嫦娥の花宴 | ナノ



何かが気に食わないワケではなかったんだ

ただ、妙に気になっただけで。








「お前知ってた?アイツらの話し」
「いいえ。僕だって初めて聞きましたよ、あんな突拍子もない話しなんて」
「だよなあ」
「無駄に長生きなんてするもんじゃないって事でしょうか」

揃ってサボった軍の朝礼
変わらず咲き誇る桜林の一角、俺らがよく使う古木の桜がある
これは他と比べると枝振りも大きいから身を隠すにはもってこいだ
やや右斜め上で俺と同じようにタバコをふかす天蓬を一瞥すれば、やれやれと言った様子で肩を竦めたのが分かった

あれからいつも通り隊全体の訓練を終えたはいいが、どうも引っかかりが取れなくて適当にフラついていたド深夜
俺の行動を見越した天蓬も途中から参加しやがったな。"動くだろうとは思ってましたよ"なんて言いながら笑ってやがったけど

「竜玉を奪って下剋上、ねえ…相変わらず上の連中が考える事ってのはよくわっかんねェな」
「でもあの人達の話を聞くと、ああまだ自分はまともなんだなって思いません?」
「ははッ 確かにな。あそこまで脳みそ腐っちゃいねぇわ」
「でしょう?黎明が脱退したのもどうやらあのネズミの巣に潜るためだったようですし」
「敵を騙すにはまず味方から、ってか」
「そういう事ですよ」

見るからに怪しげな動きをする数人のネズミ共を見かけて尾行してみりゃ、コソコソと城下に向かおうとしていたからとっ捕まえたってワケよ
ある程度の脅しも含めて問いただしてみればなんとまぁ。あの竜王が持ってるとか言う竜玉の話しにたどり着いた

そんなモンがこの世に存在すること自体初耳だ。もちろん興味なんざカケラもねぇが、内容からして永らく隠し通されてきた事実である事に変わりはない。知ってたとしても輝くらいなもんだろうしな
なんだって竜王が絡むそんな話しに黎明が巻き込まれてやがんのか

「で?どーすんのよアイツら」
「暫くは僕の部屋に監禁しておけばいいんじゃないですか?いくらネズミとは言え、多少数が減れば黎明も余計な手間が省けるでしょうから」
「…」
「あははっ、何ですかその顔は。まるでお気に入りの玩具を取られた子供みたいになってますよ」
「ほっとけ。そもそも竜王が絡んでるってんなら、潜るにしろなんにしろ輝がやりそうなモンだけどな」
「そこなんですよねぇ…ウチの竜王とならともかく、黎明は全竜王との関わりなんて無かったハズなんですけど」
「あんな話しなら余計身内で済ませんだろフツーは。連中も竜玉の話ししか知らされてねェみたいだったしな」
「そりゃあ下っ端にまであれこれ情報なんて流しませんよ」
「ま、それもそーか」

分かった事と言えば、一部の連中がその竜玉とやらを狙って下剋上を企んでるっつうこと。脱退した黎明を連中が自分たちの仲間に加えたこと
今後の動きやら親玉やらの話しは下ろされちゃいなかったしな
面倒な連中が絡んでなきゃイイとは思うが、黎明は引きが良いんだか悪ィんだか分かんねえとこがある

襟から外した黎明の紋章を指先で持ち上げて光に翳す
一昨日の夜は変わらず二人で月見酒をしていた。花札勝負を持ちかけた時も特別変わった素振りも無かったんだ。明け方近くになって解散した後に、なんかしらの切っ掛けがあったんだろう
天蓬の部屋で飲んだ時なんかはそのまま3人で雑魚寝もするが、流石に二人で飲んだ時は帰すしかねェからな。こんな事なら天蓬も巻き込んで部屋で飲んどきゃ良かったか

一日の大半を占める割合でつるんでるヤツがいないってのは、たかが一日姿を見ねえだけでも違和感は感じるらしい。その"真意"にはフタをしてスルーしてるけどな。まだイイんだよ。まだな。なんたって相手はあのド天然だ
突き詰めたところでそれこそ煙のように撒かれて仕舞いだ。それじゃあ面白くねぇ。

「ま、昔から竜王に反感を抱くような連中が居たのは知ってましたけど」
「だからって下剋上なんざ考えつくかァ?仮にも東西南北の軍を統括するヤツ相手に」
「思い付くんでしょうね。金と権力と時間を持て余した者達と言うのは」
「へーえ」
『…やっぱり此処に居た』
「ん?」
「おや…珍しいですね。この時間帯に貴女が執務室に居ないなんて」
『どっかの元帥と大将が軍の朝礼はサボるし部屋にも居ないからでしょ』
「あはははは。バレてましたか」

聞き慣れた声に視線を下ろせば、腰に両手を当てる輝が完全に呆れ返ったような顔で見上げていた
事の全貌を知ってんのは輝と各竜王と黎明だけ。"こんな所で何してるの"と投げかけられた言葉に紋章をポケットに仕舞い込む。黎明はウチとの接触を全面的に禁止されてるっつってたからな。あいつから俺たちに近付いてくることはまずねぇんだろ。だったらもうコッチから動き出しゃいいだけの話だ

二つの白煙が吹き抜けた風に掻き消されるのを見送って

落とした言葉に瞠目する輝を見て笑ってやった

「吟馬と琴瑛」
『!』
「っつったか?ネズミ共の頭張ってるヤツ」
『捲簾…』
「竜玉の話しならなんだって黎明まで絡んでやがんのよ」
『詮索はしないようにって伝えたと思うんだけど』
「"お前ら相手に"はしてねえだろ?たまたまコソコソ動いてた連中を見かけただけだしな」
『……、はあ』
「無理ですよ輝。黎明が絡んだ時点で動機なんて無意識に確立されるんですから。この人は」
『無自覚なの自覚済みなの』
「さあ?」
『…分かっててそれに便乗するのもどうかと思うんだけど』
「だってなんだか楽しそうな話しでしたし。捕まえたネズミはちゃーんと僕の部屋に転がしてますから、安心してください」
『だからご丁寧に鍵までかけてあったんだ』
「逃げ出されたら困るでしょう?貴女も、竜王も、そして黎明もね」
『これだから頭の回転が速い人って面倒なんだよ』
「優秀な補佐官様に褒められて光栄です」
『褒めてない』

ネズミ達の口から零れたのは闘神軍にいるらしい吟馬と琴瑛の名前
それより上の存在は知らねえが、コイツらが関係してることは明白だ
現に今、輝が端正な顔に似合わねえ程のシワを眉間に寄せてやがるしな
そんなに刻んでるとそのうち取れなくなっても知らねえぞ
原因は俺たちだとか言われんだろーけどな

「竜王が絡んでんだろ。だったら潜るにしろなんにしろ、輝に任しそうな気もしたんだけどな」
『もうこの際だから話すけど、その件については私も進言した。でもウチの竜王から許可が降りなかったんだよ』
「ああ…それはなんか分かる気がします」
『天蓬はそうだろうね。黎明が指名されたのは単純に面白そうだからだと思うよ』
「…おーい。イイのかよそんな理由」
『私に言われても困る。決めたのは竜王だから』
「あっちもこっちも自由奔放極めてんな」
『それは二人だって同じでしょ。で?どこまで話しを聞き出したの』
「竜玉を狙って下剋上。黎明が無事に潜り込んだってトコくらいまでだな」
『(虎皇の話はさすがに知らないか)…言っとくけど、他言したらその場で処罰ものだからね』
「大丈夫ですよ。僕らは別にあの人に恨みがある訳でもありませんから」
「それに黎明が絡んでるってんなら、無駄にするような事なんざしねぇよ」

今在る立場を一時的にでも捨ててまで黎明は竜王たちの話を呑んだんだ

巻き込まれた経緯はもうこの際ほっとくとしても

それは彼女の意思でもある

「んで?お前らはこれからどーすんのよ」
『…』
「ま、俺らに話すワケねえわな」
「竜玉の話し自体が伏せられてた内容ですしね。黎明が絡んでた理由も粗方ハッキリしましたし、少しは納得できましたか」
「お陰サマでな」
「それはなりよりです。昨日からずっといつにも増してハイライトの減りが早いようでしたし?」
「お前ってホント変なとこばっか見てるよな」
「なんでしょうねぇ…嫌でも目に付くんですよ」
「そーかい」

自分の中に在る何かがずっと引っかかってたんだ
それが何なのかは未だに答えは出ない
水面下に隠された理由を知れば取れるもんだと思っちゃいたんだが、どうにもソレは未だにぶら下がったままで。何かを考え込むかのように沈黙する輝を一瞥しながら見えないその答えにザワつく感情を持て余す
一息で吸い込んだハイライトが濃い色を放っては一瞬で灰と化すその姿に…気を抜くと重ねちまうような気もしていて

けれども相手はあの殺しても死ななさそうな黎明だ
血みどろになろうがボロ雑巾になろうが、血反吐吐いてでも笑いながら帰還するような女だ。ついでに言えば骨が折れたって内蔵ヤられたって平然とした顔であの鉄扇をブン回すような女だ。たかが一吹きの風に掻き消されるような煙とは、どう頑張ってもどんだけ考えても到底結び付きっこない
妙なザワつきはきっと自分の考えすぎだと結論づけて吐き出した細長い白煙

そう、思っていたのに

『…捲簾は黎明が死地に立ってたとしたらどう動く?』
「…」
「輝?」

いつにも増して真剣さを帯びた同じ色の瞳に射抜かれて

絶えず散っていくそれから視線を外した

「…そりゃあアレか?捕獲レベルマックスな妖獣相手にサシで殺り合った場合の話しか」
『例え話しだよ。因みに応援は遅れて到着する場合だね』
「へえ?───…お前ら、あいつに何させる気よ」
『私の質問に答えられたら、私も答えてあげる』
「…」
『…』
「……はあ。あの実力派の黎明が死地に、ねぇ…どのみち死ぬ気でブッ倒すしかねえだろ。俺もあいつもくだらねぇ死に方なんざ御免だからな」
『その答えは捲簾もその場に居る前提の話しなの』
「当たり前だろ。女一人で死地に行かせるほど腐っちゃいねェよ」
『ふうん。まぁ捲簾ならそうだろうね』
「なーにが言いたいんでしょうか補佐官サマ」
『聞いてみたくなっただけだよ、大将サマ』
「あ?」
「割と楽しんでますよねえ貴女も」
『まあね。私も黎明も遅れを取るつもりは毛頭ないけど、完遂させる事を目的にするなら手段の一つではあるのかなってさ』
「…」

"あの人の渋面喰らうのは必須だろうけど"なんて言い切る輝に眉間に寄ったシワの深さは自覚した。黎明と言い輝と言い、肝心な話しで真意を読み取らせねえような話し方をすんのは昔っから変わっちゃいねぇ。例に漏れず今回もどうやらそれが適用されてるらしい。言われてるコッチは話しが読み取れなくてサッパリだ

『巻き込むか否かの判断は任せるよ―――…黎明』
「「!」」
『ガン首揃えてなあにやってんのかと思えば…』

ふいにため息をついた輝が後方を一瞥しながら落とした言葉に、木々の間から顔を出した黎明が"各自の判断で動けならセーフだよね?"と苦笑しながら輝に問いかけていて。その言葉には呆れ顔の輝が肩を竦める事で返している
つか、今の今まで気配なんざ一つも感じなかったってのに。お前いつからそこに居たんだよ
天蓬も同じだったんだろう
咥えタバコのまま輝の隣に立ち並ぶ黎明にやられましたと笑っていた
風に運ばれてくる馴染んだ香りに、ああこれだと妙に納得したりして

『この二人が竜玉の話しを嗅ぎつけたんだよ。"各自の判断で動け"なら、もう黎明に返そうかなってね』
『やっぱり嗅ぎつけたかー。そんな気はしてた。どうにも数人のネズミ共だけ探しても見当たんなかったから』
『天蓬の部屋に転がってるらしいよ』
『おーう。そりゃ安心』
「黎明、あなたまた気配を消すの上手くなりましたね」
『そりゃあね。そろそろ忍者でも目指そうかと思ってる』
『ああ、なんだっけ。くノ一とか言う』
『そーそ。隠密が主だし今ならピッタリじゃない?』
「くノ一の武器は基本的にクナイや隠し武器ですよ」
『そこはほら。適当にってことで』
「…」
『そしてすんごい視線が突き刺さってるんだけど。とりあえずごめんなさい?』
「ほう。敢えて疑問形でくるか」
『私の巻き込まれ方を聞いたら情状酌量の余地はあるかなと』
「いつの間に他の竜王と面会なんざしてたんだよ」
『ね。私もびっくりだわ』

今じゃこき使われる身だよとわざとらしく嘆息するもんだから、全身を預けていた太い枝から飛び降りた
たかが一日そこらなんだけどな。姿も声も傍に無かったのは
それでも、どうにも消えねえ違和感ってのはこの際目の前で"たまには大人しくしてなよ"と笑う黎明のせいだと思うことにして。開き直りも大事だろ、人間
吹き抜ける風に舞う短い髪を思いきり片手で掻き回してやった
されるがままに立ち尽くす黎明が半眼になる

『うえーい。毛先燃えんだけど』
「パーマがかかってちょうどイイだろ」
『あんなチリチリパーマなんて絶対イヤだわ』
「安心しろ。そーなったら腹抱えて笑ってやっから」
『誰かこのガキ大将どーにかして』
「嫌ですよめんどくさい」
『黎明担当で』
「お前らなんなの」
『私は竜王たちで手一杯なんだよ』
『あのキャラと付き合ってくのは確かにしんどい』
「力強く賛同しましたね、いま」
『観音に通じる何かはあると思ってる』
「ああ…それはまた。楽しそうでいいじゃないですか」
『冗談。なんでこうも自由奔放極めてる人達が集まるんだか』
「それはほら、類友の法則ってやつですかね。所詮は似たもの同士が集まるようになってるんですよきっと」
「そう言う輝だって充分自由奔放極めてっから問題ねーよ」
『…』
『一緒にしないで、だってさ』

気が済むまで撫で回した後、ほっそい毛先が縦横無尽に乱れまくってんのをそのまま放置して。直すのもめんどくせぇんだろう。黎明ですらそのまま放置し出すもんだから呆れ顔全開の輝が適当に片手で整えてやっていた
そう言うとこは輝の方がしっかりしてんだよな
根本的なトコは大して変わりゃしねえケド

所詮はどいつもこいつも自分が納得した行動しか取れねえし、そもそも取るつもりだってねえんだよ。だからこそ黎明も輝もこうやって別々になろうが自分たちの役割をこなしてんだ

「ンなこと言ったって、どーせお前らも好き勝手動くんだろ」
『んー。一応途中まで描いたシナリオ通りには動くつもりだけどなー』
「シナリオ?」
「まああの竜玉が関わってる以上、最低限の計画は立ててるでしょうね」
『そういうこと。ネズミたちの拠点も抑えてあるし、今夜辺りにでもそこに行けば……、あー…?』
「?」
「どうしたんです?黎明」

描いたシナリオを脳内で展開させてんだろう黎明が、ふいに不自然な間を置いた後にぐるんと顔ごと輝に向き直っては首を傾げる。なんだよ今の妙な間は
視線を向けられた輝は肩を竦めてそれに応えていた

『そこで私に振らなくてもいいよ。"その件"に巻き込むかの判断は任せる』
『それは後々確実に喰らう敖潤殿からの顰めっ面も含めてですか』
『当然。下手すれば小言も飛んでくるだろうね』
『輝の立場的には如何に』
『この二人が竜玉の話しを知った時点でアウトだと思ってる』
『おーう』
「なに、やっぱお前サシで捕獲レベルマックスの妖獣でも相手すんの」
『あー…、うん。まあ…近いっちゃあ近い。サシじゃないけどね』
「…へえ?」
『うわあ。捲簾のその顔、めっちゃ予想通りだわ』
「どういうことか聞いてもいいですか?」
『疑問形にしてるハズなのに何そのスペシャルスマイル』
「標準装備です」
『初期ステータス高すぎない』
「話すんなら簡潔に分かりやすく話せよ。回りくどいのはさっき輝が使ったからな」
『えー、なにその早い者勝ち的な制度』

だからこそこいつらも自分たちが納得した上で俺らに話さずにいたハズだ
事の内容によっちゃあ俺も天蓬も大人しくしてた気もするが、目の前で苦笑す黎明の言葉にそんな選択肢は消し飛んだ。どういうことだよ。黎明と言い輝と言い、冗談交じりの俺の言葉を否定するワケでもねぇ。それどころか近い状況ではあると肯定してきやがった
天蓬の瞳にも少しだけ剣呑さが宿る。輝についてはどうやら"各自の判断で動け"を完全に黎明へとブン投げたらしい。どう言葉が出るのかを眺めている

『…簡潔に、ねぇ………んじゃ、武神相手に一発ヤるか的な?』
『物凄く極端に端折ったねいま』
『だってリクエストに応えないと下手すりゃこのまま説教タイムが始まりそうだなと。…それに、』
「なるほど…竜王以外の武神と言うのは闘神一族に存在する虎皇の事でしょう。ネズミ共のバックについているのがあの虎皇なのだとしたら、各竜王が居るとはいえ戦況が厳しくなるのも納得です」
『…』
『ね。天蓬なら残念なことに読み解いちゃうんだよ』
「黎明が先に乗り込むってンなら、タイミング見計らって輝たちが畳み掛けるワケか」
『そしてそれを聞いた捲簾が回答突き出して終わる』
『無駄に頭の回転良すぎるんだよ。この二人の場合は』
「否定はしねぇんだな」
『正解をどーやって否定しろって言うのさ』
「そりゃそーか」
『そーなんです』

話しを掘り下げて聞いてみりゃ、どうもその虎皇って一族と竜王は親戚関係にあたるらしい。あいつらの母親がその出身なんだとか。身内同士で命のやり取りなんざしたって楽しくもなんともねぇだろ。極々平凡な思考回路しか持たねぇ俺らには到底理解なんざ出来っこねぇ
竜玉の在処を見つけたと適当に話をでっち上げる黎明が先に潜り込み、周囲を取り囲んだ第二陣の輝たちが参戦する
話を聞く限りじゃまさに袋のネズミだ
ま、面倒な連中が絡んでんなら一筋縄じゃいかねえんだろうけどな

「竜と虎とネズミですか。それはまたえらい賑やかになりそうですねぇ。楽しそうです」
『黎明を返せとは言わないんだ』
「言ったところで本人がそれを聞き入れやしねえだろ」
『ま、乗りかかった船だし?緋秀さんも焚きつけちゃったから、これで私が抜けますなんて言えないでしょ』
『ああ。まだ悩んでたの』
「? 誰だよその緋秀ってのは。聞かねえ名前だな」
『そりゃそーよ。南海竜王の補佐官だからね。私だって昨日初めて話したもん』
「間髪入れずに喰い付きましたねぇ」
『心配しなくても今回は目的があって接触しただけだから』
『? なんの話し?』
「お前らとりあえず黙っとけ。んでもって黎明、お前はいーから」
『なんじゃそりゃ』
『黎明は西方軍だからね』
「南方軍にあげるつもりはないんで大丈夫ですよ」
「お前らホントなんなの」
「傍から見ている分には面白いなあと」
「人を暇つぶしに使ってんじゃねーよ」
『…ほっといていい?』
『良いんじゃない。結果は変わらないだろうし』
『ふぅん。まあいいか。ほれ、簡潔に分かりやすく説明したよ』

納得できましたかと笑う姿に吸い込んだハイライト
これで最後だなとぼんやり眺めてりゃ、同じタイミングで吸い終わった黎明が差し出した携帯灰皿
大人しく放り込めば"よく出来ました"なんてまた笑うから
愉しげに刻まれる天蓬の笑みはガン無視してやった
んなことより今はこいつらの今後について話す方が先だろ。なんだって輝も天蓬と似たようなカオしてんだ

「その緋秀ってヤツと乗り込むのか」
『んー、それも考えたんだけど。向こうは緋秀さんの顔知ってるし、タイミング的にも輝達との方が動きやすいかなって』
『だろうね。南方軍は戦いが主でもないし。実力はあるにしろ事の展開によっては無駄に怪我をする可能性もある』
『虎皇がどんなタイミングで出張ってくるか分からないからねえ。人数も知らないし。まあ出てきたら出来るだけ引き伸ばすつもりではあるけど』
『そこは任せた。面倒だから纏めてとっ捕まえたい』
『同感』
「ですが、それだと確実に黎明が単騎で乗り込む事になりますよね。良いんですか、捲簾」
「良いワケねーだろ」
『えー、一応竜玉の在処について話すって流れだからね。一人の方が無駄は省けるんだよ』
「その点に関しちゃ黎明、お前後で話あっから残っとけよ」
『…マジか』

マジだわ。なんだってそんな連中が絡んでるってのにわざわざ馬鹿正直に単騎乗り込みとか考えてんだこいつ。『来るんなら輝たちと一緒で良いよ』とか吐かすからとりあえずガン無視してやった
誰が女一人でそんな場所に行かせんだよ
自由気ままに動きそうな黎明とそれを止めもしない輝に思いきり吐き出したため息は長い。少し目を離すといつの間にかとんでもねぇ行動に出んのはいつもの事だが…肝冷やすコッチの身にもなれってんだ。こいつらの場合は特にな

「では、黎明の動きについては捲簾に任せるとして、輝…貴女は具体的にどうするんです?」
『私はウチの竜王と緋秀と一緒にタイミング見て乗り込むよ。拠点の包囲は恐らく東海竜王が抜け目なくやるだろうし』
「何か合図とかは考えてあるんですか?」
『…』
『そー言えばなんも考えてないね。私思いっきり叫んだらいい?』
『黎明の声なら彼処でも響き渡りそう』
『でしょ』
「なんでそこだけ妙に原始的なんだよ。笛とか無線とか他にも色々あんだろ」
『場所が場所だからなあ…たぶん無線は届かないと思うよ』
「あ?」
「そう言えば、奴らの拠点は何処なんですか」
『四十四番地区にある遺跡の地下。彼処はずっと倒壊の危険性がある区域だから、立ち入り禁止にされてる場所だよ』
「ちょっと待て。そりゃあ下手したら途中で崩れてオシャカになんじゃね?」
『その可能性はあるね。まあどうにかなるんじゃない』
『何たって古いからねーあの遺跡。まあ仮に崩れたとしたら虎もネズミも下敷きになるし、とっ捕まえる手間が省けて良いんじゃない?』
「お前ら絶対ぇバカだろ」
「遺跡を拠点にするなんて…歴史愛好家が知ったら卒倒ものですよ。なんともバチ当たりな事を考えますねぇ」
「指摘すんのはソッチかよお前は」

大枠はある程度決めて動くクセして、決められた事は是が非でも完遂させるような真面目さを貫くクセして…肝心な部分じゃどうも黎明も輝もその場での各判断が最大限に適用されやがる

輝の場合はそれが"完遂させる事を目的にする"に即時切り替わるから、まあ自分の身に関しての事は限りなく低基準に設定される。無意識に下されるその時の判断で、自分が無傷で帰還するっつう選択肢を物の見事になんの躊躇いも無く切り捨てやがるからな。お前何回無茶な突っ込み方してケガしたよ
黎明は黎明である程度の保身は考えて動くが、こいつはそもそも発想そのものが心臓に悪い。こないだなんざ妖獣の口ん中目掛け飛び込みやがったからな。内側からじゃねぇと麻酔針なんざ効かねえってんで、倒れ込んだ妖獣の口から返り血で血みどろのまま這い出て来た姿にゃ卒倒しかけた
発想が物騒なんだよお前は

そんなある意味ブッ飛んだ思考回路と判断基準を持つこいつらが自由気ままに動き出せば結果なんざ考えなくたって分かる。案の定、二人の口からは理解不能な提案が落とされた

『地下だから無線は届かない。となると、ある程度のタイミングは決めた方がいいかもね』
『んー…あ、じゃあ私が先に嗾けて暴れりゃ良いんじゃない?どうせ虎皇相手ならハデになるだろうし』
『分かりやすくていいね。逃がさないよう引き付けといて』
『おけ。ネズミは適当に狩っとくとして、問題は虎皇だよなぁ……けどまぁ、たぶん二人くらいなら何とか出来ると思うよ』
『相変わらず、自分の力量を驕らない妥当な判断だね。良いと思う』
「待て待て待てっ、いくら何でも黎明一人じゃどうにもなんねぇだろソレッ」
『? 私も直ぐに駆け付けるつもりだし、黎明なら上手くやるよ。これに関しては捲簾だって良く知ってるでしょ』
『そーそ。引き付けんのを目的とするなら単純に逃げ回ってても良いだろうし?』
『それでいいよ。問題ない』
「どっこがだよ!!」
「あははははっ、貴女たちの信頼の仕方ってほんと面白いカタチをしていますね」
『『?』』

知ってるし解ってる
こいつらは互いの実力も判断力も、どんな状況下だろうが必ず通用させると確信してる。だからこそこう言う時に飛び出す提案は限りなく瀬戸際に近いんだ
出来るか出来ないかのギリギリを、そしてそれをフォロー出来るか出来ないかのギリギリを狙ってやがんだよ。なんなんだこいつら

「…マジでなんなのお前ら」
『我らが西海竜王敖潤殿の凄腕補佐官サマと』
『知っての通り実力派の西方軍第一小隊長だけど』
「もっかい言うぞ。なんなのお前ら。」
『コレ以外の答えって逆に聞くけど何かあるの』
『あ。人間です的な?』
『…そんな根本的なところから問われても。じゃあ人間ですって答えた所で、この顔じゃ納得しなさそうだけど』
『捲簾は大雑把に見えて意外と細かい事まで気にするんだよね』
「お前ら見てりゃ大雑把の概念覆るわ」
『見識が広がって良かったね。オメデトウ』
「あーあーおかげサマでな」

隣で天蓬が爆笑してやがる。笑ってねえで止めろよこの破天荒二人組
黎明はともかく、輝ですらこうもブッ飛んでたかと頭を抱えたくなった
コッチの気も知らねぇであろうことか『その案で行こう』とか勝手に決めてやがるし。誰だよコイツらに"各自の判断で動け"なんざ言いやがったヤツ
結果なんざ分かりきってんだろ。止まんねえぞもう

「天蓬…お前輝側につけよ」
「分かってますよ。あー面白い。見ていて飽きないって言うのは大事ですねぇほんと」
『人の事珍獣か何かと勘違いしてない』
「そんな事ありませんよ。貴女達が僕らと同じ所属で良かったなって思うだけで」
『何だかんだホームが一番しっくりくるからねぇ。もう少しで戻れそうだし?』
「めいっぱいコキ使ってやっから覚悟しとけよ」
『うわあ』
「黎明の事は捲簾に任せるとして…輝、これからどうします?」
『二人が関わる事を一応報告しにいくよ。首突っ込む気満々みたいだからね』
「こんな話し聞かされて"はいそーですか"なんて言うと思うか?」
『思わないから報告しとくんでしょ。判断を委ねたのは私だし、それを決めたのは黎明だ…ある程度は私が口添えする』
「輝が言うなら問題ないでしょうね。頼りにしてます」
『分かってるよ』
「そこで方向転換かます黎明。逃がさねえから諦めろ」
『…ええー』

話の途中で平然と脚を踏み出す黎明の襟首を引っ掴んで一瞥すりゃ、わっかりやすい程の顰めっ面を浮かべやがる。このまま単騎で乗り込むとかブッ飛んだ提案誰が呑むかよ。要はあの竜王みてぇな連中と殺り合う可能性が高いってンだろ
なんで一人で囮役買って出てんのこいつ

「輝から目ぇ離すなよ天蓬」
「あの人がついてる限り輝に関しては大丈夫ですよ。ああ見えて常に気にかけていますからね」
「んじゃ、コッチのじゃじゃ馬は手懐けとくわ」
「お願いします」
『…この後手懐けられるらしーよ、私』
『頑張って。私はあの人をどう言いくるめるか考えてる。戦闘時は傍にいるとあれこれ注文が飛んでくるんだよ』
『ああ、不必要なケガはするなとかそういう』
『かなり細かい。適当に流すと無言でさり気なく私の行動を制限し出すから厄介』
『うん。めっちゃ想像付く。行動先読みされた上に先手打たれそう』
『当たり』
『ひえ。』

実はあの竜王も輝の行動に手を焼いてんのかと

どこまでも呑気な会話を繰り広げる二人に空を仰いだ












実力に申し分ないことは、私が一番よく知っている

「…」
「いやあ。見事な顰めっ面っぷりですね。そのうち眉間のシワが取れなくなりますよ」
「その原因は私の目の前に居るがな」
『いつの間にか竜玉の話しまで嗅ぎつけていまして。こうなったら誤魔化す方が面倒かと』

輝が天蓬元帥を私の元へ連れてきた時点でこの先の展開など容易に想像が付いていた。それでも律儀に報告を怠らない彼女の性格は、私の元に仕えるようになったあの日から変わらないような気がした
しかし、何時からだったか
二人で過ごす際は今のように言葉を改めて話す事が無くなったのは
その事実に違和感を覚えた事もない自分にも、当時は多少驚いたものだ

「…ネズミの動向は確か黎明隊長が探っていた筈だが」
「ええ、そうみたいですね。それを知ったウチの大将が独自に動き出したってだけの話しですよ」
「…はぁ。その様子だと既に事の全貌を知っているようだな」
「勿論です。まぁあなたの立場的には複雑でしょうけどね。まさか親戚が絡んでいたとは思わなかったでしょう」
「虎皇の存在をどこで知った」
「天界史に関する書物でだったかと。飽きる程書き連ねてありましたから」
「無駄に記憶力が良いのも考え物だな」
「褒め言葉として受け取っておきます」

竜玉を狙うネズミやその背後に見え隠れする虎皇の存在を知もっているとなれば…輝が言うように誤魔化しや下手に隠し通す事は得策ではないだろう
それをすれば彼らのこと。際限なく自由気ままに動きそうなものだ
そうなれば事の展開によっては遥かに手間のかかる事態になりかねない

『…判断を委ねたのは私ですが、それを決めたのは黎明です。あなた達のような実力者を相手取るなら戦力を増やすのはあながち間違ってはないかと』
「それで私の元へ連れてきたという事か」
『東海竜王は各自の判断で動けと言ってましたから。私も黎明もそれに応えただけですよ。あなたからは黎明との接触の有無についてしか指示は貰っていませんでしたし』
「…現時点でこの二人を相手に論争を繰り広げる暇もない。良いだろう…此度の一件に関与する事を認めよう」
「ありがとうございます。黎明については捲簾がどうにかするんでしょうし、僕は輝の動きに合わせますよ」
『それなら一つ頼みたい事があるんだけど』
「はい?」
『長距離じゃなくて良い。ある程度の距離間で使える無線機ってない?』
「あー。それならありますよ。隠密ごっこで遊んだ時に造った物が幾つか」
「…」

平然とした顔で言ってのける元帥には敢えて指摘する事を放棄する
西方軍第一小隊が討伐戦で利用する機器の中には、この天界にはない技術が複数組み込まれていると輝が前に言っていたが…恐らく発案者はこの男なのだろう。己が興味を持った事に関しては呆れるほど執着する節がある
そんな性格を知っているからか。さして驚くことも無く"貸して欲しい"と告げる輝を見ていると、随分と馴染んだものだなとある意味関心したくなった

『竜王と天蓬と緋秀、後は私の分があればそれでいいんだけど』
「そうなると一つ足りませんねえ…造ります?」
『出来れば。その方が拠点に向かう時も便利だと思うから。黎明は行動範囲が広い分届かないだろうし…間に合う?』
「今から取り掛かれば出来ますよ。丁度いい機会なんで、他のも少し弄ってみます」
『助かる』
「竜王、あなたも何か依頼とかあります?」
「…派手な行動は慎むように」
「あははっ。それは依頼と言うよりも命令ですね」
「どちらも大して変わらんだろう。お前たちが相手ではな」
「少なくとも今回については、黎明が巻き込まれた時点で色々と諦めて下さい。僕なんかよりもあの人の方が余程聞き分けが悪くなっていますから」
『捲簾は確実に黎明と潜り込むつもりだよね、あれ』
「それはもう。幾ら黎明が言ったところでムダですよ絶対に」
「…騒がしくなりそうだな」

それこそ今更ですと薄く笑う輝に同意を示すように嘆息した。戦力こそ信の置ける者達であることは明白だが、それに付随する二人の性格がどうにも手の余るものに思えて仕方がない。輝に至っては既に黎明隊長へと全責任において委ねていると言っていたが。彼女がそう判断したのであれば、恐らくそれが最善だったと言うことなのだろう
今後の動きについて語るべく口を開きかけた際、常よりも僅かに真剣味を帯びている眼に気が付いてその動きを止めた

「一つ、聞いても良いでしょうか」
「なんだ」
「あなた達が持つ竜玉を狙った時点で、関わった者達は総じて謀反と捉えますよね。特に天神族は」
「だろうな」
「被害者側とはいえ…謀反を引き起こした者が身内となると、竜王の存在に不満を持つ連中がこぞって騒ぎ出すんじゃないかと」
『…』
「母親の一族とは言え竜王からすれば親戚に当たる。そんな連中と繋がりがあるあなた達諸共、纏めて失脚させようと動く者がいるとすれば…」
「場合によっては私の立場も危うくなるだろうな。しかしそれは私だけではない…各竜王にも言えることだ」
「やはりそうなりますか…いえね、それを理解した上での判断なら良いんですけど」
「身内だからといって秩序を乱す者を放っておく事などしない」
「…分かりました。あなたがそう言うのであれば何も言いませんよ。…でも、最低限自分の保身はしっかりはかっておいて下さい」
「…」
「じゃないとあなた、輝のこと言えませんから」
『…天蓬』
「僕は今から頼まれた無線機の作製に入ります。適当に呼びに来て下さい」
『…分かった。頼んだよ』
「ええ。それでは、またあとで」

閉ざされた扉の音が静寂に木霊する

もちろん天蓬元帥が指摘する可能性を考えていない訳では無い

万が一私の身にも余波が伸びたその時は

―――…そう、その時は

「フッ…随分と分かりやすい不満顔だな」
『言葉にはしてないからセーフだよ』
「そう言うものか」
『…何か考えてあるの』
「その件について、先程敖広と二人で話しをしてきた。どうやら既に敖欽はこの事実を母へと告げていたらしい」
『!、へえ。敖炎が総帥に報告する事を見越してたってこと』
「恐らくそうだろう。父も母もこの件に関しては寝耳に水だったようだな。敖広の元に書面が届いたらしい」
『…なんて』
「"事の収束が取れ次第、全軍を招集する。身の潔白を示したくば参加せよ"」
『…』
「関わった虎皇についての特定は恐らく既に母が動き出しているだろう。身内とは言え私たちですら虎皇と顔を合わせたことは一度もない…我々が特定するとなれば手間も時間もかかる」
『まぁ闘神族の中でも特に実力派と謂われる一族同士、無闇矢鱈と関わる事は良しとされないだろうね』
「そういう事だ。父へと嫁いだ母の一族が関わっていた以上、私たちでは手が届かない内容でもあるからな」
『ふぅん…敖潤が不要な被害を受けなきゃ私は別に他なんてどうでもいいけど』
「奴らの討伐に功を成せば騒ぎ立てる連中も不要な発言はしない筈だ」
『そうだといいけどね』
「…ああ」



私が認めた唯一の腹心であり、最後の砦となるであろう

彼女が起こす、その行動を

この目に焼き付けておくとしよう









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