嫦娥の花宴 | ナノ



人生そんな甘くはないのだと

まさかこんな事でそれを再認識させられるとは

正直これっぽっちも思っちゃいなかったんだ。








「こんな所に居たの」
『うお。見つかった』
「右眼の調子はどう」
『ぼちぼち。輝はどーよ、腕の傷』
「仕事しに行ったら敖潤に寝てろって追い返された」
『そりゃそーだわ。何針縫ったよそれ』
「さぁ?」

桜林の奥深くには、太く大きな一本の老木の桜が植えられている
その瑞々しい枝に身を委ねていれば下方から聞こえた声
一瞥すればため息交じりに見上げている輝と視線が合って
その白く綺麗な肌の至る所から除く包帯。頬に張られたガーゼが目立つ
…まあ私も人の事言えないけど

二匹の竜と共に参戦した此度の遠征
予想通りと言うか何と言うか。
その内容はここ数か月の中でも最も難易度が高いもので。死者が出ずに重傷者のみに留まれたのは、ひとえに竜王たちの存在があったからだ
でなければ今頃全員死んでいる
それでも何とかギリギリで命を繋いで帰還をした私たちも、そして彼らも
まあそれなりに深手を負わざるは得ない状況だったから

「黎明の右眼だって似たようなものでしょ。よく失明せずに済んだよね、アレで」
『悪運はどうやら強いらしーよ』
「それでも良いよ。最後は生きた者勝ちなんだから」
『言えてる』
「焼き肉は特上だね」
『元帥と大将に奢って貰わなくちゃ』

ぐるぐるに巻かれた右眼の包帯が一つの視界を奪う
ああもう、不便だなあコレ。わざわざ首を動かさないと見えていた景色が見えないってんだから
因みに輝の右腕は暫く使い物にならないと本人が嘆いていたっけ。ついでに私のこの右眼も同様なので、現状に嘆きたくなる気持ちは大いに分かる。
こんなんじゃ仕事も訓練も出来やしない。誰があの天蓬の溜め込んだ報告書を書き上げるんだ。捲簾だって怪我をしているってのに
この際だから輝も巻き込むか、なんて。そんな他力本願まっしぐらな思考で見下ろしていれば、いつの間にか盛大な皺が眉間に寄せられていた。ああこの顔は面倒な事が起きた時の顔だ

『んで。何かあったの』
「先に言っとくと私は断った」
『はい?』
「疎遠な感じで生きていきたいって言うのも、伝えた」
『…』
「全部一蹴して笑ったのはあの人」
『………あー…』
「呼ばれてるんだよ。私たち」
『……因みに拒否権は』
「あの竜を相手にあると思うの」
『いや、私会ったことすらないんですけど』
「黎明」
『…分かった分かった。私も一緒に行くから。そんな心底イヤそうな顔しなさんなって』
「苦手なんだよね。あの人」
『なんだっけ、手がはやいとか何とか』
「敖広が私たちと会ったって聞いたらしい」
『それで自分も会いたくなったと』
「ん。」
『私らは見世物か』
「女軍人は私たちだけだからね。興味の対象としてはうってつけなんじゃない、竜からすれば」

思わず苦笑と共に咥えたタバコのフィルターを噛み切るとこだった。
マジでか。出来れば疎遠で生きていきたかったぞ
まさか南方軍の竜から直々にお呼び出しだなんて想像もしてなかったのに
仕方なしに枝からだらりと飛び降りれば体中に走った僅かな鈍痛
思わず眉間に皺を寄せて己の体を見下ろせば「傷口開いても知らないよ」と苦笑された。うん。本当にめんどくさい。ケガなんかするモンじゃないね
そしてこの後の展開を思うとさらにめんどくさい。
赤き竜はいったいどんな人物なのやら

『上二人とはタイプ違うの、その敖欽って人』
「違う。性格からして大分違う」
『…2度も強調するほどってことか』
「ああいう絡み方されるとどう返せばいいか迷うんだよ」
『あー…何となく想像ついたかも』
「…たぶん外れてないよ、黎明の予想。私の性格を良く知ってるから」
『ウチには居ないタイプっぽいもんね』
「ん。」
『うあ…会話続けられるかな私』
「頑張って」
『丸投げしたよこの人』

南方軍の宿舎へと続く長い廊下
拘りが強い人物なんだろうか、敖欽という人物は
執務室に至るまでの廊下の壁や置物、装飾に至るまですべて真紅色で統一されている。これはこれで目が痛い。敖広みたく目に優しい色がいいな。アカは私たちにとって一番身近な色でもあるけれど、こうも鮮やかに彩られていると別のモノに見えてくるから不思議だ
静寂に包まれる長い廊下を心持ちゆっくりめで歩く
呼ばれているということは、既に輝は声をかけられていたのか

「敖潤の部屋から帰ってる途中で捕まったんだよ」
『うおーう思考回路読まれてた』
「お互い様でしょう。それこそ今更」
『言えてる。んで?捕まったって誰によ』
「敖欽の右腕」
『へえ。そんな人がいるの、南方軍には』
「敖広や敖炎にもいるよ。竜には補佐官が必ず就くから」
『成程。じゃあその右腕に竜が呼んでるから揃って来いって言われたのか』
「そういうこと。」
『私らを揃えて竜王殿は楽しいんかね』
「さぁ。よく分からない」
『だろうね。あーぁ…なんかここ数日で竜王制覇してる気分』
「じゃあ残りは敖炎だけか」
『いやいや、良い顔されないんでしょ』
「まあね―――…ああほら、着いたよ」
『…真っ赤っか』
「敖欽は赤い竜」
『限度ってもんがない?』
「無いんじゃない」

ないんですかそーですか。
ノックもなしに開け放つ輝を見つめて、零したため息一つ
アポなしでいいのという問いかけは前回の敖広の時に学んだので割愛。中に入ればこれまた綺麗な赤を纏う人が窓枠に背を預けながら笑っていた
白い服がやけに映える

「連れてきた」
「おー、揃いも揃って傷だらけじゃねえの」
「生きてれば勝ちだよ」
「まァな。そりゃそーだが、美人が台無しだな」
「…」
「兄貴2人がついてったんだろ」
「でなければ全員今頃妖獣の腹の中にでも居たんじゃない」
「真顔でおっそろしい事言うなっての。んで?そっちの美人が噂の隊長か」
『はじめまして竜王敖欽殿。噂のってところが非常に気になるんですが』
「有名だろ、お前ら。女の身でありながら軍の実技試験、揃いも揃って最高得点叩き出したってな」
「敖潤から聞いたのその話し」
「あん時は珍しく兄貴から話振ってきたんだよ」
「へえ」
「お前な…もう少し自分の評価は気にしろ」
「別に私たちは興味無い」
「勿体ねぇ女だよ相変わらず」

ふむ。確かに見た感じの雰囲気や話し方何かは上二人とはえらく違う
なんというか。あの二人のような硬っ苦しいオーラを纏ってはいないのだ
竜王の中でもこういった性格をしたものがいるのかと。二人の会話を黙って聞きながら関心していれば「まあ座れよ」とこれまた真っ赤なソファに促された
…そこらかしこに赤が目立つ
そして見上げた天上には赤い竜が一匹。竜王4人の本来の姿でこのくすんだ天を舞ったら、この天界はどうなるんだろうか

「黎明だったか?お前の名前」
『黎明です』
「下界じゃ夜明けっつう意味だろ。新しい時代の始まり始まり、ってか」
『良く知ってますね。天界には下界に関する書物が少ないのに』
「前に見に行った事あったからな」
『!、下界に行ったことあるの』
「おー。一度は覗いて見たくなんだろ」
『…本当に自由なんだから』

竜王の存在は奴らにとってどういったものなんだろう
輝なら知ってるのかな。一族きってのエリートと謂われるくらいだから、それなりに権力とかもあったりするんだろう
良くあのヒヒ共と衝突せずにやっていけるよなあ

銀世界に紛れ込む上官の姿をぼんやり思い浮かべながら、目の前で言葉を交わす二人を眺めた
苦手とは言っていたけどもともと気心が知れた中だ。私からみれば十分普通に会話が出来ていると思うんだけども。まあ言葉の端々に女好きであろう節は感じ取れるけど。

「黎明」
『あ、はい。なんでしょ』
「お前の目から俺はどう映る?」
『…はい?』
「俺が竜王と謳われる所以は知ってんだろ」
『はあ…桁違いに強いとか一族きってのエリート集団とか兄弟揃って頭が固いとかなんとか』
「…輝、お前洗脳し過ぎじゃねぇか」
「程度の差こそあれど間違いじゃないでしょ」
「俺は兄貴たちほど頭は固くないぞ。どちらかと言えばかたっ苦しいのは息が詰まる」
「だからって女に走るのも考え物だけど」
「安心しろ。俺は美人な女にしか興味はない」
『輝に手を出したら確実にあの人が怒ると思うんですよね』
「だろうな。兄貴にしては珍しく一人の部下を長く手元に置いてるし?」
『へえ。そんなにコロコロ変わるもんなんですか、補佐官って』
「どいつもこいつも長続きしねえんだよ。だいたいはもって半年ってとこか」
『そんな短期アルバイトみたいなんでいーんですか。仮にも竜の補佐官が』
「仕方ないんじゃない。あの堅物を毎日相手にするのは疲れるんだよきっと」
「相変わらず容赦ねえよな輝って」
『割と通常運転ですよ輝のこれは。付き合いが長いってのも理由だと思います』
「あー…そういや、輝が兄貴の補佐官になってどんくらい経ったよ」
「…」
『覚えてないんかーい』
「確か黎明が隊長に就いたのと同時期」
『ん?…だとすると……あれ。いつだっけか』
「お前らって変なところで似てんのな」

呆れたように笑う竜に揃って寄せた眉間の皺
言われてみれば記憶に薄い。軍に身を置くようになって、天蓬や捲簾と親しくなるまでは時間はかからなかったはずだ
そしてそれから暫くして持ち掛けられた隊長就任の話し
その頃に輝も補佐官へと就いていたとすれば…まああれだ。正確な年数は忘れたけどそれなりにバカやってふざけ合えるくらいには長い
そして輝も物怖じせず自分の意見を突きつけてあの竜を押し黙らせることが出来るくらいには長いという事だろう

『それなりにってことで』
「いちいち覚えていられないよ。毎日が怒涛のように流れていくんだから」
『言えてる。逆に竜王殿たちと輝の付き合いってどれらいなんですか?』
「そうだな…もう半世紀は経つんじゃねえの?初めて兄貴が天竜会に連れてきてからだからな」
「へえ。もうそんなに経つんだ」
『ってことは、私たちが今の地位に落ち着いたのもそれくらいって事なんじゃない?』
「かもしれないね」

下界とは時の流れが違うこの世界は、終わりを求めなければ半永久的に続く時間がある
そんな呆れるほどゆっくりと流れていく中で得た今の地位は…私たちにとっては然程大げさにすることではないんだけれど。この広い天界においてそれなりの権力と地位を持つ軍人の中で、実力と地位が伴うものはそう多くはない
ギシリと鳴ったのは敖欽が真紅の椅子に腰かけたからで。その大きな机には綺麗に纏められた書類の塔がいくつか在る
上官としては文句ないと言っていたように、この人も根は真面目なんだろうか。そういえば南方軍って何をやってるんだろう
「スグに辞めるって思ってたわ」と山積みにされた書類をパラパラ眺めながら落とされた言葉

「それ、花宴の資料」
「そー。来月にあるだろ、でっかい面倒な宴の席」
「あったねそう言えば」
『アレ本気で出たくないんだけど』
「黎明は毎回舞を踊らされてるよね。よく振り付け覚えられるなって不思議で仕方がない」
『できれば全力で不参加表明したい気分だわ。私の代わりに輝踊ってよ』
「冗談。」
「即答したよこの子」
「輝は樂が苦手だからなあ?」
「どれも同じ音にしか聞こえないんだよ。樂の音も舞踊も良く分からない」
「ほんっと、根っからの軍人気質だよお前は」
『私も好きでやる訳じゃないんだけどなあ』
「ま、宴に花はつきもんだ。諦めろってことで」
『いっそのこと竜王殿が武踊でもやってくれればいいんですけど』
「野郎が踊ったって面白くもなんともねえだろ…とは言うものの、確かに武踊もありゃそれなりに間を稼ぐことはできそうだな」
『舞よりも目を引くと思うんですよね。正直舞踏は毎度宴の席で行ってますし』
「たまには趣向を変えろってか」
『それもまた一興かなと。竜が舞えば見目も華やかでしょう』
「言ってくれるぜ」

今から組み込むのも面倒なんだぞと言いながらも、書類に目を通す姿に瞬くこと数秒。考えたこと無かったけど、もしかして南方軍はこういった宴の執行役なんだろうか。そうだとすれば今まで知らずに参加してたわ。宴の流れについてはいつも観音から直接聞かされていたからね

『ねえ輝。南方軍って何を担う軍なの』
「毎月開かれる宴の内容を考えたり、それを恙なく進行させるのが主な仕事。宴がない期間は主に天帝上の備品管理とか、良く天蓬が通ってる書庫の書籍管理とかだね」
『へえ』
「俺らは東西軍と違って小隊で別れちゃいねえんだわ。人数も全体で20人」
『成程。西方軍は第3小隊まであるもんね』
「ん。東方軍も同じだよ。各隊は20人までって決まりがあるけど」
『南方軍は天帝と割と密なやりとりあるってこと』
「ま、それを言うなら敖炎んとこも同じだな」
『北方軍ですか』
「そーそ。北方軍は主に天の身辺警護が仕事だ。随分と前にどっかのバカが天帝祭ん時暴動起こしたろ」
『ああ、クーデター的なのですね』
「ああいった奴らから身の安全を確保すんのが仕事ってワケ」
『一番重要っぽい』
「だろ。ま、それもあってかあいつはすげえ頭の固い頑固おやじみたいなんだわ。敖潤の兄貴とソリも合わねえしな」
『輝も言ってたよねそれ』
「軍に女がいること自体、余り良く思ってなさそうな感じがするんだよ」
『出くわしたら隠れるしかないなあそれ』

今まで他軍の情報なんて気にしたことなかったから、初めて聞く事実は新鮮さがあるにはあるけれど。直接的な関りは今後もないんだろう
今までだってこの天帝城内で見かけたことも関わったこともないんだから
「それが無難」と小さく頷いた輝に、何故か頬杖ついた敖欽が愉し気に笑っている
…なんだろう。物凄く嫌な予感がするぞ。
輝も同じことを思ったのか。訝しむように目で問うていて
次いで落とされた言葉に危うくそこの窓から逃げ出したくなった

「これがまた呼んであんだわ」
「……誰を」
「敖炎」
『…』
「…」
「勿論お前らがここに居るってのは伝えてねえし?宴のことで話があるからちょっと来いよ、ってな」
『…、なにやっちゃってくれてんですかあなた』
「はぁ…うちとソリが合わないの知ってて呼ぶとか性格悪すぎ」
「まあまあいいじゃねえか。お前らが評価されてんのはあいつだって知ってんだ。認めさせられるかも知れねえだろ」
「別にそんなことは求めていないから。下手に刺激して面倒なことになったらどうしてくれるの」
「そうなったら面白そうだろ」
『あ。なにいってもダメなパターンだわこれ』
「黎明、行こう。敖欽の暇つぶしに付き合ってたら私たちだけの問題じゃ済まなくなりそう」
「まあ待てって輝」
「その愉快そうな笑みが非常に気に食わないんだけど」
「仮にも竜に悪態つけんのもお前くらいなモンだよな、ほんっと」
『似たようなこと緑の竜にも言われてたよね輝』
「黎明。いくよ」
『え。この人の発言スルーでいいの』
「いいから早く」

いいんですかそうですか。
珍しく急かすように細い手が私の腕を掴んで立ち上がる。まあ確かに良く思われていないと知って、敢えて御対面する必要もないだろう。
うちの竜と相性が悪いとなれば猶更だ
予想の範囲内なのか、頬杖をつく赤い竜は今もまだ楽し気にその瞳を細めて眺め見ている。喰えない人だなあと苦笑した
まさかこんな展開になるなんて

真紅に彩られた大きな扉に輝が手をかける寸前
これまたお決まりだとでも言うように外側から開かれた事実に、もはやどんな反応をすればいいのかも分からない

「用とはなんだ、敖―――」
「…、」
『あー…』

飛び込んできたその姿に思わずゆっくりと視線を上げる
そこには屈強な身体を持つ漆黒の鱗に覆われた竜が一匹
その背丈は長身だと思っていた捲簾や天蓬よりも更に高く、腕なんて多分これ私たちの二本分以上はある気がする
ガタイがいいにも程があるでしょと内心ツッコミたくなるほどに逞しい
これ絶対片手でりんご握りつぶせるよ。
スプーンとか曲げられるレベルだよこの人

「…これはどういう事だ、敖欽」
「いやあね?敖広の兄貴がこいつらに会ったって話し聞いてよ。輝に関しちゃ天竜会でしか顔合わせる機会もねえし、黎明は俺も初対面だしな。お前もだろ、敖炎」
「お前の暇つぶしに付き合えるほど暇ではないぞ」
「そうカタイことばっか言うなって。たまにはいいだろ。噂の美人がガン首揃えてるってんだからよ」
『…自由奔放過ぎない、あの人』
「…だから言ったでしょう。難なのは主に性格だって」
『天蓬がかわいく見えてきたわ』
「だろうね」
『こんな個性豊かな竜と月一でご対面とかマジでお疲れ様です』
「変わってくれてもいいよ」
『謹んで遠慮致しますー』

起きた事実は変えられない。
ため息と共にさてこれからどうするかと思考を巡らせていれば、眉間に皺を寄せた敖炎の視線が降り注ぐ。軍に女がいる事実を良しとしない者は、彼だけじゃなくても結構いたりする。別に今まで特に気にも留めていなかったが流石に竜を相手にそうもいかないだろう。輝もどう反応すればいいのか思案しているようだし
ここはとりあえず沈黙が金だろうか。

「…お前が敖潤の所にいる隊長か」
『(うわあ話しかけられたどうしよう)…西方軍第一小隊隊長、黎明と申します』
「なにゆえ女の身でありながら軍へその身を置いた」
『ええ…根本的なところからですか』
「女が男より力で劣るのは周知の事実。剛健さとは程遠い肉体を持ちながら、なにゆえお前らは軍にその身を置く」
「軍に女がいることがそんなに不思議なの」
「力のないものは守られていればいい。強さを持ち得る男が戦場に出ることは当然のこと」
『…ああ、なるほど。』
「? どうしたの黎明」
『あ、いやね。敖炎殿が言ってんのってそういう事かと。私てっきり足手纏いは邪魔だから軍なんか入るなって意味かと思っててさ』
「…」
「私もそう捉えてたけど。」
『要するにたぶんアレだ。この人の中で女っていう存在は、守られて当然みたいなものなんだよ』
「ああ…そういうこと」

降り注ぐ視線を受け止めればそこには渋面を作る敖炎殿。さっきから黙ってことの成り行きを眺めている敖欽殿は口元に笑みすら刻んでいる。それを見た輝もあの人の真意を理解したのか。
「分かりづらい」とため息をついては私と同じように黒き竜を見上げたんだ
軍に女がいる。その事実が気に食わない訳ではなくて、たぶんこの人はさ

「私たちは自分から望んで軍に居る。その思いを敖潤は理解してくれたけど、敖炎は女なりの在り方があるって言いたいの」
「…女は子を産み育てることが出来る。軍に身を置きその可能性を蹴ったお前たちも、それを良しとした敖潤の考えも理解出来ん」
『まあ確かに色恋沙汰は縁がないからね、私たちの場合は』
「それでも、女には女なりのやり方がある。理解して欲しいとは言わないけど、それを汲んでくれた敖潤を悪くは思わないで。私たちはそれを承知であなた達と同じ場所に立っているから」
「…」
『女は守られて当然…確かにそれも事実ですけど、まあ要するに。私も輝も女らしい思考回路じゃないんですよ、残念なことに』

掴めるハズのそれが女にはあるのに、力で劣る事実は恥じることでもない周知の事実であるのに
輝も私も敢えて今の場所を選んでいる事実に疑問を抱いていただけだったんだろうなと。受け入れてくれたあの人は、良くも悪くも性別に関して頓着しない人だったから
それを伝えれば納得こそ出来ないようだけど、それ以上何かをいうまででは無かった
天界軍は広い。そして全体人数を合わせればきっとそれなりの人数になる
考え方だって違って当然だから

「な?話してみて良かったろ。お前も輝も黎明も、この先お互いにヘンな誤解ひきずったまま進んでも楽しくねえからな」
『あなたはコレを狙ってたんですか』
「まーな。どうせ付き合ってくんなら、余計な解釈の誤解はねえに越したことないだろ」
「…確かに真意を読めていなかったのは認める」
『意外と弟思いだったってことかな』
「この男は単に暇だっただけだろう。」
『あ。それは私も思います。呼び出しくらいましたし』
「敖欽が暇を持て余すと面倒なのは昔からだ」
「今回はそれに私たちが巻き込まれたってこと」
「たまには付き合えよ暇つぶし。それに悪くなかっただろ、今回のは」
『今回のは、って…面倒な暇つぶしに付き合わされるのは遠慮したいんですけど』
「お前もだんだん輝に毒されてきてんな」
『あ、素です』
「素かよ」

全員に理解されようなんて、そんな事は考えていないんだ。

私も輝も。そして、今まであった竜たちだって

「用がないなら俺は戻る」
「あー待て待て敖炎。来月の花宴についてちょっと話しさせろ」
「それが本題か」
「おう。武踊でも取り入れてみっかと思ったからよ、天の身辺警護についてもっかい練り直しさせろ」
「本題があるなら先にそうと言え。本気で戻るところだったぞ」
「まあまあカタイことばっか言うなって。ほれ、とにかく座れ」
「じゃあ私たちはもう行くよ」
「ああ。療養中に悪ィな、しっかり寝とけ」
『なんか未だに竜王だって思えないくらいの人だなあ…』
「敖欽が変なだけだと思うよ。―――黎明、もどろう」
『いえっさー』

真っ赤な扉を閉ざせばそれだけで空気が軽くなったような気がした
嫌ではないけどやっぱり竜と会話をするのは肩が凝る
天蓬の書類始末を手伝っている方がまだ気分的には楽だわこれ
歩き出した廊下の先
無意識に詰めていた息をゆっくりと吐きだした

『はあ…結局竜王制覇しちゃった』
「敖欽と敖炎に関しては私も予想外」
『でも、まあ』
「ん。」
『悪くはなかったような気もする』
「…基本的には仕事はしっかり熟すような人たちだからね。根は真面目なんだよ」
『うん。今まで関わってこなかったから、やたら新鮮だったわ』
「でもやっぱり私は敖潤が一番楽」
『そりゃ輝はそうでしょ。直属の上官なんだし』
「黎明は」
『私は基本的に竜王ともしょっちゅう関わる訳ではないからなあ…でもまあ、輝が扱い慣れてるうちの上官が、なんだかんだ話しやすいってことが分かったよ』
「そうだね」
『まああれだ。たまあにだったらお茶でも飲みに行こうか』
「黎明がいくなら付き合ってもいいよ」
『もちろん輝も道ずれ。』
「嫌な一蓮托生だねそれ」
『さすがに一人で竜の相手はできませーん』
「敖潤だけなら出来る」
『輝の心臓って絶対鋼鉄製だよね』
「喧嘩なら買うよ」
『今の私らがやってもまともな勝負にならないわ』
「…確かに」
『あー、そろそろ包帯変える時間じゃない?私たち』
「面倒だからもうこのまま部屋に戻ろうかと」
『うわあい賛成』

凝り固まった肩を回して、そろそろ昼寝でもするかと常春に視線を飛ばす。
考えたことがないわけではなかったけれど
私も、そしてきっと輝も
自分の価値を見出したかったんだと思うから

当たり前に掴める幸せを選ぶより

傍で、隣で、同じように

彼らと生きた証を残したいから

傍に居て 自分に出来ることを最期までって

『空舞う姿は、やっぱ白が一番絵になるか』
「なんの話し」
『浅葱に似合う竜の話しだよ』
「…今度頼んでみようか」
『背中に乗せて下さいって?』
「一瞬で落ちるだろうねそれ」
『楽しそうじゃん』

そう願って、決めて、覚悟して

普遍を約束されたこの世界で生きていくんだ―――…

















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