嫦娥の花宴 | ナノ




天界にはないものが、こんなにも沢山あるのに。




『…』

ザアザアと降り注ぐのは、空の恵みと呼ばれる"雨"というもの。下界に存在して、天界にはないものの一つだ

傘もささずに、荒れ果てた大地の上

一人何も言わずに、見上げた灰色。


『高い高い空から降るのに、天界にはないんだよね』


不思議だ、とても。
水分を吸って重たくなる軍服に構わず、水溜まりすらも気にせずに
私はくるりくるりと、両手を広げて回って見せる


『泣いてるあなたもやっぱりキレイ』
「俺はお前の方がキレイに見える」
『あら居たの大将さん』
「誰かさんが抜け出しやがったから、捜索中」
『それは大変。ご苦労様でした』
「気まぐれな所は相変わらずだなお前も」


いつのまにか、捲簾の声

濡れて崩れた髪型も、顎からしたる水滴も

ああいやね。

これだから"水も滴るなんとやら"


「友香」


傘もささずに濡れる私を、同じように追いかけてきた変わり者


「友香」
『…なあに捲簾』
「濡れてる姿も充分イイが、そろそろこちらにいかがですか」
『ふふふ…ぬくもりつきなら喜んで』
「友香限定特等席」
『濡れちゃうよ?』
「いまさらだろーが」


笑って抱きしめてくれた両腕は、ほら。

雨に濡れてもあたたかい




雨が降ると思い出す。

あの日、濡れる紫陽花の前で告げられた言葉を…


「やーっぱこの花が一番合うな」
『捲簾って意外とロマンチストだよね』
「そりゃ惚れた女の前では」
『愛されてるなあ』


濡れた髪を一房持って、寄せられた想い。

雨の日だけに蘇る、特別な記憶





あんな男には、アンタは勿体ねーよ

俺にしろって

泣かせたりしねえから




その日が初対面だったのに、すごい口説き文句でしょう?
驚いて涙も引っ込んじゃったわ。





「おー、」
『なあに?』
「友香、上見てみ」
『上?…!、あ…虹っ』


見上げた先には、晴れた空。
見えないものも手に届かないものも
この世界では等しく尊いものだった






―――――――――――――――――――――――
(んで?なんだって急に飛び出したんだよ)
(雨が降ってたから、紫陽花が見たくなったの)
(傘もささずにか)
(案外楽しいわよ?濡れるのも)
(…色気増すから傘さして、頼むから)
(あらあら)




困ったように笑うあなたが可笑しくて、ごめんね。

つい笑ってしまったわ





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