嫦娥の花宴 | ナノ



彼らと出会う前

私が知っていた、あの世界での物語

見るたびに 読むたびに 触れるたびに

そう言えば何度も思ったことがあったっけ







『…元気だよねぇ』
「なんせ中身は全員子供ですから」

セミが鳴く声が聞こえる
この世界にも存在していたんだと知った初めての夏
まだ小さかった悟空を連れて、よく寺院の裏山に虫取りをしに行ったなと。
懐かしくもある想い出に意識を馳せては少し離れた場所で騒ぐ彼らを眺め見る
太陽の光が鋭さを増した真夏日
熱くて死にそうだと訴える悟空の言葉と、私の顔色の変化に目敏く気が付いた彼の発言によって、私たちは数時間前から森の中で涼をとっていた

目の前には清涼感溢れる大きな滝壺。そこで前の村で買った水鉄砲を手に本気でじゃれあう姿に苦笑する。初めは悟浄と悟空の二人だけだったのにね。悟空が巻き込んだのといつものように挑発した悟浄とで、いつの間にか三蔵も本気で参加を始めたというわけだ
因みに八戒は隣で座っている。その手には塩味だという飴が乗せられていて

「熱中症には塩分も大事ですよ。さあ、ちゃんと舐めてください」
『…最近、食文化の違いを感じることが無くなったなぁ』
「おや。結香の世界にもあったんですか?」
『うん。私の世界でも熱中症にかかる人は多いから。色々な対策グッズが売られてたよ』
「この世界よりも利便性に富んでいると言っていたので、余りそういう症状の方はいないのかと思ってました」
『8時間以上外で労働する人もいるから』
「なるほど。」
『…しょっぱい』
「塩味ですからね。悟浄のOKサインも出ていますし、あとは適度に水分をとれば大丈夫ですよ」
『悟浄の過保護さが伝染したね』
「あはは。残念なことに、僕のコレは結香と出逢ってからずっとです」
『わあ』
「普段から悟浄がべったりとくっついて離れないじゃないですか。だから披露する機会が少ないんです」
『最大限に甘やかされてる自覚はある』
「こんなんじゃ甘やかしてるうちに入りませんよ。なんせ、貴女は必要以上になんでも自分でこなしてしまいますから」
『そうかな』
「そうですよ」

ころり、からり。
口の中で広がる塩味に、苦笑する八戒に、瞳を細めて微笑んだ。
私は彼らと出逢って甘えてばかりだと思うんだけどな

一人で生きていけると思ってた。独りで生きていくんだと思っていた。

代り映えのないグレーな世界で、私は

何一つ生きる理由が見つけられなかったから

『…足したら夏になるんだよね』
「結香?」
『三蔵は冬…かな。悟空は春で、悟浄は性格的にも秋だけど、八戒は梅雨』
「今度はどんな言葉遊びなんでしょうか」
『そんなシャレたものでもないよ。三蔵が聞いたら呆れ顔する』
「ああ、結香の優れた感性の話しですね」
『八戒は私を買い被りすぎてると思うんだ』
「そんなことありません。僕だけじゃなく、全員思ってますよ。三蔵は口にしないだけです」
『脈絡のない会話によくついてきてくれるなって思ってる』
「悟浄だけじゃなくて、僕らもまた…聞き落としたくはないんですよ。結香の言葉は何一つね」
『…』
「何を想い、誰を想って放たれるものなのか…貴女は余り判断させてくれませんから」
『…昔ほど強くはなくなったよ。これでも、ね』
「ええ。出来ることならもっと全身で表現してくれてもいいんですけど」

そんな意味のない世界の中で見つけたのは、どこかの世界で生きていた彼らの物語だった

初めて触れたとき、自分でも驚くほどには切なかった

言いようのない痛みと愛おしさが溢れ出た当時、いつの間にか泣いていた私を見た店員が驚いていたっけ。

「それで。夏というのは季節の夏であってます?」
『ん。八戒も含めて、4人って真夏だよなって』
「僕らが夏、ですか…そんな爽やかなものでもないような気がするんですが」
『なんだろうね。個々ではもちろん性格もイメージも異なるのに、4人が集まると途端に真夏に変換される』
「悟浄と悟空が聞いたらまた怒られますよ、それ」
『んん…確かにそうかも』
「4人ではなく、今はもう5人です」
『私の属性も夏になるのかな』
「僕らに対するイメージが結香の中で夏なのであれば、そうなりますねぇ」
『…くすぐったいね』
「すぐに慣れますよ」
『しょっちゅうこうやって皆の足を引っ張ることになるけど』
「童心駆使して全力で楽しんでるみたいですし、いいんじゃないですか?」
『確かに楽しそうだ』
「水鉄砲であそこまではしゃげるのは正直羨ましいですよ」
『そういう八戒も、参加したら確実に発揮される負けず嫌い』
「おや。バレてましたか」
『バラバラな私たちに唯一共通する思考回路』
「否定はしません」
『水鉄砲、あと2つあったよね』
「ポンプ式の大きいのと小型のものが」
『参加しようか』
「それでは罰ゲームを考えないと」
『八戒の罰ゲームは怖いなぁ』


キラキラと輝く太陽の元

再び集った彼らに守られて、私は。

ひとりではないんだと分かったから






イメージは夏

それはきっと、ずっと、そう

彼らが自由に、そして力強く生きている証拠














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