嫦娥の花宴 | ナノ



懐かしいなって見つめれば、面白くなさそうにその瞳を眇るから。

なんだか可笑しくて、笑ってしまった。






「あ。そう言えば僕、ずっと気になってたことがあるんですよ」
「良いからさっさと手を動かせ」
「えー?ちゃんと片付けてますよ!」
「お茶を片手に寛いでるとしか見えねえよ」
『金蝉、気にしたら負けだと思うの』
「…誰だこんなに甘やかしたのは」
「ほっとんど六花じゃね?」
『捲簾だって似たようなものだと思う』

いつものように、当たり前に。
どうしたらこんなに散らかせるのかと問い質したくなるような天蓬の部屋を、クセでつい片付けを手伝ってしまう私たち。そして、ちょうどタイミング悪く天蓬に借りた本を返しにやってきた金蝉。巻き込まれるのにそう時間はかからなかった気がする

悟空はナタクと二人で遊びに行っているらしい。
歳の近い二人の子供。見ていてとても穏やかな気分になる

『捲簾、ソレはダンボールにしまうやつ』
「つーことは、コッチが棚に戻すヤツってことか」
『うん。たぶんそんな感じ』
「六花、これはどうすりゃいいんだ」
『それは天蓬が書庫から持ってきたやつだから、台車の上に乗せておいて』
「返す気がねえなら借りてくんなよな」
「ちゃんと返すつもりではいるんですよ!ただ忘れてしまうだけで」

床が見えなくなるまで散らばった書物から巻物やら。
最近は雪崩の被害者が続出してきているって、神妙な面持ちのまま呟いていた莉白を思い出していた。
きゅっと縛った本の山の数は恐らく両手じゃ足りないほど

開け放ったままの窓から吹き込む風が、高く結い上げたこの銀糸を靡かせる

常春の天界は寒さを余り感じることは少ないけれど。

それでも、薄手のものから少しだけ素材の厚いものへ変えてみたら

存外。

温かさに瞠目したのは記憶に新しい。

…たぶん、想いのあたたかさの影響もあるんだろうけれど。


それぞれが黙々と手を動かしている中で、不思議そうな天蓬の声が飛ぶ。


「ねえ、六花」
『なあに天蓬』
「前に着ていたやつはどうしたんですか?」
「…」
「確かあれって、金蝉が六花に渡したんですよね 」
「ああ、着るモンがねえなんて言いやがるからな。」
『観音から軍服一式貰ってたよ』
「寝るときまで軍服でいるつもりだったのかお前は」
『…あの頃はまだ、色んな事に無頓着だったんだと思う』
「あはは。今もそれはあまり変わってないような気がしますけどねぇ」
『そうかな』
「特に自分自身の事については、ですけどね。でもどうして急に変えたんですか?ボタン付け替えてまでずっと気続けていたのに」

クスクス肩を揺らして、でも視線はずっと捲簾に向いている。

面白くなさそうに眇められた捲簾の瞳がそれを一瞥すれば、

呆れたように息を吐き出した金蝉。

三者三様の反応に一つ瞬きを送れば、眉根を寄せた金蝉の視線が飛んできたから


私は昨夜の出来事を思いだしながら自分を包む大きな黒を見下ろした




これは、そう。

私がまだ知らなかった、彼の意外な一面のお話ーーー…





「なあ、六花」
『なあに』
「ソレ…いつも着てるよな」

切欠は…ああ、なんだったか。
それすらもあやふやだってのに、いつからか。
ずっと俺の中で漂っていた感情の、要因とも呼べるモノ

六花の部屋でただ何となく流れる時を共に過ごしていた。天蓬はいない。きっと今ごろ下界にでも現実逃避しに行ってんだろうな。あの報告書の山は誰が片付けんだ。俺はやらねぇぞ、絶対に。
ぼんやりと机上に頬杖ついて、立ち昇る煙を時々目で追って。

本棚に向かい合う六花が怪訝そうに振り返る。

『それって…コレのこと』
「それのこと。」
『…うん、そうかも。部屋に居るときとか、普段はずっと着てる』
「こないだボタン付け替えてたろ」
『ああ…解れちゃったからね』
「…」
『突然どうしたの、捲簾』

六花は多分、いや。
絶対に気付いてはいないんだろうな。嬉しいような、少しだけ寂しいような。よくわかんねぇ感情のまま黙って見つめていれば、小さく首を傾げながらも向かいの椅子に腰を落ち着けた。
…六花がずっと着ているソレは、俺や天蓬も見慣れた。
それが誰から貰ったものなのかも…なんとなく想像もつく

「そのワイシャツ…確か前に誰かから貰ったつってたよな」
『うん。まだ、出会った頃にだけどね』
「…金蝉だろ、どうせ」
『すごいね。なんで分かるの』
「お前と繋がりがあるヤツなんざ簡単に想像つくからな」
『言われてみれば…それで、このワイシャツがどうかしたの』

へん?なんて見当違いな問いかけに苦笑して、流れる銀糸に指を通す。抱いたことのない感情ってのはどうも厄介だよな。これと決めた女がこうも自分を掻き乱すもんなのかと…俺はコイツと出逢って初めて知ったんだ。

…誰かを強く想うということも、全部。

「天蓬に知られたらまァた笑われるんだろうな」
『さっきから話がよく見えないよ』
「俺も男だって話だ」
『!、なっ、に…!』
「んー?」
『捲簾…っ』
「六花は悪くない。全部、俺の我儘だ」
『ちょっと待って…! 話が見えないっ』

煙を断ってほっせぇ体を抱き上げれば、目を白黒させる六花
向かう先を理解しただろう頭がささやかな抵抗をさせるけど、俺からしてみりゃ可愛いとしか言い様のないもので。

ポフンと軽い音を立てながら落ちた痩躯を跨ぐように見下ろせば、俺にしか見せない"女"のカオに出会えた

『…っ』
「クク…まァだ慣れねえのかよ」
『展開が、急すぎる』
「その割にはケッコー期待してんじゃね?」
『そっ、んなこと…ない』
「体は正直、ってな」
『ん…!』

一生懸命に走り出す鼓動がその証拠。
添えるだけの俺の手に体を震わせる六花は、もう、何度目だろうか。
心も体も手に入れた事実は変わらないハズなのに、ソレを包んでいるものだけが俺と関わりのない唯一のモノ。たったそれだけの事が、面白くない

伝うように裾から忍び込ませた掌は、なだらかな腹部を這い上がる

『はぁ…っ、も、なに…っ』
「支配欲?」
『…これ以上、捲簾にあげられるものないのに』
「そう思うんなら、さっさと脱いでくれると有難い」
『…脱ぐ?』
「そ。」
『ええと…シャツのこと』
「金蝉から貰ったんだろ、ソレ」
『う、ん…そうだけど…?』
「部屋着に使うなら俺ので良いと思うワケよ」


こんな感情、知らなかったんだ。


「お前に触れるモンは全部、俺だけでいい」


子供じみていると、呆れられるだろうか。

意味が分からないと、嘆息されるだろうか。


男ってヤツは厄介だ。

欲しいと願ったその後も、止まることなく望んでしまうから。

それでも、こんな俺でも。

見上げてくる漆は、酷く柔らかかかった…


『…やきもち』
「ちょっと待て。誰に吹き込まれたそんな知識」
『天蓬。…でも捲簾はそういうの、あまり関心ないのかと思ってた』
「…惚れた女に無関心貫けるほど大人じゃねえよ」
『ふふ』
「お。ベストショット」
『もう着れないね』
「ん?」
『このワイシャツ。捲簾に破られそう』
「…別にそこまでガキでもねえぞ」
『でもね、きっとね、』


逆の立場だったら私も嫌だなって思うから

やっと分かった気がすると

少しだけ、どこか嬉しそうに目元を緩めた六花が、微笑う。

「…なんだよ」
『愛されてるなって』
「自覚してくれてんならなにより」
『まだ足りてない?』
「出来ればそこにもう一押し欲しいところだな」
『何をしたら満足してもらえるかな』
「とりあえず今すぐソレ脱いで」
『…それだと、辿るミチは一つしかないと思うの』
「ハッ。そんなもん、今更だろーが」


ねだるように、宥めるように。

流れる前髪を避けて落とした想い一つ。

銀糸から覗いた小さなクセは相変わらずだけど、それでも。

観念したように、期待するかのように

ぎゅっと閉じられた瞳に

俺の方がよっぽど愛されてるのではないかと、思わずそっと、苦笑したんだ













「要するにアレですね。捲簾は見た目以上に気にするタイプってことでしょうか」
『少し意外だった』
「つーか天蓬!余計な知識を六花に植え込むな!」
「えー?別に間違いではないですよ?ね、六花」
『意外な一面が知れたから、得した気分だった』
「お前ね…」
「それじゃあ、いま着てるのは捲簾に貰ったのか」
『ん。少し大きいけど…あったかい』
「お前とアイツとじゃ背丈も体格も違えからな」
「なんだか短めのワンピースみたいですよねえ」
『そろそろ自分が規格外だって自覚して欲しい』

粗方片付いた天蓬の部屋。

窓枠に腰かけて灯りを点せば、ちょうど同じタイミングで昇る煙が三本。

吹き抜ける風にさらわれて空中を舞う

「…別に金蝉が嫌いってワケじゃねえぞ」
「単にお前がガキだったって話だろう」
「うっわ。言い返せねえけどなーんか腹立つ」
『でもきっと逆の立場だったら、私の方が面倒なことになるんだと思う』
「おや。どうしてです?」
『捲簾しか、知らないから。他の誰かの影があるのは、なんとなく、やだ』
「ああ。なるほど」
「…。」
「安心しろー、お前しか見えてねえから」
『ん。』
「天蓬」
「なんです?」
「このバカ共は放っておいて構わんのか」
「ええ、大丈夫ですよ。いつものことですから」
『なんか貶されてる気がする』
「纏めたこの書物ぶちまけて昼寝でもしに行くか」
「うわっ、鬼ですか貴方は!折角頑張って片付けたのに!」
「だァれが鬼だ!つーか、お前はほっとんど片付けなんざしてねえだろーが!」
「…全くもって纏まりのない会話だな」
『そもそも私達の会話に纏まりがあった時なんてあるの』
「……ねえな」
『うん。たぶんきっと、これからも、ずっとこんな感じ』
「ああ…めんどくせぇよ、本当に」


賑やかで、粗暴で、適当で。

それでもやっぱり、あったかい。

性格も思考もバラバラな四人がずっと一緒にいるのは、きっと

アンバランスな中に安定を見出だしているから

秩序がないような、私たちの世界


『ねえ金蝉』
「あ?」
『今度下界に行ったら、みんなでお揃いの服買おうよ』
「……気が向いたらな」
『うん。悟空のも買って、みんなで出掛けよう』
「物好きなヤツ」



その時は、お弁当でも買って行こうか

ちょっとだけ退屈な世界から抜け出して、みんなの笑顔を探しにいくの



『ねえ捲簾、天蓬』
「? どうしました、六花」
「やけに嬉しそうだな」


あのね、あのね。

貰った想いは白も黒もとても大事なものだから。

私を気遣って当時に金蝉がくれた白のワイシャツも、

愛してくれる捲簾がくれた黒のセーターも

私にとってはどっちも大切な思い出



『下界にいって灰色のお揃いの服が欲しい』



そう伝えた彼らの反応が、とても、とても

柔らかくてあったかかったんだ





常春の天界では寒さを余り感じることは少ないけれど。

それはきっと、私を形作る彼らの存在が、とてもあたたたかいからなのだろう













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