嫦娥の花宴 | ナノ



知り合ったのは、今の会社に入社をしてからなハズなのに

どうしてこうも短期間で注目の的にならなきゃいけないのか。


どんなに考えたって、到底理解できるものではなかったんだ









「よ。オツカレさん」
『ああ…貴方もまだ残ってたの』
「まァな。どっかの誰かさんにやたら仕事押し付けられたぜ」
『独角さんはいつも忙しそうだよね、ほんと』
「それだってアレだろ。どっかの喧しいバァさんのせいだろ」
「…否定はしない」

桜の花びらが咲き誇る季節
第一志望で受けたこの会社は、持ち得る自分の能力を発揮できるだろうと思ったからで。けれども蓋を開けてみれば存外
変わり者の巣窟だと実感するには充分だった

良く言えば個性的。悪く言えば変人ばかりが揃うこの企業は、現代社会の中でも大きく名を馳せる企業だと言うのに
何も知らない人が内部の現状を知ったら確実に目が点になるだろう。
実は私もそのクチだ
やれやれと肩を竦める目の前の人物を一瞥して、PCの電源を落とす
壁掛けの時計の短針は既に定刻から二つほど進んでいた

「有名になってンぜ」
『なにが』
「今年は随分と優秀なヤツが入ってきたってな」
『意外。』
「あ?」
『人の評価を気にするタイプには見えなかったんだけど』
「ま、人によってってとこじゃね?」
『ふぅん』

ディスクを抜きとってカバンに詰め込む
目の前で何故か意味深にそう笑う彼は、初めて会った時からとにかく目立つ存在だった。色んな意味でも
まずはその容姿だ。
真紅の瞳に同じ色をした長い髪
本当に同じ国籍の人物なのかと思うほどに、纏う色は鮮やかで
本人は地毛だと公言しているけどね
けれどよくその容姿で面接に合格したなと思ってしまう程だ
…流石に失礼だから直接言った事はないが

「終わったかー?」
『いつも言ってると思うけど、わざわざ私に付き合って残らなくてもいいのに』
「こんな夜遅くに女一人で歩かせられるワケねーだろ。ただでさえココは変な野郎が多いってのに」
『相変わらず物好きだね』
「輝限定っつぅコトで」
『プレボーイで名を馳せる人が良く言うよ』
「ゲッ…やっぱ知ってンのかそれ」
『残念な事に、社内ではかなり有名』
「うれしくねー」
『身から出た錆だと思うんだね』
「ここに入社してからはそんな暴れてねえっての」

フロアの電気を消して鍵を閉める
最近一番の謎は、ここ数カ月で妙にこの男に気に入られたと言う事だ
部署が同じであれば確かにそれなりに言葉を交わす機会は多い
けれども容姿性格仕事ぶり
この3つのバランスを上手い具合に保ち続ける男が、何故こうも自分に拘るのかが今のところ人生最大の謎

お世辞にも人当りの良いとは言えない…こんな私に。

三つ子の魂百までとはよくいったもので
子供のころから余り感情表現が得意な方ではなかったんだ
動じない性格とでも言えば聞こえは良いだろうか。女にしてはどこか冷めた部分があることは、思春期を迎える辺りから自覚はあった
けれどもそれを無理に変えたいとも思わなかったし、何より人に合わせて自分を変えるという事の方が耐え切れないような気がしていたから

「んで?」
『なに』
「輝んとこは来週会議だろ。準備終わったのかよ」
『ああ、それね。今週の頭には作成したレポートも独角さんに許可貰ったし、今は会議に使う資料作成を手伝ってただけだから問題はないよ』
「相変わらず輝って仕事早えよな」
『褒めても何も出ないけどね』
「お。出たな口グセ」
『…』
「お前って何かとソレ言うんだよないつも」
『…、そう、なんだ』
「自覚ナシってのも輝らしーわ」

街頭が照らす歩道に伸びる二つの影
桜並木になっているこの道は、まだまだ薄桃色の花が綺麗に観る事が出来る
そんな透明なまでに暗い夜空と人工灯に照らされたその色が…浮かべられた、口元の笑みが
妙に幻想的に見えてしまった私は疲れているのだろうか。
まああり得ないと内心で首を振る

お世辞にもまともな恋愛経験を得てこなかった自分にとって、彼のような存在は言ってしまえば真逆な存在だ
恐らくそういった方面では恐ろしく経験豊富だろうと安易に想像がつく

『口癖になってる事に関しては気が付かなかったな』
「ココに入社して暫く経ってからだろ、言い出したの」
『…良く聞いてるね』
「そっからなモンで」
『?』
「コッチの話し。それよか輝、どうせ週末ヒマしてんだろ?」
『人の予定を確定事項にしないでよ』
「否定しねえ時点で答え出てっからな」
『言い返せない自分が腹立つわ』
「ちょっと付き合えよ」
『…』

だか、ら

どうして彼がこんな私に拘るのかが、全く以て理解できない

彼が誘えば二つ返事で頷く女性など、あの部署内にはそれこそ掃いて捨てる程いるというのに

ちょっと待て…これ、そんな先輩方にバレたらかなり面倒な事になるんじゃないだろうか。

面倒事に巻き込まれるのは御免被りたいんだが

『私じゃなくても、貴方の誘いに乗る人はいくらでもいるんじゃないの』
「あー。別に目的が違ぇからな今回は」
『サッパリ話が見えない』
「輝はそういう女だし?いいでねーの」
『…なんか腹立つから殴ってもいいかな』
「お。ストレス発散にってか?ほれ、きてみ」
『…』

本当に、良く分からない男だ

長身の彼とはコンパスだって違うはずなのに、歩いていても違和感がない事や

いま…目の前で

数歩先に進んだ彼が、笑いながら右手の平を向けている事も

『…サンドバックにでもなるつもり?』
「それで輝の気が済むンならいくらでも」
『…物好きもここまでくるとお手上げだね』
「ストレスは体に良くねえっつうだろ。特に女はな」
『へえ。女として認識はされてたんだ、ねっ!』

そんな彼と過ごす僅かな時間を、最近では

悪くないと思い始めている自分のこの感情も…よく理解できない。本当に。

右肘を思い切り引いて繰り出した一撃
女のそれなんて大した威力にはならないだろう
そもそも、男の女では何もかもが違いすぎるのだから
真っ直ぐに伸ばした拳が大きな手のひらへとぶつかる
小さく乾いた音が鳴り響けば、彼はまた笑うんだ

「堅物口下手クールビューティ」
『…は?』
「輝の代名詞。それはもう少し外すなよ」
『頼むから日本語話してくれないかな』
「つーことで、明日11時に駅の時計台の前な。ついでにこれ、俺の番号」
『人の話を聞け』
「痴漢にゃ気ィつけろよ。オッサン多いからなこの時間帯」
『悉くスルーですかそうですか』
「んじゃ、また明日な」
『…。』

気を付けて帰れよ、と
流れるような手つきで撫でられた髪が、吹き流れる春風に靡きだす
言葉なく佇む私の視線の先
後ろ手に右手をヒラつかせる彼は雑踏の中へと消えていく

『…、私にどうしろと』

右手に乗せられたメモに書かれた11桁の番号
明日の11時にこの最寄り駅の時計台前
半ば一方的に決定した明日の予定に、肩を竦めては吐き出したため息
断るスキも意を唱えるスキも与えないとは…流石とでも言うべきなんだろうか

『…』

暫し見つめたそのメモを、もう一度吐き出したため息と共にポケットへとねじ込んで

生温い風にザアザアと揺らぐ桜の花

舞い散る花弁を見上げては…そっと僅かに瞳を細めて仰ぎ見た










女というのは不思議で面倒な生き物だ

否と分かっているはずなのに、あり得ないと自覚をしている筈なのに


目の前に転がり込んできた事実に、抗う術を持ち得てはいないのだから


『…15分前』

左手首に着けたシルバーの腕時計
長針は約束の時間よりも少しだけ早い時刻を指し示していて
青天に恵まれた週末はいつも以上の賑わいをみせている
いつもと同じ時間に起きるつもりだったのに…心と体はリンクしていないんだろうか

ふと目が覚めた時刻は平日に起きる時間よりも大分早かった
…無意識のうちに楽しみにしていたんだと
心の奥底で誰かが笑っていたような気がして仕方ない
思春期の子供でもないというのに、その事実に小さく苦笑が漏れたのは秘密だ

『そういえば…誰かと出かけるのは久しぶりかも』

一人暮らしに慣れると自分の時間を優先に出来る
加えてここ最近では、誰かと連れだって出かけるような予定も無かったから
まあ気分転換くらいにはなるだろう。彼にとっても、私にとっても
そんな軽い思考で結論づけたんだ
気の迷いならば時が解決するだろうと思って

「お。美女発見」
『…、』
「悪ィな。待たせちまって」
『や…私が単に早く着いただけ』
「だろうと思ったから俺も早めに出たンだけどな。道が混んでてよ」

背後から飛んできた声に振り向けば、珍しくキャップを被った彼が佇んでいて
そして常とは違う一つの違いに思わず零れた一言

『…へぇ』
「? どーしたよ。鳩が豆鉄砲喰らったようなカオしてんぞ」
『結んでるんだ』
「あ?」
『髪の毛。普段は結んでるんだなって』
「あー、コレか。朝顔洗う時ジャマなんだよ。そういや、適当に結んだまま来ちまったな」
『邪魔なら切ればいいと思うんだけど』
「これよみがしに伸ばしてんの」
『? なんの為によ』
「イヤガラセ」
『…、』

そう言ってイタズラじみた笑みを浮かべる彼に、ああこんな顔も出来るのかと
職場で見ている表情とは当たり前だけれど違うから
そうか。人当たりスキルは私より持ち得ているであろう彼にも、イヤガラセと悪戯に笑えるような存在がいるのか
何で髪を伸ばす事が嫌がらせに繋がるのかはサッパリ不明だけどね

「ほれ、向こうに車止めてあっから行くぞ」
『え。運転できるの』
「そりゃこの歳なら免許ぐれぇ大体の野郎はもってンだろ」
『そういうものなんだ。』
「それにあった方が何かと便利だからな」
『ああ…それは言えてる』
「輝は持ってねぇんだろ?免許」
『一人暮らしだし、維持費もかかるから』
「ま、足が必要なら言えよ。いつでも車出してやっから」
『…それ職場の先輩方にバレたら私が殺されそうなんだけど』
「なら、バレなきゃいいんだろ?」
『そう来るか』
「さあどうぞ、お姫様」
『…その奇抜な色した瞳には、私がそんな柄に見えるのかい』
「そう眉間にシワ寄せんなって。折角の美人が台無しだろー」
『原因は誰だ原因は』

時計台から一本奥に繋がる道の途中
見えてきた漆の車体に近づいて、彼が開けた助手席のドア
後部座席に座るんじゃないのか。そしてそんな歯の浮くようなセリフを意図も簡単に言ってのける彼は、やはり手馴れているのだろう
けれどこの整った容姿も相成って違和感が仕事をしないのだ

『…お邪魔します』
「へーい。寒くねえ?暖房つけるか」
『や、私は平気』
「ロングスカートとか初めて見たわ」
『私もキャップ姿は初だわ』
「お互い毎日スーツだもんな。飽きるっつうの」
『毎日服装考える手間が省けると思えば、楽だと思う』
「あー。それは言えてる」
『んで』
「ん?」
『わざわざ車まで出して何処に用事があるの』
「そりゃあ着いてからのお楽しみってやつ?」
『…拉致られてる気分だコレ』
「ははッ 輝からすりゃあそうかもな。あとこれ、飲みたきゃ飲んでいいぞ」
『…カフェオレ』
「いつも職場じゃ砂糖入れてンだろ、お前」
『何か色々知られすぎてて逆に怖いんだけど』
「しゃーねえだろ、視界に入りやすいんだよお前は」
『どういうことだそれ』
「ま、答えはもうちょい先っつうコトで」
『…』

ドアポケットから取り出されたのは、飲みやすさで有名なもので
仄かにまだ温かいと言う事は直近で買ったものだろうか
好みまで把握されていたとは驚きだ。物凄く。
けれども何となくだが分かってきた気もする
この人は分け隔てなく"女"という生き物に対して、きちんとした配慮が出来る人物なのだろう

なんとなく、そう思う。

『…とりあえずありがとう』
「おー。春つってもまだ寒ィからな」
『世間はお花見日和だね。今日明日は特に』
「だろうな。おかげで道が混んで仕方がねェ」
『どこも似たようなものでしょう、多分』
「しゃーねえ…迂回してくか。輝ちょっとコレ被っとけ」
『わっ、』

流れ始めた景色、ハンドルを握る大きな手
ふいに被せられたのは彼が被っていたキャップ帽
ツバで遮られた視界に仕方なく持ち上げ直して見上げた先…似合うじゃんと楽しげに笑う様子に、その年相応な笑い方に
思わず意を唱えるのも忘れて苦笑した

ああ。貴方もそんなふうに笑う時があるんだね

流れ始めた景色を映しながら、仕方ないと代わりに被ったキャップ帽

どうせだからって…思ったりしたんだ

いくら考えてもやっぱり腑に落ちないから

「道が空いてりゃそこまで時間かかんねぇんだけどな」
『ねえ』
「どしたよ」
『どうせならもっと他にいなかったの』
「そりゃアレか?誘う人間の話しか」
『私、お世辞にも社交性豊かとは言い難いんだよね』
「だろーな。団体行動苦手そうだし、第一無口だよな基本」
『分かってて何で誘ったこの人』
「別に俺と居るときは普通だからだろ」
『…え』
「今だって会話成立してんじゃねえか。輝の場合は単に他の連中に興味ねえってだけで、話そうと思えば出来んだろ」
『…』

そう言うものなのか。ドア淵に頬杖ついて景色を見てたけど、その言葉に思わず運転中の彼をガン見してしまう
なるほど。他の人間に興味がないっていうのは…当たらずとも遠からずなのかもしれない。面倒ごとは極力回避だし出来れば自分のペースで仕事は進めていきたいから
誰かに足を引っ張られるのは御免だ

ああ自分に被害がなければ割とどうでもいいのか、なんて
ここ最近で新たに自覚したその事実になるほどと呟いた
でもちょっと待て。

『でもその理屈でいくと、私の中で貴方は違うみたいな話になりそうなんだけど』
「さァな。」
『その笑みすっごく腹立つんだけどなんなのこの人』
「後はアレだな」
『…?』
「似てンだよ」
『あ。それは俗に言う元カノの存在とかな』
「期待を裏切るよーで悪ィけど、残念ながら彼女をつくった事はねえよ」
『え』
「今まで一度もな」
『…』
「ぶはッ 口開いてんぞー」
『や、私じゃなくて運転してんだから前見なさいよ』
「輝の百面相見てる方が楽しいだろ」
『誰が百面相だ』

だめだ。どうも彼と話してると、いつもペースを崩されてる気がしてならない
そして何故かそんな空気を悪くないと思う自分が本当に謎過ぎて
会話の数は確かに増えた。同じプロジェクトを立ち上げる事だってあった

私が残業で残る時…さり気なくああして彼も残るようになったのは、いつからだっけ

蓄積されているのだとでも言いたいのだろうか

「昨日も言ったろ。目的が違ぇんだよ…今回は特にな」
『…対人間用の翻訳機が心底欲しいと思ったのは、生まれて初めてだよ』
「貴重な体験出来たろ」
『はぁ…』
「んなコトより、見えてきたぜ」
『なにが?』
「今日の目的地。」
『見えてきたって…!、イベントショップ…?』
「それも大型のな。万人受けしそうなモンで悪ィけど、ちょうど期間中だったんだよ」

無意識のうちだとすれば頭を抱えたくなる案件だ
吐き出したため息を追うように放たれた言葉に、彼の視線を追う
気がつけば大分地元から離れた場所まで来ていたらしい
見えてきたのは薄桃色の大きな看板
そこに書かれている文字や、描かれているものに思わず目がいってしまう

桜の花が舞い踊る季節
確かに今の時期ではない限り、こうも大きなイベントショップを展開するのは難しいだろう

『"古の神木に触れる"…これって、確か最近テレビで話題のやつじゃない』
「おー、やっぱ知ってたか」
『…嫌いじゃないからね。こういうの』
「だろうな。意外と花とか小動物とか好きだろ、輝」
『…なんでそうも言い当てるかなあなたは』
「昼飯食うときは八百鼡ちゃんと公園のベンチで桜を見上げてるって、独角のオッサンが言ってたからな」
『ああ…成程ね。独角さんと八百鼡は仲がいいからな』
「八百鼡ちゃんって隣の部署の子だろ」
『そう。何かと彼女とは話す方なんだよ。…似合わないでしょ』
「あ?」
『私の見た目や性格からして、花や小さな生き物に関心あるようには見られないから』

駐車場で止まった車
まさかこんなかたちで趣味の一つが露見するとは思って無かったんだけどな。昔からこんな性格だからか、当時の友人達からは似合わない趣味だとよく言われたりしたものだ
いつからかそんな反応にいちいち返すのも億劫になって。今ではたまに昼食を共にする独角さんと、毎日誘いに来てくれる八百鼡しか知らない
別に聞かれる機会もなかったし、職場の人間と仕事以外で深い付き合い方をするのが面倒だっただけ

八百鼡や受付の花喃みたくもう少し女らしさというものが自分あれば、周りの反応も少しは違っていたんだろうか
ちょうどよく冷えたカフェオレを流し込めば、いつの間にか眉間にえらいシワを寄せた彼が見下ろしていた
あ。その眉間の寄せ方も初めて見るな。PCと一日向かい合っている日常でも、余り見かけたことは無かったと思うのに

「別に関係ねえだろが、そんなもん」
『…』
「好きなモンは好きで堂々としてりゃイイじゃねえか」
『あなたが言うと妙に説得力あるね』
「大体、俺らの歳になってまで人の趣味に口挟んでくるバカがいんのかよ」
『さあ。聞かれた事もないから答えていないかな』
「ならいいじゃねェか。デスクに花の一つでも飾っとけ。好きなんだろ、花が」
『…ある日突然今の私がそんな事したら、大分注目の的になると思うけど』
「ほっとけそんなバカげた連中なんざ。もし万が一お前に茶々いれるよーなヤツがいたら、俺がブン殴っといてやるから安心しろ」
『や、ちょっと待て。それは下手すればクビだからね』
「心配すんな。そういう裏工作の上手いダチなら一人いっから」
『…』

なんだその"裏工作の上手いダチ"っていうのは
軽々と言ってのける彼にも驚きだが…口ぶりやその様子からして、その人物なら確実にどうにでも出来ると言外で言われたような気がした
彼を取り巻く友人関係が更に不透明なものに思えて仕方が無い
ツッコんだら負けなんだろうか、これは。

好きなものは好きでいいじゃねえかと

再度その端正な顔を歪ませながら言うものだから、なんだかな

無意識に見栄を張っていた自分が可笑しかった

「買ってやるから選べよ」
『…なにを』
「桜でも他の花でも色々あんだろ此処。そういう名目でイベントしてンだ」
『…』
「ほら行くぞ。降りろ降りろ」

好きなものは、好きなままで

隠す必要もなければ遠慮する必要もないのだと

大きな音を響かせて閉められた運転席のドア

窓から覗き込む彼が、早く来いよと手招くから

『…本当に、変な人』

自由に、何ものにも囚われずに

ありのままの自分で生きているんだと

その身に真紅を纏う彼が教えてくれたこと


見習うのは…手本にするには


今の私にとって、どんな結果を齎すんだろう

少しだけ檻が綻びたような、硬く結ばれていたままだった何かが

そっと緩んでいくような

そんな不思議な感覚が胸を満たした事実に少しだけ微笑って、

私もドアに指をかけて開け放つ

「なんだ。やっぱ笑えんじゃねーの」
『…』
「笑顔は女の一番の武器だろ。美人顔してんだ、もっと笑っとけって」
『あなたの毒牙にかかりたくはないなぁ』
「はッ。安心しろ、輝に関しちゃ同じ手で行きやしねえよ」
『やっぱり…そういうつもりで絡んできてたんだ』
「俺が車に乗せんのはオトすと決めた女だけ、ってな」
『…物好きだねあなた―――…いや、悟浄だっけ』
「そーそ。デートに誘うのも成功したし、とりあえずアレだ」
『ふふ。どれよ』
「来週から週末は空けとけよ。どうせなら車で出掛けようぜ」
『それはデートの誘いですか』
「先ずは友達以上からっつうコトでどーよ」
『…』

向かい合って佇んだまま、彼は見たことのないような笑みを口元に刻む
そんな彼と正面から向き合って…そう、私は


わたしは。


『…諦める方が早いと思うよ。お世辞にもまともな恋愛経験なんてしてこなかったから』


まだ少し、怖いから

誰か一人に向ける自分の想いの理由も、

誰か一人から向けられるその想いに応える事も


―――…だから


「はッ、上等。なんなら賭けてみるか?」
『…なにをでしょう』
「俺が諦めんのが先か、輝がオチんのが先か」
『それは…死活問題だ』
「勝った方がその後の俺らの関係を決められるっつうコトで」
『ふふふ…ああ、なるほど』


からかいでもなく遊びでもなく、ただ一つ

あなたが宿すその想いの真意を…聞かせてくれるなら

私もいつか、きっと

今のあなたと同じように笑って生きていける気がするよ


『いいね。負けた方は飲み代でも奢ろうか』
「今のうちから貯めとけよ輝」
『自信満々だね悟浄は』
「まーな。負ける気これっぽっちもねえし」
『とりあえず職場での身の安全は確保したいところ』
「あ?」
『悟浄を狙ってるお姉さま方は過激派なんだよ』
「へえ…あいつらがねぇ」
『余計な波風は立てないに越したことは無い』
「ま、その辺は上手くやってやるよ」
『うわ。その笑み、不安要素しかないんだけど』


出来ることなら…今回ばかりは

私が勝つなんてことにはならないで欲しいなと


そっと小さく、祈りを込めた















← | →
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -