嫦娥の花宴 | ナノ



退屈しのぎにはなるだろう、と

不敵に笑う彼らに揃って吐き出したため息は長い








「皆席に着いたな。お前達も知っての通り、前回の天竜会にて敖欽が話した竜玉の件…ネズミ共を勾丹に探らせた」
『…。(月に2回の天竜会と言うのも初めてだね、そう言えば)』

あの日からあまり間を開けずに開かれた今回の天竜会
敖欽の補佐官であった緋秀が絡んだ事が切っ掛けで露見したのは、各竜王が持つとされる竜玉の盗難未遂について。この広い天帝城内にある一定数のネズミが水面下で動き出してるのだと。実にバカバカしい話だ。どんな思考回路を持てばこの竜王達に牙を剥こうなどと考えるのか…これを機に是非とも問い詰めてみたくなる。今後の対策には使えそうだ。

「緋秀には改めて直接私が話の詳細を聞き出し、幾つか分かった事がある」

どこか楽しげな笑みすら口元に浮かべる敖広が端的に述べたのを合図に、朗らかに笑う勾丹さんがあの日からの進展内容を教えてくれた。

「主犯につきましては御二方の希望もあり特定はしておりませんが、各軍の一部には未だ坊ちゃん達に不満を抱く者が存在しておるようでして…今回のネズミは大半がその者達でしょう。中には腕の立つ者も少々含まれているようですな」
「…あの日より敖炎様を含め天の身辺警護を強化してはいますが、表立った動きは無かったかと」
『我が西方軍も同じく。特別気に留めるような状態ではありません』
「我ら東方軍も平和でしたなぁ。恐らく緋秀殿の一件にて、奴らも様子見といった所なのでしょう」
「はッ。所詮ネズミ共が考える事だ、どうせ時期を見計らってまた動き出すだろ」

"次はどう突いてくんのか見物だぜ"と不敵に笑う敖欽は完全にこの状況を楽しんでるようにしか見えなくて。うっかり聞き流しそうになったが、主犯の特定はしていない、と。恐らく勾丹さんほどの者ならやろうと思えば特定するのにもそれ程多くの時間は要さないだろう
…敢えて泳がすと言うのはやはり本当だったのか。
見てみなよ。敖炎がさっきから、物凄く納得のいかなそうな顔をしつつも沈黙を貫いている。

「そのネズミ、どう対処するつもりだ。敖広」
「仮にも我らが持つ竜玉に手を出そうとしている者達だ。それなりの手段と覚悟があるのだろう…聞いてみたくはないか、敖潤よ」
「…西方軍への直接的な妨害行為にならなければ、特別気にはしない」
「フッ。相変わらずだなお前は」
「敖炎、んなあからさまに不満そうなツラすんなって」
「…お前達の気楽さにはついていけん。何故ネズミがいると分かっている時点で野放しにする意味がある」
「暇潰し程度にはなんだろ?」
「理解不能だ」

それでも縦社会の具現化とも言えるこの竜王たちは、皆総じて敖広の意見を重んじる傾向にある。恐らく各自それが身に染み付いてるからこそ、敖欽も動機は不純だが彼の判断を真っ先に仰ぎ、不満を抱きながらも敖炎だって単独で動くことをしないのだ。
…まぁ敖潤に関してはこの竜玉の件をそれほど重要視はしていない
狙いが自分だと言うのなら軍への問題はない。と
念のため彼の警護を重点的に考えて動いていた私にそう零していた程だ

「案ずるな。敖欽との話し合いを経た上で、一つの対策は講じるつもりだ」
『…、』

その浮かべる口元の笑みから察するに余りまともな案ではなさそうだなと。この場では言えないがサシでの対話だとしたらうっかり口が滑ってしまいそうだ。彼らの様子を見守っていれば怪訝そうに声を潜める小龍が話しかけてくる

「…どうするつもりなのでしょうか。東海竜王様は」
『余り考えたくはないよね』
「と、言うと」
『見てみなよ、あの表情…明らかに事を面白だてようとしか考えて無さそう』
「…む。」
『そういう人なんだよ。彼は。今回は特に南海竜王とも話を進めてるから、余計だと思う』
「とは言え、この度は竜王自らの生命が懸かったもの…当の本人様方とて楽観視出来ないのでは」
『小龍ってほんと真面目だよね』
「?」
『少しは見習ってくれないかな。特にあの二人』

"敖欽が暇を持て余すと面倒なのは昔からだ"と
以前、敖炎に会った際にそう言っていたけれど。敖広も似通った節があるという事か。勾丹さんなんて「若者は元気があって良いですな」と笑ってるし。
そういう問題なのだろうか。彼らからしたら自分たちの生命に関わる問題ですらも、きっとただの暇潰しになってしまう

「一人、そのネズミ共の中へ潜らせる。ある程度我らの情報を流せば、低能な奴らのことだ…時期に喰い付くだろう」
「ある程度纏めて動き出したところを捕獲すると言うことか」
「ああ。どうやら、主犯格である存在が複数いるらしい。投獄した後は、我が東方軍で尋問させよう」
「潜入させる事については異論はないが…肝心なその役を担う者は決めたのか」
「…」
「敖広よ、勿体ぶらずに話したらどうだ。まさかそこまで公言したにも関わらず考えていないと言う訳でもあるまい」
「お前も知ってるヤツだぜ、敖炎」
「なに…?」
『…』

ああ物凄く嫌な予感がする。敖広が意味ありげな笑みを浮かべて私に視線を飛ばした時点で、幾つかの可能性は浮かんでしまった。けれども今回の件については余り露見させない方がいいんじゃなかと思わなくもない。
なんせ代物が代物だ。その辺の一般的な宝物とは訳が違う。
下手に情報が広がったらそれこそ面倒なことになりかねないと言うのに
肝心の本人は気にも留めていないかのように視線を私と小龍へと向けていた

「先ずはお前たち補佐官の意見を聞こう。勾丹については既に認識済みだ…小龍よ、お前はどう見る」
「は…此度の一件、狙われているのが竜王様の生命に関わるもの。重要性を理解し得ない者には任せるべきではないかと」
「真っ当な意見だな。続けよ」
「有難く。…補佐官である者の中より選出し、情報の共有を行い、迅速な対応が望ましいかと存じます」
「さすが敖炎の補佐官と言ったところか。実に的を得た回答だな」
「そう思うなら素直に呑んだらどうだ」
「模範的な回答が全てにおいて適用される訳ではないこと、お前とて知っているだろう」
「…」
「次、輝よ。お前はこの件をどう見る?」
『…潜入捜査については異論はありません。適役と思われる人物については、補佐官より選出するべきかと』
「ほぉ…?」
『竜玉についての情報は限りなく内密な情報として、極僅かな者にしか与えられていません。この場に居る者に与えるべきです。それを考慮した上で…その役目、私が引き受けるのは如何か』
「お前が担うと言うのか、輝よ」

敖潤の眉間にピクリと浅く皺が寄る。ああこれは納得いっていない表情だと瞬時に理解するが、発言権を与えられた今、伝えない手はないだろう。
関心したように数度頷く勾丹さんと瞠目する小龍には各視線を飛ばすことで応えた。勾丹さんについては彼の傍から離れるという選択肢は初めから用意されていない筈だ。小龍に関しては仕事に慣れるだけの時が経ったとは言え、今回の件で予想外の対応を求められた時…それを全て一任させてしまうのはどうも気が引ける
実力を疑っている訳ではないが、この手の問題は任を永くする者が担うべきだろう。私であればどのような場面においても遂行するに支障はない筈だ

「…」
『不満そうですね竜王殿』
「今回に限っては意見させてもらおう」
『その理由をいまこの場で問うても』
「輝、お前の仕事ぶりについては異論はない。私が懸念しているのは、主に任務においての自分自身に関する条件の低さだ」
『…』
「お前は任務完遂の条件の中で、お前自身が無傷で帰還する条件を限りなく低く考える節がある」
『…そうでしょうか』
「そしてその行為が限りなく無意識に近い行動として表れている。輝が言うように、任務を完遂させることは我ら軍人としては必須。しかしそこに含まれる自己犠牲の思考は、甘受するには少々事が大きい」

少し、意外だった。
敖潤には特に問題もなく了承されるだろうと思っていたから。彼が渋るような素振りを見せること自体少ないと言うのに。
向けられるその瞳の色がどことなくいつもと違うような気はする。言われた言葉に思い当たる節が全くない訳でも無いけれど。
"天蓬元帥より口頭にて何度か報告を受けている"とまで言われてしまえば、この場でこれ以上の進言も不可能だろう。

「輝ほどの実力であれば、自分自身の保身を考慮した上での対策も立てられるだろう。」
『…確かに不可能とは言いませんが』
「ならばその無意識の判断が改善され次第、私も今回のような際はお前に一任することにしよう」
『……承知。』
「くくく…輝よ、今回については敖潤の方が一枚上手だったようだな」
『軍には必ずしも必要だとは思えませんが、竜王殿の言葉には従います』
「それも若さゆえ。輝には今後に期待するとしよう」
「ならば敖広、他に適任者はいるのか」
「面白そうなヤツが一人、な」
「…?」
「勾丹」
「はい、こちらに」
『…』
「無線機…? 敖広、なにをするつもりだ」
「それもこの天帝城内に配置されてるスピーカーに直結してるヤツだ。何処に居ようが聞こえんだろ」
「恐らくは小龍、対面していないのはこの場ではお前だけであろう」
「…それはどういう…?」
「!、敖広。待て、いくらお前でも自由が過ぎる」
「適任だろう?我ら全竜王とも面識があり、且つ輝とも親密な関係に在る」
『―――…』

ああもう何も言うまい。私は出来る限りのことはやった。文句ならそれを意図も簡単に楽し気な笑みで実行に及んだ彼に言って欲しい。

『(…諦めるんだね、黎明)』

敖潤の制止を見事に聞き流し、鳴り響いた機械音の後

呼び出し命令を告げた敖広の姿に吐き出したため息は長い。








何だか最近忙しそうだなぁと。

『くあ…失敗した。やっぱ5戦目で寝ておけばよかったわ』

代り映えのしない日々の中、自室に戻るべく長い廊下を歩きながら欠伸を噛み殺す。昨日は捲簾に月見酒でもしようと持ち掛けた先、あろうことかド深夜を過ぎた辺りで始まった花札勝負。賭けるものは特別なくても中々に白熱出来るものなんだと改めて痛感した
確か今日の訓練は夕方からだった気がする。それまでは絶対一度も起きずに昼寝してやろうと決めた。どうせ捲簾も寝てるだろうし、天蓬については溜め込んだアニメを見るって言ってたからね。自主練はまた今度でもいいだろう

『捲簾とのカードゲームは頭使うんだよなぁ。脳みそフル回転させ過ぎた…討伐時だってあんな使わないってのに。…輝とやったら凄いことになりそうだよなぁ』

もともと考えて動くのは苦手なんだ。知識としてしっててもそれを実行に移すことは限りなくゼロに近い。自慢じゃないけど。
吹き込んでくる風に襟足と白煙が揺れ動く。視線を飛ばせばこれまた代り映えのない桜並木が永遠と続いていて
ぼけっと眺めながら突き進み、そう言えば最近の輝はどことなく忙しそうだったなとぼんやり考えた。確か天竜会が終わってからだったような気がする
特別任務とやらが水面下でスタートしているようだし、仕事が出来る人ってのは任される業務も多いんだろう

『見事なまでに買収されたからな私。今更断れないわ』

自室にある2箱の和菓子詰め合わせを思い浮かべては苦笑する。
なんというか。付き合いが長い分、お互いの扱い方については熟知済みな私たちである。断りようもない。
そろそろ捲簾を落としにかかるかなと。優秀な補佐官サマから拝命した依頼に着手する方法を考えながら、自室のドアノブに手をかけた…刹那
鳴り響いた機械音に動きを止めた


―――…西方軍第一小隊 隊長、黎明。直ちに天帝城が中心部、天竜の間まで来られよ。制限時間は5分だ。待っているぞ


『………、うっっわあーぃ』

聞かなかったことにしたい全力で。しかもなんだ。我らが西海竜王敖潤殿からの呼び出しならいざ知れず、なんだってあの東海竜王殿から呼び出しくらってんだ私。特別任務に関しては輝から通達されるって聞いてたぞ。
どういうことだ輝。説明求む。
等間隔に設置されているスピーカー
ガン見をすれど一方的に切られたであろうそれが訂正の言葉を述べるなんて事も無くて。ここは西方軍宿舎である自室の前。この広い天帝城の中心部となれば全力疾走は必須だ。一日の始まりがこれだなんて嫌すぎる。
しかも天竜の間と言えば確か竜王とその補佐官しか入室を許可されていない部屋じゃなかったか。
一隊長が踏み入れていい場所じゃないし、なんなら全力で遠慮したい

『…スルーしたら輝と竜王殿の立場が無くなる…けれど目の前にはふかふかなベッドがある自室……あーもう。全制覇しなきゃよかった』

ノアールの火を消し潰して灰皿へと投げ込んで、仕方なく踵を返し全力疾走。5分って言ってたっけか東海竜王殿。呼び出すんならせめて7分は欲しかったですと。いっそのこと言ってもいいだろうか。
入り組んだ廊下と数回に渡って上りきった石階段
途中、通り過ぎた何人かが私を見て怪訝そうな顔をしているのが目について。私だって不思議だわ。天帝城内の警備にあたる東方軍の姿が多く目にとまるようになった頃、息を乱しながらも辿り着いた天竜の間…の、扉の前
5分を過ぎてたらその場で打ち首にでもされるんじゃないだろうか。私。
両膝に手をついて呼吸を宥める。くそう。タバコの吸い過ぎが仇に出たか。
ガチャリと鳴った扉に視線を上げれば、そこには前と変わらず柔和な笑みを浮かべたお爺ちゃんが居て。

「おお、これはこれは黎明殿。先日ぶりですな」
『も…ほんと、その節は、どーも…』
「中で坊ちゃん達がお待ちですぞ。さあさ、どうぞ中へ」
『…因みに手違いなんていう可能性は』
「ありませんなぁ」

そーですかありませんか。
あと坊ちゃんってどういうことでしょうお爺ちゃん。再度中へ促された事実にああもうどうにでもなれと言った気持ちで踏み入れた天竜の間
そこには予想通り、全竜王と輝の姿もあって。
そして見た事のない男の人が一人いる。敖炎殿の背後に位置づいていると言う事は、彼が北の補佐官殿か。ついでに言えば輝の眼がもの凄く同情しているかのような色で染まっている。ちょっと輝。これはどういうことだ。

『…おっじゃましまー…す…』
「よぉ黎明。久しぶりだな」
『……ええっと…はい、どうも。お久しぶりでございます…?』
「ぶっは。何だよその疑問形」
『(そう思うんならやたらと声なんてかけないで欲しい…どう反応すりゃイイのさ私)』
「5分と13秒か…ふむ。お前ほどの体力を持つ者がこの結果とは、差し詰め超えた秒数は逡巡した結果か」
『…出来れば7分は頂きたかったです』
「それでは面白みがないだろう」

私は珍獣かなにかか。個人個人での対面ならどうにかなろうものも、こんな公の場であの竜王相手にどんな言葉遣いと態度で接すればいいのか。下手な態度をとったらそれこそシャレにならない。どうすんだコレと思わず輝に視線を飛ばせば嘆息される。待って輝。その反応は私がしたい。そして我らが竜王殿。私なんかを呼び出していいんですか。貴方の立場的にどうなんですか。
複雑そうな顔で沈黙してないで助けて下さい切実に。
その表情は私でも分かる。

「まあいい。輝、この状況を話してやれ」
『…承知』
『え。待って。ストップ。私どんな言葉遣いすりゃいいの』
『…そういう所はあの2人には皆無だから、正直助かる』
『めっちゃ巻き込まれた』
『諦めな。とりあえず、聞くだけでいいから。答えは承知、で』
『…』
『文句があるなら直接本人にドーゾ』
『それが出来たら苦労しないわ』

立ち上がった輝が入り口で固まる私の元まで歩み寄ってくる。任せましたぞと交替で東の竜の元へ去っていく勾丹の背をこっそり見つめながら、とりあえず小声で対応方法を乞うべく輝の腕を捕まえた。輝もまた声を潜めて返す辺り、やはりこういう場では発言の仕方は要注意だと言う事か。そりゃそうだ。相手はあの竜王だ。どうすりゃいいの私。出来れば帰りたい。

『…貴女を呼び出したのは、竜王の生命に関わる問題が発生したから。各竜王による手配の結果、一部の者が謀反を企てており…』
「あー、輝、待った」
『…、何でしょうか。南海竜王殿』
「黎明が居る時点でかたっ苦しくする必要皆無だろ。そもそも通常の天竜会じゃねえんだ、お前らも普通に喋れよ。良いだろ?敖広の兄貴も」
『…。(ええー…そう来るかこの人は)』
『…(どこまでも自由過ぎる)』
「構わん。この2人の奇妙な間柄は見ていて飽きないからな。輝、お前も常と同じで構わん」
「だろ?」
『『…』』
「…そこで揃いも揃って私に視線を飛ばすか」
『私は西海竜王殿の補佐官なので』
「良いだろう。この天竜会がそもそもの異例…敖広の許可を得たならば、自由に話す事を許可する」
『…投げたね、今』
「…そういう訳ではない」

もう帰っていいですか。どう考えても浮いた存在な気がする。
そして自由に話せと言われたところで全竜王が居るのにどうしろと。
もうここは沈黙が金だろうか。
次郎神もあの人のこんな自由奔放さ加減で胃痛を抱えてるんだろうか。対象は違えど今の私と近しいものだとしたら、今度胃薬あげようと心に決めた。
吐き出したいため息を気合で呑み込んでいれば、疲れ切ったようなため息が先に吐き出されたことに視線を輝へと戻した

『はぁ…黎明、もういいよ』
『…イインデスカ』
『気にするだけ無駄だって分かったからね。とりあえずこっちに来て。もう座ろう』
『なんでまた私なんかが呼び出しくらったのさ』
『これから話すよ。因みに決定事項だから』
『帰っていーですかー』
『もう一度言う。諦めな』
『最近そんなんばっかだわほんと』

まさか自分が正式じゃないにしろ、あの天竜会に出席する事になるなんて思いもしなかった。どこをどうしたらこんな結果になるのかと考えた時、やっぱりあの竜王全制覇が原因な気がしなくもなくて。竜王間での話し合いの結果ならば輝が言うように諦める他ない。
"聞いて"と真面目な顔で口を開いた輝の言葉に、その経緯に

思わず開いた口が塞がらなかったのは許してもらいたい。












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