嫦娥の花宴 | ナノ



感情ってたまに物凄くめんどうだ。




「なァにやってんの」
『カエルとデート』
「そんなにダチ居なかったっけ、お前って」
『喧嘩なら買うぞ規格外』

黒に近いグレーの空、ランダムに鳴り響く轟音と、叩きつけるような豪雨
いつもより声だって張り上げないとある程度距離のある相手には届かない。
そんなスコールじみたシャワーの中、背後から飛んできた聞き慣れた声には適当に答えておいた。
何でこんな天気なのにわざわざ外に出ようと思うかな。普段なら遠征がない日なんて部屋で暇を潰してるだけなのに。あ、それか天蓬の報告書のお手伝いとか。アレは地獄だから二度とやりたくない。何でひと月前の遠征報告書が白紙で出てくるのかも何であの竜から催促の通達が来ないのかも謎だ。

「なんかあった?お前」
『昼に食べたカツ丼が美味しくなかった』
「そりゃ残念だったな。だから言ったろ、あそこは定食が安牌だってな」
『次は私も焼肉定食にしようかなあ』
「細っこいクセに意外とガッツリ食うよな」
『大丈夫ちゃんと消費してる』
「そーかい」

頬を叩くそれが止まった。見上げれば黒い傘。隣には咥えタバコで佇む捲簾が横目で見下ろしてくる。規格外何だから隣に立たないで欲しいんだよね。自分の小ささがやけに強調される。何を食べたら捲簾も天蓬もこんな規格外に伸びるのか不思議で仕方ない
ついでに言うと何でこのタイミングで彼に見つかったのか本気で謎だ。別にやましい事がある訳じゃない。悪戯を仕掛けて来た訳でもない。今回は。


ただ、そう


思い出さなきゃいけない日。忘れてはならない日。


忘れたことも―――…無かった日。


「今日だったのか」
『…』
「どーりで天蓬も辛気臭ぇ顔してると思ったら」
『…』
「酒でも持ってくりゃ良かったな」
『…まだ20歳前だったよ』
「どーせ向こうじゃ無礼講だろ」
『…』


口を閉ざした者達か眠る大地


刻まれた名前が密集する一角


物言わぬ冷石を指先でなぞった


キミは昔からカエルが好きだった。


だからかな。刻まれた名前の溝に手足を引っ掛けて


5センチ程のカエルがないている


『…』
「天蓬にはムリだからな」
『…ん』
「お前がソレをしてくれりゃ、アイツも少しは落ち着くだろ」
『……ん』


零れ落ちた、光がある


抱えきれなかった当時の私たち


上に立つ者として 慕ってくれたその想いに


報いることが出来なかった私たち


最期は…笑って、くれたけど。


「…ココまで思われてんだ。こいつもあっちじゃ笑ってんじゃね?」
『そう、だといいなぁ』

泣く権利なんて無いって分かりきってるのに。意思に反して勝手に流れ落ちるそれは止まらないから嫌になる。自分の手のひらには限界があるんだと思い知らされた。隙間なく大切に大切に抱えてきたつもりだった。呆気なく零れ落ちる残酷さなんて知りたくなかったのに。
泣かないと決めたのに無駄な足掻きだった。私には居なくなったキミを惜しむ資格なんてない。守れなかった事実を1日だって忘れたことは無かった

忘れない。忘れるものか。
キミの存在を、キミの、生命を。

残された私にはそれしか出来ないから。


「…次は3人で守りゃいい」
『…』
「腕も足も6本ありゃどーにかなんだろ。ついでに脳みそも3つに増えたしな」
『…守る、よ』
「…あぁ」
『今度こそ、次こそ―――守り通してみせる』
「次に会える時にまで、土産話たくさん用意しとけ」

繰り返さぬよう、キミの生命を心に刻むんだ




いつか、また 光の世界で会えた時

ありがとうとごめんねを届けるために。













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