嫦娥の花宴 | ナノ



天を統括する四つの軍隊

月に一度開かれる竜の集いには、何故か補佐官の同行も義務付けられている






「輝」
『分かってる。天竜会の時間だって言いたいんでしょ。資料も纏め終えたよ』
「そうか、すまない」
『補佐官の仕事だからね。気にしてない。それより敖欽が遅刻せずに集まれるか、そっちの方が気になる』
「毎度の事だろう。あの男が定刻通りに出席した事などないからな」
『根本的に真面目なところは似ている気がするのに、あの人は性格に難ありで本質が掠れるよね』
「…否定はしない」

ノックもなしに開かれた自室の扉
視線なんて飛ばさなくても分かる。敖潤だ。
今日は月に一度の竜王とその補佐官のみで行う軍議、天竜会の開催日。
その会議の為、報告書や資料を連日に渡って纏めあげていたのだ。この時期は日中だけでは追いつかない。それにこの類いのものは全て補佐官が行うのが習わしである

「行けるか」
『ん。問題ない』

各小隊から提出される遠征報告書を精査し、軍全体の成績評価を割り出す。
鬼籍に入った者がいないかや負傷者の人数等、可能な限りの詳細を提示し軍全体で共有するのが私たち西方軍の目的だ
唯一死と隣り合わせな状況であるため、有事の際を考慮し、天竜会では能力に見合ったものを異動させる等といった人事異動管理も兼ねている
だからこそ捲簾の時の左遷は正直驚いた。当時の天竜会でも、敖広の口から異動については何も語られていなかったからね。

ああそう言えば。黎明達はちょうど遠征中なんだっけ。数日前に至極面倒そうにタバコをふかしていた彼女の様子を思い浮かべながら、資料を片手に部屋を後にする。無事に帰って来れたらいい。
彼女達と過ごす日常は…敖潤とはまた違う安定感を齎してくれるから

『緋秀もだいぶ頭抱えてるみたいだよ』
「仕事の効率は悪くない。それなりに頭もキレる男ではあるが、少々派手さが目立つ」
『少々のレベルなの、あれ。敖潤を見てるとそうも思えないんだけど』
「母に似たのだろう。あれは特に懐いていたからな」
『!、へぇ。その話は初めて聞いた。居たんだ、母親』
「でなければ私たちは存在しない」
『お説ごもっとも』

長い廊下を並んで進めば過ぎ行く人たちも疎らになる
天竜会を行う部屋はこの天帝城の中心部に位置しており、入室出来るのは各竜王とその補佐官のみ。尚且つ警備にあたっているのが東方軍なのでセキュリティに関しては一級並みだ
そんな門兵の間を通り過ぎれば、前方より現れた赤に思わず瞠目する。
見間違えたのかと思ったがどうやら敖潤にも見えてるようなので本物らしい。いつも緋秀に急かされるようにして堂々と遅刻してくると言うのに。そう言えば珍しく姿が見えない。体調でも崩したのか。
私よりも後に就任した緋秀だが、あの敖欽とうまく渡り合えるだけの真面目さは持ち合わせていたのだ。彼がこの天竜会を欠席したことは今までにただの一度も無かったのに

「お。美女発見」
『…、』
「噂をすれば、だな」
「相変わらず堅っ苦しそうな顔してんなァ、兄貴は」
「お前ほど自由奔放にはなれん」
「そーかい。んで?鳩が豆鉄砲食らったような顔してどうしたよ」
『定刻前に此処に着くなんて初めてじゃない。なに、今日は嵐でもくるの』
「ほんっと容赦ねぇよなお前」
『素直な感想を述べたまでだよ』
「素直過ぎんだろ」
「…? 敖欽、緋秀はどうした。一緒ではないのか」
「ああ、その事について話しとこうと思ってな。後で教えてやるよ」
『…』
「そうか。」

その、一瞬。瞳の奥に宿る光の加減が変わったような気がして
砕けた雰囲気を纏う敖欽は他の兄弟と比べても比較的感情の変化は分かりやすいと言えるだろう。
それでも敵意や殺気を表立って出す事は限りなくゼロに近い
敖潤もそんな些細な変化を感じとったのか
一言返すだけに留め室内へとその歩みを進める
そこには既に敖広や敖炎、補佐官たちの姿があった

「これは輝殿。久しぶりでございますな」
『久しぶり、勾丹さん。この前会いに行った時はいなかったね』
「あの日はちょうど程よく業務も終えとりまして。次郎神殿と茶を飲んでおったんですよ」
『そう言えば茶飲み仲間なんだっけ』
「ほっほ。爺会とでも言いましょうか…何分、お互い苦労が絶えませんからなぁ」
『ああ…よく胃痛に悩まされてるらしいね、次郎神は』

室内へと踏み入れて直ぐに備え付けられた壇上には既に朗らかに笑う彼の姿があって。柔和な雰囲気が特徴の勾丹さんは、彼ら竜王の師匠として幼少期より剣技から体術に渡り指導をしてきたらしい。
東方軍の補佐官としてはこれほどの適任者はいないだろう。彼は唯一入れ替わることなく初期より補佐官を務め続けていると聞く
北方軍の補佐官を務める小龍は就任して日が浅い方ではあるが、あの敖炎の影響を強く引き継ぎつつ業務をこなしているらしく。
彼に似て少々融通のきかない人物として認識している

「西方軍補佐官の姿が見えませんね。どういうことかご存知か」
『私も聞いてはいないけど、後ほど西海竜王から直々に説明があるらしいよ』
「どんな理由があれど、この天竜会の参加を怠るとは…補佐官としての自覚が足りないのではないでしょうか」
『当の本人が認識してるんだ。周りがとやかく言うことでもないと思うけど』
「貴女は竜王の補佐官と言う立場の認識が甘過ぎるんですよ。軍人の模範とも呼べる立場にありながらそのような、」
『ああほら。軍議始まる。着席しなきゃでしょ、補佐官サン』
「む。もうそんな時間か」

毎度の事ながら、永遠と続きそうな小龍の小言を壁にかけられた時計を見上げる事で遮断する。意識が高いのは美徳だがそれを周りにまで適用しようとするから正直面倒だ。見てみなよ。勾丹が苦笑してるじゃないか。流石はあの敖炎の補佐官といったところだけれど。
月に一度しかほぼ顔を合わせることはないが、この場だけでも取り纏めるのは一苦労に思う

『(頭の固さと融通の利かなさが伝染してるようなもんだよね)』

加えて、前回のことで誤解が解けたとは言え敖潤と敖炎の僅かな対立が解消された訳ではない。根本的に反りが合わない部分があるんだろう
東西南北に向かって置かれた机と椅子
各竜王が座したのと同時に、左斜め後方に用意されているデスクへと補佐官たちも腰を落ち着けた。さあ。今回は滞りなく進むだろうか。
軍議が始まる前の雑談で問題が起きなければいいんだけれど
机上に資料を広げつつ気が付かれないよう肩を竦めれば、小龍も様子を伺うよう敖炎へと視線を向けていて。勾丹に至ってはもはや孫でも見ているかのような面持ちで見つめていた

「敖潤とは先日の下界遠征以来だな。息災か」
「ああ。あの時の助力には感謝する、敖広」
「下界に降り立つことなど我が東方軍では機会に恵まれないからな。退屈凌ぎにはもってこいだ」
「良いよな兄貴たちは下界にほいほい降りられて。俺も行きたいくらいだぜ」
「我が西方軍は遊びで下界に降り立つ訳では無いぞ」
「それでも観光ぐらいは出来んだろ?」
「敖欽、お前の軍は宴の進行が主だろう。己の任務を放棄するつもりか」
「わーってるっての。どうせあの老耄が他軍の降臨を認める訳ねぇんだから、言うだけタダだろ」
「ふむ。敖欽や敖炎も相変わらずのようだな」
「硬っ苦しいとこは兄貴たち譲りだろ、これ」
「否定はしないが、お前は母君である瑞后に似すぎる節がある」
「そーかー?」
『(へえ。母親って瑞后ってんだ。彼らが身内の話をするのも珍しい)』

敖潤含め彼らは自分の事を殆ど語る事をしない
私自身彼らの身の上話については気にしたこともなかったし、敢えて聞き出そうと思ったことも無かった。しかしまあこの天界に産まれた以上は、親と呼べるような存在がいるのも当たり前と言えば当たり前だが
それにしても彼らの母親とはいったいどんな人物なのだろう
仮にもエリート一族と呼ばれる竜神に嫁いだんだ。それ相応の地位がなければほぼ不可能に近いだろう

「母は当時から変わり者の姫君として、天神族の間では有名だったと聞く」
「あの方のことだ。想像に難くないだろう」
「女神でありながら軍政に関与するのは納得いかないがな」
「敖炎、お前はまったそんな頑固オヤジみてぇなこと言いやがって。親父の影響受け過ぎだろ」
「女は総じて軍に関わらせるべきではないと言っているだけだ」
「能力に見合うのであれば、必ずしもそれが正しい事ではないと思うが」
「女としての選択肢を奪うことになってもか」
「軍に身を置くと決めた以上、本人の意志を汲むのが上官の務めだろう」

ああほらやっぱり。雲行きが怪しくなるのはいつものことだ
何度目か分からないため息をこっそりと吐き出して、さてどうしたものかと視線を飛ばす。竜王たちのみならば気心も知れているが故に口を挟むことも出来るが、今は公の場。況してや天竜会となればそう簡単に補佐官の立場で彼らの会話に割って入るというのも気が引ける
当人たちは全くもって気にも留めないだろうけどね

視線で物語るように勾丹へと訴えれば"分かってます"と言わんばかりに微笑まれる。古株である彼の言葉であれば意を唱える者もいないだろう。況してや今回の進行役は勾丹だ
軍議が控えている以上時間を無駄に使うことは効率的ではない…とは言っても、この天界では時間など腐るほど存在しているのも事実だけれど
生憎と私はそんな暇を持て余している訳ではないんだ
第一小隊が帰還するまでには可能であれば軍議も終えていたい。
報告書の提出期限について天蓬には釘を刺しておかないとだからね。先々月の報告書が皺だらけの状態で前回の報告書と一緒に提出されていたし
勿論筆跡は黎明のものだ。あの子もなんだかんだと苦労しているらしい。

「うおっほん。坊ちゃん達もひと月ぶりのご対面にて積もる話もおありでしょうが、そろそろ進行役としての仕事を遂行してもよろしいかな」
「ああ、すまない、勾丹。続けてくれ」
「…異論はない」
「てか、いつまで坊ちゃん呼びされんだよ俺ら」
「勾丹にかかれば竜もまだまだ小さき蛇と言う事か」
「ふぉっふぉっふぉ」
「…こういう時の勾丹さんは頼もしいの一言ですね」
『まあ公の場でも竜に進言できる立場だから。不必要にうちと北が争わずに済みそうでなにより』
「…敖炎様の考えを否定するつもりは毛頭ないが、私は能力に見合う者が務めることについて異論はない」
『!…それはドーモ』

天蓬と竜の相手を一日交替とかしたら面白そうだ。
口ではああいっているが、黎明の性格を考えれば充分この竜たちを相手に出来る気がするんだよね。私は一度あの天蓬の緩さ加減を引き締めてみたい。やれば出来る男なのに勿体ないと常々そう思う。
つらつらとそんな思考を巡らせていれば声を潜める小龍の言葉で現実に引き戻される。意外だ。彼には余り快く思われてはいないだろうと思っていたのに。敖炎と同じく本質を見誤ったんだろうか。この軍隊で生きる上での固定概念は無用に等しい。これは少なくとも捉え方を改めるべきだろうかと内心で一つ心に刻んだ

「ではでは。本日の進行役はわたくし、東海竜王が補佐官である勾丹が務めさせて頂きましょう。先ずは従来通り、各軍の状況についての報告を。我が東方軍からで宜しいかな?」
「ええ、どうぞ。」
『東西南北の順でいいと思う』
「それでは―――…城下の者達の一部にて、飢餓による暴動が少々拡大しつつあります。この天界において土壌汚染の問題は深刻化しつつあり、農作物への影響が長期化すれば、やがて大規模な暴動へと発展するかと」
「既に土壌改善への手は打ってある。が、短期での効果は難しいだろう」
「ああ、以前言っていた下界のように汚染水をろ過するシステムを創り出したという話か」
「左様。しかしこの天界には下界の者のように知識に優れたものはおらんからな。苦戦を強いられているのが現状だ」
「今のところは軍内にて小規模化させる事は可能ですが、長期化は好ましくありませんなぁ」
「それならば我が軍から3人ほど下界へと派遣させよう。ちょうど無駄に博識さと器用さを持て余した連中がいる」
「くくく。敖潤、それは噂の3人組の話しか」
「以前伝えたことがあったな。あの3人組だ。」
「その内の一人はもと東方軍大将だろう。あの男は惜しいことをした。そして現隊長である者はこの間の遠征前に輝が連れてきたぞ」
「…」
『…東海竜王殿と行った下界遠征の前に、彼女と顔合わせの意味も込めて紹介したまでですよ』
「そうだったのか。だがそれならば大将と元帥が先なのではないのか」
『お言葉ですが竜王殿。我が軍のあの2人において、そういう場に大人しくついてくると』
「…不可能だろうな。故に黎明隊長か」
「そういうことです。そしてあの3人を派遣することについては賛同します。無駄に体力余っている連中ですし、天蓬元帥の博識さと捲簾大将の手先の器用さについては適任かと。黎明に関しては独特な発想力は使えます」
「ではこうしよう。敖潤率いる西方軍の3人に下界にて技術の習得を一任し、その知識を活かし我が東方軍と共に現状の回復に努める」
「ああ、いいだろう。」
『彼らへの通達は私から行います。どのみち私も同行するつもりなので』
「輝、お前に一任する」
『承知。』

勝手に引き受けるなと脳内で彼らが文句の一つでも言うだろうと予想されるが、この際スルーだ。竜王間にて話し合いが進んだ以上は決定したも同然だからね。特に天蓬の頭の回転の良さは素直に関心するほどなんだ。たまには真面目にその知識や吸収性の高さ、臨機応変の利く柔軟な思考回路を作戦作成以外でも役立てるべきだと思う。物凄く面倒そうな顔されるのは必須だろうけどね
事前に黎明でも買収しておくかな。そうしたら先ず捲簾を落とすのは黎明に任せればうまくいくし。
用意した軍議用の手帳に今後の流れや日程を大まかに書き終えれば、タイミング良くかかった勾丹の声。全員の視線が集中したのを確認してから腰を上げた

「それでは、続いて西海竜王が補佐官、輝殿」
『先月の我が軍の討伐回数は過去最大数である35回。内訳は、剣技と銃技含めトップの実力を誇る西方軍第一小隊が25回、続いて剣技に特化した第二小隊が5回、銃技に特化した第三小隊が5回。各隊内で鬼籍に入った者はおりませんが、第一小隊内での負傷者率は高いと言えるでしょう』
「へえ。35回って事は記録更新ってやつか。確か先月の29回が最大だったろ」
『はい。前年度と比較すると月平均回数が33回の為、ここ数ヶ月での遠征増加を考えれば今年度はこれを上回るかと』
「妖獣の増加が主な原因と言う事か。逸れにしては出撃数の偏りが目立つな」
「第一小隊は奇しくも実力の平均化が取れている部隊だ。元帥、大将、隊長を筆頭に均衡が保たれている故に、難易度の高い任務の完遂率が高い」
「それも長期で見れば長くはもたないだろう。敖潤よ、対策を取らない限りは衰退の一途を辿ることになるぞ」
「言われなくとも承知の上だ。戦力増加や均等化については、今後彼らや他隊長を含め話し合いをしていく」

敖炎の意見は至極当然だと思う。
管理を行う私や敖潤の目から見てもこの偏りは非常に悩ましいもので。けれども天からの命がくだる以上、敖潤の立場を第一に考えると失敗は許されない。それを考慮した時、どうしても戦力に特化し且つ高水準での均等が取れている第一小隊の彼女たちに頼ってしまうのが現状だった。なんたってあの3人がトップを占めているんだ。私や敖潤からすれば信に値する。だらしの無さと自由奔放な部分も多くあるけどね。
だからこそ『うええまたですか』と面倒そうな顔をしつつも、見事な出来で完遂してくれる彼女たちには感謝しているつもりだ。
それに勿論、必要に応じて私も隊へ同行するし、前回のように敖潤が随行することもある。けれどもアンバランスな状態を保ち続ける事はリスクが大きいのも事実だから。

『結論、必然的に彼ら第一小隊への負担が増し続けているのが現状であり、戦力増加や他部隊の能力向上が我が軍の課題となっています。以上。』
「その第一小隊ってのはそんな腕の良い連中が揃ってんのか」
「先日、敖潤率いる第一小隊の者と討伐にあたったが、各自の判断力と洗練された武術は見事であった」
「へえ。敖広の兄貴が言うんじゃ本物かもな。いっぺん手合せして欲しいくらいだぜ」
『(全員全力で拒否しそうだな。特にあの3人)』

少しでも彼らを取り巻く死の可能性から遠ざける為に、他軍からの助力要請や戦力均等化は迅速に行うべきであろう。
どうせなら、天蓬、捲簾、黎明が他隊を交えて訓練を行ってくれれば話は早い筈なんだけど。彼女たちの性格を考えればまあ確実に却下される提案だろうことは目に見えている。

「では、続いて南海竜王敖欽殿。補佐官である緋秀殿の不在について、ご報告をお願いできますかな」
「おー。まあまず先にアイツの話しからしとくか。…兄貴や敖炎も気を付けた方が良いぜ。竜玉を狙ってやがるネズミ共が、どうもこの天帝城内にいるらしいからな」
「「!!」」
「ほぉ…それはまた。偉く面白みのある話だな、敖欽よ」
「だろ。その物取りに緋秀が一枚噛んでやがったんだ。白状させた時は思わず笑っちまったぜ。まァだそんな命知らずがいやがんのかってな」
『竜玉に手を出すとか…単なる死にたがり屋じゃない』
「坊ちゃんたち竜にとっては、その竜玉は生命の根源と等しい宝玉…奪われた者はその場で命を落とすとされるほどの代物でございます。いやはや…若いというのはこう、エネルギッシュですなぁ」
「竜王の宝玉に手を出すとは愚行にも程があります。特例の殺処分となっても文句は言えないでしょう」

竜がそれぞれ一つ、生まれながらにして持ち得ているとされるのがその竜玉だ。彼らは幼少期の段階で一族の手によって一度はその手から離れた場所にて保管され、その間に元々一つの珠であったそれを8つに砕いて加工し、無事に竜王へと成長を遂げた時点で改めて授けられるのだと聞く。8つに砕くのは利便性と竜の鱗が81枚であることを考慮した結果らしい
その後、竜玉がどのようにして保管、或いは装備されているかについては補佐官である私たちにも知らされてはいない。その竜玉は闇市でかなりの額で売り買いがされていたと言う文章も、強奪者がのちに覇権を握ったとそれる文章も、天界歴史に関わる書物には記されている。それ故に実在することは間違いないのだろうが、そのような物に手を出したとなれば小龍の言うように特例が適用されても不思議ではない

「緋秀は他になんと言ってた」
「アイツ自身はどっかのネズミに竜玉の話しを持ちかけられただけらしい。肝心な根っこの話しはされちゃいねぇようだったぜ。やたらと不自然な動きが目立ち出しやがったもんだから、カマかけたら簡単にひっかかりやがった」
「元よりお前の世話ですら真面目にこなしていたような男だ。魔が差したといったところだろう」
「かと言って軽視することも出来ない内容だ。父には伝えたのか」
「いんや。先ずは敖広の兄貴に言ってみてからにすっかと思ってな」
「…どうするつもりだ、敖広よ」
「ふむ。退屈しのぎにはなりそうだ。そのネズミとやら、暫く泳がせろ」
「そう言うと思ったぜ。さすが兄貴」
「待て。天への影響を考えると楽観視出来んぞ」
「その辺はお前なら有事の際も上手く捌けんだろ」
「案ずるな敖炎よ。狙いは我ら竜玉なのであれば、直接的な天への影響は少ないだろう」
「はぁ…揃いも揃って他人事か。」
『…。(この時ばかりは同情する)』

基本的に暇を持て余した敖広とこのノリが主である敖欽のことだ。事を面白くするために泳がせることなんて平然とやってのけるだろう。敖潤は恐らく西方軍への影響が直接的な物じゃない限り、彼もまた放任しておくんだろうし。自分に降りかかる厄介事については驚くほど関心が低い。まあ彼の実力を考えれば余程の事でもない限り、厄介事認定されることも少ないだろうけど。

「それでは敖欽殿、他に報告することはありますかな」
「いんや?今月はデッケェ宴もねえからな。南方軍としちゃ、天帝城内の備品管理が主だろ。あ。輝、お前んとこの元帥に言っとけ。半年前に書庫から無断で持ち出した書物10冊、いい加減返却しろってな」
『…、必ず伝えておきます』
「ま、そいつ以外借りてくヤツも居ねえだろっつうモンばっかだけどよ」
『あの人の趣味は未だに私にも理解できません』
「だろーよ。ま、任せたぜ」
「それでは、最後に北海竜王が補佐官、小龍殿。御願いできますかな?」
「我が北方軍は天帝の身辺警護が主ですが、西海竜王様が申し上げましたように、最近では表立った宴もなく、警護も夜間のみとしています。日中は天帝城内の中心部を重点的に警備している状況ですが…先程の話を考慮し、敖炎様の警護も含め日中の活動にも万全を期して臨む事と致します」
「竜玉が狙いと知れている時点でその判断は正しいでしょう。我が東海竜王殿の周りも気を配るよう手配を進めますぞ」
「お前に任せよう、勾丹よ」
『その方が良いでしょう。各竜王殿の実力には申し分無しだとしても、補佐官として警備に当たるのが得策かと』
「では、敖欽殿の身辺警護は如何致しましょうかな」
「あー、俺は良い。また一から補佐官見繕うのも手間だからな。暫くは悠々自適に過ごさせて貰うぜ。手が足りなくなったら輝、お前また黎明も連れて遊びに来いよ」
『…、私たちは西方軍なんですが』
「たまにならいいだろ。付き合え、暇潰し」
『…』
「自分の業務に支障が出ない範囲内であれば、各自の自由を奪うつもりは無い」
『…。』
「お前もつくづく苦労の絶えない女だな。輝」
『そう思うのであれば引き受けて下さってもいいですよ、敖炎殿』
「遠慮しておこう。」

渋面のまま上官をガン見すれど、彼は肩をすくめるだけで。
それはつまりあれか。
手が空いたら個々の判断に任せるって言いたいのかこの人は。
この場での拒否権は無いに等しい。もうこの際だ。全力で黎明も巻き込んでやろうと心に決めた。彼女の意見はこの際総スルーだ。ごめん、黎明。

「ではでは。この度の天竜会、これにて終了で宜しいでしょうか」
「ああ、異論はない」
「敖欽よ、お前はこのまま私の部屋に来るといい。詳細を聞かせろ。勾丹、お前もついてこい」
「ええ勿論です。」
「お。作戦会議ってやつか。良いぜ、ついてってやるよ」
「私は我が軍へ戻る。行くぞ、小龍」
「はい。敖炎様」
「輝、お前はこの後非番だろう。連日に渡った業務、ご苦労だった」
『…敖広と敖欽を思うと頭が痛い話だけど、まぁ今は大人しく休んでおくよ』
「そうするといい」

天竜会そのものは珍しく穏便に事が進んだけれど、最後の最後で面倒な要請がかかったものだ。自由奔放なのはあの3人だけで充分なんだけど。誰も居なくなった廊下をため息を隠さずに歩き出す
下界への派遣日程や黎明への強制招集は、彼女達が無事に帰還した後でもいいだろう。恐らくもうすぐで戻ってくるはずだ

『不純物をろ過する技術は、確か最歴2018年が充実してたっけ』

竜からの命とあれば、時空ゲートの時代設定も可能だろう。
以前黎明が降り立ったこともあると言っていたし、確か彼らは真夏にその時代へ遊びに出かけていた気がする。地の利に関しては問題ないだろう。後はどうやって説得するかだ。先ずは黎明から買収しよう。そして天蓬には書庫の書物を返すように伝えよう。
捲簾を同行させれば大人しく返しにいってくれるだろうか
つらつらと思考を巡らせながら正面を向いて歩いていた際、一瞬視界の隅を見慣れた色が通った気がして。思わず立ち止まりつつ数歩下がっては視線を窓の外へと飛ばしたんだ

『そこで眉間に皺寄せてる補佐官サン。美人が台無しだぞ』
『……、』
「おーう。天竜会オツカレさん。終わったんだろ?」
「いやあ。貴女もよくあんなかたっ苦しい会議に毎月参加出来ますよねぇ。尊敬に値しますよ」
『ちょっと待って。ここ、3階なんだけど』
『ちょうど輝の姿を見かけてさ。童心に返るついでに木登りをと』
『どういう理屈。それで?黎明がケガなんて珍しいね。具合でも悪かったの』
「ああ、こいつのコレは自業自得ってヤツよ」
『?』
「あはは。まさかああも派手にスッ転ぶとは思っていませんでしたからねぇ」
『だって今回の討伐地、すんごいぬかるんでたんだよ。泥しかなかったんだよ。うっかり転んでも仕方ないと思うんだ!!』
『ああ…なるほど』
「それで捻挫して妖獣に押し倒されちゃ終いだろーが」
『大丈夫ちゃんと首から上ぶった切った』
『そう言うところは抜かりないよね、黎明って』
『まあね』

そこには桜の太い枝の上に佇む天蓬と黎明を背負った捲簾が枝に跨ってタバコをふかしていて。がっしりと捲簾にしがみつく六花含め、彼らは血と泥ですごいことになっていた。
確か今回の捕獲レベルは10だった筈だ。
0〜20までのレベル分けにて戦力の的確な配分を行う彼らにとっては、10と言えば比較的楽な部類に入るだろう。
加えて、この3人がケガをする確率は私や敖潤から見ても限りなく0に近い
レベル17を超えない限りは殆どの任務を無傷で完遂する程だ
だからこそ黎明の足首に巻かれた真新しい包帯には多少なりとも驚いた

しかしどうやら稀に発動されるというどんくささが起因しているようだと。
苦笑交じりにしっかりと黎明を背負いなおす捲簾の様子に同じように苦笑で返した。本当に。変なところでどんくさいんだよね黎明って。
まあそんな理由で大怪我に繋がることも無ければ、彼らがその可能性を見過ごす訳もないけれど。特に捲簾は。

『天竜会終わったんしょ?』
『ん。今回は珍しく穏便にね』
「んじゃ、この後輝もヒマしてんだろ。ついでだから桜林で昼寝でもしよーぜ」
『…たまにはいいかもね。その話しノッた』
「貴女も少しくらいは休まないとダメですよ。現実逃避も仕事の一環です」
『天蓬ほど自由人にはなれないけどね。あと、半年前に書庫から持ち出した書物、いい加減返却しろって南海竜王に催促されたんだけど、私』
「ええー。いつの話しですかソレ。借りた物なんてありすぎてどれがどれだか分かりませんよ」
『そんなびっくりした顔で言わないで欲しい。私がびっくりなんだけど』
「あー…半年前」
『半年前、ねぇ』
「『?』」
「確かリストに書き出してなかったか黎明、その時期のやつ」
『うん。多分日付順に書き出しといた筈。私の部屋に行けば分かるかもー』
「なんですかそのリストって。初めて聞きましたよ僕」
「お前が何度言っても返さねえからだろ!俺と黎明で書庫から盗み出した本のチェックしてんだよ」
「盗んだなんて人聞きの悪い!ちょっと返すのが遅れてるだけじゃないですかー」
「一年以上も借りっぱなしのがあんだろうがお前はっ」
「ちゃんと返しますってばぁ」
『…黎明も苦労してんだね』
『コレでも一応ね。敖欽に催促されたんだ、ごめん』
『いいよ別に。慣れてるから』
『頼りになりまーす』

呆れたように天蓬を睨む捲簾と、わざとらしく唇を尖らせる天蓬

黎明が笑いながら"一緒に行こう"と手招いている


いつ見ても、どこに行っても。

彼らの在り方は変わらないんだななんて。

竜王たちや、敖潤ともまた違った空気で受け入れてくれる彼らの輪へ

私も窓枠に足をかけては飛び込んだ







光の中にいるような、そんな、優しさと温かさを感じる時がある


願わくば、どうか。


この自由奔放で優しい彼女たちのと縁がいつまでも続くようにと


心のどこかで、願っていたんだ。













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