嫦娥の花宴 | ナノ




掬いあげたい、思いがあるなら。







『毎週毎週、どうして部屋の片付けから始まるの』
「あはははは。いやあ、すみません」
『そのセリフは聞き飽きました』
「どうしても散らかっちゃうんですよ」
『出したらしまう!子供でも出来るっ!』


土曜の朝9時。

朝食を食べていた時に鳴った小さな箱は、彼からの呼び出しを知らせていて。

嫌な予感しかしないままに向かった彼の家

それ程離れていない距離でも、車が必要な距離

付き合い始めた当初、貰った合鍵でドアを開けたらまあ。

足の踏み場もない程に広がる本の数々とご対面だ


「友香がいてくれると助かります」
『私はお片付け屋さんじゃないからね、天蓬』
「? 当然です。友香は僕の大切な彼女ですから」
『…、いや、うん…そうだけど、そうじゃない』
「あれ?もしかして照れてます?」
『〜〜〜っ、いいから早くお片付けっ!』
「照れたあなたも可愛いですよ」
『天蓬少し黙ろうかっ』


種類ごとに纏めて棚へ戻す途中

長身な彼がその背を屈めて覗き込む。

綺麗な色をした眸が優しく揺れていて、慣れない近距離に胸が揺れた


くすくすと肩を揺らす彼を睨んでみても、きっと効果はない

だって絶対、目元も頬も色付いてしまってるから。

…本当に慣れない。あの、整った顔も、甘い視線も。


「…ねえ友香」
『なあに天蓬』
「本当はね、僕にだって片付けくらい出来るんですよ」
『そうね。25歳にもなって出来なかったら、私ビックリ』
「僕ら付き合ってどのくらい経ちます?」
『え?』
「どのくらい、経ちました?」


伸びてきた二つの長い腕が、私の耳のすぐ横へ。

唐突な問いかけに振り向けば、いつになく真剣な色があった

彼の腕に閉じ込められて、腕に抱えた本を抱く腕に力がこもる


『…っ、天…蓬…?』
「答えてください、友香」
『え…と、大学からだから…4年…?』
「そうです。もう、4年です」
『う、ん…?』
「互いに仕事を初めて、逢える機会も大学と比べたらとっても減りました」
『ん…』
「だからね、散らかすんです」
『…』
「友香に逢いたくて、散らかすんです」
『一緒に片付けるため…?』
「一緒に居るために、です」


少しだけ拗ねたように。

仕事が忙しいのはきっとお互い様。土日の休みもバラバラだから

少しでも傍に、そして長くと思っていたのは

どうやら私だけではなかったようだ。

瞬いて見上げた先、困ったように笑う、彼


「僕は早く友香をお嫁さんに欲しいんですけど」
『…っ』
「真面目なあなたは、僕と一緒になると甘えてしまうからダメだと、自立できるまで待って欲しいって」
『い、言いました…』
「でもね。これ以上待たされたら、僕の方が寂しくて死んじゃいそうなんですけど」
『それは…!、んっ』


言いかけて、塞がれた。

いつのまにか絡めとられた体は自由を失っている

ゆるゆると絡めとられる熱に早鐘を打つ胸の奥

名残惜しげに離れた隙間から、繋ぐ糸がプツリと途絶えた


「…ね?」
『っ…ね、って…』
「毎朝ずっと、おはようって言って欲しいです」
『ん…』
「寝顔だって僕がずっと見てたいし、抱きしめたまま眠りたいです」
『…』
「毎日友香の手料理も食べたいです」
『天蓬…』
「コレ以上我慢させると、あなたの身体が大変なことになりますよ?」
『!?』


耳元で囁かれた言葉に、震えた体はすっかり彼の色。

もっとちゃんと、自立できるようになるまでって

同居も結婚も考えてくれていた天蓬に、ストップをかけたのは私

それでも、それでも。

尚もまだ求めてくれる優しい彼は、手離したくないと言ってくれるから


『…一緒に、』
「はい?」
『もし一緒に住んだら…天蓬、本ばかり読まない…?』
「僕の一番はダントツで友香だけです」
『は、恥ずかしいけど…嬉しい、かな』
「大丈夫ですよ。あなたが一緒に住んでくれたら、この本全部捨てます」
『えっ!?そ、そこまでしないでいいよっ』
「だって友香の物も二人の物も増えるんですよ?」
『天蓬本好きでしょっ』
「友香が一番好きです」


事もなく、あっさりと。

あたたかい笑顔と共に言い切られて、思わず瞬いた数秒間

抱きしめてくれる腕は、相変わらず強いから

身動き一つできないまま、押し切られてしまいました


「今日からもう帰しません。」
『ま、まって天蓬、荷物とか引っ越し手続きとか…!』
「ぜーんぶ僕がやりますから、なにも心配いりませんよ」
『…、』
「今日からずっと、ずーっと一緒です」



笑って、抱きしめて、また笑ってくれた彼。

腕に抱きしめたままだった本を棚へと置いてから

自由になった両手で広い背中を抱きしめる

離しません。ありがとう。離さないで。傍にいて。


いつもと変わらない日常の中に埋もれていた、新しい始まりの切欠

手を引いてくれたあなたに、受け入れてくれた彼に


今度は私から、薄い唇へと想いを寄せた







―――――――――――――――――――――――――――――――
(ね、ねえ天蓬?本当に捨てるの?)
(だって僕が本を読むのは、友香に逢えない寂しさを紛らわす為ですよ?)
(…、)
(あまり可愛い顔しないでください、夜まで待てなくなるじゃないですか)
(な…っ!?そ、そこはがんばって…っ)
(ああほら…そういう顔ですよ。もしかして誘ってます?)
(ちっ、違う!)
(…すみません。やっぱり無理そうです)
(!?)





綺麗な笑顔で伸ばされた腕。
逃げる前に捕らわれてしまえば、
ふわりと浮いた身体がこれからを悟らせる。


パタリと閉じられた扉の先は…
語ることなんてできないほどに。





「だめですよ?友香の全部は僕だけのものですから」





悪戯に笑う策士が、囁いた。









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