嫦娥の花宴 | ナノ



どうやら、自由と竜は同意語らしい。

事の成り行きを話し終えた直後、落とされた言葉には全力で賛同した。




『…何て言うか…まだこの天界にそんな命知らずなヤツが居たんだってのも驚きだけど、そんな状況を楽しんじゃう竜王殿にもびっくりだわ』
『だろうね。退屈しのぎにはなるらしいよ』
『それもどうなのさ』
『私に言われても』
『…言えてる』

事の経緯を話し終えればなんとも呆れ返ったような表情の黎明に嘆息する。
言ったところで無駄なんだよね。彼らには。
第一、生命を狙われていると言う実感を持っていないんだから仕方がない
…確かに彼らほどの実力を持つ者なら、幾ら軍人相手とは言え傷を与える事は不可能に近いだろうけれど。

『纏めると、補佐官サマが唆されて竜玉が狙われてるって分かって、退屈しのぎに潜入捜査案が浮かび私が呼び出しくらったと』
『…改めて言葉にするとアレだね』
『私も言いたいわそれ。全力阻止を希望したかった』
『出来ることはやった結果がこれなんだけど』
『うわあ…でもさ、そんな大事な竜玉の話し、いくら隊長だからって外部に漏らして良かったの』
『彼らが決めたことだからね。良いんじゃない』
『いいんですか』

私たち以外の人物を潜らせるとなった時、彼らの中で真っ先に浮かんだのが黎明だった事実には異論はない。彼女ならなんだかんだ言いながらも上手いことやれるんだろう
その点においては心配はしていない。
断れるような状況では無いことくらい黎明だって承知の上だ。ある程度話し終えた際、頬杖をついて笑う彼に苦笑する黎明が視線を飛ばした

「状況は理解出来たか。黎明隊長」
『…出来ればふかふかのベッドで寝ていたかったです』
「それはまたの機会にでも取っておくんだな。ネズミ共の特定は既に出来ている…接触の方法はお前の判断に任せよう」
『んじゃ、一つ聞いてもいいですかね。東海竜王殿』
「良いだろう」
『潜入捜査なら確実性や実力を考慮しても輝が適任だと思ったんですよ。竜王殿の内情にも詳しいでしょうし?』
「その点については、お前達の上官が納得のいかなそうな顔をしていたな」
『そりゃなんでまた』
「…黎明隊長ならば知っているだろう。輝の性格についてを」
『…あー…なるほど。』
『そこで私をガン見しないで欲しいんだけど』
『いやあ。うん、大事にされてるなって』
『…』
『はいそこで顰めっ面しないの。美人が台無しだよ』

何度か問われたことはあったんだ。けれども与えられた任務を成功させるにあたっては、ソレは然程重要なことではない気がしていたのも事実だったから。それでも敖潤からしたら引っかかるらしい。
黎明も納得したかのように頷いていてるし。大きな任務を完遂させるにはある程度のソレは必要だと思う。足でまといにならない範囲内には留めるようにしているんだ。怪我をしたところで業務に支障を出さなければ問題もない。
そう、思っているのに。敖潤はどもうそこが懸念としてあるらしい

『ま、輝だもんね』
『…』
『分からなくも無かったんだよ。輝が持ってるそういう無意識的な思考回路ってのも』
『天蓬だって似たようなことやってたよね』
『そーそー。でも捲簾に思いっきり諭されてたでしょ』
『…』
『つまりはね。ああ言う事なんだよ、たぶん。間違ってるとは言わないけど、まぁ今回は私に任せてみてよ』
『黎明がやる事については不満はないよ。寧ろ安心して任せられる』
『期待に応えられるように頑張るわ』
『あの二人には伏せておいた方が良いだろうね。特に捲簾』
『あー…』
『確実に止めに入ってくる』
『伏せとく方向でお願いします』
『了解』

天蓬に影響された部分と、元々の性格が絡んでるんだろうね、と。
懐かしいなんて笑う彼女の姿にそうだったかと記憶を遡る。あれでいて、天蓬も当時は任務を遂行させることしか頭にないような人だった
部下をなくしたと…そう、いつだったか言っていた。誰かを失う痛みを味わうくらいなら、別の痛みを味わう事の方がまだマシなんだろうなって
天蓬を見ていた頃に感じ取ったことだった

『んではでは…謹んで拝命致しましょう、その任務』
「ある程度の情報は流して構わん。上手いこと泳がせた上で、頃合を見計らって嗾けろ」
『簡単に言いますねぇほんと。でも私が西方軍だって事は連中も知ってそうですけど、その辺はどう警戒を解くんですか』
「敖潤に不満を募らせ脱退したとでも流せば良い。黎明隊長の知名度なら時期に広まるだろう。敖潤にも了承させた」
『…うわあ』
「他に案があるなら聞くが」
『…』
『…ごめん。私もそれは今初めて聞いた…どうするの、敖潤』
「天蓬元帥、および捲簾大将には大まかな理由を話すつもりだ。事の収束を終え次第、後の情報操作は我々が引き受ける」
『うわあ』
『……出来るだけフォローしておくよ、黎明』
『もうほんと全力でお願いするわ…』

これはさすがに少し同情する。けれど私や黎明が西方軍だと認識が広まっている以上、理由を付けた方が接触しやすいのも事実だ。黎明も分かってるんだろうけどなんとも言えない顔のまま嘆息している。彼らからすれば情報操作なんてわけもないのだろうが…やられる側としたらそれなりに意を唱えたくもなる気持ちも分かるから。

『(今月は第一小隊の出陣数を出来るだけ調整しようか)』

黎明が抜けることによって戦力的に影響は出るだろうけど、必要であれば私がフォローすれば問題ない。どちらかと言うと探りを入れてくるであろう捲簾をどう巻くがが問題だ。あの二人の関係はお互いの立場上ハッキリとはさせていなくても、明らかに腐れ縁だけでは済まない雰囲気がある。
黎明については確実に無意識だろうけどね、アレ。見ている側としたら割と面白いから天蓬と共に放置しているけど。

「そーだ黎明。親玉の特定は急がなくていーからな。とりあえずはネズミ共の動きについて情報流せ」
『…承知。因みに期間はどのくらい考えてんですか』
「適当。ネズミ共の様子が掴めりゃそれでいい」
『それって要するに私次第って事じゃ…』
「そう言うこった。早く戻りたきゃ頑張るんだな」
『えー…その人の悪そーな笑みやめてくれませんか敖欽殿』
『信用してるんだよ。あれでもね』
『それはありがたいけどさぁ』
「では黎明隊長。他に希望があれば聞くが」
『…はぁ…第一小隊に大きな影響が出なければ、特に今のところは』
「では実行に移すタイミングは勾丹からの話を聞いた上で判断しろ」
『承知』

潜入捜査の詳細についてはこの後勾丹さんから話があるらしい。内部で謀反を起こそうと企てるような連中だ…出来ればウチの軍にはそんな馬鹿げた連中が居ないことを願いたい。
そして先程から会話に参加をしない北方軍の2人も気にかかる。泳がせる事を良しとしない考えであるから当然と言えば当然なんだろうけれど。下手な争いには発展しないにしろ、妙な亀裂は生みたくないんだけどな

「ではでは、先ずは黎明殿にはこちらの資料をお渡し致しましょう」
『…これ、要するにネズミリストですね』
「左様。この者達の顔と名前を覚えて頂きたく」
『はーい…って、どいつもこいつも闘神軍じゃん』
『へえ。でもヤツらならやりかねないでしょ。低能な者ばかりだし』
『ド正論。因みに知ってる連中いる?』
『まったく』
『私もだわ』
「なんせ徒党を組むような連中ですからなぁ。御二方の目にはまずとまりますまい」
『なるほど…ええと、勾丹さん、だっけ』
「はい、間違っておりませんよ」
『この中から接触し易い連中からコンタクトとっていけばいい?』
「ええ。常時は己の任務についているでしょうから、黎明殿の動きやすいよう対応してくださればと」
『んー。情報握ってそうなヤツを絞り込んでみるかな』
『いいと思うよ』

なるべく早い段階で黎明が自分たちと認識が同じだろうと思わせた方が手っ取り早い。暫くは連中の動向を観察することにして、最低限の特徴を掴むつもりらしい。妥当な判断だと思う。潜るにしろ警戒されたらそこで終わりだ。
いくら低能な連中でも同じ手は通用しない。『身一つで行った方がいいよね』なんて投げる黎明に頷いておいた。女がその身一つで接触してきたとなれば、バカな連中ならそれほど警戒心も抱かないだろう

『んじゃ、この後いろいろ準備しますわ』
「頼みましたぞ。それでは続いて、黎明殿が得た情報の展開方法についてですが」
『そこは私も気になってた』
「西方軍との接触は暫く絶った方がいいでしょう。隊員、大将、元帥、及び輝殿や敖潤殿含め、潜伏中は出くわさぬようお気をつけくだされ」
『了解です』
『でもそれだとどう情報を共有していくの』
「そこは小龍殿に一役買っていただこうかと」
「!、私…ですか?」
「ええ」
『…因みに輝。あの人って北の竜の補佐官、ってことでいいんだよね』
『そう。補佐官の中では歴は浅いけど、まぁそれなりに敖炎の影響を受けてる』
『女が軍なんかいるなー、って。まだなってる感じのタイプ?』
『そこは問題ない。彼個人は能力に見合った者がなるべきだって言ってたし、そこまで固くはないよ。敖炎崇拝気味だけど』
『あ、うん。そんな感じめっちゃするわ』
『まだまだ手のかかる補佐官なんだよ』

勾丹さんと小龍が話し出す間、声を潜めて問うてきた黎明に同じように返す。私以外の補佐官と会うのは今日が初めてだもんね黎明は。通常であれば他軍の補佐官と接触する機会なんて無いと言ってもいいほどだが、黎明の場合はすでに竜王制覇を終えている。補佐官と出くわすのも時間の問題だろうとは思っていた矢先だった。黎明の性格上物怖じしないから変に警戒されない限りは問題ないと思うけど

「敖炎殿も小龍殿も、立場上今回の件で万が一天帝への影響が及んだ際、一早くその情報を得たいであろうと思いましてな」
「…正論だな。我が北方軍は天の身辺警護が主…情報の展開が早いに越したことはない」
「では、私が隊長殿より情報を得次第、先ずは敖炎様へご報告いたしましょう」
「それでいい。後の展開については私が行う」
「承知いたしました。」
『えーと…一つ良いでしょうか敖炎殿』
「なんだ、黎明隊長」
『この度の一件、私が引き受けることについては』
「西方軍第一小隊の実力を認める敖広の判断とあらば口出しするつもりはない…が、お前も気を引き締めて任にあたると良い」
『それはもう勿論。やるからには完遂させますよ。事が事なんで』
「分かっていれば良し」
『黎明だからその辺りは心配いらないと思う』
「己の実力にあぐらをかくような者ではないと言うことか」
『少なくとも第一小隊にはいないからね。そういう思考回路を持った人は』
「…なるほどな。分からなくもない」
『じゃあ次、小龍だね。黎明と会うのは初めてでしょう』
「…。」
『ハイハイ。その顔は敬語使えって言いたいんでしょ』
「何度か伝えたとは思うのですが」

言われてたねそう言えば。けれどそれこそ今さらな気がする。
彼ら竜王との付き合いは小龍が知ってる通りかなり長い。それなりにお互いの気性を把握できるくらいには何度も会話だった重ねてきた。固っ苦しいのはそもそも苦手なんだよ私も。渋面を浮かべる小龍には"その話しはまた今度聞くよ"と肩を竦めることで応える。納得してなさそうな顔はしていたけど。
今は他に優先しないといけない内容があるからね

『彼女には西方軍第一小隊長を任せてるの』
「…天界軍において女性は2人のみとは聞いていました」
『絡みやすいとは思うよ。彼ら竜王殿とはまた違った自由を持ってる人だけど』
「…」
『ものすんごい複雑そうな顔されてんだけど。輝、猫かぶる前に暴露しないでよね』
『してもしなくても変わらないでしょ。結局はいつも長続きしないんだから』
『わあド正論。ま、きちんとやることはやるんで、よろしくお願いします』
「よろしくお願いします。北方軍が補佐官、小龍です。敖炎様が意を唱えないのであれば、私も従いましょう」
『どうもありがとうございます…?』
『異論はないってこと。良かったね』
『有難いわほんと…えっと、小龍さんね。私のことは黎明でいいですよ。みんなそう呼んでるんで』
「…では、黎明殿と」

馴染むのが早いのはいつものことか。緋秀がいたら彼ともなんの問題もなく馴染んでいただろう。彼の処罰はどうなるんだろうか。不殺生が大原則の天界においては投獄が常だが…内容が内容だ。特例をあてられても意を唱えることは出来ないだろう。そう言えば…彼らの父親に報告はしたのかと前回の天竜会で言っていたが、それもどうなっているのか。彼らほどの一族であれば特例を行使するのは不可能ではないような気がしていて。
…出来ることなら、そうはあって欲しくないと思う自分がいた

彼とも付き合いは長い。休暇をとって帰省する際も、よく兼任したものだ。
律儀だからその都度なにかと食事に誘ってくれるほど。だからこそ、彼がこの件に関与したのはそれ相応の理由があったんじゃないか、って。
屈託なく笑う姿を思い出してはそっと眼を閉じた

「情報の共有方法につきましては、お二人の動きやすい方法で行ってくだされ」
『了解。後で話し合いましょう、小龍さん』
「ええ、いいでしょう」
『私も念の為参加する。勾丹さんも一緒にどう』
「おや…この爺も参加させていただけるのかな?」
『居てくれると助かる。』
「ではでは、お言葉に甘えて」
『え?このまま進めちゃっていいの?補佐官との会話なら場所移した方がよくないかい』
『良いんじゃない。暇潰しとか言うくらいだしね。このまま進めよう。良いでしょう、敖広』
「構わん。続けろ」
「黎明を交えた会話っつーのも見ものだよな。兄貴も敖炎も輝とセットでしか眺めたことねえだろ?敖潤の兄貴は別だろうけどよ」
「…よく4人で会話をしている姿は見たことがあるな」
「その点については否定しないが…もう好きにしろ」
『あ。敖炎殿が諦めた』
『…敖欽のあのノリについていくのは面倒なんだよ』
「お前もほんっと容赦ねえよな、輝」
『私は事実しか言わない』

自由に話していいと言ったのは彼らなんだ。公の場ではそれなりに言葉の使い方について改めるが、敖潤も言ったように今回の天竜会そのものが異例だ。
尚且つ黎明まで呼び出したとなれば下手に肩ひじ張らない方が楽でいい。
黎明もその方が気が楽だろう。多少は。

『輝っていつもあんな感じですよね』
「輝殿は坊ちゃん達との付き合いも長いですからなぁ。お互いの気性を良くご存知のため、このように朗らかな雰囲気が出せるのでしょう」
「竜王様に対して砕けた物言いをするのは少々引っかかるが…敖炎様がその件について彼女を咎めた事はただの一度もありません。それだけ敖炎様も輝殿の実力を認めていると言うことですが…」
『…。(この人どこで呼吸したのいま)…の、割には表情がご不満そうですが。小龍殿』
「あくまで我ら補佐官は竜王様に従う身。己の立場を逸した言動については慎むべきだと、」
『小龍。小言はまた今度聞くってば。今は先に決めなきゃいけないことがあるでしょう。それ以上小言続けるなら黎明にヘンなあだ名つけさせるよ』
「…む。確かに今は優先させるべき内容があるか」
『ねえ何でいま私を巻き込んだよ輝さん』
『黎明なら適当にあだ名つけて呼びそうだなって』
『どんなイメージよ』
「しかしその前に一点。輝殿にお聞きしたいことが」
『なあに』
「この度の任、黎明殿に一任する事に反対はしません。しかし私や勾丹殿は彼女について肩書きしか知らない…貴女から見た客観的な意見を求めます」
「おお…それは是非とも、この爺にも聞かせて頂きたい」
『だ、そーです。補佐官サマ?』
『…』

穏やかな視線と真剣味を帯びた視線、そしてどこか他人事のように楽しげに笑う視線が向けられたことに嘆息した。今さら黎明の事実を述べたところで任務に支障も無いだろうに。
けれども小龍だけならまだしも、勾丹さんにまで問われてしまえば断る訳にもいかないから。なるべく私情は省いた上で話そうか

『黎明の実力について言っているのなら、私から見ても文句ナシだね。私がまだ軍にいた頃は黎明としか組まなかったくらいだし』
「ほお…確か、西方軍入隊時の実技試験においては、御二方はとても優秀だと聞いておりました」
『剣技や銃技については私と同等じゃない。私は気功の方が得意だけど、黎明は戦闘スタイル自体が珍しい』
「…? 西方軍は刀と銃が基本とされる物だと聞いていましたが」
『まあね。見る機会があったら小龍も見てみたらいいよ。彼女の動きや判断力は柔軟性があって良い見本になると思うよ』
「…なるほど。天界軍トップクラスである貴女が言うのであれば、今度一度手合わせ願いたい」
「いっそのこと御二方が手合わせをすると言うのは如何ですかな?それを見るたけでも我々にとっていい刺激になるでしょう」
『黎明とだったらそれも良いね。私もやりやすいから』
『…あの、その辺で勘弁してください…』
『…。なに照れてるの。珍しい』
『無表情に近い顔で客観的にそうも大袈裟に言われると流石にそこの窓から飛び降りたくなるわっ』
「黎明殿。ここは三階です。」
『なんの問題もありません』
「どこかですか!」
「ほっほっほ。エネルギーが余ってる証拠でしょうねぇ」
『私情は挟んでないし、事実しか言ってないよ』
『よーし小龍さん話を詰めよう!』
「では、まず輝殿の意見に回答を。無視は良くありません」
『真面目か!』

そう言えば久しく黎明とは手合わせしていないなと。最後に行ったのはいつだったっけ。勾丹さんはともかく、正直小龍にとってはいい刺激になるはずだ。彼は剣技が得意分野だけど、その性格が滲み出るのか動きが僅かにかたい。模範通りと言えば聞こえは良いんだけどね。小龍だったらもっと上達出来る気がする。
緋秀がいたら、きっと。
彼も喜んで手合わせを強請るだろう。そしてそれに影響される小龍も。
あの二人はとてもいいライバルだったから

『(…今回の緋秀の件に関して、小龍はどう思ってるんだろう)』

互いに得意な分野は違うが、だからこそ同じ男同士…切磋琢磨し合える部分が多かった筈だ。仕事に対しても実力に関しても。聞いてみたい気もするが女の身で踏み込んで良いのかも分からない。彼らにはきっと…お互いでしか分かり合えない繋がり方があるような気がしたから
この事件が終えた時…敖欽は新たに補佐官を募集するんだろうか
暫くは気ままに過ごすと言っていたけど。

『…』
『なに、黎明』
『いんや。まだいいや』
『…? それじゃあ、具体的な方法を考えないとね。まあ例え予想外の展開になっても、黎明なら適当に上手くさばくだろうから考えるだけ無駄な気もするけど』
『丸投げですか補佐官サマ』
『信頼してる証拠だよ隊長サン』
『小龍さん、輝みたいになったらアウトですよ。見習うなら勾丹さんをどーぞ』
「いいえ。女性の身でありながらこの実力…勾丹さんを含め、私も2人を目標に日々精進したいところ。一番見習うべき御方は敖炎様に変わりはありませんが」
『最後にそこを外さない当たりが小龍らしいね』
『真面目って言うか…なんて言うか…敖炎殿ツー?』
「光栄です」
『…。』
『小龍に冗談は通用しない』
『…みたいだね』
「それでは黎明殿。情報の引渡しについてですが」
『あ、はい。』
「人の目に触れるのは避けた方がよいかと」
『そーですね。出来れば夜間が理想かな。東と北は夜間警備も行ってましたよね』

机上に広げられたネズミリストを4人で見下ろして
人の目に触れず、尚且つ怪しまれずに行うには妥当だろう。南方軍に関しては夜間の動きはない。ウチは下界の時刻に合わせた出陣形態をとっているから、稀に夜間でも出陣する事態はあるけれど。黎明も知っている事だし、自軍と鉢合わせする可能性はないだろう

『出来れば夜間警備の大まかな動きについて教えて欲しいかな。どうせネズミも警備の隙をついて動くと思うんで』
「…なるほど」
『後は配置される場所と人数はどれくらいなのか、とかね』
「ほほう…着眼点が的確ですな。流石は武闘派である西方軍の隊長と言ったところですね」
『ああ見えて一応はまともなんだよ』
「ええ。でなければ輝殿がこうも信頼する筈もないでしょう」
『……まぁね』

私たちの関係性に詳しくない者から見ても、やはりそう映るんだろうか。
改めて言われると僅かに胸の奥がむずかゆい。
伊達に付き合いは長くないけれど、お互いプライベートな事は特別突っ込んで聞いたことは無いんだ。弟妹が多いのも父親が武器屋だったのも最近知ったくらいだから。それでも、お互いが信頼し合える程には絡んできたんだろう。
目の前でいつの間にか小龍が取り出した天帝城内と城下町の地図を広げ、夜間警備で見回る区域とその凡その人員配置について指をさしながら説明している
…まだ持ち歩いていたのか。それ。

『(そう言えば、就任したては良く迷ってたっけ。見つけに行くのが大変だったな)』

この天帝城はとにかく呆れるほど広い。恐らく私たちが知らない塔や部屋なんて腐るほどあるだろう。軍人が立ち入りできない区域もあるほとだ。迷う気持ちも分からなくもないけど。

『…うっわ…なに、この城ってこんなに広かったっけ』
『基本的に東西南北に別れた塔内や、宿舎しか利用しないからね。天神族の住居にあたる場所は北方軍しか踏み入ることも禁止されてるし』
『せいぜい使うのなんて大食堂や宴の間くらいだもんなぁ私たち』
「我々北方軍はこの区域を中心に動いていますから、黎明殿が言うようにネズミ共も避ける場所でしょう」
「我が東方軍は主に天帝城の正門、裏門、そして武器庫や宝物殿の城内警備が主ですな」
『…』
『何か気になることでも見つけたの』
『…や、城下町の民間警備って東方軍だったっけなってさ』
「ええ。日中は民間の警備も行っておりますぞ」
『ふぅん』
『…』

黎明の瞳の色が僅かにだけど変わった気がした。
彼女にとって情報は要だ。西方軍にいるだけあって僅かな情報でも可能な限りの可能性を脳内で展開させる。こういう所は天蓬譲りだよねほんと。突拍子のない性格も相成って、その発想の仕方には私だって偶に瞠目するほどだ

『輝ー』
『なに』
『この二枚の地図ってある?』
『…自室に行けばあるけど。確か入隊時に渡されなかったっけ』
『私が持ってると思うのかい』
『…どうしてそうも開き直って驚いた顔が出来るのか、そっちの方が不思議なんだけど』
『コピー欲しいなー』
『…。』
「…、輝殿のこんな呆れ返った表情…初めて見ました」
「いやあ、実に珍しいものを見せて貰いましたなぁ」
『割と向けられること多いですよ、私』
『…はぁ…小龍、悪いけどコレを黎明に渡してくれる。小龍のは別で用意するから』
「輝殿がそう言うのなら、分かりました。では黎明殿、コレを」
『ありがとうございまーす』
『一つ言っておくけど。無くしたらもう用意しないからね』
『大丈夫じゃない?今回しか使わないだろうし』

それは暗に無くしたところで今後は使う機会もないから困らないとでも言いたいのか。『待って広すぎない?』とマジマジ地図を見つめる黎明に何度目か分からないため息を吐き出した
まあ黎明のこと。持っていたとしてもいちいち確認することなどしないだろうし、持っていたところで迷うことは確実だろうけど
呆れたように眺めれど、本人は早速手渡された地図に幾つか記入している

「黎明殿、この地図をどう活用するおつもりですかな?」
『ネズミの気持ちになって動きましょう、ってね』
「それはまた…興味深い回答で」
『悪いようには使いませんよ。んでもって小龍さん、ちょっとやって貰いたいことがありまして』
「なんでしょうか」
『草書体の解読』
「ソウショタイ、ですか…?」
『黎明、なにそれ』
『すんごい昔の下界で使われてた字体なんだけどさ。例えば…草書体で西方軍第一小隊って書くとこうなる』
「…これは…」
「…文字、ですか…?」
『…、どう見ても子供の落書きにしか見えないんだけど…』
『ほんとにね。読めないよね。当時解読すんのすごい時間かかったわ』

サラサラと紙に記された字体はどうしたらそう読めるのか分からないほどに字崩れが酷い。加えて文字そのものが繋がった状態で書かれているため、非常に読み難いのだ。こんな字体は天界では見たことがない。子供ですらもう少しまともな字が書けるだろう
下界の古来文字と言うがなぜこのような字体を黎明が知っているのか
視線で再度問えば当時を思い出したのか。疲れきったように頬杖をついた

『当時天蓬がハマッっちゃった時期があってさ…あろうことかこの字体で報告書を纏めた時期があって』
『…ああ…』

それは悲惨である。
けれども私も敖潤もこんな字体の報告書は見たこと無い
もし上げられたとしたら確実に私が差し戻しているはずだ
見てみなよ。勾丹さんと小龍がものすごく驚いた顔してる。天蓬と言えばそれなりに元帥としての知名度も高い。意外な一面として彼らには印象付いたことだろう。意外でもなんでもなくて、見たまんま変わり者なんだよ。あの人は。

『普段は報告書なんてまともに書かないのに、そういう時ばっか嬉々として書いてたもんだから…私がひたすら解読して書き直したんだよ…』
「「…」」
『天蓬ならやりかねないね、それ』
『でっしょ? まぁそのおかげで、今回選択肢として思いついたんだけど』
「…これを覚えろという事ですか」
『いや、覚えなくていいですよ。私が当時作った辞書があるんで、それを見ながら解読してくれたらと』
「ほほぉ…ではそのソウショタイと呼ばれる字体にて情報を伝達するという事でしょうか」
『そうですね。万が一の事を考えて、解読出来ない字体にしておけば漏洩も防げるでしょ』
「…私に解読出来るでしょうか」
『そこはほら。頑張ってください。』
『こんな暗号みたいな文字を解読出来るなんて、天蓬と黎明くらいなもんだよ』
『他にも楔形文字とかもあるよ』
『普段は天界共通の字体でいい』
「書面にてという事は、黎明殿から手紙かなにかで…?」
『そ。日が沈んでから月が天頂にかかるまでの間、部屋の窓は開けておいてくれると助かります。何らかの方法で放り込むんで』
「承知いたしました」

何度見てもどう見直しても西方軍第一小隊だなんて読めない
これほどまでに文字と言う概念を覆すものであれば、初見で解読することは不可能だろう。こういう機転が利くところは下界の知識が人一倍あるあの3人の共通点だろうか。伊達に下界に馴染んでないっていう事だね。
天帝城内の地図に小龍から教えて貰った彼の自室に印をつける様子を眺め、これで大まかな流れは固められたかと時系列で今後の流れを思い浮かべた

『どーよ、輝』
『良いと思うよ。リスクも少ないしね』
『んじゃ、コレでいきますか。』
『なるべく小龍が読み解き易いように書いてくれると嬉しい』
『任せて。天蓬と違って手クセなんか加えないから』
『そういう嫌がらせって全力でやるよね。天蓬って』
『私か捲簾が絶対直すって確信してたんだよアレ』
『想像に難くないわ』
「その肝心の辞書はどこにあるんでしょうか」
『私の部屋。輝、後で渡してあげて。ついでだから部屋の鍵も渡しとく』
『了解』
『あ。それともう一個』
『なに?』
『コレさ。出来れば用意して欲しいんだよね』
『…何に使うのさ。こんなの』
『それはお楽しみってやつ?』
「「…?」」
『はぁ…分かったよ。手配しとく。でもどうやって渡すの』
『私のお気に入りの場所に置いといてくれればいいよ。勝手に取りに行くから』

二つ折りの用紙に書かれた"ソレ"を眺めて、得意げに笑う黎明に苦笑する。
"了解"と一言返した上で懐へと仕舞いこんだ
さて。何を考えているんだか

「黎明殿の発言は気になりますが…楽しみは取っておくことにしましょう。ではでは、各々他に言い忘れはございませんかな?」
『私は特に』
『同じくナシで』
「現時点では問題ないかと。」
「それでは。」

この後、敖潤達によって黎明の脱退連絡が西方軍に流されるだろう
一時的とは言え離脱する彼女がネズミの動きを掴み、接触した上で潜り込む
目的は次に狙われる竜玉が誰の物なのか。そしてこの計画を企てた親玉の特定
纏めて捕獲することが出来れば文句なしだ
一区切り話し終えたところで勾丹さんが向けた視線の先
楽しげな笑みで私たちを眺める敖広がいる

「話しは纏まったようだな。黎明隊長」
『お陰様で目が覚めましたよ』
「フ。それはなによりだ。対応に詰まった段階で早急に報告をしろ」
『心得てます。あ、そうだ輝。このピンバッジ渡しとくわ。この後脱退するらしいから、私』
『了解。脱退するのにこれはつけてられないもんね』
『大事にしまっておいてくれるとありがたい』
『責任もって預かっておくよ。銀花は自室にあるの』
『デスクの引き出しに立てかけてある』
『じゃあ銀花も預かっておく』
『助かるわ。あーあ、暫くは輝ともお別れかー』
『何気に初めてだもんね。長く離れるのわ。違和感は大きそう』
『言えてる。普段どんだけ絡んでたんだって話しだわ』

立ち上がって、向き合った。

お互い不安がないのは、それだけ相手を信頼しているから

『西方軍第一小隊のこと、お願いね輝』
『了解。潜入捜査は頼んだよ、黎明』
『任せて。きっちりこなしてみせるわ』
『期待しておく』

笑いながら差し出されたその手を、しっかりと握り返した。








前代未聞の竜玉事件

恐らくこれは、後の天界史にも残るであろう

全員の顔を見渡して

自分に出来ることを全力でやり遂げようと心に決める















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