嫦娥の花宴 | ナノ



立場と実力が伴うのであれば、それは

活かさない手はないと思うんだ。










「脚だ!!脚を狙って動きを止めろっ!」
「イエッサーッ!!」

下界での討伐任務。
捕獲レベルで言えば恐らく過去最高難度であろう今回のものは、既に町や村に甚大な被害を齎した妖獣集団で
身体中を硬い鱗に覆われた皮膚は、銃弾だろうが斬撃だろうが容易く跳ね返してくる
ああもう。めんどくさい。


「六花っ、大丈夫か!?」
『陸下がって。踏み潰されるよ』
「たった今踏み潰されかけたのはどこのどいつだよ!」
『助けてくれてありがとう』
「相変わらず呑気だなお前は!」

妖獣集団の数、凡そ数10頭。
3mから10m以上のモノまでうじゃうじゃと、それはもう本当にうざったくなるほどに。無殺生が鉄則の天界じゃ、殺さずに捕獲するのもここまでくれば至難の技だ
日和決め込む上層部の連中を1度この場に引き摺って来たい気分。

西方軍第一小隊、その数は私たちを含めると17人
人数的にはこっちが有利でも人間と妖獣とじゃまず比べたって意味なんか無い

『あの鱗ほんと邪魔』
「硬すぎて銃弾すら跳ね返ってくるってんだ…驚きで言葉も出ねェよ!」
『あと残りいくつ』
「デケェのが4頭ってトコじゃね?各自班に別れて応戦してる」
『そう』

4班に分けての分散戦。
結界やデータ収集、そして武器の補充等は永繕率いる3人に任せ、残りは全員全力であの妖獣共を叩き潰す。
けれども1体倒すのには時間も体力も精神力だって削られるのに
時間が長引けば長引くほどこっちがフリになるのは明白だ
さて。どうしたものか。

1度陸央と別れてからとりあえず戦況を見渡せそうな岩場まで駆け登る
捲簾は先陣切って妖獣と闘っている
そのすぐ近くでは同じように捲簾に続く袁世と熊哲と鯉昇の3人

あの4人はほっとくといつも無茶苦茶なやり方するんだよね。人には散々怪我するなとかなんとか言っておきながら。

『図体だけデカイだけならまだしも…動きも素早いとかほんと厄介』

銀花を握りしめる手に籠る力と眉間に寄った皺。
天蓬に見られたら取れなくなりますよって笑われそうだ
班ごとに分けられればその人数はせいぜい多くて4人程。
たった4人でこの妖獣を倒すのはハッキリ言って難しいだろう
指揮をとる天蓬も勿論分かってはいるが、じゃあほかにいい手段があるのかと言うとそうでもないので恐らく苦肉の策として打ち出しているに過ぎない

岩場から岩場を転々と飛び移りながら、まずは怪我人が居ないかどうかと全員の動きをチェックする
剣術に長けている如聴が手こずると言うのもなかなか無い状況だろう。
あ、鯉昇が吹っ飛ばされた
軽すぎるんだよ、彼は。本当に男かと疑いたくなる程に

鋭い牙や爪、そして長く太い尻尾が繰りなす攻撃は1度でも喰らえば一瞬であの世いき確定だろう。
麻酔で眠らせるにしろ結界内に誘き寄せるにしろ、ある程度ダメージを与えなければ成功しないのに

『…あ、そうか』

風が隊服と伸びたこの銀髪を靡かせる。
私がいるのは妖獣よりも遥かに高い岩場の真上
確かポケットに天蓬から手渡された麻酔が2本残ってた気がする
ついでだからと口に咥えたそれに火を灯せば、微かに広がった花の香りと吐き出された白

妖獣に群がる黒い点は確かにアリのようだ。
天上の蟻。いいじゃないか。私たちらしい

『チャンスは1度。失敗したらあの世逝き決定だね…捲簾と天蓬に怒鳴られそうだ』

銀花に一つ、麻酔針を仕込んだ。
そしてもう一つは左手に
眼下にはちょうどよく捲簾達が応戦する妖獣が1体
あの動物並に体力のある3人と捲簾が相手なだけあって、それなりに向こうも体力共に消耗しているだろう。試すには持ってこいだ

『んじゃ、行くか』

咥えタバコのままに、私はその岩場のてっぺんから軽々と重力に従って身を投げた。










さっきっから気になってどうも集中出来てねぇな、なんて。

視界に映らないその姿を無意識に探しては目の前のバケモノに銃弾をブッ放つ

袁世も鯉昇も陸央も、各自俺と同じ武器なだけあってやりやすいっちゃあやりやすいんだけどな。
それでも、硬い鱗で覆われた皮膚には通用しちゃくれねェみてえだ

ったく、全身鱗とかどんなつくりしてやがんだよ。普通どっかしら弱点はあるモンだろこういうデカブツってのは

「!、バッカこのチビ助!!近付き過ぎんなっつっただろうが!」
「うるせェよこのバカ猿!お前に指図される筋合いはねェ」
「なんだとコラァ!」
「馬鹿やってねーで避けろってのお前ら!尻尾に叩き潰されるぞっ」
「全員一旦下がれッ!とにかく動きを封じねえコトには無理だ。全員目玉狙え!」
「「「イエッサー!」」」

残りは4体。散ったやつらを視界の隅で確認しながらも辺りに視線を飛ばせば、そこには天蓬たちが刀と銃をうまく使って一体を鎮めたところで。
誰も怪我人がでなきゃイイんだけどな
じゃねえとあいつは躊躇うことなくあの力を使おうとするから。
移し身…天乙貴人が受け継ぐ治癒の力
それは相手の傷をそっくりそのまま自分の体に移しかえることが出来るもので

気が遠くなるほど遥か昔、暗闇に閉じ込められていた六花が負わされていた一つの業

…考えただけでも腹立ってきたな。

思いっきり寄せた眉間の皺を場違いな苛立ちと共に何発か銃口を唸らせれば、その一発が大きくギョロつく目玉に直撃した
耳障りな鳴き声を轟かせながら、ソイツは手あたり次第といったふうに尻尾や鋭い爪で襲い掛かってくる

「いまだ!腹でも足でも集中して狙い撃てッ!!」

飛んでくるのは大小さまざまな岩石の砕かれたカケラ。吹き荒れる砂塵と共に襲い来るそれを、眼前に腕を翳しながらなんとか耐え抜く
麻酔だっていつまでも使い続けてりゃソコが尽きんだ
出鱈目に打ち続けても仕方がない
要は殺さなきゃイイんだろ。死ぬ一歩手前くらいまでなら追い込んでもイイってことだろ。

半ば投げやりに叩き出した答えに右手で銃を構えた―――…刹那


「お、おい…まさかアレ六花じゃねっ!?」
「!!」
「えっ…ええっ!?本当だ!六花だっ」
「あのバカ女…!なにしてやがるっ」
「アイツ…落ちて来るぞ!!」


響いた声に見上げた先

そこには隊服の裾と目立つ銀髪を最大に靡かせた六花が、銀花片手に一直線に落下してきていた

他の連中も気が付いたのか、四方から彼女の名を叫ぶ声が木霊する

おいおいおい…ちょっと待て

お前今まで何処にいやがったとかその左手に持ってんのは麻酔だろとか

矢継ぎ早に浮かんでは消えていく、数々の言葉。


片目を潰された妖獣が、咆哮を上げながら落下する六花を捉える

「マズイ…!空中戦では身動きとれませんよっ」
「六花!!避けてください!!」

天蓬の叫び声が響き渡った。



『全員ソイツから離れて!!』
「六花っ、何してやがんだ!!」


鋭く飛んできたその言葉に、ふざけんなお前はどうなると舌打ち一つ

大きく開かれた口には鋭利な牙が並んでいる

あんなモノに噛みつかれでもしたら、いくら六花だろうと即死ものだ

そんなこと等気にも止めていないかのように、彼女はあろうことかその口内を目がけて落下したのだ

『流石に内側にまで鱗はないでしょう』
「「六花ッ!!」」

ばくん、と。
彼女がその大きな口内へとその身を投げ入れた刹那、容赦なくとじられたそこに冗談抜きで心臓が止まった

全員が全員、その一瞬の出来事に身動き一つ出来ずに消えた彼女の姿を…妖獣の口元をガン見する

その間…恐らく数秒程度。


それでも


「!、全員離れて!妖獣が倒れますっ」


誰かのその叫びに各自が大きく飛び退くように後退する中、弾かれたように飛び出した俺と天蓬

肚に響くような重たい音を轟かせながら倒れ込んだ巨体

そして…その大きな口から流れ出たのは


震えるほど鮮やかな、アカ


「―――…っ、六花!!」


ふざけんな。置いてくつもりか、この俺を遺して

最期まで一緒にと願ったあの時の願いはどうなる

柔らかく目元だけで微笑んだ六花の表情が、

浮かんでは消えていく―――…








『〜〜〜っ、やっぱり…内側からの攻撃なら効くんだね』
「!、六花!?」

もぞりと不自然に動きこじ開けられたその口の中から全身を使って抜け出てきたのは、隊服や白い肌を深紅に染め上げた六花の姿で
べっとりと血で汚れた銀色が不気味なほどにぬらついていた
ガツンッと邪魔だったのだろう牙を蹴飛ばせば簡単にそれは折れて何処かへと飛んでいく
その隙間に足をかけて脱出を成功させた彼女は、あまりの出来事に呆然と立ち尽くす僕にその漆を向けては言葉を放った

『天蓬、次からは麻酔針じゃなくて砲弾並の大きさの麻酔弾作ろう。口の中に打ち込めばたぶん一発で効くよ』
「そんなことよりも血だらけじゃないですか!!すぐに救護班を…っ」
『私のじゃない。』
「!、え…?」
『永繕、今回のデータ記録に付け足しといて。麻酔針の使用では捕獲は困難だって』
「…、ええ…わかり、ました…」
「六花ッ!!」
『コレは私のじゃない。ケガはしてないよ』
「見せなさいっ」
『コイツの口の中に飛び込んだ時、歯茎ごと牙を切り落としたの。だからこうして出てこれた』
「…」
『銀花に仕込んだ一本の麻酔針と、左手に持った二本目の麻酔針。さっきあの岩から見てたけど、一本だけじゃ効力薄かったでしょう』
「だから…二本とも、身体の内側から…?」
『ん。口しかほかにないでしょう、簡単な侵入口は』
「…、」
『ほらね。私はケガしてないよ』

煙草はダメになったけど。
そうことも無さげに呟かれたその言葉に、思わず体中の力が抜けてその場に座り込む
本当に…貴女という人は
いったいどれだけ僕らの寿命を縮めれば満足してくれるんですか
あの鋭利な牙の中にその身を投げ入れた刹那、全身が一瞬で凍り付いた
分かってるんですよ。それでも。
一向に解決策が見つからない今回の討伐任務
数が多いだけあって一体一体に十分な配置が出来ずに打ち出した分散戦

時間が長引けば長引くほど、こちらのリスクは大きくなるということも。

優しい彼女のことです。恐らくこれ以上の消耗戦では確実に怪我人や、最悪死者が出るということも予測できたのでしょう
だからこそ、確実に対処できる策を彼女なりに実行したのだ

分かっている。

彼女の行動の根本には、いつだって仲間の安否が絡んでいるということも


おそらく、彼だって。



『あと残り2体。幽杏、麻酔針はあとどのくらい残ってるの』
「………あと、20本」
『そう。じゃあ10本ずつに分けて。それを口の中に撃ち込む』
「まてまてまてまてまてッ!!!」
『袁世うるさい。あと、私に近づくと臭いうつるよ。血腥いから』
「そんなこと聞いてんじゃねえっつうの!!お前っ、同じやりかたで他の2体やるつもりかよ!」
『逆に聞くけど他に方法あるの』
「うがああああどこまでも冷静かつ動じないその根性が憎たらしィ!!一歩間違えりゃお前死んでたんだぞ!?」
『間違えなければこうして生きてるでしょう』
「そりゃあ結果論だっつうの!!」
「オイそこのバカ女、コッチ向け」
『…別に血なんか拭わなくてもいいのに。どうせまた穢れるんだから』
「顔中血みどろでいられるコッチの身にもなりやがれ。ついでのお前はそのままアッチ行け」
『……いま行ったら確実に捕まるから断る』
「うるせェお前の意見なんざ聞いてねーんだよ」
『ちょっと鯉昇』
「オイそこで頭抱えて蹲ってるバカ猿。ちょっと手ェ貸せ」
「言い方が非常に腹立つが今回ばかりはお前に賛成だっ」
『ちょっと』

ひったくる勢いで袁世に没収された銀花。血がつくのも厭わずに引っ掴まれた両手首
連れてこられたのは言うまでもなく、絶句したまま一言も発さずに瞠目する捲簾の前で
いつもいつも仲が悪いクセにどうしてこんな時だけ意気投合するの
物凄く不思議。

「大将、コイツ預けます。残りは元帥と俺らでどうにかするんで」
『バカじゃないのあんだけ手こずってたのに人数減らしてどうするの』
「お前戦闘の時だけヤケに饒舌だよな」
『それ、鯉昇には言われたくないよ』
「いーからお前は大将のトコにいろ!そんでもってたっぷり絞られろっ!ついでに出動禁止命令でも食らいやがれっ」
『私が抜けたら死亡率しかあがらない』
「正論過ぎてなんも言えねェよ!!めっちゃ腹立つお前!!」
『銀花返して』
「断る!!じゃあなっ」
『ちょっと。』

ズンズンと音でもなりそうな勢いで離れていく背中と、ため息と共に離れていく背中。
鯉昇が座り込んだままの天蓬に何か伝えている
それにひとしきり頷いた彼が、固まったまま微動だにしない彼らに飛ばしたいくつかの指示
それに従ってぎこちなくも動き出した黒い背中が遠ざかる

怪我人が出てないんだから、これくらいの危険は目をつぶって欲しいところなんだけどな。

なんでか銀花まで没収されてしまえば、流石の私も何も出来ないのに


いつも、いつも。


危険を顧みず先陣切って妖獣の群れに単身で突っ込んでいくのは、捲簾。

被害を出来る限り最小限に抑えようと進んで囮を買って出るのは、天蓬。


じゃあ、私だって。


この身に宿したこの力は、ある程度のケガを忽ち治してくれるから。


それを利用しない手はないのだと

そう思っただけなのに


仲間を想う気持ちは、二人と何も変わらないから。


でも


「―――…っ」
『…きっと何かが、違うんだろうね』

捲簾の銃が、鈍い音をたてながら地へと落ちた。
見上げた先…泣きそうなほどに歪んだ端正な表情が、
崩れてしまいそうだったから。
ああやっぱり私は"彼ら"と同じ位置には立てないんだと
頭のどこかで理解してしまったんだ

「…っ…マジで心臓止まったぞ…ッ」
『大丈夫。ちゃんと動いてるよ』
「1歩間違えりゃ死んでたっ」
『ん。だから、速度と時間計算して飛び降りた』
「なんであんなマネしやがった!!」

キツく、きつく。
息も出来ないほど強く、抱きしめられた腕の中
捲簾まで汚れるよ…と
喉元まで出かかった言葉を呑み込んで

震えていた、から。
そっと腕を回して抱きしめ返した
置いていかないよ…あなたを遺してなんて。
死ぬつもりだってないよ
遺された者の痛みを、味合わせないためにも。

『…同じじゃないんだね』
「…」
『捲簾も天蓬も、いつも危険なんか顧みずに挑むでしょう』
「そりゃ俺らが大将だの元帥だの、立場があるからだろうが…ッ」
『私だって隊長を任されてる以上、仲間が危険に晒されてるのを見過ごせない』
「―――…っ」
『ケガをしても私は治るから』
「そんなん自己犠牲だっ」
『2人だって私から言わせたら同じ』

守りたい人、守らなきゃいけない人。

傷付けたくない、人


この想いの根底は同じだと思うから


ただ…少しだけ。


己に出来る事が、その方法が


違うだけなのだろう。



『…捲簾にも、天蓬にも。きっと2人にしか出来ないやり方がある』
「…っ」
『それと同じように、私にもそのやり方があるだけ』
「要らねえよ…あんなやり方なんざ…ッ」


視線は合わない。
震える声も腕も、大丈夫、抱きしめて

私だっていつも思う
どうしてあなた達ばかりが、って
それでも止められないのは…守らなければいけないものが、分かるから

だから多分。2人も同じ。

怒るくせに、苦しそうな顔をするくせに


任務に出るなとは…言わないから。



『…あと残り2体』
「…六花は待機組だ」
『袁世に銀花を没収されたから、何も出来ないよ』
「今度アイツらに飯奢るわ。」
『私としては大変不本意』
「俺らの寿命縮めたバツだろ」
『それを言うなら私も毎回2人に寿命削られてる』
「…」
『無鉄砲なのも大胆なのも突拍子もないのも、ぜんぶきっと…私たちらしさだよ』


緩く叩いた大きな背中。
合わせた視線はやっぱりまだ揺れていたけど、それでも
任務に出るなとは、言わない
そこにある意味も想いも…お互い、嫌って程知っているから


「…六花、お前暫く単独行動禁止な」
『そのくらいなら、我慢する』
「俺の傍から半径3m以上離れんなよ」
『それかなり無理難題だよね』
「うるせっ」


耳を劈くような咆哮が轟く空間の中、視線を飛ばせばなんとか結界内に封じ込む事が出来たであろう彼らの背中
天蓬の鋭い指示が飛ぶ


袁世、銀花返してくれないかな。
ぼんやりとそんなことを考えながら、散らばる"蟻"を見つめる


譲らないよと、いつの日か言った私のように

譲らない彼らの瞳の強さに、そっと苦笑したんだ―――…
















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