嫦娥の花宴 | ナノ



告げられた事実に、少しだけ

胸の奥で揺れた想いには気づかねぇフリをした





「珍しいですよねえ。あなたがそうも顔に出すなんて」
「…分かってんならほっとけっつーの」
「物珍しさが勝るんですよ」

天蓬と揃って呼び出された竜王の執務室
そこには輝の姿もあって、その時点でなんか嫌な予感はあったんだよな
俺たちがあの竜王に呼び出されること自体がそもそも少ねぇんだ。つか、呼び出されたところで俺も天蓬もまともに応じる機会なんざねぇんだけど。
苦笑しながら"いーよ、私行ってくる"っつって黎明が代わりに行くほどだ
別に毛嫌いしてる訳でもねぇが、ああいう硬っ苦しいのは苦手なんだよ

「特別任務により一時脱退…でしたっけ」
「…」

昇る煙も、聞こえてくる声も、数が一つ少ない。

それだけだ。たった、それだけ。

時期が来たらまたきちんと戻って来るから。心配しないで。

「なんなんでしょうね。その特別任務って」
「…さあな。輝や、況してやあの竜王から回答を得られるなんざ思えねえし?」
「輝もいつにも増して真剣な表情でしたから、きっと意味のある行動なんだとは思いますよ」
「それがウソの脱退情報を流す事でもか」
「黎明のことですからねぇ…それも承知の上で呑んだんじゃないですか?」
「だろーな。想像つくわ」

輝も黎明も俺らからすりゃ真面目が具現化したかのような女だ。飄々とした雰囲気を崩さねえ黎明は、特にその時その時で重要性が高い物を上手く天秤にかけられる。恐らく今回も彼女の中で優先すべき"何か"があったんだろう。自分の立場も、そしてあいつらも手放さなきゃなんねえような…大きななにかが

「…」

西方軍全体には輝の口からそれとなく"竜王との折り合いが悪く脱退した"と告げられるらしい。そもそもそこがどうも引っかかる。特別任務での一時脱退なら、他の連中においてもその理由でいいハズだ。わざわざそんなウソをでっち上げてまで、尚且つそれを補佐官の口から公言させる意味はねえ
…だとするなら、その"事実"を認識させるべき連中が存在するという事か

黎明がこの西方軍から脱退した…と、そう思わせる必要があるヤツらが。
しっかも、その真相は限りなく内密に近いかたちで遂行されている
水面下で動く必要があるって話しだろーな

それなら。

「…あ。いま物凄く悪いことを考えましたね。あなた。」
「はッ お前ほどでもねーよ」
「無意識なんでしょうねぇきっと」
「あ?」
「まぁ僕らからしてみれば割と面白いので、好きにしても良いんじゃないでしょうか」
「…、何言ってんの、お前」
「なーんにも」
「…」
「感情って凄いなあと。そう思っただけですよ」
「…なんっか良くわかんねえケド腹立つわ」
「あはははは」

各竜王とその補佐官の間で決められた、今回の特別任務
脱退したと告げられる挙句、公言される理由も理由だ
人伝いにこの天界軍に知れ渡んのも時間の問題だろうしな。特に女軍人ってだけでもなにかと話の注目を浴びやすい
恐らくはそれを目的とした筈だ
風の噂程度でもいい。黎明が"竜王に不信感を抱いて脱退した"んだと

「おや。何処に行くんです?」
「散歩」

西方軍との接触は原則禁止だとかなんとか。
行動範囲も動く時間帯も、俺らと被らねぇようすんのが鉄則だからって
下手な詮索はしない事と念を押すように言われた言葉を反芻させた
要は詮索しなきゃイイんだろ。

苦笑してるだろう天蓬に後ろ手で答えて部屋を出た

普段だったら自分から近付く事もねぇが、まぁ今回については特別だ
回収しときてぇモンもあるからな。
見慣れた長い廊下を咥えタバコのまま突き進む
窓の外には変わらない風景が無情にも広がっているだけで、なんの影響も受けないその姿は上の連中からすりゃあ美徳に映るんだろう
面白みはねえけどな。

「よう。邪魔すんぜ」
「…捲簾大将か」
『…』
「なんだよその"やっぱり来たのか"っつうカオは」
『ノックもなしに開ける事についてはもう諦めるけど…残念ながらそのまんまだよ』
「そーかい。人間諦めも大事だっていうだろ」
『…はぁ』
「何の用だ。話なら先程終えたはずだが」
「あー、別にアンタに話しを聞きに来たワケじゃねえから安心しろ」
「? では何だと言うのだ」
「輝、どうせ黎明の事だからお前に預けてんだろ」
『なんのこと』
「紋章のピンバッジ」
『…』
「黎明が戻って来た時にまた付けてくんねぇと、俺らが困るんだよ」

勝手知ったるなんとやら。
言葉と共に開け放てば、そこには先程と同じように難しそうな書類に目を通す竜王と分厚いファイルを整理する輝
…お前もほんっと真面目だよな。
よくこの竜王と四六時中顔を突合せてられるなと素直に関心する

そんな彼女に向けて差し出した右掌
"やっぱりね"と納得したように頷かれた

『取りに来るだろうなとは思ってた』
「自室にあんのかと思えばご丁寧にカギが掛かってっからな」
『…行ったの、黎明の部屋』
「おーよ。普段からあいつはカギなんざかけねーんだよ。何回言ってもな。だとすりゃ輝しかいねえだろ」
『…それもどうなの』
「お前からも言っとけよ。女ならカギくらい掛けろってな」
『分かった』

この天界軍に所属する者にはある一定のクラスを担う者に対して、幾つか義務付けられている事がある。そのうちの一つがこの紋章だ
各軍の竜王をモチーフにしたそれは隊長以上のものが常に身に付けることを絶対とされ、デザインもある程度統一化されていた
天帝の象徴とされる黄金の旗と、西方軍は竜王敖潤を象徴した白竜
確か"軍は天帝の配下である"っつう意味だったっけか。
ま、誰一人としてそんな認識はしちゃいねえけどな
隊長は一本、大将には二本、そして元帥となるとそれは三本に増える
隊員達は軍服の右袖に各竜王の刺繍が施された腕章をつけるのが習わしだ

『無くさないでよ。それ、手配するの手間なんだから』
「心配しなくても無くさねえよ。暫くは俺が付けとくからな」
『軍服をクリーニングに出すと必ず付けっぱなしにするから、探しに行くのが面倒だって聞いたけど』
「げ。そんな事も言ってんのかよ黎明のやつ」
『それからでしょ。二人の軍服のクリーニング、黎明が管理し始めたの』
「あー。そうだっけか」

呆れたように手渡されたソレを襟の内側に付ける。普段は見えるよう襟の外側に付けんのが決まりだが、自分のはつけてあっからな。黎明のだし内側に付けといても問題ねぇ
てか、完全に無くしたことがねえだけまだマシだろ。天蓬なんざあの部屋で無くしたことなんか両手じゃ足りねえくらいにはあんだぞ。
それに比べりゃクリーニング場で見つかる俺の方がまともだ
文句を言いながらも最後まで探すあたり、ほんっとあいつも見た目に似合わず律儀な女だと思う。世話焼きなのは弟妹が多い環境下で育ったからなのか。

「ついでに聞いとくわ」
『…なに』
「黎明が脱退するってのは分かったが、その後のあいつの居場所はどーなんの」
『…』
「お前も知っての通りほっとくと一日一食で済ますような女だぞ。ウチの自室が利用出来ねえとなりゃ、通常の生活はどうなる。野郎ならどうにでもなんが女はそうもいかねぇだろ」
『…』
「なによ」
『…捲簾の場合、"ソレ"って無意識なのか意図的なのか分からない時があるよね』
「あん?」
『そう思いません。竜王殿』
「…? なんの話しだ」
『…振る相手を間違えました。忘れて下さい。軍に直接影響はないんで』

ウチの隊で言えば、陸央や袁世、鯉昇や熊哲なんかはガッツリ黎明からすりゃ弟感覚に近いんだろう。
散々手合わせだの稽古付けだのと騒いでんのを目にする。
その度に面倒だなんだと口では言いながらも、しっかりあれこれ指導してる姿を眺める事が多かった
だからこそ…あいつら含めて全員が黎明の脱退情報を聞いた時、素直に納得するとも思えなくて
確実に質問攻めにあうのは目に見えている。
その辺、天蓬とどう切り抜けるかが問題なんだよな

『まぁ意図的にしろ無意識にしろ、見ている分には面白い』
「だから何の話ししてんだよ」

似たようなことを天蓬にも言われたな。そーいや
無表情に近いその中にも、何処か愉しんでるかのような様子には敢えて気づかねぇフリをした
…ほっとけっつーの。どうせ相手はあの黎明だ。いいんだよ適当な感じで
てか、どこまで気が付いてんだよお前

「直接的な影響はないにしろ、懸念として残るのであれば答えよう。黎明隊長の生活については配慮してある。なるべく常と変わらぬ状態を保てるようにしたつもりだ」
「…へえ」
『竜王からの回答が来るとは思ってなかった、って顔だね』
「まぁな。聞き出すとすりゃ輝だと思ってたわ」
「…下手に詮索される方が厄介だ」
「はッ 聡明なご判断です、ってな」
『悪いようにはしないから。私も竜王も。そこは信用して欲しい』
「別にお前らを疑ってるワケじゃねえから安心しろ。実力的に考えても黎明ならどうにでも出来んだろうしな」
『うん』
「ソレだけ聞けりゃ他は別にいーわ。邪魔したな」
『…正直、もっと食いつかれるかと思ってた』
「そりゃニセの脱退情報に関してか」
『そう』
「黎明だってソレを承知で呑んだんだろ。俺がどうこう言って変わるワケでもねえからな」
『それはそうだけど…』
「なによ。もっと食いついてもよかったか?」
『…』
「ぶはッ お前がそんな顰めっ面すんのも珍しいわ」
『ちゃんと無事に帰すよ』
「その辺は信用しとく」
『ん。』

竜王が黎明に対してどう思ってるかは知らねえが、輝が絡んでる以上は例え急を要する事態になってもどうにか対応出来るんだろう。なんせ黎明と輝との時間は俺とつるむそれ以上に長い。"だから大人しくしてて"と背中に飛んできた言葉に一言だけ返して、さあてどーすっかなと扉を閉めた


常と変わらねえ環境で生活できるならそれでいい


あいつがまた、バカみてえな怪我さえしなけりゃそれで…な。



空間を閉ざしたドアの音が、静寂を保つ廊下に響き渡った











珍しい表情を見つけた時、ああやっぱりなって

なんとなく"そう"思えてしまったから。


『いやあ…まさか避難場所が観音の所だとは思ってなかったわ』
「どうやら面白そうな狩りをやってるみてェだからな」
『命知らずだなとは思ったね』
「勾丹殿から事前に報告を受けておりましてな。そう言うことならば喜んで協力しましょうと申しあげたんですよ」
『え。お爺ちゃんと知り合いだったんだ』
「茶飲み仲間とでも言いましょうか…まぁ要するに爺会と言うやつですな」
『へー。意外なとこで意外な繋がりを発見』
「茶ァ片手に囲碁だの将棋だの…なにが楽しいんだか」
『良いんでない?すっごい和みそう』

異例だと言う天竜会を終えた直後。勾丹さんから指示されたのは"暫くは観音菩薩様の所に身を隠すように"とのことで。
ま、西方軍の自室は使えないしね。観音の部屋は東西南北の塔や宿舎からも離れた位置に存在しているから、顔を出すとしても金蝉くらいだろう。
そう言えば最近悟空と遊んでないな。また遊ばせてくれるだろうか。
最近じゃすっかり親バカを極めてるからね。金蝉は。
灯したノアールを思いきり吸い込んで、愉しげに頬杖をつく観音の視線を一瞥しながらゆっくりと吐き出した
あー、灰皿のある部屋って素晴らしい。

「それで?」
『んー?』
「肝心のネズミ共はどうなってんだ」
『ああ。顔と名前は覚えたから、天竜会の後に暇つぶしがてらその辺をウロついてきた。何人かは城内や外で見かけたなぁ』
「主に闘神軍の連中だろ」
『ご名答。あそこはナタクに任せっぱなしの腰抜けなクセに、文句と反抗心は一級品だし』
「かなり居たのではないですかな?そのネズミ共も」
『まーね。日中だったからなるべく人目につかないよう動いてたのもあって、全員は見つけられなかったけど』
「へえ。お前にも"人目を気にする"なんて難易度の高えコト出来たのか」
『失礼な。人並みには出来ますー。…それに、今回は輝も絡んでるからね。下手な事してあの子の顔にドロは塗りたくないんだよ』
「確か御二人は付き合いも長いんでしたな」
『そーそ。なんせ元同期ですから』

小龍から貰った地図によれば、天帝城内を一周すんのも一苦労そうだったから
ヤツらが使いそうな廊下や部屋なんかを適当に見て回ったんだ
ついでに言うとこの天帝城には隠し通路や隠し扉が多く存在する。
有事の際に使われるような物もあれば、コレ確実に軍人しか知らないだろってような物まである。あとは天蓬オリジナルの抜け道ルートや、城下町の一部と直結してる地下通路とか諸々
ネズミ共が何処まで把握してるか少し興味ある

天蓬の放浪癖のおかげでそう言った道ばかり頭に入ってしまったんだ。おかげで正規の道順なんてほっとんど覚えてない。

「輝殿と言えば…あの敖潤殿に誓いをたてるように言われるほど、実力のある御方ですからねぇ」
『誓い?』
「ええ。竜王が真に信頼を置ける者である証として、その者の生命そのものを自らの配下へと降す儀式の事です」
「端的に言えば腹心、懐刀みてェなもんだ。あいつら竜王に認められた者以外はなれねェ」
『さっすがウチの補佐官!優秀さが際立ってますな』
「補佐官としては名誉ある証という事です。彼らは立場上、竜に仕える身…身に付ける紋章も六花殿達とは少し異なりましょう」
『あ。それは聞いたことある。竜王を護る者って意味だっけ、あのモチーフ』
「ええ。それだけ竜王にとっても重要性の高い存在だと言うことです」
『ま、輝だからね。そんくらい平然とやってのけそうだわ』
「お二人の間ではこのような話題は出ないのですかな?」
『ないねー。こんな成果だしたとか、こんな評価貰ったとか、別に敢えて口にする必要ないし』
「自分の評価には一切興味ねェツラしてんもんな、お前らは特に」
『けどまぁ、評価された分給付金が上がるのは有難いけど』
「現金な女だなお前も」

評価されたところでタバコが貰える訳じゃないし。
呆れたように笑う観音には"所詮世の中お金だよ"と笑ってやった。私も輝も、誰かに評価されたくて生きているんじゃない。輝には輝の立場や責任、誇りがあるように…それと同じものが私にもあるってだけの話しだ
譲れない。譲りたくない、そんな思いで突き進むと決めた自分の生き様
だからこそ、今回だって。

「けれども黎明殿とて、討伐数は西方軍でもトップだと聞きましたぞ」
『あー…なんだっけ。こないだの表彰式的なやつのこと?私あん時寝てたんだよね。って言うか、なんで次郎神が知ってんの?』
「お前ンとこの大将が自慢げに話してたとかで、金蝉が苦笑いしてやがったからな」
『プライバシー皆無だソレ』
「この天界軍において下界への討伐任務をこなすのは西方軍のみですからなぁ…彼らも含め、もっと評価されるべきだと思いますよ」
『それこそあの二人だって興味ないって。酒とタバコとアニメさえあれば良いって顔してるからね、普段から』
「変わり者集団に恥じないぐらいには極めてんじゃねェか」
『事の発端は天蓬じゃないかと』
「ま、好きに生きりゃイイさ。時間は腐るほどあるんだからな」
『その膨大に持て余す時間を今は割と有効活用してる気がする』
「そう言えば、この後は如何されるつもりかな?」
『たぶんそろそろ私の脱退情報が流されただろうから、今夜辺りにでも目星つけたヤツから接触しようかなってね』
「せいぜいヘマして計画をオジャンにしねェよう気をつけろよ」
『そこで一つ、観音にも協力して貰いたいことがありまして』
「あ?」
『観音の立場なら出来るでしょ』
「…まァた何を企んでやがんだか」
『悪いようにはならないよ。きっとね』

もう少しで陽が沈む
暗闇が広がる世界の方が、きっと"お互い"動きやすいと思うから。

小龍から貰った2枚の地図を広げて笑ってあげた。






ずっと引っかかってたのは…話を聞く限りじゃ、その人が輝も認めるほどの真面目人間だったってこと。

『えーっと…たぶんこの辺りだったと思うんだけどなぁ』

暗く細い横道。
四つん這いになって進むそこは、人1人が進めるくらいには幅もある。
たぶん今の時間帯なら間違いはない筈なんだよね。観音にはそれなりにもっともらしい理由をつけて、一時的にこの懲罰房を手薄にしてもらったから
長い時間暗い視界に慣れ過ぎて辛うじて持ち得ていた方向感覚も、最早綺麗に消え失せた。今どっちに向かって進んでるんだろうか。まあ最悪適当に石畳みを持ち上げてみればいいか
等間隔で小さな隙間から漏れる光がある
微かに声が聞こえるが、生憎私はその人と会ったことはないし、声だって知らない。頼るべきものは己の勘のみだ

私が使っているこの横道は、とある場所から懲罰房へと繋がる抜け道の一つ。実際に話してみたかったんだよね。事の切欠となった…その人物と。

『部屋の大きさと位置からして、大体この辺りか……よいしょお、っと』
「!、うわっ!?」
『お…。さっすが私。襟のピンバッジから察するに、コレってビンゴじゃない?』
「な、なんだお前は…って言うか、どっから顔だしてんだよ」
『石畳みの床からこんばんわ的な?あ、因みに緋秀さんですかね』
「…この状況で平然と名前を聞いてくるそのテンション…まさか噂の黎明隊長か」
『ねえ待って初対面だよね私たち。犯人は輝か』
「ははっ…どうやら間違ってはなさそうだな」

どことなく…何かを諦めたかのように微笑う姿が印象的だった
懲罰房の一角、そこの床には下から持ち上げれば外せる部分がある。
両手で持ち上げて顔を出せばどうやら当たっていたらしい。お目当ての人物がえらく驚いたように飛び退いていた
けれども次いで飛んできた言葉に"どんな噂を流したんだと"輝に問い詰めたくなった。なんだその噂のって。

『ご存知の通り私が黎明です、ってね。あなたが南海龍王殿の補佐官サン?』
「…ああ、緋秀だ。"元"だけどな」
『ふぅん』
「こんな事を仕出かしたんだ…俺にはもう、敖欽様に仕える資格はない」
『へえ』
「あの御方の名を傷付けてしまった…こんな俺を信頼し、誓う権利まで与えてくださったのに」
『ほう』
「…」
『いや、そんな微妙な顔されてもね。私は竜王と補佐官の関係性なんて一組しか知らないし?敖欽殿がどう考えてんのかも分かりっこないし』
「…それもそうか。じゃああれか?とうとう俺に特例でもかかったのか…」
『いやいや。妖獣相手ならともかく、処刑役なんてそんなめんどくさい事は御免だわ』
「……、なら、西方軍第一小隊長が罪人になんの用だ?」
『興味本位?』

今の会話だけでこの人が真面目人間何だってことは理解出来た。
困惑全開のような顔で見下ろされて、とりあえずはと持ち上げていたソレを下ろして膝立ちになる。たぶん今の私はパッと見床から上半身だけが生えてるように見えるだろう。なかなかにシュールだ。まあいっか。

床に頬杖ついて影を落とす緋秀さんを眺め見る
私があの場所で竜王たちからの話しを聞いていた時も、敖欽殿は特別この人に関しての処遇を話してはいなかった。尚且つ、彼の襟元には未だに補佐官としての証として、あのピンバッジが付けられたまま。
勝手なイメージだけどあの人が本気で用済みだと判断したならそれだって即行剥奪しそうなもんなんだよね
それをしなかったって事は…要はそう言うことなんじゃないだろうか。
本人は罪悪感から気が付いてないだけで。

『まぁ確実に一人はいるんだよ。あなたが離任する事に関して思うことがある人物がね』
「…?」
『パッと見無愛想に見えるけどさ、気を許した仲間に対しては情が深いんだ。あれでもね』
「…輝、か」
『我らが補佐官殿の憂う姿はあんま見たくないなと』
「それで黎明隊長がわざわざ俺の所に来たってことか」
『輝とは付き合い永いんだ。って言うことで、幾つか聞いていーですか』
「ああ。俺で答えられることなら答える」
『そんだけあの敖欽殿を慕ってて、竜玉を探し出そうとした理由って?』
「…仕送りを、したかったんだ」
『…あれ。給付金少ないの、補佐官って』
「いや…自分一人で使うには充分なほどだ」
『なるほど。けど仕送りには不十分だったってことか』
「…地方で土壌汚染が深刻化してるのは知ってるか」

落とされた言葉には頷いた。この天界内にも、少なからず貧富の差は存在する
加えてここ数年で発生している土壌汚染の問題は深刻化しており、いつだったか。親からの手紙にも農作物の育ちが悪いと書かれていた事があった
彼の故郷はその影響をモロに受けている一帯らしい

「家は兄妹も多い…親父が死んでからは、元々体の弱いお袋が畑を耕してたんだが…」
『まあそれも長くはもたないだろうね。端的に言えば纏まったお金が必要だったと』
「…」
『あなたも長子だったんだ。見た感じそんな気はする』
「お前もか…」
『私と故郷はまだそこまでの被害は無さそうだけど、まあ時間の問題だとは思ったよ。今の話を聞いてね』

畑を持つ家庭は、食料の殆どを農作物で自給自足している。
その畑が機能を果たさないとなれば結果なんて目に見えてるから。仕送りだけでは生活出来ないとなると、栄えている城下町で食材を調達するにもかなりの資金が必要になる
そんな状況で持ちかけられたのが今回の竜玉だったんだろう

…ただ一人と誓いをたてた、竜王の存在

そして、今まで自分を育ててくれた母や

残してきた弟妹たちのこと


私だったらどちらを選ぶんだろう。


『それ、因みに敖欽殿には伝えたの?』
「これは俺たち家族の問題だ。…敖欽様の耳にいれる必要は無い」
『言い方キツくて悪いけど。それで主君の竜玉に手を出しかけてたら説得力皆無だわ』
「…、お前も物事ズバッと言うんだな」
『悪いね。』

脱力したように苦笑する姿に、罪悪感を一身に背負い込むその姿に
今の私が言葉をかけるとするなら…それは同情の類ではないような気がしたから
遠く離れた場所にいる家族を思う気持ちは私にもある程度は解るんだ
輝は知ってたんだろうな。この人のこういう優しさを。

だからこそ、あの時一瞬だけ見せた憂いを帯びた横顔が頭から離れない

けれども事を起こしてしまったのは事実
そして何故その竜玉の話しを緋秀さんにだけ持ちかけたのか。ネズミ共の中に土壌汚染に関する情報を持っていた誰かが存在するのか

『よーし、理由も動悸も理解出来た。それで?』
「…?」
『あなたは此処で自分に特例があてられるまでジッとしてるのかい』
「…罪人である俺に何が出来るって言うんだ。結果的に敖欽様の生命を狙ったんだぞ」
『その事実を相談していたら、何かは変わってたかもしれないね。もちろん、変わらなかったかもしれないけど』
「…」
『誓いって竜王から真に信頼された者しかたてられないんでしょ。だったら、あなたも信用して話してみても良かったんじゃないかって。部外者は思うわけですよ』

竜王が無理でも輝に相談していたら、例え仕える相手が違ったとしても…彼女だったら何かしらの動きは見せた筈だ。仲間と定めた者の苦難を放って置くほど無情じゃない
そして実を言うと、人を頼ることを苦手とするのは長子である者の特徴としてそれなりに顕著に表れる。
恐らく彼もその手のタイプなんだろうなって。初対面の私にすらそう感じさせるほど、この人は真面目さと優しさを秘めている

『あなたはどうしたいの』
「…」
『個人的には元鞘に戻ってくれたら有難い。その方がきっと輝も安心するし?』
「…本音を言えば戻りたい…けれど、投獄された身で出来ることなんか無いだろう」
『じゃあ出来ることがあるならやるんだね』
「それは、!」
『!』
「マズイ…誰か来るぞっ」
『あ、うん、たぶんこれは』
「良いから早く隠れろ!見つかったらお前まで罰せられるぞっ」
『いやだからね、』

理由が理由だ。ピンバッジを剥奪しなかった敖欽殿なら、緋秀さんが抱える問題だって知ってそうなものだよね。それを伝えようと口を開きかけた際、懲罰房に鳴り響いた足音に緋秀が慌てて私を床下へと押し込んで。
いやあ。確実に隠れる必要がないと思うんだよね、コレ

「よぉ」
「…っ!? あ、あなたは…観音菩薩様!?」
「ここに一匹人使いの荒いネコがいんだろ」
「は…、ネコ…ですか」
『やっぱ観音だ』
「!! おまっ、」
「フ。それなりに間抜けな絵面だな」
『私もそう思う。あ、人払いありがとう』
「この俺をこき使いやがったんだ。倍にして返せ」
『今度下界の銘酒買ってくるよ』
「…!?…!?」

聞こえた観音の声にもう一度床を持ち上げれば、慌てた緋秀さんの声がおっかけ飛んでくる。あ。だめだ。完全に目を白黒させて固まってるわ
まあ一応は五大菩薩の一人だもんね。露出狂だけど。ついでに言うと、観音相手に気を使うだけ無駄だよ緋秀さん
竜王とはまた違ったタイプで自由奔放を極めたような人だから

「ほらよ」
『なーにこの紙切れ……あ。』
「コイツの身柄は俺が預ることになった。あとはお前らの好きにしやがれ」
「え…?」
『へえ。やっぱり話しの分かる人だわ』

スッと飛んできた一枚の紙切れを指先で受け止めれば、達筆な文字で一言


"好きに使え。腕は確かだ"


「…!!」
「出会ったのは偶然だ。一時的に預かって欲しいと頼まれたんだよ」
『ほーらね。やっぱり待ってるんだよたぶん、あの人も』

それは紛れもなく敖欽殿の直筆
懲罰房の近くまで来ていたんだろう。観音と会わなければどうしていたかまでは分からないけど、現にこうして動ける理由を与えてくれた…使わない手はないと思うんだよね
『どーします?』と眼前に掲げるようにして促せば、彼の瞳が僅かにぼやけていくのが分かったけど
ここはね。敢えて気が付かないフリをしよう。

「あの御方は…まだ、こんな自分にチャンスを与えてくださるのか…」
『要するに"自分でどうにかしてみせろ"ってことですよね。コレって。』
「…黎明隊長」
『はーい』
「この件に関して、なにか策があるんだな?」
『ま、一応はですけどね』
「…分かった。今は黎明隊長の判断に任せよう」
『うっし。んじゃあ詳しい説明は移動しながらで。観音ー、ありがとね』
「さっさと行け」
「観音菩薩様…この御恩は必ずお返し致します」
「フン…せいぜい期待しねェで待っといてやるよ」

戻りたいと、そう強く思う心があるのであれば

結果なんて誰にも分からないかもしれないけど、たぶんね。

悪いようにはならないと思うんだ。


『この抜け道使うから、私の後に着いてきてください』
「…こんな抜け道どこで覚えたんだ?配布された地図には書いてなかったが…」
『ほんとにねー。あ、今回の件は各竜王と補佐官達も認識済みなんだよね。まずは敢えて泳がしたネズミ共の動向を追って、ゆくゆくは親玉をとっ捕まえる』
「ああ…臨時で天竜会を開くと敖広様が俺に会いに来て下さった時、そう言っていた」
『へーえ』

私が天竜会で聞いた話をそのまま包み隠さず話し伝えながら、入り組んだ抜け道を進んでく。多分そろそろ第一出口に辿り着けると思うんだよね
彼処からは少し移動がしやすくなる
行き止まりの壁をゆっくり押し開けた先は円錐型をした小さな空間
這い出でるようにして膝立ちからそこへと飛び込めば、漸くある程度まともな空気を吸った肺が幾らか落ち着いた

『緋秀さん』
「なんだ?」
『一番最初に竜玉の話を持ちかけてきたヤツのことって覚えてる?例えば名前とか特徴とか』
「ああ…それなら闘神軍のものだったからよく覚えてるぞ。吟馬とか言う男だ」
『ギンバ…ああ、それって眉毛の太い小太りな』
「そうだ。知ってるのか?」
『如何にも自分のことマロとか呼びそうだなって思ったから、記憶に残ってる』
「マロ…?」
『下界の特徴スタイルの一つなんだけど…まあいいや。その吟馬の声って聞けば分かります?』
「ああ。そこまで物忘れは酷くないぞ俺は。それで、俺たちはなにをするんだ?」
『先ず私たちが突き止めるのは、次に狙われる竜玉が誰のものなのかって事。ついでに言えばプラスアルファで何かしらの情報は掴みたい』

拠点とか出来たら突き止めたいんだよね。
正直なるべく早く私自身元の立場に戻りたい。じゃないとあの上二人がなにしでかすか分かったもんじゃないんだよ。今回の脱退についてはある程度大まかな理由は話すって言ってたけど、はいそーですかって素直に事の収束を持つとは残念ながらこれっぽっちも思えない。
確実に輝がくぎを刺してるとは思うけど…なんたってあの二人だ。
もう一度言う。あの二人だ。

「? なにをしてるんだ?」
『んー…確かこの辺に…あ、みっけ』
「!…仕掛け扉か。だからなんだってそうも色んな抜け道知ってんだよ」
『あんま大声じゃ言えないけど、ウチの元帥は放浪癖が酷くてね。追いかけっこしてるうちに嫌でも覚えちゃったんだよ』
「…、あの天蓬元帥がか?」
『その天蓬元帥がです』
「…」
『すんごい変人極めてる訳よ。発想もずば抜けて変人だしね』
「…苦労してんだなお前も」
『そう言うこと。ニセの脱退情報を流された以上、私も早いとこ事を終わらせたくて』
「それは全面的に協力するが…ちょっと待て、何をするつもりだ」
『この仕掛け扉、回転軸が錆び付いてて固いんだよっ!』

思いきり振り上げた足で回し蹴り。ガッコンと重たげな音を響かせて、漸く壁の一部が少しだけ内側へと傾いた。そこを全身を使って押し進めれば、呆れたように嘆息する緋秀さんも両手を使って押し回してくれた。こういう時力があるって良いよなぁと単純にそう思う

「…輝が言ってた"変わり者"って意味が分かる気がすんな」
『あはは。西方軍第一小隊は皆総じて変わり者なんだよ。暫く道なりに真っ直ぐで。ちょっと走りまーす』
「探してんのは吟馬か?」
『ええ。情報を流す者ってのは、それなりに多方面の情報も握ってるってのが鉄板なんですよ』
「言われてみれば…話し方でもそんな節は感じ取れるようなヤツだったな…」
『そもそも、なんだって見るからに怪しいマロの呼びかけに応じちゃったんですか』
「いや…闘神軍なのはピンバッジで分かったから…初めは仕事の話しなのかと思ったんだよ」
『…。』

真面目か。
闘神軍なんて誰を見てもそんな開口一番に仕事の話しをするような連中にはとてもじゃないけど見えない。人を疑うことをしないんだろうか、この人は。
敖欽殿、良いんですかこんなピュアな人が補佐官で。
あ、そこがいいのか。そうか。

薄暗いそこを足早に走り抜けて階段を上がる
この先は天帝城の裏庭に通じてるんだ。ちょうど死角になっている場所なだけに、東方軍の警備も無く閑散としている。勾丹さんや小龍さんの話を聞いて一つ確信した事があったんだ
たぶん低能なネズミ共ならそこまで小難しいことは考えられないだろう

昼夜問わず警備の目がある場所から遠く離れた一角
ついでに言えば、そこからはちょうど城下町へと繋がる隠し通路が一つだけ存在している。仮にその道を知ってるんだとしたら、なにも警備が集中する天帝城に拠点は置かない筈だ
恐らく城下町の何処かにアジトとする場所があるんじゃないか、ってね

「ヤツらも暫くは警戒して目を光らせるだろう。あの御方に報告は済んだのか?」
「勿論だ。しかしあの南海龍王敖欽の傍には、既に邪魔な補佐官もいない。あのお気楽な性格なら、二度も己の竜玉が狙われるとは思わんさ」
「…!!」
『(今の声、聞き覚えあります?)』
「(…っ、一人は知らないが、先に話出した方は確実に吟馬だ)」
『(なるほどね)』

壁の向こうから聞こえてきたのは男の声が二つ
今にも飛び出しそうな緋秀さんを腕で制して、声を潜めて問いかければなんとまぁタイムリーな。あの太眉の小太りか。マロがいるのか、この先に。だとするなら好都合
取り出したノアールに火を灯せば訳が分からないと言った様子で見下ろしてくる彼に、良いと言うまで出てこないでと耳打ちした。さあここからが本番だ。

『よいっしょ、っと』
「!、誰だ貴様はッ!!」
『あれ。この場所を知ってる人が私以外にも居たんだ。いっがい』
「む…お前、まさか西方軍の女か」
『あー、それね。まぁ今じゃもう"元"だけど』
「西方軍のと言えば…吟馬、確か夕刻に通達があったと言っていたな」
「ああ…なんでもとある理由で脱退を希望した、と」
『オジサンたち闘神軍でしょ。だったら知ってるんじゃない?…私が脱退した理由』
「…」

さも抜け出してきたかのように素振りで薄っすらと笑いながら相対すれば、探るような2つの視線が突き刺さる。久しぶりに吸った外の空気と共に思いきり煙を吸い込んでから、同じように見返しながら吐き出した。竜王に不信感を抱いた挙句脱退した。言葉の言い回しはどうであれ、要はそうだと思わせられればそれでいい。

『まぁいいや。なんでオジサン達はこんな所に居んのさ。こっから先は城下に繋がる隠し通路しかないよ』
「ほぉ…貴様、知っているのか。あの抜け道を」
『あそこだけじゃなくたって、この城には腐る程あるでしょ。それこそ、竜王にしか知らされていない道なんかがね』
「…差し詰め、お前も手当たり次第駆け巡ってたと言うことか」
『いやあ。なっかなか見つけられなかったから、苦労したんだよ』
「なにを見つけたと言うんだね?」
『それは秘密だよ。闘神軍のオジサン相手に言うと思う?』
「ククク…それもそうか。ならば質問を変えよう」

後は相手の出方に乗れさえすれば情報の共有も吸いだしも容易い。
小太りなマロとは対照的に、細身で長身な男が愉し気に眼を光らせる

「お前が西方軍を脱退したのは、あの竜王に嫌気が差したからか」
『えー。これ、オジサン達に言って咎められたりしない?私』
「我らとて闘神やお飾りの竜王に不満を抱いているのは同じ…貴様のように表立って動くことをしないだけだ」
『さっすが大人だねー。私なんて我慢できなくなる方が先だったよ。だって酷い話だと思わない?私たち軍人にはさ、毎回危険な任務を寄越してくる割には、竜王もその補佐官ですらも安全地帯でのんびりしてんだからさ』
「お前の言い分も分からなくはない。その座に自分が上りつめたいとは思わんか」
『…へえ…?』


雲の隙間から差し込んだ月明かりが、一瞬

私たち3人を照らし出した

大丈夫、まだ、天頂に昇りきるまで時間はある。

事実とは真逆な話をでっち上げてさえおけば、単純な奴らのこと

多少の探りを入れながらも必ず自分たちの元へ引きずり込む筈だ


「先ほど、貴様は"何か"を見つけたような口ぶりをしていたな」
『…』
「隠し通路についてもある程度の知識があると見た―――…貴様が探していたのは、"竜玉"ではないか…?」


―――…ほォらね。


再び辿り着いたそのキーワードに、口元に刻んだ笑みは深い


『…良くその存在知ってるね、オジサン。確か補佐官までの立場にしか下ろされていないと思ってたんだけど?』
「フン。私ほどの実力者ともなれば、情報を集めることなど容易いこと…」
『イロイロ知ってそうだもんね、二人とも。竜玉を狙ってるんだ』
「あの竜玉さえあればお飾りである竜王など無価値に等しい…生命ですら我が手中に収めることが可能となるだろう」
「その為に先ずは間抜けそうな補佐官から失脚させた訳よ」
『!、ああ…南海竜王の補佐官か。なんだ。オジサン達だったんだ』
「あの男の故郷は土壌汚染が特に酷い一帯にある。そこを突けば簡単に落ちたわ」
『うっわあー。悪い人だね。それで南海龍王の竜玉を探してたってこと』
「左様。しかし事を仕損じれば他の竜王共が勘づく…慎重に事を動かしているという事だ」
『へー。だからこそ拠点を城内じゃなくて城下町の中に置いたってことか』
「!」
「…流石はあの西方軍と言ったところか。今の状況だけでそこまで予想したとはな」
『ウチは軍の性質上、少ない情報であらゆる可能性とその手段を導き出さないと生き残れないんでね』
「なるほどな…故に竜玉の在処も突き止められた、と?」
『"入口"は掴んだって所かな。まあ気長にやってくわ』

ラッキーなことに次に狙われる竜玉の特定も出来た。ヤツらのノリに合わせるだけでこうも簡単に事が進むのも面白い。やっぱり低能なんだこいつらは。
まあ知ってたけど。だからこそやりやすい。
あとは拠点か。城下町であることは確信したけど、なんせ城下町って言ってもかなり広範囲だ。真っ当な区域もあればそれこそ見るからに怪しげな区域だって腐るほどある
…もう少し、カマをかけてみるかな。

『んじゃ。私はこれで。おっやすみなさーい』
「待て」
『…ん?』
「お前…我らの仲間に降る気はないか」
『…』

こいつらは私が竜玉の在処を知ってると思い込んでる。
通常なら知り得ない筈の隠し通路や竜玉の話すら知っていると分かれば、自分たちにとって有利になり得る情報をみすみす逃すなんて事はしないだろう。
わざとらしく踵を返してその場から立ち去ろうとすれば、予想通り。
飛んできた声に内心で笑みを浮かべた

「お前ほどのキレる頭を持つものなら、この先の動きも取りやすい」
『…私、見返りがない事に協力するほど間抜けじゃないよ?』
「竜玉をすべて見つけた暁には、お前にもそれ相応の立場と権力…そして金を用意しよう」
『ふーん…魅力的だけど、口約束は信用出来ないかなあ』
「フハハハハッ!我らを闘神軍だと知りながらもその態度…気に入った。どうやら思っていた以上に肝の座った女らしい」
『コレでも"元"軍人ですから』
「良いだろう。琴瑛、紙と筆はあるか」
「ああ、持っているが…どうするつもりだ、吟馬よ」
「…さあコレでどうだ、元隊長殿。私の署名とこの度の条件を書き残した…我らの拠点へと続く順路も、な」

サラサラと洋紙に書かれたそれには、私が全軍を統括出来る権利と立場に関すること、そして竜玉を金にかえた後の報酬…そして。
狙っていたヤツらの拠点について
…へえ。意外。その区域に構えたのか
見せつけるかのようにソレを揺らす吟馬の姿に、まあこんなもんだろうと区切りをつけて笑ってやった

『いいよ。直筆で名前もあるし?これで契約はしていないなんて言われなさそうだしね』
「タダでやるとは言っていないがな」
『分かってる。私が言った"入口"についてでしょ』
「在処ではなく入口とは、どういうことだ?」
『どーも竜玉とやらはこの天帝城の地下室に安置されてるらしいんだよね。東西南北に位置づく部屋の入口が、あの宝物殿内部の何処かにあるらしい』
「やはりな」
『まあ自室に置いとけるモンじゃないとは私も思ってたんだけどさ』
「宝物殿の何処かに隠し通路がある…か」
『そこはまだ探し中』
「しかしこれ程までの情報をどこで手に入れた?お前が言うように、この竜玉の話しは限りなく隠し通されてきた筈だが」
『こう見えても上官や補佐官からの信頼は厚い方だったんだよ。補佐官も場所の詳細は知らなくても、入口までなら知らされてたし?』
「西の補佐官と言えば、あの切れ者と名高い輝と言う女だな」
『元同期だからね。付き合い永いんだ』
「ククク。その同期から聞いた情報を悪用するとは…自分を差し置いて出世した同期を内心妬んでいたという事だろう」
『あっはっはっ』
「否定はしない…か」

いやあ。バカげた勘違いをしてくれてどうもありがとう。輝。どうやら私は輝のこと妬んでるらしいよ。びっくりだよね。思わず笑ってしまった。
絶対話したいこのネタは。そして出来ることなら腹を抱えて爆笑したい。
何だこの展開。

「良いだろう。ならばその入口の特定は貴様に任せよう。明日の同じ時間までに掴み、拠点へと来るがいい」
『えー、明日ですか』
「お前ならやってのけるだろう。我らは別の準備がある」
『否定はしないけど…別のって何?』
「万が一に備え竜王と対等に殺り合える者が必要だ。虎皇一族の者の中にも、我らと同じ考えを持つ者がいると言う話しだ」
『聞いたことないわそんな一族』
「だろうな。闘神一族の中でも武力に長けた一族…竜王が表立っているが、武神と謂われる虎皇一族も引けを取らない程の強者よ」
『へーえ』

そうなんだ。竜王しか知らないぞ。
まあこんな腰抜けだけじゃないとは踏んでたけど、バックについてんのが親玉って事になるんだろうか。これはめんどくさいことになりそうだなあ。
どーするよ、輝。

「では明日の夜…期待して待っているぞ」
『あ。洋紙ちょーだい』
「フ…抜け目がないな」
『そりゃあね。仕方ないなあ。今からでもまた動いてみるか』
「抜かるなよ」
『トーゼン』



それなりに情報は手に入れた。引き際が肝心だからね、こういう時は。

後は今の情報を小龍さんに渡せば、目的の半分は達成したと思っていいだろう

完全に二人の気配が消えたのを確認してから壁を叩いた



「黎明隊長ッ!!!」
『うおっ』
「入口とはどういうことだ!何故そんな重要な情報を流したっ!?俺たち補佐官ですらそんな話しは聞いた事がないぞっ」
『や、だって嘘っぱちですもん』
「―――…、はっ?」
『補佐官ですら知らないのに私が知ってる訳ないでしょ。物的証拠と情報が欲しかったからね。適当に合わせただけですよ』
「……」
『ほらほら。ボーッとしてる暇なんてないんだから、次の場所まで走りますよ』
「!、ま、待ってくれ黎明隊長!入口という話しは嘘なのか!?」
『大ウソですね』
「…、女優にでもなれるんじゃないか…黎明隊長…」

弾かれたように飛び出してきた緋秀さんに詰め寄られたけど、敖広殿だってある程度の情報は流していいって言ったんだ。嘘を流したところで大した問題にはならないだろう
ついていけないとばかりに困惑する彼を促して、次の目的場所へ走り出す

私が得た情報を輝達に伝えなきゃなんないんだよ。
じゃなきゃ先に進まない。
もう少しで月が天頂に昇る…
小龍さんはまだ部屋の窓を開けてくれてるだろうか。

『お。あったあった…さすが輝。リクエストしといて良かった』
「それは…ボーガン、か?」
『オモチャだけどね。ちゃんと先は吸盤式だから、怪我もしないだろうし』
「…?」
『んー…ある程度は要約するかな。まあ彼らなら伝わるでしょ』
「ちょっと待て…なんだその呪文みたいな字は」
『下界で使われていた古来文字だよ。小龍さんには私が作った辞書を渡してあるから、解読してもらうの』

辿り着いた先は桜林の一角
いつも捲簾や天蓬と花見をするこの場所は、私のお気に入りでもあって
小道具なんかも一式揃えて草むらに隠してあるから便利だと思わない?
洋紙やペン、組み立て式の小さな机や花札トランプその他諸々
取り出したそれで書き記す文字は草書体だ
この物的証拠が万が一ヤツらの目に触れた時のことを考えて、この天界で使われてる字体は使わないに限る。
小龍さんの実力や管理意識を疑うつもりはないけどね
どうやら厄介な一族がバックについてるみたいだから。念には念を、だ。

書き記した洋紙をボーガンの矢に結びつける
あとはこれを小龍さんの部屋目掛けて打ち放てば、後は彼らが動くだろう。





『さて…どう動くよ、みんな』





照らし出す月明かりを見上げて、そっと煙を吐き出した












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