嫦娥の花宴 | ナノ



それが出来たのなら、初めからこうもめんどくさい性格にはならなかった



と、自分でも思うのは確かだった。









「お前も大概バカだよなァ」
『バカっていうヤツがバカなんだよ知ってた?』
「こーんな素直で純粋な男つかまえて何言ってんだよ」
『むしろあんたが何言ってんの』

血吹雪舞散った下界遠征。例にも漏れず今回もだ。
お前の脳みそは腐ってんのかと、思わず胸ぐら掴みあげたくなるような内容に司令鳴り響くスピーカー目掛け岩石を投げ飛ばしてやったのは
因みに捲簾と天蓬からは拍手喝采
仲間はフリーズ

捲簾も天蓬も何で大人しく従えんの。偉過ぎる。今回の妖獣なんか直視すんの躊躇ったからな私。最早どんな進化過程を経たらああなんのか分からないモノばっかだったわ。
それを証拠に、無傷で帰還した者はいない
天界一の武闘派を誇るこの西方軍第一小隊がだぞ
日和決め込むジジィ共を一度でいいからあの場に引きずって行きたい。多分それは私の一生のお願いだ。フツフツと沸き上がる収まらない怒りに思いっきり眉根を寄せながら、目の前で額にガーゼ貼っつけたままの彼を見上げる

手当してくれんのはいいんだけど自分のケガはどーしたんだこいつ。

「悪ぃ、痛むか?」
『こんなもんケガのうちにも入んないよ』
「どこがだアホぅ。妖獣に噛みつかれといて良く生きてられたよな」
『内蔵飛び散るかと思った』
「そんなスプラッタは求めちゃいねェ。友香ならもっと上手く躱せただろ」
『いつもならね』
「あ?」
『あの少し前に鯉昇庇って足首捻挫した』
「…」
『おかげで出血大サービス。まァた貧血だよどうしてくれる』
「俺は目の前が真っ暗になった」
『ちゃんと両目玉潰したんだから結果オーライ的なアレ?』
「バカ言え!あと数cmズレてたら即死だったんだぞお前」
『悪運強いんだねえ私』
「笑ってねえで足首出せ!足首!」
『はーい』

負傷者は全員。中でも重傷だったのが私と捲簾と天蓬の3人
あちこちの骨がイッた捲簾は婦長の制止を完全スルーして何故か救急箱片手に此処に居る
不思議だ。なんでバレた。せっかくこっそり病棟から抜け出したってのに。
あれか、血痕でも残してきたのか
因みに此処は天界でも立ち入り禁止区域に指定されている祠近くの桜林
その祠には古くから穢が充満してるとかなんとかで誰も近寄らないスポットととして認知されてきた
穢だって?そんなモンはこんな綺麗な桜の近くじゃなくて厳重に守り固められた奥地にふんぞり返るヒヒ共の存在を言うんだよっていい加減誰か気付け

「ったく…仲間庇うのも立派だけどな、お前が死にかけてたら意味ねーだろ」
『私の命は死神でもとれないよ』
「そんな顔面ゾンビな血みどろで言われても説得力ねえよ」
『誰が顔面ゾンビだちくしょう』
「…なんでお前といい天蓬といい…考えること同じなんだかな」
『…それは捲簾と同じだからじゃないの』
「…」

一本のドデカイ桜の樹。止血をしただけの身体を引きずって根本に倒れ込んだのがたぶん1時間くらい前のこと
誰にでもあるでしょう。人間、なら。
自分の情けなさや不甲斐なさに苛立ち通り越して泣きたくなる時なんてのは

隊を率いる者として、命を預かる者として

力量不足を突き付けられたらコッチはたまったもんじゃあない。死者が出なかった事が不幸中の幸いだと喜ぶべきなのだろうか

『独りになりたい時なんてのは。私たちも一応は人間なんだって証拠かと』
「一応じゃなくても人間だっての。あんな下界の連中といっしょくたにされたかねーよ」
『知ってる?私たちの裏の通り名』
「いつからそんな悪の秘密組織みたくなってんの」
『原因は主に私らだけどね』
「あんまし聞きたくねーけど、仕方ねぇから聞いてやる」
『死神の末裔』
「あー、だから死神か」
『そーそー。祖先にタマとられて堪るかっての』
「死神ってのはカマが武器なんじゃねえの?」
『全員もれなく喪服着てるからじゃない?』
「喪服じゃねーよ隊服だ」
『ついでに言えば毎度ながら血みどろで帰還する私らのせいかと』
「そんだけ死力尽くして殺ってるっつう証拠だろ」
『そーいえばこないだ天蓬と組んだ時は人間サイズの妖獣の首引っさげたまま帰還してたな』
「どこぞの武将かアイツは」
『主にこの辺が原因』
「…それ俺らあんま関係なくね?」
『むしろ被害者だよね』
「お前いっぺん天蓬のコレクション燃やしてこいよ」
『エンジェルスマイルで瞬殺される』
「安心しろ骨は拾ってやる」
『裏切り者!』
「俺は自分が可愛いんだよ」
『180超えの男が言っても気持ち悪いだけだよ』
「ほォ。なんかいったか?」
『いたたたたたたたバカバカバカキツく絞めすぎ骨折れる!』
「捻挫で済んで良かったなー」
『全身の骨が砕ければいいのに』

どこだ、どの骨折ったんだこの色男め。しっかりと固定された右足首に仕方ないからお礼を言って、同じようにぐるぐる巻にされた上半身を見下ろせば。
わあおびっくり真っ赤っか。おかしいな、止血はして貰ったのに
病棟から全力疾走でここまで来たのがいけなかったのかな。まあ後は酒でもぶっかけとけば消毒くらいにはなるか

それにしても姿を現すなり無言で人の身包み剥いだことに関してはスルーですか。一応これでも女なんだぞ
ああそうか。女の裸なんてこの男からすれば見慣れた風景の1部なんだろう
それはそれでかなり腹が立つ気がしなくも無い

起きあがんのも億劫だから脱力仕切ったままの身体で満開に咲き誇る桜を見上げる。私は下から見上げんのが好きなんだよ。得した気分になるから
木の根がゴツゴツして骨が痛いけど
本当に骨折してんのかと聞きたくなる程さっきから涼し気な顔のまま足元に座るその背中をガン見してれば、視線に気付いた捲簾が一瞥する

『捲簾は骨折だっけ』
「そー。鎖骨と肋骨なんざ無くても生けてけるっての」
『天蓬は』
「主に内蔵系」
『どこ行ってんの?』
「さァな。此処じゃねえとすりゃ、大方下界にでも現実逃避しに行ってんじゃね?」
『天蓬も大概バカだと思う』
「そのセリフそっくりそのまま返してやるよ」
『じゃあ私も華麗なバットさばきで打ち返すね』
「…誰によ」
『捲簾に』
「…」

ああ情けない。そんな途方に暮れた子供みたいな。
けれどどうせ私も似たようなカオなんだろうと分かってたから下手に口に出すのはやめておいた。今になって風が傷口に染みて痛み出す
今になって…通過してきた死の恐怖に身震いした、なんて

『けどまぁ確かに。私らってバカなのかも』
「…だろーな。特に友香は」
『苦手なんだよ。"こういうの"は』
「ああ」
『それなのになんで見つけるかなあ』
「そりゃあアレだ」
『どれでしょう』
「俺らが腐れ縁の延長線だからだろ」
『それを言うなら天蓬だって』
「生憎俺には男色の気はねえよ」
『…なるほど』
「お前はもっと女の特権振りかざせ。むしろソレをブン回せ」
『今回の討伐任務より難易度高いこと言わないでよ』
「友香に足りないのは素直さと女らしさだな」
『残念ながら後者は生まれてすぐゴミ箱に投げ捨てたわ』
「拾ってこーい」
『今頃はもう腐ってまーす』
「なんでも腐りかけが美味いっていうだろ」
『壊滅的にお腹弱い人の発言とは思えないね』
「ヘンなもんさえ食わなきゃ平気だっつうの」
『天蓬の開発料理とか』
「アレは食いモンへの冒涜だろ」
『こないだ山に食材調達しに行ってたよ』
「友香、お前な、見てたんなら止めろよ」
『可愛いのは我が身』
「コノヤロウ」

怖いなんて思う資格は私たちにはない
泣く権利なんてモノも私たちにはない

変わり者だと知りつつ慕ってくれる少ない命を無駄にしないタメに
無様な死に方だけはさせない為に
息を殺して思考を繋げて腹の底から声を出す
私たちが出来ることはその日を死ぬ気で生き延びることだけだ

自分の保身なんかこれっぽっちも頭に無い私たち
けれどもこうして、時々
どうしようもなく負けたくなる時がある
立つことを諦めて"平穏"に沈みたくなるときが、ある

怖いとかしんどいとか泣きたいとか。
行きたくないとか…生きたくない、とか。

そういったごちゃごちゃした感情の嵐が頭の中をひたすら掻き回す時がある。情けない。死なんてものは常に隣り合わせだ
いつでも簡単に踏み越えられる位置にソレは在るから
張り詰めた息苦しいその場所で精一杯息を吸い込むんだ

「…疲れたんならそのまま寝ちまえ」
『今落ちたら丸1日は起きない自信ある』
「そっちの方が好都合。捕まえる手間が省けるからな」
『捲簾は…』
「ん?」
『捲簾は、どうして泣かずにやっていけるの』
「…」
『死神なんかより不甲斐なさと情けなさにタマとられそうなんだけど』
「そこは全力で抗え」
『抗うためにコレが必要なわけ?』
「そーかもな」
『じゃあ捲簾は、天蓬は』

震える指先も勝手に目尻から流れるそれも、彼は必要なものなのだと言う。
女の特権振りかざせと無理難題を突きつける、から
じゃあ男はどーすんだと疑問が湧くのも道理でしょう
そんな私に彼は笑う。いつものようなあの笑顔で
歳なんて対して変わらないし積んできた経験だって似たようなモノなのに


それでも、それでも。


「友香が3人分泣いてくれりゃあ問題ねえよ」
『…ずるいよね、ほんと』
「なんとでも言えー」
『私ばっかり甘やかされてる』
「言っただろ、女の特権ブン回せってな」
『腐りかけはお腹に悪いんだよ』
「食い方を間違えなけりゃ案外イケるかもしんねえぞ」
『…』
「いーから…黙って寝とけ。俺の寿命をコレ以上縮めたくなけりゃな」
『…今度魚の煮付け作ってあげるね』
「おー。楽しみにしといてやるよ」





大きな手のひらが目元を覆う

ずるいよね、男の人って

甘やかすだけ甘やかして、それで終わりなんだから





いつも、いつも。


彼らの存在だけが私のカラを破るんだ











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