無秩序な世界 | ナノ




怖いくらいの白に呑み込まれるのは、小さな命たち。
"こういう時"…いつも迷ってしまうのは、私が弱いからなのだろうなって

降りしきる六花を見上げながら息を吐き出した





「…寒ッ」
「寒いですねぇ」
「寒いーーーっ!」
「うるせぇ」
『人間凍死って結構簡単に出来そうだよね』
「おまっ、発想が恐ろしいっつーの!!」

麓の宿屋から西への唯一のルートを聞いてやってきた雪山。この時期はよく吹雪くから気をつけなさいって忠告はされたけれど…
他に手段なんてないだろうから、まぁ当然のように強行軍になるワケで。
足首がすっぽりと白に沈んでいるからそろそろ感覚もなくなってきた

吐き出す息は白いけど、コレは流石の最北端に住んでいた人たちでもビックリするんじゃないだろうか。それほどまでに降り積もる白は、風に舞って視界を塞いでしまう

すぐ隣を歩く悟浄が渾身の叫び声をあげているけれど、彼はココが雪山だということを理解しているんだろうか。下手に大声をあげて雪崩でも引き起こしたら笑えない。なんとなく自分は生き残れる気がしないでいた
雪って塊で雪崩れてくると何トンにもなるんだよ。人間なんてあっという間に圧死か凍死しちゃうんだよ
宿を出る時に私だけなぜかフル装備を施されたから、首元に巻きつけたマフラーが視界の隅で揺れていた

「結香姉ぇっ、大丈夫?寒くない?」
『大丈夫…でも私だけこんなフル装備で、なんか申し訳ないんだけど』
「なーに言ってンの。女の子は身体冷やすなって言うだろ?」
「そうですよ。特に女性の冷えは難病にも繋がってしまいますからね。しっかり着込んでおかないと」
「どれだけ着込もうがこんな吹雪じゃ意味もねェような気がするけどな」
『せめて凍死しないように気をつけるよ』
「熱量高そうな悟空や悟浄にくっついていたらどうです?」
『二人から熱奪うのはイヤ』
「八戒っ、俺結香姉ぇに抱きつけばいいの!?」
「そうですね。ものすごく歩きにくいでしょうけど、それなりに温まると思いますよ」
「ふっざけんな。そんなコトさせるくらいなら俺が背負って運んでるっつーの!」
「悟浄ばっか結香姉ぇドクセンしてずりーぞっ」
「俺のなんだから当然だろチビ猿」
「猿って言うなこのゴキブリ河童!」
『あー吹雪いてきた。ほら、騒いでると逸れるよ二人とも』

広く大きな背中と、強く小さな背中にそれぞれ片手を押し当てて。
促すように前へと押せば、不満そうな顔のまま歩み出す紅と金。少し先には三蔵と八戒が呆れた顔のまま佇んでいて、駈け出した悟空が深く積もった雪ではしゃぎながら駆けまわっているのを見つめていた

この雪山で起きるこれからの出来事を…私は、受け入れるべきなのだろうか。
突きつけられた関係性の難しさと、失われる命と、思い。
知っているから、分かってしまっているから
これほどまでに胸が締め付けられる

『…』

今までも幾度なく経験してきた、先を知っているが故の惑い。
彼らの生きる未来は全て意味のあるものだと分かっている
それに伴う犠牲も、思いも。
全てが合わさって彼らの"一部"なのに

いつもいつも、直前になるとどうしても心が揺れ動いてしまう。
辛い思いをさせたくないと、誰かが傷つく姿を見たくないと
聞こえの良いキレイ事だけど、本当は私がイヤだから惑うだけなんだ

カコに生きたわたしが夢見た、未来へと続く物語。

生も死も、痛みも喜びも
すべて引っ括めて看たのならば、今を識る私はどう在るべきなのだろうか…


「おーい、お前はそのまま岩に体当たりでもする気?」
『―――…、あれま』
「あれま、じゃねーよ。トリップすんならせめて前ぐらい見て歩いて」
『ごめんごめん、』
「…今度はどうしたよ」
『寒いなぁと』
「誤魔化されてんなー」
『なんのことかなー』
「…」
『…なんでもないよ』
「誤魔化せる相手じゃなくなったんじゃねェの?」
『誤魔化されてくれる相手かなと』
「…結香」
『"コレ"は、だめだよ』
「…」
『だめなの』

わたしが夢見た未來を、私が識る現状を。
ごめんね。
キミたちに教えることは出来ないんだ
それは世界を跨いで舞い戻ってきた私が背負う、一つの業。
カコの記憶を奪われた悟空の罰が孤独ならば、記憶を取り戻せた私の罰は黙秘なのだろう
彼らと共に生きることを決めた私の、超えてはならない絶対のライン

だからこそ

悟浄もみんなも、私に甘いんだよね。
聞いちゃいけないって、誓ってくれたから。
私の思うように生きればいいって
微笑ってくれた彼らだからこそ

「…はあー…コレが歯痒いってヤツなのかねぇ」
『傍に居てくれるだけで充分だよ』
「それだけじゃ意味ねーンだよ…ったく」
『悟浄?』
「おーーい、三蔵!八戒!悟空!」
「はい?」
「なんだよー、どうしたの悟浄」
「結香が迷走期!早いとここの雪山超えた方がいいかもって話し」
「マジッ!?」
「様子がおかしいとはなんとなく気づいていたのですが…そうですか」
「様子がおかしいのはいつものコトだろ」
『ちょっと三蔵。今のは聞き捨てならないいんだけど』
「フン」
「三蔵もこう見えても心配なんですよ、貴女のこと」
「三蔵は照れ屋だもんな!」
「殺されてぇのかお前ら」

五人並んで歩けば、隣に駆け寄ってきた悟空が手を握ってくれた。見つめれば大丈夫だよって笑う金晴眼。握られた手の強さに思わず溢れそうになる思いを気合で呑み込んだ
彼らにずっと、こうして守られている
強いとか弱いとか
そんなんじゃないんだ

もっとずっと深いところで、繋がってる、守られてる。

私は彼らに何かを返せるのかな。

「だいたい、お前はいつもいつもムダなこと考えすぎなんだよ」
『コレでもお姉さんも必死なんだよ』
「何かあると眠れなくなるとか、ガキか」
『バレてた』
「目の下にクマ作ってるヤツの言う台詞か」
『ここの世界でも化粧品買うべきかな』
「隠してもムダですよ、結香」
「でもさでもさ?結香姉ぇが化粧したとこって見てみたくね?」
「却下!」
「なんでだよ悟浄ー」
「今よりもっと美人になってみろっ、周りの野郎どもがこぞって絡んでくんだろーがッ」
「じゃあ俺らだけに見せるとか!」
「勿体ねぇから却下」
「なんだよソレッ!」
『化粧なんて久しくしてないから忘れたよ』
「しなくても充分綺麗ですから、大丈夫ですよ」
『…八戒って女性キラー…』
「そんなことありません。」

綺麗な笑顔で言われた言葉に苦笑する。
少しだけ強まった風に吹き付ける吹雪は、私たちの視界をどんどん奪っていく。そろそろ本格的に抜け出す方法を考えないと、これじゃ全員遭難なんて可能性もあるよねきっと
方角さえも見失いそうになりながら、みんなでなんとか歩みを進めていく
この時点でもう私の識っている未來じゃないということは、これからどう変わりゆくのかを見届けないと

失わずに済むのなら、ソレに越したことなんてないんだから。

『なんだか雪が深くなってきたね』
「あ!結香姉ぇ膝まで埋まってんじゃん!冷たくねっ!?俺おんぶしよっか!?」
『大丈夫だよ、もう感覚ないから』
「大丈夫じゃねえってソレ!!ちょっ、悟浄結香姉ぇが凍死する!!」
「背負ってやりてぇのは山々なんだがよ…こんな不安定な足場じゃ共倒れが関の山だ…っとに!いつまで続くンだよこの雪山ァ!」
「早くしないと結香姉ぇが凍っちゃうよ!」
『冷凍カプセルとか、そう言えば私の世界に存在してたなぁ』
「思考が危ない方向に飛んでますよ、戻ってきて下さい結香」
「オイ…なんか聞こえねぇか」
「「「え?」」
『忍び寄る死の足音』
「ほォ。こんな風に地鳴りすんのか」
『……いや、多分違うよね……雪崩とか』
「結香姉ぇマジで怖いからやめて!!」

ズズズ…重たく不穏な音が反響する。
本来雪山は全ての音が吸収されてしまうのに、足元を揺るがすほどのソレは不気味以外のなにものでもなかった

見えないなにかに追われるかのように全員で走り出す。視界が開けた場所にまで出たとき、私はすっかり忘れていた出来事をこの時になって思い出したんだ

『あっ、ちょっと待って…!』
「結香姉ぇ!?」
『雪ってさ!地面の上だけに積もる訳じゃないよね…!』
「あぁ?ソレがなんだってんだよっ」
『だから―――…っ!?』

言い終える前に、手を伸ばす前に。
ガクンと一気に視界がブレた直後、私たちの体は白と共に崩れ落ちてしまっていた

「うわぁあぁああっ!!?」

無音の雪山に、悟空の絶叫が鳴り響く…









ぐつぐつと…何かが煮こまれている優しい音が聞こえてくる。
それと同時に意識がだんだんと覚醒していって、聞き慣れた声も少しずつ耳に入るようになってきた頃。
ゆらゆらと揺れる温かいなにかと、包むように回された腕のぬくもりに気がついてゆっくりと閉じていた瞼を持ち上げた

『―――…ぁ、れ…?』
「お。気がついたか」
『ごじょう…?』
「良かったですねぇ、凍死しなくて」
「心臓に悪ぃこと言うなよ八戒」
「結香姉ぇ気がついた!」
『ん…ええと、』
「足元崩れて全員崖下に落下」
『ああ…よく生きてられたね』
「マジでそう思う」
「下に降り積もっていた雪がクッションになって助かったんですよ。さあ、結香も食べてください。体が温まりますよ」
『ありがとう』

手渡されたのは、あたたかなスープ。
そうか、ここはもう
体制を整えて座れば、背後から聞こえた声。
三蔵も敵ではないと言っていたから、彼は

「よォ。目が覚めたみたいだな」
『おかげさまで。あなたが私たちを…?』
「妙な音が聞こえたんで外に出てみたら、あんたらが倒れてたってワケ」
『なるほど』
「悟空と僕と悟浄はその場で気が付いたんですけど、あなたと三蔵はまだ意識がありませんでしたから」
『あー、運んでくれたのね。ありがとう』
「そんで頼むから結香、お前もっと食って」
『ん?』
「体重軽すぎの細すぎ。骨折れそうじゃねえかよ」
『これでも前に比べたら食べてる方だと思う』
「悟空と足して2で割りゃちょうどよさそうだな」
『三蔵だって小食』
「野郎はどうでもいいんだよ」

仲がいいんだなって、笑われた。
彼の名前は耶雲。
この辺りにすむ、妖怪だ。
まだ小さな子供たちは桃源郷を襲った負の波動に影響されることはなく、それでも人間は子供だろうと妖怪に植え付けられた恐怖がぬぐえないから。
殺そうと襲い掛かるのをみて、全員で逃げてきたらしいのだ
そうだ…この、目の前で悟空と戯れる子供たちも
人間からみればただの妖怪と一括りにされてしまう


「うわっ、お前らなにすんだよーっ!!」
「あはは。転がってるとそいつ等のオモチャにされるぞ」
「おーおー、じゃれ合ってら」
「誰がじゃれてるだ!」
『ここにいる子供たち、みんな妖怪?』
「ああ…そうなるな」
『そうだ。私、結香』
「俺は耶雲だ。よろしくな、別嬪さん」
「口説くなよ?」
『そんなの悟浄くらい』
「わっかんねーって、そんなの」
「ああ…お前たち」
「こう見えてなかなか悟浄は心狭いですからねぇ」
「そいつに絡むとめんどうな事になるぞ」
「はッ、トーゼン」
『物好き』
「なんとでも」

じゃれあう子供たちと悟空。
数年前は悟空もあんなに小さかったのに
今では立派な男の子だ
子供の成長って早いんだなぁなんて
歳らしからぬ事を考えていれば、怪訝そうな耶雲が首を傾げていて
どうしたのかと目で問えば、彼は簾から覗く雪山を眺めみた

「おたくら…こんな所までなにしに来たんだ?見たところ、そこの三人も妖怪だろ」
「あ、分かります?」
「コレがまた話せば長くなるんだわ」
「?」
「桃源郷を襲った異変の元凶を探る旅に出ている」
「異変の元凶?なるほどな…確かに異変の元凶を突き止めれば、自我を失った妖怪たちをもとに戻せるかもしれん……まぁ、たとえ出来たところで全てがまるく収まるかは別だろうがな」
「どういうことですか…?」
「これまで妖怪がしてきたことを、今更人間が許すと思うか?」

暴走したが故に奪ってきた人間の命。
彼らの心の中には既に大きな恐怖と怒りが植え付けられてしまっているのだ。よしんば自我を取り戻せたとしても、もう
かつてのように共存することは不可能に近いのかもしれない
耶雲はそう物語る。

『…』

痛感させられたんだ。この話しを知った時に。
種族が違うだけで、生まれる大きな隔たり。
私の世界にも人種差別という言葉があるほどだ
人間と妖怪
彼らとの間に在るそれは…簡単に埋めることは出来ないのかもしれない。
だけど、それでも。
今をこうして生きている者だって確かに存在しているのだ

生きて、生きて、生きようとしている者たちが

「〜〜〜っ、おいオッサン!こいつらなんとかしてくれよーっ」
「オッサンだぁ?おい、お前ら。この兄ちゃんがもっと遊んでくれるってよ」
「ぎゃーーーっ!」
「ははッ、やっぱガキはガキと遊ぶのが一番だな」
「おにーちゃん髪の毛ながーい!」
「三つ編みできたあ!」
「…は?」
「ぎゃはははっ!!モテモテじゃん悟浄!!結香姉ぇっ、悟浄が浮気してるッ!!」
『ぷっ、くくっ…それは大変、私捨てられちゃった』
「ばッ!!なんでそうなンだよおい!」
「悟浄の浮気者ーっ!」
「黙れこのチビ猿ッ!!」
「てめぇらこんな狭い空間でぎゃーぎゃー騒いでんじゃねえよッ!!」
「おめーの声が一番でけぇよ!!」
「いやぁ、賑やかですねぇ」
『ごめん耶雲、騒がしくて』
「いや、こいつらも遊び相手になってもらってんだ。賑やかな方が楽しくていいだろ」

いつのまにか三蔵の足元にも群がる元気っ子たち。邪魔だとか、どけとかがなる三蔵だけど相手は子供。気にせずまとわりつく子供達に根負けしたのか、苛立ちながらも振り払おうとはしなかった
悟浄と悟空は完全に子供たちのオモチャ扱いだ。
存外。彼らと子供の組み合わせが違和感なくて、私は片膝立てて笑って眺めていた。
こんなふうに、人間も妖怪も。
生きていることには変わりないのに

「おねーちゃーん」
『ん。どうしたの』
「これね、お花描いたのー!」
『ああ本当だ。上手だね』
「えへへ」

嬉しそうに笑ってくれる、幼い子供。
よしよしって頭を撫でれば、目敏く見つけた悟空がずるいと騒ぎだす。
大丈夫、キミが小さな頃もたくさん撫でてあげたから
俺も俺もと寄ってきた悟空に苦笑すれば、三蔵と悟浄は呆れていた
八戒はわんちゃんみたいですねぇと面白がってる

「こんなご時世に妖怪と人間が旅をしてるなんて…驚いたぜ」
『…人間が襲ってくるんでしょう』
「!」
『麓に住む、一部の人間。幼子までも標的にされてる』
「…なんでそれを知ってんだ…?」
『……来るよ』
「え?」
『悟空悟浄八戒三蔵、ごめんあと頼んだ』
「結香姉ぇ?」
『さ、みんな奥に』
「おねーちゃんどうしたの?」
「!、この足音…ッ」

向けられる視線に答えずに、子供たち全員を連れて奥へと隠れる。不思議そうに見つめてくる悟空の言葉に答えるように、この洞窟の前に集まりだす人の気配。
気が付いた4人が立ち上がった

武器を手に侵入する、数人の人間たち。
もう何度もこういうふうに襲われてきたのだろう。人間の姿をみた途端に震えだす子供たちを抱きしめた。
だいじょうぶ…大丈夫、まだ、殺させないから

『大丈夫。今は耶雲だけじゃないから、大丈夫。守るよ』
「なんで…?…どうして人間は私たちのこと殺そうとするの…っ」
「ボクたちなにもしてないのにっ」
「こわいよっ…こわいよぉ…」
『…ごめんね、ごめんね…』


ああ…

この旅に、犠牲が必要だというのなら

すべてを乗り越えて意味のある未来だというのなら。


私は。


『…っ』


介入はしないと、決めたけど。






三蔵たちに追い払われた人間たちが、それでも尚諦めずに彼らを追いつめる。
わかってるよ。
人間だって、必死なんだってこと。
生きようとしていること
ちゃんと分かってるんだよ。


いつのまにか、雪がやんでいた




「おーっ、すんげー積もってる!!」
「本当だ…悟空、埋まらないよう気を付けてくださいね」
「おう!」
「昨日の吹雪きがウソみてェだな」
『凄い深く積もってる』
「結香、気を付けねえとお前も埋もれるぞー」
『…それは困る』
「ははッ。…んで?」
『…』
「どしたよ」
『…この世界の、人は』
「おう」
『誰もがみんな、必死になって生きてる』
「…そーね」
『人間も…妖怪も』

はしゃぐ悟空は雪を見てキレイだと笑う。
数年前までは見ることも出来なかったけれど、溶けだした雪と共にその深く抱えた孤独も溶けてくれたようだ。
こわいのだと叫んでいた幼子も
今ではほら、こんなにも元気に生きている
人の子供となにも変わらない姿で

奪われてしまうのだ。
目の前ではしゃぐ子供たちの命が。
それでも彼らは、それを乗り越えて前へと進んでいた
受け入れて、糧にして、約束にして。
ちゃんと先へと続く道を進むのだ


それを私は、捻じ曲げてはいけないのに。


「お。悟空たち薪割りさせられてら…三蔵のヤツめっちゃ不機嫌なカオしてんなー。なんもやらねェくせに生意気な坊主だぜホント」
『…っ』
「なあ結香」
『…なに、悟浄』
「これから先を知るお前に、俺らは一つだけ誓ったよな。…お前の知る未来を聞くことだけはしないって」
『うん。…してくれたね』
「けどよ。"結香がどうしたいのか"まで聞かねえとは、言ってねェよな」
『!』

覗き込んできた紅が、真剣な色をしていた。
こうしちゃいけない、ああしてはいけない
ずっとそんなふうにしか考えてこなかったから、悟浄のその言葉にはとても驚いた。知っている未来を、この先を…壊してはいけないのだと思っていたから
だけど彼は問うのだ。
真っ直ぐに向き合って、真っ直ぐに見つめてくる
私がどうしたいのか。

私の望みは、なんなのかを

「…俺らは知らねえから。結香が防ごうとしてくれるコトを、防いでやれねえ」
『…うん』
「けどよ。結香がこうしてぇって言ってくれりゃ、俺たちはそれに応えることは出来るんだよ」
『…』
「結香が知ってンのは俺らのこれから先なんだろ」
『そうだね。悟浄たちが生きる、これからだ』
「それなら話は簡単じゃね?」
『?』
「知っている俺らの先は、お前が歩いてく先でもあるんだからよ。結香が好きなよーに生きればイイと思うわけよ」
『私の、好きなように…』
「変わる変わらないなんてのは、結香が知ってようが知らなかろうが、もうお前が時空跨いで戻ってきた時点であやふやだろ」
『それは、そうだけど』
「だったら細かいコト気にしねえで自分のやりたいように生きればいいんだよ。"今"を生きてンのは結香なんだし?」

だいたい俺ら相手じゃ考えるだけ時間のムダだぜって。
ケラケラと笑う悟浄は煙草に火をつける
一拍おいて広がったハイライトの香りと、灰色の空へ昇っていく白煙。吸う?だなんて煙草の火をこちらに向けながらなんてことないような顔で聞くから
必死に考えてる自分がおかしく思えてきてしまった


そうだ。

みんな、みんな、自由を求めて生きてきたんだ。

自分の人生、好きに生きたっていいじゃないかって。

彼の想いを受け入れたあの日に笑ったんだ


『…火、ちょうだい』
「ドーゾ」
『悟浄は優しいね』
「結香限定でな」
『ん。そーして』
「もち」
『ああでも、悟空には適用しても可』
「ゼッテェー拒否」
『悟空ならいいと思うんだけどな』
「だァれがあんな猿に!」
『可愛いのに』
「結香の目がヘンなんだってソレ」
『そうかな。あ、悟空が薪割り投げ捨てた。わたしもやってみよ』
「だあー待て待てッ!結構体力仕事だぞッ」

駆け出して、風に揺れる黒糸。
レンズ越しに見える世界は今日も眩しいくらい輝いている。
誰かの為に失われていい命なんて、この世にないんだ。知っているからこそ、救える命があるのなら
捨てていく必要は、ない。
全部掬って抱えて歩いていけるように

私は。

彼らと一緒にそれを貫く。


『悟空、私が代わるよ』
「うぇえっ!?」
『なにかな、その反応』
「だって、これケッコー力いるよ!?」
『私ってそんなにひ弱に見えるのかな』
「そ、そうじゃないけど!!」
『いい?悟空、薪割りは力任せにやると疲れるの。…こうして、斧を振り上げたら』
「!、スゲェ!!綺麗に割れた!!」
『重力に従って振り下ろす』
「凄いですね結香、慣れてるんですか?」
『まぁね。私が住んでた所でもやってた』
「なんつーか…結香ってなにやっても器用だよな」
『コツさえ掴めたら誰でも出来るよ』
「…漸くふっ切りやがったか」

漂ったマロボロの香り。
切り株に座る三蔵の眸が、まっすぐに射抜く
それに振り向いて口許だけで微笑んだら八戒は安心したように胸を撫で下ろしていた
気付いた悟空も、嬉しそうに笑ってくれる

指先で挟んだ煙草を吸って、灰に送り込んだ微かな花の薫り。
吐き出して、言ってやった。

『やっぱり私は、キミ達が笑っててくれたなら、それが一番良いわけ』
「…」
『だからねみんな。…私はこの山から離れるように耶雲に説得する』
「ええ…結香がそう決めたなら、きっとそれが正しいんです」
「っつーコトは、結香の知ってる未来じゃアイツ等はここに残ったンだな」
『そう言うことになるね』
「俺、賛成!!だってあのチビたち、あのままじゃかわいそーだし」
「別にいいんじゃねェのか。お前がやりたいようにやりゃあいい…てめぇの人生、てめぇで決めろ」
『うん、そうするよ』



この空じゃまた吹雪くぞ、なんて。

教えてくれたから

私も一つだけ教えてあげる

例えそれが、エゴだったとしても




「お。薪割り終ったのか、はえーな」
『ねえ耶雲』
「ん?」
『聞いて欲しい話があるの』


雪の中、向かい合って。
私が伝えるその話しの、結果はもちろん言わないけれど。
記憶を取り戻せた私の背負う罰は黙秘だと、あの時そう思ったのは本当。だから絶対、結果は言わないから。だからせめてソレを回避するだけの方法と手段を、伝えるよ。
それをしないかするかを決めるのは、後は本人次第だから。






吹き指す風が、少しだけ温かかった。









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