嫦娥の花宴 | ナノ





ザワザワと夕方独自の喧騒に包まれて、自動ドアを潜り出た。


『肉も買ったし野菜も買った…ん。買い忘れはこれでないかな』

毎週恒例となった悟空の友達含めたお泊まり会。
高校に入学した悟空は数在る友達の中で三人ほど、とても気の合う仲間を見つけたらしい

姉としても弟が毎日楽しそうに学校に飛び出していくのを見るのは嬉しいものだ。両親を幼くして亡くし、施設で過ごしてきた幼少期。遺されたたった一人の弟を守ろうと、高卒後に早々と就職したのはいいけれど…

まさか自分があの大手一流企業、最遊記会社に受かるなんて夢にも思っていなかった。
あれからもう既に数年
立場的にも部下の責任を担う位置にまで上がっていれば、収入もそれなりなものとなっていた

なので今年の冬。
悟空の高校入学に合わせて、都内に在るセキュリティの整ったマンションへと移り住んだのだ。

「お。お目当ての人物発見」
「ちょうど良かった、いま貴女の家に行こうとしてたんですよ」
『…。』

多少めんどくさいような問題を抱えながらも。
視線を上げた先にはもはや聞き慣れ過ぎて違和感すら抱かない声。
よっと軽く片手をあげて笑う彼らに、何度目かわからないため息を溢した

『なんで二人揃って一緒に居るのよ』
「いやあ、久しぶりに貴女の家で飲もうという話しになりましてね」
『私の予定は完全スルーなのね相変わらず』
「まーまー、固いこと言うなって。最近悟空にも会ってねえからな」
「ほら、ちゃんと鍋の具材も買ってきましたし?…おや、どうやら考えることは同じだったみたいですね」
『もー、家に来るのは構わないけど、いつも連絡くらい頂戴って言ってるのに』
「思い立ったが吉日!ってな。さっき天蓬と話して決まったんだよ」
『ほんと二人って相変わらず計画性とか皆無だよね』
「あるわけないでしょう、そんなの」
『ビックリした顔で言わないの!私の方がビックリだわ!』

住宅街近くの十字路。
ケラケラと笑う捲簾は、今さら言っても仕方ねえだろとなんとも見も蓋もないことをサラッと言う
小学校の頃からの腐れ縁ともなれば、もはや諦めろと言外で笑われた気がした

まぁ確かに、それはそうなんだけどね。

『でも今日は家で飲むのは無理だよ、』
「おや、何かあったんですか?」
『悟空が友達を三人連れてお泊まり会するんだって』
「ほー、悟空のダチか」
『ん。夕方まで遊んでから家でごはん食べるからさ』
「それはまた」
『だからまた今度でもいい?来週とかだったら空けとくよ』
「鍋の食材買っちゃいました」
『捲簾と二人で食べなよ、この量ならちょうどいいんじゃない?』
「男二人で食ったってうまかねーっての。と、言うわけで」
『あ!ちょっとっ』
「悟空にダチが出来たんだろ?なら、兄貴としちゃ見定めてやんねえとな」
『なんでそうなるの!』
「友香が作るお鍋の方が美味しいんですよ。僕も楽しみです」
『人の話し聞いてる?』

右手に持っていた具材の入った袋が、伸びてきた捲簾の腕に掬われた。
くそう。昔からそうだ。
彼はいつだって、私を女として見てくれる
腐れ縁でもなんでも
ちゃんと、気遣ってくれるのだ。彼も天蓬も。

「あ、そうだ」
『なに、天蓬』
「ハイこれ。」
『…ノアール』
「こないだ1カートン買ってましたけど、友香のペースだとそろそろ無くなる頃かと思いまして」
『…』
「あれ?買っちゃいました?」
『…ううん、もう、無くなる』
「それはよかった」

肩に掛けていたバッグに入れられたのは私が昔から愛用しているタバコ。
そういえば、いま入れてあるヤツで最後だったんだ。ドンピシャ過ぎるタイミングに…まただ。さっきの捲簾のときもそうだった

胸の奥がふわりと温かくなるような、そんな感覚。

『…』
「っし!んじゃ、友香の家にでも帰るとすっか」
「そうですね。悟空たちが帰って来る前に下拵えでも終えておきましょう」
「なーに言ってんだよ、天蓬はなんもしねえだろどうせ」
「失礼ですねぇ。野菜を切るくらいなら出来ますよ」
「真剣で、な」
「はい。」
『家が壊れるからやめようね天蓬』

相変わらずな彼に苦笑すれば、肩にかけていたバックを天蓬が持ってくれる。
私を挟んで並ぶ二人の大きな手のひらが、当たり前のように差し伸べられた

『…二人は私に甘すぎると思うの』
「そーかー?」
『うん』
「自覚はありませんねぇ」
『甘やかし過ぎると我儘になっちゃうよ』
「ははッ、友香なら大歓迎だな」
『えー?』
「友香はむしろもっと甘えるべきなんですよ」
『そうかな』
「そうだろ」
「そうですねぇ」

捲簾の左手と、天蓬の右手。
しっかりと握りしめてから、三人並んで歩き出す
昔から、ずっとこの手に守られてきたのだ。私が一人で守らなくてはと思ってきた。遺された大切な家族を。学業も家事も両立しなくてはならなかったし、悟空はまだ小さかったから
そんな私の傍に居続けてくれた二人は、いつだって私が欲しいと願った時に必ず手を差しのべてくれるのだ

甘えることができないでいた私を、いつだって受け入れてくれたから
だから私は頑張って生きてこられたのだ

『仕方ないなあ…じゃあ、二人の好きなおかずも作ってあげるよ』

ラッキーと嬉しそうに笑う二人に、結局は私も甘いんだ








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