来店する客に走り回る店の者
飛び交うオーダーの声をなんとなく拾っていれば、頬杖ついた結香が何かを見つけてその漆を僅かに細めたんだ
哀愁のような、怒りのような。
複雑な色を宿した…そんな眼差しで

「…」
「さて。三蔵、これからどうします?」
「今夜はこの村に泊まる。明日の朝にでも出れば良いだろう」
「そうですね。少しは僕らも体を休めておかないと、どうせまた敵に襲撃されるハメになるんでしょうし」
「おー。んじゃ、今夜は飲みたい放題ってか」
『悟浄はいつでも飲んでるでしょ』
「飲む量が違うだろ、ちゃんと」
『二日酔いには要注意、だね』
「ってことは、今夜は美味いメシも食い放題!?」
「悟空…テメェはほんとソレしかねえのか」
「だって!!美味いメシなんかそんなしょっちゅう食えねーんだもんっ」
『悟空にとってはそれが一番の問題だもんね』
「そーゆーコト!だから、結香姉ぇもちゃんと食べような?」
『ん。食べてるよ』
「スープも頼んでおいたから、ちゃんと飲んで体温めないと!」
「それにしても、いつの間にか立場が逆転してますねぇ」
『悟空の方がお母さんみたいだよね』
「俺がガキの頃に結香姉ぇがしてくれてたコト!だから、今度は俺がやる番」
『お世話になります』
「お待たせ致しました!ご注文の中華スープでございます!」

何を見つけたのかを探る前に、答えは目の前にやってきていたのだけれど。

それは…いつか見た、金色の瞳

結香が初めて揺れ動いた切欠を生み出した、あの男の仕業


『―――…ありがとう』


気が付いた三蔵と八戒が、視線を合わせる。

目の前に置かれた温かなスープを見つめて、結香が静かにその瞳を閉じた





金色の瞳…それは、

一度死んで蘇った者の証。

妖怪に殺された者が持つ、小さな戒めなのだ




「…とりあえず、今晩とまる宿を探しましょう」
「おーよ。猿も満腹になったみてぇだし?」
「だァれが猿だこのエロ河童!!」
『これだけ活気に満ちた町なら、宿もすぐに見つかりそうだね』
「問題は部屋が空いてるかどうかだがな」
『三蔵悪運しか強くないから微妙』
「てめぇに言われたくねえ」

悟空は、気づいていない。
支払を済ませて暖簾を潜った先には、微かに紅に染まりゆく空が見えて
吹き抜ける風が隣を歩く結香の髪を靡かせる
レンズ越しにその瞳を細めて行きかう人々を見つめるその想いは、揺らぐなにかを引き起こすのでしょうか
終わりが近いと話してくれた…分からないことが怖いのだと

それでも、僕たちは。

「なあなあ結香姉ぇ!」
『ん』
「晩飯なに食いたい?」
『…、一応今さっき食べたばかりだと思うんだけどな』
「腹なんかスグすいちゃうじゃん?この辺でウマい飯って言ったらなんだろなぁー」
「悟空の胃袋は本当に無限大ですねぇ」
『その細い体のどこに入るのかちょっと本気で気になる』

歩きだした、賑やかな大通り。
並んで歩くのは、僕と悟空と結香の三人で。
少し後ろを三蔵と悟浄が続く
…これもなんだか珍しい気がしますけど
まだまだ浅黄色の割合が勝つ時間帯
上機嫌な悟空の言葉に柔らかな微笑を浮かべて相槌を打つ彼女をそっと見下ろす。
優しい優しいこの人は、いったいどれほどのものを抱えて今まで生きているのか

初めのころと比べれば、確かにその想いを口に出して伝えてくれるようになったけれど。
悟浄に伝えることの方が、きっと多いのだろうけど
行きかう人々の中にあの色を見つけるたび、微かに揺らぐ漆の瞳
初めて鋭く尖ったあの感情を垣間見たあの夜
まるで泣いているかのように歪んだ表情は…きっと、大きな意味を秘めているのだろう

「あ。見つけましたよ、宿」
『宿屋、月の光…』
「入ってみよーぜ!」
「月の光とは、なんとも風情のある名前ですねぇ」
『悟浄、三蔵、見つけたよ』
「泊まれりゃどこだって良い」
『あとは全室禁煙じゃないことを願うだけだね』
「ま、それでも吸えるっちゃあ吸えるけどな」
『それは宿側に迷惑かかるからダメ』
「へーい」
「ごめんください」
「あら、いらっしゃいませ」
「すみません、部屋はまだ空いていますでしょうか」

語られることのない彼女が抱く大きな過去と、時折垣間見える深い闇。埋もれてしまわないように、沈んでしまわないようにと
悟浄がずっと守り続けている、彼女の心を…
壊されてしまうようなことにならないよう
生きた者勝ちだとあの時笑って言ってくれた言葉が、ずっと胸の中で生き続けているから
同じように望むことだって間違いではないと思うわけです

そして、いま。

目の前で申し訳なさそうに眦を下げた女性の瞳の色が、微かに揺らいだ結香の瞳の意味を物語る。この人もまた…一度はその命を絶たれた存在
旅の途中で出会ったあの男が関わっているのだろう。それこそこの町全体に

「えっと…5名様でよろしいですか?」
「…はい。大部屋でもバラバラでも構わないんですが」
「すみません、いま開いているお部屋は3人部屋の一つしかなくて…」
「えっ、部屋空いてねえの!?」
「ごめんなさいね…ちょうど埋まってしまっていて」
『他に探してもたぶん似たような感じだと思う』
「マージでか」
「仕方ありませんよ。三蔵、3人部屋に5人でも構いませんね?」
「野宿よりかマシだろ」
「こりゃベッド争奪戦だな」
『私は別に床でもいいよ』
「却下。お前はベッドに決まってンだろ」
『…いつも思うけど、それってなんかズルい気がする』
「女が床なんかで寝るモンじゃねーの。体冷えたらどうすんだよ」
『過保護。』
「結香はベッド決定ですよ」
「トーゼン!!」
「じゃあ残りは俺に寄越せ」
「マジでお前なんなの」

名前を記入し終えたところで、手元を覗き込んだままだった悟空が思い出したように嬉々としてその顔を上げて尋ねる。いやあ、先ほどたくさん食べたというのにもう夕飯の心配ですか。呆れる悟浄の言葉に気にする風もなく聞きだす姿になんとなく彼女の方を盗み見れば…

『…』
「…今夜はちょっと手狭ですけど、全員同じ部屋ですよ」
『ん。その方が、いいよ』
「…そうですか」
『煙たくなったらごめん』
「あはは。今さらですよ、そんなのは。窓を開けておけば大丈夫ですし」
『換気扇あったらいいね』
「そうですねぇ」

ただジッと、瞳の色に気が付いた悟空を見つめていて。
凝視したまま不思議そうに首を傾げる悟空に、三蔵が声をかける
悟浄は…微動だにしない結香の頭を一度撫でながら案内を申し出てくれた女性の後をゆっくりと追いかける
さあ…これで全員。
この町の過去の異変に気が付きましたよ、結香
関わりが増えていく、知らなければならない事と共に

「行きましょう、結香」
『…そうだね。行こうか』

意味を知っている悟空が、不安げにその金晴眼を揺らしながら、彼女の手を握りしめた。





知らなきゃいけないこと、知らなくていいこと。

きっと結香姉ぇは優しすぎるから…抱え込んじゃうんだ


「思ったより広いじゃん、この部屋」
「これなら床で寝れますねぇ」
『思ったんだけど、この大きさならみんなベッドでも寝れるんじゃない』
「あ?」
『ベッドもそれなりに大きいから』
「なるほど…それなら、結香と悟浄は一緒だとして…寝相を考えると僕と三蔵が一緒に寝るのがベストですかねぇ」
「…」
「三蔵。そこで嫌そうなカオしないでください」
「チビは寝相最悪だもんな」
「悟浄だって似たようなもんじゃん!」
「バーカ。お前みたいに誰彼かまわず蹴っ飛ばしたりしねえっての!」
「…、うーん」
『でも私、悟空と一緒に寝た時に蹴られたことなんてないよ』
「それはお前だからだろ」
『そうなの』
「結香姉ぇが隣に寝てるときって、嬉しくてひっついて寝てたもんなぁ俺」
「まだ小さかったですしね。離れたくないって気持ちの方が強かったんじゃないですか?」

ふかふかなベッドに座って、窓を開ける結香姉ぇの背中を見つめる。みんなの様子を見てると、どうやら気づいていなかったのは俺だけっぽい
カチャって聞こえた耳慣れた音のあとに、昇った2つの白い煙
火、ちょうだいって悟浄に煙草を向けた結香姉ぇと、当たり前のように屈んで先っぽをくっつける悟浄。うん、見慣れた風景。
遅れて上った1つの煙が、追いかけるように昇っては消えていった

吹き込んでくる風は、生ぬるい。

だんだんと色が濃くなっていく大きな空と、遊んでるんだろう子供たちの声。

向かいのベッドに座った三蔵と、窓枠に寄りかかる結香姉ぇと悟浄。

そして、佇んだままの八戒


「…」

みんなの視線が、結香姉ぇに向けられていた


「…金色の目」
『…』
「俺は、さっき気づいたケド」
「この町に入ってから、確かにやたら見かけるよーになったよな」
「はい。それってつまり…」
「あの男も昔、この町に居たんだろ」

一度死んだ人を生き返らせることが出来る、ヘイゼル。
俺達が初めて会ったときは妖怪に殺されてしまった人たちを生き返らせていたんだ。
でも…結香姉ぇはずっと、苦しそうだった
生き返ることを前提に人は生きているわけではないんだよって
生かされ続ける姿は見ていたくはないからって
覆してはいけない絶対の理。
どんな状況でも、どんな条件でも。

失われた命はそこで終わりなのだと。

壊すと決めた結香姉ぇはきっと、その人の全てを背負うだけの覚悟を持っているんだ

妖怪に殺されてしまった人、事故や病気で死んじゃった人。

状況もぜんぶが違うけれど、それでも命そのものは同じだからって

そして、生まれ変わった人たちの瞳が宿すその色は…

『彼がこの町にいたのは間違いではないだろうね』
「っつーことは、ココも妖怪に襲われたってことか」
『死に繋がる原因がすべて妖怪だとは限らない』
「と、言うと…?」
『人は病気や事故にも適わないからね。この町を見る限り、妖怪に襲われたような痕跡は見当たらなかったから』
「結香姉ぇよく見てる…」
「それなら、流行病にやられたか」
『原因までは分からないけどね』
「なあ結香姉ぇ」
『どうしたの』
「金色の目…って、俺と同じ?」
『―――…』


考えたことが、無かったわけじゃないんだ。

僅かに見開かれた漆色が、切なげに細められるから


色の意味を、知っているのならば。

語られることのないその、事実はいったい


『…同じだけど、違うよ』
「…?」
『キミが持つその瞳はね、輝くために天がくれたんだよ』
「天が…輝くために…?」
『そう。だから、違うよ。』
「…」
『大丈夫。悟空は…大丈夫』

言い聞かせるように紡がれたその言葉は、まるで。
てめぇにも言い聞かせているようで
短くなった白。灯が消えかけるそれを見つめてはゆっくりと瞼を閉じる
鮮明にならないこの先を、コイツはどこまで感じ取っているのか
再び俺達の前に現れた金の瞳を持つ人間

世の理を覆すその力は、誰が、何を願って創り上げたものなのかは…分からずじまいだがな

「悟空、余計な詮索はするなよ」
「うん…」
「本人にとっちゃ思い出したくねえ記憶かもしれねえんだ」
「…分かってる」
「けどよ、この先どうなっちまうんだろうな」
『…』
「生き返った連中たちは」
「さぁ―――あまり深くは考えたくないですねぇ、正直。」
「憎しみに満ちた連中なら、どうなるかなんざ経験済みだろうが」
「うっわー、そういうコト言っちゃう?」
「結果は目に見えてるっつってんだ」
「…見た感じはぜんぜん普通なのになぁ」
『命の権限を問う権利は誰にもないってことなのかもね』

陽が、暮れる。
西の空を正面に見据えたこの部屋の窓からは、いつか見た大きな橙色
だんだんと暗い色をしたソレが浸食していくかのように。
沈む光に代わって望む光が照らし出す、時間帯。
彼女が抱えたものと同じ色をした空が覆い尽くす
…妙な胸騒ぎがするのは、いったい何故なのか
消し潰した先に広がる灰は増えていくばかりで、伸びていた白は透明になって消えていく

いつかの坊主が言ってたな…人生は煙草の煙と同じようなモンなのだと

「それで」
『…なあに』
「とぼけてんじぇねえよ。死んだ魚みてえなツラぶら下げてなに、じゃねえだろ」
『三蔵って本当に失礼だよね』
「お前にだけは言われたくねえ」
「夢の終わりが近いって、言ってたよなお前」
『…そうだね』
「その終わりというものが、貴女の表情を見る限りじゃそれほど遠い未来ではない気がするんですよ」
『そう思ってくれるのなら…全員、聞いて』
「結香…?」

同じように消し潰された白と、明確な意思を持った強い表情

それは…まるで何か大きなものを捨てる覚悟のようで

いままでのらりくらりと交わし続けてきた結香の、その、漆が。

見えない何かを捉えていたんだ


『誰一人として死にたくないと思うのなら、今夜は絶対にこの部屋から出てはいけないよ』


ずっと掴むことが出来ずにいた答えが、目の前に落とされる


『私はこの夜の為に今までずっと夢を追いかけ続けてきた』
「それは…どいうことだよ」
『天界で生きた"私"が夢みた物語、その記憶が遺してくれた大きな分岐点』
「今夜がその分かれ道…ということですか」
『宵闇に紛れ込んだ1羽の大鴉が、その嘴を開けて哭く前に』
「…!」
『私は悟空を、そしてキミたちを…壊さない為にこの世界へと戻ってきたんだよ』

結ばれていた一つの大切な結び目

壊される音、離れていく音、ぶつかり合う音、そして…そこから再び結ばれる音

意味のない音がこの世に存在するとは確かに思わないけれど。


変えると決めていた、必ず守ると決めていた。
あの夜の…あの瞬間だけは。


見つめ続ける正面にある大好きな金晴眼

大切で、愛おしくて、あの日何よりも守りたいと願ったキミの色


『手出しなんて絶対にさせないから、傷つかないで』
「結香、姉ぇ…?」
『もう2度とあんな想いも、壊れる音も聞かせないから…どうか笑ってて』
「ちょ、ちょっと待って…どういう意味…?」
『繋げられて託されて、守り通したその命はね。"私たち"にはとても大きな意味のある命なんだよ』


大きくなってね、大きくなったね。

また会えるからね、やっとまた会えたね。


色んな想いと願いが守り抜いたキミの存在は、今度は今の私が。


夢看た記憶にあるのは、大鴉に襲われるキミの血に濡れた姿

壊れる音と共に道を違えた彼らの旅路


そして…


深い森の中でその嘴を振るう、あの男の存在。


この町に入ってもずっと確かな確信は持てずにいたんだ

それでも見つけた金色の痕跡に、ああやはりそうなのかと確信した

恐らく時を置かずに彼とは再会するのだろう

きっと今もどこかで鴉はその眼を使い眺めているのだろう


"私"が存在していることが、大きな誤算であって欲しい。

捻じ曲げると決めていたのだ

例えその先の未來が、私自身が…どんなものになろうとも。



『…私はね、みんなが思っている程大人しい性格ではないんだよ』


エゴでごめんね。

自分勝手で、ごめんね。





向けられる4つの色を、正面から見据えた




「天界で生きたって話は…確かに前に聞いてたな」
『うん。昔、伝えたね』
「今の結香の話を聞く限りじゃ、俺にはこの猿と繋がりがあるよーに聞こえンだけど?」
『…悟空には伝えたことがあるけれど、私はどうして悟空があの山の頂上に居たのかを知っているから』
「!…当時の話を聞かせた覚えはねえぞ」
『だから言ったでしょう。私は、遠い昔…天界で生きていたのだと』
「それじゃあ…俺も、ってこと…?」
『…』
「沈黙は肯定、ですね」
『それでも、今を生きるのはキミたちだ』
「そういうことなら、過去に生きた俺らは誰なんだってなるぜ?」
『…過去は今に繋がっているよ。ちゃんとね。キミたちが今この場にいることがなによりの証拠だから』
「結香姉ぇには…昔の記憶があるんだ」
『…』
「俺が覚えていないことも、知ってるんだ…だからずっと、苦しいの?」
『違うよ。それは、違うんだ』

あの日々を生きてきた天一の存在は異端として疎まれるだけの存在だった。
それでも、彼らと…そして悟空と出逢って変わったんだ
生きる意味も、生きたいと願う理由も、守りたいと思える存在にも出会えたあの時の私が…どんなに嬉しかったか
夢看た記憶が曖昧になってしまい始めても、過去の記憶はどれも鮮明に遺されている

魂に刻まれた記憶は、決して消えることはないというのなら

いつの日か、きっと。

キミも思い出してしまうのかもしれないね。


守れなくてごめんねと、伝えることができるのなら。


思い出して欲しくないと願う気持ちと真逆な想いが葛藤するよ


『その私が遺してくれた最大の分岐点が、今夜』
「…大鴉が哭く前にと言ったな」
『そう』
「大鴉って…あの太陽の黒点に住んでいると言われる妖のことですか?」
『闇を纏いしその大鴉は…、この話を口に出している時点で既に未來は代わってしまっている』
「変えてえんだろ」
『…うん』
「今までずっと変えることを良しとしなかったお前が、こうも自分から語りだしたんだ。それなりの理由も意味もあるんだろ」
『エゴでしかないけどね』
「それでも、貴女はそれを強く望んでいる…違いますか?」
『…私が戻ってこれたのは、きっと、約束を守りたいと願っていたから』
「そうなのであれば、望んでください。強く。自分の想いを強く口に出さない結香が、唯一強く願うのが今回の件であるならば」
『八戒…』
「僕らはたとえ這いつくばってでもそれを叶えたいと思うんですよ」
「結香姉ぇの願いは、俺たちの願いだから!」
「好きに生きろっつったしな。ああしてえこうしてえって、口に出せ」
『…ありがとう』

長い永い、終わりの見えない時を生きてきたキミだから

終わりを受け入れる、キミだからこそ。

まだだよって、繋ぎたいと願うんだ



完全に覆い尽くした漆色

そして今夜は…満月。






遠くの方で、烏が鳴いた

















知ってるかい?


光が光へと繋がっているように、闇も闇へと繋がっていることを…ね














ドロリとした闇が、蠢いた夜







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