嫦娥の花宴 | ナノ



なんでお前まで、って

呆れたように笑った父の言葉が…耳に焼き付いて離れないんだ。






「あ。こんなトコに居た」
『…マジで発信機でもつけられてる気分』
「バカと煙は高い場所が好きって良く言うじゃん」
『突き落とすよこんの糸目が』
「じゃあその時は友香も道連れだね」

ボーっと、港に浮かぶ船が哭く。
そこに面した物静かなテトラポットの上
遺品の一つとして遺された父のコート
上層部が動くハズもないってこと
私も、恐らく父自身も最初から分かり切っていたことだった
何せその上層部どもが圧をかけてくるくらいだ
たかが警官1人や2人が抗った所で覆すことは不可能
それならば。あとは個人的に動くしかないから

WAに関わるいくつもの奇妙な犯罪
その過程にいきつく先で見つけた、稔の存在
無言でひょいと佇んだこの男が過去に片足突っ込んでいた、組との問題
点と点で結んだ線が導いた、一つの過程。
それを彼らに伝える前に奪われたのは…唯一の肉親だった

『稔は』
「コンビニで肉まんとあんまん買ってる」
『別行動なんかとっていいの、この状況で』
「大丈夫。稔に発信機つけてあるから」
『…』
「友香にはつけてないよ」
『問題はソコじゃない』
「それよりいいの?警察辞めて」
『…コッチの方がなにかと動きやすいんだよ』
「とめられなかったんだ。周りの人間に」
『バカ言わないで。普通に辞職表叩きつけたら、多分その場で殺されるっての。手帳もバッチも仕事用の携帯も、問答無用でデスクの上に置いてきたわ』
「あーぁ。じゃあ探してるかもよ、今頃」
『それこそ血眼になってでもね』
「見つかったら殺されるんじゃないの、それ」
『私と父がWAに片足どころか両足突っ込んでるから、上からしたら目障りでしょ』
「追っては増やさないで欲しいんだけどなぁ」
『安心しなさい。これからは別行動だから』
「…。」
『昔も言ったけど無言はヤメロって』
「初耳なんだけどそれ」
『だって今言ったもん』

あの日の、あの時の直前。
父から送られてきたのは一通のメールだった
仕事用で使う物にではなく、個人的に私が使っている携帯に届いたその内容は
…恐らく父がこの二人に伝えたかった内容の一部なんだろう
深追いはするなと、幾度なく忠告してきた父の言葉をガン無視してくっついて回った様々な事件
アレは…私に対するヤツらからの見せしめなのだとすれば

上等だ。受けて立ってやる。
この私に喧嘩を売って、ただで済むと思うなよ

『…ちょっと誠人。』
「んー?」
『あんた何してんの』
「俺の右手首と友香の左手首を手錠で繋いでる」
『やけに嫌な音がしたと思えば。つか、どっから出したこんなモノ』
「念のために鵠さんから貰っといた」
『しっかもコレ昔使ってた鋼鉄じゃん。今時警察だってアルミ合成金だってのに』
「そっちだと壊されそうだから」
『聞きたくないケド鍵はどうしたの』
「さっき海の中に捨てた」
『マジでなんなのこの男』

なんてことないような素振りで平然と言ってのけるこの男を、例え殴ったとしても正当防衛なハズだ。ああもう。頭痛い。やる事や発想がいつもいつも突拍子無さすぎる
想像の遥か斜め上過ぎて笑えもしないじゃないか

「…いま一番単独行動しちゃダメなの、誰か分かってるの」
『あんたらよりも場数も実力も、私の方が上だよ』
「うん。でも友香って女だよね」
『…』
「あ、男だったっけ?」
『ソレを理由にするならいくら誠人でも怒るよ』
「事実なんだから仕方ないでしょ」
『うざい』
「なんとでも。勝手にいなくなられる方がウザいから」
『…』
「ココまできたら、もう、沈むまで3人一緒」
『…物好き』
「それはお互いサマ」
『引き返すんなら今が瀬戸際なんだって』
「んー?」
「父の部下だった新米クンに、昔言われた」
「そっか。」
『だから、引き返すつもりもないしそんなミチも要らないって言ってやった』
「うん。友香らしいよね」
『私は私自身の意思で最期まで進むだけ』
「俺も時任も同じだよ」
『死ぬのは別に怖くない』
「あー、分かる」
『でも…置いていかれるのは、少しだけ怖いと思った』
「…」

警察なんて毎日彼の世と同居してるようなものだと
昔、私がまだ新米だった頃に父が言っていた
踏み越えるその一線は、大概のヤツが簡単に飛び越えてしまうのだと
じゃあ私たちも同じだねと返したら、

お前は"その瞬間"を自分で選べ

そう…言ってくれたのに。


あの人は赤の他人にその瞬間を決められてしまったから。


まだまだ聞きたいことも、話したいことも、沢山あったんだよ。


不器用な愛し方だったけど、胸を張って言えることがある


あなたの娘でよかったと




伝えられるのは、まだ、大分先の事になるんだろうけどね。





そっか。って





遥か先に続く水平線を見つめながら、誠人が小さくそう呟いた。



ジャラリ、と



重たい音が鳴るこの手のひらを握りしめながら―――…

















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