嫦娥の花宴 | ナノ




遥か太古より、人は、空に灯る光を

愛し続けてきたという…








「あっ!また一個流れた!!」
「こっちはこれで5個目だな」
「今夜はとても空が綺麗ですからね、星がとてもよく見えます」
「フン。こんなもん見たって時間の無駄だと思うがな」
『三蔵はその残念な思考回路を少しはどうにかすべきだと思うよ』
「てめぇに言われたくねえよ」

少しだけ涼しさを含んだ風が、草原を吹き抜けた。


ジープで走行中だった私たちの頭上を突如流れた光の筋

漆黒の大海原かのような空は、散りばめられた星が本当に宝石にようで


いつものように座席の背もたれに頭を預けて見上げた先に見つけた小さなそれを

なんだか酷く…懐かしく思えてしまったんだ。


『流星群かな』
「りゅーせーぐん?結香姉ぇ、なあに、それ」
『流れる軌跡が一点を中心に、放射状に広がるようにして流れる星のこと』
「ほー!」
「お前、ゼッテー分かってねえだろ」
「あはは。宇宙のことに関しては、僕らは無知ですからねぇ」
「なんせ興味もないからな」
「でもでも!すっげーキレイだってことはわかるじゃん!」
『この世界にきてこんなにたくさんの星を見たの、初めてかも』
「んじゃ、結香にとってもイイ記念ってことだな」
『ん。そんな感じ』


流れ落ちる星をみて、悟空は、キレイだと笑う。

草原の上に円を描くように寝転んで映したそれは、過去の産物だ。

人の目に映る星たちの光は気が遠くなるような時を経てこの場所まで届いている

私たちがいま、こうして見つめている流星は、そんな星たちが役目を終えた瞬間


『流れ星に三回願い事を唱えると、その願いは叶うんだって』
「えっ、なにそれ!!ホントッ!?」
『私たちの世界ではそういってたんだよ』
「それは素敵なジンクスですね。星に願いを、ってことですか」
『うん。星とか、月とか。人間は空に浮かぶものに願いを託してきたらしい』
「つっても、こんな一瞬で消えちまうような星にどーやって三回も唱えんだよ」
『そこはほら。気合じゃない?』
「早口言葉の練習をしてからの方が、確率は上がりそうですね」
「うまいものが沢山食えますようにうまいものが沢山食えますようにうまいものが沢山食えますようにっ!!!」
「悟空、テメェはまだ食う気か」
「だあーーーっ!!やっぱダメだ!早すぎていい終わんねぇ!」
「当たり前だっつーの」
『ジンクスにしては超難関だよね』
「結香姉ぇ難易度下げてっ」
『え。私に言われても、』
「だってこれ、結香姉ぇの世界にあるおまじないなんでしょ?」
『確かにそうだけど…』
『だから結香姉ぇが決められんの!』

頭の向こう側からそんな楽しげな声が飛んでくる。
両手を天へと伸ばす悟空はきっと、笑顔を浮かべているんだろう
私の世界で実際に星に願いを懸けている人は殆どいない
それでも悟空は、こんな些細な話にもその瞳を輝かせてくれる


信じて、祈って、願うんだ

遠い過去に光輝いた、幾億もの星たちに思いを馳せて



…500年前の星は、どこで輝いているんだろう。




『…存在主張のカケラもなさそうだなあ』
「え?なに、いま結香姉ぇなんかいった?」
『なんでもないよ』


そうだ

あの場所が天界だったというのなら、存在していてもおかしくはないだろう

今へと託して散った彼らの、想いだって




『…じゃあ、なるべく目立たない星を見つけて、それに願い事を唱えるとか』
「目立たない星?」
『ん』
「それはまた…斬新な願い方ですね」
「なんだって目立たない星限定なのよ」
『なんとなく』
「普通そういうモンは一番星にやるもんじゃねえのか」
『普段は目立たないようなものにするのがいいんだよ』
「つくづく変な女だな」
『三蔵に言われたくない』
「まぁ、変わり者の集団ですからねえ」
「ははッ、違いねーや」


笑ってまた、見上げた先。

言葉もなくただジッと漆を見つめる様子を盗み見て、私も同じようにまた視線を飛ばした


…きっと、埋もれているくらいがちょうど良いんだ。


人はみな、その一生を終えたら星になるのだと

これまたどっかで聞いた台詞が頭の片隅で流れるから

レンズ越しに見える光の粒を、想いを、探してしまう



「あった!!」
「あったって…マジで探してたのかよ」
「明るい星を探すのは容易に出来ますが…暗い星を探すとなるとなかなか難しいものですねぇ。見つかりましたか、悟空」
「うん!ちょっと暗くて見えにくいケド、4つの星が集まってるヤツ見つけた!」
「4つって…お前よく見えんな。どのへんよ」
「俺の真上から、ちょい右斜め上んとこ!」
「あー…」
「願い事しなくちゃっ」
「右斜め上っていうと…結香の方ですかね」
「どーよ、見えそ?」
『ん……、どれだろ。私鳥目だし見えないかも』
「そういやお前は目も悪いのか」
『ちょっと待て。"も"ってなに、もって』
「そのまんまだろ」
『誰かこの坊主どうにかして』
「性格の悪さじゃコイツがピカイチだろ。どー考えても」
「河童よりマシだ」
「ンだとコラ」
「まあまあ、いいじゃないですか。似たり寄ったりってことで」
『類は友を呼ぶって言うんだよ』
「あれ。そうなると僕も入っちゃうじゃないですか」
『もちろん』
「それは是非とも遠慮したいところです」
「ほざけ。てめぇが一番厄介だ」
「AB型の怖いトコだよな」
「失礼ですねぇ二人とも。世の中のAB型に謝って下さい」



星に祈りを、願いを、なんて。

今まで生きてきた中で、私は一度もしたことがなかったんだ

だって、ずっと、何かを強く望んだことがなかったから。


だけど…少なくとも、今は。





「よし!願い事完了っ」
「随分と長いお願い事でしたね。因みに、何をお願いしたんです?」
「ん!ずっと、ずーーっと皆で一緒にいれますように!って願っといた!」
「あはは。それは…とても悟空らしいですねぇ」




あの日と同じ願いを、キミが強く望むから。


そして



「ふざけんな。ジジィになってもてめえらと一緒に居なきゃならんのか」
「そりゃコッチの台詞だっつーの。こんな頑固オヤジと一緒にいたらストレスでハゲんだろーが!」
「いいじゃないですか。悟浄は髪の量が多いんですから」
「そういう問題じゃねえよっ」
「いーじゃんか別に!どうせ俺ら、知り合いもいねーんだし?なっ、結香姉ぇ!」
『…うん。そうだね』



瞳を閉じて、想い出す。

最期の最期まで…全員でずっとって願っていたあの頃も

これから先もずっとって祈る今も。



悟空にとっては…変わらない大切な今なんだろう




『…じゃあ、私も』
「え?」
『星に願い事なんてしたことないけど、今回ばかりは頼んでみようかな』
「お。結香も願い事か?」
『うん。柄じゃないけど…私にも、あるから』
「…」
『叶えたいなって想う、大切なものが』
「…結香姉ぇが叶えたいって想うことって…なに?」
『それはね』



再び見上げた、その光は。
今もなお…私たちを照らし続けるから
この広い宇宙のどこかに存在しているだろう彼らを、光を、想いを見つけながら。


今度こそ全員で。



『悟空と、三蔵と、悟浄と、八戒と…絶対、全員で同じ場所へ帰ること』



大地へ還った、あの時とは違う。

今はもう私たちには居場所があるから

必ずみんなで帰りたいって…強く想うよ




「…ん。そっか!」



嬉しそうに笑う悟空につられて、彼らもふっと、

小さく微笑んでいたような気がしたーーー…














「そーいや、星なんざ改めて見上げたことなんか無かったな」
『私だってそうだよ。そもそも空を見上げること自体しなかったから』


3人から少し距離をとった草原の中。
二人並んで、たゆたう白煙
吐き出したそれが漆黒の中へと消えていくのを眺めていれば、隣からはそんな声
物珍しいとでもいうような言い方に同意を示せばお前もかと笑われた
この世界に来てから空を見見上げることが増えた
人とかかわることも、増えた

そして…

思い出す記憶の数も増え続けている。



『悟浄はしないの』
「あー?」
『願い事』
「…俺がするように見えるか」
『全く。これっぽちも』
「だったら初めっから聞くなっつーの!」
『ちょっとした興味本位だよ』
「まァ俺も、結香が星に願い事なんてするとは思わなかったけどな」
『ふふ。そんなにロマンチストじゃないからね』
「どっちかってーと、自分の願いは自力でどうにかするヤツだと思ってる」
『うん。正解』
「じゃああれか、悟空にあてられたな」
『さあ』

どうでしょう、なんて。
わざとらしくはぐらかせば昇る紫煙が楽しげに揺らいだ
ひとつ長い息を吐き出して、微かに漂う花の香りに瞳を細めてみる。
悟空が願った大切な未来を…一度は手放してしまったけど
これからを生きる彼らはきっと、叶えてくれるんだと信じてる

「お。また一個流れた」
『待って、こっちも流れたよ』
「一つ、二つ、三つ…」
『四つと、五つ目…』
「ヤッベ。願い事してねえ」
『悟浄にも願いなんてあるんだ』
「どっかの誰かさんが無茶してケガしませんよーに」
『…』
「本人に言ったところで効果は期待出来そうもねえからな」
『耳が痛いなぁ』

呆れたように笑った彼と、苦笑する私。
自然と重なった手はゆるりと大きな掌の中に包まれる
唇でひょこひょこと揺れる悟浄のハイライトと、風に揺れる綺麗な真紅

また出逢えたねって。

同じではないけれど、似ている彼とあの人。

星に願いをだなんて笑われそうだけど


彼らが託した幼子の願いのためなら、

きっと…

穏やかな笑顔と共に見守ってくれるんでしょう。





星に願いを、キミたちに光を。









これが…今を託された私に、出来ること。















← | →
 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -