嫦娥の花宴 | ナノ





キレイだねぇ


事もなさげに、真っ直ぐに。

真ん丸とした黒い眸が笑っていた






「うおーーい、あんま先急ぐなっつの!」
『…悟浄、足腰鍛えたらどう?』
「山育ちのお前と一緒にするなっ」


寺院の近くの大きな山々。

仄かに香る甘い匂いに誘われて、やってきたのが梅林だ。

この時期に見頃を迎えるその花は、とても綺麗な色らしく

観に行こうと笑顔満開で言われたら、従ってしまうのが惚れた弱味だ


「ったく…ホント猿みてーだよな友香って」
『枝から枝に飛び移れるよ?』
「マジで猿じゃねえか」
『ほらほら頑張って悟浄さん』
「体力底無しかお前」


険しい山道なんのその。

息切れするような急な斜面も、樹の根や岩を頼りに難なく登る小さな背中

流石は山育ち経験が違う。

ぴょんぴょん駈け登る姿を追って、漸く辿り着いた目的の場所

そこには…


『ふわーっ!!咲いてるーッ!!』
「すっげ…初めて見たわ、こんなたくさん」
『懐かしーいっ!!』
「あっ、はしゃいで転ぶなよ友香!!」


両手を上げて大喜び。

視界全体に広がる見事な梅林は、赤や白と色とりどりだ

梅の咲く木々の隙間を縫うように駆ける友香の表情はとても嬉しそう

生まれ育った山の中、彼女の鈴のような声が響き渡る


『ほら見て悟浄!梅っ、梅だよ!!』
「見りゃわかるっての。…にしても、こんな山の中に梅林があったなんてな」
『まあ村に住んでる人はまず知らないだろうね』
「俺も初めて知ったわ」
『とっておきの場所なんだから』


嬉しそうに、笑う顔。

小さく綻ぶ花の姿に、一つ一つ触れる指先

赤く色づくその花を見て、俺を見て、笑っていた


『悟浄の色!』
「…」
『綺麗な、赤!白い梅も好きだけど、私は赤がいいなあー』
「ははッ…ほんと、物好きだよなぁ…お前も」
『そう?』
「そーだろ、どう考えたって」
『だって好きな人の色だよ?やっぱり自然と好きになるじゃない』
「あー、ハイハイ」
『またそうやって適当にながすーっ』
「バーカ、違えよ」


見上げる彼女のその黒に、一枝手折った枝を差す

漆のような色のそれはサラサラと指通りがとてもいい

腰元まで伸びたそれが、風に吹かれて小さく靡いた


この髪と眸の色が持つ意味を、知らない訳ではないってのに

なんてことないような笑顔で、仕草で。

細くしなやかな指先が愛でるように触れてくれたから


「…やっぱ友香には、赤が似合うな」
『…ふふ。それは自惚れてもいいのかしら』
「そーしてそーして」
『それでは遠慮なくっ』


腕に抱きしめて、触れたぬくもり。

生きてていいんだと、教えてくれた

愛されるべきなのだと、笑って俺を愛してくれた女





「なあ友香」
『んー?』
「ピアス買いに行くか」
『…それって、赤の?』
「トーゼン」
『じゃあ悟浄は黒いピアス!』
「お、友香の色か」
『これですぐにわかるでしょう?』
「ははッ…違いねえや」






その色で、主張して。

互いに色持つ、その証…






――――――――――――――――――――――――――――
(ホトトギスいないかな?)
(鳴かぬなら鳴くまで待とう、ってか?)
(悟浄は鳴かせてみせようホトトギス)
(そりゃ毎晩鳴かせてるしな)
(っ、私の話じゃないよっ)
(なんだよ、違うのか)
(ニヤッと笑いながら言わないで!)





朱く色づくその頬も、俺のもの。









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