嫦娥の花宴 | ナノ




IFの世界なんて、それこそ考えるだけ時間の無駄というものだ。
頭では理解していても人間は自分にとって都合の悪い状況に陥ったとき、無意識に考えてしまうのだろう


『まさに今がそんな感じ』
「なんか言ったか?」
『いーやなんでも』
「余所見してっと死ぬぞー」
『お供物は酒とタバコで。』
「だァれが死なせるか」

目の前を見慣れた色が飛び散った
野山を爆走していた昼下がり、たまにはと見つけた川で沐浴していた数十分前。
三蔵達がいる場所からそれなりに距離のある川辺付近
滝壺もあって洗練された空気はソーダ水のように爽やかだったのに。残念ながら今では噎せ返るような鉄の味

『おちおち沐浴も出来やしない』
「結香の柔肌覗こうなんざ、この俺の前でよくやろーと思ったよな」
『見てもそんな価値ないんだけどね』
「結香の価値は俺だけ分かってりゃイイんだよ」
『相も変わらず物好きなようで』
「愛されてる証拠だろ」

悟浄の鎖が奏でる断末魔と、銀花が奏でる断末魔。どっちが多いかなとか場違いな事を考えながら奮えば、この腕を伝って肉を裂き骨を断つ音が鈍く響いた
敵の数はどんなに軽く見積もっても50は固いだろう
近くに悟浄が待機しててくれて良かった
彼は私が沐浴する時は必ず傍に居てくれるから
いつものように三蔵一行を狙った団体様と、この山に住み着いてたであろう妖怪共

『沐浴しなけりゃ見つからなかったかな』
「それこそ今さらな気ィすっけどな」
『もしもあの時沐浴しなかったらー』
「出た。もしもシリーズ第8弾」
『人間都合の悪い時こそ考えるんだよ』
「へえ。結香には縁のない話しだと思ってたぜ」
『?』

澄んだ空気も、水も、草も、花も、樹も。
どこを見てもこの目に映るのはすっかり見慣れた血の色で
生きている証だと嘗ての自分は彼にそう言った
だから私は好きなのだと。
けれど目の前に広がるソレが、同じモノだとは思いたくない
地形の起伏が激しいこの土地では地の利を得る奴等の方が有利たろう
…まぁその殆どが既に物言わぬ屍と化しているんだけど。
おかげで服も髪も真っ赤っかだ。血を吸いすぎて重たいし髪なんて血で固まってしまった
いつ以来だろう。こんなに返り血を浴びる程の団体サマと出くわしたのは
悟空が見たら軽く発狂しそうだ。

「お前にとって都合の悪い状況だとしても、もしもあの時って悲観するタチでもねえし?」
『ああ、それは言えてる』
「むしろ選んだ結果をバカ正直に正面から呑み込むだろ」
『悟浄や皆の事となれば時と場合によるよ』
「頼むからソコに自分の場合もいれろ」
『考えとく』
「オイ。」

幸い私も彼も怪我らしい怪我はしていない
まぁ要するに、有象無象な集団なだけなので心配する必要もないのだが
繰り出される攻撃をやり過ごし、蹴り飛ばす音や殴る音
切り裂かれた刹那に消える断末魔がつくる地獄絵図
メガネにまで飛ぶ血吹雪に視界なんて最悪だ
…三蔵たちも襲われてるのかな。
心配するだけ無駄だろうけど、なんとなく気になってしまうもので

耳を澄ませて音を拾えば…ああ良かった
喧しいのはこの辺りだけだ

「俺らモテ期なんじゃね?」
『人生で3回はあるって言うよね』
「なんじゃそりゃ」
『なんでも、3て数字が1番脳の記憶に残り易いんだとか』
「へえ。貴重な一回をココで使ってんのか俺ら」
『無駄だよね。』
「同感」
『悟浄がいるから別にもういいんだけどな』
「トーゼン」
『面倒だから神化しようか』
「こーんなザコ共の魅せるカチなんざねーよ」

放った毒針、舞い飛んだ白銀の刃
大地に沈んだソレを数えるなんてそんな不毛なことはしない
背後からの一撃を飛び上がる事で回避をすれば、着地したのは太い枝の上
眼下には地獄絵図、その渦中を舞う同じイロを持つ悟浄

『綺麗、だよなぁ』

取り出したノアールに火を灯して吐き出した白
気付いた悟浄が一瞬視線を寄越した後に苦笑する
ごめんね。そろそろ吸いたくなったの
きっと彼も同じだろう
新たに仕込んだ毒針数本。
彼を取り囲む奴等目掛けて薙ぎ払うように打ち込めば、殺気と視線の殆どが私に向いた。さあおいで。今度は私が引き受けてあげる

『流れてるモノは同じハズなんだけどね』

ああそうか。嘗てあの人が言っていた、同じものでも違うモノ
生き様が違うのだと言っていたように
彼と比べること自体がそもそも御門違いというものだ
神、人、妖怪
等しく流れるソレに価値をつけるなら

『―――…想いと意思、そして生き様かな』

枝から枝を飛び移って着地した傾斜
煩わしい音が反響する森の中で、いつまでも続く現状を維持するつもりなんかこれっぽっちもない
殺すつもりで来るなら自分が殺される覚悟を持て、なんて
坊主らしからぬ発言を思い出しては小さく苦笑したんだ
アレでよく坊主が務まるよななんて
本人に言ったら確実に鉛玉か射殺すような視線が飛んで来そうだ

「引き付け役ご苦労サン」
『羨ましげな視線を察知したものですから』
「やァーっぱコレが無きゃやってらんねえっしょ」
『八戒が見たら呆れそうだけどね』
「ハハッ、言えてる」
『そろそろ戻りたいし服が重いしベトベトして気持ち悪い』
「せっかく水浴びしたのにな」
『もう1回入り直さなきゃだよ』
「んじゃ、次は混浴ってコトで」
『うわあ』

ズラリと並ぶ有象無象
堕ちる気も沈むつもりもない、から
鈍く光る鋒を一瞥して交えた視線
きっと遅いですねぇなんて言いながら呑気に待ってるだろう光の元へ帰るため、私たちは同時に大地を蹴り飛ばした









もしも、なんて。

考えてるヒマがあったら

今を生き抜く事の方が重要なんだと

彼らを見ているといつだって痛感させられる














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