嫦娥の花宴 | ナノ




知らない、と

興味なさげに言われた言葉を聞いてから、ずっと気になっていたんだ









「黒」
『…なにが』
「だから、ソレだよ」
『…』
「言っとくが俺はお前の目の色スッゲー好きだから、今更それを指摘する気はねえぞ」
『…、じゃあ突然どうしたの』
「だーから、お前が吸ってるソレの事だよ」
『それって…煙草のこと』
「そーそー。煙草のこと」

いつもと変わらない、常春の日常。
俺の部屋で寛いでいた時にふとした拍子に思い出した知識は、窓辺に座る六花の視線を捕まえることに成功した
穏やかな風が銀糸を舞わせる中で、小さな唇に居座るソレを、俺は机上に頬杖つきながら見つめていたんだ
かつて彼女が教えてくれた、ハイライトの意味。
だから眩しいのだと…俺を見ながら瞳を細めていたあの頃

出逢ってまだそんなに永い時が経った訳ではないのに、あの日の事を懐かしく思うのは何故なのか。
咥え煙草のまま見つめていれば、微かに寄せられた眉間の皺に訝しんでいるのが伝わった
煙草の銘柄には意味を持つものがいくつかあるのだと言ってたよな

だから、気になっていたんだ。
彼女が持つ、その意味が。
ハイライトを吸う俺を見て、ピッタリだと言っていたあの日のように
俺も…今なら同じように思えるから

「黒」
『…さっきからどうしたの。もしかして、ヒマだからしりとりでもするの』
「ははッ、違ぇよ。六花が俺に教えてくれたように、俺も教えてやろうと思ってな」
『よく意味が分からないよ』
「だろーな。お前ってホント、自分の事になると無頓着だし?」
『捲簾も天蓬も主語がないだけだと思う』
「そんなもん今更だろーが。つか、それを言うなら六花もだろ」
『うん。たまに、よく会話が成り立つなって関心する時がある』
「一緒に過ごす時間の賜物ってヤツだな」
『そうかもしれないね。それで、黒がどうしたの』
「ちょいコッチ来てみ」
『…?』
「いーからいーから」
『今日の捲簾…なんか変』
「お前ね…自分の恋人捕まえてヘンってなんだよ、ヘンって」
『ああ…でも。変わり者なのはもとからだね』
「俺の話し聞いてねえだろ」

ヒラヒラと手招けば素直に近寄る六花の手を引いて、膝上に座らせる。
未だその唇を独占しているそれを指先で奪えば瞳を瞬かせて見下ろしてくる
…いつも思うが、頼むからお前はもうちょいメシを食え
身長は平均だってのに、明らか体重が合ってねえだろ、絶対
今晩は食堂連行決定だな

微かに首を傾げて見下ろしてくる彼女の、透き通る黒を見つめ返す

無意識に選んでいたってのもすげぇよな。

意味を知れば、それが更に身近に感じるようになるのだから

『…どうしたの』
「いや?相変わらずキレイな目ぇしてんなって思ってた」
『…』
「お前がそれを選んで吸ってんのに、意味を知った時は実は知ってんじゃねえかとも思ったんだが…」
『さっきから、なんの話してるの』
「ノアール」
『…ノアールって…私の煙草のこと』
「そ。お前の煙草のこと」
『これがどうかしたの』
「前に六花がハイライトの意味教えてくれた時があったろ?」
『うん。…もっとも陽のあたる場所』
「そーそ。そん時に言ってたよな、自分のは知らないって」
『別に特に気になったこともなかったからね』
「気になって調べてみたワケよ」
『…ここ最近、書庫に行ってたのってそれだったの』
「まあな。やっぱ気になるだろ?」

机上に置かれたそれを、手に取って眺める。
まるで彼女のために存在していたかのような、その意味を持ったもの
飽きっぽい六花が結局変えずに愛用していることも、妙に納得できてしまうのだ
黒のパッケージに小さな花が描かれた、彼女らしいシンプルなデザイン
この世界にとって、色はとても大きな意味があるのだから

「ノアールの意味」
『うん』
「それが、さっきから俺が言ってたやつなんだよ」
『…ああ…黒』
「そ。意味を知らずに吸ってた割には、お前ピッタリな煙草だよな」
『全然知らなかった』
「逆に知ってて吸ってたのかと思った」

この世界にとっての、黒は。
奴らにとって異端でしかないというのなら
全員一度地上に突き落としてやろうと思う
あの世界では当たり前の色なのだ
つか、そもそも目の色が違うだけで異端扱いされる意味もわっかんねぇケドな

こんなにも、透き通った色をしているのに。
無駄に長生きしてやがるヒヒ爺どもの方がよほどくすんだ色をしてる

「俺は好きだぞ」
『…』
「六花の目もその煙草も」
『…そう、だね。捲簾がずっとそういってくれるから…私も前ほど嫌いではないよ』
「だから変えんなよ」
『煙草を?』
「おう。」
『もうこれを吸い始めて長いから…今更変えられないよ。それに、意味をちゃんと理解できたから』
「…」
『私が選ぶには、確かにピッタリだと思うよ』
「…よし。そうやって笑えんなら問題ねえな」
『ふふ…捲簾のお蔭だね』

数ある中で選んだそれが、無意識だったとしても。
きっと、惹かれあう意味が、あったんだと。

受け入れることを知った六花が持つ、その意味が。

俺も天蓬も、そして金蝉や悟空だって


無駄なんかじゃないんだと、胸を張って言えることだから









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(今度天蓬のも調べてみようかな)
(あー、なんだったかな…確か箱船とかだった気がする)
(アークロイヤル?)
(おう)
(箱船…天蓬ってなんでも運転できそうだよね)
(ははッ、殆ど無免許だろうけどな)



意味のないものは、存在しないのだと。
柔らかな光が教えてくれた。






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