嫦娥の花宴 | ナノ



出来ることなら―――…そう

優しい世界で生きていて欲しかった








鳥の鳴く声がする
木漏れ日のようなぬくもりに、思わず閉じたままの瞼を震わせて
水底から揺蕩うように浮かび上がる意識が、ゆっくりと脳まで伸びてくる
腰元に緩く回された腕や絡んだままの足

『―――…』

ああそうか。確か昨日は宿に辿り着けたから
4人部屋一つに私たち5人と1匹
当たり前のように彼と同じベッドに引き寄せられたこの身は…
早々に抱き込まれて意識を手放したんだ

そして、ぼんやりとする頭で薄らと瞼を持ち上げた先

無意識のうちに"懐かしい"と想う色が飛び込んできた

『…、…?』

朝に弱いという訳ではなかったのに
今日に関してはなかなか意識と視覚が繋がらないから
開いた視線は綺麗な漆の髪
ちょうど私の胸元に誰かの頭が埋められていて

…焦りがなかったのは、たぶん

"懐かしい"と想う心がまだ…残っていたから

『―――…ぁ…』

意識が、視覚が、感覚が

500年の時を超えて…いま、再び繋がっていた

『…けん、れん…』


ああきっと。私はいま 夢を看ている

あの日1人で置いてきた

この世界で誰よりも深く私を愛してくれた人

愛して…受け入れてくれた人


『―――…っ』


震える指先を頬へと伸ばす
ぐっすりと寝ている彼は、普段の男らしさは隠れてしまうから。幾分幼く見えるこの寝顔が私は"大好きだった"んだよ

燃えるような真紅を宿す彼と、どことなく似ている大切だった人

終わりを目指して駆け抜けた
散ると知ってて抗った

ここは天界。私がまだ、天乙貴人として生きていた頃の世界

捲簾と私の部屋…家具の位置も天井も、2つの仕事机も

その上に乗せられている山積みの報告書も

なにもかも…覚えている

『…白銀』

長く伸びた自分の髪。彼はこれを見て綺麗だと笑ってくれた

好きになれなかったこの色も、瞳も

今ならあなたの気持ちが分かるから

私も彼に同じことを想えるようになったんだよ

天乙貴人として、六花として

あなたに出逢えたこと

愛して、愛されていたこと


忘れないよ 覚えているよ

散らせてしまった生命 後を追った私の生命

守りたいのだと 繋げたいのだと

みんなで挑んだ物語り


夢で出逢えるなんて…思ってもいなかった、から


三蔵 悟空 悟浄 八戒

金蝉 悟空 捲簾 天蓬


同じなのは…記憶を持たない悟空と

記憶を持ったまま転生を繰り返した、私

違う人だけど同じ人

それは―――…いまを生きた"私"が看た夢物語


500年の時を超えて、私は

あの日々の夢に出逢えた


愛しさの中にも大きく存在した悲しい出来事

ああどうか いまこの時だけは

優しい世界のままで終わらせて欲しい…


『…っ、』


ごめんねも ありがとうも 愛しさも

まだまだ沢山…伝えたかった

止まらない想いの雫をそのままに、そっと触れた彼の頬

夢でも感覚があるというのは 切なさも愛しさも同時に溢れ出る


これは浮気のうちに入るのかな、なんて


見慣れた真紅の彼を想っては泣き微笑う


そう…これは"私"が看る都合の良い夢幻


どちらの記憶も宿すのは…私が私だという証拠だろうか


「…ん…、」
『!?』
「……朝からすげえ別嬪さん発見」
『…、え…なん、で…?』
「んー? おはようさん、六花」
『っ』

って、そう思っていたのに
ゆうるりと開かれた見慣れたアメジストの瞳
届いた声がやけにリアルだった
柔らかく瞳を細めて添えられる、彼の大きな掌
夢にしてはハッキリと伝わる熱に一瞬気を取られれば、押し当てられた唇の熱
一瞬で覆いかぶさるように体制を変えられた事実に…寝技の得意さはここから来てるのか、なんて
滑り込んできた熱を受け入れながらぼんやりと考えた


私が願う、都合の良い"いつかの世界"

散らせることなく 泣かせることなく

誰一人欠けることなく…みんなで生きていられたら


「どーしたよ。怖い夢でも見たか?」
『…けん、れん…』
「ん?」
『今この世界だけは、せめて…あなたにとって…優しい世界なら良いな』
「…六花?」


けれど、それでは…きっと

"今"を生きる私たちの未来を繋ぐことは、出来ないから

「六花」
『…だいじょうぶ。きっと、いつか』
「どうした」
『捲簾』

滲む視界のままに両手を伸ばす。震える指先で触れた彼の頬
優しく笑いながら手を重ねてくれるあなたは…いま
幸せだと想えるような場所にいてくれるだろうか

夢だと思っていた私を見て笑ってくれる人
分かっているのに…甘えてしまいたくなる

始まるために 終わった物語

その中に置いてきた、愛おしい生命

またいつかと願って、散っていった

『伝えたかったこと…まだ、たくさんあったのに』
「…ああ、知ってる」
『…』
「出来る事なら俺だって、もっと教えてやりてぇことは沢山あったんだぜ?これでも、な」
『けん、れん』
「迷うなよ六花。お前はお前が思うような生き方をすりゃあいい…それが、俺の…俺らの、願いでもあるんだからな」
『…』

伸びてきた手がこの髪をなでる
ごめんね。もっと、ほんとうにもっと沢山…
伝えたい事、言いたかったこと
それこそ山のようにあったのに

だんだんと霞がかる意識に、溢れる透明な想いに
視界がぼやけて、うまくあなたを見つめることが出来ないの

「―――…安心しろ。何処に行ったって、俺らは変わらねぇよ。お前の傍に在る…この先も、ずっとだ」
『…いつ、か…』
「ん…?」
『いつかまた…巡り会えたら…その時は、』
「…あぁ」


ゆっくりと伸ばした手を、彼は優しく握り締めてくれる

柔らかな色を宿すアメジストの瞳が微笑っている、から




その時は。




みんながみんな、笑いあえるような


そんな幸せな未来を あたたかな世界を



夢見るよ―――…





閉じる瞼の少し先、彼が何かを囁いたような気がしたのに




悔しいな。いまの私には、聞こえなかったんだ











いつかの、どこかの、物語。











『―――…、』
「よォ。おはよーさん」
『…ご、じょ…?』
「珍しく随分とお寝坊さんだったな」
『…ん…』

見慣れた色、聞きなれた低音
見上げた先の天井は眠りにつく前のものと何一つ変わらなかった。私のすぐ隣に横たわる悟浄が、ベッドに右肘を着いて頭を支えて見下ろしている
…私の右手を握り締めながら
同じだけど違う人
違うけれど同じ人

矛盾しているようで的を得ている、そんな不確定のような感情のまま
私はずっと見上げている

「どーしたよ」
『…涙は女の非売品』
「その貴重な非売品、現在進行形で俺に売られてっけどな」
『悟浄…悟浄…』
「おう。ちゃんと此処にいんだろ?」
『…っ』

夢を看たよ。あなたと重なるようで重ならない、大切な人の夢
優しい世界のままでと願った想いは…
どうやら叶えてもらえたみたい
縋るように伸ばした両の手で、私を抱きしめてくれた熱を掴む
溢れる想いが止まらないのは…あの日々を愛しく想えていた証拠かな

『悟浄…っ』
「…」

置いて来た命、傍に居てくれる命
私にとっては…どちらも同じなんだよ
大切で愛おしい命であることに、変わりはないから

何も言わずに抱きしめてくれる腕
安心させるように頭を撫でてくれる、大きな手のひらに包まれて


優しい世界で生きていてくれたらいいと


嘗て愛してくれた人 嘗て愛したあの人に


そっと流れる想いのままに願うよ




繋がっているのだと 知っているから





「俺はいつだってお前の傍に居るだろ、結香」





落とされた優しい想いに、言葉に



広い背中に回した腕に力を込めた―――…














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