嫦娥の花宴 | ナノ



似てるよなって

そう言って、あなたは笑っていたね







「ハサミ!」
「ミジンコ」
「殺す」
『しりとりでそれはどうなの。…ススキ』
「三蔵らしいですよねぇほんと…あ、キリマンジャロ」

流れる景色は数時間同じ色
大森林に差し掛かった私たちは、果てなく続く山の中を走行中で
同じ景色で飽きたと空を仰いだ悟空の一言で始まったしりとり
要するに暇潰しが出来るほどこの数時間が平和すぎるのだ

『…』

繰り返される言葉遊びに答えながら思考を巡らせる
常ならばこんな森の中を走行していれば、妖怪の団体や刺客に絡まれるのは確定事項だと言うのに
最後に売られた喧嘩は滞在していた村から出発した直後だけ

この大森林に差し掛かってからは1度もない。

気にするような事でもなければ、これはこれで無駄に時間を浪費せずに済むからいいんだけれど。でもどうしてか。胸の奥に浮かぶ僅かな違和感
吸い込んだ花の香りと1拍おいて吐き出した白
肩で切り揃えた毛先が吹き抜ける風に舞い踊る

「六花姉ぇ?考えごと?」
『…今日はまだ1度も絡まれてないよね、私たち』
「あー、言われてみりゃそうだな。いつもならとっくにストーカー被害に遭ってンのに」
「団体さんにも暫く会ってませんからね。珍しいと言えば珍しいですよ、こんな事は」
「フン。余計な邪魔が入らねェならそれでいいだろうが」
『それもそうなんだけど』
「何か気になんのか?」
『ん…空気がね』
「空気、ですか…?」
『ザワついてる』

森が、木々が、花が、果ては大地までもが
まるで何かに怯えているかのように鳴いているような気がして
流れる景色に視線を飛ばしてみても何もない事は分かっているのに
それでも消えないこの違和感の正体は何なのだろう
私の言葉に悟浄と悟空が周囲に視線を飛ばす
三蔵の言う通り何も無いに越したことはない

けれど

「んー…俺らはまだなんも感じないけど…六花姉ぇには感じるんかな?」
「だろうな。何たって女神サマだし?」
「木花咲耶姫…自然と強い繋がりがある六花だからこそ、感じ取れる"なにか"と言うことでしょうか」
「また面倒事じゃねェだろうな」
『残念ながら今の段階じゃ断言出来ないんだよ』

ただの杞憂ならそれでいい
ミラー越しに飛んできた嫌そうな紫の視線に肩を竦めれば「面倒事なんざ日常茶飯事だろ」と笑う紅
否定はしない。紅孩児を筆頭に烏哭や鵺が存在する以上、恐らくこの先も三蔵の言う"面倒事"は尽きないんだろうなあと
吸い込んだ白を還すため、座席に凭れ見上げた浅葱

嘗ての"私たち"が 焦がれた色


へえ…下界の空は蒼いんだ


『―――…懐かしい』

ふと脳内に蘇った声。
無意識の内に流れた音は、あの日々の記憶を溢れ出させるから

痛みも喜びも、切なさも愛しさも

残してきた 託してきた

彼女との記憶も。

私たちが眠りについたあの日の夜から、気が遠くなる程の年月が経った今
彼女はいったいどうしているんだろう
私たちを"逃がす"ために動いてくれた
上司の命令を破ってまで。
…あれには私たちも驚かされたんだっけ
当時は竜の補佐官と呼ばれるだけあって、真面目さと確実性はあの人のお墨付きだったくらい
けれど、その中にも女性らしさであろう柔軟性を兼ね備えた人だった

好きに生きたらいい。…私は、応援も反対もしないから

そう言っていたクセに…最後は雪崩込んできた敵兵を足止めしてくれた

選んだなら貫き通せ、と

向けられた背中に語られて、私たちは

"終わりと始まり"を目指して駆け抜けたんだ


たくさんの人が繋いでくれた、あの日の夜を。


「確かに妖怪が襲ってこないのは楽でいーけどさっ、これだけヒマだと退屈で死にそうだよなあ…」
「しりとりもいい加減飽きたしな。何時間やったよ、俺ら」
「さあ。あの村を出てからですから、数時間はやったんじゃないですか?」
「飽きるっつーの」
「なあなあ三蔵!なんか面白いコトねーの?」
「知るか。黙って座っとけ」
「えーっ!!退屈で死にそう!!」
「悟空には拷問に近いですもんね、退屈は」
『後は空腹も』
「ああ、言われてみれば」

隣で退屈そうに唇を尖らせる悟空に苦笑して、見え隠れするあどけなさに胸の中がじんわりと温かくなった。変わらないキミはいつか、あの日々の記憶を手にするんだろうか

想いを馳せて、願いを込めて。

透き通る金晴眼を見つめながら宥めようと口を開いた刹那
濃さを増した違和感の正体が、ザワつく森がその色を確信へと変えたんだ

『…!』

おかしい。どうして、"あの気配"が此処に在るの
漂うそれは獣のソレ
間違えるハズなんて無かった
それは…嘗ての私たちが相手にしてきたモノ
無殺生が大原則だったあの世界で対峙してきた存在だ

「? どーしたよ、六花」
『八戒ジープ止めて』
「あ?」
「六花?」
『止めてっ!』
「「!?」」

急停車したジープと私の鋭声に驚く金晴眼
ごめんね。でも、これは予想外なんだよ
瞳を眇めて前方を睨めば隣の真紅が不穏な風に靡き出す
カチャリと鳴った三蔵の銃と、紫暗の瞳が鋭く光ったのが見えた

「…なんだこの気配は」
「えっ、何かすげえ地響き聞こえんだけど!?」
「チッ…結局は面倒事じゃねェか」
『私に言われても。』
「ただの妖怪…という訳じゃ無さそうですね」
「六花の様子を見りゃあな。んで?今度はなんだってンだよ」
『ん。多分、私たちが"討伐"してきた妖獣』
「っつーことは…天界繋がりか」
『…』

この世界の妖怪は姿形、大きさも私たちと変わりはない
けれどあれは違うのだ。生態系からして私たちとは異なる異形のモノ
鳴り響く地鳴りが近付いてくる
大木が薙ぎ倒され驚いた鳥達が一斉に空へと羽ばたくのが見えた
全員の顔に一瞬で緊張が走る
一泊置いて咆哮と共に躍り出てきたソレに、思わず寄った眉間の皺は仕方ないと思うんだ

「すっげえーっ!!デケェ!!」
「オイオイ…成長期にも程があンだろ。ナニを喰ったらここまでデカくなんの、コイツ」
「あー。これは踏み潰されたら一瞬であの世逝き確定ですねぇ」
「…首が痛ェ」
「すごくね!?めっちゃデカいしなんかすげえ怒ってんじゃんこいつ!」
「捌いたら暫くは食糧難に陥らずに済みますよ」
「えっ誰が捌くの!?」
「僕と三蔵で。あ、六花も出来ましたよねそう言えば」
『…、私が言うのもあれだけど、相変わらず呑気だよね』
「お蔭サマでな。お前と居ると大概の事は驚かなくなンだよ」
『うわあ。何も言い返せない』

バス3台分の高さと大きさはあると思うんだ。
嫌な懐かしさに盛大に寄ったままのシワ
あの頃は捕獲する事がそれはもう全力で面倒だった。不殺生が大原則だったあの世界で、嘗ての私たちが対峙してきた…造られた生命

嘗ての彼は、キミ達も救いたかったんだよ

なんでこんな森の奥深くまで逃げ込んだのかは分からないけど。

『ものすごくめんどくさい』
「向こうは俺らのこと喰う気満々だぜ」
『…させないよ。喰われる前に今度は捌くから』
「んじゃ、六花が捌きやすいようにオロしてやるか」
「!、来ますよ皆さん!!」

八戒の声に全員がジープから飛び降りて散開する。
振り下ろされた重たい一本の手
一瞬で空高く舞い上がったジープは…ああ良かった。無事だったね
飛び降りた先、大地を滑るように着地すれば悟浄と悟空が武器を構える

「うっわ!?大地陥没してんじゃん!!」
「なんだァ?"陥没"なんて難しい言葉知ってやがったのか、猿のクセに」
「うっさいそこのエロガッパ!!」
「はいはい。無駄口叩いてると潰されますよ、二人とも」
「一層の事跡形も無く潰されとけ」
「てめぇはなんだって毎度コッチ見ながら銃構えてんだっての!!」
「ほォ。気がついてたのか、意外だな」
「ブン殴るぞエセ坊主ッ」

聳え立つ巨体は虎のようなそれ。鋭く伸びた爪も牙も、1度でも浴びたらそれこそあの世に近道だ
悪いけどまだそこに行くつもりは微塵もない
まだ…彼らに逢うには、早すぎるから

ああ、でも…良かった。

"今度"は…熊じゃない

『奴の一撃を止めよう何て思わないで。1発で骨がやられるよ』
「おや。随分と実感のこもった注意喚起じゃないですか」
『…私、たまに八戒の観察眼が怖くなる』
「あはははは。ありがとうございます」
『褒めてないよ』
「って、オイ悟空!やたらと突っ込んでんじゃねェよッ!六花の話し聞いてねーだろお前!」
「っ、だって近寄らねーと倒せねえじゃん!」
「少しは脳みそ使え。このバカ猿」
「!」

錫月杖が絡みつく、間一髪で襲い来る牙を掻い潜った悟空が渾身の力で弾き飛ばした左足
バランスを僅かに崩したソレ目掛け…1発の銃声が唸りをあげる
貫いたのは片方の金眼だった

『―――…』

ああ、重なる

あの日の夜と

「おらッ!コレで動けねえだろ!!」
「悟浄ナイス!!」
「!、思いの外俊敏な動きをしますねぇ…あれだけ大きいと動きは鈍いと思ったんですが」
「フン。お前の気功を躱すだけの素早さは持ち合わせてるみてェだな」
「ええ。厄介ですよ、全く」
『脚を狙おう。身動き取れなくさせてから殺った方が効率がいい』

不殺生の大原則が適応されないこの世界では、立ちはだかるモノは全て排除だ。売られた喧嘩は返品不可精神、私にもうつったのかな
各自がバラバラに応戦する中で、銀花を握り締めて駆け出す刹那

見慣れた軍服が視界を掠めた事に、僅かに呑み込んだ呼吸音
聞き慣れない声が飛んでくる

「!、居たぞ!最後の一匹だっ!!」
「直ちに軍将へ連絡しろっ!」
「問題ない!既に他を捕縛し此方に向かってる!」
「オイッ!もっと麻酔弾を準備しろ!1発じゃ効かないぞっ」
「「!?」」
「えっ…何?この人達」
「…」
『―――…っ』

ああ…もしかして

あなたはまだ、そこに居てくれたんだろうか

たくさんの思い出が詰まった…あの隊に

森の奥からバタバタと聞こえてきた足音
黒い軍服は"天上の蟻"と呼ばれた所以だった
彼らも、そして彼女も。
そんな異名は何1つ気にも止めていなかったけど
私自身も含めて

「!、目標は既に下界の者と交戦中!」
「お前たち何者だ!?何故こんな所にいる!」
「んなモン後だ後ッ!呑気にくっちゃべってるヒマあんならさっさと手ェ貸せっての!」
『悟浄。』
「!、六花?」

駆け出す寸前の彼の腕を掴み止めれば、怪訝そうな色を宿した真紅
目の前で暴れる妖獣は麻酔弾を撃ち込まれてもなお暴れ続ける
もし…本当に。彼らが天界軍だとすれば
あの人の元にいた彼女が居るはずだ

「どーしたよ。さっさとしねェと、あのデカブツここら一体の森薙ぎ倒すぜ」
『うん』
「えっ、倒さなくていいの?六花姉ぇ」
『―――…多分ね、来ると思うんだ』
「来るって…誰がだよ」
『親玉』
「は?」
「親玉?」
『冷静そうな見た目してる割には、やる事は派手だったんだよね』
「六花姉ぇ?」
「!、六花!避けてくださいっ!!」
『…』

痛みと怒りで暴れるそれが、大きな牙を剥いて襲いかかって来る。八戒の叫びに反応した悟浄と悟空が構えるのを視界の隅に捉えながら見上げれば…三蔵の舌打ちが聴こえたような気がした

大丈夫だよ。だってもう、

「―――やっと見付けた。何処まで逃げれば気が済むんだか」
「「「!?」」」
『ほらね』

あなたが此処にいる

落ち着いた低音と、馴染みのある気配
靡く漆の髪と特徴的な衣装の裾が風に揺れる
…変わらないんだね。あなたは。

この身に牙が届く寸前に視界の後方より放たれた一本の光線
喰らった妖獣が苦悶の咆哮をあげながら天を仰ぐ
そう。キミたちはあの世界で造られたんだ
身勝手な命を宿す者達によって

ごめんね。

「え…女の人!?」
「あの出で立ちからして…もしかしたら天界人じゃないですか?」
「っつーことは、だ。コイツらが三仏神の言ってた天界軍ってやつか」
「…だとしても何でいきなりコッチに降りて来やがったんだよ」
「そんな不機嫌全開で僕らに聞かないでくださいよ」
「六花姉ぇ大丈夫!?」
『大丈夫』

放たれたそれは眩き白光…彼女が持つその力は、貫通したものの体内組織を強制的に停止させるものだった
どうやら500年以上の時を経てもその効力は健在なようで
至極面倒そうに寄せられた眉間の皺に…似てるよなと言われた言葉を思い出しては苦笑したんだ

「軍将!申し訳ありませんっ、こいつ麻酔弾が効かなくて…!」
「これだけの巨体なら効かなくて当然。このまま捕縛するから、準備して」
「はいっ!」
「1班と2班は目標の捕縛、3班は時空ゲートの接続を開始」
「はい!」
「了解です軍将!」
「4班は残り4体の元に待機してる他班との連絡を」
「承知いたしました!」

飛び交う的確な指示に動き出す彼らを見つめて、そう言えば良く作戦を立てる際に天蓬が彼女と話を詰めていたんだっけと思い出した。
生真面目なところも変わってはいないらしい

ねえ、輝

あなたは今の私を見てどう思うのかな


『―――いつの間に軍将になんてなってたの、輝』
「…私からすれば人間になってる六花の方が驚き」
『おや。良く私だと分かったね』
「銀花を持ってる時点で、分からなくても"判る"」
『それもそうだ』
「…転生出来たんだ」
『紆余曲折はあったけど』
「だろうね」
『軍将ってことは…あの人は』
「生きてる。ただ、下半身が動かないから私が代わりに動いてるだけ」
『そう』
「相変わらず口だけは達者だよ」
『ん。想像に難くない』

同じ記憶を持つ人と、邂逅出来たことの奇跡を
感謝するとしたなら伝えるべき相手はきっと観音だろう
向けられる懐かしい色合いをした瞳がそっと細められる
「変わらないんだね」と言われた言葉に、想いに
それはあなたも同じでしょうと返しておいた

「…下界の空は蒼いね。討伐で初めて下界に降った時、驚いた」
『気まぐれ美人らしいよ』
「なに、それ」
『…彼はそう例えていたから』
「へえ。あの人らしい」
『私もそう思う』
「六花。向こうでずっと私たちの様子をガン見してる彼ら、ほっといていいの」
『掻い摘んで事情は話すつもり』
「なら私も少し滞在しよう。彼らの話も聞きたいから」
『私も聞きたいことがある』
「少し待ってて。アレと隊を先に向こうに送らないと」
『イエッサー』
「……偉く懐かしいセリフだね」
『通じてくれる事が嬉しいよ』

感謝をしてもし足りない。
私の、私たちの生き方を後押ししてくれた事
彼女まで咎められなくて良かった。そこはあの人が動いてくれたのだろうか
「またあとで」と向けられた背中を見送れば、袖を引かれた
見上げた先には不思議そうに瞬く金晴眼
僅かに首を傾げながら問われた言葉に、そうだね
あの頃のキミは直接彼女と対面した事は無かったんだ

「えっ、あの女の人…六花姉ぇの知り合い…?」
『…そうなるね』
「そっかあ。だからかな?あの人嬉しそうだったもんな!」
『……そうだと、いいな』
「オイ」
『なあに三蔵』
「あいつらは何者だ」
『天界には二つの軍が存在してること、三仏神から聞いたでしょう』
「あー。あの日和ってるシステムな」
「一周回ってめんどくさいシステムの事ですね」
『そう。彼らは西方軍…そして、今の女の人が軍将』
「ぐんしょーってなに?」
『隊を束ねるリーダーの事。実力が伴わなければ就けない立場なんだよ』
「へー…ってことは、あの女の人めっちゃ強いってこと?」
『ん。良く手合わせはしてたかな』
「名前なんて言うの?」
『輝』
「…あいつは500年生き続けてやがんのか」
『あの世界に寿命という概念はないから』
「にしても、何だって今になってそんな奴らがコッチに降りて来たんだよ」
『それを確認する為に此処で待機してるの。少しなら滞在出来るらしい』
「なるほど。それでは僕らもちゃんと自己紹介しなくちゃですね」

輝は気付くかな。キミのこと、キミたちのこと
交錯する世界と記憶の邂逅に…少しだけ揺らぐ想いが在る。懐かしさと切なさを伴うそれは、決して痛みだけを抱かせるものではないけれど
この後の展開が少しだけ楽しみでもあるんだよ
森の奥から戻ってきた彼女を姿を見つけて、軽く右手を振られたから同じように返して応えた

『もういいの』
「ん。巻き込んでごめん。こんな場所まで逃げ込むとは思わなかった」
『別に。こっちも殺る気だったから』
「大原則ガン無視してたよね六花」
『生憎と下界じゃ適応外』
「御説御尤も。でも割とこっちも死活問題」
『頑張って軍将』
「懐かしいわその丸投げな感じ」
「…なーんか、お前ら似てね?」
『悟浄?』
「ああ、言われてみれば」
「似てる?私と六花が?」
「単に表情筋が死んでるだけだろ、こいつらの場合」
「それ、あなたもだと思うんだけど」
『三蔵には言われたくないなぁ』
「んーでもさ!確かに雰囲気ってか、何となく話し方とかも似てる気がする!」
「『…』」

仲良しなんだなって。
そう嬉しそうに笑う悟空の言葉に、思わず揃って顔を見合わせる
ああそういえば…いつだったかな。
彼にも同じことを言われたような気がした
初見でも感じるほど似ているんだろうか
輝の方が私よりも多少は感情表現に長けていると思ってるんだけどな、一応

「それを言うなら…私からすれば"あなた達"もだと言いたくなるんだけど」
「え?俺らが?」
『…』

感じないハズがないんだ。輝は特に。
当時はまだあの人の補佐官と言う立場だったけど、私たちと直接的な関りが多かったのは輝だから
金蝉とは公式な場で何度も顔を合わせていたって聞いた気がした
似ていると。そう私と同じように感じ取ることが出来る存在…
ねえ観音。あの日々の記憶を持つ人と、また出逢えたよ
輝の言葉に3人の顔を見つめる悟空が不思議そうに首を傾げる
そんな中で、なんとも八戒らしい発言が飛び出したことに苦笑してしまった

「…僕らも似ているんでしょうか」
「オイ。なんだよそのイヤそーな顔は!」
「だって僕まで悟浄や三蔵みたく非常識だと思われたら大変じゃないですか」
「ほんっとお前ってイイ性格してるよな」
「腹の中がドス黒いお前に言われたくねェよ」
「僕はいつだって真っ白ですよ。ねえ六花?」
『…満面の笑みで私に振らないで欲しい』
「そういえばまだ名乗ってなかったね。多少は六花から聞いてると思うけど…―――私は天界西方軍軍将、輝」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。僕は猪八戒です。こちらが三蔵法師で、孫悟空と沙悟浄です」
「人間の気配が一人しかしないのも面白いね」
「ええ。何分ワケあり集団なものでして」
「いいんじゃない。六花なんてそれこそずば抜けてワケありなんだから」
『否定はしない』
「なんたって半神半人だってンだからな。恐れ入るぜ」
「天界人ってことはさ?輝は人間ってこと?」
「そう言えば…六花、下界から見たらどうなるの」
『人間カテゴリでいいんじゃない』
「人間で良いらしい」
「お前らのその適当加減もそっくりじゃねェか」

呆れた三蔵の言葉にやっぱ似てるわと苦笑する悟浄を見つめて、輝と過ごした時の長さを思い出す
懐かしい色合いの双眸を見つめれば「似てるってよ」と紫晶を細めて笑っているから…いつかも言われたね、と
その言葉を呑み込んで同じように応えたんだ


お前らよー、折角の美人なんだからもっと笑えっつうの!笑顔は女の武器だろーが

勿体ないですよねぇ本当に。女性の特権はもっと有効活用しないとですよ?

ついでにお淑やかさも拾って来い。…お前らを見てると肝が冷えて仕方ねェ



いつかの、どここかで。


消えない想い出の中 彼らの声が聞こえた気がしたよ


「ところでさ?さっきのバケモノって結局なんだったの?」
「ああ。アレは、うん。天界から逃げ出した妖獣」
「つったって、あんな巨大なヤツがそんな簡単に逃げ出せるモンなのかよ」
「今回に限っては次元の綻びが原因だと思う。普段はここまで一気に逃げ出したりはしないよ」
「一気にと言うと、この区域に現れたのはあれだけでは無かったんでしょうか」
「ん。全部で5体」
「5体もあんなデッケェのがいんの!?」
「大丈夫。もう全部連れて帰ったから」
「うへぇー…輝も大変そうだな」
「面倒だけど仕事だから。誰かがやらないといけないんだよ、こういうものはね」
「女の身で軍将ってンだから、輝も相当お転婆やらかしてんだろ」
「たぶん六花程ではないと思うよ」
「でもさ!輝も強いって六花姉ぇ言ってたし、さっきの光線も凄かった!」
「ありがとう。六花とはよく暇潰しに手合せしてたからね」
「輝が知ってる六花姉ぇって、どんな感じ?」
「ああ、そこは僕も気になりますね。今の六花とはやはり違っていたんでしょうか」
「何て言うか、宝の持ち腐れ?元はいいのに中身が欠品ばっかだった」
『他に表現の仕方なかったの』
「言い得て妙だと思ってる」
『…。』

今と大して変わらないと笑う彼らと「折角なんだから、少しは人間らしくなりなよ」と微笑う輝に、思わず吐き出したため息は長い。それが出来れば今だって多少はまともになってると思うんだ。それに輝だってあの頃と大きく変わっていないみたいだから、それこそお互い様だと思うんだよね

「どうでもいいが、ただでさえコッチは牛魔王だなんだて荒れてやがんだ。コレ以上めんどくせェモン寄越してくんじゃねェぞ」
「なに。下界は荒れてるの?」
『まあそれなりに』
「へえ。人間以外の生物がいると厄介だね」
『ソッチも似たようなものじゃない。無駄に歳だけくったヒヒ共とか』
「あいつらは存在事ガン無視してる」
『それが一番いいと思う』
「どこの世界でも上の連中は腐ったヤツばっかってコトね」
「それでなくても、どうもそちらのシステムは非常にめんどくさそうですし?」
「なんだっけ…フコロズ?だっけ?」
「面倒だよねほんと。あんな巨体を捕獲しろとか、寝言は寝て言えって言いたくなる」
「いいんじぇね?上の連中に言ってやれよ」
「言ったんだけどね。"そんな呑気な戯言宣うならいっぺん下界に連れてくよ"って」
『…輝も大概怖いものなしだよね』
「私は正論しか言わない」
『あの人も苦労してそう』
「大丈夫。私もあの人の頭の固さには苦労させられてる」
『…。』

ああそれは何も言い返せない。

ねえ竜王…輝はあなたが思っているほど、大人しい性格ではないよ

彼女の理性がきちんと感情を制御している間に手を打たないと、そのうち本気であのヒヒ共を下界に突き落とすと思うんだよね。禍事を駆除する西方軍が、いつだって一番命の危険と隣り合わせで生きているんだから。仲間を思う気持ちと正義感の強い輝のこと
部下になにかあれば事を動かさないハズがない

「…―――さて、と。そろそろ戻るとしようかな。その頭の固い人に小言言われる前に」
「えっもう帰っちゃうの!?」
「これでも仕事中だからね。一応」
「ええーっ、一緒に晩飯食ってこうよ!」
「お誘いどうもありがとう。でも、その機会はまたにとっておくよ」
「無理を言ってはダメですよ、悟空。長らく引き留めてしまってすみませんでした」
「気にしないで。私も今の"あなた達"と話せて良かった。六花にもまた逢えたしね」
「今度はオフの時にでも一緒に飲もうぜ」
「あ。お酒なら負けない自信あるわ、私」
「どいつもこいつも酒好きばっかじゃねェか」
『三蔵だって毎度ビール注文するじゃない。良いんじゃない、楽しそう』
「フン。」

その時は、そうね。久しぶりに飲み比べでもしようか

きっと、みんなが全員…笑っていられるような気がするから。

向けられた紫晶の瞳を正面から受け止めた

「もう行くよ」
『ん。逢えてよかった』
「うっかり幽世にいかないようにしなよ」
『肝に銘じておく』
「そうしな…―――じゃあね。また、いつか」
『またいつか』


それは見えない約束 果たされることを願って紡ぐ、思いの糸

背を向けて歩き出した彼女の背中は…やっぱり

とても凛としていたから


交わった次元が齎した、たった一つの繋がりとの邂逅

500年の時を超えて辿り着けた先は、どうやら

とても優しい記憶を齎してくれたみたい。



またあとでな

またあとで

またいつか






そう…―――いつかまた、きっと。




優しい世界の中で、再び彼女たちと出逢えたのなら





そのときは。











【完】




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