嫦娥の花宴 | ナノ



付加価値の数、なんて。

そんなの数えるだけ無駄だ。







『本当に、良く気まぐれで昼寝場所変えるよね。黎明って』
『…の割にはいっつも見付かるんだなあ。輝には』
『知ってる?』
『んー?』
『下界の猫って自分の死期を悟ると誰にも気付かれない場所で死ぬんだって』
『そりゃまた。この麗らかな昼下がりには似つかわしくない話題だね』
『黎明は多分ソレなんだろうなって』
『あははっ。昼寝場所変更でそこまで話が飛躍するとは思わなかったわ』
『天蓬が貸してくれた本に書いてあった』
『ありゃ。輝が下界の書物読むなんて珍しいじゃん』
『強制休暇で暇なの』
『そりゃあ何より』

桜林の最西端の小さな桜の樹の下
珍しくもノアールを口にしていない黎明がスカスカの枝の下で寝転んでいる。彼女曰く、桜は真下から見上げるのが一番綺麗に見えるんだとか
『一緒にどーですか』なんて笑うから
肩を竦める事でそれに応えながらすぐ隣に腰を下ろした

『いやあ、たまには目立たない場所にでも行ってみようかと』
『…確かに此処は一際静かだね。なに?瞑想場所なの』
『瞑想するほど悩みも無いけどねー。花が擦れる音の中に落ちるのも一興かなと』
『…』
『たまには脳みそカラッポにすんのも大切なんですよ、人間にはね』
『へえ』
『輝には難易度高いだろーけど』
『…今は、そうでもないよ』
『……ふうん』
『なに、そのニヤついた笑み』
『仕事人間な輝からそんなセリフが聞けるとは思ってなかったもんで』
『黎明が居るからね』
『うえーい。休暇消化にめっちゃ貢献してんじゃん、私』
『否定はしない』

両手を後ろに着いて、足を投げ出して、見上げた薄紅
変わらない事が当たり前のこの世界で
確かにここからの景色は中々に静かで少し意外だ
城に戻れば少なからず人の気配もあれば様々な音だって聞こえてくる。大切なものもあればくだらなく無価値に等しいそれすらも平等にだ。
人の干渉が一切ない場所なんて、この天界にもまだ残されていたのか

黎明は"こういうの"が割と上手い方だと思う。
飄々とした性格上掴み難くはあるけど、自分の中で均衡を保つ行為を疎かにしないから。ついでに言うとそれは周りにも少なからず影響を与えていく。

『あの二人の前ではまずやらない』
『ま、輝の場合は竜王殿たちの前とかの方がやりやすいとは思ってる』
『…全くしない訳じゃないけど、黎明の時とは少し違うと思う』
『それは分かるー。私も捲簾や天蓬の前と輝の前とじゃ違うからね。』
『なんだろうね』
『なんでしょーねぇ』
『…』
『そういや、下界も今じゃ春なんだって』
『ああ、だから天蓬の脱走率が2割増しなの』
『そーそ。下界の桜の下で昼寝するんだって』
『流行ってるの、昼寝』
『ま、春眠暁を覚えずって言うくらいだからねえ』
『? 何それ』
『下界の書物。穏やかな春は一旦寝たらなかなか起きれないって言う意味らしい』
『常春の此処じゃ適応されないね、それ』
『あははっ、言えてる。でもまあ…たまにはいーんでない?』
『こんな射殺ポイントで昼寝しろって?』
『凄腕の狙撃手なら身内にしか居ないし、何かあったら気付くでしょ。お互い』
『まあ正論だね』
『意外とココの芝生も気持ちいいんだよ』
『……ああ、本当だ』

私とは当たり前だけれど違う空気を纏う彼女とは、まあそれなりに永い時を過ごしてきてるけど。敖潤とはまた違う繋がり方をしてきたから。言葉にはしなくても、多分黎明も気付いてるんだろう
無意識の内に、お互いが傍に居るこの空気を心地好いと感じている事を

理由なんてないし、別に必要性も感じない。

ただ、そこに相手が居るから。

『黎明』
『なーに、輝』
『貸して』
『あ、いいねそれ』
『…久しぶりに触ったかも。相変わらず豆だらけ』
『わはは。そりゃあ輝みたくチートな気功術なんて使えないからね、私。輝はやらかいなあ』
『別に武器が使えない訳じゃないんだけどね。しっくりこなかっただけ』
『うん。今思えばめっちゃ違和感あるもん、輝が銃とか刀とか持ってんの』
『センスは負けない自信ある』
『ほんっとチート過ぎてラスボスもびっくりだわ』
『戦術の幅が広がるから得でしょ』
『頼りになる補佐官サマで頭が上がりませーん』
『黎明だって特殊じゃない。一刀一扇型の武器なんて、この天界軍の中でも他に居ない』
『ま、そこは武器屋だった父親のおかげだわ。アレンジし放題だから』
『銀花は黎明が設計したんだっけ』
『そーそ。普通の武器じゃつまんないじゃん?』
『それでこの豆の数と皮膚の硬さになる訳ね』


私も、黎明も。

きっとそれしかないし、それだけで良いと思っている

…多分、変わらないと知っているから。


『気まぐれなんだよ銀花は。不機嫌な時とかはめっちゃ動きが硬くなる』
『でた。黎明の武器対話。変人呼ばわりされる所以にソレも絶対入ってると思う』
『筆頭は上二人だわあ』
『そう言えば…こないだ舌打ちしながら銀花に文句言ってたって、呆れた顔で袁世が言ってたっけ』
『あー。任務中にヘソ曲げたんだよ。多分連チャンだったから手入れする時間を満足に取れなかったのが原因』
『具体的にそういう時ってどんな感じなの』
『これ見よがしに重くなるし、起動もブレる。しっかも撫で斬りする時にブレるから切断し損ねるんだよ』
『ああ、それは』

何度か見た事あったっけ。
普段の彼女からは似つかわしくない程に不機嫌な顔で舌打ちをする様子に、初めは群がる有象無象に苛立っているのかとも思ったんだけど。
銀花片手にブツブツ文句を言う姿に瞬いた事があった
持ち主に似るって事なんだろうなと
何回かその光景を見掛けてはそう思っていた

『だからそうなったら機嫌直んのに時間かかるから、手入れした後に月明かりの下に放置すんの』
『へえ』
『月と桜がどーもお気に入りらしくてさ。酒飲みながら一晩放ったらかし』
『武器とそこまで会話出来るのも珍しいよね。オーダーメイドだからなの』
『んー。どうだろね?命を吹き込む場に居たからってのも確かにあんだろーけど…、ふわぁあ』
『…、そんな大きな口開けて欠伸してるとまた捲簾にドヤされるよ』
『いないから出来るんでしょーよ。私もさすがに欠伸一つで30分も説教喰らうのは避けたい』
『そういう所、意外と厳しいよね。捲簾って』
『輝ー、昼寝しよ昼寝。んで起きたら手合わせ1発どーよ』
『良いよ。私も少し寝る。昨日遅くまで書物読んでたから』
『よーし。先に起きた方が起こすって事で』
『ん』
『おやすみ、輝』
『…おやすみ、黎明』

安心、信頼、等身大、常とは違う空気を吸える場所

付加価値なんて考えるだけ不毛だ。


握りしめたそれから伝わる微かな体温は、昔から人よりも低かった

見上げた先の薄紅とはまた違う花の香りも、いつだって白煙と共に漂っている

ソレに気が付かなくなるほどには染み付いていた事実に、少しだけ

気が緩んでいる事に気が付く自分がいる


『…嫌な気がしないのも、多分黎明だからなんだろうね』


呑気に口を半開きにしたままの姿は完全に警戒心をどこかに捨て置いたかのようで。コレが戦場じゃああも変わるんだから笑いたくもなる。
黎明からしたら私も似たようなものだと言われるんだろうけどね。
握りしめた左手に落とした視線
寝ているのにそれはしっかりと握り返されていて。

そんな些細な事だけど、なんてこと無い事かもしれないけれど

『…寝よ』

黎明が纏う空気の一部に溶け込めている証であり

私のそれに溶け込んでいると言う証でもあるから。


何となくくすぐったくなる


最後にともう一度見上げた先の薄紅が、吹く風に揺れる音を聴きながら


私もそっと、瞳を閉じたんだ。











← | →
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -