無秩序な世界 | ナノ




生きることと、その為に懸けるモノ。


理を覆す、その力に…







あれから私たちも再び眠りについて、太陽が昇る頃に出発。
近くの村へと目掛けて今は走行中だ

「あーー、ヒマだああっ」
「何度も同じこと言うな悟空」
「だって三蔵!朝からずーっと走りっぱなしじゃんかぁ」
「しりとりも古今東西ゲームもやりつくしちまったもんな」
『今日はまだ敵も出てきてないしね。まぁ、平和でいいんじゃないの』
「結香の言うとおりですよ。平和が一番じゃないですか」
「それはそうなんだけどさ…なんつーか、退屈なんだもん」
「つーか、毎日毎日同じ面子で一緒にいれば話題もつきてくるわな」
『あまり贅沢ばかり言ってると罰が当たるよ悟浄』
「暇潰し程度にはなるかもな。いっそのこと当ててやれ」
「突き落とすぞこのエセ坊主ッ」

照りつける陽射しの強さが増し始める時間帯。
暑さに弱いこの体はだんだんと熱が篭りはじめてしまうから。背凭れに頭を預けて見上げた浅葱色の空は、たぶん、どこに行っても同じなんだろうなあって。そう思っていたけれど、この色以外の空を見たことがあるような気がして切なくなったあの日
それは私がまだ記憶を受け継ぐ前の事だったからなんだ

ぼんやりとそんな懐かしいことを思い出していれば、すぐ隣で聞こえた何かを漁る音。

なんだろうと視線を下げようとした時に、浅葱色の空が小さな黒に遮られていて

『…?』
「結香姉ぇっ、そろそろ日傘しなきゃ危ないよ!さっきからずっとボーッとしてる!水飲む!?」
『あ…ううん、まだ平気だけど…ありがとう、悟空』
「ホントに大丈夫…?」
『ん。けど、折角だから日傘はさしておく』
「そういうや朝から大人しいなお前」
『なんかそれ、いつもは煩いみたいな言い方だね』
「フン。間違ってはいねえだろ」
『少なくともこの中では割と大人しい方だと思うけど』
「ま、なんかあるとスグに銃弾ブッ放つお前よりかは大人しいよな」
「てめぇも対して変わんねえだろうが」
「ああほら、ケンカしてる間に村が見えてきましたよ」
「なあなあ八戒、宿空いてるかなっ」
「どうですかね…空いていることを願いましょうか」
「腹減ったー!」

手渡された小さな日傘。直射日光は早朝であってもその威力はそれなりで。だんだんと気温も上がり始めれば、悟浄の瞳の色が変わり始めるから。
私よりも座高が高い彼が、ひょいと傘の持ち手を握ってさらう
相合傘とでも言えばいいのか。なんだろうと一瞥すれば、伸びてきた手が水筒を握っていた

「ほれ、一応水でも飲んどけ」
『まだ全然大丈夫なんだけどな』
「まーな。体も変に火照ってねえし。けど、結香はすぐ俺らに遠慮して水飲まねえから」
『…私より体が大きい人の方が摂取量も多いと思うの』
「男より体力少ねー女が飲むべきなの。ってか、前はそれでぶっ倒れたじゃねえか。いいから飲んどけって」
『…ん。』
「でも、今回は陽射しが強くなる前に宿へつけそうですよ。良かったですね」
『そんなに気にしなくても、有る程度の暑さならちゃんと耐えられるよ、八戒』
「ええ。それでも、やっぱり女性ですからね。長旅や野宿などで体調の崩れも多少はあるでしょうから…無理はいけませんよ」
『…みんな甘やかしすぎるんだと思う』
「結香姉ぇはいーの!女の子なんだからっ」
「子って呼べるほど若くもねえだろコイツは」
『うん。それは否めない』


呆れ全開の発言に、思わず苦笑した






「うはーっ!サッパリした!」
「やっぱりお風呂はいいもんですねぇ。英気が養われるような気がしません?」
「お前らと風呂なんざ煩いだけでちっとも休んだ気がしねえよ」
「ほぉー?頭にタオルのせて満喫してたヤツが良く言うぜ」
「三蔵ほっとくと風呂で寝ちまうもんなぁ」
「その時は溺死確実ですからね。気をつけてくださいよ、三蔵」
「誰がそんなマヌケたことやるか」

辿り着いた先の宿屋の風呂帰り。
途中で別れた結香は、多分もう上がってんだろうな。
そんなことを考えながらも聞こえてきた言葉に、お前が一番可能性大きいだろと内心で呟く
直接言ってやろうかと思ったが、返ってくるのは鉛玉だろうなって容易に想像がつくからやめてやった。折角風呂上がってサッパリしたってのに無駄に汗はかきたくねぇもんな
滴る水を備え付けのバスタオルで乱雑に拭き取っていれば、歩きながらキョロキョロと何かを探すチビ猿に気付いて見下ろした
身長差が大きいからコイツは俺の視界にはあんまし入らなかったんだけどな。
結香がしょっちゅう視線で追ってるのを見てたら、どうやら俺にもそのクセがうつっちまったらしい。
ホンッと、悟空に甘いんだよなァ

「だいたい予想はつくケド、どーしたよ、悟空」
「ん。結香姉ぇはまだ風呂から出てきてないのかなって」
「仮に出てたとしてもこんなとこにはいないだろ」
「女風呂は確か正反対の場所にありましたからね。僕らを待ってるとしたら、この先にあるロビーじゃないでしょうか」
「まあ今は暑いからな。あんまし湯船に浸かることもしねえから、上がってんじゃねーの?」
「え、そうなの?結香姉ぇって風呂好きなイメージあんだけどな」
「風呂自体は好きだけど、温まり過ぎるとよく貧血起こしてぶっ倒れたンだよ」
「ああ…そういえば、昔からそうでしたね」
「おう。だから暑くなる時期は最低でも一時間待ってりゃ風呂から出てくるぜ。冬は逆に冷え性だからしっかり浸かってこいって言い聞かしてっけど」
「へえ…俺、そんなこと知らなかった」
「あー、そりゃそうだろ。結香もお前にはバレねえように気ィ張ってたしな」
「えっ、なんで!?」
「なんでって、そりゃ泣かれるからだろ」
「うっ」

結香のことに敏感だったのは、悟空も同じだ。
ガキのころはとくにそれが顕著だったから、結香も悟空に対してはケッコー慎重だった。顔色一つとっても、悟空はすぐに見抜いてしまうから。
コイツにとっても…結香はそれ程までに存在がデカイのだろう
語られない過去にどれほどの繋がりがあったのかは、知らねぇけどよ

「結香姉ぇ、今日は大丈夫かな…?」
「ヘーキだろ。風呂入る前も顔色悪くなかったし」
「…いつも思うんですけど、悟浄って本当によく見てますよね」
「あ?」
「結香の顔色一つとっても、本人に聞くより悟浄に聞いた方が確実な時もありますし」
「アイツは下手な嘘ばかりつきやがるからだろ。騙されるのなんざ悟空ぐらいだがな」
「結香からしてみりゃ悟空さえうまく誤魔化せりゃそれでいい、っつうのもあったしな」
「…」
「ほら悟空、そんな顔しないでください。今はもう…結香もきちんと言ってくれるようになったじゃないですか」
「…ん」

オイオイ。
これじゃ俺がイジメてるみてえじゃね?
結香が見たら絶対流し目食らうじゃねぇかよ。
やれやれとため息ついて向けた視線の先に、洗濯籠を抱えた結香を見つけた
その隣に愉しげな笑顔のまま何かを話す野郎の存在は脳内削除。なんだアイツ。
適当に返事を返している結香も、明らかに面倒くさそうだ

「…悟浄、カオに出すぎですよ」
「うるせー」
「悟空、お前もだ。なんだそのツラは」
「だって…あれ、結香姉ぇイヤがってね?俺ちょっと行ってくる」
「あっ、ちょっと悟空!待ってくださいっ」
「イケイケ。俺が行くよかまだ許されンだろ」
「煽ってどうするんですか!」

バタバタと後を追って駆け出した八戒の背中を見送って、呆れた視線を寄越す三蔵はとりあえずムシ。仕方ねえだろ。自分の知らない野郎が話しかけてンのが悪い
結香も結香でなんで追い払わねぇんだよ。
恐らく今の自分の顔は確実に険しいのだろう

結香と野郎との間に割り込んだ悟空が、それはもう思いっきり不貞腐れた顔のまま睨み上げる。そのまま一言二言交わしたのち、男は仕方なくといった様子で何処かへと姿を消していった。よし、よくやった悟空。
一部始終を見ていた八戒が苦笑する。

『突然どうしたの、悟空』
「だって!…アイツ、結香姉ぇにしつこく構ってた!」
『ああ…それでそんなに拗ねた顔してるんだね』
「…俺ら以外のヤツが結香姉ぇにくっついてんのは、なんかヤだ」
『ふふ…適当にあしらっていたよ』
「それでもなんかヤだったの!察して!」
『ごめんごめん。』
「ほらな、俺が行くよりまだマシだったろ?」
「…悟浄が行ったら大惨事だったでしょうね」
「トーゼン」
『得意気に言わないでよ』
「お前がずっと話してンのが悪い」
『…世間話だけだよ』


ああ、まただ。


「そういえば、洗濯籠なんか持ってどうしたんです?」
『コインランドリーがあったから、皆の洋服洗って干してきたの』
「マジで!?結香姉ぇありがとう!!」
「ココは浴衣が借りれたからな。まぁ良い機会だ」
『けど、今妖怪の奇襲に遭ったらみんな浴衣で戦闘だね』
「うわっ…それは勘弁かも…」
「あはは。その際多少の動きにくさは仕方ありませんねぇ」
『私は転びそう』
「お前が言うとシャレにならんからやめろ」


なんとなくでしか、分からない些細な事だけど。

前より少しだけ伸びた黒糸が、吹き込んだ風に揺れていた


「…浴衣で戦闘なんか御免だっつーの」
『ん。私も出来れば遠慮したいよ』
「でもさ、外も晴れてるから乾くのにもそんな時間かかんねーんじゃね?」
「風もありますしね。2〜3時間で乾いてくれるのが理想ですけど…」
「フン。別に多少濡れてようが問題ねえだろ」
「えー、なんかソレは気持ち悪い」
「知るか」
「三蔵、それじゃ風邪引きますよ」
「俺がそんなヤワな体してると思うか」
「いやぁ、一応三蔵も人間ですからねぇ」
『一応ね。』
「お前ら人外といっしょくたにされんのは癪だが、そこまで貧弱でもねえよ」
『悟空、私たち人外だって』
「三蔵だって似たよーなモンだって!」

並んで歩く、宿屋の廊下。
とりあえずは乾くまでこの宿屋で骨休めと決めて、訪れた束の間の休息。案の定腹へったと騒ぎだした悟空に連れられて、三蔵も八戒も食堂に向かうらしい

3人の後に続こうとした結香の手を、掴みとめた。

『…』
「あれ?結香姉ぇ、悟浄ー?」
「お前ら先にメシでもなんでも食っとけ」
「二人はどうするんですか?」
「俺らはちょっとヤボ用」
「テメェが言うと本当にロクでもない用事にしか聞こえんな」
「刺身にすんぞこのエセ坊主!」
「その前にテメェの額に風穴開けてやるよ」
「こんな所でケンカなんかしないでください、二人とも」
「じゃあ結香姉ぇの分はとっといてあげるかんな!」
『…ん。よろしく』
「そこは俺のもとっとけよチビ猿」

並んで歩いて、向かった庭先。

思わず腕を翳してしまう程の光は眩しすぎて、広がる青空に瞳を細めた

丁寧に手入れされた芝生と、置かれた一つの白い長椅子

だんだんと秋らしく染まる風にとりあえずと灯した煙草の灯りと、吐き出した白煙

それを見上げる漆の中には

たぶんきっと、応えが隠されているんだろう。


『…悟浄はそのうちハゲそうだね』
「お前…第一声がソレってどーよ」
『どうでしょう』
「とりあえず今夜は鳴かす」
『あはは。なにそれ』
「お仕置きてきな?」
『なにも悪いことしてないんだけどな』


だからこそ。

言葉は、いらない。


「…」


コレが一番よく効く方法だって、分かってっからな。

案の定…紫煙を吐き出した彼女が、苦笑した


『厄介だなあホント』
「お前もそろそろ諦めろっての」
『ん。…それが出来たら、一番いいね』
「…」


振り向いた結香の表情から、笑顔が、消えた。


…昇る紫煙が、細く消えてゆく…


『目を、離さないで』
「結香…?」
『悟空と、三蔵から…目を離さないで』


それは、まるで。

泣いているかのようだった

目の前に居るのに、どこか遠く離れた場所に在るかのような錯覚。

表情を無くした結香が放つ、きっと、これからの先


「…どういう意味だよ、それ」
『今はまだ…ここまでしか言えない。私が係わることで変わった未來は、私が看た夢の続きとは限らないから』
「サッパリ意味がわっかんねえ」
『うん』
「俺は、お前になんか起こらなきゃ他はケッコーどうでもいいんだケド」
『あはは。そんなこと言わないでよ』
「どーせあいつは殺したところで死なねぇしな」
『肉体的構造はみんな同じなんだけどなぁ』
「つーか、あのバカ二人がそんな簡単にどうこうなるタマかっての」
『…さあ、どうだろうね』

吸い込んだ煙を、思い切り吐き出して。
彼女が愁うこれからを思う。
知っている結果を、結末を…結香は決して言うことはないけれど。
けれども、その度に見せる不安定さは絶対に見落としちゃいけねえんだと思うから

どこか遠くで、それこそ…

視えないところで壊れてしまわぬように



「…」
『悟浄顔がヘン』
「お前がヘンなこと言うからだろ」
『先に聞いてきたのは悟浄だと思うの』
「そうでもしねぇと、まァた結香は一人で背負い込むからな」
『…』
「お前が防ごうとしてくれることを、俺たちは防げねぇ」
『ああ…それ、前にも言っていたね』
「おう」
『難儀だねぇ…悟浄も』
「どっかの誰かさんが全部吐き出してくれりゃ、なんの問題もないんだけどな」
『そうきたか』
「だけど、お前は絶対それをしねえだろ」
『…』

沈黙が、肯定なんだろう。
分かってたけど、何も出来ることなんかないって分かってても
傍に居ることは出来るから
守ることだけはこんな俺にでも出来ることだから

ぬくもりも、想いも、たった一つの愛情も。

なんの見返りもなく与えてくれた、彼女だからこそ


「…防ぐ事は出来なくても、お前が望む先を守ることは出来ンだよ」
『…ん』
「だからもっと、口に出せ、強く願えよ」
『…』
「こうしたいとかこうして欲しいとか、これはダメだとか良いとか」
『ふふ…それじゃあ、ただの我儘だ』
「ハッ。それのなにが悪いんだっつーの。俺から言わせりゃこんなん我儘のウチに入らねえよ」
『…』






似てるよねえ…ほんと






背を向けて、見上げた空。

泣きそうな小さな呟きが、風に運ばれて届いたような気がした






大きく動くのは、きっと、これからだ。











← | →
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -