嫦娥の花宴 | ナノ



知らないフリと気が付かないフリは

どっちがタチ悪いんだろう。








『ほーらもう、誰かさんのせいですっかり夜じゃん』
「破天荒な発想しまくる誰かさんの自業自得だろーが」
『別にサシで虎相手にドンパチしかける訳じゃないんだけどなー』
「事の展開によっちゃ似たようなモンじゃねぇか」

あれから捲簾に散々小言を喰らったあと、その遺跡へ捲簾が同行する話がほぼ強制的に決められていて。簡単に事の流れを緋秀さんに報告すれば驚いたように捲簾のこと見つめてたけど。そりゃびっくりだよね。自分たちでネズミとっ捕まえるわ竜玉の話しを嗅ぎつけるわで…我が上司ながら相変わらず自由奔放だと痛感する
輝と一緒においでと最後に告げて、適当に頃合いを見計らってから目的の場所付近までやって来たと言う訳だ

遺跡の全貌を見渡せる崖の上…吹き抜ける風に襟足と二つの白煙が踊る

視界のやや右斜め上には白銀色をした月が浮かんでいて

確か吟馬と遭遇した時はもう少し高い位置で照らしていた筈だ

『同じ状況と似たような状況は大分違うと思うけど』
「そーいう屁理屈っぽいとことか、天蓬ソックリだわ」
『まあ四六時中一緒にいれば思考回路も似てくるよ』
「やーめろめんどくせぇ。見習うなら俺にしとけ俺に」
『ええー。捲簾見習っても銃の腕しかレベルアップしなさそう』
「少なくともお前らのブッ飛んだ思考回路は消せる自信あるっての」
『結果よければそれで良し、ってね』
「お前らの場合は過程が物騒だから却下」
『細かいこと気にし過ぎるとハゲるよ』
「俺がハゲたら原因は確実にお前らだわ」

目的はネズミ狩りと虎皇を炙り出すこと
どのくらいの人数が絡んでるかについては分からずじまいではあるけど
そういえば他の竜王はどう動くんだろう。まあその辺は輝が認識してそうだから問題ないか。敖欽殿とか絶対に面白がって参戦しに来そうだ。戦闘に関係あるなし関わらず、竜王ってだけで実力なんてみんなケタ違いだろうしね
敖広殿はこないだのデッカイ任務で痛感したし、敖潤殿は言わずもがなだし。敖炎殿はなんかもう見ただけで色々と納得出来る。あの4人を相手にする事がまかり間違ってこの先あるとしたら、それはもう本気で死ぬ覚悟くらい決めてから挑まないと瞬殺されそうだ。

「んで?」
『んー』
「お前はどう動きたいのよ」
『…まぁ初めは大人しく予定通りに行くよ』
「竜玉の在処を見つけた、ってか」
『そ。これは私の予想だけど、たぶん私から情報を掴んだらその場で殺しに来ると思うんだよね』
「…へえ」
『拠点への道順も簡単に明かしてきたし、虎皇の事もあっさり教えたくらいだから。どうせ丸腰の女だからってことでいつでも簡単に始末出来るとでも思ってんじゃない?』
「ちょうどよく軍も脱退してるから余計に、か」
『拠点で殺せば死体が発見される心配も少なくて済むしねー』
「バカな連中が考えそうなこった。だぁからずっと銀花も持たずにウロついてやがったのか」
『そういう事。丸腰の方が女は何かと都合がイイんだよ』
「連中のその腐った根性がまず気に入らねぇな」

そんな事態は出来れば全力で遠慮したい
まるで関係のない内容をつらつらと考えては咥えたノアールを思いきり吸い込んでは吐き出した。夜は空気が旨いから余計に吸いたくなるんだよね
淵に座り込んで胡坐をかけば、誰かが数人出入りし始めるのが辛うじて分るんだけど…鳥目だし視力悪いしで全く見えない
左側からは殺気と言うか怒気と言うか…まあその類いの何かが突き刺さってくるし。ちょっと捲簾。殺気立つならせめてもう少し大人しく振りまいてくれないかな。見つかったらどうしてくれる
そもそも何でいきなり殺気立ってんのこの人

『めっちゃ痛いんですけど』
「半分はお前宛てだわ」
『…ソレに気が付いてて一人で乗り込む気ィ満々だったから?』
「分かってんなら良し」
『捲簾の怒気って静かなのに尖りまくってて痛いんだよ』
「そりゃあ黎明、お前の自業自得だろ」
『残りの殺気はあっちかー。良かったまだマシな方で』
「お前に手ぇ出す瞬間見計らって出るわ」
『ネズミ共の攻撃は見送って』
「…」
『連中相手なら素手でもある程度沈められる。多分その後だと思うんだ』
「…虎皇か」
『そ。引き付けるだけ引き付けたら、確実に輝達が辿り着いてる頃合いだろうし』
「…」
『もちろんタイミングにもよるけどさ。出来れば虎皇相手の引き付け役を一緒にやってくれると有難いなって』

自分の地雷ポイントを判断させないところはほんっと捲簾と言い天蓬と言い良く似ている
輝はあれでいて凄く分かりやすい
敖潤殿が絡んでると余計にだ。まあ輝はあの無表情でキレるからうっかりその場に遭遇すると相手に同情すらしたくなる
チラリと一瞥した先には予想通り
ものすっごい不満そうな顔で視線をよこす捲簾がいて。目は口ほどに物を言うってホントだわ。めっちゃ文句言ってるわその目
捲簾ってこんなに過保護だったっけ

『ふむ。丸腰なのが引っ掛かると』
「確かにあのネズミ共相手なら素手だろうが丸腰だろーが文句言わねえよ。所詮はザコだからな」
『うわあハッキリ言いきったよ』
「問題はその虎皇の出方だ。奴らの得物が何か知ってるワケじゃねえんだろ」
『竜王と似たような実力なら、まあ使ったとしても剣の類いだとは予測してる。あとは輝みたく気功とかね』
「…っとに、お前のその肝の座り加減…どうにかなんねえの」
『あんな妖獣相手の日々を繰り返してたらなあ…無理なんじゃない?』
「…」

ああほら、月が高くなってきた
そろそろかなと腰を上げれば見上げた捲簾も顰めっ面のまま視線を寄越す
行くなら行く、行かないなら行かない
まあ私はどっちでもいいんだけどね。後で輝と合流すんのは確定してるし

『私は行くけど。捲簾はどーすんの』
「ここまで来て帰るなんざ言わねぇよ。いーか、無駄に無茶苦茶な行動とんじゃねえぞ」
『ヘーイ』
「タイミングはあらかた見て動く」
『ん。よろしくお願いしまーす』

崖から遺跡の裏側へと続く急勾配の坂を駆け下りる。中には恐らく吟馬率いるネズミや虎皇が居るんだろう。遺跡の中の道順も一応あの洋紙に書かれてあったけど、問題は目的の場所までスムーズに辿り着けるかだ。こんなどデカい遺跡なんて入った事ない。まあ立ち入り禁止区域に指定されてるってんだから、殆どの人間は知らないだろう。罠とかたくさんあったらどーするよ。針山の落とし穴は勘弁して欲しいなあ

「裏側から入んのか」
『そーみたい。一番左側を歩いてると階段があるから、そこを下るらしいよ』
「見るからに崩れ落ちそうな遺跡だな…ってか、既にあちこちヒビ入ってんじゃねぇか」
『大昔に存在してたらしい天帝のお墓なんだって』
「こんなボロッボロの遺跡がか?」
『そ。管理してくれる人も途中から居なくなったんじゃない?』
「所詮はそんなモンだよな。天帝の扱いなんざ」
『死んだ後まで面倒見きれません、ってね』
「言えてる。ってか、迷わず行けんの」
『地図は見た。あとはもう直感で』
「…ヘンな所で間違えんなよ」

入り組んだ道は薄暗くても両側の壁に備え付けられたロウソクが僅かに床を照らしている。足元が見えるだけまだマシかと。なるべく足音を響かせないように奥へと続く廊下を突き進んだ
ゆらゆらと揺らぐ灯火に照らされる壁には見たことも無いような絵やら文字やらが刻まれていて。これはいつだったか、天蓬の持つ下界の書物に記されていた物と似ていた。考えることは下界も天界も似たようなものなんだろうか

一見不気味にも見える壁画に気を取られていれば届いてきた二つの声
突き当たりの右側から溢れ出る光を見つけて足を止めた

「!」
『たぶんこの声、吟馬だ』
「もう一人は誰よ…琴瑛か?」
『…聞いたことない』
「他のネズミか…それとも虎皇の一人か」
『とりあえず行ってくる』
「気をつけろよ」
『分かった』

入口から数メートルほど離れた位置に捲簾を残して歩き出す。態とらしくカツカツと響かせた足音にピタリと止んだ話し声に上半身だけ傾けて顔を出せば、そこには予想通り吟馬の姿と見たことの無い男が部屋の中心に佇んでいて。どっからどう見てもネズミの風格じゃないわアレ
見た目は50手前ほどだろうか。口元に生やしたヒゲが妙な貫禄と風格を醸し出している

『…あ、合ってたんだあの地図』
「おお。来たか、元西方軍隊長」
『すんごい不気味過ぎて引き返そうかと思ったわ』
「ククク…あの程度の壁画に引き返すほど、繊細な神経の持ち主ではないだろう」
『ま、否定はしない。…そんで?そちらの見るからに強そうな方は』
「…お前が噂の女軍人か」
『まあ今じゃ"元"ですけどね』
「敖潤に嫌気がさすのも分からなくはないがな」
『あれ。あの人の事知ってるんですか』
「…それなりに、な」
『と言うと…虎皇の人って事か』
「如何にも。虎皇一族が一人、牙嶺だ」
『元西方軍第一小隊長、黎明です』
「竜玉の在処を突き止めたらしいな。吟馬からなかなかに性格の歪んだ女だと聞いていたが」
『…随分と雑な紹介してくれたんだねオジサン』
「あながち間違いではないだろう」

うーん。どうやら炙り出す前に自ら接触してきてくれたらしい。腰に差してあるのはこれまた金のかかってそうな装飾の剣
牙嶺とか言ったっけこのオジサン。目の前に佇んではいるけれど、この人からは気配が一つも零れてこない。
虎皇ともなればこれが当たり前と言われちゃそれまでだけど
ある一定の実力を持っていることは明白だろう

「自分を信頼していた補佐官からの情報を悪用しているのだからな」
『いやあ、ワザと村の水路に毒素を流し込むオジサン達に比べたら、私なんてまだまだ可愛い方じゃない?』
「フ…そう言う事にしておいてやろう。打てる手段は選ばず実行するのが基本だからな」
『そーいうこと。だから参考までに牙嶺さんにも聞いてみたいんですよね』
「ほぉ…?私に何を聞きたい」
『一応竜王達とは親戚になるじゃないですか。なのに竜玉を狙ったのはなんでかなーと』
「フン。この天界において親族関係など無いに等しい。我らのように始祖からの純血を受け継ぐ者は特にな」
『始祖…?』
「牙嶺様の一族は、嘗てこの天界の創世者と呼ばれた三皇帝の血を引く格式の高い方々だ」
『…ふー…ん?』
「農村出身の者は知る由もないだろう。本来であればこうして謁見する機会など、お前の生涯を通しても無かったという事だ」
『ありがとうございます?』

端的に言えば下民とは比べ物にならないくらい高貴な存在だってことか
なんでか知らないけどさっきから誇らしげにあれこれ語り出す吟馬と、それを満足気に聞いている牙嶺にそこまで聞いてないわと喉元まで出かかった。私は単純になんで身内に手を出したのかなあって気になっただけだったんだけど
始祖とか純血とか高貴とか、そんなモンは正直言ってどうでもいいし記憶にも残らないだろうし

まあ要するに、纏めるとこんな感じらしい

天界と言う世界観が確立された創世記
主格となった人物は三皇帝と呼ばれこの天界を発展させた。その内の一人である始祖の血を受け継いだ一族が、どうもその虎皇一族らしい。今の天界を統べる天帝もその三皇帝から続く血筋らしく。それなりに交流はあるらしい。
そして残り一つの一族を合わせて、三皇帝の血を引く存在を天神族と呼ぶんだとかなんとか。知らんがなそんなん

『えーと、要するに。その高貴な虎皇一族サマは、本来なら私みたいな下民相手に謁見の機会をくれるよーな御方じゃないって事は覚えました』
「良いだろう。理解力はあるようだな。今回の件に手を貸して下さった方々は皆総じて直系に当たる…呉々も粗相の無いよう努める事だ」
『…』

帰ってもいいだろうか。別にそんな事を聞きたいがためにわざわざ脱退までして潜り込んだんじゃないぞ。非常にどうでもいい情報どうもありがとう
あーあ。ノアール吸い終わっちゃったよ。吸うんならもっと楽しい話題を肴にしたかった。まだ続くのかなコレって

『…じゃあ逆を言えば、なんだってそんな歴史ある方々が同じ闘神族の竜王に狙いなんて定めたんですか』
「この天界軍を統括する男の名は知ってるだろう」
『ええ、まあ一応は。』
「あの男に嫁いだ者が我ら虎皇一族の女よ。純血の身でありながら…たかが闘神族の中でも多少力に秀でているとは言え、他の一族にその血を分け与えるなど愚の骨頂」
『…。』
「我が妹ながら愚かな行動に出たものよ。混じり気のない血を持つ女は虎皇でも希少価値だ。にも関わらず、あの女が産み落とした竜王は我らの血筋が混ざり込んでいる…不純物など我らの一族には不要なモノだと思わんか」
『あー…そういうパターン』

要するに、どうやらこの人は自分と同じ血に余計なものが混じった事実が気に食わなかったらしい。例えそれが自分の妹が産んだ存在だとしても
だから竜玉を狙って不純物と称した竜王達を排除しようと企んだってことか。そんなに血筋って大事なものなんだろうかと、平凡すぎる農村出身の私には全くもって理解不能だ。輝が聞いても全力で"くだらない"と吐き捨てそうな内容だなとは思う
女だろうと男だろうと、誰が誰を好きになろうが周りにとやかく言われる筋合いはない…と思うこの思考は平凡だからなのか。だとするなら一生平凡のままでいいわ

「秩序は保たねばならんからな。故にお前が手にしたその竜玉の在処…話して貰おう」
『…』

その暇人のくっだらない暇つぶしに巻き込まれて潜り込んでる訳なんだけど、そろそろ本番に移っても良いだろうか。探るようにくすんだ色をする眼光がロウソクの火に照らされる
この場所はそれなりに奥行もあるし瓦礫も多い
身を隠すとしても動きやすそうではあるよねぇ

『…宝物殿に入口があるって話しは聞いてます?』
「元よりその場所が関わっているだろう事は容易に想像が着いた。東方軍の老耄が警備体制をしいているだろう」
『その部屋の中心部に描かれた竜紋から、東西南北に向かって床の升目を決められた動きで進むんです。辿り着いた壁の一角にどうやら隠し扉があるらしいですよ』
「ほお…?」
「その情報…誰から仕入れたのか聞いておこうか」
『誰にってより、書庫内にある禁書区域の出生史に載ってました』
「書庫だと…?」
『脱退した身だからそんな頻繁に軍と接触出来ませんからね。それらしい文献片っ端から漁ったんですー』
「天帝城の書庫には膨大な量の書物が保管されていると聞くが…それを全て漁ったということか」
『ウチの元帥が変人極めてるんでね。しょっちゅう書庫から大量の書物持ち出してたんですよ。それでまあある程度のジャンルの位置なんかは覚えてたってコトです』
「竜王の出生史がまだこの世に存在していたとは面白い」
『すんごい古い書物だったんで、当時に書き残したんじゃないかとは思うんですけど。なんせ昼夜問わず宝物殿は警備されてるから近寄れなくて』
「良いだろう。たかが竜に従う者など我ら虎皇にとっては赤子も同然。あとはこちらで手を打とう」
『よろしくお願いしまーす』

初めから私を消すつもりで動くつもりだとしたら、なおのこと

「情報収集、ご苦労だったな。吟馬よ…この女を饗してやるといい」
「ええ、それはもう…最大限手を尽くしましょう」
『…あれー。おっかしいな。オジサンとは契約してた筈なんだけど?』
「生憎と状況が変わってな…貴様のように勘の働く者を生かしておけば、後々面倒な事になりかねん」
『おー、用済みは素早く消しときましょう的な?』
「そういう事だ」

ほォら来た
得意気に大きく手を打ったのを合図に物陰から現れたのは刀を抜いたネズミが数十人。丸腰の女相手にはコレで充分だろって事ですか。どうもありがとう五分で終わらすわ。これって確か全員闘神軍だっけ。少しは骨のあるヤツいるのかな
バカみたく360度包囲したのはいいけど…教わんなかったのかねぇ

『"ダマになるな"って、接近戦じゃ常識じゃないの?』
「ぐわっ」
「な、なんだこの女ッ!」
「所詮は丸腰…畳み掛けるぞ!!」

突っ込んできた数人の刀を掻い潜って足払いをかませばこれまた面白いくらいに転がっていく。軍人が足腰弱い時点で色々アウトだよね。そもそも構え方からしてなっちゃいない。ウチの凄腕剣士に見せてあげたいわ
一端にプライドはあるのか。第二波は多少時間差を作って斬り込んでくるのを手刀で叩き落として蹴り上げた
ネズミ相手に時間を割けるほどコッチは暇じゃないんだっての。適当にそれを何度か繰り返せば五分足らずで全員呻き声を上げながら転がっている

「貴様…歯向かうつもりかっ」
『私を殺してもムダじゃないかなー。もうそろそろ今回の件を知った竜王率いる援軍も、この遺跡に辿り着く頃だと思うし』
「なッ!おのれ…脱退した筈じゃ無かったのか!」
『してるじゃん現在進行形で。ま、それも一時的にだけどね』
「…我らを謀ったのか」
『ネズミ狩りも出来たし、あんたらのくっだらない計画も聞けた事だし。無駄骨にならなくて良かったよ』

問題はこの後なんだよね
一族が絡んでるなら牙嶺だけで終わるとも思えないし、仮にも竜王相手に事を企てるならそれなりに戦力だって必要になる。あと残り何人いるんだろう
もう少し嗾けたらノッてきたりしないかな
纏めて顔出してくれたら手っ取り早いのに。そしてそろそろ捲簾の我慢がきかなくなってきそうだ。牙嶺の殺気と怒気で上手い具合に紛れてるから気が付かれてないんだけど
…って。あれ。あの小太り何処行ったよ
気が付いたら消えてるとかほんっとネズミらしい

「なるほど…我らの行動はお前を通じて筒抜けだった訳か。実に面白い展開にしてくれたものだな」
『あんまり竜を侮らない方がいいと思うよ、オジサン』
「ほざけ。竜王などともてはやされた若造など、我ら5人で片が着く。安心しろ、手始めに貴様から屠ってやるわ」
『あ。残り4人居るんだ』
「我が剣の贄となれ」

うーん。このバカ広い遺跡内にいるその4人を探すのは正直めんどくさい
肌を突き刺す程の殺気と共に虎が牙を剥く
瞬き一つで眼前に差し迫って振り上げられた獲物に、うわあさすが武神と謂われるだけはあるなあと。人体真っ二つは避けるべきかと左足を動かした刹那

「丸腰の女相手に全力かよ、オッサン」
「!」

耳を劈くような甲高い金属音が響き渡った

思わず両手で耳を塞ぐ程のそれに知らずと寄った眉間のシワ

銃弾と刀身がぶつかり合うとこうも不快な音がするのかと

実は初めて知ったような気がした

「…誰だ貴様は」
「手のかかるじゃじゃ馬の躾役、ってとこだな」
『だぁれが躾役だ。割と手を焼いてるのは私だと思うぞ』
「こんな優秀な大将つかまえてナニ言ってんの」
『むしろ捲簾が何言ってんの』
「…西方軍の者か」
「ウチの隊長が世話んなったよーで」

視線が一瞬だけ捲簾に向けられたのを狙って袖口から振り出した鉄針を至近距離から投げ放つ。銀花に差し込む物と同じだから、麻酔薬や麻痺薬、微力の毒薬などを練り込んで造られた特注品なんだけど。まあ意図も簡単に弾き返されましたよね。横一文字に薙ぎ払われた剣筋を紙一重で飛び退いて躱した先、彼のやや後方へと着地した

「…隠し武器か」
『無意味でしたねー。知ってたけど』
「黎明、なんか上の方が騒がしくなってんぞ」
『たぶん輝達が到着したんじゃない?五人纏めて集めんのは無理だったか』
「吟馬が放った獣人共だろう。さあて、何人屍人が出るか見物だな」
「『!』」

突如として大きく反響した"何か"の咆哮
巨大地震かと思わせる程に揺らぐ大地に重心を取って耐え抜けば、一気に崩壊した壁の一角から放たれる異質な気配に捲簾の表情が歪む。その暗闇から這い出てきたのは5mから10m程の巨体を持つ獣たちだった
私たちが下界で相手にするようなモノとは明らかに違う。獣の形をしているのに二足歩行だし、割と人間の体と特徴も似ている
けれども、唾液で濡れた鋭利な牙と眼光がロウソクの灯に照らされてものすっごい不気味さマックスだ
待ってなにアレ。こんなモノを遺跡の地下で飼い慣らしてたっていうの

「バカッ、避けろ黎明ッ!」
『!』

謎の生命体に意識が一瞬持ってかれた直後、迸った闘気が前方から放たれる
やっぱりそれなりに気功に似たような技も使えるのかと。後方から雪崩込んでくる獣人との間に挟まれた事実に舌打ちしたくなる。気功系の技はさすがに銀花が無いと弾きようがないもんなあ

『(焦った捲簾の顔ってあんまり見ないよね、そう言えば)』

こんな状況下でもどこか他人事のように巡る思考回路に我ながら呑気なものだと感心したりして。バレたらまた説教タイムが始まりそうだとは思うけど、だってさ

『―――…ごめん、上で足止めくらった』
「!?」
「輝!?」
『…登場するタイミングがずるいんだよねぇ、相変わらず』

聞き慣れた低音と共に眼前に広がったのは12枚の薄い光
札のように一枚一枚がシールドを張るように連なったそれが私に放たれた闘気を完全に遮断した。天井に近い入口からいつの間にか躍り出た輝がそのまま飛び降りる。空中で投げ渡された銀花を片手で受け止めた瞬間、金属音を響かせながら最大限に広げては背後から振り下ろされた獣の大腕を弾き飛ばした

絶対もうそろそろ着くんだろうなあって、そう思ってたから

『銀花サーンキュ。でも悪いね、虎皇は既にバラけてたらしい』
『良いよ。上で彼らが嬉々としてやり合ってるから』
『それって主に敖広殿と敖欽殿じゃなくて?』
『当たり。捲簾、天蓬がもう少しで来るからこの獣人任せるよ』
「〜〜〜っ、お前らなぁ…っとに、ヒヤヒヤさせやがって」
『輝の気配が直ぐそこまで来てたから。ああこりゃ大丈夫だわって』
「コッチは肝が冷えたっての!」
「おや。既に全員お揃いでしたか」
『あ、てんぽーう』
『とばっちり喰らう前に抜け出せて良かったね』
「ええ…本当に」

崩壊した壁の一角から絶えず這い出でる獣人と目の前で愉しげにその眼光を光らせる牙嶺。飛び降りて来た天蓬が着地するのと同時に4人で背中合わせで相対した。さあて。華麗に挑んで見せましょう。武闘派集団と謳われる西方軍の力、張り切って披露しなくちゃね

「天蓬、お前来んの遅すぎ」
「いやあ、滅多にあんな桁違いの戦闘なんて見られないでしょう?ちょっと観戦しちゃいました」
「呑気かよ…」
『獣人狙うなら眉間をヤりな。心臓ないから』
「マジか」
「どうも人造計画まで企てていたみたいですよ。手足を切り落としても平然としてますし」
『うえーいさっすが人外』

空中で輝の気功が淡く光を放ちながら遊泳する
彼女はその指先全てを駆使して一枚一枚の動きを正確に操る事が出来るんだ
シールドのように張り巡らせれば防御の高さは西方軍一…加えてソレを矢の如く放つ事で対象を仕留める事が出来るってんだから、ほんとオールマイティ過ぎるよねぇ。本人曰く体術なんかは相性悪いとか言ってたけど。それだってレベルの高い謙遜だと思ってる。
私の中で遠距離戦で敵に回したくない人物NO.1だ

「次から次へと…西方軍は余程暇人らしいな」
『…アンタの仲間も時期に彼らが捕縛する。諦めて白旗振ったらどう?』
「笑止!たかが若造の竜如きに遅れをとる同胞ではないわ」
『…』
『(あ。地雷ぶち抜いた)…このオジサン、遠近両方使えんだよね。私さ―――…防御捨てて良い?』
『問題ない。フォローする。全力で叩き潰すよ』
『ヘーイ。そう来なくっちゃ』

竜王全体を馬鹿にする行為は輝の中で即座に"敖潤殿を侮辱された"に切り替わるんだよね。見てみなよ。いつにも増して表情筋が仕事放棄してるし放たれるオーラなんて氷もびっくりなほど冷たい。この辺りだけ一気に気温が下がったわ。後ろ二人も「あーあ」「バカだろ、コイツ」なんて呆れてる。広げた銀花を完全に閉じてから、ノアールに火を灯して切先を向けながら笑ってやった

『天界軍きっての実力派―――…ナメてかかると火傷するよ』
『あの人を侮辱するヤツに容赦はしない…全力で来なよ、オジサン』
「良いだろう…貴様らは私が責任もって殺してやろう」


迎え撃つならすべてを以て

鳴り響いた捲簾の銃口を皮切りに、一斉に大地を蹴り飛ばした









自分の実力がどこまで通用するのか…試してみたいとは思ってたんだよね

私はもう、表立って戦闘の場に就くことは少ないから


『(左右から闘気が複数…軌道も狙いもブレはない、か)』

勢い盛んに切り込む黎明は接近戦が得意だ
その黎明を相手にしながらも抜け目なく急所を狙って放たれる闘気を見る限り、武神と謳われるだけの実力はあるらしい
言葉通りに一切の防御を捨てた黎明の背後から伸びる闘気を指先で張り巡らせた気功で弾き飛ばす。もう完全に自分で防ぐ気も無ければ、私がいるから当たるとも思ってないんだろうね。別に良いけど
体制を切り替える刹那に放たれるそれは私の急所を狙うことも怠らない
足場を転々と変えながら空中で光る気功の軌道を変えて死角から男へと撃ち放った。黎明の鋭い一撃をいなすと同時に薙ぎ払われた横一線で私の攻撃も弾かれたけど。なるほど。視野もそれなりに広いらしい

「…どうやら腕に自信があるのは本当のようだな」
『ウチは実力派なんだよ。オジサンも私たち相手にまだ余裕そうだね』
「フン。小娘共に殺られたとあれば、それこそ虎皇一族最大の恥よ」
『寸での所で弾かれるもんなあ。お互いザックリいこうよ、ザックリとさ』
『黎明はザックリ過ぎるんだよ』
『だって輝がいればどうにでもなるでしょ』
『…そんなびっくりした顔で豪語しないでよね』
『否定しない時点で同じかなあと』
『言えてる』

ぐるぐると肩を回して『どーすっかねぇ』とボヤく言葉に視線を男へ戻す
ここが遺跡の地下じゃなかったら上の時みたいに気功を思いきり放つ事も出来たんだろうけど、なんせ倒壊の恐れがある場所だ。私や黎明だけならどうにでもなりそうなものだけど、捲簾や天蓬も一応いるからね。下手な巻き込み方をしたら黎明が拗ねそうだ
次の手をどうするかと逡巡した刹那、膨れ上がった闘気

「…肩慣らしは済んだかね?」
『…』
『お陰様でねー。すっかり身体も温まったわ』
「ならば段階を上げてやろう」
『『!』』

如何にも悪役にありがちな笑みを浮かべた男の手のひらから巨大な闘気の塊が一直線に床や壁を消し飛ばしなから放たれる
コッチは倒壊しないように気を配ってたって言うのに。何をしでかしてくれるんだと盛大に舌打ちした
コレで遺跡全体が崩壊しても私たちのせいじゃないよね

『突っ込んできたら任せるよ、黎明!』
『オーケィ。とりあえずこの爆弾頼んだわッ』

即座に反応した私たちがある程度互いの距離を詰める。右腕を振り払って前方に広げたのは、厚みと強度を最大限に調節した気功のシールド
縦横5mほどまでに造り上げた直後、両手を前に突き出して腹に響く程の重圧を受け止めた

腕から伝わる痺れにも似た感覚に…広げた気功の一枚一枚が僅かに震える

「フハハハハハッ!!三皇帝の血を引く虎皇を常人と侮った貴様らの奢りが敗因だッ!!」
『っ、やっかましィわオジサンッ!!』

闘気を纏わせた剣を片手に予想通り突っ込んできた男に思いきり踏み込んだ黎明が振り下ろした一線
ぶつかり合う刀身が生み出した火花が霧散した

「体内に宿る虎門を操る事で可能となる気の増幅は、我ら虎皇一族にしかなし得ぬ技!!跡形も無く消し飛ぶがいいッ」
『『ッ』』

何が気の増幅だ。めんどくさい事この上ない


一泊置いたのち…ガラスが割れるような耳障りな音を響かせて

私たちは勢い良く後方へと弾き飛ばされた


『〜〜〜っ、うっは…ありゃキッツいわ』
『…気功が砕かれたのは初めてだ』
『でもまあ無事そうでなにより』
『!、腕やられたの…』
『問題なく利き腕は生きてるよ』

瓦礫の山に埋もれた半身をどうにか動かして這い出れば似たような状態の黎明が片耳を抑えながら顰めっ面をしている。弾き飛ばされたと当時に斬撃もセットで飛んできてたから、お互いあちこちから紅が滴り落ちていた。通りで瓦礫が赤黒く染まってると思えば。
邪魔な光が目眩しの役も担ってたもんだから、私も黎明も気配だけで突っ込んできた男を正確にさばくのに手間取った

『加えてパワーも上がったって事か…めんどうな』

黎明は切り結んだと同時にあの衝撃で左腕をやられたらしい
咄嗟に利き腕は庇ったんだろう。瓦礫の山に仰向けで転がりながらも、右手で掴んだ銀花を持ち上げては大丈夫だと揺らしている。受身を取ったとしても単純に身体に伝わる威力が大き過ぎたという事か

「黎明ッ、輝!!」
「大丈夫ですかっ、二人とも!」
『…こっちはどうにかするから、捲簾も天蓬も獣人を寄越さないよう食い止めて』
『流石にあのオジサンと獣人相手はしんどいもんなあ。って事で、ソッチよろしく』
「お前ら二人でどうにか出来んのか…!!」
『『どうにかするんだよ』』

見逃すつもりはないんだ。だったら是が非でもこの男をとっ捕まえるなり半グロにするなりしないと、今まで費やした時間も労力も無駄になる
異口同音に言葉を返してからゆっくりと立ち上がった
捲簾も天蓬もうじゃうじゃと蔓延る獣人相手で手一杯だろう。別に援軍が欲しいんじゃない。その厄介そうな獣達を引き受けてくれるだけでも、私たちからすればだいぶ助かるんだよ

『(さて、と…ぶっ倒れない範囲ならまだセーフだよね)』

向こうの威力はだいたい今ので身をもって実感した。防ぎきるにはもう少し強度と厚みが必要らしい。次は近距離戦を仕掛けて来た際、黎明へ纏わせる気功も少し調節した方が良いだろう
半身を預けるようにして互いに構える。そもそもそう何度もやり合えるような相手じゃないんだ。長期戦に持ち込むつもりは無い

『…黎明、ちょっと聞いて』
『あいよ』
『私が持つ気力全部使う勢いで行くから、防御は捨てたままでいい』
『…近距離戦に集中しろって事ね。どうせ馬鹿の一つ覚えみたく同じ手でくるだろうし?』
『そう。黎明の右腕に気を纏わせるから、他はどうにかして』
『分かりやすくてイイね―――…でも、自分の防御も忘れないよーに』
『…考えとくよ』

体内に宿る気は他と比べても私はとても多いらしいから。だからこそ気功術にも応用をきかせた方法で戦闘スタイルをつくることが出来た。黎明の動きに合わせた気のコントロールと、先程よりも更に強度と厚みを合わせたシールドが張れればそれでいい

「ほお…懲りずになおも立ち上がるか」
『生憎と、逃がす気ないんだよねぇ。悪いけどまだまだ付き合って貰うよ』
「吐かせッ!!今この場で逃げなかったこと…後悔させてやろう」
『黎明突っ込んでッ』
「!」

同じ事を考えていたんだろう。叫ぶのとほぼ同時に地を蹴った黎明が既に男の懐へと飛び込んでいた
眩く光る闘気が閃光となって目眩しになるならそれよりも前に仕掛ければいいだけの事。近距離戦も得意何だろうけど、それは黎明だって条件は同じ。力技で押してくるならそれに耐えられるだけのカバーをしたらいい。あとは絶対に彼女がどうにかさばくだろうから

『真っ向から来るなら活路さえ開ければ事足りる…闘気も気功も凝固させて物質化させたもの。物理的に遮断すれば防げるんだよ』
「ぐっ…!」

黎明が駆け出した刹那、彼女の周りに張った気功の一枚一枚がシールドとなり闘気を防ぐ。トンネルのような仕組みで放たれた円柱状のソレさえしのげれば、駆け抜けた黎明なら仕留められるから
物理的な作用で左右に割れた闘気

形態を保てなくなったそれが一直線に飛んでくるのを、どこか他人事のように見つめていた

輝ほどの実力であれば、自分自身の保身を考慮した上での対策も立てられるだろう。

―――…ああ、そうだ。

今の私には彼から"託された"大切な生命がある

『傷一つ付けずに…って、そう言えば約束したっけ』

薄らと苦笑じみた笑みを口元に刻んで、敖潤の言葉を思い出しながら即座に全ての意識を集中させた。黎明はきっと大丈夫。だからこそ、次は自分が生き残るために。この際崩壊したらしたで各自死ぬ気で脱出して貰おう。幸いにも足は誰も怪我してないからね。

ありったけの気を込めて両腕を前に突き出した直後

空中に浮かぶ私の気功と重なるかのように、

8つの馴染みのある闘気が服の下から飛び出した

『!』
「…行け、輝。私とお前の気が合わされば、相殺させる事など容易い」
『…っ、簡単に言ってくれるね…!』

それは敖潤から渡された竜玉から放たれていて。
威力を増した波動を思いきり撃ち放った
腹に響く轟音と共に、男が放った闘気とぶつかり合って相殺される
…いつの間に来てたの。
あの男に集中し過ぎて気配に気がつけなかった自分に嘆息した

「どうやら、私の言葉は覚えていたようだな」
『…そこまで記憶力落ちてはないよ』
「それはなによりだ」
『そんなことより…ねえ、この先に確か黎明も居たはずなんだけど』
「安心しろ。ちゃーんと回収しといてやったぜ」
『背後から輝の気功が飛んできた時はマジで死ぬかと思ったわ』
『ごめん』

崩れかけた階段の上、いつの間にか敖欽に俵担ぎにされた黎明が呆れたようにその眼を眇めている。なるほど。敖欽まで来てたのか。後ろを振り向けば獣人を相手にしていた捲簾と天蓬の元にも、剣を携えた敖広がいる。どうやら上は落ち着いていたようだ

「敖欽、あの男はどうした」
「そこの瓦礫の山に埋もれてんだろ。回収すんのか?」
「一応な。上で捕まえた連中と共に突き出せばいい」
「しゃあねェ。おい黎明、お前歩けるか」
『問題なく。出来れば俵役から人間に戻りたいなと』
『戻ったらまず腕の手当からだね。お疲れ、黎明』
『輝もね。久しぶりの共闘、なんだかんだ楽しかったわ』
『うん。たまにはいいね』
「呑気だよなぁお前らって」
『あははっ、よく言われます』
「黎明ッ、輝!」
「大丈夫ですか!?」

時期にここも崩壊するだろう。
脱出するなら早いに越したことはない。諸々と聞きたい情報はあるけれど、先ずは地上に戻ることを最優先に考えようか
名を呼ぶと同時に駆け寄ってきた二人に視線を飛ばせば、お互いそれなりにボロボロなものだから笑ってしまう。良くあんな獣相手に軽傷で済んだね。流石というべきなんだろう

『二人ともありがとう。おかげであの男に集中出来たよ』
「役に立てたならなによりですが…ボロボロじゃないですか」
『単なる切り傷だよ。でも黎明がね、左腕をやったらしいんだ』
「おー。お前らが噂の元帥と大将か、悪ィな。長らく借りっぱなしで」
「…黎明、お前なにやってんの」
『いやあ。俵の役に徹しようかと』
「こいつ左腕イッてんだと。上に行ったら輝に治して貰え」
『!、おっ、わっ、』
「っ!!」

あろうことか、それなりに高さのあるそこから躊躇なく捲簾目掛け放り投げられた黎明に少し同情する。まあ受け止め役が捲簾なら問題ないんだろうけど…逆にいつまでも敖欽が抱えてた方が面倒な事になりかねない。彼もその辺を察知したんだろうか

「〜〜〜っ、ぶね…」
『…ナイスキャッチ捲簾…良かった…全身打撲は免れた…』
「…、誰よアイツ」
『南海竜王敖欽殿だよ。たぶん一番観音に似た"何か"はあると思ってる』
「…だろーな」
『ケガが増えなくてよかったね黎明』
『仮にも人間一人を余裕で放り投げられる腕力ってなんなの』
『さあ?』

それこそ考えるだけ時間の無駄な気がする。
分かりやすいくらいの顰めっ面を浮かべて黙り込む捲簾に、クスクスと笑いながら"先ずは脱出ですよ"と促す天蓬。どうやらえらく長いため息を吐き出すことでやり過ごしことにしたらしい
暫くは黎明を単独で借りれなくなるんだろうな。
捲簾のアンテナが敏感になりそうだ。

「奥の階段が直接地上へと繋がっている。最後尾には私と敖潤が着こう…お前たちは敖欽に続いて走れ」
「!、崩壊が始まったか…長くは持たん。全員急げ」
「転んだヤツは置いてかれるからな。気をつけろよ」
「だそうですよ、黎明」
「お前鳥目だもんな」
『この月明かりで転んだら逆に才能だと思うよ』
『ねえ待って。転ぶ前提で話し進めんのやめない?』
『ほら。いいから全員走って』



崩れ落ちた天井から射し込む月明かりが、ただ静かに

まるで私たちを見届けるかのように見下ろしていた。




『…うわあ。もはやコレ自然災害じゃん』
『あの竜虎がぶつかったからね。地形くらい変わってもおかしくないよ』
『言えてる…ん?あれ。東方軍呼んだんだ』
『獣人を城に運ぶのに手がいるからね。勾丹さんが呼びに行ってた』
『なーるほど。先ずは天界警備担当の東方軍から情報解禁されたって事ね』

全員で脱出した地上の先、変わり果てた地形にはもう誰もツッコまなくて
私たち全員の治療を終えた輝に御礼を言って、山積みにされた獣人たちを運び込む姿に納得した。このまま捨て置く訳にもいかないだろう
事の収束が落ち着いた際には全軍にも今回の件が公表されるらしい
彼らの立場的に面倒な事にならなければいいけど、その辺は竜王や総帥、母親も含めて上手くやるんだろう。なんたって生命を狙われた時点で完全なる被害者側だしね、一応

『黎明、私は一旦竜王たちの元に戻る』
『了解。一応ここで待機しとくわ』
『ん。なんかあれば指示出すよ』
『イエッサー』

となると、私も漸く西方軍に戻れるって考えても良いんだろうか
毅然とした動きで足早に去っていく背中をぼんやりと見つめていれば、いつの間にか山並みの縁が光り出す。どうやらそろそろ夜明けらしい。
澄んだ空気に誘われるように灯したノアール
思いきり吸い込んではゆっくりと味わうように吐き出した際、飛んできた声に視線を飛ばした

「話しは済んだのかよ」
『まあね。暫くは此処で待機』
「東方軍の方々が居るって事は、既に情報は回ってるんですか?」
『いんや。とりあえず獣人を回収するってんで先に解禁されたらしーよ。他はこの後全体周知されるらしい』
「なるほど。東方軍は天界の警備が主でしたっけ」
『そーそ。だからじゃない?どーよ捲簾、久しぶりに見た古巣は』
「驚くほど何の感情も浮かばねえな」
「左遷されてきた理由が理由ですしねぇ、あなたの場合は」
『なんだっけ…上官の奥さん寝取って左遷、だっけ?"表向きの理由"は』
「さァーな。ンな大昔の話しなんざ忘れたわ」
『くだらない事はその場で忘れてくもんね』
「黎明だって同じだろうが」
『否定しなーい』

世の中には知らなくていい事や、気が付かないフリをした方が都合がいいことだって沢山ある。その結果が今に繋がってるなら尚更だ
知るべき者だけが知れる事実があるならそれでいい
私の場合、今回はそれがこの二人に通用しなかったけどね

「っつうことは、お前ももう脱退者扱いしなくてイイってことか」
『明言された訳じゃないけど、そうなんじゃない?』
「んじゃ、もう渡してもいいよなコレ」
『あれ…その紋章、確か輝に預けてたと思ったんだけど』
「黎明の自室にゃ無かったからな。どうせ輝に預けてんだろと予想したワケよ」

同じようにそれぞれの愛用を咥えて歩み寄ってきた捲簾の手のひらには、私が潜る前に輝へと渡したビンバッチが乗せられていて
咥えたまはまに瞬けばどうやら捲簾が直接引き取りに行ったらしい。そんなことしなくても輝からそのうち返されただろうに

「ほれ。上向いとけ」
『なーんでわざわざ取りに行ったのさ。輝なら黙ってたって返してくんのに』
「イロイロと主張しておきたいお年頃って事ですかねぇ」
『どんなお年頃だ』
「うっかり引き抜かれても困るンだよ。ウチは年中人手不足だしな」
『心配しなくたって西方軍から抜けやしないよ』
「当たり前ぇだろ。誰が許可するかっての」

襟元に確りと付けられたソレが、朝陽を受けて白銀色に輝いている
妙な所で細かい性分を見せるのは相変わらずだ。一時的にでも黙って脱退した事を根に持ってるとしたら異議ありと申し出たい。あの竜王たち相手に御指名された身で突っぱねられるほど、私だって神経図太くないぞ

「西方軍第一小隊長復活、ってな」
『うわあ。もの凄くご満悦そうな顔』
「無事に戻って来てくれて何よりです。ウチの隊員達も一安心でしょう」
「袁世や陸央辺りがこぞって絡みに行きそーだよな」
『加えて鯉昇も来ると見た』
「ははッ 間違いねーわ」
「ある程度輝がフォローいれてくれましたから、深くは追求されずに済みましたけどね」
『頼んどいて正解だったなあそれ』

流された脱退理由を鵜呑みにされても困るけど、どうやらそこまで信用されてなかった訳でもないらしい。暫くは騙したバツとかでひたすら稽古相手にさせられそうだ。この際だから輝も巻き込むかな。敖潤殿に掛け合ってみよう
暫く輝を貸してくださいってね

「おお、こちらに居られましたか。天蓬元帥殿」
「これはこれは…東海竜王補佐官殿がこんな僕に何の用でしょう」
「貴殿等が下界遠征時に使用していると言う、専用の妖獣捕獲装置をお借り出来ないかと思いましてな」
『あ。獣人回収すんのに使うってことですか?』
「ええ。馬車は用意してみたものの、人力では何かと非効率でして…見兼ねた輝殿が提案してくれたんですよ」
「そう言うことでしたら遠慮なく使って下さい。ただ一旦城に戻る事になりますけどね」
「東方軍の者に馬車を引かせましょう。それに乗り、私と共に同行してくださるかな?」
「構いませんよ」
『確かにこれだけの量を運ぶってなると時間も手間もかかりそーだしねえ。私も手伝います?』
「いえいえ。黎明殿には既に充分手を尽くして貰いました。暫し休んでいてくだされ」
『好き勝手暴れただけなんだけどなあ』

私たちだけ何もしないって言うのも何となく居た堪れなくなるんだけどなぁ。輝達だって動いてるしね。何かあれば指示は出すと言ってたけど
勾丹さんに連れられて歩き出す天蓬をとりあえず見送りながら、急に大人しくなった捲簾をチラ見した。特に変わった様子は無いけれど

「なーによ」
『勾丹さん苦手なの』
「べっつに?今さら俺が関わる必要もねえだろ。敢えて話さなきゃなんねえ理由もねぇしな」
『追い出されたことを根に持ってるのかと』
「そこまで心狭くねえわ」
『勾丹さんも敖広殿も、理解のある人達だとは思うよ』
「黎明が言うんじゃそうなんだろうな」
『捲簾を左遷したって言う当時の元帥、違反とかなんとかで門兵に降格処分にしたらしいしね』
「そりゃあエゲつねぇわ」
『私も思った』

手持ち無沙汰に銀花片手に素振りをすれば野球やりてぇなとか場違いな要望が飛んでくる。そう言えば無駄に走り込みやらウサギ跳びやら、一見任務に無関係だろと思わなくもない事を訓練中にさせられてたっけ。それが結果的に足腰強化に繋がるって言うんだから驚きにも程がある。この際最早全軍共通訓練に組み込んでも良いんじゃないだろうか。特に闘神軍。天蓬が見たら確実に顔を顰めるよ
緋秀さんとか小龍さんとかめっちゃ真面目にこなしそうだ

「ついでだから聞いとくけど」
『んー?』
「一時的とは言え…お前、軍人辞めてみてどーだったよ」
『…』

問われたその言葉に、その真意に
思いきり銀花を振り切った体制のまま見上げた空
下界とは違うくすんだ空。昼夜の差こそあるけど、ここじゃどう足掻いたってあんなにも自由で綺麗な色合いは見えっこない。それが叶うのがあの世界であって、その権利を唯一得ているのが私たち西方軍だ

この世界で異質とされる"終わり"と隣り合わせな私たち。生き様をコレでしか表現出来ない私たち。そして…生きてる実感を持てるのが、この場所なんだと自覚してるなら

『正直に言ってもいーですか』
「俺しか聞いてねえし許可してやろう」
『心にデッカイ穴が空いた気分だった』
「…そーかい」
『極秘任務はこなしてたけど、竜王や他の人達とそれなりに絡んだけど。なんとなく…なんとなーく、ああここじゃあないなって思った』

輝のことはもちろん信頼してるし組みやすいし、なんならお互いの性格だって自慢じゃないけど熟知してる仲だ。戦闘の場においてはなんの躊躇いもなしにこの生命だって預けられる
親友で、戦友で、元同期だ
けれど輝にとって"絶対的存在"がいるように、自分の中で核となる別枠の存在が私にもいたりする。それがこの西方軍第一小隊であり、手のかかる物臭と大雑把過ぎるガキ大将なんだ

『楽しかったけどね。久しぶりに輝とコンビ組めたし』
「あー。お前らが組むとコッチは肝冷やしっぱなし」
『二人が過保護なだけだと思うんだよねそれ』
「そう思うンならちったあ自分の身体をもうちょい大事にしてくれ」
『あははっ。軍人でいる限り難しい要望だ』
「はぁ…言うと思ったぜ」
『捲簾や天蓬だって人の事言えないと思うんだよねー』
「男はいーんだよ男は」
『女もいーんだよ軍人なんだから』
「それとこれは別」
『ずるいぞ!男尊女卑だ!』
「なんでそーなんだよ」

生命のやり取りを迫られても、どれだけ過酷な任務続きでも

生きてるんだなって…そう強く思えるから

それでいい。それだけが欲しい。

「黎明隊長!!」
『…あれ。緋秀さん』
「確か…アイツって観音のトコに居た」
『そーそ。南海竜王補佐官』
『黎明と話したいって聞かないんだよ』
『あれま輝まで。竜王殿たちの所にいなくていいの?』
『捕獲装置が届くまで待機』
『なーるほど。』
「その…ケガは大丈夫なのか?骨折したって聞いたんだが…」
『輝が治してくれたんで問題ありませんよ。それより、どうなったんですか』
「ああ。吟馬を捕獲したという事で、俺もまた敖欽様に仕える事を許された…本当にありがとう。輝と黎明隊長のお陰だ」
『私は好き勝手動いただけなんで。何もしてませんよ』
「嬉々としたカオで突っ込んでたもんなお前」
『いやあ。楽しくてつい』
「…、」
『だから言ったでしょう。黎明は御礼が言われたくてあの行動をとった訳じゃないって』
「だが…黎明隊長が俺に会いに来てくれなかったら、俺はこの手で吟馬を捕らえる事は出来なかったかもしれない」
『まっじめ過ぎる。眩しい。直視できない』
「輝とはまた違うタイプの真面目人間ってことか」
『真面目過ぎて優柔不断を引き起こすタイプ』
「あー。何となく分かるわ」

だからこそ、私はきっと死ぬまで西方軍第一小隊長で在り続けるんだろう
輝がその生涯を懸けてあの人に仕えることを決めたように。まあそうは言っても、稀にこうやって立場を仮にでも捨て置く事態にもなりかねないけど。そこはほら。もう諦めて受け入れるしかない。もう一度言うが相手はあの竜王殿たちだ。加えてこの輝が納得してソレを下ろしてくる以上は彼女の為にも完遂させたい

「西方軍元帥殿や大将方も尽力してくださったと聞きました。俺が招いた事態に手を貸してくれて、ありがとうございます」
「俺らは勝手に首ツッコんだだけだぜ。それこそ礼を言われるような事なんざしてねぇよ」
「それでもあの獣人を相手に地上への逃走を防いで頂けたこと、感謝いたします。やはり武闘派と謳われる西方軍は、訓練内容も違うんでしょうか…?」
「あー…野球やらサッカーやらバスケやら。まあ特殊ではあるだろーな」
「ヤキュウ…?」
『さっきからなんで素振り何かしてんのさ』
『いやあ。手持ち無沙汰でして。』
『暇なら獣人の回収手伝ってよ』
『それさっき勾丹さんに言ったんだけど、休んでて下さいって朗らかスマイルで遠慮された』
『あの捕獲装置が届くなら扱い方はウチの方が詳しい。天蓬だけじゃ手が回らないだろうから、手伝わせるよ』
『ん。何かしら仕事くれるとありがたい』
『結局は黎明も真面目なんだよね』
『いやいや。こんだけの人が動いてんのに何もしないって、それなりにキツいぞ。色々と』

"お前もやってみるか?"と早速ウチの変わった訓練に緋秀さんを巻き込み始める様子を二人揃ってスルーして。東方から完全に顔を出した朝陽の眩しさに腕を翳した
この分じゃ下界もすこぶる良い天気なのだろう。
久しぶりに観光にでも行きたくなる。あ、特別休暇とかくれないかな
報酬金でもいいんだけど

「輝、黎明隊長」
『…お次は敖広殿と敖潤殿ですか』
「此度のお前たちの働き、大いに評価する」
『補佐官としての立場を全うしただけです。特別な事はしていません』
「フッ…お前は相変わらずだな輝よ。事が落ち着いた際には各自の希望を一つだけ聞いてやろう。何を望むか考えておけ」
『…』
『そこで物凄く悩むとかホント輝らしいわ』
『…別にこれといって欲しいものは無いんだよ』
『仕事人間極めてんもんね』
『黎明はなにか考えてあるの』
『んー…まあそれなりに?』
『…後で参考までに聞かせて』
『え。そんなに悩むのこれ』

輝のことだから考えても思い浮かばないだろう。最終的には仕事で使う万年筆が欲しいとか、書類整理に使えるファイルが欲しいとか言い出しそうだ。
いやいや勿体無いでしょ。むしろそれは必要経費で落とそうよって思う。
輝らしいといえばらしいけど。仕事に関して悩む姿をあまり見ないものだから、こんなある意味簡単な内容で眉間にシワを寄せてまで悩む姿を見ると、少し笑いたくなる。敖潤殿に聞かれても同じ理由で悩みそうだな。むしろあの人相手なら躊躇いもなく"なにもない"なんて言い切りそう

「時期に天蓬元帥が勾丹と共に戻ってくる。4班に分かれ、各自がそれぞれ指揮を取れ」
『承知。捕獲後は従来通り、城の地下牢への搬送します』
「それでいい」
「西方軍のお手並み拝見と言ったところか」
『下界での遠征で慣れていますから。それほど時間はかけません』
「いいだろう。采配は任せよう」
『はい。天蓬元帥と勾丹さんが戻り次第、速やかに対応に移ります』
『…指揮取り私らだってさ』
「ま、アレを他軍の連中に扱えっつってもムリだろうな」
『性質上難しくはあるからね。動かし方とかフレームの宛て方とか特に』
『黎明、地下にいる獣人については私たちで行こう』
『ほいよ。アッチは比較的小さいのが多いからね。デカいのは捲簾と天蓬に任せるか』
「しゃあねぇな。やってやるよデカブツ担当」
『頼もしーい。』
『捕獲を終えたら各自の判断で城に帰還すること』
「『イエッサー』」



遠くの方から、ガラガラと乾いた音が響いてくる

さてもう一仕事かと新しく灯したノアールの煙を靡かせながら

馬車と共に到着した天蓬の元へ全員で歩き出した













天界史上初となる、今回の竜玉事件

竜王の身の潔白が証明され、各方面に渡る波紋も落ち着きを見せた頃

今回の件で特別休暇を言い渡された輝が、"一番必要性のないものを貰った"と

逆にどこか疲れきったような表情で呟くもんだから。


日頃から働き過ぎなんだと笑ったんだ













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