嫦娥の花宴 | ナノ



私が生きていた世界の中では、きっとあり得ないと言い切れるのに

やはりこの世界には常識というものが通用しないからなのだろうか










「あっはははははは!!」
「人のこと指差して爆笑してんじゃねェよ猿ッ!!」
「だって、だって…っ、ヒィ腹痛ェ…ッ」
「いやぁ。こんなベタな展開って本当にあるんですね」
「お前な!他人事だと思いやがってッ」
「図体だけ縮んだだけで、うるせぇ事には変わりねえな」
「うっせーんだよこンのエセ坊主!」
『…、』

常識が一切通用しないのは、この世界へと観音に呼び戻された時点で悟ってはいたつもりだったんだ。けれどもどうやら、本当に"つもり"だったらしい
目の前の変えられない非現実的な出来事と変わらない彼らの反応に溜め息をつきながら、膝上で目一杯吠える彼を見下ろした

『原因が分からない以上元の姿に戻しようがないんだよね』
「そうですねぇ…結香が目を覚ました時には、既に悟浄はこの姿だったんでしょう?」
『ん。』
「勝手に変わったんならほっときゃそのうち元に戻んだろ」
「そう悠長なこと言ってていいんですか、三蔵」
「あ?」
「悟浄がこのままということは、万が一戦闘になった時は僕らが子守り役になるんですよ」
「知るか。それこそこいつに任せ解きゃいい話しだろうが」
「そりゃ結香姉ぇに任せんのもアリだけどさ、でもそうなったら結香姉ぇ動きにくくね?」
『いっそのことおんぶ紐とかで背負えばいいのかなと』
「真顔でなに言ってんのお前。つか!さっきからこの手はなんだっての」
『悟浄のほっぺた、小さい頃の悟空みたいに柔らかい』
「僕としては、悟浄のこの様子にも驚きましたが…」
『なに、八戒』
「いつにも増して無表情に徹している友香の方がとても気になるんですが」

そう怪訝そうに微かに首を傾けながら問われた言葉に、ポケットから取り出したノアールに火を灯す
恨めしそうな視線が下方から飛んできた気もするが、今の彼の姿では流石にハイライトは吸わせられない。なんたって見た目は10歳児かそこらだ
私が初めてこの世界で出逢った悟空の見た目と大差ない

吸い込んだ花の香り、吐き出したのは同じ白
さてどう答えたものかと思案していれば、ベッドに座る悟空が笑う
知っている、から
きっと私が子供好きだということを…この子は身を以て実感している

ああ。もう一本遅れてあがったのはマロボロか

「それってあれじゃね?」
「悟空?」
「結香姉ぇって子供好きじゃん。だから今の悟浄の姿がかわいく見えてんだと思う。気を抜いたらめっちゃ表情緩みそうとかさ」
「…なるほど。可愛いと思える感情については残念ながら理解できませんが、だから余計に無表情に徹しているってことですか」
『…自分で言うのもあれだけど、もともと表情に乏しいのに良く変化に気づくよね、みんな』
「自覚があんならもっと笑えっつーの」
『なんて無茶ぶり。』
「それなりのツラしてやがんのに、なんだってこんな河童がいいんだかな」
「どっかのチンピラ坊主よかマシだろうが!」
「てめぇに言われる筋合いはねえ」
「うわー。こうやって見ると三蔵が子供に因縁つけてるようにしか見えないんだけど、俺」
「あはははは。まぁ今は文字通り見た目は子供ですからねぇ、こんなんでも」
「でもさー、確かに今妖怪に襲われたらちょっとめんどーだよな。悟浄つかえないし」
「マジでなんなのお前ら」

膝上で一気に機嫌が急降下する彼に、このままでは何かと不便だよなあと思考を巡らせる
原因が突き止められれば対処法も浮かんできそうなものだが、生憎朝からこの状態だ。誰かが寝ている私たちの部屋に入って来たと言う事もない。もし仮に侵入者がいたとしたら気づかない筈がないのだから

とにかく先ずは出歩けるような服装を用意することから始めようか
これでは宿から出ることもままならない
でもなんでだろうか。
綺麗なこの真紅の髪の長さだけは、常と変わらず長いままなのだ
背が小さいだけあって着るものによっては女の子にも見えそう
…本人に言ったら確実に不機嫌になるだろうから言わないけれど。

『三蔵』
「断る。」
『残念ながらまだ何も言ってないよ』
「カードだろ」
『大分私も思考を読まれるようになったね』
「今のお前はいつになく単純なだけだ」
『このままって訳にもいかないでしょう。悟浄は私が引き受けるから、カード』
「…フン。」
「あ。三蔵が折れた」
「何処に行くんですか?」
『服だけでも買ってくるよ。じゃないと緊急時に身動きがとれないからね』
「ちょっと待て。買いに行くってお前一人でかよ」
『朝っぱらからこんな大きな町に襲撃してくるバカもいないでしょう』
「そういう問題じゃねえっての!オイ八戒っ、お前ついてけ」
「はいはい。分かってますよ」
『…過保護すぎると思うんだ』
「そこはもう諦めて下さい。それに、色々と前科がありますから」
『なんか犯罪者みたいだそれ』
「主に被害者側なので問題ありません」

仮に襲撃にあったとしても得にこれといって問題はないのに。分かっていても彼は私が一人歩きすることをあまり良く思っていない。それは今目の前で苦笑している八戒も同じことだ
そして最近では、この二人の過保護さが悟空にまで伝染しているような気がしてならない。
今までの過程を考えれば仕方ないと苦笑すべきか

「悟浄さ、その状態で武器とか出せんの?」
「あー、それは出来るんだよな。ただこんなナリだと使えるモンも使えねえよ」
「あ、ホントだ。錫月杖でた。」
「無用の長物だな」
「このジジィブン殴っていいか」
「はいはい話が一向に先に進まないので、その辺にしておいてくださいね」
『孫とおじいちゃん』
「撃ち殺されてぇのかお前は」
『最近のお年寄りは物騒だね、ほんと』
「結香姉ぇ俺肉まん食いたい!」
『じゃあついでに朝昼兼用に何か買ってこようか』
「そうしましょう。それでは3人とも、僕らは買い物に出ますけど、くれぐれも問題事は起こさないように」
「はーい!」
「…肝心な声が二つ足りないのですが」
「分かったからさっさと行け」
「オイ結香、面白がってヘンなもん買ってくんなよ」
『河童の着ぐるみとかかわいいと思うの』
「真顔でおっそろしい発言してんじゃねえっての!お前ゼッテ−楽しんでンだろこの状況ッ」
『さあどうかな』

睨みあげてくるいつもより大きな真紅の瞳
まん丸いそれはさながら宝石のようで

彼の本当の幼少期には出会えなかったけれど

知識でしか、知らないけれど。


あの人はどうしても愛せなかったんだろうか


『…いい子で待っててね。すぐに戻るから』


母親の愛情を求めていた小さな命

与えられたのは、憎悪の念

救ってくれたのは―――…血の繋がりを持たない一つの命


感謝をすべきなのは私なのかもしれない。



咥え煙草のまま膝上から下ろした小さな身体

気を付けろよの言葉に、僅かに訝しむかのように寄せられた小さな眉間の皺に

やっぱり。

私は小さく苦笑したんだ












← | →
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -