嫦娥の花宴 | ナノ




夏と言ったら、




その言葉の後に続く答えが見事なまでに全員バラバラ過ぎて、

私たちらしいなぁなんて。

騒ぐ彼らに見つからないよう、そっと小さく、微笑んだ。











『山登りに海水浴と夕涼みに花火、ね。笑えるくらいバラバラだわ。まとめるこっちの身にも少しはなれ!』
「えーっ、いいじゃん!いっそのこと全部一気にやっちゃおうぜ!」
「やっぱバカだろお前。山登りした後に海水浴とか殺す気かこの体力バカ!」
「バカバカ言うなこのエロガッパ!!」
「考えてもみろ!そんな地獄コースなんざ組んだら確実に友香と三蔵が死ぬぞ。つか、誰だよ山登りなんて提案したヤツ」
「いやあ。夏の緑は気持ちがいいくらいにキレイなんですよ」
「…やっぱりお前か、八戒」
「山登りも海水浴も御免だな。只でさえ暑苦しいってのにどうして自分から面倒なことしなきゃなんねえんだよ」
『私が言うのもアレだけど三蔵はほんとインドア過ぎると思うの。おじいちゃんになった時絶対足腰やられてるよね』
「てめぇも対して変わんねえよ」


大学に入って、最後の夏休み。
各自がそれぞれ進路も決まったとなれば、残された時間は派手に使おうとなんともお目出度な脳が弾き出した結論に、結局はいつだって巻き込まれてきたから。
二か月近くもある長い長い夏休み。
周りの人はみな、社会に出るための準備期間だというのに。
そんなことお構いなしに、そしてどこまでも自由な彼らはやりたいように好きなように過ごしたいのだと叫ぶから。

じゃあ何がしたいのよとノートとシャーペン片手に集まった教室の一角。
共通点のカケラもない答えに私は早々にシャーペンを投げ出した
中途半端な長さまで伸びた髪が、首筋に張り付いて鬱陶しい。
開け放った窓から吹き込むのは軽い熱風だ。
ジリジリとまるで焦げ付くかのような暑さに負けないくらい、目の前で騒ぐ彼らは暑苦しい


まぁ…ある日突然大人しくなられても不気味なんだけどね。


海だの夕涼みだの花火だの。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ彼らを頬杖つきながらレンズ越しに見つめていれば、その輪から外れていた八戒が隣の机上に腰かけた。さては八戒、逃げてきてね。
けれどもこのままいけば確実にいつものパターンだ。
出来れば夏休み早々全身筋肉痛だなんて事態は避けたいんだけどなぁ

「今年の夏もあまり変わり映えしませんねぇ、結局」
『そりゃそうでしょうーよ。毎年毎年、意見だって思考だって全く同じなんだから、みんな』
「そういう友香は、夏と言われたらなんて答えるんですか?」
『そりゃもちろん天体観測一択!』
「あははっ、それだって同じじゃないですか」
『だから言ったでしょ。どうせいつもと同じなんだ、ってね』
「そうですねえ」
『所詮こんなもんよ、私たちをなんて』

変わらないのが、私たちなんだから。
いつまでも、どこまでも。
きっとこれからも変わらずに…そんな不確かだけどそんな確信が持てる彼らとだから
じゃなきゃここまで長く付き合ってられないだろう

『それにしても』
「はい?」
『毎回毎回思うんだけど、どうして方向もジャンルもバラバラの予定を一日でこなそうと考えるんだろう』
「そこはやっぱり、あれじゃないですか?」
『どれですか』
「時は金なり。多く楽しんだ者勝ちってことですよ」
『…なるほど』

悔しいけど、それは確かだ。
社会に出れば今のような自由はなくなるだろうし。とはいっても、彼らはそんなもの全く気にも留めないんだろうけど
柵や立場や責任がそれの邪魔をするんだろう。
同じ自由でも、きっと、中身は違うんだ

『んー。いっこうに決まる気配もないね』
「ですねぇ…これもいつも通りですけど」
『ちょっとそこの3人組ー、いつまで言い争ってるの』
「だって友香!!悟浄なんて夏は酒と女しか言わねーんだもん!コレって浮気じゃね!?」
「バーカ、なんでそうなンだよチビ猿ッ!」
「悟浄のそれは最早人物が特定されていますから」
『…私を見ながら言うのはやめようか』
「海だの山だの…なんだっててめぇらは毎回めんどうな事ばっか思い付くんだ」
「三蔵もたまには運動しないと太るよ?」
「ほっとけ」
「ウチで一番のインドア派だもんな」
『運動が出来ない訳じゃないのに、もったいないよね』
「んで?」
『ん?』
「友香はどこに行きてぇのよ」
『私は別にどこでもいいよ。皆に合わせる』
「このままだといつものパターンになりますよ?」
『もういっそのことそっちの方が手っ取り早くていいんじゃないかと』
「なるほど。」
「よォーし!んじゃ、いっちょやるか」
「今度はゼッテー負けないかんな!!」
「結局同じパターンじゃねえか」
「ほらほら、出さなきゃ負け、ですよ?」
「フン」
『はいはーい、恨みっこなしだからね』



出さなきゃ負けっこじゃんけんぽーん






見付けた色は、さてさて。


どんな風に輝いた?














生温い風が吹き抜けた、夏の夜。


『ある意味予想通りというか、なんというか。』
「土壇場に強すぎンだよ悟空は」
『あ、負け惜しみだ』
「そんなんじゃねーよ」

暗闇の中で光る、鮮やかな色。
結局一人勝ちを決めた悟空の希望にそって、私たちは夜の砂浜へと足を運んでいた。
途中でこれでもかってくらいの花火と、酒と、タバコと、アイスを買い込んで。

もちろん、悟空の胃袋を考えて晩ごはんは済ませてある。
じゃないと"ちょっとした"買い物だってえらい金額に早変わりしてしまうから

「どうせ海にくるんなら昼間だろ、普通」
『そう?私は結構夜の海って好きだけど』
「友香の場合は星がキレイに見えるからだろ」
『御名答。そういう悟浄だって、単に水着のおねーさん目当てでしょう』
「生憎お目当ては一人しかいねーよ」
『あらあら。色男の台詞とは思えませんねぇ』
「…お前がソレ言っちゃう?」
『あははっ』


誰もいない砂浜で、ガサゴソとビニールの音。

その金の瞳をいっぱいに輝かせた悟空が、早く早くと急かすから

苦笑混じりの八戒が、持っていた花火の袋をばらまいた



「これだけの量…流石に使いきれますかね?」
「てめぇらが勝手に買ったんだろうが」
「いやいや、ダイジョーブだって!5人もいるんだからさっ」
「ええと…まずは注意事項からですね。…花火はとても危険です。人に向けての行為は絶対にしないでください」
「害虫には向けても問題ねえんだな」
「ちょっと待てそこの生臭坊主、って!バッカ!!マジで火ィ付けてんじゃねえよ!!」
「チッ。ナマイキに避けてんじゃねぇよ」
「はっ倒すぞテメェ」
『本気で火をつける三蔵もアレだけど、その至近距離でかわす悟浄も凄いよね』
「日々の積み重ねってやつでしょうね、きっと」
「友香!友香!見てみてロケット花火!!」
『あれ。そういうのって割りと最後にやらない?え、違うの』
「たーまやーーっ!!」
『聞いてないよね、うん知ってた』

花火に火をつけたら、コイツらはかなりの問題児だと思うんだ。

勢いよく吹き出した目映き光の数々。

視界の隅ではバカなことに先端を全力で相手に向け合う赤と紫がいて、

視界の前方には次々とロケット花火やら打ち上げ花火やらを点火する悟空。


…自由だなあ、ほんと


『無秩序』
「? 友香、なにか言いました?」
『むしろ無法地帯?』
「ああ…それはまた、言い得て妙…ですね 」
『だんだんと染められている感がなんとも言えないんですけど』
「大丈夫ですよ。そんな友香も似たような者ですから」
『うっわ』

火薬独特な匂いが、鼻に残る。

穏やかな海風は充満する白煙を何処かへと拐っていき、

ほんの少しのくすぐったさを残していった。

隣で笑う八戒が手にしたものを見て、まあいいかと笑った自分はきっと。

彼が言うように、所詮は染める側なのだろうなあと



『線香花火ってさ』
「はい」
『一番地味なクセに結構イイ味出してるんだよね』
「何事にも地味さがあるから、他が輝いて見えるんですよ」
『おお…』
「僕らの中で、その役割が友香みたいに」
『喧嘩なら買うぞこんにゃろう』
「あはは、冗談です」
『八戒のせいで火種落ちちゃったじゃないか!』
「あ。それじゃあ僕の勝ちですね」
『なんて理不尽』
「罰ゲームはなににしましょうか」
『とんでもなく横暴だよこの人!』


冷えた砂浜に沈んだ熱は、まだ、微かに燻ったままで。


それはまるで…


何かに、そして誰かに


必死に抗っているかのように見えたんだ。



例えば、そう。


時代とか、流れとか、想い、とか。


『…』


立場や、世界、そして…運命そのものだったり



…って、たかが花火でどうしてこんな風に思うのか。




「友香?」
『…んじゃ、敗者は大人しく飲み物でも奢らせて貰いましょーかねー』
「そんなつもりはこれっぽっちも無かったハズなんですけど」
『めちゃくちゃ満面の笑みで言っても説得力なんてないからね、八戒』
「おや」
『…将来的には詐欺師とか向いてると思うよ、絶対』
「為になるアドバイスありがとうございます」
『(ダメだこれ)』

自由奔放唯我独尊。
そんな言葉がお似合い過ぎる彼らと付き合っていけるのなんて、私くらいじゃないかと最近割りと本気で思う。

それでも。

レンズ越しに見える世界は、いつだって温かい光で溢れているから。


『大魔王様に負けたから飲み物買ってくるけど、なんか飲む人ー』
「俺カルピス!」
「寒ィからしるこ」
『三蔵季節考えようか』
「じゃあコーヒー。苦ぇの買ってくんじゃねえぞ」
『はいはい』
「なに、お前らいつのまにそんな地味な争いしてたんだよ」
『何事にも地味さは必用らしいよ』
「は?」
『こっちの話し。…で?悟浄は何飲むの』
「つか、どこまで買いに行くつもりよ。この辺コンビニなんかなかっただろ」
『ないね。でもあっちに自販機あったでしょ、確か』
「あー…んじゃ、俺も」
『別に対した距離じゃないけど』
「いーから、ほれ。行くぞ」

そう言って歩き出した広い背中を暫し見つめて、私をみつめる3つの色を振り返る
いってらっしゃいと笑顔で手を振られたから、走り出しながら右手を突き上げた





いつかの、どこかの、誰かのように





『カルピスとー、コーヒーとー…あ。八戒の聞くの忘れてた』
「あいつはお茶でいいだろ」
『ペプシのシソ味とか買ってみる?』
「ははッ、下克上でもする気かよ」
『そのあとの笑顔はきっと直視出来ないね』
「メデューサも逃げ出すだろうな、絶対」
『石になっといた方がまだマシなのかも』
「呪いの解き方は俺からのキスでってか」
『…悟浄って意外とロマンチストだよね』
「安心しろ。お前限定」
『それはどーも』

並んで歩く、海沿いの道。
光りが当たらないそれは呑み込まれそうなほど深い漆で。
けれど、まるで当然のような動きで私よりも高い熱を宿す大きな掌が、低い私のそれを包み込むから。
引き寄せられる思考が、ストップする

暗闇の中で灯された明かりは悟浄のハイライト。
一拍おいて吐き出された紫煙と嗅ぎなれた香りが胸を満たせば、私も対外単純なんだなぁって
自然と溢れた笑みに苦笑した

「どーよ、お前も一本」
『んじゃ、お言葉に甘えて』
「ん。」

愛用するそれを私も、唇に挟み込んで見上げれば、香りが一段と強くなる。
火種にくっつければ移る熱と光。
数度ふかせば、完全に火がともる

『…火、どーも』
「どーいたしまして?」
『あはは。なんで疑問形』
「なんとなくだよ」
『さいですか』
「さいなんです。…んで?」
『なあに』
「八戒となに喋ってたンだよ、さっき」
『あらやだ。ヤキモチ?』
「生憎そんなモンしょっちゅうだっつーの」
『相手は八戒じゃん』
「俺以外の野郎は同じなの」
『はじめて聞いたわ』
「悟空とかマジでたまに殴りたくなるレベル」
『悟空イジメたら口きかないからね』
「…チッ」
『うわ、三蔵そっくり』

嬉しくねーよって呆れた声で吐き出すくせに、握られる手は強さを増すばかりだから。

ああ…また、気づかれたなぁって

見落とさない、見逃さない彼の視線の意味に肩をすくめる


「…」
『…話の内容自体は他愛のないものだったよ。』
「おう」
『線香花火をね。一緒にやっていたわけですよ』
「熾烈な争いが繰り広げられてたヤツな」
『そうそう。八戒が変なこと言うから、火種が落ちちゃったの』


ただ、それだけだったハズだ。

きっとほかの人から見てもただ火種が落ちて、ああ残念…それで済む話だ


『…私がね、』
「おう」
『私が、また、変だっただけ』
「…」
『冷たい砂浜に落ちた火種が、少しの間…本当に少しだけだけど、消えなかったの。普通はすぐに消えちゃうでしょ』
「…そうだな」
『抗ってたの。』
「冷たい砂浜にか」
『ん』
「そりゃ、アレだな」
『うん』
「負けたくなかったンだろ」
『…なにに?』



それは、だれに?



「運命とかじゃねえの」
『…』
「こんなトコで消えて堪るか、っつー抗いみたいな?」
『…うん』
「ヘンなスイッチ入ったお前ならどーせ"誰か"と重ねて視えたんだろ」
『……時々思うけど、悟浄って実はエスパーだったりする?』
「あのな、どんだけ友香のこと見てきたと思ってンの」
『いや、なんというか…自分で言っといて訳わからないのに、よく主語もなく理解できるなあ…なんて』
「ほんっと、オカゲサマでな」

吐き出した煙が昇る先も、散った光と同じ場所なんだろうか。
見上げた先には無数の宝石。
視線を下げれば、街灯に照らされる大好きな色が見える

砂浜に埋もれてしまった熱は、光は、抗えなかった現実に何を想ったのだろう。



…少なくとも、私は、私たちは。



「安心しろ」
『…』
「どこに行ったって、どんな事があったって」
『ん』
「お前より先に俺の熱が消えることはねえよ」


タバコが外された唇の先、至近距離でニヤリと浮かんだ自信気な笑顔が、優しく降ってくる

そっと閉じた瞼の裏に広がる世界は、だからこそ、こんなにも温かい



重なった熱が、いつまでもと。

きっと最期の瞬間でも強く思うんだろう








抗い続けろ、進み続けろ。








そんな言葉が、遠くの空に輝いた光と共に聞こえたような気がした












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