嫦娥の花宴 | ナノ



特別な理由なんて、きっとお互いなかったんだ

ただ強いていうなら

私も、彼女も


自分の内にある"何か"を満たしたかっただけ






『しっつれいしまーす。お迎えに上がりましたー』
『…こういう時ばかり時間に正確だよね、黎明って』
『失礼な。ちゃんと出陣する時だって寝坊しかける天蓬引きずってくのに早起きしてるぞ』
『出陣で遅刻とか笑えないから』
『天蓬はいつでもその可能性を秘めてるんだわ』

ガチャリとノックもなしに開かれた執務室の扉
ドア枠に片身を預け『おはよ』と片手をあげる黎明に同じように言葉を返す。この執務室を無断で開けるなんて黎明とあの二人くらいだろう
幸いにも敖潤はいない。軍の経理費について纏めあげていた書類を彼のデスクへと置いて、仕方なしに自分のデスクに立てた"外出中"の札

今日はいつの間にか月一恒例行事と化した天蓬の部屋を片付ける日で。
元帥と言う立場にもなれば与えられる部屋の広さもそれなりだと言うのに。
どうしてああも月一ペースで酷い有様になるのか、実は未だに理解出来ない
当初は黎明が文句を言いつつも片付けを担っていたらしいが、途中異動してきた捲簾を巻き込み、極稀にあの金蝉童子と幼子を巻き込み、最終的には私まで巻き込まれるといった流れに落ち着いていたんだ

『悪いね。毎度ながら』
『もういいよ、慣れたから。でも一つ貸しね』
『見返りはなんでしょう』
『敖欽が暇を持て余し始めた』
『…、うわあ』
『早いところ新しい補佐官を採用して欲しい』
『臨時で兼任してんだっけ、いま』
『主に事務処理だから良いんだけど。あの人、仕事は出来るから』
『輝と二人でとか、作業効率格段に上がりそう』
『そう言う意味では楽でいいんだけどね』
『でもさ、暇潰しに他軍の者を呼び付ける竜王ってのもある意味凄い』
『自由過ぎるんだよ。彼は特に』
『不本意にもここ数ヶ月で痛感してるー』
『それはなにより』

扉を閉めて並んで歩く長い廊下
黎明が持つ分厚い紙の束に視線を落とせば『無断持ち出しリスト』とこれまた深いため息と共に肩を竦める。話を聞けばどうやら書庫から持ち出した書物の管理表らしい。そう言えば捲簾と二人でチェックしてるって言ってたっけ
カチリとなった音の一拍あと、馴染みのある香りと共に白煙が立ち昇る

『リスト化してくれたんだ』
『まあね。うちの元帥のせいで輝が催促受けたみたいだし?』
『肝心の本人が区別できてないのはびっくりだよ』
『たぶん初めから覚えてないんじゃないかなあ』
『それもどうなの』
『たぶん気にしたら負け。でも今日は捲簾が台車を借りてくるっつってたから、問答無用で返却したいところ』
『督促状とか大量に届いてそうだよね』
『まあそれがあの部屋から発掘されるかは微妙なとこだけど』
『言えてる』

扉を開ける時は左から、なんて。
どんなルールだと思わず突っ込みたくなるような掟を、彼女含め隊員達は厳守してるらしく。例に漏れず両扉の左側のみに手をかけた黎明が、『雪崩被害に要注意』とこれまた場違いなほど真剣な顔で振り向くから。『了解』と一言だけ返すに留めて嘆息した

『うおーーい、輝連れてきたよ…って、なあに2人してサボってんのよ』
「お、噂をすれば。御本人様方のご登場、ってか」
『はい?』
『……どうしたら1ヶ月でこうも足の踏み場のない状況に変えられるの』
「いやあ。読み出したら止まらなくてですねぇ。あ、お菓子食べます?』
『…はあ』
「雪崩被害に合わずに済んだだけマシだろ」
『そりゃそうだけど…なんだって部屋の中央だけスペースあって、四方八方に書物が積み上げられてんのさ』
「とりあえず台車を置くスペースは確保しねぇと、積むに積めねぇからな」
『まあド正論』
『天蓬、お菓子はいいから片付けるよ』
『それがとても懐かしい物を見つけまして』
『『?』』

運良く雪崩もなしに開かれた扉の先。大の男が揃いも揃って床にしゃがみこんでは珍しくも熱心に手元を覗き込んでいた。何事かと黎明と顔を見合わせれば「お前らもコッチ来てみ」と手招く捲簾に促され、障害物のような書物に吐き出したため息は長い。これをどう進めと言うのかあの男は
…積み上げられている量が軽く私の膝上まであるんだけど。借り物が混ざってる以上踏む訳にもいかず、文字通り掻き分けて進んだ先
そこには私や黎明の入隊当時の写真が貼り付けられていた

『うっっっっっわ』
『……よくこんなもの取っておいたね』
「懐かしいでしょう?」
「俺からすりゃ初見だけどな」
「それはそうですよ。なんせ二人はあなたが異動してくる前から所属していましたから」
『アルバムだなんて柄にもないことを…うわあー、コレって実技試験の時じゃん』
「ええ。二人が揃って最高評価を叩き出したあの日のものです」
『そう言えば、実技試験なんてあったっけ』
「一応は」
「輝、お前これ完全に表情筋死んでんじゃね?」
『やたら美人さんがいるなあとは思ったけど、確かにあの表情筋の仕事放棄っぷりは凄かった』
『今と大して変わらないと思うけど』
「そんなことないですよ。輝は補佐官の立場に就いてから、随分と表情が柔らかくなりました」
『…そうなんだ』
『竜王殿のおかげかな』
『どうだろうね。黎明は当時とあまり変わってない気がする』
『あー、そうかも?』

確か当時は天蓬が採用判断も実技試験官も兼ねいていた気がする。記憶が曖昧だから詳細は覚えていないけど。剣技、銃技、気功術と種目は三つ
子供の頃から体を動かすことに関しては得意だったから、実技試験も落ちる気はしなかったんだよね
私は剣や刀、銃よりも気功術の方が性に合ってたんだけど

「実技試験ってのはアレだろ?今もやってる総員との総当たり戦」
『そーそ。最後は天蓬とサシでさ。自分の得意なスタイルで受けられんの』
「黎明は当初から一刀一扇型の銀花を使ってましたよね。初めて目にしました」
「言われてみりゃあそうだよな。何処で手に入れたよ、そんな特殊武器」
『父親が武器屋営んでたからねー。真似して私好みに造ったんだよ』
『へえ。初めて聞いた』
『うん。初めて言ったわ。閉じれば刀代わりにもなるし、広げりゃ鉄扇。扇には仕込み針も装備できるから気に入ってる』
「使い慣れりゃ便利だよな。遠近どっちも使えるってんだからよ」
『まあね。お陰で動きやすいよ』

黎明の戦闘スタイルはなかなかに特殊だと思う。西方軍第一小隊は刀と銃が主な武器として与えられる中で、軍の実技試験で愛用の武器を持ち込む者もいないだろう。その時点で変わってるといえば変わっている。何事にも動じないかのような、どこか飄々とした雰囲気が印象的だった。
…まぁさっきも言ったように、今も大して変わりはない

『でも今更だけど、良く女二人もとろうと思ったね』
『あ。それは私も思った。希望者も私らが初だって言ってたもんね』
「あはは。当時は円雷の異動届けを竜王が受理したばかりでしたし、単純に人手不足だったんですよ。それなのにああも優秀な人材が同時期に面接に来るとは思っていませんでした」
「どーだったよ、当時のこいつらは」
「いやあ。なかなかに面白い内容でしたよ」
「あん?」
「二人の入隊希望理由」
「へえ。どんなんよ」
「折角だから本人達に紹介して貰いましょう」
『ええー』
『面接当時の感情なんて細かく覚えてないよ』
「ざっくりで良いんですよ、ざっくりで」
『大した理由なんてないんだけどな』
『あ。でも私も輝の希望理由は聞いた事ないや』
『そうだっけ』
『そうですね』

3つの視線を向けられてさてどうだっかと記憶を遡る。特別強い理由なんてものは初めから無かったんだ。ただ、そう。
強いて言うのであれば"なんとなく日常を変えてみたかった"
これに尽きるんだと思う。黙って生きていれば半永久的に続くこの世界で、女として生きていくのは面白みがないような気がして
あてもなく漂うように生きていた時期は確かにあった。そんな時、ちょうど下界へ遠征する隊員たちを見かけたんだ。目的がなかったあの頃の私にはちょうどタイミング的にも合っていたのかもしれない

「"なんとなくピンときたから希望した"って…なんつーか、お前らしいわ」
『だから言ったでしょ。大した理由は無いって』
「なんとなくで希望してオマケに実技試験じゃ高評価、尚且つ気功術じゃ過去最高って…どこをどうしたらそうなんのよ」
『私に聞かれても』
『あははっ。けど"なんとなく"で自分の的確な居場所を当ててくる辺り、ほんと輝らしーわ』
「びっくりでしょう?入隊を希望する理由は何ですかと聞いたら、即答でしたもんね」
『嘘をついて見栄を張っても仕方ないでしょう。ああいう場面じゃ。別に秩序を守るためだとか、天帝のためだとか。大義名分を掲げるつもりはこれっぽっちも無かったから』
「ええ。正直でいいと思います」

所詮は自己満足に過ぎないんだ。軍人なんてものは。

自ら進んで終わりと隣り合わせになるのは、それを選ぶのは

自分の中にある何かを満たしたかったからで

それはきっと、誰かの為ではなくて

自分の為なんだと思うから。

「んでもよ。なんだって補佐官になろうなんざ思ったんだよ。折角成績優秀で合格したんだろ?」
『ああ、それは覚えてる』
「ん?」
『女が軍人をやってるのは、どうも男からしたら目障りらしい』
「あー…」
『そーいや、当時はしょっちゅうあれこれ要らんこと囁かれまくってたよねえ私たち』
『うん。女のクセにとか何で女がとか、聞き飽きるくらいには噂されたね』
「だろーな。況してや揃ってその評価での入隊となりゃ、僻んでくる野郎も多かったろ」
『かなりウザッたかった。だからだよ』
「あ?」
『ああだこうだと陰口叩く連中がいたから、どうせならそいつ等が口ごたえ出来ない迄に上にいってやろうとね』
「そんで補佐官に立候補したってか」
『そう』

女と言うだけの理由で要らん事を言われるのは正直ウザッたかったから。
幸いにも、当時の西方軍第一小隊にはそんな馬鹿げた理由で突っかかってくる者はいなかったけど、他軍や同性である女官達からしたら異質そのものだったんだろう
そんな馬鹿げた風潮にも納得いかなかったし、風の噂で竜王の補佐官が募集されるとも知っていたから。試してみる価値はあると思ったんだ。その辺で威張り倒してる男連中よりか実力は上だと自負していたから

『でも、暫くの間はきちんと隊員として動いてたよ』
「ええ。貴女はとても優秀でしたから正直惜しかったんです。けれどあの人にも報告はしていたんですよ。ちょうど補佐官制度が導入されつつあった時期で、何度か話は聞いていましたから」
『あ。だから竜王殿がちょいちょい訓練時に顔だしてたんだ。何回か声掛けられてたよね?』
『…言われてみればそうだったかも。軍に入ってからは、内部事情とか上の腐敗さ加減とかも流れてきてたし。ちょうどいいなとは思ってた』
「改革派ってヤツか?意外と真面目だよな輝って」
『別に。周りがウザッたかっただけだよ。立候補した大まかな理由なんて』
『でもまあ、輝には合ってんだろうなあとは思った』
『? そうなんだ。なんでそう思ったの』

あの頃敖潤が訓練時や簡単な任務に随行していたのはそう言うことだったのか。どうしてあの竜王がわざわざ足を向けるのか不思議だったけど。天蓬がちゃんと報告していたのは正直意外だ。なんだ。きちんと仕事はしてたのか。
本人に言ったら「酷いですねぇ」なんて笑われそうだけど。でもそう思うならあの頃の真面目さを発揮して欲しいとも思う。黎明や捲簾が就任すると共に緩さ加減が悪化したのか

いつの間にか昇っていた、三本の白
床にお馴染みのカエルを置いた黎明が座り込んではアルバムを手に笑っている

『だって輝ってば、今以上にクールビューティかつ一匹狼オーラ極めてたからねー。熊哲なんていつもハラハラ見守ってたよ』
『ん。誰かと組むより単独で動いた方が早いって思ってたから』
「その点については僕もハラハラさせられました…輝は自分の危険を顧みず突撃してましたから」
『軍への入隊にはピンときたけど、群れるのは性に合わなかったんだなって、改めて実感出来た』
「オイオイ…致命的過ぎねえかソレ」
『そうかな。黎明とはある程度組んでたつもりだけど』
『優秀な補佐官候補様に認めて頂き光栄でしたー、ってね』
「そう言えば、貴女たちは割と時間を置かずに仲良くなってましたね」
『黎明とはそうかもしれない。何かと絡まれたから』
『同時期入隊だったし、同じ女だったからまあ絡んだよね』
「すんげえ想像つくわ。お前は先ず誰に対しても物怖じしねえからな」
『まーね』
『初めは正直"なんで私に絡むんだろう"とは思ってた』
『諸々の予防線的な?』
『へえ』

当時も黎明の噂は知っていた。私と同じく実技試験の成績は高かったし、剣技や銃技は最高評価を得ていた筈だ。死と隣り合わせな状況じゃ、同等の実力が無ければ組んだところで失敗に終わるだけだから。どうせやるなら手早く済ませるに越したことはない。そういう意味では黎明とは組みやすかった気がする。お互いの動きや思考を読み取れるようになったのも早かったからね

「輝と黎明のコンビか。確かにお前らの動きは噛み合ってると思うぜ。たまに輝がウチに応援に来た時なんか、お互いほっとんど目配せもせず動いてんもんな」
『なんだろうねぇ、輝だからこそ"ああこうする気なんだろうな"って言うのが分かる』
『黎明が理解してるって分かるから、私も次に合わせて動けるっていう感覚はあるよ』
『まあ今じゃそれも捲簾や天蓬にも適用されてるから、私的には十分動き易い環境ではあるけど』
『第一小隊は実力も高水準で平均が取れているからね。私や竜王から見ても信用できるから正直助かってる』
「それはそれは。優秀な補佐官殿に認めて頂き光栄です、ってな」
『第二小隊や第三小隊と合同訓練とかしてくれればいいのに』
「えー、嫌ですよそんなめんどくさいこと」
『第二小隊には円雷がいるからねぇ。ってか、その2つとウチが折り合い悪いの知ってるでしょーよ』
『実力平均化がウチの課題なんだよ。前回の天竜会でも上げてるし』
「って言ってもなァ。むしろ連中が拒否んじゃね?」
『そこは竜王からの指示ってことで黙らせる』
『うわあ怖い』
『ついでに言っとくと、今度3人には特別任務を通達する予定だから、ヨロシク』
「「『・・・』」」
『揃いも揃ってあからさまに嫌そうな顔しないでよね』

前回の天竜会で上がった東方軍との合同任務。汚染水のろ過を行うべく、技術の習得に関してこの3人が適任と判断したのだ。天蓬に至ってはその頭脳は勿論だし、捲簾は手先が器用だ。黎明に関しても応用の利く判断力は捨て難い。日程の詳細や東方軍とのすり合わせが済んだ段階で通達するつもりではいたが、事前に伝えようと伝えなかろうと反応は同じだろう
現に、3つの顔がどれも似たような表情を浮かべては私をガン見している
能力と評価の高さが仇になったと諦めるんだね。

『うええ…特別任務とか面倒そうな臭いしかしないじゃん』
『そうでもないかもよ』
『絶対ウソ。だってあの竜王大集結会議で上がったヤツでしょ、他の竜王とか絶対噛んでるもん』
『黎明はヘンなところでカンが良いんだよね』
『褒められても嬉しくなーい』
「僕は聞かなかったことにします」
「右に同じく。お、履歴書めっけ…なんだ、お前って入隊当時は髪長かったのか」
『わあなっつかしー。確かに当時は今の輝くらいは長かったわ』
『(平然と流したな)』

まあどのミチ拒否権がないのは変わらないんだ。
私も同行する予定だから、先ずは黎明から買収しようと決めている。高級和菓子でも手配すれば聞いてくれるだろうしね。なんだかんだ文句言いながらも彼女だって真面目なのは一緒なんだから
勝手に頁を捲り続ける捲簾が辿り着いた黎明の履歴書
こういうのって個人情報のうちに入ると思うんだけど…彼らに言っても無駄かと言葉にするのはやめておいた。

「ちょっと待て。なんだよこの"下界のラーメンを食べよう"に惹かれたっつう希望理由は」
『え。そのまんま』
「まさかあのキャッチコピーを見て応募してくるとは、正直変わり者だなぁとは思いましたね」
「…やァっぱお前か天蓬」
『なに、それ』
『私がこの辺りに出稼ぎ来た時、ちょうど壁に西方軍第一小隊の勧誘ポスターがあってさ。それのキャッチコピー』
「『…』」
「だって正直に"人手不足です、入隊者募集"って書いたところで、ウチは希望者ゼロだったんですよ」
『だからってそれもどうなの』
「ユーモアがあって良いと思いません?」
『真面目さの欠片もないね』
「てか、それに釣られるお前もどーなのよ、黎明」
『いやあ。変人集団の噂は本物だなって思ったよね』
『…確か別の理由を東海竜王に話してなかった』
『あれも勿論理由よ?でも流石に竜王の前でこんな理由は言えないでしょ』
『それはそうだけど』

こんな事を伝えたらますます変人集団のイメージが増幅するだけだ。残念なことに間違いではないけど。でも流石にそのキャッチコピーはどうなんだろう。仮にも軍への勧誘に使う言葉ではないように思う。どこまでも自由な男だ。
そしてそれに惹かれたと言う黎明もやっぱり変わり者だなと痛感する。

「なんだよ、天蓬に毒された理由だけじゃねぇのか」
『まともかどうかは分からないけどね』
『少なくともラーメンよりかはまともだった』
「そりゃラーメンよりかはまともだろーな」
「失礼ですねぇ揃いも揃って」
『ラーメン以上のまともさを狙いたい…とは言っても、理由の大半は"生きてる実感が欲しかったから"だよ。我が家はアホみたく妹弟が多いから、朝から晩まで畑仕事だったからね』
『…黎明って長子だったんだ』
『その反応には意義ありだけど、輝の驚いた顔ってなかなかにレアだわ』
「パッと見一人っ子にも見えますけど、これでも下に5人程いるらしいですよ」
「6人妹弟ってか。そりゃすげえわ」
『チビ背負って頑張ってたんだよ一応。だけどふとした拍子に空を見上げた時、"ああなんか違うな"って思ったのがきっかけ』
『それで"生きてる実感が欲しかったから"に繋がった訳だ』
『そういうこと』

軍へ入隊出来るような年齢の時にもまだ幼子がいたとなれば、生活が安定しないというのも想像に難くない。彼女の生真面目さはそこで培われたものだったのか。飄々とした物言いや自由奔放な態度で隠れがちだが、元を辿れば家庭環境に影響されていたということだろう。そう考えれば世話焼きの一面があるのも納得できる。天蓬なんて特に世話かけさせてるんだろうし、第一小隊の中でもそれなりに古株と言うだけあってなんだかんだ面倒見がいい

「黎明が畑仕事とか想像つかねえケドな。鍬持ってガキ背負って、ってか」
『そうそう。まさにそんな感じ』
『でも子供の扱い手馴れてそう。イメージ的に』
「むしろ全力で童心駆使して遊びそうです」
『否定はしないわ。父親が死んで武器屋を閉じたんだけど、畑だけの収入じゃ不安だったし、まあ口減らしにもなるでしょってことで出稼ぎに出たワケよ。西方軍は他軍に比べても給付金が多いし?』
『まあ懸けてるものが自分の命だし。待遇は良いだろうね』
『ねー。死ななきゃそれなりに仕送り出きるからまあいいかって』
「まぁいいかって…黎明といい輝といい、似通ったこと言ってんな」
『そーかもね。まあそんな感じで発見したのがラーメンだったワケ』
『私も見てみたかったよそのポスター』
「僕が絵を描いて貼ったやつでしたからねぇ。なかなかの出来栄えだったんですよ?」
『言われてみれば……なんかすごいクオリティの高い絵だったわ』
「そうでしょう。寝る間も惜しんで描きましたから」
『使うエネルギーはそこなの』

もっと別の方向に向けるとか出来なかったのかこの男は
機転も利くし実力だってかなりのもので、感心するくらいには頭だって良いはずなのに、ヘンなところで変わり者を極めているから勿体ないと言うか…なんと言うか。本人は丸っきり気にもとめてないんだろうけど、敖潤だって一目置いているのは事実なのに。

「ま、結果的に言やァどいつもこいつも変わり者だったって話か」
「そうなりますねぇ」
『否定はしない』
『西方軍第一変人小隊に改名する?』
『絶対却下』
「嫌ですよ僕だって、そんな間抜けな名前」
「わざわざ暴露しなくたってバレてんだろ、どうせ」
『わあド正論』
『さて。そろそろ始めるよ、片付け。でないとまた深夜までかかりそうだ』
『あっ!私リスト持ってきた!!今日こそは返すからね天蓬っ』
「僕ですら区別つかないのに、よくリスト化なんて出来ましたね」
『そのびっくりした顔やめようね!?元はと言えば天蓬のせい!』
「あはははは」
「言ってもムダだぞー黎明。コイツのこれはいっぺん転生でもしねえ限り直んねぇよ」
『真面目な天蓬もなかなかに想像つかないけどね』
『言えてる。さっ、先ずは選別からやるとしますか』
『黎明、リスト化したなら選別は捲簾と任せるよ。私と天蓬は二人が選別しやすいように、この山積みの書物をある程度ジャンル分けしよう』
『よーし、任された。んじゃ、捲簾はコッチ半分ね』
「おー。しゃあねえ…今回もやるとすっか」
「仕方ありませんね。ちゃんとやりますよ」
『言うこと聞かなかったらアークロイヤル没収』
「貴女は鬼ですか!」
『なんとでも』

こういう時は分担するに限る。リスト化したのがあの二人ならどのみちある程度は頭に入ってるんだろうし。捲簾が借りてきたと言う台車はそれなりに大きいものだから、何度か往復すれば運び終えるだろう。邪魔だからと髪を括って上着を脱ぎ捨てた
やるからには本気だからね。
まずは足元からスペースを広げるかと散らばる書物を数冊手に取っては並べるを繰り返す。出来ることなら夕方には終わらせたい。半日でどうにかなるかは全くもって分からないけど

『ほんっとこんだけ部屋も広いと、奥の方に積み上げられてるやつに辿り着くのが至難の業!どうしろと!』
「掻き分けて進むしかねーだろ。奥のは俺がやっから、黎明は手前から攻めとけ」
『イエッサー』
「その背丈じゃ埋もれんのが関の山だからな」
『一言多いぞイケメンのムダ遣い』
「そんなイケメンと同じ隊なんだからラッキーだろ」
『…自覚済みのイケメンってタチ悪いよねほんと』
『天蓬…なんなの、この如何にも怪しい"誰でも簡単に出来る黒魔術"って』
「あ。ソレですか?一時期下界で黒魔術が流行ってまして、その時に買いました。読んでみます?」
『全力で遠慮する』
「勿体ないですねぇ。意外と面白いのに」
『天蓬の趣味が未だに理解出来ないんだよね。私』
「感性は若いうちに養わないとですよ」
「おーい輝、そいつほっといていーから、とりあえずこの数冊天蓬のだわ」
『!、ちょっと。投げていいの』
「私物だから問題ねえだろ。あ、あとコレとソレも」
『私に当てないでよね』
「狙撃の名手、捲簾様をナメんなよ?こんなんでヘマなんざしねえわ」
『…確かに』
「そっちに纏めといて」
『了解』
『あー天蓬!!いま抱えてるそれ、借り物だからこっちちょうだい』
「…」
『寄越しなさい』
「これ、まだ読み切ってないんですよお母さん」
『捨てられた子犬みたいな顔してもダメなものはダメ、返却! って!誰がお母さんだ!天蓬や捲簾と対して見た目変わらんわっ』
「ええー」
『ええー、じゃないの。アークロイヤル没収とどっち取んのさ』
「…」

アークロイヤルらしい。
渋々といった様子で黎明に手渡す様子を横目で眺め、ある程度纏めあげた足元を見下ろしてはつくづく感心する。見れば見るほど可笑しな題名ばかりが陳列しているなと。渾身の叫びで応戦した黎明の声にそう言えば彼女は幾つだったかとふと思った。
見た目からして私より上である事は明白なんだけど。なんせ天界じゃ下界のように年齢と言う概念が無いに等しい。
誕生日だって忘れるほどだし、この世界では立場が物を言う
まあ今更聞いたところで本人達ですら覚えてなさそうだよね。
私だって忘れた、そんな昔のこと

『黎明、とりあえず足元のは一旦纏めたよ。題名言ってくれれば該当したの持ってく』
『さっすが輝。仕事早くて助かるわー……えーっと、期間の長いヤツだと"ストレス社会で生きていくには"と"必見!今日から貴方も有名画家"…後は"天神族の歴史"かな。どーよ』
『三冊目はあったけど…なんだ。まともなのも借りてたんだ』
『あー、コレね。当時私も読んだから覚えてるわ。珍しくすんごい腹が立ったとかで、弱みを握ろうと借りてきてたよ』
『へえ。奴らが自分たちにとって都合の悪い内容を書き残すとも思えないんだけど。はい、コレ』
『サーンキュ。輝の言う通り、実に内容の薄いもんだったわ』
『だろうね。まあいいや。次の区画に進んでおくよ』
『お願いしまーす』
「おや。督促状なんて貰ってましたっけ、僕」
「そりゃこんだけパクッてりゃ何十枚も来てンだろ。ホチキスで纏めて一番上のやつにでも今日の日付書いとけよ」
「…あれえ。ホチキスとペンってどこでしたっけ?」
「……後で探すわ」
「では、カエルの下にでも見つけたら敷いておきましょう。風に飛ばされないように」
「へーへー、お気遣いドーモ」
『…私、上司があの竜王で良かったわ』
『そりゃあなにより、ってね』

捲簾と言い黎明といい…苦労が絶えないなとため息を吐き出した




『ふう…やっと粗方片付いたね』

選別しては積み上げてを数時間にも渡って繰り返していけば、日が沈む頃にはなんとか床の全貌が目視出来るまでになっていて。捲簾や天蓬が交替で書庫に運んでくれたおかげで、その間は役目を果たさない本棚へと天蓬の私物本を詰め込むことに成功した。ついでに言えばホチキスやハンコ、ペンや"いつの間にか無くされたやつだ!"と。発掘したと同時に彼女が叫んだ4つのマグカップやコーヒーの粉も見つけられた。これって確か数か月前にあったあの大きな討伐任務の時、私が淹れたものだった気がする

『天蓬が"本に食べられちゃいました"、とか訳の分からないこと言って紛失させたマグカップ…久しぶりに見た』
『今まで飲んでたのはどうしてたの』
『私の部屋から持ってきたやつだよ。無くしたっていうから用意したんだ』
『ご苦労サマ』
『もっと労って』
「いやあ、久しぶりに自分の椅子に座りましたよ」
「椅子ですらも埋もれるってどんだけなんだよお前は。いーか、今後借りてくる時は一日五冊までって決めろ」
「はいはい、分かってますよ」
『…先月も同じ会話を聞いた気がするんだけど』
「あれ。そうでしたっけ」
『南の竜に言っとこうかな。書庫の本にセンサー取り付けてって』
「いっそのこと返却期限過ぎたら爆発するような装置でもつけとけって言っとけよ」
『時限爆弾もびっくりだね、ソレ』
『よし。私たちの意見ってことでヨロシク、補佐官』
『だそうだけど?元帥殿』
「この二人、僕に容赦なくないですか?」
『大半は自業自得だよ』

天蓬の部屋はそれなりにシンプルだ。6つの大きな本棚と、仕事机しか置いていない。後は簡易的なキッチンとお風呂場、洗面台。隣にある彼の寝室はあの捲簾と黎明ですら怖くて開けられないと言っているから、私も見た事はないけれど。想像したらアウトな気はしている。
捲簾の部屋も似たような造りなのかな。私や黎明は性別的な問題で同じ設備は整っているけど、流石にここまで広くはない。

『ひっかるー、久しぶりに輝が淹れたコーヒーが飲みたい!』
「お。いいねぇ。仕事終わりの一服にゃ最高のお供だな」
「片付け頑張ったので、とびっきり甘いのが飲みたいです」
『私ミルクだけ!』
「んじゃ、俺はブラックで」
『はいはい。相変わらず注文の多いお客さんだね。淹れてくるから待ってて』
『うえーい』
「そーいや黎明、お前伸ばす気ねえの?」
『髪の毛の話し?ないねぇ、あの頃だって出陣すんのに邪魔だから切ったのに』
「輝は括って出陣してんじゃねーか」
『そりゃそうだけど。一度短いのに慣れると伸ばすのも面倒なんだよね』
「でももう一度見てみたい気はします。髪質も良いですからね、貴女は」
『えー…じゃあ気が向いたらってことでお願いします』

見た目だけでも女らしくって。子供のころからやんちゃだった私を見かねて、母親が伸ばしなさいと言ったのが切欠だったっけ。でもどう考えてもあんな血みどろ世界じゃ長い髪って邪魔だと思うんだよね。その点では綺麗に結わいて出陣する輝はすごいと素直に関心する。
まあ流したまま出陣する時もあるけど。
戦場で舞う黒髪は確かに見ていて映えるよね

「髪は女の命っつうだろ」
『捲簾って時々古臭い爺さんみたいなこと言うよね』
「喧嘩なら買うぞこんにゃろう」

大きな窓枠に寄りかかって飛ばした視線の先
そこには夕日に照らされる桜林が広がっていて。隣で白煙を吐き出した捲簾を月見酒でも誘ってみるかと、今夜の予定を勝手に決めては私も同じように吸い込んだソレを吐き出した。天蓬は溜めていたアニメを見るとか言ってたし。
輝はたぶん仕事だろう。日中はずっと捕まえちゃってたからね。
悪いことしたかな。今度なんかしら奢ってあげよう。
…それよりも竜の相手に付き合えって言われそうだけど。なんてことをつらつらと考えていれば突然鳴り響いたノック音と「ごめんください」の声
聞いた事のないその声音にとりあえず3人で顔を見合わせた。誰だろう。

「こんな時間に来訪者か?ウチの連中じゃねえな、今の声」
「他に親しい知り合いもいないんですけどねぇ」
『いやいや、スルーかましてる場合じゃないでしょうが。 はいはーい。どちらさん?』
「突然の来訪となり申し訳ございませんな。お初にお目にかかります、東海竜王敖広が補佐官、勾丹と申します。以後、お見知りおきを」
「「…」」
『・・・。ひっかるぅーーーーー!!東!竜!補佐官!!』

あ。コレはアレだ。絶対輝だ。間違いない。
咥えタバコのまま開け放った扉の先
次郎神にも負けじ劣らずなほどに優しそうなお爺さんが朗らかに笑っていて。数秒の間瞠目したまま停止しては、フル回転した脳みそが叩き出した答えに思いきり彼女の名を叫んでは駆け戻った。見てみなさい。捲簾と天蓬も珍しく瞠目したまま固まってる。そりゃそうだ。今までただの一度も他軍の者が西方軍に顔を出した事なんて無いし、況してやここを訪れたことなんてのも無い。
異例中の異例もいいところだ。輝、呼んでる。多分完全に輝が絡んでる。

『人が淹れてきたって言うのに、なにを騒いでんのさ黎明』
『はいそのトレイ私が貰う!!輝はあっち!』
『!、勾丹さん?』
「おお。やはりこちらでしたな、輝殿」
『どうしたのこんな所まで』
「敖潤殿にお聞きしたら、"外出中の立て札があるから元帥の部屋だろう"と言われましてな」
『まあ大体は此処だね』
「先日話し合った東西合同任務の件、敖広殿より日程の詳細を申し伝えられました故、そのご報告にと」
『ありがとう。わざわざ出向いて貰わなくても私から行ったのに』
「ほっほっほ。年寄もたまには身体を動かさないと鈍くなるですよ」
『良く言うよ。補佐官同士の稽古、私未だに勾丹さんにだけ勝てないんだよね』
「まだまだ若い方には負けていられません」
『なるほどね』
『…東海竜王殿の補佐官だったんだ…』
「そう言えば、名前だけなら聞いた事があります。何でもただの一度も変わることなく初期より補佐官を務めてるとかなんとか」
「あー…なぁんかどっかで見たような気ィすると思ったら、あん時のジイさんか」
『捲簾、面識あったの』
「直接話したことはねぇケドな」
「輝に用があって来たってことなんですね。いやあ…物好きといいますか、なんといいますか」
『ウチに他軍の人が来るなんて天変地異の前触れかと思った』

即行で二人の元にマグカップの乗ったトレイを両手に駆け戻れば、まあ呑気にも「零すなよ」と笑われた。零しやしないけどびっくりだわ。二人の会話は聞こえないけど、たぶん、アレだ。さっき輝が言ってた特別任務とやらが関係してるんじゃないだろうか。なんだそれは。あの東の竜とウチの竜王殿の間で決まったってことか。むしろ兄弟間で会話が成り立つんだろうか、彼らの場合
数枚の資料を手渡された輝が一言二言お爺さんと会話をしてはまたゆっくりと扉を閉める。一連の動作をガン見していれば『順番に話すよ』と一言投げられた。出来れば聞かなかったことにしたい。全力で。

「なんだったんです?結局は」
『特別任務の詳細。一度竜王と話し合うから、本決まりになったら知らせる』
「…すんげえ嫌な予感しかしねえんだけど」
『聞いてからのお楽しみってことでいいんじゃない』
「…。」
『笑えるくらい不満そうな顔』
『…いやあ…何と言うか、さすが輝だわあ』
『なにが』
『それはもう色々と。諸々と。』
『黎明、部屋に戻るとき一緒に出よう』
『(うわあ買収されそうだ)』
『一緒に出るよ』
『…イエッサー』

知ってるし解ってる。
輝がこういう顔をする時ってだいたい買収されるんだよね、私。
しかもいつものような討伐任務じゃないヤツで。早々に諦めの二文字を浮かべる脳みそに苦笑して、吹き込んでくる緩やかな風に空を仰いだ。

あー。輝が淹れるコーヒー美味しいわ、やっぱり。







空のどこかで、時鳥が鳴いていた。












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