嫦娥の花宴 | ナノ



それはきっと、想像しているよりも

体験した方が早いこと。







「なァにさっきから1人で百面相してんのよ」
『いやぁ…どっちにしようかなと』
「なにを」
『腐る程ある時間を有効に使う場所』
「…お前ね、ヒマしてんならちったあ報告書作んの手伝えっての」
『あんな文字の羅列見てたら3秒で寝れる自信ある』
「天蓬と似たようなこと言ってんじゃねーよ。お前ら実は似たもの同士だろ」
『待って流石にあそこまでズボラじゃない。そもそも、その報告書を溜め込んだ人の自業自得かなあと思ったりする訳ですよ』
「そこは大いに賛同する。」
『ほらね。現に捲簾がここに居るってことは、粗方済ませて来たんでしょ』
「まーな。因みにその原因は椅子に縛りつけてやった」
『あははっ、いつかの仕返しですな。報復はなにになるのかな』
「そん時は友香も道連れだぞ。今のうちに腹ァ括っとけよ」
『ちょっと待て私関係ないぞ』
「サボったバツ」
『横暴だ!理不尽だ!』
「おーおー。なんとでも言え」

天帝城の1角にある2本の桜の樹。
夫婦樹だと呼ばれ民たちからも親しまれているこれは、確かにどの角度から見ても生え方や咲き方が瓜二つだ。この天界には不思議なことにあちこちで桜の花が咲き誇る
春は再生を司るとかなんとかで、それに見合った花を植えたのが起源…らしい

『んじゃ、私はコッチ』
「俺はコッチ」
『桜の樹でお昼寝なんて贅沢だよねぇ』
「そーか?俺なんかしょっちゅうやってるぞ」
『私より捲簾の方が絶対サボり癖酷いと思うんだ。私なんてまだ可愛い方だよ』
「お前の場合はここぞって時に毎回逃げてんだろ。その度に俺が犠牲になってんじゃねえか」
『危機的察知能力の賜物ってヤツ?』
「俺にも寄越せ!その能力!」

少しだけ離れた枝の上で疲れきったように吠える姿を一瞥しながら、私も見つけたちょうどいい場所に身体を預ける。あれだよ、遠征時のように対象者を妖獣だと思えばイイんだ。そうすれば視線の動きや言葉の端々で感知することは簡単なんだから
駄々を捏ねる天蓬は割とめんどくさいんだぞ。知ってると思うけど。
その度に報告書の作成を何日も不眠不休でやらされた挙げ句、竜王閣下に提出すればもれなく怠慢だの自覚が足りないだのと数時間の御説教がセットでついてくる。

『捲簾の学習能力が足りないんじゃない?』
「よし分かった今度から友香を椅子に縛りつけて俺が脱走する」
『こんなか弱い女を縛り付けるなんて良心が痛くないのか!』
「単身躍り出て妖獣ブッた斬る女のどこかか弱いのか10文字以内で簡潔に述べよ」
『なんか凄い失礼な事言われた』
「はいアウトー」
『なんでこんな捲簾が女官たちの間で人気高いのか人生最大の謎』
「安心しろ。お前も大概失礼な女だから」
『それはきっと捲簾と天蓬に毒されたんだ』
「あー、まあな。それは否定しねえけど」
『昔はもうちょい可愛げのある性格だったんだよ』
「俺や天蓬にも敬語だったしなー」
『そう言えばそうでしたね。入隊した当初はそれなりに気を遣ったつもでしたし?ね、捲簾さん』
「…」
『わあおびっくり。捲簾でもそんな変顔出来たんだね』
「今さら友香に敬語使われるくらいなら、単独遠征こなした方がマシだわ」
『いやいやそれ死ぬからね?問答無用で即死フラグ立つからね?』
「フラグ上等。そんなモンへし折ってやるよ」
『頼むから会話成立させて』
「じゃあもしお前に死亡フラグ立ったら?」
『全力で叩き潰す』
「ははッ、似たようなモンじゃねえか」
『あれえー、おかしいな』

見えまくった未来を甘んじて受け入れるほど私は大人でもない。だけど何もかも放り出せるほど子どもでもないから、たまにこうして抜け出しているだけ。息苦しくも愛おしさが詰まるこの世界で、日々自分の中に在る矛盾を抱えて思いっきり息を吸い込むんだ

捨てたいけれど捨てられない。
嫌いだけど大好きなこんな世界。

『昼寝終ったらなにしようかな』
「お。それなら俺と訓練でもやるか?」
『あー、いいね、それ』
「たまには真面目にやらねえと体も鈍っちまうからな」
『次の日筋肉痛にならない程度にお願いしまーす』

それはきっと、たぶん、きっと。

彼らの存在があるからなんだろう

…言ったら絶対に調子に乗るから言わないけどね

「平和だよなァ」
『それはもう飽き飽きするくらいには』
「せめて下界みたく四季がありゃまだ趣きもあるってのに」
『でも、その分月は下界に比べたら綺麗に大きく見えるじゃん』
「まーな。確かにソコだけは美点だけどよ」
『けど?』
「天蓬の気持ちも分からなくはねえなと」
『ああ…』
「変わらないものが常のココと違って、下界は変わってくモンが常だろ」
『人、季節、物や時代もそうなるね』
「時代が変われば人も変わる。けど、ここじゃそれが全くねえ」
『だからジジ共の脳みそは腐敗しまくってるんだね』
「ついでに言うとその部下たちもな」
『生きてて楽しいのかあの連中は』
「そういう奴らほど暇の潰し方が上手いんだろ」
『そんなくだらない暇つぶしに私たちが使われてるってことですねー』
「そーいうこった」
『やばい腹立って来たぞ。』
「今更だろ。だからこそ天蓬が月に一度大暴れすんじゃねえか」
『あー、なんだっけ?軍の定例会だかなんだか』

私たちの隊を束ねる竜王よりも遥かに位の高い連中に日々の鍛錬の報告や任務の報告など、要するにくだらない世間話が主であろう名ばかりの会議が月に一度やってくるのだ
その会には元帥以上の地位が無ければ参加することは出来ないから、いつも竜王と天蓬が西方軍第一小隊の代表として参加し続けている
聞けばその会議、実に内容の薄いものらしく
これみよがしに権力を振りかざす連中が吐き出すその言葉の裏に、隠す気もない嫌味やら悪口雑言の数々が飛び交うらしい
…そりゃあストレス溜まるわなあ
私だったらその場でブッた切りそうだ
けれど…意外にも見た目に似合わず直情型の天蓬がソレをしないというか出来ないということは、まあそういうことなんだろう

無駄に年だけ重ねた老いぼれを相手に牙を剥いたところで、この世界の根底はそう容易く覆せるものでもないのだと
もし仮にその根底をぶち壊すことになるとすれば、それはそれでやる側も己の命を懸けなければつり合いが取れなくなるしね

『…どうせかけるなら、もっと価値のあるものがいいもんねえ』
「あ?何の話よ」
『命の賭けどころは間違っちゃいけないって話』
「ははッ、そりゃそうだな」
『あーあ…なんかこう、明るい話題はないかな』
「因みに友香の言う明るい話題ってどんなんだよ」
『例えば天帝が病死するとかー、捲簾や天蓬の地位が格段に跳ね上がるとか』
「前者はともかく。俺らの地位が上がったところで、お前が得すんのか?」
『ほら、二人が縦横無尽に権力振りかざせるようになれば、私も今より動きやすくなるんじゃないかと』
「くくく。今でも友香は充分自由気ままに動いてんじゃねえか。遠征行くたびに天蓬がハラハラしながら見てんぜ」
『昔っから規則的な動きは性に合わないんだよ』
「同感」



それでも、いつか。

その価値に見合うだけの何かを…私も見つけることが出来たなら


その時は―――…


呑気に欠伸を噛み殺す彼の傍で、最期の瞬間まで抗ってみるとしよう



















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