嫦娥の花宴 | ナノ



眺める度に込み上げたのは、締め付けるような切なさと

ぬるま湯のような懐かしさだった





降り注ぐ光が反射して、まるで水面のような。






「結香姉ぇおはよう!雪積もってるッ!!俺またあの雪だるま作りたいっ!!!」
「…っ、朝っぱらから叫んでンじゃねーよこの騒音猿ッ」
「猿じゃねーし、悟浄寝過ぎ。脳ミソ腐るって三蔵言ってたぞ」
「余計なお世話だっての!」
『おはよう悟空。朝から元気いっぱいだね』
「外めっちゃ雪積もってんの!俺がガキの頃に一緒に作ってくれた雪だるま作りたいなって!」
『ふふ。三段のやつかな』
「そーそ!めっちゃ可愛かった!」

貸し与えて貰った和室の一角
備え付きのポットと急須で結香が煎茶を用意していた際、気持ちのいい程に軽快な音を響かせて開かれた障子に思わず寄った眉間のシワ。コッチは寝起きだっつうのに朝から喧しい猿だぜホント
キラッキラとした笑みのまま両手に沢山の防寒グッズを抱える姿に、結香が楽しげに目許を緩ませて微笑んでいる
なるほどね。雪が積もってンのか。
どうりで夜明け辺りから冷え込みが強くなったと思えば…
雪でテンション上がんのは犬だけじゃねえってコトか

「雪遊びなんざ成人間近の野郎がする遊びじゃねーぞ」
「そーやってダメな大人になるんだって八戒がさっき言ってた」
「…あんにゃろ」
「どーせ悟浄だってヒマしてんだろ!良いじゃんっ、たまにはさ。雪合戦やろーぜ」
「なんっでこんなクソ寒ィのに出なきゃなんねえンだよ……って、なーにやってんのよ結香」
『折角悟空が誘ってくれたんだし。私も雪は好きだから』
「…」
「結香姉ぇ用に紗烙から暖かそうなのいっぱい借りてきた!」
『ありがとう。本当だ…随分あるね』
「分厚い靴下だろー、雪駄だろー、手袋とマフラーと帽子!あっ、この毛皮のコートむっちゃ暖かいんだって!」
『毛皮コートなんて随分と贅沢だ』
「結香姉ぇは冷え性だから、八戒がカイロも持たせてって」
『至れり尽くせりだなあ』
「…はあ」

畳に広げられたそれを手に取る結香は既に行く気満々だ。元より結香の中じゃ悟空の誘いを断るなんて選択肢は用意されちゃいねぇからな
"雪駄は外で履こうかな"と徐々にフル装備になっていく姿に吐き出したため息
こりゃ止めてもムダだよな。
八戒も分かってたからなんも言わなかったんだろう

「マフラーして、帽子被って…あ、結香姉ぇ耳出てる。しまっとかなきゃっ」
『? こんな感じかな』
「ん!大丈夫っ」
『ありがとう。それじゃあ行こうか』
「だーっ、待て待て待て!俺も行くからちょっと待ってろ」
『外寒いから中に居てもいいよ。悟浄あまり厚着しないんだから』
「いーんだよ俺は体温高いから。てか、コートの前閉めとけっての」
『動いてれば暖まると思うの』
「万年冷え性がなァに言ってンだよ。雪原なんざ一瞬で氷漬けだろ。悟空、カイロ寄越せ。んでもって結香、お前一旦座れ」
『ん』
「どーすんの?」
「足から冷えっからな。靴下の間に入れとくんだよ」
「へえー。悟浄って結香姉ぇの事だと頭いいよな」
「ケンカなら買うぞ猿」

無造作に巻かれただけのマフラーを手に取って隙間なく広げながら結べば、暖かいねと笑うから。
そりゃそーだろと苦笑したんだ
簡単に着替えだけ済ませて袖を通した厚手のコート
見てて寒いとか笑う悟空にお前も似たようなモンだろと内心で思う

じゃあ出発ー!と、勢い盛んに正門へ向かう後ろ姿が完全にガキのそれにしか見えなくて。
寒空の下で子守りかよと肩をすくめれば、すぐ隣を歩く彼女が懐かしむかのようにその瞳を細めて眺め見るから。まだ嵌めていない小さな手を"繋ぎとめた"んだ

友香にとって、雪が特別なものであることを知っているから

「…お前ってホント悟空に甘いよな」
『あの子の願いは叶えたいんだよ。例えどんなに小さなものでも』
「…」

それは、きっと。

過去に叶えてやれなかった"願い"があったから

戸口を開け放った先に広がった銀世界

早く早くと急かす悟空が、既に小さめの雪玉を作り上げていた

「結香姉ぇは一番上ので、悟浄が真ん中のヤツな!俺はデッカイやつ作る!」
『赤い実と…あとは小枝も必要だね。顔はなにで作ろうか』
「んー…葉っぱとか?」
『埋め込んだらくっついてくれるかな。それか厨房で使えそうな材料があるか探してみようか』
「あっ!じゃあみかんとか頭に乗せたいっ」
『ふふ。鏡餅になりそうだね』
「雪鏡餅!」
『美味しそう』

笑っていて欲しいのだといつも願っていた
託して繋いだ大切な生命だからと
目の前では手袋を嵌めた結香が悟空と一緒に雪玉を転がし始める様子を、俺は苦笑混じりで見下ろした

深い深い、繋がりだ。
強く刻まれてきた想いだ。

「悟浄ーっ!なにやってんだよ、早く雪玉転がそうぜ!」
「へーへー。作りゃイイんだろ作りゃ。ったく、なんだっていい歳した野郎が雪玉なんざ作んなきゃなんねーんだか」
『たまには童心にかえるのも大切かなって。後で雪合戦しよう』
「…やけにご機嫌ねお前は」
『うん。…悟空がね、雪はもう怖くないんだって』
「…」
『綺麗なものは好きなんだって、笑ったから』
「…そーかい。そりゃあなにより、ってな」



どことなく、気恥しそうに

それでいて…ホッとしたかのように

ゆうるりと吐き出された白い息を追いかけて見上げた空が


澄み切った青を無限に広げながら見下ろしていた















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