無秩序な世界 | ナノ




ああ…漆黒の夜空から見下ろす月は、

あの頃と何も変わらない。






「ドコ行くの」
『…なんで起きてるの、』
「そりゃー腕の中に閉じ込めたぬくもりが消えれば必然的に?」
『そんなに繊細な神経してたっけ』
「もっぺん鳴かされたいと」
『や、もうコレ以上はむり。明日歩けない』
「じゃあ次はいっそ歩けなくなるまでヤってみっか」
『発言が犯罪者だよ』
「で。」
『ん?』
「だーからっ、こんな夜中にドコ行くんだって聞いてんの」
『お月見。』
「…酒瓶片手に笑顔で言う台詞とは思えねぇな」
『なんで服着てんの』
「こんな夜中に女1人で出すワケねーだろ」
『わたし強いのになー』
「へーへー。っとに、お前の戦闘センスには正直舌巻いてばっかだよ」

着衣を整えて佇む私の前で、床に散らばる上着を羽織ってマフラーを片手に振り向いた悟浄が諦めたようにため息をつくから。
腰にこの立ち寄った街で手に入れた美酒の入った瓢箪ブラ下げたまま見上げた

「ほら、マフラーしろ」
『世話焼きなのは変わらずだね』
「結香限定で、な」
『もはやソレ口癖になってないかい』
「そーかも。…髪の毛は、流石に乾いてるか」
『ほんと、お陰様で。』
「イイ運動できただろ?」
『うるさい置いてくよ』
「クセは直らねーモンよ結香チャン」
『歳下なのになんでそんな余裕なの腹立つ』
「どーこがだよ」
『ぜんぶ』
「お前を繋ぎ止めるコトで手一杯だっつの」
『…ウソばっかり』
「結香が俺の腕の中から居なくなって起きなかったコト、今までにあるか?」
『……ないね』
「ほーらみろ」

死活問題なのって笑って、大きな掌が包んだ私の手。
繋いだまま器用に煙草に火をつける悟浄と、ずっと愛用するソレを私も唇へと挟み込んで。
ん、と火のついたハイライトを銜えたまま向けられたから
当然のように私はソレとくっつけるようにして火を貰った。

私と彼との間に存在する、なんとなくで決まった一つのクセだ

煙草の火は悟浄から貰うこと
二人で行動することが殆どだから、毎日のように繰り返されるこの行為に周りは最早呆れ顔を通り越して自然な動作なのだと受け入れてしまっている

よくよく考えれば、なにやってんだとツッコミたくなるようなコトだけど。

「夢でも見たのか」
『3年前のね』
「…つーコトは、俺ってばまだ19か」
『可愛かったなー』
「どこがだ、誰がだ」
『私なんてもう25だよどうしよう』
「イイ女は年齢関係ねーよ」
『…悟浄の基準てなに?』
「もちろんお前基準」
『…恋は盲目って言葉知ってるかい』
「はッ、聞いたことねぇな」

吹き刺す風が鋭さを増した冬。しっかりと巻かれたマフラーと繋がれたぬくもりに、思わず揺るんだ口元から紫煙が立ち昇る
知らなかったこと、覚えていられなかったこと
前世での、記憶。
愛した人との、記憶。
最期に弛く微笑ってくれた彼と交わした、最後の約束。
今思えば…それも果たされた事の一つだ

散っていった彼らはまさしく桜のようで。
春になり桜の樹を見つけるとどうしようもなく胸の奥が痛むのは…
過去の私たちを愛しく想えているからだね
ただジッと桜を見つめ続けていた悟空の小さな後ろ姿を見て、そう思う

『変わったような…変わってないような』
「少なくとも俺らは何処行ったって変わらねェよ」
『あはは…うん、そうなのかもしれないね』
「強いて言うなら前と比べて結香が良く笑うようになったぐらいか」
『約束したからね、笑うよって』
「俺、ケッコーお前の笑ったカオ好きだぜ」
『…よく恥ずかしげもなく言えるね』
「ストレートだろ?」
『…たしかに』

泊まった宿の外。
すぐ目の前には深い森が広がっていて、悟浄の家の周りと少しだけ雰囲気が似ていた
ちょうどいい高さの切り株を見つけては、二人手を繋いだまま背中合わせに座って月を見上げる

悟浄は…あの日から何も変わっていないような気がした。
私に向けてくれる想いも、ぬくもりも、ぜんぶ。

『変わったっていったら…やっぱり悟空の大成長期突入があったくらいかも』
「あん?」
『悟空がね、大きくなったって話し』
「そーいや結香の伸長あっという間に抜かしやがったよな」
『男の子っていいよね』
「女は小さい方がイイんだよ。イロイロと」
『せめて三蔵くらいは欲しかった』
「却下」
『小さいと不便なんだって』
「だから俺がいるんだろ?」
『無駄にあるその伸長分けて欲しいくらい』
「結香は今の背丈がベストなんだって」
『とっても不服なんですけど』

不貞腐れたまま瓢箪傾けて流し込んだのは、純度の高い無色透明のソレ。程よい辛味と甘味が混ざるコレはどうやらこの町でもなかなかの銘酒らしい
なるほどこれならば納得だと。ゆらゆらと瓢箪を揺らして空へと月光に翳していれば、真後ろから伸びてきた手がそれを掴んだ

「一口ちょーだい」
『どーぞ』
「結香が飲んでるってコトは、旨いんだなこの酒」
『さぁ。味の好みだからね、こういうのは』
「八戒とよく色んな酒飲み歩いてたっけ」
『うん。強いからね、彼』
「俺さ、未だにお前らが酔ったトコ見たことねーんだけど」
『酒は飲んでも呑まれるなって言うでしょ』
「あー耳が痛ぇ」
『悟浄も弱くないと思うけど』
「結香に比べりゃぜーんぜん……っと、やっぱり旨いわ」
『それは良かった』
「あー、なんかツマミ欲しくなるな」
『月見酒っていったら、お饅頭』
「なんでだ」
『合うよ?』
「どこがだよっ」
『ビールに納豆よりイイと思う』

いつのまにか、後ろから抱き込むように腕を回した悟浄に寄りかかって笑えば顰めっ面。
見上げた月はとてもキレイで、刺すような冷たい空気に冴え冴えと耀きを放つ姿は…誰かに似ている


ああそうだ、たしかあの人は…月の光のような人だと。

そう言われていたんだっけ。


「…どーした」
『ん?』
「なんかまた考え込んでンだろ、ずっと」
『…』
「"そんなことないよ"って…前のお前なら絶対言ってたよな」
『誤魔化しが通用するような相手じゃなくなったから』
「ガキ扱いされてんのかそうじゃないのか、メッチャ微妙」
『そんなことないよ。』
「どーだか」

拗ねた声に笑って、また、月を見つめる。
私が関わってきた彼らの未来は、少しずつ変化している。知っている未来とはまた別の未来が、私の知らない出来事がいくつか存在してきたこの数年間

どんな結果に辿り着くにしても、彼らが私を責めたことは一度もない。
気にしなくていいよって、抱え込まなくてもいいんだよって伝えてくれるだけ

けれども、ねじ曲げたい未来はきっと…これから。
明日には雪山を越えるらしい。
あの、雪山を…


痛感する。
人と、妖怪との繋がりの難しさを

『…』
「ま、結香が気に病む必要もねーよ」
『まだ何も言ってないんどけどな』
「結香のコトならなんでも分かっちゃうの」
『それは凄いね』
「だろ?愛の賜物、ってな」
『あはは…うん、そーかも』
「…あんま気にしすぎんのもお前が辛いだけだろ」
『…そんなことないよ。』
「記憶を取り戻したことに関しちゃ、俺らはなんも言わねえケド」
『うん』
「余計な能力までくっついてくるとは思わなかったぜ」
『…そうかな。私は、結構便利だなと思ってる』
「っざけんな」

回された腕の力が、強くなる。
あの日…漆色へと変化を遂げた勾玉は記憶を与えてくれただけではなかった
カコに生きた"ワタシ"が持っていた力の片鱗…それは再生能力の高さ

それまでこの身へ宿していったのだ。
胸元で鈍く光る勾玉を片手で握りしめながら、先を思う。
使うと決めていた、あの瞬間だけは。


…俺は、いいや。
そん時は、いいや。




あんな事には、絶対にさせない…



どんなに咎められようが、泣かれようが譲れないのだ
守るべき時に守らずして…私がこの世界に遺された意味などないのだから


「…おいコラ。なに考えたよ今」
『月が綺麗ですねって』
「結香っ」
『大好きだなって』
「…は?」
『こうやって、想われるってコト。想ってくれる人が在るってコト…だから私も同じように出来る』
「何が言いたいの」
『みんなのこと好きだなぁと』
「…俺が言った言葉のイミを理解してくれたんですかね、オネーサン」
『悟浄って拗ねると必ずそう呼ぶね」
「ぜってーケガなんかさせねえつもりだけど、頼むから…俺ら守って大ケガすんのだけはやめてくれ」
『…』
「マジで俺が死にそう」

カミサマと対峙した、あの時。
だって仕方ないじゃないか。考えるよりも前に、体が咄嗟に動いてしまったんだ。
例えそれが、傷ついて欲しくないという私のエゴだったとしても。譲れなかったんだよ。
そのせいで3日ほど昏睡状態が続いてしまったから、意識が戻った時の彼らの反応といったら凄まじかった

三蔵は怒鳴るし八戒は満面の笑みで怒っていたし、悟空は手につけられないくらい泣き出しちゃうし
悟浄は暫く目も合わせてくれなかったな。
泣きそうなカオするくせに、辛そうなカオするくせに
私にはいっさい触れようとしなかったんだっけ

『いま思えばアレが一番効いた気がする』
「…なにが」
『悟浄からの反撃?』
「主語をつけろって主語を」
『カミサマ騒動』
「…」
『ちょ、苦しい…息、つまる…っ』
「先が分かっちまってるってのも…ほんと、厄介だよな」
『…』
「お前が防ごうとしてくれるコトを…俺らは防げねェ」
『そうだね』
「いつもいつも…お前ばっかじゃねぇか」
『ん?』
「俺らのことばっか考えて怪我すんの」
『そんなことないと思うけど』
「もうするなよ」
『…』
「俺らがケガしたところで、どうってことねえから…だから…ッ」

頼むからって。
肩口に埋められた顔はどんな表情をしているのか、私からは見えないけれど
だけどどんな想いでその言葉を口にしてくれているのかって事は分かるから
流れる深紅に指を通して、笑った。

大丈夫だよって、言いながら。

「…」
『悟浄が思ってるような深刻なことには、ならないと思う』
「…このての話題はあんま結香の言葉って信用なんねぇんだけど」
『あ、それは酷い』
「前科を考えろ、前科を」
『犯罪者みたいでやだなぁその響き』
「…真面目に俺の話し聞いてる?」
『いつだって私は大真面目』
「嘘くせ…」
『身に負った傷ならば…いつかは癒えるんだよ』
「…」
『けれど、心に負ったキズはずっと…消えない』

三蔵と、悟空が。
悟浄や、八戒が。

過去に負ったそのキズは、癒してあげられないけれど。
傷だけならば癒すことができるから。

愛した人、愛してくれた人。
大切だった大好きな人。

『けど、悲しませたくはないから、あんな風にならないよう善処はします』
「ソコはもうやらねぇって約束しろよ」
『破る確率があるのにする意味ある?』
「このやろっ」
『じゃあ悟浄はこの先絶対にケガをしないって約束出来る?』
「…」
『出来ないでしょ。私だって同じ…でも、毎回庇ってあげられる訳ではないから、そこは気をつけてね』
「だからやめろっつってんの!」
『はいはい、もうしません』
「ウソだろっ、ゼッテー嘘だろそれ!」


優しいウソも…存在するけれど。記憶の中に在ったあの時の彼のように、悲しみを隠して希望を持たせる為のウソとは、違うから
回された腕を優しく掴めば弛んだ拘束
向かい合うように体を動かせば見えた表情に苦笑した

辛いねって、愛しいねって。
抱える優しい想いは私を愛してくれているから
約束はできないけれど、悲しませてしまうけれど。
私はこの先を生きるみんなで進んで往きたいから

『ふふ…頬っぺた冷たいね』
「…誰かさんが月見したいとか言い出すから」
『部屋戻ろうか。冷えきっちゃった』
「あっためてやろーか」
『いいね、それ』
「…マジで言ってる?」
『あれ、嘘なんだ』
「嘘じゃねぇケド」
『じゃあ、いいじゃない』
「…」
『さむいから、あっためて』

伝えきれない想いも譲れない願いも、ぜんぶ全部つめこんで。
触れ合うぬくもりだけが真実だから
言葉に出来ないカタチ無きものは、直接触れて伝えよう。

ごめんねって笑ったら、泣かそうなカオのままバーカって笑ってくれるから。





すべてを背負って進むと決めたのは、なにも貴方たちだけではないんだよ。



月明かりの下、重なった熱にそっと想いが流れ落ちていった













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