嫦娥の花宴 | ナノ



沈まない夜を、待っている。

浮かび上がる術を、探しているから。


どうしてって。ある時ふと言われたその言葉に


ああ私はなんて返したんだっけ










「女の子がこんな傷残しちゃダメでしょ」
『子って呼べるほどもう若くない気がするけど』
「自覚があるなら少しは控えてくれないかなぁ」
『無理難題だね、ソレ』

表だけ色鮮やかに象られた繁華街。
道行く人間はどいつもこいつも人当りの良さそうな笑みを刻んでは、
ふらりと"踏み越えて"きた者を突き落とす

何処へ、此方へ、彼方へと。


「時任がまた泣くじゃん」
『バレなきゃイイんでしょ』
「時間の問題だと思うけど。俺たち、一緒に暮らしてるし」
『誠人が黙ってれば問題ないよ』


呆れたようなため息が、薄暗い此処に落とされた。
表だけ色鮮やかに象られた繁華街…の、数本奥へと引っ込んだ路地の裏側
そう…ちょうど、稔を見つけた場所に似ている
そんな薄暗さと陰鬱とした殺伐全開な場所の、ゴミ箱の上
半ば無理やりに座らされた私の右腕を捲った誠人が、笑えるくらい真っ白な包帯を巻いていく

横浜タンカーの事件から、早い事でもう数週間。
完全に目をつけられた私たちが繰り広げる逃亡劇も、いったいいつまで…
そして何処まで続くのか


「…ん。弾は貫通してる。けど発熱は免れないだろうね」
『経験から来る言葉だね』
「俺もあの時鵠さんにそう言われたしねー」
『もうあれから大分経つけど、傷跡残ってるよね誠人』
「うん。だから出来れば友香には同じ目に遭って欲しくなかったんだけど」
『女ってのはイロイロと使い勝手がイイんだよ』
「…」
『無言で殺気立たないでくれる。バレるでしょうが』
「…まだ、いるんだ」
『…』
「友香を探してる連中」
『コレでも貴重な情報源らしいよ…あの男からすればね』
「…」
『だから無言はヤメロっての』


吐き出した白、昇るそれは二つ。
凍てついた瞳が一向に融けないのは、今いったように私がヤツらに襲われたからで。今の時代便利になったものだ。
こんな真昼間に発砲したとしても、その鋭い音が響かないというんだから
すれ違いざまに殺すなんてコトも容易いじゃないか
冗談じゃない。誰が死んで堪るか。

この…猛獣のような男を遺して沈んだりなんかしたら、おちおち地獄で酒も飲めやしない。


「特徴は」
『丸刈りに黒いサングラスと派手なスーツ。あ、こないだ見た映画に出てきたような超能力は使えないみたいだったなぁ』
「…俺、ホント友香のそーゆーとこ嫌い」
『私は好きだよ?見た目に反して短気っぽいのも、今にも人一人射殺せそうなその眼もね』
「…」
『心配しなくてもちゃんと"お返し"してきたから。いい加減その眼やめなさい』
「友香って時々上から目線だよね」
『そりゃああなた達と6つも離れてればね。どいつもこいつも、やんちゃ盛りでお姉ちゃん困っちゃう』
「時任にバラすよ」
『…』
「そうなたらきっと、時任のことだから探し出すまで止まらないだろうし?あの子、友香にすごく懐いてるし」
『…年々性格歪んできてるよね、誠人って』
「そりゃドーモ」


お互い様でしょなんて言われれば、乾いた笑みしか浮かばない。
痺れが残る右腕も、日常を思えば軽いものだ
生きるか死ぬか…殺すか殺されるかの日々を送る自分たちにとっては
瞳を閉じて吸い込んだソレは僅かに血臭も運んでくる
ジクジクと痛むそれをガン無視して、徐々にその放つ空気の冷え込み方に内心でため息一つ

別に油断していたワケでもなかったんだ。
煙草がきれたからコンビニに行ってくると、そう部屋でゲーム三昧の稔に告げたのが2時間前。誠人は爆睡していたから起こさなかった。
肌を重ねた翌朝は眠りが深くなるから
私以外には適応されないらしいケド。手癖の悪さも、こういう関係を結ぶようになってからはナリを潜めて出てこない

だからこそ寝てるなら無理に起こす必要もないだろうと判断して、鍵だけ引っ掴んで出てきた冬空の下
左右隣に慣れたぬくもりがないだけで、世界はこうも簡単にモノクロへと変わるのかと
咥え煙草のまま密かに関心したりなんかして。
存外、自分も単純思考になったものだと呆れもする


「特徴」
『しつこい。』
「へえ…また俺だけ仲間ハズレにするつもり?」
『稔にも教えないよ。それに、今の誠人に教えたら確実にヤるでしょう』
「そりゃあね。人のモノに手を出しといて、無傷はないでしょ」
『蛍ちゃんに私が怒られるから却下』


異変に気付いたのはコンビニの帰りミチ。
人通りが疎らになりだす、薄暗い場所へと続く細い路地
視線を飛ばせば映り込んだモノクロの世界で、ミラーに見えた人物は2人
…真田のやつ、とうとうコッチにまで浸食してきたか。ああうざったい。
このまま帰路に着けば誠人や稔にも危害は及ぶ
まあ過去に盗聴器仕込まれたぐらいだからね。
居場所なんてバレてんだけど

それでも。不必要な音は持ち込みたくないんだよ。
あの寝床は…これでもお気に入りなんだから

そんなこんなで路地の曲がり角を曲がった刹那、追いかけてきたガタイのいい男二人組。あんた実はレスラーでしょと言いたくなる程屈強なソイツらに、一応念のためにと「なんの用」と返せばびっくり。
目の前に突き出された銃口二つに、太ももに隠したホルダーに眠る二つの愛銃が唸りを上げた
あ、殺してはないよ。蛍ちゃんに怒られるから。
互いに至近距離じゃ狙いも外さないだろうと思われがちだが、銃口を突き付けられたときはとりあえず相手の手首を蹴り上げたらいいと思うんだ
そのスキにもう一方の銃口目がけ撃ち込めば、あとは勝手に銃が木っ端微塵に暴発してくれる

とりあえず退避の文字を叩き出した脳に従って塀を飛び越えた際に、銃弾がこの右腕を貫通していたという話だ。うん、なんか説明長すぎたかな。
その飛び降りた先に偶然にも誠人がいたのは、幸か不幸かは分からないけどね


「どうせ友香のことだから、殺してないんでしょ」
『なんでもかんでも殺す前提で話し進めないでよね。私だって場所と場合くらい選ぶわ』
「うん。だから選んで欲しかったんだけど」
『…』
「まぁ別にいいか。俺が葛西さんに怒られれば済む話だし」


生ぬるい風が吹き抜ける。閉じた瞳を開いて見上げた先。
夜の海のような冷たい色を宿すクセに…その奥で熾烈に煌めく感情は、いつだったか猛禽類みたいだと誰かが言っていた
動かない表情、変わらない想いの強さ

こんな時でも嬉しさが込み上げてくる時点で、不謹慎極まりない私

怒ってくれる、それだけで。


「…あのね、人のカオに吐きかけないでくれる?煙たいんだけど」
『鎮静化してあげようかと』
「…」
『ハイハイ帰りますよ誠人クン。そろそろ帰らないと、稔が心配する』
「……」
『今夜好きにしてイイから、とにかくその極悪人面しまいなさいっての』
「友香ってバカだよね」
『あら意外。今さら気づいたの』
「前から知ってたけど。なんか改めて実感した」
『大人だと言いなさい大人だと』
「こんな大人にはなりたくないなぁ」
『それで結構。誠人は好きに生きればイイよ』
「…言っとくけどその過程には友香も道連れだから」
『うっわ。なにそれ、ちょーめんどくさそう』
「めんどくさいのはお互い様」
『知ってて手放せないバカさ加減もお互い様だねぇ』
「…」
『ダイジョーブだよ。あんたみたいな手のかかる獰猛犬、稔一人じゃ手に余るだろうし?来るその時までは、浮かんでてあげるから』


沈む底で眠るまで。まだ時間もやらなきゃいけないことも残ってる

愛した男が水底で眠るそのカオを、看届けるためにも。



「…ゼッタイ今夜寝かさないから」
『お手柔らかにお願いします』
「冗談でしょ。レベル5は軽くイクよ」
『…やっぱさっきの訂正』
「一度言った言葉は消しゴムじゃ消せないんだって、誰の言葉だっけ」
『うわーお。すげえ腹立つ』
「自業自得。素直に教えてくれればよかったのに」
『不必要な血で穢れる必要はないってコト』
「それを決めるのは俺であって友香じゃないんだけど?」
『私からの愛ってことで』
「じゃあ俺の愛も受け取って貰わなきゃ。たっぷりと。」
『薬にオモチャとかマニアック過ぎるんだよ誠人は』
「毎回善がってる人がよく言うよ」
『うるさい黙ろうかそこの変態』
「そんなヘンタイを好きになったのはだぁーれだ」
『もう今夜は稔と寝ようそうしよう』
「公開プレイがお好みならご自由に」


私の世界を彩る原色がこの男の存在ならば、

細部まで彩ってくれる補色的な存在は稔だ。


二人が揃った世界で初めて私は、呼吸ができる






ああなんて。

曖昧で虚ろな現実世界。















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