嫦娥の花宴 | ナノ



絶対、絶対。

興味ないって…思ってたのに。






『あ。』
「なんだ」
『煙草無くなってたの忘れてた』
「…そういや、お前さっき空き箱捨ててたな」
『うん。流石にこんな夜更けにお店も開いてるわけないよね』
「諦めて寝ろ」

相部屋の中。
窓枠に凭れる私の言葉に返す彼は、視線を寄越さぬまま手元の新聞に夢中なようで。世の中の流れというものを…彼は意外にも目を凝らして知ろうとしている。
それが三蔵という立場からくるものなのかは、分からないけれど。
微かに開いたままの窓から、冷たい夜風が滑り込んでは毛先を拐っていく

恐らく明日の出発は昼頃になるのだろう。明け方近くから通り雨があると、地元で天気に詳しい老人が教えてくれた。

「眠れねえのか」
『え?』
「それとも寝たくねえのか」
『…、どっちだろう』
「俺に聞くな。それといい加減窓閉めろ」
『あ、寒かった?』
「俺じゃねえよバーカ」
『はい?』

バサリ。
呆れたような声と共に手離された紙が、机上に落ちる。
履き物を面倒そうに脱ぎ捨てて、ベッドの上…窓枠に座る私の隣へと腰を落ち着かせた。
ああ…マルボロの香り。
初めは慣れなかったものだけど、ずっと一緒にいればいつしかソレが"証"になっていた

バタンと閉められた窓に拒まれた冷たい夜風。御丁寧に鍵までかけられたそこに、薄手の布が小さく舞った

『三蔵?』
「冷てえ」
『…!、ああ…わたし?』
「この状況で他に誰がいんだよ。だいたい、てめぇは自分が冷え性だっていう自覚はあんのか」
『いやぁ…煙草をね、吸おうと思って開けといたから…』
「嘘つくならもっとマシなつき方をしろ」
『すみませんでしたー』
「で。今度はなんだ…別に誰もケガなんざしてねえだろ」
『ん…なんだろ…私にも、よく分からない』
「…」

いつからだろう。
暗闇が苦手になったのは
いつからだろう。
誰かがケガをすると、眠れなくなったのは。

…いつからだろう。
三蔵が、気付いてくれたのは。

『…』
「ハァ…つくづくめんどくせぇ女だなてめぇは」
『三蔵、眠かったら寝ていいよ』
「うるせえ」
『!』



いつからだろう。



『…三蔵…?』
「チッ。冷えきってんじゃねェか」
『え…、あの…ん…?』
「なんだ」
『いや…それは、割りと私が聞きたい、です』



三蔵のぬくもりに、安堵を覚えるようになったのは。

引き寄せられた腕の中。

回された腕は細いと思ってもやっぱり男の人なんだと思わせるようなもの

面倒だと口では言うくせに、毛布を手繰り寄せて包んでくれる

壁に寄りかかった彼に凭れるような体制のまま、私の脳内は停止状態だ


「どっかのバカがいつまで経っても窓を閉めねぇからだろ」
『さ、寒かったなら言ってくれれば閉めたのに』
「バカだろお前」
『…三蔵は話す時に主語がないんだよ』


昔っから、変わらないんだから

読みとらねぇお前が悪い

…横暴




本当に、意外。

彼と抱く想いが同じだったことも、今のこの現状も。

色恋沙汰に強い悟浄ならともかく…堅物なイメージの強い彼が誰か一人を定めるなんて

カチリと響いたライターの音に続いて昇る、一筋の白

それは、まるで彼の性格を表すかのように真っ直ぐに伸びていた



「もういいから寝ろ」
『…そんな簡単に眠れたらこんな時間まで起きてないと思うの』
「寝不足でブッ倒れたら今度こそ捨てるぞ」
『それならちゃんと灰になるまで燃やしてからにしてね。そうしたら…きっと土に還れるから』
「…」



大地と一体化したら皆の様子も感じ取れるかな?

って、言い終える前に視点が反転していた

驚いて閉じた瞼の裏で、低音が降り注ぐ。



「寝言なら寝て言え」
『…残念。まだ起きてるよ』
「ほォ…いっそのことこのまま無理矢理にでも寝かせてやろうか」
『……、』
「なんだその顔は」
『…三蔵でもそんな台詞言ったりするんだ』
「…」
『そういうの、余り興味がないのかと思ってた』


開けた視界が捉えたのは眉根を寄せた仏頂面で、それが余りにも不満そうだったから意外だ

…彼とそういうことをした記憶は、殆どないと言ってもいい

想いが通じていると感じ取れるだけで良かったから、私だって特に深くは考えたこともなかったのに


立ち上る白が、途絶えた。


押し潰された熱は陶器の上で少しの間燻っていたけど、

それもマルボロの香りが一段と強くなれば消えていく



『ーーー…っ、!』


押し当てられた熱と、押さえ込まれた両手の平

僅かにかかる体の重みに息苦しさを覚えてしまえば、あとは、きっと三蔵の思う壺。

ぬるりとす滑り込んできた熱に一瞬で思考が吹っ飛んだ



なに、コレ…



「…ハッ、生娘でもねえだろ」
『っ…はあ…!』
「てめぇはもっと自覚しやがれ」
『…?』

乱れた呼吸の先、妖艶に笑って魅せる彼は…"男"のカオをしていた

紫暗の眸に、熱が宿る


「眠れねェなら無理矢理にでも寝かし付けてやるよ」
『…いや、え…寝ます今すぐ寝ます』
「もう遅え」
『っ!』


這い上がる熱に、震えた身体

うっすらと笑う三蔵が…耳元で、何かを囁いたような気がした






絶対、絶対。

興味ないって…思ってたのに。


この人の意識の中に私がちゃんと存在していたことも、

向けられる想いの深さも、ぬくもりも

与えられる熱も…全部、全部


私だけが知らなかっただけ


足りない言葉を埋めるかのように刻まれる快楽は、きっと


彼なりの想いの伝え方なのかもしれない…









もしも、なんて。

くだらない事を考えるヒマがあんなら、その視線も、意識も、想いも

いい加減コッチに全部寄越しやがれ






泣き声にも似た喘ぎに、震える身体に。

そんなこ言葉を落としてやった。












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