無秩序な世界 | ナノ



最近になって、一つ、思うことがある。


「おや。珍しいですね、あなたが早起きなんて」
「…おー、ハヨ」
「おはようございます。眠れなかったんですか?」
「まァな。どっかの猿の鼾がうるさくて」
「あはは、それはお互い様でしょう」
「結香は風呂か」
「はい。昨日は宿でゆっくり出来る時間もありませんでしたからね」
「ホント風呂好きだよなァ結香」
「女性ですから。野宿になってしまえばお風呂も入れませんし」
「三蔵と悟空はまだ寝てンのか」
「もう爆睡ですよ」

あれから追い出されるように出発した村から数キロ離れた町の宿。
運良くとれた宿のロビー、早朝ということもあって誰もいない。最高に低血圧な坊主と成長期真っ盛りな猿は、こんな時間に起きてくることはまずねえよな。
ガランとしたそこを一瞥して、向かいに座る八戒の気配を感じ取る

ごめんねと。彼女が悟空に抱くその罪の意識は…一体なんなのだろうか

あの時の怒りの真意は…どこにあるのだろう


「…」
「結香のことですね」
「お前さ、考えたことあるか」
「?、何をですか」
「俺たちの未來を知ってるっつう、結香が持つ"記憶"について」
「…それは、僕らの"いつの未來"まで知っているのか、ということですか」
「ご名答。物わかりがいいって便利だな」
「正直なところ、深く考えたことはありませんでしたね。本人に問いかけてみたとして、素直に答えてくれるとは思えませんから」
「だよなぁ…」
「それがどうしたんですか」
「…」

吐き出して、見上げて、見下ろされて。
昇る先はどこだろうねと。
いつだったかぼやいていた彼女の言葉が木霊する
いつからの過去を、いつまでの未來を
彼女はその身に背負っているのだろうか。

好きに生きればいいと、そう伝えたのも本心であり願いでもあるのは確かだ
今を生きるのは結香なのだからと
戸惑うその手を何度引き寄せたかもわからねえ
けれど。俺たちが思っている以上に、未来を知っているということはそんな単純なものではないのかもしれないと
あの男と関わるようになってから見せる片鱗に、なにか、深く大きな悲しみが隠されているような気がするのだ

「…」
「悟浄?」
「妙な胸騒ぎがするんだよ」
「…それは、あまり嬉しくないですね」
「ぜんっぜん嬉しくねーよ」

出来ることなら、早く日常に戻ってくれたらいい
あの男を見つめる瞳の中に、今までみたことが無かった感情の色が混ざっているから
見つめるその横顔が…揺らいでいるのが分かってしまったから

悟空と三蔵から目を離すなと。
あの日伝えられた彼女からの言葉
それを叶えることと今のこの現状が繋がっているのだとしたら…
目を離してはならないのは、恐らく彼女自身なのではないだろうか
先の見えない俺たちを導くのはいつだって結香だった
それはきっとこの先も変わることはないのだろう

変えることは、良しとしないのだろう

『こんな所でなにやってんの、二人とも』
「おはようございます。もういいんですか?」
「おはよう八戒。うん、もうお腹いっぱい」
「あははっ、なんですかそれ」
『こんな時間だからね、貸し切り状態だったよ』
「…」
『おや。なにか言いたげだね、悟浄』
「ハヨ」
『うん。おはよう』

濡れた髪を拭きながら歩いてくる結香の表情は、いつもと変わらない。
昨日に見せたあのカオには…感情には
なんの意味があったんだろう

「…」
『…ほんと…優しすぎるんだよ』
「それは…結香だからだと思いますよ」
『うん。きっと、そうなんだろうね』
「とりあえずお前はコッチ座れ。髪の毛ビショビショじゃねえか」
『あれ。拭いてくれるの』
「痛んでも知れねえぞー」
『だから、もうそろそろ切ろうかなって言った』
「あ。それは反対です」
『…八戒もか』
「だってこんなにも綺麗な黒髪なのに、勿体ないじゃないですか」
『洗うの面倒なんだよ』
「まだそんなに伸びてるわけでもねえだろうが」
『出逢った頃と比べたら伸びたよね』
「それは確かにそうですけど。切ったら悟空が泣きますよ?」
『…、なんで泣くの』
「さあ?」

複雑そうに眉根を寄せる結香の手を引いて目の前に座らせる。
被せられただけのバスタオルはその役目を全うしていないのだ
濡れたままの漆がとても重たいのだから
出来るだけ痛まぬように水分を拭き取っていけば、いつかのようにくすぐったいと肩を揺らして笑う結香
ちゃんと水分とってくださいねと、どっからかとってきた水は備え付けの給水器からだろう
どいつもこいつも、やっぱり、彼女には甘いんだななんて苦笑した

「それで?」
『んー?』
「貴女が身の内の抱えている"ソレ"は、まだ僕らには早いものなんですか」
『…最近さ、八戒の方が切り出すの早いね』
「悟浄がずっと迷ってますからね。こういう時は、僕の役目です」
「…」
『…さいですか』
「ええ。さいなんです」

ある程度拭き取れた水分。
バスタオルを外して見下ろせば、困ったように、微笑う結香。手串で整えるのには限界があるけれど、いつものように艶やかな漆と僅かに細められた同じ色
こういう時、ほんと、八戒の発言力には助かってンだよなぁ

俺自身に迷いが生じた時ほど、コイツは俺らの傍にいるような気がした

そして…それを何故か懐かしく思う自分がいるんだ

「ヘイゼル、つったっけか」
『うん。ヘイゼル・グローズ』
「一度死んだ人間を生き返らせることが出来る人物だと」
『そうだね』
「けれどそれは、ただ魂を移し替えているだけなのでしょう?」
『本人はそう言ってたね』
「お前が悟空に謝ってたのは…アイツの過去となんか関係あンのか」
『…』
「沈黙は肯定、ですね」
『二人の誘導尋問が怖い』
「あはははは」
『その清々しい笑顔はいったいなんでしょう』
「気にしたら負けですよ」
『じゃあやめとく』
「お前もホント負けず嫌いだよな」
『類は友を呼ぶっていうからさ』

立ち上がって、背を向けて、大きな窓から覗く青を見つめる
その小さな背中を見つめながら、八戒と視線を交わした
あの夜に見せた大きくて静かな怒りと、泣いているかのような謝罪の言葉
悟空の過去に関係があるというのなら、彼女が持つ前世の記憶とも関係してるんだろうなって。漠然としたことしかわからねえケド…なんとなく肌で感じる部分があったから

結香が一度たりとも語ろうとしないその"過去"に…いったいどれほどのものが詰め込まれているのか。いつまで…その記憶を背負い続けて生きるのかは

俺にだって分からねえ。

『…一度死んだ者を…きっと誰もが一度は生き返らせたいと、願う』
「…」
『それはきっと、人も、妖怪も…共通する願いなんだと思うよ』
「…そう、ですね」
『……正直ね。呑み込まれそうなんだ』
「「!」」
『だから、ヘイゼルの事は嫌いじゃないけれど近づきたくない』
「それは…お前が持つ記憶にか」
『…そうなんだろうね』


ああ…そうか。
そうだったのかと
一気に胸の内に落ちてきた答えに、煙草を押し潰した
過去の記憶を手にすると…あの日に告げた彼女を止めることはしなかったけど
結香の内には、"今"を生きる彼女自身の記憶と過去がある
それと同じように…遥か昔に生き抜いた"もう一人の自分”の記憶がるのだ
同じなようで、違う者
自分という存在がもう一人あるということは…

過去も未来も知っているということは

記憶と向き合うことだって、しなくちゃならねえんだ


だからこそ


こんなにも揺れ動いてしまう


「…後悔を、していませんか」
『…してないよ。それだけは、言い切れる』


振り向いた結香の表情。
差し込む朝日に照らされる黒が、何故か。
一瞬だけ白銀色に見えた気がしたのは…気のせいなんだろうか

時空を超えて、世界を超えて。
記憶を抱えて歩いて往くことは…彼女にとってどんな意味を齎すのだろう


「なァ、結香」
『なあに』
「最後に一つだけいか」
『どうぞ』
「お前は俺らが生きる未來の、どこまでを知ってるんだよ」


…それでも、最期はまだ、知らない


そう言っていたように。
俺たちが辿り着く最終を知らない彼女は、いつまでの未來を背負うのか
過去を背負うことだけは、もう変えてやることは出来ねえケド
それでも。
今を生きる俺らの未來を…いつかは背負わずにすむのなら
先を想って憂うことも少なくなるんじゃねえかって

そう思えて、仕方がない

『それはまた…難しい質問だね』
「その先を、自分の目で確かめたいのだと」
『…よく覚えてるね』
「俺らが結香の事で忘れることなんかねえっつうの」
『記憶力がいいのも問題だなぁ』
「忘れませんよ。それが貴女の願いならばなおのこと、ね」
「だな」

いつだって俺たちの事だけを考えて祈り、願う彼女が。
唯一強く願うことがそれだというのならば、叶えてやりたいと強く思う
そのためにも…
俺たちは誰一人欠けることなくこの旅を終わらせなくちゃなんねえんだからな。
いつか、きっと。
終わりが来るその日まで…

『…私が認る夢の続きは…まだもう少し先まで知っている』
「夢…?」
『そう、夢。私がもつあなた達の生きる未來は…昔、"私"が最期に看た夢物語。伝説が生んだ、始まりの物語だから』
「それは…初めて聞きました」
『初めて言ったからね。ちょうどいいかなって思ったんだ』
「「?」」
『盗み聞きとは趣味が悪いと思わない?』
「…別に好きで聞いてたわけじゃねえよ」
「結香姉ぇ…」
「!、三蔵に悟空まで…」
「うわ。気配に気づかなかったのはなんか癪だな」
『二人ともすごい集中してたもんね』

物陰から現われたのは部屋で寝てるだろうと思っていた二人。
舌打ちと共に乱雑にソファに身を沈める三蔵を追うようについてきた悟空だが、その表情は暗いもの
今までの話を聞いていたのかと思えばまぁ、分からなくもねえけどな
生死の問題が繋いだ、人間と妖怪の確執
そして彼女が抱える記憶の大きさと、改めて痛感するその意味と価値
ごめんねと。
泣きそうに謝罪を繰り返す結香に何も思わないほど、コイツは彼女に対して思い入れが弱いわけではないのだから
苦笑する結香が、おいでと手招いた

「…」
『夢の続きは、キミに託そう』
「え?」
『託されて、生かされて、意味があっての命が…私の目の前に存在してくれているから』
「…俺の、こと…?」
『…死んだ者を生き返らせることに、リスクが伴わないことなんてないんだ』
「ん」
『終わりが見えない永き時を知るキミも…きっとね、生き返ることは良しとしないでしょう…?』
「……うん、たぶん、きっと…そうだと思う」
『選んで、抗って、貫き通して…散ることを選んだ者を知っているから』
「結香姉ぇ?」
『私はみんなが生きていてくれたらそれでいいよ。だからこそ、それを覆されることだけはどうしても良しとすることが出来ないから』

奪われた命も、自分で選んだ命の結果も
全部含めて同じだと言い通すのならば
恨んで散った命の想いを背負うだけの、覚悟を。
抱えて歩くと決めるだけの、強い意志を

己で決めて"壊す"んだよと。

揺るがない瞳がそう物語っていた


『だから私は…"彼ら"を壊したんだ。…生かされ続ける姿だけは、見ていたくなかったから』
「…俺、バカだから難しいことはわかんねえケド…でも、結香姉ぇの気持ちだけは…分かるよ」


二つの金無垢が、光りだす直感でなにもかもを感じ取ることの出来るこの野生児が、結香の話を聞いてなにを思ったのか。そして、この場にいる俺たちがなにを思っているのかは
きっと、自分自身にしか理解することは出来ねえのかもしれねえけど
それでも
繋がっていられるのは、彼女の存在があるからなんだ

『…三蔵パパ大人しいね』
「殺されてえのか貴様は」
『室内で銃持ち出すのやめようよ』
「めんどくせえ話をだらだら続けてるテメェが悪ィんだろ」
『その割にはちゃっかり最後まで聞いてくれたよね』
「…動くのが面倒だっただけだ」
「少しは悟空の素直さを見習ったらどうですか、三蔵は」
「コイツら足して2で割ったらちょうどいいんじゃね?」
『そんなことして、もし悟空が仏頂面になったらどうしてくれるの』
「そうなると…三蔵は今以上に感情表現豊かになるんでしょうか……、満面の笑みを浮かべたり?」
「『…』」
「うげっ!?なにソレ!!ぜってー怖いヤツじゃん!!」
「…テメェら全員死ねッ!!」
「ギャーッ!!ちょっ、この距離当たる!!」
「至近距離でぶっ放してんじゃねえよエセ坊主ッ!!」
「いやぁ。今が早朝で良かったですねぇ」
『でも八戒、そろそろ誰かしら起きてきてもおかしくない時間帯だよ』
「おや。それじゃあ、ここは危険地帯ですと貼り紙でも作りますか」

ちゃっかり射程距離から外れる八戒に苦笑しながら、騒ぐ3人を眺める。
生き抜くことの意味も、己の命の価値も。
決めるのはいつだって自分自身だから
それと同じように…ヘイゼルもまた、自分が決めたミチを貫き通したいと思うのだろう
考え方の違いだと、価値観の違いだと言われてしまえばそれまでだ
だからこそ、譲れないミチ同士がぶつかりあった時は…

その時は。

「これまた…聞き覚えのある声だと思うたら。こない朝まっから、賑やかいお人らやねえ」
「げっ」
「あーっ!オバンの人だ!」
「お早うさんどす。ええ天気やねぇ」
「はぁ…おはようございます」
「…」
『なんで私をガン見するかな』
「フン。お前もまだまだガキだって話だ。カオに出過ぎてんだよ」
『…無表情に努めることにするよ』

タイミングよく飛んできたのんびりとした声は、昨日あの村にいたハズの彼のもので。すぐ後ろに付き従うガトも、相変わらずだ
変わっていく未来でどことどこが繋がるのかは、私にも分からない。
そうか。彼らとはここでまた再会することになったのか

三蔵の言葉に肩を竦めてみせれば、
偉く不満そうな悟浄の表情が見えてなんだか可笑しくなる。
嫌いなわけではないんだよ。
ただ少しだけ…苦手なだけなんだ
彼が持つ、その力が。

「どうやら結香はんの体調もよさそうやね」
『お陰さまでね。ところで、どうしてあなた達までこの町にいるの。てっきりまだ村にいるんだと思ってたのに』
「んー、まぁ。その話もそうやけど、せっかくやしご飯でも食べながらにしましょうや」
「あ。そーいや俺、腹へったかも…」
「お前は呑気でいいよな。マジで。」
「まぁまぁ。確かにもう朝食の時間ですし、この際ですからご一緒しましょう」
「…聞きてぇこともあるしな。ちょうどいい機会だ」
「ええ。…お互いに、な」









「それにしても…よぉ食べはりますなぁ…」
「悟空は食べ盛りなんですよ」
「見てるコッチが胸焼けしそうだっての。…んで?お宅ら西から来たんだろ?なんだってまたコッチに引き返して来たんだよ」
「言いましたやろ?ウチらの目的は妖怪に襲われる人達を救うためやて。まぁ、速い話が妖怪退治ですわ」
「妖怪退治…ですか」
「なんや三蔵はん達は妖怪に狙われてはるよやったからなぁ。一緒におった方が妖怪も仰山出てきよるかな、思て」
『まぁ…その理屈は間違いではないよね』
「やろ?」
『ついでに一つ。質問したいんだけど』
「へえ、何やろ」
『貴方が生き返らせた人達って、リスクはないの』
「リスク…? 何ぞ気になる事でもありましたん?」
「いえ。ただ貴方の力で蘇った方々は、みな総じて瞳が金色に変わられていますよね」
「たったそれだけで、生前と同じように死者を蘇らせることが可能なのか」
「…」
「―――さあ。リスクは得にないんと違います?ただ…」
「ただ?」
「うちの力で蘇ったんは皆、妖怪に命を奪われたお人らばっかりや。せやから…妖怪を恨む気持ちまでも蘇らせてしまう。そこをぬぐい去ることができひんのは…うちの力のいたらんところやね」
『…』

無意識なのだとしたら…それは、彼を責めることは出来ない。
救われたという人達の中にも、確かに少なからず妖怪に対する負の感情はあって当然なのだろうけど
それを助長する何かがあるのだとしたら…原因は、術者自身の問題となる

例えば、そう。

彼自身の…妖怪に対する憎悪とか、ね


『難儀だよ、本当に』
「結香はん?」
『貴方も、私も。』
「…それはどういう意味やろうねぇ」
『そのまんまだろうねぇ』
「…なあなあ!さっきからずっと黙ってるケドさ!アンタもこれ食べればいーじゃん!美味いって!」
「ああ…ガトには気ィ遣わんといてや」
「蘇らせた死者を服従させることも可能なのか」
「ほんまに…よぉ見てはりますわ。」
「つーことは…コイツもそうなのかよ」
「確かにガトは一度命を落としてます。あないなムチャナ戦い方しちょるから、魂がいくつあっても足りひんくらいやけどな」
「腕が立つ上に不死身のボディーガードってか」
「はは、そうやねぇ。うちと一緒におる限りはな」

数奇な出会いだったのだろうと。
ぼんやりとだけど記憶に遺された風景に、箸を止める
人と人とが巡り会う…"流れ"を繋ぐ縁。
この人があの男と出会ったことも…"今 "へと繋ぐ通過点だったんだろうなって。
出来ることなら一度会ったら殴りたい程の人物を思い浮かべては嘆息する

『悟空、これも食べられる?』
「えっ!結香姉ぇもうお腹一杯なの!?」
『うん。もう苦しくてお腹裂けそう』
「えっと…えっと…悟浄!結香姉ぇお腹一杯だって!」
「あー、まぁな。今回は結香にしちゃ食った方か」
『でた…悟浄チェック』
「ほっとくと一口も食わねぇ誰かさんが悪ィの」
「これ以上痩せたら骸骨決定ですよ、結香は」
『三蔵だってそんなに食べる方じゃないよね』
「俺とお前とじゃ体のつくりが違うんだよ。諦めるんだな」
『…男の子ってずるいよね』
「子って言うんじゃねえ」
「じゃあさじゃあさ!俺、コレ食っていい!?」
「お前は単に食い足りねえだけだろ」
『でも折角作ってくれたものだから、残すことは避けたいんだよね』
「そー思うんなら頑張って食えって」
『無理。もう水も入らない。苦しい。助けて。』

胸焼けしそうだ。
どうして彼らはこんなにも細いのにこんな大量に食べられるんだろう
一体その体のどこに入るの。
出会ってからの最大の謎だ。
言ったら三蔵あたりに呆れられそうだから、言わないけどね

「ところで、あんさん達はなんの目的で旅してはるん?」
「あー、まァ、なんちゅーかヤボ用でよ」
「女性もいてはりますし…お坊さんとそのお弟子さんら…には、ちと見えへんのやけど」
「弟子じゃねえよ、下僕だ」
『じゃあ私は三蔵のお姉さんってことで』
「お前みてえな破天荒な身内は欲しくねえ」
『自分のこと棚に上げて言える立場でもないでしょうに』
「うるせぇ」
「ははッ、ほんま仲良しさんですわ。けれどもまぁ、そんな経文持っとったら妖怪に狙われるんも当然やねぇ」
『あなたのそのペンダントも特殊なものなんでしょう』
「そーいや…ずっと首から下げてるなソレ」
「しかもなんかヘンなカタチしてる!」
「この形がミソなんですわ。」
「形が…ですか?」
「うちはこのペンダントを媒体に魂を回収しとるんやけどな。いくつも穴が開いとるやろ?この空洞の数だけ魂をストック出来る優れモンなんや」

揺れる、踊る、ヘキサグラム。

人の手が操る…魂の檻。


『…』


もしもあの"世界"に今と同じように死者を蘇らせる術が存在していたとしたら…
"彼ら"は…そして、私は。
生き返ることを望んでいただろうか。


咲くも自由、散り逝くもまた自由―――…ってな


そう謳っていた彼だけれど



後悔はしないと決めたのは、今も昔も同じだと言い切れるのに。






「おーい」
『!、ぷっ』
「表情筋完全に死んでんぞ」
『…だからって急に掌で顔掴まないでよ』
「トリップしてる結香が悪ィ」
『…』
「呑まれんなよ。…今と過去とじゃ、違うんだ」
『…ん。』
「思い出すなとは言わねえケドな」
『ありがとう』
「つかよ、八戒とあのヘイゼルって野郎、ゼッテー馬が合わねえんだろうな」
『合わないだろうねぇ。というよりも、それを言ったら私もそうだけど』
「お前の場合はまたちょっと違うだろ。性格云々で済む話でもねえし?俺も八戒もどーも合わねえンだよ」
『…まあ、そうだろうね。彼はとっくに気づいてるから』
「はッ。そーだろうと思ったぜ」
『妖怪が嫌いなら関わらなきゃいいのにね』

人間を救うために、なんて。
大それた大義名分を振りまく前に、もっと、早く。
自分の内と向き合えたら…何かが変わっていくのだろうか
けれども、私は。
変えてはいけないんだ
歩んでいくミチの先が例えどんなモノであっても、私が干渉していい問題ではない

そう思っているのに…
あの夜に起きた出来事だけは、何としてでも回避しなくちゃ、なんて
矛盾した感情を抱えているあたり、私も身勝手な生き物だ

「結香姉ぇ、コレなら食える?」
『ん?』
「すっげー甘くて美味しいヤツ!餡掛けとか結香姉ぇ好きだよな!?」
『うん。好きだよ』
「結香姉ぇが好きそうなものまだあるんだけどなあ…コレってお持ち帰り出来たりしないかな?」
『あはは、それは流石に無理だと思うよ』

目の前で真剣な面持ちで料理を見つめる悟空を見つめながら、私はそっと目を閉じる









俺は、いいや。
そん時は、いいや。







終わりを受け入れる、キミだからこそ。













← | →
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -