嫦娥の花宴 | ナノ




性格破綻、短気、俺様、ガラの悪さ。

そしてタレ目なくせに鋭い眼光

どれをとってもどう足掻いてもボウズになんざ見えねェ唯我独尊野郎が、

唯一1人…

手も足も出ない程に逆らえねェ存在がいる


それは―――…




『こォら玄奘!いつまで寝てんのよっ、出発は昼前とか言ったのどこの誰よ!』
「…っ、朝っぱらからキンキン騒ぐんじゃねぇよ…頭に響く…」
『自業自得でしょうが!悟浄なんかと飲み比べて勝敗ついた試しないんだからっ』
「うるせぇ…あのゴキブリ…いつか絶対ェコロス」
『お酒弱いもの同士とか話にならんわ!ほらっ、みんなあんたが起きるの待ってんだから、いい加減観念しなさいっ』
「っ……寒ィ」
『そりゃあ真冬だからね、いま』

唯一血を分けた姉弟なのだという、彼女の存在だ。

法名はなく、寺院にいた頃もよく三蔵の手伝いやら悟空の子守りやらを進んでやってたっけか

霊力と戦闘能力がケタ違いな女である。


「…」
『なあに、なんか言いたげな顔ね』
「…確かお前も浴びる程飲んでなかったか」
『今日はそれほど長い距離を走る訳でもないからって、八戒が譲ってくれたんだよ』
「…起きたのはいつ頃だ」
『太陽が昇る頃?』
「……寝たのは」
『月が沈む頃だったかなぁ』
「思いっきり寝てねえじゃねェか」
『あんたと悟浄は早々にリタイアするし?八戒と悟空は寝ちゃうし。お蔭で一人ゆうるりと月見酒が楽しめたよ』


ついでに言うと、笑えないくらい酒豪である。
呆れ全開といった風に上体を起こした三蔵の双眸が、これまた同じ色で目の前で笑う姉を見上げる
ほっとくと酒とタバコしか口にしない女だ。昔からな。
それでもいつだって目が覚めた時にはこうして目の前で笑ってるってんだから、呆れ意外どんな反応をすればいいのか

『ん、よしよし』
「あ?」
『今日は寝起き、そこまで悪くなさそうね。いつもいつも悟空や悟浄の断末魔が聞こえるから、一体どんな面白いことになるのかと期待してたのに』
「…」
『寝起きの悪さは変わらないよねぇ…江流?』
「アイツらの前で絶対ぇその名で呼ぶんじゃねえぞ」
『あらいいじゃない。同じ名前である事には変わりないんだから』
「なんとなく癪だ」
『我儘だねぇホント』
「流花って呼んでやろうか」
『私はその名前も気に入ってるから別にイイけど?あ、でも昔みたくお姉ちゃんって呼んでくれても嬉しいなぁ』
「誰が呼ぶか。」
『昔はあんなに可愛かったのにねぇ…お姉ちゃんは悲しいよ』
「言ってろ」

わざとらしく吐き出されたため息を背後に身支度を整える。
お師匠様に救われた、この二つの命。
歳が離れているだけあって、川から流れてきた時は彼女が俺を抱きかかえるように必死にその広大な流れに抗っていたんだと

ずっと昔…あの人はそう言って笑っていた。

とても弟想いの優しい姉なのだ、と

「…」

思い返してみれば、俺の記憶の始まりの日からずっと彼女の存在はデカいように思える

周りの大人たちから疎まれることの方が多かった幼少期

くだらねェ嫌がらせや暴力なんかしょっちゅうだった

それは、恐らく姉である友香も同じだったハズだ。


…いや、違うか。


女である彼女の方が…恐らく、俺の知り得ない沢山の出来事にブチ当たってきたんだろう


『ちゃんと顔も歯も洗ったね?さっさと支度して出るよ。じゃないと悟空がそろそろ餓死しそう』
「フン。その辺の砂でも食わせとけばいいだろうが」
『あ、そーいうこと言っちゃう?じゃあ今度玄奘がお腹すいたら砂の盛り合わせ出すからね』
「…。」
『砂漠でとれた砂と湿気たっぷりの砂とー、後は…どんな砂がいい?』
「…とっとと出るぞ」
『ねえねえどんな砂がよい?』
「そんなモン誰が食うか。猿にメシ食わせりゃいいんだろ」
『素直じゃないんだから』
「お前は相変わらずあの猿に甘過ぎんだよ」
『えー?玄奘も十分甘やかしてきたと思うけど』
「…」
『なんたって私はお姉ちゃんだからね!』


それでも、ずっと。

俺の前では笑みを絶やすことなんか無くて。

どんなに腹がたっても惨めな思いに苛まれても…

こいつはいつだって大丈夫だと笑っていた

泣きじゃくる俺の手を握りしめながら。


埋まらない歳の差、それ故に庇護下に甘んじていたガキの頃

その華奢な身体に刻まれた消えない傷の中には…きっと。

俺を守ったせいで出来たモノの方が多い


「…そうかもしれねぇな」
『!』
「なんだそのツラは」
『いや…だってこういう話題であんたが素直に認めるの、珍しいから』
「いつまでもガキのままだと思うなよ」


男だから、と

意地張ってつっぱねて認めたくなかったその事実も

守られていた事に気づいていたのに素直になれなかった苦い記憶も

振り返ることが少しづつでも出来るようになった今なら―――…


「…知らなかったワケでもねえんだ」
『…』
「お前は女で、俺は男だからな」
『……その言い方は、ずるいなぁ』
「フン。事実だろうが」
『あはは…そうだね。うん、私も女だったよ』
「自覚があんならいい加減てめぇの身体ぐれえ労われ」
『お?心配してくれてんの?寝てないから?大丈夫だって、そんなにヤワじゃないんだから』
「その顔色の悪さと腹を庇う歩き方をやめたらその言葉、信用してやるよ」
『…玄奘って意外と私のこと見てるよね』
「痛みを誤魔化して酒浴びるぐれえならとっとと薬でも飲んで大人しく寝ろ」
『いやあ。お酒が一番効く気がするんだよ』
「どこの飲んだくれだ」
『あはははは』


言葉に出来なかった思いも、労わりの言葉も、感謝の言葉も

伝えようと…伝えたいと

そう…思えてしまうから。


「なんの為にこの俺がわざわざアイツに付き合ったと思ってんだ」
『!…それは…おや。バレてたか』
「じゃなきゃくだらねぇ飲み方するワケねえだろ」
『いやあ、例にもれずいつもの意地の張り合いだとばかり思ってたよ』
「バカにし過ぎだろ」
『お姉ちゃんびっくり』
「いつかみてえに目の前でブッ倒られても迷惑なんだよ」
『そこは素直に心配だからって言おうよ』
「そこまで甘くねえ」
『そっかー、でも意外だなぁ。ゼッタイ誰にも気づかれてないと思ったんだケド』
「顔に出さなさすぎるのも考えモンだな。お前の場合」
『なにしろ紅一点ですからね、これでも』
「ああそうだな。そんなお前と唯一深い繋がりがあんのが俺なんだよ。いいからちったぁ寝てろ」
『!、う、わっ』


細く小さなその腕を強引に引き寄せてベッドに転がす。
顔色が悪いのもどこか痛みに耐えるようなあの仕草も
ガキの頃から見てきた俺には意識しなくても見えてしまうから

女だから仕方ないんだよ、と。

初めて弱る姿を見つけたとき、彼女は今と同じようなカオをしていたから


うつ伏せのままダイブしたその小さな背中目がけて布団を投げつける

ガキの頃、この背中がやけに大きく感じていた自分を思い出しながら


『扱いが乱暴すぎじゃないのかね。そんなんじゃ女の子にモテないよ』
「俺には一生縁のない話だな」
『えー、私江ちゃんの子供みたいんだけどなぁ』
「俺のことよりてめぇが産めばいいだろ。いきおくれにでもなったら笑えん。つか、その呼び方ヤメロ」
『可愛いからいいじゃん。それに、私こそ縁ないからねそういうの』
「せっかく女に生まれたんだ。その煩わしそうな痛みと引き換えに出来んだからいいだろ」
『…今日はいつになく喋るね』
「どこぞのバカ女が素直に労わらねえからな」
『お姉ちゃんにむかってバカ女とはなにごとじゃーい』


うっすらと浮かぶクマと、いつもより青白いその表情も

そんなに辛いなら大人しくしておけばいいのにとも思う。

けれどもヘンなところで意地を張るのは…俺とこいつが姉弟だという証拠だろうか


「…今日はもう出ねえ。あいつらにもそう伝えとく」
『え。』
「たまには"される側"になったところで、誰も文句なんざ言わねぇよ」
『…不必要な心配は出来ればかけたくないんだけどなぁ』
「ソレを決めんのはお前じゃねえって事だ」
『どーしよう。玄奘がいつになく優しい。明日は雪かな』
「鉛玉くらいたくなけりゃさっさと寝ろ」
『あ、どうせ死ぬなら最期は玄奘に殺されたい』
「いきなり話しブッ飛ばしてんじゃねえよ」
『鉛玉で思い出したんだよ。私がこの旅についてくって決めた理由』
「…」
『お。興味あるんだ』
「…どうせロクでもねえ理由だろ」
『あたりあたりー』



あのね、私これでも玄奘のことが一番大事なんだよ

…飽きるほど聞いたなそのセリフ

うん。だからね、何処でどうなるかも分からない旅路を見送るくらいなら、自分の最期は自分で決めたいじゃん?



そう思ったら、じゃあ私の最期はあなたに看届けて貰おうと思った訳。

傍迷惑な話だ。どうせ殺したところで死なねえクセに

私だって一応人間だよ。事故や病気で死ぬくらいなら、玄奘に殺される方がよっぽど本望



『―――…だからね、ついてきたの。そうすればあなたの最期まで傍にいられるような気がするから』
「…フン。俺より長く生き延びる選択肢はねえのかよ」
『年功序列は守らなきゃじゃない?けど安心して。"誰かのため"に死んだりはしないから』
「…」
『遺された者の痛みを知っている分、自分のために"ソレ"を選ぶよ』
「俺に殺させといてか」
『そこはほら、お姉ちゃん最期の我儘ってことで。よろしく』
「…めんどくせェ女だよ」
『諦めなよ。そんな女の弟に生まれた時点でさ』
「言っとくが簡単に死なせてやるつもりはねえからな。お前は俺の最期の瞬間まで道連れにしてやる」
『うわあ…それなかなかにハイレベルじゃない?』
「どうだかな」


いつか迎える最後の日。

俺やあいつらがどんなザマになっていようと、一つだけ

決めたことがる。

それはあの日…この旅を貫くと決めた切っ掛け


「…守られてばっかなのは性に合わねえんだよ」
『!…ふふ…そっか』
「もういいだろ。眠いならとっとと寝ろ。いつまでも世話焼かせんな」
『大げさに言わないでよね…ちょっと眠くなっただけって、ちゃんと言っといてよ…?』
「分かった分かった」
『…ぜったい、だからね―――…』


実力も、恐らくその技量も。

俺より遥かに秀でたものを持っていたとしても、だ

この広い桃源郷という箱庭のなか、唯一遺された繋がりが彼女なのだと言うのなら


「…お前と同じ想いを抱いてたって、バチは当たらねえだろ。…バカ姉貴」


守りたいと、失いたくないのだと。

素直に全身全霊で表すことは出来なくても


ほんの、少しずつなら


俺にもかえすことが出来るだろうか。






「…フン。間抜けヅラ」





投げ出された小さな掌、緩く曲げられた細い指先を

そっと絡め捕っては…そう小さく、呟いた。










← | →
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -